第八走「友達との訓練は、色々とためになりました」
〇前回までのあらすじ
お互いの実力を確認しあったコニー達は、次の訓練目標を定めるべく巨大な鑑定魔石で各自の能力を確認する。各々が目標を達成するために訓練をする中、敏捷を活かしたスキルの習得を目指す事になったコニーは、敏捷の上昇を課題とするダルタルマと共にガイダールの厳しい訓練を強制させられる。
日が沈みかけた頃、各自が訓練を切り上げて最初に集合していた訓練広場の入口あたりに再び集合していた。
「それじゃ、今日の訓練はここまでとする!」
全員が集まっている事を確認したガイダールさんが声を張り上げて解散の音頭を取る。
「お、終わった……」
「俺……もう、駄目だ……」
訓練を終えたばかりで皆疲れていたが、特にガイダールさんの下で訓練をしていた僕とダルタルマ君は今にも膝から崩れ落ちそうなくらい疲弊していた。
「ギール達兵団候補生はそのまま兵舎へ直帰、副業体験のコニーは自宅へ戻れ。明日も訓練するから、忘れずに同じ時間にここに集まるんだぞ。特にコニー、体験中の身ではあるが特に承諾なしに欠席するなよ!」
「は、はいっ……!」
僕は残された力を振り絞ってどうにか返事する。
「そっか、コニーは家に帰るのか……まだ話したい事とかあったけど、また明日な!」
「う、うんっ、また明日!」
ギール君の言葉で少し元気を取り戻した僕は、おぼつかない足取りで帰路についた。
◇◇◇◇◇◇
「ただいまぁ~……」
家の扉を開けた所で気が抜けた僕は、玄関で足を震わせながらよろよろと膝をついた。
「お帰り……って、今日はまたどうしたの!?」
出迎えてくれたお母さんが慌てた様子で僕の下に駆け寄って来る。このところ毎日の様にお母さんに心労を掛けている気がして、僕はその度に自分の不甲斐なさとお母さんへの申し訳なさに歯がゆさを感じる。お母さんは疲れた僕の身体を抱えて、何とか夕飯の席に座らせてくれた。
「……そう、そんな事があったの。それはまた大変だったね」
僕は疲労でボロボロの身体でゆっくり食事を取りながら、今日あった事をかいつまんでお母さんに話した。
「でも兵団でそんなにお友達が出来たなんて、お母さん嬉しいわ。これからの訓練も大変な事がいっぱいあると思うけど、お友達の皆と一緒なら頑張れるわね」
「うん、そうだね!」
お母さんは頻りに友達が出来た事を我が身の事の様に喜んでいる。僕が元々気弱な性格だったので、友達と呼べる人がほとんどいなかったからだろう。そうして僕に友達が出来た話題で盛り上がった食卓を最後に今日という日が終わりを告げた。
◇◇◇◇◇◇
訓練二日目、僕は昨日と同じく兵団基地の訓練広場に来ていた。基地に隣接している兵舎で生活している他の皆は、僕が来るよりも早く訓練広場に集まって談笑していた。
「おっ、コニーも来たな!」
一早く僕の存在に気付いたギール君がこちらに向かって大きく手を振る。僕もそれに応えて少し控えめに手を振り返す。
「よし、今日は全員時間通りに集まったな」
丁度僕のすぐ後ろから来たガイダールさんが辺りを見回して僕達が揃っているのを確認する。皆が一斉にガイダールさんの前に並んで、僕はそれに倣って並んだ列の横に立つ。ガイダールさんを見上げて昨日の訓練を思い出した僕は咄嗟に身構える。
「それじゃ、まずは走り込みから始めるぞ!」
ガイダールさんが号令と共に先陣を切って走り始めた。僕はつい昨日の事を思い出して少し悪寒が走ったが、小さくなっていくガイダールさんの背中を見て先に行った皆を慌てて追いかけた。
◇◇◇◇◇◇
「ぎ……ギール君……この、走り込みって……毎朝やってるの……?」
「あぁ……訓練長曰く、一日でも怠けていたら……今までの訓練が、無駄になるんだと……」
走り込みを終えた僕達は、肩で息をしながら束の間の休息を過ごしていた。
「……そろそろ休めただろう。次の訓練だが、昨日に続いて模擬戦とする。ただし今回は二人組で一対一の模擬戦をそれぞれ行う」
「ふ……二人組、ですか……」
まだ息が整わない中、僕はまだ知り合って日が浅い皆の中から誰を模擬戦の相手に選べばいいのか考えがまとまらない。
「いつもは支援職のミナが抜けるから、余った奴がガイダールさんと模擬戦をやってたけど、今回からはコニーがいるから丁度二人組が二つ出来るな!」
ダルタルマ君は少し大袈裟なくらいに喜びの声を上げる。確かにガイダールさんが相手の模擬戦を想像しただけで、とんでもなく悲惨な情景が思い浮かんでしまいそうだ。
「それなんだけど……ミナは俺の模擬戦に付き合ってくんない?」
「は……?」
「え……?」
「私……?」
そこにギール君からの意外な申し出に、他の皆が一斉に疑問符を浮かべる。
「いや……昨日攻撃魔術が使える様になったからさ、試しにミナの魔術と比べてどれだけ使えるか見てみたいと思ってな」
そう発言するギール君は、自分の魔術を直ぐにでも試したくてうずうずしている様に見える。確か昨日も個別訓練で攻撃魔術の練習をすると息巻いていた気がするが、余程今の実力を確かめたいみたいだ。
「でも……私の魔術は、支援用……攻撃には、使った事ない……」
本当に今まで戦う事を考えていなかったのだろう。ミナちゃんはいつも以上にか細い声で自信なさ気に呟く。
「それならミナも俺と一緒に魔術での戦い方を練習しようよ。いくら支援職とはいえ、兵団の魔術師なら攻撃魔術を使えないと格好がつかないだろ?」
「それは……その通り……それなら、頑張る……」
ギール君の指摘にミナちゃんも思う所があるみたいで、覚悟を決めたミナちゃんが気合を入れてギール君の提案を受け入れた。
「いや待て……そうなると、結局また一人あぶれるじゃねぇか!?」
ガイダールさんと組まなくて済むと思って安堵していたダルタルマ君の表情が青ざめる。
「残ったのは僕とダルタルマ君とカールデテル君だけど……」
僕はあまり意味がないと思いながらも、一応残った中から誰と組むか問い掛ける。この状況で模擬戦の相手を選ぶなら、新人で真面に戦えない僕と組むより、同じ兵団候補生同士で組むのが自然な流れだと思う。
「それなら俺はカールと……」
「そうですね……俺はコニーと組みましょう」
「「……へっ?」」
当然ダルタルマ君と組むと思っていたカールデテル君から、まさかの僕が模擬戦の相手として誘われた。あまりに意外な誘いに僕だけでなく、ダルタルマ君も何処から出ているのか分からない高い声を上げる。
「昨日はギフトを使ってようやく一撃入れられたくらいですから、俺の今後の課題のためにも協力してほしいんですよ」
「そ、そんな! 僕もあの時は避けるのに必死だっただけで……」
カールデテル君が率直に褒めてくれるが、僕はいつもの癖でつい遠慮して否定してしまう。
「それならコニーにもいい訓練になりますよ。今回はギフトを使わずにやるつもりですし、コニーも敏捷は鍛えておきたいでしょう?」
「それは……うん、そうだね。分かったよ」
僕の否定の言葉を受けてなお、カールデテル君は僕が相手で不足しないと言ってくれた。それなら僕もその言葉を受け止めて、模擬戦の相手に努めるべきだろう。
「ちょ、ちょっと待て……それならあぶれるのは……」
「それじゃ、ダルタルマは俺が相手してやるよ」
「く、訓練長……」
笑顔でダルタルマ君の肩を叩くガイダールさんに、ダルタルマ君は今にも魂が抜けてしまいそうになっていた。こうして相手が決まった僕達は組毎に散開して模擬戦を始めるのだった。
◇◇◇◇◇◇
「それじゃ、始めますよ!」
「お、お願いします!」
模擬戦用に装備を整えた僕達は、訓練広場の中央付近で向かい合っていた。カールデテル君は昨日と同じく槍を、僕は身軽さと防御を考えて短剣と小盾を装備していた。
「では、早速行きますよ!」
「うわっ!?」
カールデテル君が声を掛けるのと同時に、槍を前に構えて突っ込んでくる。相変わらず鋭く強力な攻撃だが、まだ攻撃までの距離があったので僕は横に飛んで難なく回避する。
「さぁ、どんどん行きますよ!」
「うわっ、と!」
カールデテル君はさらに槍を連続で突き出してくる。辛うじて目で追える穂先を頼りに、僕は向かって来る攻撃を身を翻して躱したり、盾や短剣で弾いて逸らして凌ぐ。
「ここまでは昨日と同じですね……ここからはお互い、工夫が必要ですかね」
「そうは言っても、僕はこれ以上出来る事はっ……!」
攻撃を仕掛ける側のカールデテル君は余裕で会話しながら槍を振るっているが、その猛攻を紙一重で凌ぎ続けて余裕がない僕には、そんな工夫だとか考える事すら出来ない。
「それを言うなら、俺の方が手詰まりですよ。攻撃が全て躱されている以上、何か別の攻撃方法が必要なのに、槍で最速の攻撃の突きが通用しないんですから」
「こ、これが……最速っ……!?」
そう言われて僕は改めてカールデテル君の動きを見る。確かに槍を構えてから僕に攻撃が届くまでの速度はとても速い。しかしそのせいか、次の攻撃に入るまでの構えまでの動きが不思議なほどゆっくりに見える。そういえば槍は他の近接武具より長く、一方的に攻撃出来る利点がある分、あまり連続での攻撃が得意ではないと聞いた事がある。それならカールデテル君の攻撃と攻撃の間なら、僕からの攻撃も通るかもしれない。
「……そこだ!」
「なっ……!?」
僕はカールデテル君が一際槍を引いた瞬間を見計らって、盾を前に構えて距離を詰める。カールデテル君はそのまま槍を僕に向けて突き立てるが、前に構えていた盾がそれを阻んで槍は僕の横を掠める。そのまま勢いに任せて、僕は盾ごとカールデテル君に向かって突進した。
「ぐあっ!?」
「あたっ!」
完全に虚を衝かれたカールデテル君は僕の突進を全身で受けて、身を投げ出した僕と一緒に砂埃を立てて倒れる。
「……これは、してやられましたね」
僕に倒された事を理解したカールデテル君が、顔に手を当てて声を殺して笑う。
「まさか槍の弱点である攻撃後の隙を見抜いて、こんな攻撃で返してくるとは思いませんでしたよ。しかもこちらの攻撃に臆せず突っ込んでくるとは、コニーも案外度胸がありますね」
「そんな……カールデテル君が何も言わなかったら、僕もこんな方法を思いつかなったよ」
「カールでいいですよ、本名は呼びにくいでしょう? それとこれは模擬戦ですから、お互いに成長するために色々と試したり意見を述べたりするのは当然ですよ」
「……そうだね、有難うカール君」
お互いに倒れたまま話し合い、僕は少しカール君との距離が縮んだ気がしてつい嬉しくなってしまう。
「後ついでに言っておきますが、実戦では盾で突っ込むのに合わせて短剣を突き立てるべきですよ。相手が何にせよ、盾での突進だけでは止めにはなりませんし、倒れた後に自分が有利に立ち回れるとは限らないですから」
「う、うん……覚えとくよ」
ついでという割にはかなり辛辣な苦言に、僕は返しに困って苦笑いする。しかしこういう厳しい意見も、模擬戦の中でしか教えてもらえないのだろう。もし今のが実戦だったら、こうして無事でいられる保証なんてないのだから。
「反省はこれくらいにして、模擬戦の続きを再開しましょうか。俺もやられてただでは起きませんよ!」
「うん、僕もまだまだやれるよ!」
改めて気合を入れ直した僕達は立ち上がり、再び向かい合って模擬戦を始めた。
◇◇◇◇◇◇
「よし、一旦切り上げるぞ!」
しばらく模擬戦を続けていると、不意にガイダールさんの声が響き渡る。どうやら模擬戦はここで一時中断するとの事らしい。
「はぁ……やっぱりそううまくいかないや」
結局僕は最初に盾での突進が成功した後から、カール君の攻撃を掻い潜っての反撃を狙ったがうまくいかなかった。カール君が槍を振り回す攻撃を織り交ぜた事で、無暗に距離を詰める事が出来なくなったからだ。やはり付け焼刃の作戦では、そう何度も成功はしないんだと痛感した。
「俺の方が深刻ですよ……コニーは奇襲とはいえ一度攻撃が当たっているのに、俺は一度も攻撃が決まらないんですから……」
僕よりも沈んだ表情をしたカール君は、やられるだけだった僕よりも精神的に疲弊していた。確かに攻撃側のカール君が主導権を握っていたはずなのに、それで結果が出ていないのはあまりに辛いだろう。
「でも僕は避ける以外は出来ないし、カール君は攻撃が当たらないとなると、僕とカール君の戦いは体力勝負になりそうだね……」
「それは気が遠くなりそうな戦いですね……。ですが、そういった持久戦も考慮するべきかもしれないですね」
お互いに課題が多く残る模擬戦ではあったけど、それだけに得られたものも十分あったと思う。改めてカール君が模擬戦の相手に誘ってくれて有難いと思った。
「おぉ……お前ら、戻ったか……」
僕達が訓練広場の隅に引っ込むと、先に休憩に入っていたダルタルマ君がいた。ガイダールさんにかなり絞られたらしく、いつもの覇気を完全に失って丸かったシルエットが少し細くなっている。
「……ダルタルマ君はどんな訓練をしたの?」
こんな状態のダルタルマ君を見て少し聞くか迷ったが、何かの役に立つかもしれないと思い一応聞いてみる事にした。
「お前ら……模擬戦で本気の剣撃を振るわれた事あるか……? 俺が盾で受ける防御型だからって、回避の練習に訓練長が防御不可の剣撃を振り下ろすんだぞ……? 訓練長も直撃する様な下手な腕じゃないにしても、模擬戦で盾を破壊する威力の剣撃を使うか!?」
始めは思い返すのも嫌な雰囲気だったのが、次第に苛立ちが勝ったのか最後には普段の覇気を取り戻して語気を荒げていた。
「何だ、お前ら戻るの早いな」
僕達が話している所に、丁度ギール君達が戻って来た。
「ギール……元はと言えば、お前がミナと訓練するなんて言ったから!」
余程ガイダールさんとの模擬戦が応えたらしく、ダルタルマ君はギール君に当たり散らす。
「そう言われてもなぁ……俺も覚えたてとはいえ、魔術を相手に出来るのは魔術師のミナくらいだろ?」
「それなら訓練長も魔術師の相手くらいなんて事ないだろ!?」
「そしたら結局人数あぶれないか? 残ったミナを相手に普通の模擬戦は難しいだろうし」
「それは……知らねぇよ!」
ダルタルマ君はもはや八つ当たりに近い勢いでギール君に暴言を投げかけ、気分を損ねてそっぽを向いてしまう。
「……そういえば、魔術師の模擬戦ってどんな感じだったの?」
僕はこれ以上ダルタルマ君に触れない方がいいと思い、別の話題に切り替える。
「あぁ……別に大した事はしてねぇぞ。何たって、どっちも戦闘に魔術を使った経験がほとんどなかったからな。ミナが清浄水で作り出した的を電撃で撃ち落としたり、清浄水と電撃をぶつけ合って威力を試したり、魔術の使い方の実験みたいな事を色々と繰り返したよ」
「そうなんだ……」
聞いた感じ、確かに魔術の使い方を確かめる実験に近い事をしていたみたいだ。実際に使った事がない以上、こうした段階を踏むのは仕方ないと思ったが、本音ではもっと派手な魔術のぶつかり合いを想像していたので少し残念だと思った。
「全員揃ったか。休憩が終わったら組み合わせを変えてもう一度模擬戦をするから、今の内に相手を選んどけよ」
「「「「「はいっ!」」」」」
突然何処かから現れたガイダールさんに、僕達は反射的に整列して返事する。
「……さて、組み合わせを変えろって事だけど、次は誰と組むか……」
ガイダールさんが屋内に引っ込んだのを見送った後、先んじてギール君から話を切り出してくる。
「ミナはどうします? 組み合わせを変えるという事なので、魔術を使える相手がいませんが……」
「うん……いつも通り……皆の支援、頑張る……」
やはりミナちゃんは模擬戦には参加出来ないという結論になったので、残りの四人で二人組を作る事になった。
「それでは俺はコニー以外と組む事になりますが……」
「んじゃ、カリーは俺と組むか?」
「えぇ、いいですよ」
会話の流れでギール君とカール君が模擬戦の組み合わせに決まった。すると僕はダルタルマ君と組む事になるが、先ほどのやり取りからしてあまりいい雰囲気とは言えなさそうだ。
「……やるか」
「う、うん……」
ダルタルマ君はまだ不機嫌そうにしているけど、とりあえず模擬戦はちゃんとやる気がありそうなので一安心する。その後はガイダールさんが休憩時間の終了を告げに来るまで、模擬戦の組同士で模擬戦の内容を話しながら時間を過ごした。
◇◇◇◇◇◇
「それじゃ、やるぞ!」
「お願いします!」
ダルタルマ君の荒々しい声から、僕達の模擬戦が始まった。僕の装備はカール君の時と変わらず短剣と小盾で、対するダルタルマ君は昨日と同じ大盾に短剣の装備だった。カール君の時も思ったが、どうやら兵団候補生の皆はすでに常用する武具を決めているみたいだ。僕は今の所この装備にしているけど、まだこの装備でやっていくかは決めかねている。
「さぁ、どっからでも来い!」
「……」
ダルタルマ君はさらに声を張り上げて僕を挑発する。昨日は自分の力を見せるためにと愚直に突っ込んでいったけど、いつもの僕ならここで止まって一旦どうするか考える。
「どうした、早く来いよ!?」
「……うーん」
ダルタルマ君は大盾を前に構えて、明らかに正面からの攻撃を誘っている。あの大盾を掻い潜ってダルタルマ君に攻撃を通す方法なんて、ただでさえ戦い慣れしていない僕には考えられないので、正直無策のまま突っ込む気にはなれない。
「……ったく、いいから早く来いよ!」
「……あっ、そうか!」
僕が突っ立って考え込んでいると、ダルタルマ君がじりじりと距離を詰め始めた。あれだけ挑発してくるから早く戦いたいのかと思ったけど、ダルタルマ君は防御型だから相手から攻められないと何も出来ないんだ。確かダルタルマ君は敏捷が低いのを指摘されていたから、自分から攻撃に入るのは得意じゃないのかもしれない。そうなるとダルタルマ君と距離を取り続けるだけでまず負ける事はないけど、これは模擬戦なので逃げる事に意味はない。しかしそうなるとあの防御をどうするかが問題になるので、ダルタルマ君の戦法は模擬戦の条件下ではかなり厄介だ。
「くそっ……これは模擬戦だぞ、早く戦えよ!」
「あっ……ご、ゴメン」
僕が色々と考え込んでいる内に、ダルタルマ君が盾を構えたままの姿勢でゆっくりにじり寄って来て、いつの間にかもう半分ほど距離が詰められていた。お互いに武具が短剣なので間合いにはまだまだ遠いが、どちらが仕掛けてもおかしくない距離感だ。これ以上考えても仕方ないし、とりあえず攻撃の間合いに入ってからどうするか考えよう。もしダルタルマ君から攻撃が来たとしても、カール君の槍よりも間合いが短い短剣なら避けるのはそう難しくないはずだ。
「おら、来いや!」
「……えっ?」
僕は特に仕掛けるつもりもなく突っ込んだのに、ダルタルマ君は僕の攻撃を予見して盾に身を隠した。完全に盾に身体を覆い尽くして何処からも攻撃が通らない完璧な防御態勢だが、僕には何故かこの状態が隙だらけに見えてしまう。
「……ん? 何だコニー、どうかし……たぁ!?」
僕からの攻撃がなく不思議に思ったダルタルマ君が、防御の構えを解いて正面に向き直ったがそこに僕の姿はなかった。
「えいっ」
「ほがっ!?」
僕の姿が見当たらない事に驚いている隙に、僕はダルタルマ君の死角から短剣で腰を小突いた。突然の不意打ちにダルタルマ君は飛び上がって前方に倒れ込む。
「こ、コニー……お前、いつの間に!?」
「あの……ダルタルマ君、もしかして防御中って前見えてない?」
「お、お前……いつの間に気付いた!?」
僕の指摘が当たったらしく、ダルタルマ君は驚いて勢いよく飛び起きた。
「えーっと……何となくかな?」
あまり確証があった訳じゃなかったけど、防御中の体勢が不自然に無防備に感じたから、何処かに防御を掻い潜って攻撃する隙があるんじゃないかと思った。でも盾がある以上正面からの攻撃は通る訳がないから、盾を構えている正面以外から攻撃しようとしたら、ダルタルマ君がそれに気付かず攻撃が通ってしまっただけだ。それでもしかしたら、防御中は身体を盾に隠そうとして視界も遮ってしまっていると思ったのだけど、まさか本当に前が見えてないとは思わなかった。
「まさかコニーがあの絶対防御を破るなんて……」
相当この構えに自信があったらしく、ダルタルマ君はすっかり元気をなくして落ち込んでいた。
「しっかし、昨日はこれで簡単に落ちたはずなのになぁ……」
「あぁ……」
そういえば昨日は僕がひたすらダルタルマ君に突っ込んで自滅したから、今回もそれで十分だと思ったのかもしれない。それならダルタルマ君は僕を相手にどう戦うべきか悩んでいるのかもしれない。
「……ダルタルマ君。僕が言うのも何だけど、僕の攻撃ってダルタルマ君が本気で防御するほど強くないよ?」
「……はぁ?」
ダルタルマ君は僕の話の意図が読めず、顔をゆがめて首を傾げる。
「ダルタルマ君の防御は確かに強力だけど、僕みたいな相手に使う事はないと思うんだよ。何なら僕を相手に盾すら必要ないんじゃないかな。短剣にしたって、ダルタルマ君の方が僕より扱いが上手いだろうし……」
「ぶっ……はっはっはっ……お前、どう考えたらそういう話になるんだよ!?」
しばらく僕の話を呆然と聞いていたダルタルマ君が、いきなり笑い出して僕の肩を大袈裟な振りで叩く。強く身体を揺さぶられた僕は息を詰まらせてむせ返る。
「俺は最強の盾だぞ!? 盾なくして俺は成り立たねぇんだよ!」
「そ、そうだね……」
自信満々に盾を掲げてダルタルマ君は高らかにそう宣言した。勢いに乗せられた僕はそのまま同意するしか出来なかった。
「それじゃ、模擬戦の続きをやるぞ!」
「う、うんっ!」
すっかりやる気を取り戻していつもの溌溂としたダルタルマ君が、元気よくのしのしと模擬戦開始の間合いに戻っていった。ダルタルマ君の気分も晴れて安心した僕も、改めて気合を入れ直して模擬戦に臨んだ。
◇◇◇◇◇◇
「それじゃ、今日はこれくらいにするか!」
「「「「は、はい……」」」」
「皆、お疲れ……」
結局あの後も定期的に組み合わせを変えながら模擬戦を何度も繰り返し、今日の訓練時間が終了した。その間に何度かギール君がミナちゃんとの魔術訓練を挟んだので、その度にギール君以外の僕達三人はガイダールさんとの模擬戦を余儀なくされた。ガイダールさんと模擬戦をした僕達は言わずもがな、ガイダールさんを相手にしなかったギール君も慣れない魔術訓練ですっかり疲労困憊していた。
「はい……冷やして……」
「あ、有難う……」
唯一模擬戦への参加がほとんどなかったミナちゃんも、こうして僕達が疲れたり怪我をした時にしっかり対応してくれている。特にこちらが何も言わなくても直ぐに気付いて即座に対応するあたり、もうすっかり対応には慣れているみたいだ。
「ギールお前……結局その装備でいくのか!?」
「あぁ、俺としては結構やれると思ってるぞ?」
昨日剣術の適性がないと宣告されたギール君は、今日新しく短槍に小盾の装備をしていた。
「槍と盾はどちらも使った事がないでしょう……よくどちらも使う気になりましたね」
「本当は槍を使うつもりだったけど、槍だけだと防御面が厳しいだろ? だから取り回しやすい槍と盾を合わせれば弱点もないんじゃないか?」
「そんな幼稚な思考で装備していたんですか……」
冷静な意見で対抗したカール君も、ギール君の考え方に呆れてそれ以上は言及しなくなってしまった。
「まぁ、使ってみた感じ大丈夫だったから、しばらくはこの装備を試してみるつもりだよ」
「そこまで言うのなら止めませんよ。実際今日相手しただけでも十分使えていましたから」
カール君の言う通りギール君はこの装備を初めて使うはずなのに、すでに僕では相手にならないくらいには扱えていたし、ダルタルマ君やカール君とも十分渡り合えていたそうだ。
「そういえば……明日の訓練って何かな?」
ふと僕は次の訓練の事が気になったので、何の気なしに聞いてみた。
「そりゃ、誰にも分からねぇよ。訓練内容は訓練長がその日の気分で決めてるらしいから……」
「えっ……き、気分で……?」
それはつまり訓練内容は適当って事じゃないだろうか。訓練というのだから、色々と練られた訓練内容だと思っていたが、まさか気分で決められているとは思わなかった。
「そ、それで大丈夫なの……?」
「大丈夫じゃないか? 俺達はそれでずっと訓練してるし、一月毎に結果を見るんだけど昨日もちゃんと皆成長してただろ?」
「そ、それもそうだね……」
ギール君の言葉に嘘はないし、結果が出てる以上そんなに問題はないのだろう。ただ訓練内容が適当だと聞いてしまった心境としては、ここまで道を示してくれたガイダールさんとはいえ、この先の事がほんの少しだけ不安に思えてしまった。
「それじゃ、明日も時間通り来いよ!」
「「「「「はいっ!」」」」」
「……大丈夫、だよね?」
訓練が終わりガイダールさんが解散を言い渡すと、僕は皆と別れる瞬間に誰にも聞こえない声でポツリと不安を漏らした。
〇おまけ「兵団の装備」
兵隊には兵団からいくつかの武具が支給される。
近接武器として、携帯および護身用に使われる短剣、最も需要の高い片手剣、扱いに癖はあるが魔物に効果的な手斧、体長より短く比較的扱いが容易い短槍、体長より長く長さによる優位性が高い長槍がある。
遠距離装備として、訓練次第で誰でも扱える弓矢、魔術の才覚が必要だが扱えれば強力な魔術師用の杖がある。
防具として、身軽な布や革装備から、丈夫で鈍重な鉄装備がある。
兵隊は自費で武具を調達出来ない事が多いため、以上の支給品から自分に合った武具を選んで鍛錬する。また訓練用に上記の武具を模した木製や革製の殺傷力を抑えたものが訓練場に常備されている。階級が上がり収入が増えれば、自分用に専門店で武具を新調したりする兵隊も少なくない。