第50話:白麗の園にて
一方、
(どうしようどうしようそうしよう……!!)
平常から胸を張り鷹揚と構える少女・鬼頭鉄破は柄にもなく狼狽していた。
何故なら、
「……」
「……」
もはや『貧乳派』の中では伝説として語られる二者|(曽我部と月山)が、東屋を警護する門番のように立っているからだ。
いや、それよりも、
(完全にタイミングを逃して、棟倉に置いていかれてしまった……)
直属の上司として挨拶でもしようかと思ったのに、切り離されてしまった。挙句、ククリの案内により別次元にいるのだという。何だか、容易に合わせてくれそうにない。
「あ、あのう……」
「ん?君は、『『貧乳派』の救世主』君と一緒に居た娘だね?」
「あ、はい。鬼頭鉄破と申します」
丁寧に頭を下げる。
「彼の護衛をしてくれたんだよね?ご苦労様」
「えぇ、それもそうなんですが……」
「??」
「私、地武差支部の支部長でありまして。棟倉の直属の上司というのもあって、統括部長様に挨拶をした方がいいかな、と思っているのですが」
「そうだったのですか」
周りを飛び交う蚊を追い払いながら、月山は口を開く。
「残念ですが、今回招待された客人は、『『貧乳派』の救世主』の彼だけ。あなた、そして、従者である我々ですらも、招かれざる客なのです」
「……なので、統括部長様の命令通り、東屋の警護に当たるしかない」
寡黙な男も受け答える。
「わざわざ聖壁大社を利用してまで話をするということは、相当に重要な内容なんですよね?一体、統括部長様は、棟倉とどのようなお話をしているのでしょうか?」
「それは吾輩にも分かりません。あと、一つ間違っていることがありますよ?」
「??」
「本日統括部長様が利用されるのは、白麗の園とのこと。行き方は聖壁大社と同じですが、聖癖大社とは全く異なる場所に位置する庭園です」
聞いたことがない場所なうえに、あの異空間から聖壁大社以外の場所に行けるというのは初耳だ。
それほどまでに大事な話とは、何なのだろうか――。
☆★☆★☆
「結局、階段を上るか長い道を歩くかの違いじゃねぇか……」
両脇を緑に生い茂った樹々が固める小路を進みながら、純多は呟く。
移動方向が縦から横になっただけで、それほど苦労は変わらない。というか、お得意のカミサマパワーとやらで、ワープなり何なりさせてくれればいいものを、何故に歩かせるのか。
「あれか、現場百回!!とか言って無駄に歩かせる刑事か何かか?メールを送らずにファックスを使うタイプか?」
そういえば、いろんな性癖の猛者を呼びつけてやるよ!とか言って、カミサマパワーの宿った黒電話をじーこじーこしていたか。案外、純多の勘は当たっているのかもしれない。
……なんて、前と後ろが分からなくなった小路を悪態を突きながら進んでいたら、いつの間にか視界が開けていた。一面に白亜の空間が広がる。
「お待ちしておりました。貴方が『『貧乳派』の救世主』様ですね?」
その一面が眩しいほどの白に覆われた空間の中、風に白いドレススカートを靡かせながら、一人の少女が立っていた。
「また、新しい神様か何かか?」
「神様?それは、私が神様のように神々しいという意味でしょうか?誉め言葉として受け取っておきますわ」
磁器のように白くて美しい手の甲を添えて、淑やかに笑う。
「えと。俺は白麗の園にいるっていう統括部長様に会いに来たんだけど、もしかしてククリが場所を間違えたか?それとも、ここで別の神様に案内をバトンタッチとか?」
「??白麗の園はここで合っていますし、統括部長様とやらは、ここに居ますよ?」
ここに居る?
ということは――。
「初めまして。『『貧乳派』の救世主』様」
スカートの端を少しだけ持ち上げ、流麗な所作で挨拶をする。
「私の名前は清漣寺淑華。この世界の全ての『貧乳派』を束ねる長ですわ」
☆★☆★☆
「あなたが統括部長とは知らず、とんだご無礼を!!」
「ふふっ。私の姿を知っている者は、菊助と幸弘。そして、たった今知った救世主様だけ。世界に三人しかいないのですから、無理はありませんわ」
レンガで作られた庭園に土下座して頭を擦り付ける純多に、清漣寺は天使のような微笑みを浮かべて赦す。
「……それで、俺を呼んだのは何用でしょうか?」
「とりあえず、椅子に座ってくださらないかしら?」
まぁ、それもそうだ。
青銅で作られた精緻な椅子に腰を降ろす。
「で、俺を呼んだ理由は何でしょうか?」
「見て分からないかしら?」
と、言われても、机の上にはティーポットとカップ、三段になったケーキスタンドの上に美味しそうなケーキが乗っているだけだ。
「……俺には、優雅にティーパーティをやっているようにしか見えないんですけど?」
「まぁ!正解よ」
「はい?」
純多が呆けた顔になる。
「貴方を呼んだ理由は、一緒にお茶が飲みたかったから、よ。ところで、救世主様は紅茶は飲めるかしら?」
「えぇ、まぁ」
「でしたら、私が淹れたダージリンを飲んでいただけないかしら?ちょうどこの時期はセカンドフラッシュといって、爽やかな舌触りを堪能できますのよ?」
かちゃり。
オレンジ色の液体が注がれたカップが目の前に置かれる。
「あの……、それだけでしょうか?」
「えぇ、それだけよ。冷めないうちに召し上がって」
ニコニコと幼子のような顔を向けてくるので、仕方なくカップを口元へと運ぶ。
「……!!」
温かいお茶を飲んでいるはずなのに、舌の上に葡萄のような風味が広がり、純多の味蕾を刺激する。
「美味い……っ!」
「そう?それは良かったわ」
純多の表情が綻ぶのを見て安心したのか、自身もカップに口を付ける。
「それにしても、救世主様は、よくそのマナーを知っていたわね」
「あ、これですか?知識だけは持っていたので、見様見真似でやったんですけど」
「そのマナー」というのは、純多がティーカップの取っ手を指で抓んでいることに対してである。
イギリスでは、取っ手に指を通してカップを持つと、「お前の淹れたお茶は、取っ手に指が通せるくらい温い」という侮蔑の意味になるのだという。
そんな何処で手に入れたのかも分からない曖昧な知識を、ひとまず取り入れてみたのだが、結果は吉と出たようだ。
「別に、気を遣わなくても良かったのに……」
「相手が相手ですからね。気を遣わないわけにはいきませんよ」
「いいえ。是非変な気を遣わないで欲しいですわ。そのために、従者の二人を外に待機させているのですから」
「だったら一つ、言わせてもらってもいいか?」
ため口に変えてみたが、清漣寺が難色を示す様子はないため、そのまま言葉を続ける。
「互いの距離を縮めたいっていうんだったら、俺のことは「救世主様」じゃなく、名前で呼んでくれよ。「棟倉」でも、「棟倉さん」でも、「純多」でもいいからさ」
ティーカップから口を離した少女は、一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐに涼やかな微笑みを浮かべる。
「なるほど。何かをして欲しいのなら、そちらから手を差し伸べなさい、ってことね。でしたら、私は貴方のことを、「棟倉様」とお呼びしますわ」
「様」と付けないと気が済まないのだろうか。神が作った空間に吹いた一陣の風が、少女の髪を揺らす。
【ひんにゅーほうにゅー裏話メモ8】曽我部菊助と月山幸弘
『『貧乳派』の懐刀』という肩書きを持ち、それぞれ、『長刀の菊助』・『短刀の幸弘』と呼ばれている。
それぞれの名前の由来は、
・曽我部……なんとなく武士っぽい。「長曾我部」だとわざとっぽいため。
・菊助……他の作品と被らなそうな名前。沖田総司が持っていたとされる「『菊』一文字」と、統括部長の身を『助』ける側近であることから。
・月山……月山戸田城から命名。月山戸田城との関係性はない。下の名前が実名として存在すると思われるので、実在しなさそうな苗字。
・幸弘……ダンディなおっさんっぽい雰囲気があり、実際にいるだろうと推測できる名前。(その方がリアリティがある)
ちなみに、曽我部が21歳・月山が48歳である。




