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第49話:懐刀

 翌日。

 火曜日の放課後。


「いいか?絶対に失礼がないようにするんだぞ?」

「何度も聞きましたよそれ。緊張しすぎじゃないですか鬼頭(きとう)さん?」

「わ、私は別に、緊張などしとらん、ぞ」


 肩と胸を張り、右手と右足を出してカクカクと歩く。

 まるで、汗を掻くロボットのようになってしまった少女と隣に並びながら、夕方の住宅街を歩く。


「別に、「今から死刑を執行するぞ!」とかいうわけじゃないんだから、もっと力を抜きません?」

「相手は我らを束ねるトップだぞ?むしろ、飄々と構えていられる棟倉(むねくら)の方が異常なのだ」


 そんなものなのだろうか。

 右も左も似たような一軒家が、何処までも続く一本道を歩いていると、脇に下草に覆われた公園が出現する。聖壁(せいへき)大社へと繋がる東屋(あずまや)がある公園・聖壁公園だ。


 一面が膝くらいの高さの雑草に覆われ、園内に生えた樹は伸び放題。花壇はタイルやレンガが割れて散らばっている。


 このように、近隣住民からは手入れが放棄され、遊んでいる子供など一人もいないのだが、その東屋の脇に侍るように、二人の男が立っている。


「おや?誰かが入って来ますね?」


 向かって右側に立つ男が、即座にこちらに気づく。

 初老の男性で、短く切って纏められた髪の毛には、所々白髪が混じっている。左目には片眼鏡(モノクル)を装着し、身形(みなり)のいい燕尾服を着ているため、何処かの高級ホテルのホテルマンのような印象を抱くが、この古びた公園には、あまりにも似つかわしくない。


 燕尾服の男が一言発しながら隣の男を見るが、


「…………」


 もう一人の男は口を横一文字(いちもんじ)に結んだまま動かない。

 丁髷(ちょんまげ)のように結った長い髪と、紺色の上衣に白い袴。まるで、時代劇の世界から飛び出してきたような、誰もがイメージする侍の姿がそこにあった。戦国時代の武将であったら兜を被りやすいように、あえて髪を剃ることから考えると、江戸末期くらいの華族と表現した方が正しいかもしれない。


「時刻は……、ふむ、16時50分。約束時間の10分前ですね」


 懐から古風な懐中時計を取り出すと、時刻を確認し、


「そして、この時間に現れた男子高校生。となると、君が『『貧乳派』の救世主』様ですね?」


 純多(じゅんた)に向けて話し掛ける。


「えぇ。もしかして、あんたが統括部長さんとかいう人ですか?」

「いえいえ。吾輩はただの従者。あのお方には遠く届きませんよ。吾輩の名前は――」

「『長刀の菊助(きくすけ)』様と『短刀の幸弘(ゆきひろ)』様……っ!」


 目を見開いたまま立ち尽くす鬼頭の口から言葉が漏れる。


「統括部長様の懐刀(ふところがたな)と言われている、『貧乳派』最強の二人っ!!」

「おや?吾輩の代わりに説明してくれましたか。ならば、それに甘えましょうか」


 手を添えて腰を曲げると、恭しく頭を下げる。


「吾輩の名前は月山(つきやま)幸弘。統括部長様の従者をしております。そして、こちらで先ほどから石のように動かないのが、」

「……曽我部(そがべ)菊助だ」

「です。彼は寡黙な男でね。あまり口を開かないのだよ」


 月山が肩を(すく)める。


「さて、こんな所で立ち話をしていたら、統括部長様との待ち合わせの時間に遅れてしまいますね。ささ、こちらの東屋に入ってください」

「……ちょっと待て」


 曽我部が口を開き、驚いた月山が一瞥する。


「……本当にあなたが『『貧乳派』の救世主』かどうかを確かめたい。……統括部長様から貰った手紙を持っているか?」


 本人か否かを証明するためには、この方法が確実だろう。純多はカバンから真っ白な手紙を取り出すと、曽我部に渡す。


「……間違いない。統括部長様からの手紙だ」

「吾輩も確認しましょう。ふむ……、間違いなさそうですね。では、今度こそ、こちらの東屋にお進みください」


 手紙を純多に戻すと、東屋に促す。


「ククリ様を呼ぶ方法は覚えていますか?」

「えと……、どうするんでしたっけ?」


 何せ、初めて聖壁大社に行ったのは、誰かに教わったわけではなく、完全に偶然だったのだ。覚えているわけがない。


「『鬼門(北東)の方角から東屋に入る』・『おっぱい饅頭をちょうど二つ持つ』・『東屋の丸椅子の上に座る』の、三つの条件を満たすことです。方角は吾輩と菊助が立っている、この脇を抜けて東屋に入れば大丈夫です。後は、両手に饅頭を持って丸椅子に座るだけだね」


 有事に備えて常に持っているおっぱい饅頭を二つカバンから取り出し、適当な場所にある丸椅子に座る。


 と、


 しゃらん――。


 心地のいい神楽鈴の音を乗せた一陣の風が発生。6月だというのに不自然に冷たい風に目を細めると、


「久しいの。純多とか言ったか」


 丸椅子の一つに、腰まで伸びた銀色の髪を持つ少女・ククリが出現する。


「客人がお呼びじゃ。急かすようで申し訳ないが、早速聖壁大社へと向かうぞ」


 しゃらん――。


 もう一度鈴を鳴らすと空間が歪み、直後に一面を森に囲まれた石畳の円形広場に到達する。


「その統括部長とやらは、何のために俺を呼んだんだ?」

「はて、妾にも分からぬ。何故なら、妾は場所を貸しているだけだからのぅ」


 この空間では自由にカミサマパワーを使えるため、空中をすいー、と浮かぶ。


「場所、というと、またこの階段を上るのか……。どうしてこう、大社の境内に直接移動できないんだよ」

「違う違う。今回お主が向かうのは聖壁大社ではない」

「どゆこと?」


 首を傾げる純多。


 石造りの広場にはククリ以外誰もいないし、周りを囲むのは老緑(おいみどり)の森林。道は聖壁大社へと続く石の階段しかないはずだ。


「今回は客人が客人。『貧乳派』の長だからの。特別な場所へと案内したのじゃ」


 困惑した顔でククリを見ると、いつもの神楽鈴を持っていなかった。両の掌を横に向け、


 パァン……。


 破裂音のような柏手(かしわで)を一つ。白くて小さな手で鳴らす。


 最初、驚かせようとしてやった悪戯かとも思ったが、その変化はすぐに表れた。


「なん……、だ、これ……?」


 ずぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞ、と。


 まるで、賢者が道を示すために海を割ったかのように深緑の樹々が移動し、一本の小路を作った。


「ふふ。妾のカミサマパワーを以てすれば、これくらいのことは造作もないことよ。さぁ純多よ、この先にある白麗(はくれい)(その)に向かうのじゃ」

【ひんにゅーほうにゅー裏話メモ7】棟倉純多


『『貧乳派』の救世主』の能力により、触れた物体を消すことができる、という能力そのものは、最初期からあった案。

 しかし、名前は棟倉純多ではなく、矢間口憂助やまぐちゆうすけという、全く捻りも特徴もない名前でした。そのため、名前を変更。


 名前の由来は、

・棟倉……「胸倉」から。(そのため、最初は「むなぐら」という読みだった)

・純多……年頃な男子高校生であり、エッチなことに対して、「純」粋になることが「多」い。


 から。


 ちなみに、残してあった没案によると、『豊乳派』の構成員であり、主人公の幼馴染み、という立場の少年・籾時板勇気も最初期案からあったとのこと。

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