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ショートショート6月〜3回目

おせっかいがやきたい

作者: たかさば

「あ、おねえちゃん、おかえり!」

「あれ?!どうしたのゆずちゃん!!」


 給料日明けの土曜、借りていたお米代を返すべく実家に行ったら、思いがけず姪っ子と遭遇した。

 このところ仕事が忙しくてなかなか会えていなかったので、懐かしさが私を包み込む。気のせいか少し背が伸びたような気がする。子供というのはあっという間に大きくなるなあ……。


 姪っ子はお母さん(私の姉)の宿直があるので金土日で泊まりにきたものの、祖父母である父と母に急な法事が入ったとかで…いきなり一人で留守番をすることになったらしい。ピザを注文しなさいとお金を置いて行ってもらったけど、一人で食べるのも寂しいということでなんとなく注文するのも気が進まず、ぐうぐう鳴り響くおなかを抱えてテレビを見ていたそうだ。


 そんなことを聞いてしまっては…ああそうなんだと聞き流して帰宅するわけにもいかない。私も実家で何か食べさせてもらおうと思っていたのでちょうどおなかが空いている。せっかくなので一緒に近所のファミレスに行ってランチをすることにし、楽しくおしゃべりをしながらハンバーグをつつくことになった。


「お姉ちゃん、あのね、私…好きな子が、できたの。」

「へえ、そうなんだ。どんな子?かっこいい?」


 ……ついこの前までオムツをしてよだれをたらしていたのに、キレイにご飯を食べて、一人前におしゃべりをしている。しかも…恋の話だ。今時の小学三年生って、こんなにもおしゃまな感じなんだね。

 まさかこんなお話をしてもらえるとは思ってもいなかった。時のたつのは…ずいぶん早いものだ。そうだなあ、私が家を出てもう三年だもんね、そりゃあ成長もするよね……、感心しながら、酸味の効いたザワークラウトを口に運ぶ。いつもよりすっぱい気がするのは、イメージの問題か……。


「うん、かっこいいって言うか、優しい。ほけん委員の仕事でポスター貼る時にね、手伝ってくれて…」


 ちょっとお手伝いをしてもらっただけで好きになってしまうくらい…お手軽な恋。まだまだ…子供だな、そんなことを思いながら、コショウの効いたチーズハンバーグを突き刺す。


 消しゴムを貸してくれた、図工の時間にペアを組んで絵を描いたら褒めてくれた、給食当番が一緒になって二人で牛乳を持った、サッカーが好きで日曜にクラブをやってると聞いたのでこっそり見に行ってみた、好きなお菓子は動物ビスケットなんだって、先週髪の毛を切りに行ったらかっこよくなったの……。

 軽い気持ちで話を聞いてみることにしたら、まわりの友達やお母さん…私の姉には言っていないという、かわいらしいエピソードをたくさん教えてくれた。誰にも言えずに、心の奥にしまいこんでいた感情が…あふれ出したらしい。


 ……そういえば、この子は仕事で忙しい姉にはあまり相談をしなかった。私がまだ実家にいた頃、平日は朝から晩までうちにいて、保育園の送迎は全部私がやっていて…歩いて十分の距離のみならず、晩御飯を食べ終わって姉が迎えに来るまでずーっとおしゃべりしっぱなしだった。きっと、何でも気軽に話せる相手として認識されているんだろう。思えば私も、ずいぶんこの子にはあけすけに物事を語っていたような気もする。


「もう好きって言った?」

「ううん、言ってない…だって、そんなこと言って嫌われたくないもの。」


 自分がもうずいぶん前に忘れてしまった、恋を知ったばかりの頃のピュアな感情が…目の前にある。甘酸っぱいにまだ届かない、ほのかな恋心を聞かせてもらって、恋愛経験の乏しい私の荒んだ心が騒ぎ出す。


「一緒にいて楽しそうにしてるなら、嫌いってことはないんじゃないの。優しい子なら好きって言ってくれると思うけどね。悩むくらいなら好きって言っちゃってスッキリしたほうがよくない?」


 どうせ小学生男子なんかに恋なんてわかってないだろうし、好きって言ってもだから何?でおわるに決まっているのだ。このくらいの年齢の優しい男子というのは、大概だれにでも同じように優しくて、みんなが勘違いしておかしな方向にこじらせるんだよね。

 やれ私に優しくしてくれたから私のことが好きなのよ、私のほうが笑ってもらえてるから私のことが好きなんだよ、私は好かれてるけどあんたはただの同情なんだよ、だから好きになるのやめてくれる……。

 もめ始める前に現実を知って、恋に溺れて周りが見えなくなる前に…傷が浅いうちにあきらめておいたほうが健全だ。そうしないと…傷ついて臆病になって、自分の世界しか信じられない情けない大人に、なってしまうから…ね。


「…気を使ってもらった答えなんか、聞きたく、ない。今は、やまと君の心は、知らなくていいの。好きって言いたいだけっていうか…こういうの、変かな?」


 好きと思う気持ちを大切にしたい…眩しすぎる、12歳の純情が、身に染みる。


 小学生だと思って、たかを括っていたことに…罪悪感を覚えた。

 小学生のただの恋愛ごっこみたいなもんだと決め付けていたことに申し訳なさを感じた。


 ……ああ、私にはなかった感情だ。


 私にもこんな繊細でまっすぐな純真があったなら、今頃寂しい独身生活をすごさずに済んでいたのかもしれない……。他人の言葉で自分の気持ちを投げ出して、無難に生きるような人にはならなかったのかも、知れない。


「ううん、変じゃない。むしろ…尊い!ねえ、拝んでも良い?」

「えっ?!ねえ、なんで私のことナムナムしてるの?!お姉ちゃんやめてよ!!」


 目の前でほっぺたを赤く染める姪っ子の姿を見た私は、なんだかとってもこう…甘いものが食べたくなってしまった。…そうだなあ、そういえば最近、甘いものを食べていない。何ていうか、しょっぱいものとか辛いものとか…女子からかけ離れたモノばかり好んで食べるようになっててさあ。


「ねえ、このあとさあ、甘いものでも食べに行かない?昔は一緒によくシュークリーム買いに行ったじゃない!なんかケーキ屋さんになりたいっていつも言ってたでしょ、一緒にクッキーも作ったし!おなかいっぱいならさ、お持ち帰りにして家で食べてもいいよね」

「え!!いいの!!じゃあね、今すごく人気のケーキ屋さんがあるんだよ、そこ行きたい!!」


 そのまま最近話題の近所のカフェに行って、ケーキセットを食べることにしたのだが。


「いらっしゃいま……、あれえ?!エミちゃん?佐々木さんだ!!!ちょっとまって、何、もしかして不老不死?!うおわあ!!まじか!!ねえねえ、ホットケーキ好き?!」

「あ、あの?!私は、…違います、お、おねえちゃん・・・、どうしよう!!!」


 素朴なくせに温かみのある木製のドアを開け、やたらと甘い香りが漂ってきたなと思った瞬間…やけにこう、フレンドリー?というか、勢いのある言葉を投げかけてきたおっさんが、一人。


「エミちゃんは私ですけど?!この子は姪っ子の・・・って、あんた誰!!!」


 私のフルネームを知っている…?同級生なんだろうか、でも見覚えがないなあ、誰なんだこいつは??頭の中に、ハテナマークがグルグルと回る。


「エミちゃん?!うわぁ…久しぶり!!!僕藤岡だよ、ほら、給食委員で一緒に牛乳持ってたじゃん!!!生焼けのホットケーキ食べさせたの、覚えてない?!」

「…ふじおか?生焼け…ああー!!!ちょ、アンタ…うわ、はい?!」


 まさか、ねえ……。

 小学校のときの同級生がケーキ屋のご主人になってただとか。…そう言えば、この人は昔からお菓子作りが好きだったなあ、そんなことをぼんやりと思い出す。


「僕めちゃめちゃ頑張って修行したんだよ、結構苦労してさ、ほら、おかげでこんなに痩せちゃった!!」


 小学生の頃私の二倍の体重を誇っていた同級生は、世間の世知辛さに叩きのめされて随分華奢な風貌になっていた。聞けば六年生の頃の方が体重が重かったというから恐れ入る。


 たまたまお客さんの少ない時間帯だったことも幸いして、懐かしい思い出話をしながら、自慢のホットケーキセットをご馳走してもらってしまった……。


「おねえちゃん!!私みきと君のケーキ食べに行きたい!」

「うん、いいよ!クッキーの作り方教えてもらうんでしょ?」


 姪っ子は、やけに同級生のホットケーキが気に入ってしまったようで、私が実家に顔を出すたびにカフェに行きたいとせがむようになった。


「エミちゃん!ゆずちゃん!!いらっしゃい!!」


 姪っ子はいたく同級生のお店が気に入ったようで、私がいない時に通ってはクッキーを一袋買ったり、おまけをもらったり、時にはお茶をごちそうになっていたりするようになったらしい。

 よくわからないけど、私の昔話なんかで盛り上がることもあるんだって…なんだかなあ、ちょっとこう、胸のあたりがもやもやするんですけど。姪っ子も同級生も、本人のいないところで何かおかしな事を言っているような気がしてならない。


「おねえちゃん、みきと君のケーキおいしいでしょ?気持ちがこもってると、ケーキがおいしくなるんだって!!」

「ああー、美味しくなーれ、美味しくなーれってやつ?昔ゆずちゃんも良く一緒にやったよね!!」


「ゆずちゃんはね、本当に一生懸命なんだよ!今度のバレンタイン、頑張るんだってはりきってて・・・」

「あーん!!みきと君、その話は今からするの!!もう、言わないでよぉ!!」


 同級生は、姪っ子とずいぶん仲良くなっているらしい。得意のお菓子作りから恋の相談、男心なんかも指南しているようで、いつの間にやら…結束?のようなものが生まれているような。

 甘いお菓子を作る人というのは、甘い恋のお話も得意としているのかもしれないな、そんなことを思った。


「おねえちゃん、新作のケーキ、すごくおいしいんだよ!食べた人がにっこり笑顔になれるような、スペシャルなケーキ!!私も一緒に考えたの、ね、食べてみて!!」

「ラブスマイル?これじゃあ何が入ってるかわかんないじゃない…相変わらず藤岡君はこう、肝心なところで煮え切らないっていうか…イチゴショートレモンジャムのせとかでいいんじゃないの…。モグ…美味しいけどさ……。」


「おいしい?!自信作なんだよ、僕のね、気持ちがね?!」


 なんだかんだで、月に一度が隔週になり、毎週になり。気がつけば、私もずいぶん…丸い人間に、なってしまった。なんかカフェに顔を出すたびに、創作デザートの試食をしろだの、このメニュー自信作だだの、やけに物をたくさん食べさせられるようになっちゃってね。……まさか、体重が50キロを越えるようになるとは。


「ごめんゆずちゃん、私もう藤岡君のお店には行けないよ、これ以上太るとただでさえ嫁の貰い手がいないのに大変な事になる!!」

「みきと君に責任取ってもらえばいいよ!!!大丈夫、ちゃんと話はしているの!!毎日ご飯作ってくれるって言ってたし、寝坊しても怒らないって約束させたよ!!」


 ああ…姪っ子が、謎の使命感に燃えている。自分の恋愛に真っ直ぐ向かって行くピュアな乙女は、おばちゃんに恋というものを与えようと必死になっていらっしゃる。


 ……そう言えば、いたなあ。なんていうか…人の恋愛におせっかいを焼きたがる、おしゃまな子……。かわいい姪っ子だし、あんまり無下にもできなくて、ずるずると引きずられるようにしてカフェに通う日々……。


「エミちゃんいらっしゃ!!!今日はね、新作のレディスセットの事で辛辣な意見をお聞かせ願いたいな!!エミちゃんの忌憚ないご意見は実に売り上げに貢献をしていて―!!!毎日食べにおいでよ!!ただでいいよ、自炊で貧しいんでしょ?ゆずちゃんも食べたいよねえ?!」

「みきと君!!私をダシにするの、そろそろやめなよ!!はっきりしないから何も進展しないんだよ?!おねえちゃん保育園で人気の先生なんだよ?!ぼやぼやしてたらあっと言う間に教え子が育ってさらわれちゃうんだよ?!」


 このところ遠慮の壁がどんどん崩れてきて、やけに焚き付けるようなセリフを言うようになってしまった姪っ子に少々ビビりつつも、大人の余裕というものを…みせてあげるんだからね?!さすがに20歳も年下の女の子にそそのかされて、おかしなことを口走るわけには……。


「あたしは…ゆずちゃんが食べたいっていうからついてきてるだけだし!というかね、藤岡っ!!貧しいとか言わないでよ!!コンビニご飯はね、最近とみにおいしさを増しててね?!車買い換えたいから節約してるだけだし!!」

「お姉ちゃんも…私の事理由にするのやめた方が良いよ!!ご飯食べさせてって素直に言えばいいのに!!おいしいって、毎日食べたいっていつも言ってるじゃない!!」


 ああー、子供っていうのは、やっぱりなんていうか、都合よくごまかしてくれないものなんだよね?!ついついぽろっと漏らした一言をいつまでもいつまでも覚えていて、ここぞという時に真正面からぶつけちゃうんだね、なんかもう…ごまかすって事を知らないっていうか、素直さの権化っていうか、肝心な部分をごまかそうとしている大人の方が恥ずかしくなるっていうか!!


 まさか、ねえ……。

 30を目前に、甘いケーキと、甘い言葉が溢れた、甘やかされる日々がやってこようとは…思いもしませんでした、はい。


 あれよあれよと言う間に、かわいいキューピットの大活躍で、私は優しくてちょっと気弱な彼氏をゲットすることになり。


「あ、ヤマト君いらっしゃい!!ゆずちゃんもう来てるよ、もうさあ、昨日からずっとどの服着て行こうか悩んでてさあ!!かわいいって褒めてあげてね!!」

「わ、わかりました!!!」


「おねえちゃん?!もう!!ばらさないでよぅ!!!」


 …自分の事になると、消極的なんだなあ。


 姪っ子には、たっぷりとお礼をしなくちゃね。


 私は愛する旦那ご自慢の…初恋が叶うと言うケーキ「ラブスマイル」をトレイの上にのせ、かわいらしいカップルの座る席に向かったのだった。

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[良い点] ほっこりほこほこ甘々でした〜♪ (*´艸`*) [気になる点] ……スレた汚っさんには結構な毒ですたwwwwww
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