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第2話:『貧』がいいか『豊』がいいか

「昨日谷口から聞いたんだけどな、人吉(ひとよし)辞めちまうらしいぜい」

「えっ!マジかよ」


 片道2km程度の通学路を横に並んで歩きながら、右隣から籾時板(もみしだいた)が話を続ける。ちなみに、人吉先生は中学校時代の純多(じゅんた)の担任だった男の名だ。


「何とも、定年退職だとさ。まぁ、寄る年波には敵わないってことだなー」

「嘘っ?!人吉先生って、そんな歳だったの?!もっと若いと思ってたんだけど?!」


 左隣から驚いた表情で、三慶(みよし)(かおる)が声を挙げる。肩までの長さに切り揃えたショートヘアーの、元気が取り柄な少女だ。純多・籾時板・三慶の三人は幼馴染みで、よく三人で並びながら登校している。


「でも、教師だったら再任用があるだろ?あと5年はいけるんじゃないのか?」

「人吉って、ぎっくり腰で休むことが頻繁にあったじゃん?生まれながらに腰が弱いらしく、階段の上り下りをするのが限界らしいぜい」

「えーっ。名前の通りお人好しの先生だったのに残念」

「お人好しの人吉なんて呼ばれるような、いい先生だったのにな」


 いつから始めたわけではないが、こうやって三人で並んで他愛のない会話を繰り広げるのが日課となっていた。そして、話も(たけなわ)になったところで学校の正門が見えてきた。


「ん、あそこに立っているのは……」

「げええっ!!」


 掘削用のスコップを突き立てて騎士のように立っている、赤いジャージを着た生徒を遠目から発見して、籾時板が顔を青くする。

 何故なら、


「おはよう。抜き打ちで持ち物検査を行っている。協力していただこう」


 彼女が持ち物検査を行っているからだ。東の空から降り注ぐ太陽の光を受けて、左腕の『風紀委員長』と書かれた緑色の腕章が光る。


「き、鬼頭(きとう)鉄破(てつは)風紀委員長じゃねぇか?!なんでこんなところに?!」

「さっき、抜き打ちで荷物検査をする、って言っていたぞ。だから、理由を答えるなら抜き打ちだから、が正解と言ったところか?」

「って勇気(ゆうき)!顔真っ青だけど大丈夫?!何持ってきたのさ?!」


 心配になった幼馴染みの顔を三慶が覗き込むと、クマのヘアピンで留められた前髪が揺れる。


「お、おっぱいマウスパッドだ。ネット通販で頼んでおいたのが届いたんだが、親から隠すために咄嗟に学校鞄の中に入れちまってたんだよ!!」

「あんた、またそんなもん買ってたの……?」

「馬鹿野郎!!女性の大きくて柔らかそうな胸を見たい揉み(しだ)きたいと思うのは、この世の全ての男の夢だろうが!!女の胸が嫌いな男がいたら連れて来い!!」


 幼少期から一緒にいる時間が長いため、彼女は籾時板の性癖を理解しているのだが、公の場で出されて気持ちのいい話題ではない。

 汚い物を観るような冷たい瞳を向けるが、変なスイッチが入ってしまったのか、籾時板の暴走は止まらない。


「そもそもの話、女性の胸が成長するにつれて大きくなっているのは何故だか考えたことがあるか?」


 スコップを突き刺して凛として構える鬼頭含め、校門へと向かう生徒全員の視線が集まる中、彼は構うことなく力説する。


「答えは、『自身の女性としての魅力をアピールするため』だ!だから、胸が大きい女性ほど子孫を残しやすく、そして、残した子孫からも胸の大きい女性が生まれる。つまり、胸が大きい女性に魅了されるのは、男として当然のことであり、遺伝子が作り出した、最も効率よく(しゅ)を残す手段でもあるのだ!!」

「違う…………っ!」


 最大のライバルはすぐ近くにいた。何よりも貧乳を愛する純多は鞄を捨てると、今にも殴り掛かりそうな勢いで(まく)し立てる。


「それは、『胸が大きい=美しい』という偏見に過ぎない!言ってしまえば、成長した鳥の姿を見て美しいと言っているだけだ!!」

「何だと?」


「また始まったよ……」と、呆れたような視線で部外者(づら)をし始めた三慶を気にすることもなく、鬼の形相で睨む幼馴染みの元へ、ゆっくりと歩み寄る。


「卵から生まれたばかりの雛が、どんなに美しい羽根を持つ鳥に成長するのかを見守るように、成長途中の胸がどのように大きくなっていくのかを見守る。それこそが、女性の胸を愛でることにおいて、最も美しいことだろうが!!」

「あん?完成した作品よりも、完成する途中の作品の方が美しいとでも言うのか?スペインに行ってサグラダファミリアでも鑑賞してろ!」

「ミロのヴィーナスが何で美しいか知っているか?それは、『腕が欠けているから』だよ!その腕は後ろ手に組まれていたのか、それとも、誰かと手を繋いでいたのか――。その、無限とも言える可能性を想像する楽しみが秘められていることに、最大の美しさがあるんだ!!」


「何事だ?」「面白そうだ」

 様々な表情を浮かべながら状況を見守る、生徒たちの野次馬の輪が大きくなっていく。


「女性の胸だって同じだ。どう成長するかという無限の可能性を秘めている、貧乳こそに意味があるに決まっている!!ほら見ろ!!」


 びしり、と純多が指したのは三慶の胸板。その双丘の起伏は、残念ながら非常に乏しい。


「香の胸はほぼないじゃないか!その胸がどう成長していくのか、そして、仮に小さいまま成長が止まっていたとしても、それは『普通ではない状態』での停止。蝶は蛹のままで止まることができないにも関わらず、貧乳のままで止まった女性の胸は、その自然界では不可能とされる変態の途中での制止が可能ということだ!!どうだ?素晴らしいと思わないか!?」

「よ……、よ、よ…………っ!!」


 腕を震わせ頬を赤らめながら、三慶は拳を握り締める。


 そして、


「余計なお世話じゃあああぁぁぁぁああぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああぁあああああーーーーーーーーーーーっっっっっ!!!!!!!」


 さすが空手の有段者だ。

 その膂力(りょりょく)は凄まじく、突き挙げるように放たれたアッパーカットで、純多は比喩ではなく宙を舞う。


「なぁ、お前たちは、いつもこんな感じなのか?」


 ごしゃあっ!!という音と共に、頭から地面に落下した純多を心配する籾時板の肩に手を置きながら、鬼頭が背中から話し掛ける。


「ひいいっ!!」


 籾時板の肩が大きく跳ね上がるが、もう遅い。大人しく風紀委員長に捕まるしかなかった。



 その後、おっぱいマウスパッドは風紀委員に没収されたという。当然といえば当然だが。

 大☆不☆調!!


 この話を公開する直前までで、ノベプラ2pv、なろう29pv!

 特に、ノベプラでのpvが伸びませんな……。


「わたしは読んでいるぞ!」という意思を作者に伝えたい方は、是非、感想・評価・応援・投げ銭を!!

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