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第四走「冒険者の初仕事でも、困難が待っていました」

〇前回のあらすじ

 ギルドの一般窓口で冒険者登録を終えたコニーは、続いて冒険者窓口へと向かっていた。

 冒険者窓口にいた受付の人は清廉で凛々しい一般窓口の受付とは違って、制服を所々着崩して不愛想な表情でカウンターに頬杖をついた、お世辞にも真面目だとは言えない雰囲気の人だった。

「いらっしゃい、こちら冒険者窓口だよ」

「ど、どうも……」

 開口一番の距離感の近さに、見た目も相まって僕は心身ともに一歩引いてしまう。

「あんた、さっき向こうで登録した冒険者ね。あたしはクルシャで、向こうであんたが話してた女はネーリ。一応あたしと同期らしいんだけど、どっちもずっと自分の受付の仕事しかしてないから、あんま話した事ないのよね。まぁ、そんな事はどうでもいいんだけど……冒険者になりたいならあっちじゃなくて、あたしを頼りにしなよ」

「は、はぁ……」

 聞いてもいないのに、クルシャさんは次々に話を投げかける。口を挟む暇もなく、僕は中途半端な返事を返すので精いっぱいだった。ふと視線を感じてゆっくりと首を回すと、向こうの受付から鋭い視線を向けて痛々しいオーラを放つネーリさんと目が合った。僕は反射的に正面に向き直り、何も見なかった事にした。

「それで……登録したばっかの坊やが、何の用でこっちに来たの?」

「えっ!? え、えっと……」

 いきなり話を振られて、僕は一瞬受付に来た用が頭から抜けてしまう。

「……あっ、あの……冒険者について色々と教えてください」

「はぁ……そりゃまた、ざっくりした質問だねぇ」

 クルシャさんは呆れた様子でため息をつく。しかし表情はそこまで不機嫌そうには見えず、ただつまらなそうに明後日の方を見つめていた。

「……まっ、新人くんだし多少は大目に見てあげるか。あたしはただの受付だから、基本的な事しか言わないからね。他に気になる事があったら、そこらにいる先輩たちにでも聞きなよ」

「は、はいっ、有難うございます!」

 ちゃんと説明してくれる所を見ると、クルシャさんも受付としての仕事が出来る優秀な人なんだろう。僕は乱された気持ちを持ち直すため、意識して顔を引き締める。

「んじゃ、まずは仕事についてね。冒険者はギルドが紹介する依頼を受けて、依頼を達成する事で報酬をもらうのが基本なんだけど、受けられる依頼には制限があるわ。ギルドが管理している依頼は全て依頼を管理しているギルド職員が冒険者のランクに合わせて査定していて、冒険者は査定されたランクの依頼を選んで受けられるよ。あんたは冒険者になりたてで冒険者ランクは最低のGだから、受けられる依頼は同列のGランクね。Fランクに上がればFランクの依頼も受けられるけど、EランクになるとGランクの依頼は基本受けられなくなるよ」

「えっ、どうしてですか?」

「そりゃ、上位ランクの冒険者が簡単にこなせる下位ランクの依頼を次々にこなしていたら、下位ランクの冒険者は受けられる依頼がなくなるでしょ? だから下位ランクの依頼が過剰に入ったりだとか、止むを得ず上位ランクの手が必要にならない限りは、受けられる依頼はランクと同じか一つ下のランクの依頼にしているのよ。逆に上位ランクの依頼で単純に人手が必要な時とかは、下位ランクの冒険者に応援要請をする場合もあるわよ」

「そ、そうなんですか……」

 冒険者という仕事に何処か自由に夢を追う仕事だという思いを抱いていたが、思いのほか業務としての管理が徹底されているみたいで少し意外だった。

「それでその冒険者ランクについてだけど、これはそう難しいもんじゃないわね。冒険者登録した時点では最低ランクのGから始まるけど、その後はギルドのランク査定に則って自動的に上がるわ。一応、聞きたければ教えられるけど……」

「ぜひ、お願いします!」

 少しでも早く立派な冒険者になりたいという思いから、僕は食い気味で答える。あまりの勢いで迫る僕を、クルシャさんは驚いた顔で固まったまま見つめる。

「……そう、分かったよ。Fランクへの昇格条件だけど、Gランクの依頼を十回くらい達成すれば大体上がれるわよ。ランク昇格には達成した依頼に応じて得られる評価点があって、達成する依頼によってギルドからの評価点は変わるんだけど、Gランクの依頼は評価点がどれも大体同じだからそれくらいで上がれるわね。そんなんでFランクは直ぐに上がれるだろうし、ついでに次のEランクへの昇格条件についても教えておくわ。Fランクへの昇格条件はFランクの依頼を達成した評価点を一定数得られれば上がれるんだけど、その中で必須になるのが討伐評価ね。討伐評価はそのまま、魔物の討伐依頼を達成した評価点だよ。とりあえず適当な討伐依頼を一つでもこなしておけば、Eランクになれるだろうね」

「そうですか……」

 討伐依頼が必須という話は事前にネーリさんから聞いていたが、まさかこんなに早い段階で必要になるとは思わなかった。もし討伐依頼が達成できなければ、一生Fランク冒険者のままになってしまう。ふと嫌な事を思い浮かべてしまうが、これ以上想像しない様に僕は思い切りかぶりを振る。クルシャさんから奇妙なものを見る視線を受けてしまったが、僕はぎこちない笑いを浮かべてどうにか誤魔化す。

「……んで、あんた誓約書は読んだの?」

「あっ、は、はいっ!」

 クルシャさんは気にならなかったのか、特に問い質す事なく次の話に進める。僕も慌てて話を聞く姿勢に戻ったが、あまり深掘りされなかった事に内心ほっとする。

「なら、禁止事項とかは大丈夫よね。もし禁止事項に背く事があったらランク降格処分とか、最悪ギルドから永久追放もあるから」

「はい、注意します……」

「んじゃ、あんたのギルド証見せて」

「あっ、はい」

 クルシャさんに言われるまま、僕は手にしていたギルド証を手渡す。クルシャさんは僕のギルド証を手にしたまま、少しの間目を閉じる。

「ふーん……あんた、面白い能力を持ってるね。冒険者になる奴は色々いるけど、あんたみたいなタイプは初めてかも」

「そ、そうですか……」

 称賛とも罵倒ともつかない評価に、僕はただ頷くしかなかった。別に馬鹿にした様子はなかったので、クルシャさんから見てもそれほど悪いステータスではなさそうなのは安心した。

「しっかし……あんたの基礎能力もスキルと同じくらい変わってるね。まるでギフトのためにあるみたいな能力評価だわ」

 僕も鑑定結果を見るまでは分からなかったが、クルシャさんの言う通り僕の基礎能力はとても偏りがある。敏捷や回避と、逃げに関する能力評価は高いが、力や耐久といった戦闘面での能力評価がかなり低い。まるで戦う事は考えずに逃げる事だけに特化した基礎能力だ。

「だけど……この能力評価じゃ、Dランクになるのは難しそうね」

「Dランクですか?」

「そっ、冒険者として一人前になるって言うなら、まず目標になるのがDランク冒険者になる事。普通なら冒険者を始めて大体一年くらいでDランクになれるけど、戦闘に不向きなこの能力評価じゃ、Dランクになるのは大変だろうね」

「……そう、ですね」

 再三言われていた事だし、自分の中でも理解していた事だったけど、やはり何度突き付けられても心が苦しくなる。

「……まぁ、地道に頑張ればいいんじゃない? あたしから言える事はないけど、冒険者なんてどいつも好きに生きてる連中だし、あんたもやりたい様にしたらいいよ」

「はい、有難うございます……」

 様々な冒険者を相手にしているのだろう、クルシャさんは僕が気に障らない様に言葉を選んでフォローしてくれる。最初に見た目で感じていた粗野な印象を忘れるくらい、今のクルシャさんからは受付らしい丁寧で凛とした感じがする。

「それで……説明出来そうな事はこんなもんだけど、他にやる事はない?」

「ほ、他に……ですか?」

 クルシャさんは僕を試すかの様な表情で、カウンターに身を乗り出して迫って来る。視界がクルシャさんで埋め尽くされ、目のやり場に困った僕はたまらず目を逸らす。

「……い、依頼、ですか?」

 真面に頭が回らず、僕は思いつく限りの言葉を絞り出した。自分で言葉にしておきながら、自分でも何故こんな事を言ったのかよく分からなかった。

「ほうほう……そうだよねぇ、ここは冒険者が仕事を受ける場所だからねぇ」

 クルシャさんはその言葉を聞くと、にやにやとわざとらしい笑みを浮かべながら乗り出した身体を引っ込め、カウンターの下に手を伸ばす。

「……あの新人、早速クルシャさんの手にかかってらぁ」

「俺も初めて行った時、簡単に引っかかったなぁ……」

 僕達のやりとりを見ていた冒険者がしみじみと呟いていたが、頭が一杯一杯の僕の耳には全く届かなかった。

「そいじゃ、今あんたが受けられる依頼はこんなもんだよ」

 そう言ってクルシャさんは、カウンターに数枚の紙切れを広げる。紙切れにはそれぞれ依頼内容の詳細と、端には大きくGの文字が押印されていた。

「冒険者の依頼はそのほとんどが外界での活動を要するものだから、討伐依頼じゃないからって油断はしないでよ。とはいえ、Gランクの依頼は生活圏に近い場所の依頼しかないから遭遇する魔物もたかが知れているし、あんたの能力ならそれほど心配ないかな」

「あ、有難うございます、気を付けます!」

 クルシャさんの忠告を有難く受け取り、僕は広げられた依頼書を確認する。その内、半分は野草や樹皮等の採取依頼、残りは街道や外界にある建物の整備依頼だった。

「Gランクの依頼は緊急性の高い依頼がないから、出来そうな依頼はいくつかまとめて受けても構わないよ。ただし、依頼達成の予定は事前に教えてから受けてもらうわね。万が一依頼の達成が遅れたり不可能になった場合、ギルドがまた別の冒険者に依頼を出す必要があるからね」

「はい、分かりました」

 ざっと依頼書を眺めた所で、クルシャさんから補足を受ける。クルシャさんの言葉を参考に改めて依頼書を確認して、受けられそうだと思った依頼書を手に取る。

黒針樹こくしんじゅの樹皮の採取……街道の雑草除去……この二つの依頼でいいの?」

 僕が持っている依頼書の詳細を読んでいると、クルシャさんが上から覗き込んできた。

「うわっ……は、はい……どうかなぁ、と思って……」

 僕は顔を上げた瞬間、驚いて大袈裟に引き下がってしまう。あまりに近すぎて、下がる時に頭をぶつけてしまった錯覚を覚え、咄嗟に頭を抑える。たまに近い距離間で迫って来るクルシャさんだけど、これはクセなのだろうか。これほど距離感の近い触れ合いがあまりなかった僕にとっては、これ以上は正直心が持たない。

「そうね……あんたの能力を見た感じなら、多分大丈夫じゃない? 何事も経験だし、失敗するにしても気を付ければ大事にはならないと思うし、とりあえず受けてみたら?」

「そ、そうですね……では、この依頼でお願いします」

 僕は落ち着くために一度呼吸を整えて、持っていた依頼書をクルシャさんに渡す。クルシャさんは残った依頼書をカウンターの下に戻すと、僕が受けた依頼書をカウンターに並べて、僕のギルド証を依頼書の上にそれぞれ掲げる。ギルド証が掲げられた依頼書は微かに魔力の光を放ち、やがて魔力が収まると依頼書には僕の名前が刻まれていた。

「これで依頼の受理は完了したよ。後は期限内に依頼達成の証明となるものをそれぞれギルドに納品したら、依頼は達成になるわ」

「はい、有難うございました!」

 クルシャさんが用の済んだ僕のギルド証を返すと、僕はクルシャさんに頭を下げてから早速依頼のある場所へと向かった。


◇◇◇◇◇◇


「あっ……こんにちは」

「おぉ、こんにちは」

 僕は依頼をこなすため、外界に繋がる街の入口まで来た。そこには、外界からの襲撃に備えた見張りの兵団がいた。

「ギルドの依頼で、外界の入口まで行きたいのですが……」

「ほう……見かけない顔だが、もしかして新人か?」

 街門の上から周囲を警戒する人や脇で何かを話し合っている人がいる中、僕が話しかけた入口前の兵団は無骨な見た目からは想像出来ないほど気さくな話し方をする人だった。

「はい、今日ギルドに冒険者登録しました」

「そうかい……それじゃ、ギルド証を見せてくれ」

 僕は言われるまま、ギルド証を取り出して兵団の人に渡す。兵団の人はギルド証を受け取ると、脇に据え置きされた水晶にかざす。すると水晶に、僕がギルドに登録した情報と受けた依頼の情報が映し出される。

「……よし、依頼は確認したぞ。君はGランクだから、自由に出入り出来るのは外界の森の入口までだから、間違っても森の奥に入るんじゃないぞ」

「はい、気を付けます!」

 とても話しやすい雰囲気の兵団の人に元気をもらった僕は、気分良く街の入口から外界へと出た。

「この石畳の部分が街道かな……結構雑草が生えてる」

 僕がまず始めたのは、街から外界の森の間に伸びている街道の雑草駆除の依頼だ。街道には年季が入った石畳が敷かれていて、所々に割れた石畳や石が剥がれて土が露出している部分があり、そこから大小様々な雑草が生えている。

「袋に可能な限り雑草を積めてギルドに納品すればいいんだけど……思った以上に数があるなぁ……」

 僕は遠くに見える外界との境界線となる森の入口を眺めながら、そこまで続いている古い石畳の街道を奥から足元まで目でなぞる。歩くだけなら大した距離ではないが、馬車がすれ違えるほど大きな幅の街道を虱潰しに雑草を抜きながら歩くとなると、日が暮れるのを覚悟しないと行けなさそうだ。

「依頼の達成期限まで時間はあるし、袋の大きさは結構あるから、今日一日だけで終わらせようと考えなくてもいいかな……」

 気の遠くなりそうな依頼に少し気が重くなった僕は、少しでも作業が楽になる方法がないかと考えを巡らせる。

「……どうせ明日もやるなら、黒針樹の樹皮を先に取っちゃうか」

 元々は行きで雑草を取ってから外界の入口にある黒針樹の樹皮を取る予定だったが、雑草駆除が今日中に終わらなさそうなので黒針樹の樹皮の採取依頼を優先する事にした。

「折角だし、行きでも雑草を取りながら行こう」

 流石に日が落ちるまでに街に戻らないといけないので、僕は目についた雑草だけを取って袋に放りながら森の入口までゆっくりと向かった。

「……結構集まったなぁ」

 そうして雑草を取りつつ森の入口についた頃には、袋には大きめの雑草だけで半分ほど詰まっていた。

「それで……これが黒針樹だよね」

 僕は肩幅ほどある大きな幹の黒い木に手を当てて、樹皮の手触りを確認する。ごつごつとした凹凸と暗闇に溶け込みそうな漆黒の木肌が、この黒針樹の特徴だ。樹皮には独特な香りを放つ成分があり、街の周辺に多く群生しているので、薬品の材料や香木として街に多く流通している。しかし群生地は外界にしかないため、こうして冒険者の新人がよく依頼で採取しているらしい。

「これ……思った以上に固い」

 黒針樹の採取用にナイフを持ってきたが、樹皮が固くて刃がなかなか通らない。僕は固い樹皮でナイフが欠けない様に、慎重に削っていく。

「……うん、こんな感じかな」

 樹皮の周りを丁寧に削っていき、やっと依頼に必要な大きさの樹皮をはぎ取る事が出来た。この樹皮を十枚まとめたものを納品すれば、依頼達成となる。報酬は採取した樹皮の束の数に応じて増えるので、僕は気合を入れ直して採取に励んだ。

「クルルルル……」

 しばらく樹皮の採取に夢中になっていると、周囲から低い唸り声が聞こえた。声の主は、森に生息している魔物の群れだった。

「こいつは……タールラット!?」

 僕が樹皮に気を取られている間に、僕を取り囲む様にして小型の魔獣が群がっていた。小型と言っても手に乗る様な可愛い大きさではなく、僕の頭より一回り大きいくらいのサイズ感で、体当たりされれば痛いし、新人冒険者の僕なんかが群れで襲われればひとたまりもない。さらに炭の様に黒い体毛で覆われていて、暗い森の中ではその姿を確認しづらいため、周囲を十分に警戒しなければこうして接近を許してしまう。

「くっ……ちゃんと気を付けるって言ったのに……」

 実際の所、樹皮の採取をするまではそこまで油断はしていなかったと思う。だけど僕は浅はかにも、依頼目標を前にして他への注意を怠ってしまった。新人にありがちな失敗をしてしまうあたり、冒険者として初めて仕事する僕が森の入口まで足を踏み入れたのは早計だったのかもしれない。

「……とりあえず、こうなったらやる事は一つしかない」

 魔物と遭遇した時の事は、外界に出る前からあらかじめ考えていた。とはいっても僕に出来るのは逃げる事だけなので、魔物の様子を窺いつつ隙を見て逃げるという単純明快な作戦だ。逃げ道を塞ぐ様に散っているラットの群れだが、ここは幸いにも森の入口なので逃げる方向は分かり切っているし、街道の周りは開けているので抜け出せば不意打ちの危険もほとんどない。とにかくこの囲まれた状況を打開すれば、後は街道を走って街まで逃げればいい。ラットの群れを引き連れてしまう事にはなるが、街の出入り口で見張りをしている兵団の人達なら簡単に対処が出来るはずだ。

「……よしっ!」

 僕は冷静に周囲のラット達に目を光らせて、動きを観察する。ラットが飛び掛かって来るのを見計らって、それを避けて街道まで飛び出そう。僕は緊張で飛び出しそうな心臓の鼓動を抑えながら、腰を低くしてラットの隙が生まれるのを待った。

「クルルアアァァ!」

 ラットの群れが、四方から一斉に襲い掛かる。僕はそのタイミングで、飛び掛かるラットの隙間に向かって突進する。顔を腕で庇いながら飛び出した僕の両脇と、僕を挟んで飛び掛かって来たラットが側面でぶつかり合う。空中で接触したラットは地面に転がり落ち、バランスを崩しながらも体重差で跳ね飛ばされずに済んだ僕はラットの群れを縦断する。

「よしっ、このまま……」

 ラットの攻撃を何とかやり過ごした僕は、そのままの勢いで街道まで突っ切ろうと駆けていった。

「ぐっ……!?」

 街道の石畳を目の前にして、突然背中に重い痛みを感じる。振り返ると、ラットが身体を投げ出して突進していた。さらに数匹のラットが僕に向かって突進して、僕の身体を掠めたり、足に当たってもつれさせる。ラット達の奇襲を受け、僕は最初に飛び出した時の勢いを失いつつあった。このままでは、折角抜け出したラットの群れにまた囲まれてしまう。しかも度重なるラットの突進によるダメージと疲労を考えると、もう一度囲まれたら逃げ切るのが困難になってしまう。

「と、とにかく走らないと……!」

 僕は決死の覚悟で、ラットの群れから逃れようと重くなった足を動かす。背後にはラットの群れが追いすがろうと駆けて来ている。必死の思いで森を抜けて足場のしっかりした街道に出たが、僕とラットの群れの距離はつかず離れずのままだった。時折、僕に向かって突進してくるラットをよろけながらも躱すが、その度に群れとの距離が縮まっていく。

「はぁっ……はぁっ……に、逃げるんだ、ラビッシュ!」

 僕はここぞとばかりに、スキルの名を叫んだ。走るのに適した街道であればスキルの効果で逃げ切れると思い、使うならここだと決めていた。

「はぁ……はぁ……よしっ、これで……って、あれ?」

 スキル名を叫ぶと共に思い切り全力疾走したはずだったが、ラットの様子を窺おうと振り返ると、ラットの群れとの距離は先ほどと大して変わらなかった。

「ど、どうして……また!?」

 スキルが発現した日も、そして今この時も、使おうという意識はあるはずだし、ましてや今回はより発動を意識しようとスキル名を口にしたのに、やはりスキルが発動した気配も実感もない。もしかして、何かスキルの使い方を勘違いしているのだろうか。しかしそんな疑問すら持つ暇もなく、ラットは容赦なく全速力で迫って来る。

「こ、このままじゃ……」

 今は辛うじてラットの群れとの距離は突進を躱せるくらいには離れているが、またさっきみたいに捨て身の突進を繰り返されれば、街の入口にたどり着くまでにラットに囲まれてしまう。しかも先ほどスキルを発動しようと気合を入れて全力疾走してしまったので、体力ももうあまり残ってない。打開策も思いつかないまま、僕はただがむしゃらに街までの道のりを走り続けるしかなかった。

「はぁ……はぁ……ま、また来た!」

 そして、僕が想像していた最悪の事態になった。ラットの群れは、また僕に向かって何度も突進を繰り返してきたのだ。僕は直撃だけは何としても回避するが、やはり突進が来る度に僕とラットの群れの距離は縮まっていく。そしてついに、ラットの群れが僕のすぐ足元まで迫って来た。

「うわぁっ!?」

 ラットの群れが一斉に僕に向かって飛びかかり、これまで紙一重で躱していた僕も躱しきれずに倒れ込む。残された力を振り絞って、のしかかるラット達を払いのけて立ち上がるが、そこにはすでに僕を中心にラットの群れが臨戦態勢で構えていた。

「はぁ……はぁ……も、もう駄目なのかな……」

 息を切らせて疲れ切って立つのがやっとの僕は視界に移る街の入口を見て、もう少しで逃げ切れたという現実に心が折れそうになる。最初に群れを切り抜けた作戦も、肩で息をして真面に集中出来ない今の状態では到底不可能だ。後はもう、捨て身で群れに突っ込んで無理やり抜け出すくらいしか思いつかない。

「……帰る、生きて帰るんだ……」

 すでにラットの突進を受けて、身体中がボロボロなんだ。こうなったら、どんなに怪我をしてもいいから生きて街まで帰るしかない。捨て身になるから痛いしひどく傷つくけど、生きて帰ればまだチャンスはある。お母さんには怒られるだろうし、泣かせてしまうと思うけど、それでも死んでしまうよりはマシだ。

「うわああぁぁ!」

 僕は意を決して、ラットの群れへと突っ込んでいく。それに合わせてラット達も一斉に飛び掛かる。大半のラットは僕と衝突して弾き飛んだが、数匹が僕の身体に張り付いた。張り付いたラット達が僕の身体を爪で引き裂き歯を立てる。

「うぐっ……うわああぁぁ!」

 僕は身体中に走る痛みとのしかかる重量を叫びと気力で耐えながら、張り付いたラットを一匹ずつ引き剥がしながら街道を駆け抜ける。再び群れに追われる形になるが、今度はラットが僕に飛び掛かって張り付き、それを僕が無理やり引き剥がす事を繰り返しながら走り続けた。

「もう少し……もう少しで、街が……!」

 遠くに見える街門に微かな希望を抱きながら、僕はラットを振り切ろうと一目散に駆けていく。ラットに捕まる度に身体を引き裂く痛みと、突進してぶつかる衝撃に耐えながら、フラフラになりながらも僕は足を止めなかった。

「うっ……」

 走る気力を失いかけた所に、ラットの突進が背中に直撃する。そのままの勢いで倒れ込んだ僕は、瞬く間にラットの爪牙に囲まれる。僕は咄嗟に体を丸めて、少しでもダメージを減らそうと身構える。

「おい、大丈夫か!?」

 僕がラットに蹂躙される覚悟を決めた途端、肉を引き裂く心地の悪い音と覇気のある呼び掛けが聞こえた。それと共に、身体中を襲うラットの脅威がなくなった。

「……あ、兵団の……」

 周囲にいたラットの気配を感じなくなって顔を上げると、そこには街の入口で話した気さくな兵団の人と、同じく入口の見張りをしていた兵団の人が数人いた。

「君は確か、コニーだったか。どうだ、立てるか!?」

「……た、助かったぁ~……」

 心配して手を伸ばしてくれた気さくな兵団の人に応える事もままならず、僕は上げた顔を地面に突っ伏した。気さくな兵団の人がまた僕に呼び掛けていたが、これまでの疲労と兵団の人達に助けられた安堵で、僕はゆっくりと意識を失っていった。

「魔物生態情報:タールラット」

危険度ランク:G

種類:小型群生魔獣、ラット種

主食:雑食(主食は植物)

 外界に多く生息しているラット種の中で、特に暗い森に多く分布している。大きな特徴は身体中を覆う黒い体毛で、素早く動く脚力と暗闇に紛れる体毛で獲物に静かに接近して取り囲む。ある程度集団行動が出来る知能を持つが行動パターンはそれほど多くなく、脚力を活かした突進か飛びついて鋭い爪で引っ掻くか頑丈な前歯での噛みつきしか攻撃手段がない。一匹の戦闘力は大した事ないが常に群れで行動するため、油断していると返り討ちに遭う。ある程度戦闘の心得があれば、少ない群れの相手でそう苦戦する相手ではない。

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