第五走「スキルの使い方が、分かりませんでした」
〇前回までのあらすじ
冒険者になって初の依頼を受けたコニーは、意気揚々と単身外界へと乗り出した。しかし外界の森の入口で魔物の群れと遭遇してしまう。戦う術を持たないコニーは魔物の群れから逃げようとしたが、街の入口を目前に捕まってしまう。万事休すと思われたコニーだったが、駆け付けた兵団によって一命を取り留めた。
「……はっ!?」
魔物に襲われ気を失っていた僕は、ふと反射的に飛び起きて目を覚ました。
「うおっ!? ……おぉ、起きたか」
僕の脇に座り込んでいた気さくな兵団の人が、突然飛び起きた僕に腰を浮かせて驚いた。
「あっ……あの、僕が気を失った後どうなったんですか?」
兵団の人達に救われた所で記憶が途絶えていた僕は、その後の事が気になってすぐさま気さくな兵団の人に事情を聞いた。
「あぁ、君を追っていたラットの群れは殲滅したよ」
「そ、そうですか……有難うございました」
僕はその言葉を聞いて安堵すると同時に、自分の事が情けなく思えてしまった。戦う力も持たず外界に出たばかりか、魔物の群れから逃げ切る事も出来ずに悪戯に魔物を街まで引き連れてしまった。これでは立派な冒険者になるどころか、お母さんと約束した必ず生きて帰る冒険者すらほど遠い。
「……他の兵団の方は大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だよ。ここで見張りをしている兵団は、魔物との戦闘を経験している連中ばかりだからね。君以外で特に被害が出た者はいないよ」
「そうですか……良かった……」
自分以外に被害がなかったことに、僕は心から胸を撫でおろした。
「君が一番被害を受けたはずなのに、よくそんなに気が遣えるね」
「いや、そんな事ないですよ! 僕が戦えないばかりに、兵団の皆さんに迷惑をかけてしまって……」
そもそも僕に魔物を倒せる力があれば、兵団の人達に任せる事もなかった。そう思うと逃げる事を前提に考えていた僕は、自分が戦えないのをいい事に兵団の人達を戦わせてしまう卑怯な人間だ。
「迷惑なんかじゃないよ。俺達兵団は外界の脅威から街を守るのが仕事なんだから、街の一員である君を守るのは当然の義務だよ。それに戦えないのに立ち向かうより、戦えないと分かって逃げる方が勇気ある行動だよ。死んでしまったら、元も子もないからね」
「そう、ですね……すいません、有難うございます」
兵団の人の言う通りだ。初めての依頼で失敗してしまったからか、僕も肝心な事を忘れてしまっていた。
「見た所怪我も大した事はなさそうだね」
「はい、おかげさまで……」
襲われた時は分からなかったが、魔物から受けた傷は思ったほど重くなかった。それに兵団の人が手当てをしてくれたみたいで、身体のあちこちに包帯が巻き付けてある。
「それじゃ、今日はもう帰るかい?」
「えっ……?」
ふと周りを見回すと、辺りが暗くなり始めていた。僕が気絶している間に日が暮れてしまった様だ。流石に今から外界に出るのは危険だし、軽いとはいえ怪我もしているから今日はこれで切り上げてしまった方が良さそうだ。
「そ、そうですね……そうします」
「一人で帰れるかい? 良ければ送るけど……」
「いえ、大丈夫です。これ以上迷惑はかけられないですし、手当てしてもらっただけでも十分過ぎるくらいです」
「手当なんて大した事じゃないよ。それに君は新人だから、これくらいは有難く受け取っておくもんだよ」
「そうですね……分かりました、今日は本当に有難うございました」
「あぁ、元気でね」
僕は最後に深々と頭を下げて街へと帰った。気さくな兵団の人が去って行く僕に大きく手を振ってくれたので、僕も遠慮がちに手を振り返した。
◇◇◇◇◇◇
「おかえり……って、どうしたの!?」
「た、ただいまー……えっと、これは……」
僕が扉を開けるとお母さんが奥から飛び出して来て出迎えてくれるが、包帯だらけの僕の姿を見て驚愕する。落ち着いて事情を説明しようと、僕はお母さんと一緒にすでに夕食の準備が済まされた席に着いた。
「……そう、そんな事があったのね……」
一緒に夕食を済ませながら僕が外界であった事を話していると、お母さんが夕食に手を付ける頻度が次第に減っていた。僕が話を終えた頃には、お母さんの手は完全に止まっていた。僕もそんな姿につられて、食事に付けていたスプーンをそのまま止める。
「……駄目ね。コニーがこうして無事な姿で目の前にいるのに、魔物に襲われたなんて聞いただけで怖くなってしまって……」
「ゴメン、うまくいかなくて……」
「そんな謝らないで。今日冒険者になったばかりなんだから、失敗くらい仕方ないわよ。仕方ない……けど、やっぱりコニーが傷ついた姿を見るのはつらいわ」
お母さんはゆっくりと目を伏せる。テーブルに置かれた手が微かに震えていて、溢れ出す気持ちを抑えようと必死で堪えている。先日打ち明けてくれた心の内を思えば、お母さんの反応は当然の事だ。僕から返せるは言葉なく、ただお母さんが吐き出す思いの丈を受け止める事しか出来なかった。
「だからね……コニーはお母さんの事は気にせず、思いのままにやって欲しいの。コニーがお母さんのために冒険者の道を諦めるのは、お母さんもつらいから」
「……うん」
止めたいと思う気持ちを押し殺して背中を押してくれるお母さんの弱弱しくも温かい言葉に、僕はゆっくりと頷いた。僕だってお母さんと同じ気持ちだ。もし僕が今冒険者を辞めてしまったら、お母さんは自分の責任だと思ってしまうだろう。それは今以上にお母さんを苦しめてしまう事になってしまう。だから僕はこれから、自分が冒険者としてやっていけると証明しないといけない。
「……食べよっか」
「うん……」
僕は胸がいっぱいで食欲はなかったが、明日の事を考えたらちゃんと食べないといけないので、残った分をどうにか流し込んだ。あまり食事に手を付けていなかったお母さんは流石に空腹だったらしく、その後は普通に食事を進めていた。
◇◇◇◇◇◇
「お疲れー。見た感じ、昨日は大変だったみたいね」
次の日の朝、僕は足早にギルドへと駆け込んだ。クルシャさんは包帯だらけの僕をまじまじと見つめると、昨日僕の身に起きた事をおおよそ察したみたいだ。
「はい……すいません、初日から迷惑かけっぱなしで」
「あんたほどの命知らずは中々いないけど、新人なんて大体は厄介者が相場よ。初めから迷惑かけない奴なんて、ギルドが面倒見る必要すらないって」
「そ、それもそうですね……」
クルシャさんが冗談交じりに慰めてくれるが、僕は乾いた笑いしか返せなかった。確かにクルシャさんは失敗してもいいと言っていたけど、それでもこんな心配される様な事になってしまったのが、どうしても申し訳なく思えてしまう。
「……まぁ、新人が魔物に襲われて五体満足で帰還出来たんだから、結果としては悪くなかったと思うべきだよ。下手をすれば死んでいた訳だし、冒険者にとってはそれが日常茶飯事だから、早めに経験できた良かったかもね」
「は、はい……」
僕の中途半端な反応を見て、クルシャさんはかける言葉の方向性を変えてきた。流石にそこまで言われてしまうと、僕も素直に労いの言葉を受け入れるしかなかった。
「そんで、今日は何の用だい?」
「は、はい……ひとまずこれを」
僕はクルシャさんに促され、依頼目標の納品物が入った袋をカウンターに並べた。僕が当初予定していた量ではなかったが、報酬を受け取るには十分な量だ。
「へぇ……ちゃっかり依頼はやってるのね」
クルシャさんが袋の中身を改めながら呟く。見た目と雰囲気に騙されるが、納品物を確認する姿は明らかに仕事が出来る人間のそれだ。
「いえ……これは途中までの成果で、魔物に襲われなかったらもう少し取れたんですが……」
「ふーん……まぁ、数は多くないけど仕事ぶりは悪くなさそうね」
クルシャさんは袋の中身を全て一つずつ取り出しながら確認して取り出すと、再び取り出した物を袋に戻す。そして戻し終えた袋をカウンターに引っ込め、そのままカウンターの下から僕が受けた依頼書をカウンターに広げる。
「んじゃ、納品物は確認したから依頼は達成って事で……」
クルシャさんは依頼書に乱雑な筆使いで、納品物の数と依頼達成の旨を書き込んだ。
「後はあんたのギルド証を依頼書にかざせば、依頼は完了よ」
「は、はい……」
僕はギルド証を手に取ると、恐る恐る依頼書の上にかざした。すると依頼書から微かな魔力の光が放たれて、それはすぐさま収まった。光が収まると、依頼書には依頼完了の刻印が刻まれていた。
「それじゃ、これが今回の報酬ね」
クルシャさんは硬貨が乗せられた受け皿をカウンター越しに僕へと差し出す。銀貨と銅貨が入り混じったこの成果は、一日の一般的な収入としては決して多い金額ではない。
「有難うございます……」
僕は一礼してから、受け皿に乗った硬貨を自分の小袋に詰める。冒険者としての初めての報酬に高揚する思いもあったが、それ以上に外界で迷惑をかけてしまった負い目を感じてしまい、素直に喜ぶ事が出来なかった。
「それで、次の依頼はどうするの? 中途半端な結果だと思っていたのなら、わざわざ依頼達成報告をした訳じゃないでしょ?」
「はい、それなんですが……今日は依頼を受けに来たんじゃないんです……」
「依頼を受けないって……あ~、そういうね……」
僕は少し言い淀みながら自然と目を逸らしてしまう。クルシャさんが僕の視線を気になって追うと、何処か納得した様なそれでいて無頓着な表情で視線の先の人物を見つめる。つい僕が無意識に視線を向けたのは、ネーリさんがいる一般窓口だ。つまり今日僕は一般窓口での用件のために、中途半端な形で冒険者の依頼を終わらせる事にしたのだ。
「まさか早速あっちに行くなんてなぁ。あんたの事面白い奴だと思ったんだけど、案外根性なかったのかな?」
「あ、あの……そういう訳じゃ……」
クルシャさんは冗談めかしく毒づいたが、それでも僕の心には十分過ぎるほど刺さった。クルシャさんからすれば、僕みたいな新人が依頼に失敗するなり危険な目に遭うなりして、安全で安定した職業に乗り換える事も少なからず見てきただろうから、今更失望する事はないのかもしれない。だが僕は冒険者を諦めた訳じゃなく、むしろ立派な冒険者になるために必要な事があると思って、一般窓口に行く必要があった。しかしその事をクルシャさんに説明した所で言い訳と思われてしまうかもしれないし、実際にしばらくは冒険者窓口に来る事はなくなるから、例え聞いてくれたとしても時間が経てば忘れられてしまうかもしれない。
「……クルシャさん、僕は冒険者になりたいと思ってギルドに来ました。それは今も変わらないですし、この先も変わる事はないと思っています。しばらくはこちらに来る事はないと思いますが、次にこちらにお邪魔する時はきっと立派な冒険者になれると思います。ですから、心配しないで待っていて下さい」
僕は考えた末に、思っていた事を全て言葉にした。伝えたいと思った事を全て伝えれば、例え理解されなかったとしても悔いはないし、クルシャさんがどう受け取ったとしても迷惑にはならないと思った。
「……くっ」
クルシャさんは暫く放心した様に口を開けて虚を見つめていたが、ふと我に返ってカウンターの下に顔をうずめて声を殺して震えていた。
「……あんたねぇ、あたしはただの受付嬢だよ。あんたの親じゃないんだから、あたしにそんな約束してどうすんのよ……」
カウンターから顔を上げたクルシャさんは、目尻に涙を浮かべて肩で息をしながら笑顔でそう返した。
「あっ……す、すいません!」
「別にいいよ……やっぱ、あんたって面白いわ」
僕は自分の発言を思い返して照れて俯いてしまうが、クルシャさんの笑顔につられて笑って誤魔化す事にした。
◇◇◇◇◇◇
「はい、こちら一般窓口……あら、昨日の」
「おはようございます、ネーリさん」
クルシャさんとの話を終えた僕は、その足でネーリさんのいる一般窓口へと来た。
「私の名前……あぁ、あの人ですね……」
ネーリさんは僕が名前を呼んだ事に少し驚いたが、原因がクルシャさんだと直ぐに気付いて途端に暗く淀んだ表情でため息をついた。あまりに重苦しい雰囲気に僕は少し不安になってしまう。
「……あぁ、すいません。えー……今日はどの様な用件でしょうか?」
僕の不安が伝わったのか、ネーリさんは我に返ると一呼吸置いてから普段の立ち振る舞いに戻った。
「今日はその……副業の兵団の事で聞きたい事がありまして」
「副業について……ですか?」
「はい。副業希望を出している職業は業務体験が出来ると聞いたのですが……」
「兵団の業務体験ですね……分かりました。それでしたらこちらで手続きは済ませておきますので、コニーさんは兵団の基地へ直接向かって下さい。業務体験の詳細は兵団の方に一任されていますので、説明は現地で受けて下さい」
「分かりました、有難うございます!」
僕はネーリさんに一礼してから、早速兵団基地へと向かって駆け出した。
◇◇◇◇◇◇
「いやぁ……連絡を受けて待っていたんだが、本当に直ぐ来たな」
「ガイダールさん!」
兵団基地の入口まで来た所で、兵団の訓練長であるガイダールさんが出迎えてくれた。
「しかし早速業務体験しに来たか……思ったより早かったな。昨日何かあったか?」
「は、はい……実は……」
僕は昨日ガイダールさんと別れた後の事を、ガイダールさんに基地の中へ案内されながらざっくりと説明した。
「……それで、依頼でヘマしたから兵団の業務体験で実力をつけようってか?」
「は、はい……そんな所です」
「そうか……俺から言った事だが、まさか登録した次の日に来るとはな。根性なしだと思ってたが、意外とやる事はやる奴なんだな」
「そんな褒められる事じゃないですよ……そもそも僕が不甲斐ないから、一度冒険者から離れて訓練しなきゃいけないと思っただけですから」
「だがそれが分かっただけでも良かったじゃねぇか。こうしてまだ取返しがつく内にやり直せるんだからな」
「はい……見張りの兵団の人達には感謝してもしきれません」
僕は昨日魔物に襲われた時の事を思い出し、改めて兵団の人達に救われた幸運に感謝した。もしあの時兵団の人達が来なかったら、今こうして僕がここに来る事は出来なかっただろう。
「さて……その話は一旦置いといて、まずは基地の設備を説明するぞ」
ガイダールさんの案内で来たのは、一面が土肌で覆われた殺風景な広場だった。広場には一人で木剣を素振りしている人や木剣を打ち合っている人達、はたまた隅で座って談笑している人達等がちらほらいた。
「ここは兵団なら誰でも自由に利用出来る訓練広場だ。ここでは街中での使用が制限されているスキルを除いて、あらゆる技能やスキルの訓練が許可されているぞ」
「ここで戦闘訓練もするんですか?」
「簡易的な模擬戦くらいならよくやっているな。だがこことは別に、対人を想定した戦闘訓練場や大掛かりな実験や訓練が出来る外界訓練場もあるから、用途に応じて使用する訓練場は変わるぞ」
「そうですか……あの、一つ聞きたい事があるんですが」
「何だ?」
「僕のギフト……逃げスキルをここで見てもらう事は出来ますか?」
「まだ説明する事があるんだが……何かスキルで気になる事があるのか?」
「はい……実は僕、スキルが使えないみたいなんです」
僕は先ほど話した時には説明しなかった、魔物に襲われた時にスキルが使えなかった様子を事細かに伝えた。
「条件を満たしたはずなのにスキルが発動しない、か……」
ガイダールさんは真剣な表情で顎に手を当てて唸る。これまで僕の疑問にほぼ即答してきたガイダールさんでも、スキルが発動しない原因は簡単に分かる問題じゃない様だ。
「コニーは成人しているから、スキル発動の基礎は知ってるよな?」
「はい、勿論です! とは言っても、まだ実際にスキルを使った事はないですが……」
スキルの発動に必要なのは、自分が今からスキルを使うという意識だ。そしてスキルの発動をより意識するために、言葉を発したり特定の動作を行う事でイメージを固めたりするのが効果的な事がある。そういった意味でスキル名を叫ぶのはスキル発動方法として定石なのだが、昨日僕がやった時はそれでもスキルは発動しなかった。
「……そうなると、考えられる原因はいくつかあるな」
ガイダールさんは長考の末、少し自信なさそうに話し始めた。
「まず一つ考えられるのは、集中力不足だ。これはスキル使用経験がない奴によくある事なんだが、スキルの発動に必要な感覚が分からず、スキルの発動に集中しきれずに不発に終わる事がある。次に考えられるのは、スキルは発動しているが効果が弱すぎる場合だ。能力を上昇させるスキルは、スキルの練度が低い内はスキルによる能力上昇が実感出来ない事もある。あともう一つ考えられるとしたら、スキルの発動条件を満たしていない場合だ。特殊なスキルに見られる傾向だが、特定の条件を満たさないとスキルが発動しない場合がある。コニーの逃げスキルは俺も聞き覚えがないスキルだから、もしかしたら発動に必要な条件が足りてないかもしれないな」
集中力不足、微弱なスキル効果、発動条件不足。どうやら現時点では憶測の域を出ないみたいで、それでガイダールさんも自信を持って言えなかったんだ。
「それなら……僕はどうすればいいんですか?」
「そうだな……最後の発動条件はどうしようもないが、先の二つが原因ならどうにかなるぞ」
「ど、どうすればいいんですか!?」
「集中力不足やスキルの効果を実感できないのは、結局はスキルが発動した経験がないのが原因だ。なら、一度スキルを発動する経験をすればいい。という事で、コニーは何でもいいから簡単なスキルを習得して使ってみろ」
「えっ……そ、そんな簡単にスキルの習得なんて……」
「心配するな。兵団の訓練には、実践で使えるスキルを習得するための訓練もある。ひと月訓練すれば、スキルの一つや二つは嫌でも身につくさ」
「は、はぁ……」
気のせいだろうか、ガイダールさんの背後から歪んだオーラが漂っている様に見える。これが訓練長としてのガイダールさんの本来の姿なのかもしれない。
「今日は他の説明もあるから、訓練の参加は明日からだな」
「は、はいっ……よろしくお願いします……」
表面上の笑顔を浮かべながら僕の肩を叩くガイダールさんに、僕は反射的に身体を震わせてしまう。その後ガイダールさんと共に基地の施設や規律について説明を受けながら基地を一周回ったが、僕は明日からの訓練が心配でガイダールさんの言葉はほとんど頭に入らなかった。
◇◇◇◇◇◇
兵団基地の説明を聞き終えて最初に来た訓練広場に戻ると、日が半分ほど落ちていた。
「あっ、コニーじゃん」
「ギール君!」
訓練広場で訓練する人の中に、丁度木剣を素振りしていたギール君がいるのを見つけた。
「訓練長が来るって噂していたけど、本当に来たんだな」
ギール君が木剣を振り回しながらこちらに歩み寄って来る。ギール君の木剣の扱いは様になっていて、まだ候補生とは思えないくらい精練された動きに見えた。
「うん、今日は基地の中を案内してもらっただけだけどね」
「そっか……なら、明日から訓練に参加するのか?」
「そのつもりだよ」
「それなら……折角訓練場にいるんだから、今回はちゃんとギフトを見せてくれよ」
「えっ……えぇっ!?」
ギール君からの突然の提案に、僕は必要以上に動揺してしまう。ついさっきギフトが発動しない事で悩んでいたのに、ここでいきなり実践するなんて。僕は助けを求めて、事情を知っているガイダールさんに目線で訴える。
「……まぁ、明日からの訓練のためにコニーの動きを見てみたいし、試しにどうなるかやってみてくれ」
僕の訴えはガイダールさんには届かず、逆にギール君を後押しする羽目になってしまった。
「それじゃ、広い所に出ようぜ」
すっかり乗り気のギール君が我先にと先導する。もはややるしかなくなってしまったので、僕は覚悟を決めてギール君の後を追った。
「とりあえず、これだけ離れていれば十分か」
僕とギール君は広場の中央付近で、ギール君の木剣が届かない距離で向かい合った。
「それじゃあ……始めるぞ!」
ギール君は開始の合図をすると、静かに木剣を構えてから大きく踏み込んだ。
「うわっ……ら、ラビッシュ!」
僕は向かって来るギール君に完全に背を向け、反対方向に全速力で走り出した。しかし相変わらずスキルが発動した実感はなく、ただ必死に自力で走るだけだった。
「ほら、さっさとギフトを使いな!」
そして全速力で走っているはずの僕に、ギール君は易々と距離を詰めていた。ギール君はスキルの発動を催促するかの様に、僕の背中に張り付いたまま乱雑に木剣を振り回し続ける。
「うわっ、ちょ、ちょっと待っ……」
僕は無作為に振り回される木剣を辛うじて躱しながらギール君と距離を取ろうとするが、焦りで動きが鈍くなっているのか思う様に身体が動かない。
「あっ……」
そして間もなく、僕は何もない地面に躓いて膝をついてしまう。僕がギール君へと振り返る頃には、僕の首元には木剣があてがわれていた。
「コニー……お前、本気でやってるのか?」
「あ、あの……ゴメン」
何処か失望した様な暗い眼差しで見下ろすギール君に、僕は弁明すら出来ずにただ謝るしかなかった。
「駄目だったか……まぁ、そんな直ぐに使えるようになるとは思ってなかったけどな」
僕達の様子を訓練場の外から見ていたガイダールさんが、いつの間にか僕達のすぐ傍まで寄って来ていた。
「訓練長……何か隠してます?」
ギール君は僕に向けたままの眼差しでガイダールさんを見上げる。
「いやぁ、別に隠してた訳じゃないんだがな……何でも、コニーはギフトの使い方を掴めていないらしい」
「そうだったんですか……あの時もそうだったけど、まさかスキルが使えないなんてな」
ガイダールさんの話を聞き、ギール君がこちらに振り返るとその瞳は普段の輝きに戻っていた。
「……って事は、ここに来たのはスキルの使い方を習得するためか?」
「う、うん……」
ギール君の相変わらずの察しの良さに、毎度心を読まれている僕はいびつな笑顔を返すしかなかった。
「そっか……それなら、俺もコニーの訓練に付き合ってやるよ。この基地での訓練は全部訓練長が直々に指導するから、訓練の時は大体一緒になるし」
「そ、そうなんだ……」
「そういう事だから、明日から頑張れよ」
「う、うん……有難う」
ギール君がこちらに手を伸ばしたので、僕はそれに掴まって立ち上がる。僕としても訓練を受けるのは有難い事だと思っているが、今日の二人の様子を思い返すと不安が過ってしまう。これは明日からの訓練に対して、今からでもしっかりと心構えが必要かもしれない。
「兵団基地の施設紹介:訓練場」
兵団は有事の際に必要な兵力を用意出来る様、一定以上の訓練が義務付けられている。そのため基地内や外界に複数の訓練場を目的別で設営している。
基地内に設けられた広大な平地の訓練広場は、いくつかの利用制限を除いて自由に利用可能な利便性重視の訓練場で、普段の訓練はここで行われる事が多い。
基地の屋内に設けられた様々な設備をつぎ込んだ戦闘訓練場は、街中の治安維持のために対人での戦闘訓練を想定した訓練を実施出来る高機能な訓練場で、スキルの使用を制限したり局所的に環境を再現する特殊な魔石を用いて、様々な状況を想定した訓練が可能となっている。
外界に設けられた外界訓練場は、街中での使用が制限される技能やスキルをほぼ全て使用可能で、さらに訓練広場よりも広大な土地かつ多くの自然が残された地形で、特殊な連携や大規模な作戦行動の訓練にも使用される。
また上記の訓練場以外にも、国や周辺環境に応じて独自の訓練場が存在し、それぞれ訓練の目的に応じて使い分けられる。