序盤に殺されるモブですが、生き残ってしまったので推しを愛でて生きていきます
私はモブである。
正式に言うなら前世で売れに売れてシリーズが7まで出た乙女ゲーム作品の3のモブである。
前世と言っている時点で察してほしいが、所謂転生者です。
物の作り方も知らないし料理も出来ないから前世の知識を使って無双とか出来ないし、チート能力とかないし、攻略対象者と先取りラブロマンスとか喪女にはハードル高すぎて出来ないし、何も出来ずにいるただのモブです。
それ以前に今は命の危機です…!
このシリーズ、ナンバリングによって神代の時代から未来まで様々な世界観があるけれど、私が転生した3は主人公は女子高生で現代世界から異世界に神子として召喚され旅をして、世界を平和に導くストーリーだった。
世界観は中世ヨーロッパ風で、悪の神子がいて悪の神子は主人公に対抗して魔王が世界を滅ぼすための手先になるために召喚された現代の女子高生だった。
私はその悪の神子の召喚に巻き込まれ、不要と魔王に判断されて悪の神子の目の前で殺される親友役である。
ちなみにもう召喚されて魔王が目の前にいる。
すべてのナンバリングを制覇しても最推しだった3の魔王、ラーシュラ様が目の前にいる。
親友でありこれから悪の神子として活躍しなくてはいけない千穂と喋っていてこちらには見向きもしないが、この後に私は見せしめとして殺される。
そして心を壊した千穂は魔王の意のままになり悪の神子として活動していく。
さて、どうしよう。
このままじゃ私は会話が終わった途端に殺される。
愛するラーシュラ様の手によってでもまだ死にたくはない。
ならどうすればいいか。
不要と判断されて殺されるなら、必要と思われればいいんだ。
ちょうど会話が終わってラーシュラ様が私を殺そうとする。
「ちょっと待ってください!私なら神子の動向がわかります!」
ラーシュラ様の動きが止まった。
神子でもないこいつが何故相手側の神子の動向が分かるというのか、本当ならば生かすのも一興と思ってくださっているだろうか?
「女、名前は?」
「宇井ういです」
我ながらモブ過ぎるにもほどがある名前である。
先程も言ったが攻略対象者…ラーシュラ様と先取りラブロマンスとか喪女にはハードル高すぎて出来ない!
悔しい!!最推しが目の前にいるのに!むしろ失敗したら死というデスマッチ!!
ごめんね、主人公!!恨みはないけど私と千穂が生き残るために邪魔をさせていただきます!
「千穂が召喚されたということは向こうに神子が召喚されたということですよね?千穂が向こうの神子と出会うのは北の泉を汚す時のはずですが、その前に神子の実力を試すと言って向こうの守護者達が神子に東の森の汚れを祓わせるはずです」
ラーシュラ様の眉がぴくりと動いた。
東の森が汚されているのも、北の泉を汚す予定も事実なのだろう。
千穂は乙女ゲーとかやらないから私が言い出したことに何故知っているのかとびっくりしている。
あんなにお勧めしたのにやってくれないんだもんな…千穂の好みは特殊だから仕方がない。
「神子が力を付ける前に潰すなら今ですよ!」
「うい!?」
千穂が何を言っているの!?とばかりに止める。
ごめん、千穂!世界!でも生き残るためにはこれしかない!!
神子なら守護者がついているから大丈夫!多分!
いやでも好感度で攻撃力とか変わってくるから序盤ならヤられるかも!!
人生一か八かの大博打、不遜にもラーシュラ様のご尊顔を、瞳を見て言い切った。
「嘘だったら私を殺して構いません。元からそのつもりだったんですよね?でも、もし本当なら生かしてくださいませんか?」
ラーシュラ様は少し思案し魔法でも使ったのか、いきなり私達の前から忽然と姿を消した?
「うい!なんであんなことを言ったの!?あんな…魔王に肩入れするような……」
「でもね、千穂。そうしないと私は死んでいたんだよ」
事情を一から説明すると千穂が泣いた。
見知らぬ世界と私とを天秤に掛けたのだろう。
私のために泣いてくれる親友が、千穂がありがたかった。大好き。
私もさっき天秤に掛けた。
結果、私はこの世界の住人より自分の命を取った。
「でも、どうして…どうしよう……」
千穂が虚ろな目でぶつぶつ言う。
「ごめんね、千穂」
「ううん。私こそなにも知らなくてごめん。…これからどうしたらいいのかな?」
「それは私にも分からないよ」
二人で近寄って体の温かさを別けあっているとラーシュラ様が戻ってきた。
「東の森へ行ったら向こうの神子と守護者達がいたから潰してきた」
ラーシュラ様が事も無げに言った。
召喚されたてのチュートリアル中ヒロイン神子はともかく、守護者達まで役に立たなかったかー!
私は世界を滅ぼす要因となってしまった。
グッバイ、平和。世界。
さて、これで世界の敵になることにもなったわけだけれど、私の処遇はどうなるんだろか?
私はどうしたらいいだろうか?
「女」
ラーシュラ様が私を呼ぶ。
ていうか自己紹介したのに女呼びかー。
いや、フレンドリーなラーシュラ様なんて見たくはないけどね!
あの孤高の寂しさがいいんだよ!
ラーシュラ様はうっすら笑い、私を見下しながら告げる。
「…自らが助かりたいばかりに人間と世界の情報を私に売り払うとは、なかなかに見事な屑だな」
はい!ラーシュラ様から屑呼びされましたー!
これは褒め方を知らないラーシュラ様なりの褒め方です。
ファンディスクの攻略本を読まないと分からない情報です。
つまり、私は今!ラーシュラ様から褒められたのです!
「えへへ…」
「なんで照れてるの!?うい!?」
そんな情報もちろん知らない千穂が私に驚く。
いや、ラーシュラ様から以外に罵られて喜ぶタイプじゃないので。誤解だよ!千穂!!
そういえば、3のファンディスクの主人公は魔王の神子で、ラーシュラ様を含む側近達とのラブロマンスがある。
あの世界では人間は魔族に負け配下になり暮らしている。
とはいっても、元から人間側から異物である魔族を忌み嫌い吹っ掛けた戦争であり、魔族側からは特になんの行動も起こさない。
今と同じ状況だ。
つまり、今度は千穂が主人公の可能性がある。
でも、あのファンディスクも私は殺された状態で、千穂はラーシュラ様に対して憎しみがありつつ愛を抱いてしまい苦悩するんだ。
……私、生きているんだけどどうしよう?
「神子さんと守護者さん達を潰してきて、人間の世界も潰すんですか?」
千穂が震えながらラーシュラ様に訊ねる。
「人の世のことなぞ私の知ったことはない」
暗に人間世界にはなにもしないと言っている。
千穂は人間の世界が変わらず平和に過ごしていると知って心底安心した様子だった。
ラーシュラ様がそんな無体をするわけないじゃん~!
「全部ういの言った通りになったね!」
運悪く、それをラーシュラ様に聞かれてしまった。
「神子ではないにも関わらず、お前は初めからすべてがわかっていたな。何故だ?」
ゲーム本編とファンディスクと攻略本情報のおかげですとは言えない。
というか、言って信じてもらえるかわからない。
でも、ラーシュラ様は嘘がお嫌いだ。
だからラーシュラ様にとっては荒唐無稽かもしれないけれど、すべてお話しした。
……自分が作られた存在で、ゲームという架空の中の話の登場人物だと言われたらどう思うだろう。
少なくとも私は認められない。
けれど、ラーシュラ様は私の話を聞いて、ただひとこと「そうか」とだけ言った。
お認めになったのかどうなのか分からない。
けれど、その後私達は魔王城への滞在を許可された。
ヒロインはどうしたんだろう。
守護者達は?
一度の敗北で諦めるキャラクターじゃない。
どんな時でも、これでもかってピンチの時にでも立ち向かうヒロインと攻略対象者の守護者達。
心が砕けた千穂をヒロインの神子が救う、千穂との神子同士友情エンドもある。
生き延びているモブの居場所はどこにあるんだろう?
……なんて言っていても仕方がない。
居場所がないなら作ればいい。
幸い、ラーシュラ様に存在は認められた。
つまりはこのお城にいていいってことだ。
ここで自分が出来ることを探していこう。
世界を滅ぼす一因となった身でラーシュラ様にキャーキャー言っている場合ではない。
とはいえ、本当に私はどうしたらいいんだろうか?
序盤で死ぬはずだったモブが生き残ってしまった…。
とりあえずあてがわれた部屋のベッドでごろごろしながら思案する。
千穂は隣の部屋で泣いているはずだ。
さっき会いに行ったけど今は一人にしてほしいと面会を断られた。
ファンディスクの攻略情報を元にラーシュラ様を攻略するのもなんか違う気がする。
だって、このラーシュラ様は本物だ。
画面上のラーシュラ様とは違う。
好感度を上げてどうにかなるシステムではない、生きているラーシュラ様なんだ。
…でも、本音を言うなら親しくなりたい!
女じゃなくて、ういって呼ばれてみたい!
ご本人にラーシュラ様とお呼びしたい…!
私はラーシュラ様のお名前を知っているが、ラーシュラ様から自己紹介されていないにも関わらずラーシュラ様のお名前を呼ぶのは失礼だ。
お名前を知っているのは、先程お伝えした情報でご理解されているだろうけれど。
なんとか自然に呼べる仲になりたい。
「こういうときは行動あるのみ」
部屋から出てラーシュラ様を探す。
別に部屋から出ちゃいけないなんて言われていないしね。
うろうろしていると本編でもファンディスクでもお馴染み、ラーシュラ様の側近のアルティカ様と遭遇した。
「……こんにちは」
なんて言っていいか分からなかったけれど、無視はさすがにまずいと挨拶したら無視されてさっさと過ぎ去っていった。
うん!ラーシュラ様のご命令以外聞かないラーシュラ様命の側近の鑑だもんね!
呼び出した神子のおまけなんてどうでもいいよね!
知ってたけどさすがに無視は悲しい!
ラーシュラ様は意外と花を愛でる趣味がある。
よって、中庭にいる可能性がある。
情報に頼らないと決めたのにね!!
でも、お会いするにはそれしかない。
中庭目指して一直線。
ファンディスクで操作する時にマップ移動でラーシュラ様のお城も移動していたから誰がどのお部屋か、どこに何があるのか大体わかる。
あてがわれた部屋は三階だったので一階まで下りて中庭に繋がる扉から外に出る。
そこには綺麗な花々が咲き誇り、見る者を楽しませる。
花々を見ていると、気が付けば握り締めていた手が解けるのが分かった。
自分でも思った以上に緊張していたんだなと苦笑する。
当たり前か。
あっという間の出来事に感じられたけれど、大変なことがたくさん起きた。
唯一同じ状況の千穂と話したいと思っていたけれど、断られちゃったもんな。
花を愛でながらラーシュラ様を探す。
今はいないのかな。
何かあったら花を愛でる筈なんだけど。
神子を制圧した今、物思いに耽るために中庭に来るかと思ったけれど……。
そのまま道沿いに歩いていくと開けた場所に出た。
「きれい…」
さっきまでの花々も充分綺麗だったけれど、ここの花は別格だと思えた。
ラーシュラ様がいらっしゃった。
花々に囲まれるラーシュラ様はとても麗しかった。
こんなのスチルでも見たことない。
やっぱりこれは現実で、今いるラーシュラ様はシステムなんかじゃない、生きている方なんだ。
どう声を掛けようか、そもそも今お声を掛けていいのか悩む。
行動あるのみ!って部屋を飛び出したはずなのにな。
うだうだ悩んでいる間にラーシュラ様がこちらへ近付いてきた。
「先程からそこで何をしている?」
ラーシュラ様からお声を掛けられた!
ラーシュラ様の不興を買わないように、初めての時のようにラーシュラ様の瞳を真摯に真っ直ぐに見る。
「私達はどうなるのでしょう?」
問うとラーシュラ様は楽しそうに告げた。
「どうされたい?」
……うっ!推しの顔がいい!!!そしてそのセリフいい!!!いくら支払えばいいんですか!?
私の動悸息切れが激しくなったのをラーシュラ様は不思議そうに見ていた。
「ラーシュラ様のご尊顔が麗しくて、つい…お見苦しいものをお見せして申し訳ありません」
「そうか」
お世辞だと思われてるんだろうなー。
ご自身の外見には頓着しないって設定だからご自身の麗しさが分からないんだ。
「私がラーシュラ様のご尊顔が好きすぎて申し訳ありません」
意味が分からないらしくて、また「そうか」しか返されなかった。
「あの、ラーシュラ様とお呼びしても構いませんか?」
「構わん」
やった!言質取った!!
私が小さくガッツポーズをしているとラーシュラ様が口を開いた。
「お前達の処遇、だったな」
「はい…!」
「…お前は、私達がお前達の世界で作られた寓話の存在だと言ったな」
「……はい」
申し訳ないけれど、それは事実だ。
でもラーシュラ様は、このラーシュラ様は私の目の前にいて生きていて喋っている。
だからこそ伝えなくてはいけない。
「でも、今、私の目の前にいるラーシュラ様はシステムじゃない。生きているラーシュラ様です。私が好きになった以上にとても素敵です!」
「そうか」
渾身の告白すらそうかで済まされたかー!
いや!ここで受け入れられても断られても私のメンタルが死ぬけどね!!
「神子も守護者達もまだ生きている。これからこちらに反逆の機会を窺って仕掛けてくるかもしれぬ。その際にはお前の情報が必要になるかもしれないからな。その際にはまた存分に働いてもらうぞ」
「はい!もちろんです!」
違った!また神子と守護者達と世界を売り払ってしまった!
悪の神子として活躍する千穂より神子達の邪魔をすることになってしまった…。
ごめんね、これもラーシュラ様のご尊顔に負ける私の意思の弱さです…。
そうこうしている間に千穂の情緒もだいぶ安定してきて会ってくれるようになってくれた。
「ラーシュラ様は私達にこれからも神子達の邪魔をすることをお望みだよ」
と教えるとまた絶望したみたいな顔をした。
そうだよね。
世界を敵に回すんだもん。
ゲームでは神子側が正しいんだもん。
でもね、ラーシュラ様達はなにもしていない。
ただそこにいるだけ。
魔族ってだけで悪と決め付けられて迫害されているのはラーシュラ様達の方だと思う。
実際ファンディスクでは魔族側についているせいか魔族に対して好意的だ。
ようは人間側につくか魔族側につくかで印象が変わる。
ラーシュラ様から憂いがなくなればいいのに。
神子や守護者達、人間と和解出来ればいいのに。
ファンディスクの真エンディングでは魔族と人間の歩みよりが描かれていた。
……真エンディング、目指せられないかなあ。
そうだよ。真エンディングなら人間も魔族も幸せを目指せる。
情報は使わないと決めたのに、ラーシュラ様から神子達が動いたらラーシュラ様達のお役に立つってお約束したのでもう情報を使ってもいいのでは?
ファンディスクの真エンディング、目指してもいいのでは?
……モブの私が?
これは千穂の役目じゃない?
モブが頑張って出張ってどうするんだろう?
真エンディング、モブでも目指せるんだろうか?
いや、目指すしかない!
人間との諍いに心を悩ませるラーシュラ様のためにも!
そのお心に影を落とすものは私も排除したい。
平和に終わらせられるなら終わらせたい。
真エンディング、目指すしかない!
ファンディスクは本編と違ってラーシュラ様達の好感度が攻撃力とかになる。
千穂を支えて、好感度を上げてもらおうとしたけど、千穂はラーシュラ様達を恐れて私以外とあまり喋ろうとしない。
やっぱりゲームと違うんだよな。
いきなり異世界に召喚されて、ヒロイン神子達を倒す情報を親友が売り払って、魔王城に拘束されて、特に何をするでもなく過ごしている。
それは私が思っていたより千穂を蝕んでいた。
気付いた時にはスチルのように目に光がなくなりかけていたので、頑張って説得した。
いつか元の世界に戻れるよ、ラーシュラ様達は千穂が思っているよりひどい人じゃないよと、心からの言葉で語った。
しばらくそんな日々が続いて、ようやく千穂が元気になってきた。
「そうだよね。今、出来ることをやるしかないよね」
「そうだよ!とりあえず、ラーシュラ様達の言うことを聞いておこう?そうしたらなんとかなるよ」
「うん…うん。そうだね。とりあえずはここの人達の言うことを聞こう。差別はよくないし、よっぽど無理なこと以外は、力になってあげよう。ういの言う真エンディングを目指そう」
千穂が前向きになってくれて良かった。
「うん!真エンディング、目指そう!」
とはいっても、真エンディングはそう簡単にはいかない。
そもそも肝心の千穂の好感度が上げられていない。
千穂もまだラーシュラ様達に苦手意識を持っている。
ここで千穂に無理をさせるわけにはいかない。
私には、千穂もとても大切な親友だ。
私が生き延びられた意味を探して、なんとかファンディスクのヒロイン、千穂の役に立つしかない。
そう決意したらラーシュラ様からお声が掛かった。
どうやら神子達が汚れを払って力を付けてきているらしい。
ゲーム本編でもファンディスクでも、この汚れを払う神子と何度も出会って壊れた心を治していくんだ。
「お前ならどうする?」
「神子達はまだ力をつける途中です。再叩きのめすならまだ出来るかと思います」
私の言葉に千穂が手を強く握って何かを言いたくしている。
神子が潰されるのは千穂にはまだ心が辛いんだろう。
でもね、真エンディングを目指すならまだヒロイン神子にここに辿り着いてほしくはないんだ。
少なくともラーシュラ様達は神子達を殺しはしない。
それが分かっているからの提案だ。
まだ、真エンディングに辿り着くまで道筋が出来ていない。
真エンディングを目指すには、千穂の好感度が足りなすぎる。
もちろん私も。
真エンディングを迎えるには、ラーシュラ様から本当なら人間との争いを終わらせたいという本心を聞かなくてはならない。
これにはイベントを何度も重ねる必要があるが、ファンディスクのヒロイン、千穂はラーシュラ様に苦手意識を持っていて出来そうにもない。
なんとか私がラーシュラ様から本心を聞かなくては。
……序盤で殺されるモブが、こんな大役をやるなんて思わなかったよ。
さて、ここで問題が起きた。
まっっったくイベントが起きないのである!
まあね!モブだしね!ヒロイン神子でもファンディスクのヒロイン神子でもないしね!
両方で序盤で殺されるモブだしね!!
仕方がないのでラーシュラ様との会話を重ねる。
嘘です。
仕方がないとか思っていませんご褒美です。
ただ、ラーシュラ様への言葉選びは難しい。
というか、私ではモブのせいかラーシュラ様以外のファンディスクの攻略対象者からは相手にすらされていない。
日々を千穂か中庭で時折ラーシュラ様とお話をするしかない。
ラーシュラ様との中庭でのお話は楽しい。
推しだからとかっていうのもあるけれど、思慮深さや優しさが滲み出ている。
花を愛でながら、のんびりと何気ない会話をする。
本当に何気ない会話なんだ。
「いい天気ですね」
「そうだな」
「お花がとても綺麗ですね」
「そうだな」
そんな感じだ。
ラーシュラ様からは「そうか」と「そうだな」以外のお言葉はあまり聞けていない。
時々神子や千穂に関して聞かれて喋るだけで、私はやっぱり巻き込まれて序盤で死ぬだけのモブなんだなぁと思う。
こうして気に掛けていただけるヒロイン神子や千穂がうらやましい。
私は情報を知っているから生かされているだけ。
神子が現れる場所を聞いて先回りし、神子を適度に潰してはいるらしい。
…殺そうと思えば最初のうちに殺せたのにね。
邪魔物になるって分かっていても神子達にも人間にも過度な手出しをしないラーシュラ様が愛おしい。
当たり前だけど、私にはまだラーシュラ様の人間との諍いに心を悩ませる本心も聞かせられてはいない。
しかも、モブの私が真エンディングを目指してから少しずつストーリーがズレてきている。
このままじゃ私はお役にも立てなくなってしまう。
そうしたら今度こそ私は本当にどうしたらいいんだろう?
ラーシュラ様とお会いしながら思案してしまっていた私は、ラーシュラ様が私のことをじっと見ていたことに気が付かなかった。
真エンディングを目指すと決めたのに、私がモブのせいでイベントが起きないままなかなか進められず日にちが過ぎていく。
このままではヒロイン神子が乗り込んでくる最終章になってしまう。
ヒロイン神子がラーシュラ様の元に乗り込んでくるのはファンディスクのバッドエンドだ。
イベントが起こせないといえど、そう簡単にバッドエンドになるとは思えないけれど…。
日にち的にはもうそろそろ最終章だ。
本編的にもファンディスク的にも。
なのになんの手立てもない。
お手上げ状態のまま時折鬱状態になってしまう千穂に寄り添って、ラーシュラ様と中庭で中身のない会話をして、日々は過ぎていく。
私は、私が生き延びた意味も見付けられないまま過ごしてきた。
そして数日後、ヒロイン神子がラーシュラ様のお城に乗り込んできた。
よかったーーー!!!神子、生きていた!
守護者達との好感度も上げに上げている!
逆ハールート歩んでいるな、この神子!!
生きるためとはいえ散々邪魔していてごめんね!
でも、ヒロイン神子がラーシュラ様の元に乗り込んできているということはファンディスクのバッドエンドルートだ。
確かにイベントは起こせなかったけれど、バッドエンドに至るにどこに分岐点があった?
…ファンディスクのバッドエンドは一度は叩きのめした神子達にラーシュラ様含む魔族が敗北し死んでしまいヒロイン神子は千穂を救った気になっていたが千穂は愛する人を亡くして悲しみのあまり後を追って死んでしまうのだ。
そんなのだめだ!
私が千穂もラーシュラ様も皆様もお救いしなくては!
ていうか、鬱状態でほぼ部屋に居たから千穂は愛する人なんていないから死にはしないだろうけど!
ヒロイン神子がラーシュラ様のお城に近付いてきているなか、ラーシュラ様は相変わらず花を愛でている。
中庭に走ってきた私は息を整えながらラーシュラ様にお尋ねする。
「ラーシュラ様はどうなさるおつもりですか?」
「ここに辿り着くまでにまた潰して適当な場所に放り投げる」
それではまた堂々巡りでバッドエンド回避できない!
「私は!千穂もラーシュラ様達もヒロイン神子も守護者達も人間も魔族も救いたいんです!!」
私の言葉にラーシュラ様は初めて笑った。
「随分と強欲だな」
「でも、これが私の本音です」
ラーシュラ様は表情があまり変わらないがどこか楽しそうに無言で私を見ていた。
無言がつらい。長い。
でも強欲と言われてもいい、これが私の望むことだから。
「お前は本当に変わっているな」
「そんなことはないと思います。平均的な人間です」
そう。平均的な人間。だから分かる。
人間も本当は戦いたくないんじゃないかって。
現に本編では魔族との戦いに疑問を持つシーンや魔族に肩入れする守護者もいる。
街の人の中にも魔族に助けてもらったと言う人がいた。
可能性はゼロじゃないと思いたい。
「人間との和解は出来ると思うか?」
「出来る、出来ないじゃないんです。やるんです」
まっすぐにラーシュラ様を見詰め返すのはこれで三度目だ。
三度目の正直と言おうか、ラーシュラ様が初めて私に対して笑ってくださった。
頬が紅潮するのが分かる。むしろ全身が熱い。
推しの笑ったお顔で生きていける。
烏滸がましいが、ラーシュラ様を幸せにしたい。
そして、真エンディングを迎えるんだ。
みんなが幸せになるんだ。
……本当は、私だって、千穂みたく泣いているだけでぬくぬく暮らしていたい。
そしてストーリーが終わって良かったと言いたい。
でも、それを千穂に言ったら酷だ。
私は私の出来ることをしよう。
ついにヒロイン神子がラーシュラ様のお城に乗り込んでくる日がやってきた。
私に出来ること、考えて考えて考え抜いて、これしかないって決めたこと。
実行するなら今しかない。
決めた私はいつ神子がやって来てもいいように玄関に張り込んだ。
ヒロインはラーシュラ様のお城に無断で上がり込んで門番をしていたラーシュラ様の配下を倒そうとするも、その前にラーシュラ様が現れた。
もう本編ともファンディスクとも展開が違う。
ここからは本当に何も物語のない世界なんだ。
ラーシュラ様とヒロイン神子達が二、三回言葉を交わすとヒロイン神子が剣を抜きラーシュラ様に切りかかろうとしたので、思わずヒロインの前に出てラーシュラ様を庇う。
私なんかに庇われなくてもラーシュラ様なら平気そうだけど、無意識にラーシュラ様をお守りしたいと前へ出てしまった。
「人間!?」
「なんで人間がラーシュラの城に!?」
守護者達がざわつく。
ヒロイン神子が一歩前に出て私に問いてくる。
「もしかして、むりやり連れてこられて操られているの?……やっぱり、魔族とは相容れられないのかな?」
神子が悲し気に言うから、私は自信満々に答えた。
「違います!私は私の意思でここにいます!ラーシュラ様をお守りしたくて守るんです!」
なんにもできない、情報しか持っていなかったモブごときがラーシュラ様を守れるはずがない。
その情報もストーリーがかなり変わっているせいで役に立たない。
本当の役立たずのモブだ。
でも、この神子は魔族とは相容れられないのかな?と疑問を口にした。
このヒロイン神子も魔族と和平を結びたいんだ。
それなら、道はある。
まだバッドエンドで終わっていない。
真エンディングが目指せるかもしれない。
「ラーシュラ様も、人間との諍いに心を痛めております!」
イベントを起こせていないからラーシュラ様から直接聞けていないお言葉だけど、言うなら今しかない。
「……そう、なの…?」
ヒロイン神子がラーシュラ様を見詰める。
やめて。私のラーシュラ様を見詰めないで。減る。
「そうだな。この戦いはそちらから異形だからと、人間ではないからと私達を排除しようと始まった戦いだ。そちらがなにもしないならこちらも何をする気もない」
ラーシュラ様…!
お認めになってくださった!!
イベントをしていないのに!!
ヒロイン神子が目をぱちくりさせた。
「そうなの?」
「そうだ」
「そうです!お互いが戦う必要なんて、どこにも何も本当はないんです!」
私が叫ぶとヒロイン神子は戸惑いがちに訊ねられた。
「それじゃあ、あなたは?」
「単なるモブです!お気になさらずに!」
まさかこんな和平ムードであなた方ヒロイン神子に対抗して異世界から召喚しましたとか言っちゃいけない。
ましてやそのヒロイン神子と対抗して呼び出した神子のおまけで序盤に殺されるモブだなんて言ったらすべてがぶち壊しになる…!
「モブ…?人間のモブがなんでラーシュラを庇うの?」
しまった!ヒロイン神子は現代人だからモブの意味が分かってしまった!
「諸々の事情でいるだけです!本当にお気になさらず!」
「そ、そう……?」
私の迫力にヒロイン神子は口を閉ざした。
背後でラーシュラ様が笑っているなんて、誤魔化すことに一生懸命になっていた私には気が付かなかった。
ただ、ヒロイン神子達がポカンとしているなぁとしか思わなかった。
ヒロイン神子達は、魔族への誤解を解くために頑張ってくれると、お互い協力関係になってくれると約束して帰っていった。
良かった…バッドエンドから真エンディングへの大逆転勝利…!
私、よくやった!!全私がスタンディングオペレーションだよ!
「ラーシュラ様、良かったですね!」
安堵からの満面の笑みでも「そうだな」としか返されない。
いいんだ。褒められたくてやったことじゃない。
私がラーシュラ様のためにやりたくてやったことなんだから。
そのあと、千穂には真っ先に伝えた。
良かったと泣く千穂を抱き締めて、ありがとうと言われて、私も我慢の限界が来て少し泣いてしまった。
「結局全部ういに頑張らせちゃったね。ごめんね。ありがとう……」
「ううん。事情を分かっている私が動いた方が良かったんだよ。千穂も混乱していたのに、よく頑張ったね」
千穂のさらさらの髪を撫でると千穂がようやく笑ってくれた。
「ういが一番頑張った!」
頭をぐしゃぐしゃになるまで撫で回されて、ようやく千穂が元気になったんだなと実感した。
しばらく二人で頭をわちゃわちゃ撫で回して笑って知らない間に手を繋いで寝ていた。
翌日、千穂は少し元気になったみたいで初めてお城の中を見て回ると言ってきた。
私も同行しようか?と訊ねたら、ういにはやることがあるでしょ!と追い出された。
中庭に行くとラーシュラ様は相変わらず花を愛でている。
「ラーシュラ様、これからどうされるんですか?」
「向こうの神子達を通じて人間との和平の道を模索する」
「そうですか」
真エンディングの内容だ。
よかった。バッドエンドにならなくて。
「うい」
初めて名前を呼ばれて思わずラーシュラ様を食い入るように見てしまう。
「私はお前が好きだぞ」
「はへっ!?」
ラーシュラ様からのまさかの言葉に変な声が出た。
「お前が私を好きだと言ったんだろう?」
いつの日か言った言葉が返される。
からかわれる様子に、それでも愚直に答えるしかない。
「はい!私はラーシュラ様が好きです。大好きです!」
「そうか」
実在のラーシュラ様と過ごすうちに段々と分かるようになってきた。
これは満足している感じだ。
私の好意を受け止めてほしいとは思わない。
でも、これだけはお訊ねしたい。
「ラーシュラ様、好きです。大好きです。世界と人間を天秤に掛けて、自分と千穂とラーシュラ様を選んだ愚かな人間ですが、ラーシュラ様のお側に居てもいいですか?」
ラーシュラ様は答えない。
元からこの方からの答えは望んでいない。
私が一方的に好きなだけでいいんだ。画面越しだったラーシュラ様が解像度高くなったと思っただけで生きていける。
しかもお声も生ボイス。
世界と人間を裏切って、何度もヒロイン神子も攻略対象者も破滅させて、なんとかバッドエンドから真エンディングに方向を変えられたけれど、堕ちる先は地獄しかないだろうけれど、ラーシュラ様が魔族で堕ちる先が地獄なら本望です。
……千穂は、幸せになってほしいな。
唯一無二の何事にも代えられなかった親友。
「お前は変わっているな」
不遜な態度も格好いい。
「ラーシュラ様はお優しい方ですよ」
ゲームとファンディスクと攻略本情報だけじゃない。
これまで感じたラーシュラ様を思い出す。
画面越しでは分からなかったラーシュラ様を知れただけで私は幸せです。
精一杯の笑顔で言い続ける。
「ラーシュラ様、好きです」
「……私もだ」
二度目の言葉にそのお言葉が事実なのかと実感して戸惑うだけの私の腰を掴み密着し、ラーシュラ様は今度こそ言った。
「私も愛している、うい」
最終スチルと同じお姿で、同じことを言われた。
我が人生一片の悔い無し…!
私が噛み締めているとラーシュラ様は不思議そうなお顔をされた。
ああっ!そんなお顔、初めて見る!
やっぱり、思いを受け止めてほしい。
お伝えしたい!
「好きです!大好きです!」
何度もお伝えすると、ラーシュラ様からも「私もだ」とか「愛している」とか返されて、どこのバカップルだというようなことを延々と中庭まで辿り着いてしまった千穂に目撃されるまで続けてしまった。
……はずかしい。
その後、ラーシュラ様に元居た世界に戻るか千穂が聞かれた。
私は問われていない。
ラーシュラ様の中で私がこちらの世界に残ることは決定事項なんだろう。
でも、聞かれるまでもなくラーシュラ様のお側にいたい。
地獄に堕ちてもいいと決めた人なんだ。
世界と人間と、天秤にかけた人なんだ。
笑う私に千穂はまた涙を浮かべてごめんねと謝った。
千穂は元居た世界を選んだ。
それでいいんだ。
お互いの納得いく結末を迎えられれば。
ヒロイン神子は逆ハールートかと思いきや守護者の一人と恋仲になってこちらの世界に留まることになったらしい。
ラーシュラ様達との会合の合間にお喋りして、新しい友人になりつつある。
千穂のことを思うと寂しくなることもあるけれど、新しい友人のおかげでわりと楽しく過ごせている。
ラーシュラ様とは、ラーシュラ様が素直な分、バカップルみたいになりがちになってしまい魔族の方々からも神子達からも微笑ましく見守られている。
序盤に殺されるモブに転生したときはどうなることかとおもったけれど、ラーシュラ様という最推しとラブラブになれて今はとっても幸せです!