第47話:詰問する二人の乙女
これは、激戦を終えた土曜日、焼肉パーティから純多が帰った直後の棟倉家の様子である。
「……で、どうしてそんなに服がボロボロなの?お兄ちゃん?」
玄関とは、靴を脱いで屋内に上がるための場所であるはずである。
決して、正座をするところではない。
……と、思っても口に出せない男・棟倉純多は、とりあえず靴を脱いで上がることは許されたものの、部屋へと続く廊下で正座をさせられていた。
「そして、こんな時間まで何処で何をしていたの?何だか焼肉っぽい匂いがするんだけど?」
時刻は22時を少し過ぎた辺り。
青少年教育安全なんとか条例やら何かでは、未成年者が出歩いていると警察の補導対象になる時間である。決して早い時間とは言えない。
「あ、あのな沙耶。お兄ちゃんは疲れているから、さっさと風呂に入って寝たいんだけど……」
「だってじゃないでしょ!!」
雷が落ちたかのような張り詰めた衝撃に、思わず背筋を伸ばす純多。
「折角あたしが昼ご飯も晩ご飯も作ったっていうのに、どっちもドタキャンするなんて、休みだっていうのに一体何をしていたのよ?!」
「まあまあ沙耶ちゃん」
ぬるりと廊下の角から母・雅子が顔を覗かせる。念のために行っておくが、母親はスライムではない。
「純多だって年頃の男の子なんだから、いろいろあるのよ。許してあげてくれないかしら?」
「いろいろって何よ?お母さん?」
さすが、息子の事情を図らずとも察する肉親。助け舟を出してくれるかと思いきや、
「そりゃあ、年頃の男の子が遅い時間までしてることって言ったら、女の子との密会に決まっているでしょう?時間が二人を分かつギリギリまでランデブーしたいものなのよ?」
火に油どころか、ガソリンの入ったポリタンクを投げ込んできた。
「本当なの?お兄ちゃん?」
沙耶の恨みの炎が、より激しく燃える。
「いや待て待て!見ろこの服を!!これは明らかに女関係でできるもんじゃないだろ?!」
焼肉の匂いがする問題を棚に上げて、必死に取り繕うとすると、
「騙されちゃいけねぇぜ雅子。沙耶」
いつの間にか壁に背中を預けてキザに決めていた父・啓介が話に加わる。
「きっと純多の相手は、非常にドメスティックな彼女だ!そうなんだろう?」
「さては、暴力的って言うために、響きのかっこよさからドメスティック・バイオレンスの「ドメスティック」の方を取ったな?!「暴力的」って言いたいなら、バイオレンスの方だよ!!」
ちなみに、ドメスティック・バイオレンスだと家庭内暴力という意味だが、「domestic」そのものには、「家庭的な」とか「家庭を愛する」という意味がある。こんなに服をボロボロにするまで引き摺り回す彼女が家庭的なわけがないのだが。
「あれ?そうなのか?如何せん俺は英語の教師ではないからな。英語のことは分からん!」
「だったら、無闇に英語を使うなよ……」
こんなのでも一応教師なのは驚きである。
「と、とにかく、お兄ちゃんは最近家に居なさすぎっ!平日ならまだしも、休みの日までいなくなるなんてダメなんだからねっ!!」
父の素っ頓狂な発言により、調子を乱された沙耶の怒りが緩和されたようだ。
「分かった分かった!!それなら今度、印府のエオンにでも行こうか。沙耶、行きたがっていただろ?」
「ほんと?!エオンのゲーセン、かわいいぬいぐるみがたくさんあるんだよね!!」
……気を紛らわすことに成功。
内心で溜め息を吐きながら、角に立つ母と壁に凭れ掛かった父の脇を抜け、ふらふらと洗面所まで向かう。
☆★☆★☆
「で、どうだったんだ?ポリンのおっぱい?」
休み明けの月曜日。
これは、荷自宅をして学校に行こうと家の廊下を歩いていた時にインターホンが鳴り、玄関に立った幼馴染みが放った、今週最初の一言である。
「……妹に聞かれたらぶっ殺されそうだから、頼むから、家の中でそのワードを口にしないでくれ」
幸い、父は既に出勤し、母は食器洗い・妹は部屋で着替えているようで、誰にも聞かれることはなかったようだが、とにかく、誰かに聞かれてもいいような言葉の羅列ではない。強引に家の外に押し出すと、並んで道を歩く。
『貧乳派』の純多と、『豊乳派』の籾時板は氷炭相容れない仲なのだが、性癖による対立・抗争による軋轢を教育や職場に持ち込んではいけない、という暗黙のルールが存在するため、現在一般的な男子高校生である二者は、古くからの付き合いがある幼馴染みとして行動している。断じて、先日の一件を機に『貧乳派』と『豊乳派』の歪が戻ったわけではない。
「どうだったも何も、俺、結果を言ってなかったっけ?」
「一昨日オレが聞こうとした時は、終始何かをブツブツ呟いていて、とても何かを話せるような雰囲気じゃなかったぜい?オレが思うに、そのままポリンを襲おうとして、返り討ちに会ったんだろ?純多も性欲旺盛だな!」
「ちげぇよ!!そして、俺はポリンの胸を揉めてすらいねぇんだよ!」
「あん?どういうことだ?」
少し驚いたような表情を見せる。
「もうちょっとってところで、拳銃を握ったリーナが乱入してきてな。とてもじゃないけど触れる状況じゃなかったから、仕方なく手を握って能力を解除したんだよ」
「ははは。そいつは残念だったな。また触れる機会があるといいな」
「何を触る機会ですって?」
「うん?文脈から分かるだろ?おっぱいだよおっぱい」
「ふーん。女の子の胸を触るようなことが、勇気にあったってことかー?」
遅蒔きながら気づく。
先刻から問答している声が、左側からではなく、右側から聴こえてくること。
そして、男の声ではなく、気の強そうな女の声であること。
「詳しく聞かせてもらおうかしらぁ?」
恐る恐る隣を見ると、ばっさりと切った短い髪と、気の強そうな目つきをした武闘派少女・三慶香が、蟀谷に青筋を浮かべていた。
「かかかかかかかかか香?!どうしたんだ急に?!」
「どうしたも何もないでしょ!!あんたら、先週の木曜日と金曜日、あたしに何も言わずに先に学校に行ったじゃん!二人でこそこそ、何やってるのよ?!」
「え、ええっとだな~。何やってるんだろうな純多?!」
「え゛っ?俺?!俺に振るの?!」
目を吊り上げて睨む三慶と、泣きそうな顔をしている籾時板の顔が同時に向けられる。数々の修羅場を潜り抜けてきた『豊乳派』の諜報員にも、怖い相手がいるらしい。
「部活とは違うけど、ちょっと部活紛いのものに俺たち入っていてな。ちょっと、それの朝練に行っていたんだ。な?勇気?」
「話を合わせろ」と必死に目で合図を送ると、
「あ、あぁあ!あの二日間は偶然朝早い日でな!しかも、上長の命令で急に決まったから、香に報告するのが遅れたんだぜい!?」
必死に言葉を絞り出しながら、籾時板が答える。
「ふぅん。全然興味がなかったあんたたちが部活に入ったっていうのは、何だか珍しいわね。で、何の集会に入ったの?二人とも同じのに入ってるんでしょ?」
ぎくり、と聞こえてきそうな顔で汗をだらだら流す籾時板を一瞥。アドリブに弱すぎる豊乳フェチの少年に変わって、純多がアドリブで接ぎ木する。
「つ、漬物愛好会だ!地元のおじいちゃんおばあちゃんが集まって親交を深め、持ち寄った漬物を食べる集まりだ!」
「げ、漬物愛好会……っ。漬物が苦手なあたしには縁のなさそうな組織ね……」
言葉の響きだけでも嫌なのか、何か苦いものを噛んだような顔をする。
三慶は漬物全般が苦手だ。
あの食べられる料理感のない黄色|(沢庵)や赤色|(紅しぐれ大根)の色合い。
酸味や塩味のある食感と、こりこりとした感覚。
この全てが口に合わないらしく、コンビニ弁当に添えられている紅生姜などは必ず残す。
仲間外れにされた三慶に、「だったらあたしも入る!」と駄々を捏ねられたら誤魔化し切れなくなるので、あえて彼女が苦手としている「漬物」という言葉を前面に押し出したのだ。
「二人して漬物に興味があるなんて知らなかったなぁ。それなら、今後弁当に添えられている漬物から、刺身に乗っているタンポポまで、全部二人にあげるわ」
「刺身のタンポポって漬物じゃなくね?そもそも、タンポポは何にも漬けねぇだろ」
漬物とは、辞書的な意味としては、野菜などを塩や味噌に漬けたものを指す。
「に、しても、何で刺身の上にタンポポ乗ってんだろうな?何の意味があるんだあれ?」
「タンポポの花言葉と何か関係があるんじゃないかい?」
三慶がクマのキーホルダーを揺らしながら、スマートフォンを操作する。
「えーっと、『愛の神託』・『離別』……?なんか、花言葉とは関係なさそう?」
「刺身から与えられる無限の愛を神様から告げられても、刺身と別れても困るな……。結局何なんだろうな?」
「最近は減ってきてる気がするぜい?乗せる側が、「あ、どうせ廃棄されるものだから、乗せるの無駄じゃね?」って気づいたんだったりして」
「今話題のSDGsってやつか?」
「どうなんだろうねー。げっ、SNSのフォロワー減ってる……っ」
いつの間にか、話題を逸らすスキルだけ上達している気がする。
SNSを見ながら一喜一憂している三慶に気づかれないように、二人は安堵の息を漏らす。
【ひんにゅーほうにゅー裏話メモ5】最初期の構想段階からいたキャラクター
『貧乳派』地武差支部の副支部長・冴藤良也ですが、彼は、最初期の構想段階から、見た目・性格・名前・立場などが全く変わっていません。
他にも、小児性愛勢力の代表・子好健一郎というキャラクターも、構想段階から全く変わっていません。
……え?誰かって?
『『貧乳派』の救世主』を一目見ようと、様々な勢力が聖壁公園に会したあの夜、幼女と一緒にいたモブの一人で、トレンチコートに身を包んだ初老の男のことです。
傍らに、「ミリアちゃん」という名前の、半袖にデニムのショートパンツの少女を侍らせています。
……分からなかったら、探してみてね。




