第52話:白鳥になれないアヒルの母
ティーパーティは程なくして終了した。
純多はククリが生成した異空間から戻り、東屋の外に出る。
「おや?戻られましたか?ご苦労様です」
神楽鈴の音色と共に、丸椅子の上に腰掛けた状態で出現した純多に、側近の一人・月山幸弘が声を掛ける。
「統括部長様とのお話はどうでしたか?」
清漣寺は、「私のことを知っているのは、菊助・幸弘・純多の三人だけ」と言っていた。
つまり、月山は清漣寺の姿や名前を知っているはずである。
にも拘わらず「統括部長」という役職名で呼び、何も事情を知らない鬼頭に、その正体を明かさないようにしている。
徹底しているな、と舌を巻きながら、純多は受け答える。
「なかなか楽しかった、です。有意義な時間でした」
危うく、統括部長の少女に対して使っていたため口が、そのまま喉から出るところだった。急いで丁寧語に訂正する。
「そうでしたか。統括部長様も、さぞお喜びになるでしょう。改めて、本人に伝えておきます」
「……あれ、その統括部長様は、どうなされたんですか?棟倉は一緒に居たのだろう?」
東屋から一人しか出て来ないことに、鬼頭が訝しむ。
「統括部長様は、もうしばらく後に戻られます」
「……なるべく、他の人間に姿を見せないためだ。……それだけ、統括部長様という存在は、我々『貧乳派』にとっての最高機密なのだ」
『他の人間』というのは、この場では鬼頭だけなので、言い換えれば、さっさと鬼頭を連れて消えろ、と言ったところか。長居する意味もないので、一言二言礼を述べて、薙唐津製鉄所まで歩く。
「で、統括部長様と、どのような話をしたのだ?」
二人きりになり、横に並んだ鬼頭が興味津々に話し掛ける。
「それが、絶対に話すなと統括部長から言われていて、一切話せないんですよ」
話の内容は特に重要なものではないのだが、今回の件に関する一切の物事は、清漣寺本人から緘口令を出されており、話すことができない。
「せめて、統括部長の性別だけでも教えてくれないだろうか?男性か女性か?」
「それも言えませんっ」
「……気になるではないか」
拗ねたように項垂れる鬼頭。こんなにしおらしい鬼頭は少し珍しい。
「まぁいい。統括部長様から極秘ミッションでも与えられたのだろう?これからは精進するのだな」
そういえば、「本部の方に移籍しろ」とか、「『救世主』に相応しい待遇を用意しよう」みたいな提案は何一つなかった。
ならば、このまま普段通りに生活すればよいのだろうか?
本当に世間話をしただけだし、清漣寺の行動の裏には何があるか分からない。
いや、気兼ねなく話したいと言っていたし、もしかしたら、心の内を打ち明けられる人が欲しかっただけなのかも?
いずれにせよ、純多に分かることは多くなさそうだ。
☆★☆★☆
全員が全員というわけではないが、組織のトップになるような人間は往々にして、負けず嫌いの者が多い。
ここにも、例に漏れない少女が一人。
「あれが、『『貧乳派』の救世主』……」
白い花が幾許咲き乱れる白麗の園。
その一区画にある石造りの広場には青銅製の机と椅子が置かれ、白いドレススカートを纏った一人の少女が座っている。
「なんて……」
『『貧乳派』の救世主』と呼ばれていた少年は現世へと戻り、製鉄所を改装して作ったという地武差支部に戻り始めた頃合いだろう。この白麗の園には、純白を纏った少女以外、誰もいない。
「なんて乳臭い小童なんでしょう……っ!!温室栽培でぬくぬく育った、ただのクソガキじゃないですの!!」
――いや、誰かが居てもらっては困るのだが。
清漣寺が白い花園にティーカップを投げると、軽快な音を立てて粉々になり、花の群れの中へと姿を消す。
「私が今日まで、どれほど痛い思いをしてきたと思うの?!私がどれだけ涙を呑んで来たというのっ?!」
文字通り血が滲むような苦痛に耐え、文字通り血を流すような苦労をした。
幼少から父親が浴びせ続けてきた猥語の暴力によって、胸が小さいことにコンプレックスを抱いて生きてきた。
12歳になった今でも第二次性徴による変化が遅いことに、ずっと不満を覚えている。
「あんな、全てが恵まれて平和に生きてきた人間よりも、私のほうがずっと苦労しているじゃないっ!!」
なのに、自分はただ『能力が強い』だけで、『『貧乳派』の救世主』ではなく、なれない。
結局は、アヒルの子を束ねる母アヒルでしかなく、誰からも羨まれる白鳥ではないのだ。
「なんで、私は救世主にはなれないの……?」
「簡単な事なのじゃ」
しゃら――。
白花を揺らす一陣の爽風が吹き抜け、神楽の音を奏でた獣耳の巫女少女が青銅の椅子の上に現れる。
「眉目秀麗・頭脳明晰なお主に、欠けているものがあるからじゃよ」
おっぱい饅頭以外のものが物珍しいのか、何の断りもなくケーキを手で掴むと、むしゃむしゃと食べ始める。
「……興味深い話ね。一体何かしら?」
「取り繕わんでもよい。お主はまだ12なんじゃろ?上手くいかない時は、素直に誰かに甘え、素直に泣くがよい」
「まさか、「誰かに頼る真摯さ」とか言うのではないでしょうね?そんなもの、犬にでも食わせてしまいなさい!」
「いいや、もっと欠けているものがあるぞ」
名残惜しいのか、手に着いたクリームを舐める。
「それは、小さな胸を愛する純粋な心じゃ。確かに、幼少期に受けた性的虐待や暴力は性癖に結びやすく、その恨みや嫉みは強力な能力者を生む。だがな、」
ずず、と下品にダージリンを飲んで喉を潤すと、銀髪の巫女は話を続ける。
「棟倉純多といったか、あいつは心の底から『貧乳』を愛しておった。そこに、能力を使って誰かを殺めてやろう、とか、誰かを踏み台にしてやろうといった、汚れた心が介在していなかったんじゃよ。じゃから、その混じりっけのない純粋な心に呼応して、『『貧乳派』の救世主』としての力が宿ったんじゃろうな」
「ふんっ。確かに、私はあのクソ親父を葬ることしか考えていなかったし、性癖なんて植え付けられたようなもの。だけど、誰よりも苦労をしてきたのには変わらないし、栄誉とは、苦労した人間が掴むべきものなのよ!」
射殺さんとばかりの睚眥で眼前の神を睨む。
「純粋が多いで純多とか言ったわね。憎らしい名前ですこと!!」
「そうかの?妾は素晴らしい名前だと思うけどのう」
これ以上長居をすると従者が心配するかもしれない。白いドレスを揺らしながら立ち上がると、
「では、私はお暇させていただきますわ。ククリ様、ティーセットを片付けておいてくださる?」
「おいおい。妾はお主の従者ではないのじゃぞ?」
「あら。私たちは能力を使って戦ってあげているのだから、それに報いる必要がなくって?どのような思惑があるのか分かりませんけど、貴女様には、私たちに戦って欲しい理由があるから、能力を与えているのでしょう?」
ティーカップを持ったククリの動きが一瞬だけ止まる。
「……賢しいのう。お主、本当に齢12の童女か?」
「人間を舐めないことよ魔。何処かで尻尾を掴んで鼻を明かしてやるわ」
「魔じゃと?妾は歴とした神じゃぞ?身を弁えろよ涜神者が?」
神と一大勢力を束ねる長。
一触即発の張り詰めた空気が白亜の花園に流れるが、
「まぁでも、」
銀色の巫女が肩の力を抜いて息を吐く。
「しばらくは、お主の従者で居てやろう。こいつを綺麗に洗って、白麗の園にそのまま置いておけばよいか?」
「えぇ、頼むわよ。貴女様のカミサマパワーとやらを使えば、造作もないことでしょう?」
ふわふわと浮かぶ巫女装束の幼女と、白いドレススカートを身に纏った少女は、二人並んで樹々が聳える小路を進む。
【ひんにゅーほうにゅー裏話メモ10】『貧乳派』組織図
統括部→各国の支部→各県の支部→各市町村支部
となる。
各支部には支部を統括する支部長が存在する。
ちなみに、各国の支部を束ねるのが統括部であり、その統括部のトップが統括部長・清漣寺である。側近の『懐刀』二名は、同立で清漣時のナンバー2にあたり、立場としては統括部の他の構成員以上統括部長以下となる。




