第四十走「ようやく僕も、一人前になれそうです」
〇前回までのあらすじ
身体の大きさを自在に変える魔獣に、瀕死へと追い込まれたコニー。しかし止めを刺される直前で駆け付けたギールと、グルタの強力な回復力を持つギフトによる治療で、コニーは何とか一命を取り留める。教会の療養室で目を覚ましたコニーは、グルタから自身のギフトについての秘密を明かされる。グルタは自身の危険性を理解してもらい、コニーにこれ以上自分の護衛を続けさせまいと説得するが、グルタがまだ自分の夢を諦めきれていないと感じたコニーは、一緒に夢を追ってみないかと誘う。結局グルタは答えを返さなかったが、コニーの言葉に心を救われたのだった。
兵団基地へ先に戻ったガイダールさんを追って、僕達はゆっくり歩いて兵団基地へ向かっていた。先導してくれるギール君の後を、僕を気遣って手を引っ張るグルタさんが付いて行く。
「……ギールさん、先ほどは有難うございました」
人気のなくなった路地に入った所で、グルタさんがギール君に礼を言う。
「さっきの……あぁ、別に大した事じゃないよ。誰にだって、隠しておきたい事の一つや二つはあるだろうし」
「そう……ですね。でも、本当に有難うございました。どうしてもあの時は、コニーさんの治療を誰にも見せられませんでしたので……」
二人の会話を聞いて、僕が気を失っている間にあった事と、ギール君が何かを察して療養室を出た理由が分かった。グルタさんは自分のギフトである癒羽の存在を知られたらいけないから、ギール君に理由を説明せずに療養室を出る様にお願いしたんだ。そしてギール君は理由を知らないまま、素直にグルタさんの言う通り部屋を出たんだ。
「……有難うね、ギール君」
「何でコニーが今礼を言うんだよ?」
もしギール君が素直にグルタさんの言う事を聞かなかったら、僕の治療が間に合わなかったかもしれない。ギール君もそれを理解していて、考えるよりも前にグルタさんの言う通りにしたのかもしれないけど、このギール君の判断力がなかったら僕は生きていなかったかもしれない。
「いいんだよ、僕がお礼を言いたいんだから」
「変な奴……」
僕の心中を読めなかったギール君は、訝しんだ目で僕を見る。
「……っと、そろそろだな。訓練長の事だから、多分ここに来てると思うが……」
兵団基地の中を歩いてしばらく、ギール君の案内で着いたのは、僕も兵団にいた頃に使っていた訓練場だった。
「おっ、やっと来たか」
ギール君の予想通り、そこにはガイダールさんが待っていた。ギール君がいたから直ぐに再会できたけど、ガイダールさんもこんな所で待たなくてもいいのに。
「ガイダールさん、どうしてここに……?」
広場の真ん中に立つガイダールさんへ歩み寄りながら、僕は不穏な予感が後を絶たなかった。訓練場で幾度となくガイダールさんに受けた、拷問とも言える訓練の数々が頭を過る。
「あぁ、ここの方が何かと都合がいいんでな。それじゃ早速だが、お前を追いかけてた魔物について、コニーが知ってる限りの情報を教えてくれ」
「えっ……? は、はい……」
何が始まるかと身構えていると、まさか情報共有を求められるとは思わなかった。あまりにガイダールさんらしからぬ行動に呆気に取られたけど、ひとまず聞かれた事は素直に答える事にした。
「……成程な」
見つけた魔物がギルドの調査対象の可能性が高い事から、僕が囮になって逃げ続けて気を失うまでを話すと、ガイダールさんは頷きながら何やら考え込む。
「……コニーの話を聞く限り、その魔物がギルドの調査対象で間違いなさそうだな。特異種はその稀少性から、同種や類似する個体がほとんど存在しない。それだけ該当する特徴があるんなら、そいつが探してた奴と見ていいだろう」
「そうですか……」
ガイダールさんのお墨付きをもらい、命懸けで逃げ回っていた事が報われた気がした。
「そうだったのか……。コニーを担いで逃げてる時、少しずつでかくなってる気がしたんだが、気のせいじゃなかったんだな……」
横で話を聞いていたギール君が、納得した顔で頷く。南門までの短い距離とはいえ、ギール君もあのウルフから僕を背負って逃げ切っているんだ。スキルでの消耗が激しかったとはいえ、無傷で逃げ切るあたりはギール君らしいと思った。
「聞きたい事は聞けたし、もう本題を話しちまうか。コニー……お前をDランクへ昇格するよう、俺からギルドに推薦しようと思う」
「……えっ? ……えええぇぇっ!?」
一瞬ガイダールさんの言葉を呑み込めず、少し遅れて驚きの声を上げる。
「い、いや、あの、どうして僕がそんな……!? いやいや、そもそも僕にそんな昇格なんて、早過ぎますって! まだ昇格に必要な条件を満たしてませんし……!」
「……コニー、ひとまず落ち着け」
「あ、えっ……は、はい……」
興奮気味に捲し立てる僕を、ガイダールは冷静に諌める。確かに考えてみれば、ガイダールが何の考えもなしに僕を昇格させたいなんて言うはずがない。
「お前が見た魔物だが……魔力測定の結果、危険度がBランク相当だったそうだ」
「そ、そんなにですか……!?」
僕も始めて感じたくらい強い魔力だったけど、そんなに強いとは思わなかった。
「俺も直に見たから、測定結果については異論はなかった。だがそれだと一つ、腑に落ちない事がある。コニー、お前があの魔物からどうやって生き残ったかだ」
「えっ……僕がですか?」
突然僕の事が話題に挙がり、意味が分からず首を傾げる。
「Bランクの魔物ってのはな、Dランクが束になっても敵わないし、Cランク冒険者でも単騎じゃ相手にならないもんだ。Eランク冒険者が単独で相対したとなれば、その時点でおそらく瞬殺なはずだ。だが事実、現Eランク冒険者であるコニーは生きている。例え偶然だったとしても、明らかに現在の評価とかけ離れている……」
ガイダールさんは話を続けながら、腰に手を掛け剣を抜く。
「そこでお前に、あの魔物から逃げられる実力があったのか……今ここで試させてもらう」
「……っ!?」
静かに剣を正面に構える動作に反して、構えられた瞬間にガイダールから荒々しい気迫が感じられた。あまりの圧力に、僕は緊張しながらも逃げの態勢を取る。
「……まずは一本」
「っ!!?」
僕がガイダールさんの動向を読もうとしていると、すでにガイダールさんの切っ先が僕の喉元を完璧に捉えていた。冷たいはずの剣が触れている喉が、妙に熱く熱を帯びている。全く目で追えない速度で迫り、正確に急所を狙って寸止めするなんて、改めてガイダールさんの化け物じみた実力を間近で体感した。
「予備動作なしじゃ、動く事もままならねぇか……」
「……はぁっ!」
僕が敗北を自覚したのを見て、ガイダールさんは剣を引っ込めて背を向ける。剣先をあてがわれただけで身体の自由を奪われていた僕は、ここでようやく汗を吹き出しながら膝から崩れる様に倒れる。
「まぁ、相手は魔物だったんだ。次からはもう少し分かり易くいくからよ」
「ち、ちょっとガイダールさん、待っ……ぐっ!?」
一度落ち着いて話し合おうとしたけど、僕が話し終えるより先にガイダールさんの刃が腹部に潜り込む。切らない様に刃を向けてなかったけど、今回は踏み込みの勢い余ったのか、軽く剣身が触れて悶絶させられる。撫でる程度しか触れてないはずなのに、意識が飛びそうなくらいの威力だ。
「……何だ、これでも駄目なのか?」
「ごほっ、げほっ……!」
何が思う様にいかないのか、ガイダールさんはしきりに悩ましい表情を浮かべるけど、今の僕はそれどころじゃなかった。ほとんど寸止めだったとはいえ、ガイダールさんの一撃を不意打ち気味に食らってしまい、息をするのも苦しい。それに折角グルタさんに直してもらったばかりなのに、本人がいる目の前でまた怪我をしてしまって、申し訳なくてグルタさんの方を見れない。
「そうだな……なら、仕方ねぇか」
何やら不穏な言葉を呟きながら、ガイダールさんが何処かへ向かって歩いていく。
「折角だ、ちょっと協力してもらおうか」
「な、何ですか?」
ガイダールさんが目の前へ迫り、グルタさんは理由が分からず困惑する。
「もしコニーが次の一撃を躱せなかったら、今夜俺に付き合ってもらうぞ」
「な、何を言ってるんですか!?」
さらにガイダールさんから謎の駆け引きを持ち掛けられ、グルタさんは混乱のあまり叫ぶ。
「が、ガイダールさん!? グルタさんは関係な……!」
「コニー! そういう事だから、次はもっと気合入れろよ!」
またしても僕が言い終える前に、ガイダールさんは剣を構えて突っ込んで来る。攻撃が来ると判断した瞬間、反射的に逃げの態勢を取る僕に対して、ガイダールさんはすでに目と鼻の先まで距離を詰めていた。
「くっ!」
下から振り抜かれる剣筋を見て、僕は咄嗟に背後へ飛び退いた。流れる様に空を切るガイダールさんの剣を、紙一重の間合いで見つめる。
「ガイダールさん! もういい加減……」
「見せてもらったぞ、コニー!」
「えっ……?」
これ以上は良くないと思い、声を上げて意地でも止めようとしたら、ガイダールさんの喜びの声にかき消される。
「どうした、たった一撃躱しただけじゃ不満か?」
「……あっ!?」
ガイダールさんから奇妙な質問を受けて、僕はようやくガイダールさんの攻撃を避けた事実を理解する。
「あれ、でもどうして……?」
しかし避けられた喜び以上に、どうして避けられたのかが分からなかった。確かに直前の攻防だけは、ガイダールさんの動きが見えていたし、どう回避するかが即座に判断できて避けれた。でもどうしてそれより前は攻撃の瞬間すら見えず、最後の時だけあんなにはっきりと見えていたんだろう。
「話を聞いた限りじゃ、推測の域を出なかったが……これは間違いない。ようやく分かったぞ、お前のギフトの実態が……!」
「ぼ、僕のギフト……!?」
ここで予想だにしない話が飛び出してきて、僕は動揺を隠せなかった。今まで発現しなかった僕のギフトの事を、ガイダールさんは何か掴んだというのか。
「俺もコニーの訓練を見ていたから分かるが、お前がBランク並の魔物を相手にできるとは思えなかった。もしその可能性があるとしたら、コニーが今まで発現する事のなかったギフトだが……まさか土壇場で使える様になってるとはな」
「えっ……僕、ギフトを使えてたんですか!?」
「何だ、気付いてなかったのか?」
僕がギフトを使っていた事に驚いていると、ガイダールさんは意外そうな表情を見せる。
「まさか無自覚の内にスキルを使っているのか……本当にお前は、何から何まで意外性の塊だな」
「え、えっと……あの、どうしてギフトが使えたんですか?」
「全く……本当に分かってねぇんだな」
まるで理解できていない僕の様子に、ガイダールさんも流石に呆れて顔に手を当てる。
「スキルには様々な使用条件が存在するが、中には剣術スキルや槍術スキルの様な、特定の道具が必要となるスキルがある。だが剣術スキルの場合、剣にも長剣から短剣や大剣、刀に両刃剣、さらに広義だと包丁なんかも剣と捉えられる。それなら剣術スキルが発動するのに、必要な条件とは何か。それは持ち主の認識次第だ。持つ物が剣だと本人が認識さえしていれば、錆び付いた剣だろうがただの棒切れだろうが、剣術スキルは発動する」
「は、はぁ……」
突然ガイダールさんのスキル解説が始まり、僕は呆気に取られつつも耳を傾ける。僕のギフトについての話だろうけど、スキルの発言とどんな関係あるんだろう。
「コニーのギフト……脱兎の能力は確か、『敵から逃げる時に能力が上がる』スキルだったな。もし今まで、コニーがスキルを発現できなかった理由があるとしたら、コニーの認識に『敵から逃げる』という意識がなかったからだ。おそらくコニーは『逃げる』事だけに意識が向きすぎて、『敵』を認識できてなかったんじゃないか?」
ガイダールさんに問われて、僕はギフトを授かってから今まで、逃げていた時の事を思い返す。僕はギフトの事を知ってからは、逃げる時にいつも自分の事ばかり考えてた。どうすればギフトが使えるか、生き延びるにはどうしたらいいか、初めの頃はそればかりで頭がいっぱいだった。兵団で鍛えて学び、任務でパーティを組んで認められて、自分で成長を感じられてからも、逃げる相手の事は全く意識してなかった。
「……そっか、そうだったんだ……」
僕は今まで、自分自身から逃げていたのかもしれない。本当は向き合わないといけない自分に背を向けていたから、見るべき相手すら見えていなかったんだ。でもあの時は、他人の命が懸かっていたあの時だけは、自分を投げ売ってでも助けると決意した。そして我を忘れていたあの瞬間、初めて逃げる相手をちゃんと見ていたんだと思う。
「これは私の想像ですが……コニーさんが今まで逃げる相手の事を『敵』だと意識しなかったのではなく、できなかったのではないでしょうか? コニーさんは優しい人ですから、例え相手が自分の命を奪おうとしていても、敵意を向けられなかったのではないかと……私は思います」
遠くから話を聞いていたグルタさんが、こちら側へ向かって話しながら歩み寄る。
「そ、そんな事ないですよ。ただ僕は、今まで逃げる事に精一杯だっただけで……」
「だからこそ、ですよ。自分に襲い掛かる相手に対して、全く敵対心を抱かないのは並大抵の精神じゃできません。それこそ余程慈悲深い人か、聖人の様な心持ちの人くらいです」
僕へ向けて話しながら、何故かグルタさんはガイダールさんの横で足を止める。
「……ガイダールさん、私言いましたよね? コニーさんに無茶をさせないで下さいと……」
「……っ!!?」
グルタさんがおもむろにガイダールさんの手を取ると、ガイダールさんは一瞬だけ驚いた表情を見せてから、目にも止まらぬ速さでその場から消えた。
「えっ!?」
何が起きたのか分からず辺りを見回すと、ガイダールさんはさっきまでの僕との距離よりも、明らかに離れた位置までグルタさんから距離を置いていた。
「コニーさんは気にしてない様子ですが、私は許しませんからね」
グルタさんがガイダールさんに向ける表情と視線が、怖いくらいに冷たい。僕のために叱ってくれたんだけど、見ているこっちも恐怖を覚えてしまいそうだ。
「……こいつは驚いた」
それにしてもガイダールさんが冷や汗を流す姿なんて、今まで見た事がない。少し前にも似た様な状況を見た気がするけど、グルタさんは一体何をしたのだろう。
「魔力譲渡の一種か……しかも、随分と強力だな。あの触れた一瞬で、俺の魔力許容量を軽く飛び越えそうだったぞ」
「いえ、寧ろ一瞬で違和感に気付いて振り払われるとは思いませんでした。見た所、魔術の扱いに長ける方ではないはずですが……」
二人の間でしか伝わらない会話に、僕は意味が分からず二人の顔を交互に見る。でも何となく、お互いに凄い事をしていたのだけは伝わった。
「あ、あの……一体何をしたんですか?」
気になって我慢できなくなった僕は、おずおずとグルタさんの元へ駆け寄る。
「今のですか? ただの回復ですよ」
「えっ……!?」
グルタさんの答えを聞いて、僕はますます頭がこんがらがる。治療に使われるはずの回復を掛けられて、どうしてガイダールさんがあんなにも警戒するんだろう。
「とは言っても、目的は治療じゃありません。元々回復の能力は、魔力を与えて身体の回復力を上げるスキルです。私はこの『魔力を与える』という特徴を活かして、回復を利用して魔力暴走を起こさせようとしたんです」
「ま、魔力暴走を……!?」
魔力暴走は文字通り、過剰な魔力を受けた事で身体や精神が暴走する状態異常だ。多量の魔力に身体が耐え切れず脱力状態になり、さらに状態が進行すると意識を失って身体が暴走して、最終的には身体の一部に異常が起きてしまう、絶対になりたくない状態異常の一つとされている。
「そ、そんな事をグルタさんが……!?」
僕はグルタさんが魔力暴走を起こせる事以上に、グルタさんが魔力暴走を起こそうとした事自体に驚いた。教会に勤めるグルタさんが、そんな恐ろしい状態異常を起こそうとしたなんて。
「えぇ……ですが、元が回復魔術として使用する魔力ですので、純粋な魔力を与えるほどの効果はないですから、せいぜい脱力感で動けなくなる程度の効力しかありません。そもそも回復で魔力暴走を起こそうとしたら、常人の魔力量では暴走させる前に、術者の方が先に魔力欠乏で倒れてしまうでしょう。それに魔力暴走を起こせるのは、魔力抵抗が少ない人間相手が限界で、魔力抵抗の高い魔物等への対抗手段にはなりません」
「そ、そうですか……」
グルタさんの解説を聞いて、不用意に人を傷つける事はないと知って安心した。それにしても、魔力暴走を起こせるくらいの魔力量を持つなんて、グルタさんの癒羽が持つ魔力は本当に規格外だ。
「全く……俺はただコニーの実力を試すだけのつもりだったのに、とんでもない掘り出し物を見つけちまった気分だ」
やれやれといった様子で、ガイダールさんが笑いながら僕達に向かって歩いて来る。
「だがこれで、コニーを昇格させるのに十分な能力があると、ギルドにもちゃんと筋を通せそうだ。本当ならBランクまで引き上げてやりたい所だが、フロンのギルドじゃそこまでの権限がないんでな」
「で、でも……まだ僕は冒険者になってから、まだ日が浅いのに……」
本来Dランクへの昇格には、ギルドでの勤続日数が一年以上は必要だし、他にも満たしてない昇格条件があるはずだ。まだ冒険者になってから半年に満たない僕じゃ、Dランクになるには経験も実力もまるで足りている気がしない。
「何を言ってんだ。Bランク並の魔物から逃げられて、元Bランク冒険者の剣撃を避けられる実力者が、Eランクのままな方がおかしいだろ。これだけの判断材料があれば、ギルドの特殊昇格規定の条件は十分満たしているはずだ。元Bランク冒険者の俺から見ても、お前には昇格に十分な実力と素質があると思ってるんだ」
「で、ですから僕にはまだ……」
「だが、コニーの言い分も半分は理解できる。確かにお前には実力も素質もあるが、まだ経験も実績もてんで足りてない。だがDランクになれば、外界の行動範囲が広がって一人で他の街へ行ける。この先もっと経験と実績を積んで上を目指したいなら、Dランクになるのは今後のためになる。それにCランク以上を目指すのなら、もっと大きな街や都市へ行かなきゃならない。俺の剣が認めた実力があるお前なら、今後さらに上のランクへ昇格するのだって夢じゃないんだ」
「が、ガイダールさん……」
ガイダールさんから奮い立たされて、僕の中にある冒険心にも似た思いが膨れ上がる。
「今の自分がランクに相応しくないと思うなら、これから経験と実績を積めばいい。だからコニー……もしお前にその気があるなら、Dランクになって外で自信をつけて来い。今のお前になら、それができる!」
「……はいっ!」
ガイダールさんの後押しで、僕はDランクへの昇格を受け入れる覚悟を決めた。不安がなくなった訳じゃないけど、僕に期待してくれるガイダールさんの想いに応えたい。
「……あぁ~~っ!」
「な、何だ!?」
「ど、どうしました!?」
僕が突然ある事を思い出して声を上げて、ガイダールさんとグルタさんを驚かせてしまう。
「ガイダールさん、僕の昇格っていつ頃になります!?」
「あ、あぁ……Dランク以上の昇格は本部への通達が必須だから、大体十日くらいはかかるはずだ……」
「それなら、それまで僕はEランク扱いになりますよね!?」
「あぁ、そうなるな……」
僕が珍しく食いつく様に詰め寄ったせいか、ガイダールさんは困惑しながら答える。
「十日……グルタさん!」
「は、はいっ!?」
不意に振り返った僕に、グルタさんは肩を跳ねさせる。申し訳ないと思いながらも、今はそれより大事な事がある。
「今後の予定とかどうですか、いつなら空いてますか!?」
「えっ!? え、えっと……」
僕の質問の意図を理解できなかったのか、グルタさんは応えに迷って口籠る。
「僕が昇格する前に、ごろつき達を捕まえないと! Dランクになったからだと、僕もごろつき達から警戒対象にされてしまうかも……!」
「えっ……? あ、あぁ……」
続きを聞いて理解したグルタさんは、何故か残念そうな顔をしていた。
「予定は問題ありませんが、コニーさんはまだ万全じゃありません。ですから今は、一度ゆっくり身体を休めて、それからどうやって連中を捕らえるか考えましょう」
「そ、それもそうですね……」
グルタさんから丁寧に諭されて、うっかり慌てていた僕も落ち着きを取り戻す。
「そういえば、ギフトもまだちゃんと使えてないんでした。ごろつき達を捕まえに行く前に、ギフトの特訓もしないと……」
「で、ですから、そういう事は治療を終えてから……」
僕が張り切ろうとするのを、グルタさんが宥める様に制止する。そこまで心配してくれるのは嬉しいけど、時間が限られている状況ではあまり悠長にしてられない。
「多少なら大丈夫だろう。そもそもコニーに足りないのは、逃げる相手を『敵』と認識する事だ。治療中は相手を『敵』として意識する事を覚えて、治ったら実際にスキルがうまく発現するか試せばいい」
そんな僕達のやり取りを見て、ガイダールさんが良い塩梅の提案を出す。
「な、成程……」
「そうですね……それでしたら、治療の負担にはならなさそうですね」
グルタさんが納得できるだけの提案を瞬時に出されて、僕達も素直に頷いた。
「スキルの特訓に集中できる様になったら、またここに来るといい。俺も剣術スキルを持ってるから、少しは教えられる事もあるだろう」
「……はい、有難うございます!」
またガイダールさんから直々に特訓に付き合ってもらえると思うと、つい気分が高揚してしまう。でもこれなら、昇格までの間にギフトを使いこなせる様になれそうだ。
「それとこれは余計な話かもしれんが、お前の昇格は決まった訳じゃないぞ?」
「……へっ?」
「俺は昇格が通ると思ってるが、判断するのはあくまでギルドだからな。それと昇格の推薦はまだ出してないから、推薦の提出を遅らせる事もできるぞ」
「あっ……!」
盛大な勘違いをしていた事に気付かされ、直前まで気合を入れていた自分が恥ずかしくなる。それなら急いでギフトの習得に励まなくても、ちゃんと段階を踏んでいけばいいじゃないか。
「……まぁ、今回はコニーのやる気に免じて、今日中に昇格の推薦をしておこう。期間が短い方が、ギフトの習得にもより身が入るだろ」
「えっ!? あっ、その……」
僕もついさっきまでやる気だっただけに、ガイダールさんの推薦を止める言葉が見つからなかった。でもいずれはギフトを使える様になるつもりだったのだから、それが少し早くなるだけと思えば悪くはないのかもしれない。
「はぁー……これでコニーも、晴れて銀証持ちかぁ……」
ずっと横で話を聞いていたギール君が、くたびれた様子でため息をつく。まだ昇格が決まった訳じゃないのに、ギール君は気が早い。
「ちょっと前まで先を行っているつもりが、すっかり追い越されちまったな……」
ギール君は僕が昇格するのを喜びながらも、何処か達観した様な視線でこちらを眺めて笑う。
「そういやギールも、特殊昇格で兵団員になったんだったな。銀証になったのはギールが先だったが、ギルド経歴だとコニーの方が早いな」
ギール君の発言の意味がよく分からなかったけど、ガイダールさんの説明で納得した。ギール君がギルドに登録したのが僕より三月ほど早かったはずだから、昇格の話が順調に進んで僕のギルド証が銀証になったら、つい最近銀証に変わったギール君よりも短い期間で銀証になった事になるんだ。
「ギフトなしで俺に追いすがるだけあるな。……だけどな、俺だってこのまま負けたままじゃいられねーからな!」
「ぼ、僕は勝負してたつもりないけど……」
悔しそうに拳を振るうギール君だけど、それだけ僕の成長を認めてくれているんだと思う。今までギール君は、僕にとって常に先にいる存在だと思ってたのに、こんなにも近くに感じられるのが凄く嬉しい。
「……こうなったら、お前のギフトに勝てるって事を証明してやる。さぁ、今度こそギフトを使って俺から逃げてみろ!」
何故か話が飛躍したギール君は、背負っていた槍を構えると、勢いに任せて突っ込んで来る。
「わっ! ちょ、ちょっとギール君!? 僕はまだギフトの使い方が……っ!」
「そらっ! 俺も日々訓練を重ねて実力をつけてんだ! コニーがギフトを使える様になったからって、俺もまだまだ負けてねぇぞ!」
「うわっ!」
我を忘れた様に襲い掛かるギール君に話が通じず、僕はギール君の猛攻を紙一重で躱すしかなかった。
「そういやギールも最近、同期達が訓練相手じゃ物足りなかったからな。丁度いいから、コニーの特訓に付き合ってもらうか」
「何を呑気な事を言ってるんですか!?」
遠くから僕達の様子を笑いながら静観するガイダールさんを、グルタさんが横から怒鳴っているのが微かに聞こえる。
「ギールさん、やめなさい! それ以上はコニーさんの身体に障ります!」
ギール君の暴走を止めようと、グルタさんが見た事のない形相でこちらへ向かって走って来る。しかし逃げ回る僕も、それを追いかけるギール君も速過ぎて、グルタさんの足じゃ追いつける気がしない。
「これくらいじゃ足りねぇか!? それならこっちも、本気で相手してやるよ……雷装!」
「そ、それはまずいって!」
ギフトを使わない僕に痺れを切らしたギール君が魔術を使い始め、ギール君の追撃はさらに激しさを増した。その後、訓練場が取り返しのつかない荒れ具合になる前に、ガイダールさんがギール君を止めにかかるまで逃げ回る羽目になった。
〇おまけ「人物ファイル:ギール」
種族:人間
職業:兵団遊撃部隊小隊長
出身:辺境の街フロン(国属なし)
雷のギフト『帯電』を持つ、戦いの才能にあふれた少年。小さい頃より腕白な性格で、自身がギフトを授かった時から、直ぐに兵団か冒険者になる事を決めていた。どちらが自分に合っているかを考えて、兵団の方がより戦闘の機会があると判断し、兵団へ入る事に。
ギフトの『帯電』は雷系魔術に属するスキルだが、自身には魔術の才能があまりないと知っても、ギフトを物にしようと魔術の習得に没頭して、短期間で魔術の扱いを覚えるほど努力する一面もある。今では元々鍛えられていた体術と合わせて、自身を強化する魔術で戦う戦術を編み出している。




