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第56話:それそれクマちゃんマン

「奴ら、俺たちに気づかれていないと思っているようだな」

「ひひひ。誠に愚かですねぇ」


 玉座のような装飾が施された椅子に鷹揚と座る白い軍服の男と、バーコードハゲに眼鏡、白衣を纏った中年の男が密談する。


「それで、こちら(『豊乳派』)はどう出ますか?何処かで横槍を入れて、屍姦性愛(ネクロフィリア)の輩を横取りしますか?」


 中年の男が片手に持つノートパソコンには、近隣の駐車場やマンションに備え付けられた映像が映し出されており、薙唐津(ちからづ)製鉄所までの道を歩く黒い神父の姿が捉えられている。


『豊乳派』は最も人口の多い巨大派閥である。

 そのため、人数が少ない性癖派閥に対して圧倒的な資金力があり、監視体制の規模や軍事力の大きさなども桁違いだ。一組の人間の動きを遠目から追い駆けることなど造作もない。


「いいや。その必要はない」

「どうしてですか?このまま屍姦性愛(ネクロフィリア)が『貧乳派』に加勢することになったら、我々は一気に劣勢に立たされますよ?」

「あの暴れ馬の手綱を俺たちが握ったところで、手懐けられるとは思えないからね。やるだけ労力の無駄だよ。それよりも、」


 鬼頭(きとう)との色恋沙汰になって聴牌(テンパ)らなければクールビューティな基地局長が、落ち着いた様子で話す。


「あの爆弾をどうやって処理するかを高みから見守っている方が、よっぽど面白いと思うけどな」

「では、もし屍姦性愛(ネクロフィリア)が『貧乳派』と結託したら、どうするおつもりですか?」

「絶対なんてないから言い切らないけど、あの二つの勢力が手を組むのはありえないね」

「何故、そう言い切れるのです?」

「決まっている。彼らは生きた人間には興味がないからね」


 屍姦性愛(ネクロフィリア)とは、そのままの通り、()体を()することを喜びとする性癖だ。

 性的対象とするのは死体、もしくは、仮死状態にある異性|(あるいは同性)である。


 余談だが、あの『白雪姫』に登場する王子様も、白雪姫に恋したのではなく、「仮死状態になった白雪姫に恋をした屍姦性愛である」という一説がある。


「貧乳を性的嗜好にする輩と、死体に恋する集団。この二者が相容れることなんて、俺たちみたいに共通の敵を倒す時の一時的な繋がりくらいしかないだろうね」

「では、『貧乳派』はモウリアをどうするつもりなのでしょう?」

「考えられる可能性は一つ」


 人差し指を天に突き立てる。


「モウリアを無力化して、屍姦性愛(ネクロフィリア)を壊滅させる気なんだろう。まぁ、元々奴らは中立を誓っていた組織なわけだし、壊滅したところで、それを咎めるような組織は『どちらでもない派』にいないだろうからね。厄介ならば、潰してしまえばいい。俺だったらそうするね」

「『『貧乳派』の救世主』の力を使えば、それも容易いということですか。でも意外ですね」


 含みのある言い方をした男の言葉に耳を傾ける。


「局長ならば、「鉄破(てつは)ちゃんに危険が及ぶようなことがあってはいけない!『貧乳派』がピンチになった時に駆け付けられるように、多理体(さわりたい)雨間里(うまり)を待機させ、籾時板(もみしだいた)に観察・報告させよ!!」とか何とか言って、慌てふためくと思ったんですけど」


 近くにあった机にパソコンを置きながら瑞騎(たまき)の様子を窺うと、


「そ、そそそそそそそそ、そういわれればそうじゃん?!どうしようどうしよう?!!鉄破ちゃんが屍姦性愛(ネクロフィリア)に殺されたらどうしよううううううううううううう??!!!」


 歯をガチガチと鳴らしながら爪を噛みそうになっている少年の姿があった。


(ほんと、恋人のことになって取り乱さなければ、頭の切れる男なのにのう)


 中年の男は心の中で溜め息を吐きながら、自分の仕事へと戻るべく背中を向けて歩き出す。



☆★☆★☆



「それそれー!クマちゃんマンのハチミツパンチだぞ~」

「やりおるなクマちゃんマン!それならば、ネコネコ大魔王の真の姿を見せてやるにゃん♡」


 毎日のように遊びに来るようになったジェノワと、すっかり定住している触爪(ふそう)のごっこ遊びの声が聞こえてくる。


「ハチミツパーンチ!!」

「ぐぼあっ!!変身途中に攻撃して来るとはっ!!」


 悪役側に変身時間(ヒーロータイム)なんてものはないらしい。そこら辺のお店で購入された熊のぬいぐるみが放つ拳が、黒猫のパペットの腹に命中する。


「や、やりおるなクマちゃんマンっ!だが、私が本気を出せば――」

「ハチミツパーンチ!ハチミツパーンチ!ハチミツパーンチ!ハチミツパーンチ!ハチミツパーンチ!!!」


 悪に容赦などなかった。余裕の態度で話す黒猫パペットの腹に何度も拳が捻じ込まれ、倒れたパペットに上から覆い被さって乱打する。これでは、どっちがヒーローか分からない有様だ。


「ぐぼらばらべろっ!!ま……、さか……、ここまでの力を…………、持っているとは……っ!!」


 さすがのネコネコ大魔王も、必殺技を何度も受けたことで致命傷を負ったらしい。手先をぷるぷると震わせながら天を仰ぐと、そのまま動かなくなった。


「クマちゃんマンの大勝利~!強いぞクマちゃんマン!!」

「ぬぬーっ。次は、ネコマンマ大司教が相手するにゃん」


 ごそごそとおもちゃ箱から白いネコのパペットを取り出すと、ネコネコ大魔王とバトンタッチ。右手に装着する。


「ジェノワちゃんが来てからちょうど二週間になるけど、特にこれといって変化もないね」


 ずず……。と、遠巻きからブラックコーヒーを飲みながら、冴藤(さえふじ)が呟く。


「全く動きがない……。本当に、本当に私に懐いて来ているだけだと言うのか……?」


 こちらに接触してくるということは、一時的に提携して共通の敵を倒したい、傘下に入りたい、などの思惑があるはずだ。

 しかし、二週間経った現在でも、ジェノワはメンバーと遊んでいるだけだし、モウリアはそんなジェノワをニコニコしながら迎えに来るだけだ。

 しかも、よっぽど調査と指針の決定に難航しているのか、本部からの連絡も一向にない。


「だったら健気だけどね。でも、何か事を起こすんだったら、もうそろそろ動いてもいいはずだ。なのに動かない。となると、裏がないと見てもいいんじゃないかな?」

「そんなことがあり得るのか……?」

「信じたくない気持ちは、僕にも分かるんだけどね」


 マグカップに入ったコーヒーの匂いが隣から香る。


「鬼頭さんは、誰かに愛されるというのは怖いですか?」

「如何せん、私は『愛』というものには、いい思い出がなくてな」


 敬()していた初代支部長は戦死し、

 元()人の瑞騎からはストーカーのようにつき纏われ、

 特殊な性()を持った能力者集団と抗争する。


 鬼頭鉄破という青春真っ盛りの女子高生は、『愛』とつくものとは、つくづく相性が悪い。


「でも、少女の方は、こんなにも好いていますよ?」


 言われて足元を見る。

 すると、銀色の長い髪を持つ少女が、純粋無垢な笑顔を浮かべながら、脚に抱き着いていた。


「きとうさんもジェノワと一緒に遊ぼ?」


 この穢れのない瞳に、誰かを殺す殺意は感じられない。

 思ったことをそのまま言う混じりっけのない言い方の裏に、息の根を止める刃が隠れているようには見えない。


 ……単に(おくび)にも出さないだけだったら、そのまま寝首を掻かれて一溜まりもないのだが。


「ほらほらー。一緒に遊ぶのも仕事のうちにゃん♡。悪い子には、ネコネコ大司教が魔法を掛けちゃうぞ」


 四つん這いになって白い猫のパペットで、鬼頭の脚を(つつ)く。


「ぐ……、う…………っ」


 足元にこうも(たか)られては身動きが取れない。

 観念した鬼頭もぬいぐるみ遊びに参戦するのだった。

 来年受験生の妹が、「東京にある四年制専門学校(演劇)に行きたい!」と言っております。


 はっきり言います。アホか。と。


 別に、舞台俳優を目指すことが悪いのではありません。


 演劇を一度もやったことがない上に、観たことがある演目が劇団四季の「ライオンキング」だけ。しかも、ボイストレーニングや基礎体力作り、台本の朗読等も普段からろくにやっていない癖に、「演劇やりたい」と吐かすことに腹を立てています。


 四年制の専門学校となると、その道を本気で目指したい人たちが集まる場所に決まっています。

 なのに、そんな場所に「二年制の専門学校って、キツいらしいじゃん?だから、ゆるそうな四年制にしたわww」とかいう腑抜けたことを言っているやつが入学したところで、周りの熱意に気圧され、授業に着いていけずにドロップアウトするに決まっています。授業料は普通の大学よりも高いので、大金をドブに捨てるようなものです。


 さらに、東京で一人暮らしする、と。

 普段から皿洗い・掃除・洗濯を一切やらない癖に。


 この選択に、親がどれだけ苦心しているか分からない=自分が他人から、どう見られているのか分からない、ということです。


 他人の痛みが分からず、寄り添えない。そして、自分を客観視できない人間に演劇ができるわけがありません。

 東京に行ったところで、他人に迷惑を掛けるだけだと思います。


 どれだけ言っても聞かないので、東京でお灸を据えられるといいですね。


 ……あれ?何だか愚痴だけで終わっちゃった?


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