セットリスト
プシュウウ……
炊飯器の蒸気音が、シンとした部屋に響く。
ああ、あと五分で炊き立てのご飯が食べられたのに。
ご飯のお供には、やはり生卵が欠かせない。
あとは明太子、鮭フレークに鶏そぼろ。バターを乗せて醤油もいいな。
……私という人間は、本当になんと情けないのだろう。
最期の瞬間でさえ、食べることしか考えられないのだから。
段々と、魂が肉体から離れていく。
胸に手を当てたままうずくまる、脂肪の塊みたいなだらしのない身体を見下ろして。
こんなに軽いのは何年ぶりだろう。
ふわふわふわふわ、これならもう一度踊れそうな気がする。
何がいいかな……くるみ割り人形?ジゼル?
醜い顔の側に転がったイヤホンから、音が漏れている。
この曲は……
『♪いつか天に舞う日が来たら、私が好きな私のまま
誰の裁きも要らない
胸を張って 次の扉を開けるわ♪』
大好きなラピスラズリの『DOOR』
私は結局、この歌詞の様には生きれなかった。
自分を嫌いなまま、28年間の人生を終えるのね。
そうだ、最期はこの曲で踊ろう。
手を伸ばして……ターンして……
あ、ここ、理珠ちゃんはどんな振りだったかな。
もう……忘れちゃった……
そういえば……冷蔵庫に半額のプリンが入っていたな。
デザートに……食べようと……思っていたのに
♪♪♪♪♪♪
けたたましい音に、身体がビクリと跳ねる。
何だろう……あ、『DOOR』か。
ここは天国かな。いや、地獄かもしれない。
自分で自分を殺した様なものなんだから。
いくら好きな曲でも、これは流石にうるさすぎでしょう。
おもむろに手を伸ばすと固く平たい物に触れた。
どうやら爆音は、これから流れているらしい。
慣れた手付きでささっと指を動かすと、それはピタリと止まった。
はあ、これでやっと休める……
死後の世界くらい、静かに眠りたいよ。
それにしても、此処は布団みたいに温かくて柔らかい場所だな。
……布団……?
うつ伏せのまま両手を広げ、泳ぐ様に動かしてみる。
自分の回りはぬくぬくと、はみ出た手はひんやりと冷たい。
──間違いない。これは本物の布団だ。
身体の重さで腰に負担をかけない様に、少しずつ体勢を変え、よっこらせっと起き上がってみる。
あれ、思ったよりずっと身体が軽い。魂になった直後程ではないけれど。
ぼんやりした頭で見下ろすと、明らかに細い……
いや、細くはない。太ってはいるけれど、いつもより20㎏は少なそうだ。
それにこの懐かしいリボン柄のパジャマ。私が中学生の時に着ていたものだ。
ここでやっと周りを見渡すと、あることに気付く。
死ぬ前の自分の部屋ではないことに──
小学校に入学した時から使っている白い勉強机。
ピンクのクローゼット。
そして今私が座っているのは、お姫様の様な天蓋付きのベッドだった。
あの部屋と同じなのは、耳に流れたラピスラズリの曲だけ。
咄嗟に飛び降り、棚の上の鏡に自分を映す。
そのあまりの衝撃に、何度も頬をつねったり、頭を叩いてみる。
細い目、主張しない鼻、目よりは若干厚みのある唇。
パーツはそのままなのに、明らかに顔が若い。
目の下のクマも、頬のくすみもなく、おでこにニキビはあるものの、肌質がツヤツヤしている。
それにまだ三重アゴではなく二重アゴに止まっている。
さっきの固くて平たいもの……スマホをスクロールする。
開いたのはカレンダー。
2016年9月18日
それは14年前────
14歳、中学三年生の時の日付だった。