第三十九走「本当に救うために、立ち上がります」
◯前回までのあらすじ
ギルドの調査対象である魔獣らしき謎のウルフと遭遇した、魔獣調査パーティ第四班のコニーとガットツ。その特異な能力を前に、高い防御力を誇るガットツですら耐え切れず倒れてしまう。一人残されたコニーは、瀕死のガットツの身代わりになって、ウルフを挑発して逃げる選択をする。傷つきながらもウルフの猛攻から逃げ回るコニーだったが、気力も体力も限界に達して気を失ってしまう。次にコニーが目覚めると、そこには見習い修道女のグルタの姿があった。
「コニーさん、大丈夫ですか……?」
「は、はい……」
心配そうに語りかけるグルタさんに、僕はとりあえず安心してもらおうと答える。
「あの……ここは……?」
次に見慣れない景色が目に入り、気になって辺りを見回す。
「ここは教会の奥にある療養室です。重症者が出た際に開放する部屋なので、コニーさんが知らないのも無理ありませんね」
「そうなんですか……」
始めて聞いた場所だと思いながら周りをよく見ると、綺麗に折り畳まれた布の束や、見た事のない薬品らしき液体が積まれた瓶の入った棚と、療養室らしい物がいくつも散見される。
「……って、うわぁっ!?」
ここで自分が寝台に横たわっていて、さらにグルタさんの膝に頭を乗せている事に気が付き、驚いて反射的に身体を起こす。
「どうしました……?」
「えっ、あっ……いや、何でもないです……」
膝枕をされていた事に驚いて飛び起きたとは言えずにいる僕を見て、グルタさんは不思議そうに下から顔を覗き込む。
「それならほら、またこちらに寝転がって下さい」
「えっ!? い、いや……それはっ……!?」
グルタさんが膝を叩くのを見て、僕は素直に従うのを躊躇った。でも恥ずかしいからと正直に言う事ができず、どう断ればいいのかと頭を悩ませる。
「駄目ですよ。コニーさんは重傷でここに運ばれて、つい先ほどまで気を失ってたんですから。今は大人しく横になって、しっかり身体を休めて下さい」
「え、えっと、その……はい……」
真剣な表情で真っ直ぐこちらを見つめるグルタさんに、恥ずかしいという理由で断る訳にもいかず、そのまま押し切られる形でグルタさんの膝に頭を預ける。
「……グルタさん、もういいか?」
「あっ……はい、どうぞ」
扉の奥から声を掛けられて、グルタさんが入室の許可を出す。何だろうと扉の方へ振り向くと、こちらの様子を気にしながらおもむろに扉を開ける人影がいた。
「大丈夫か?」
「ギール君!?」
扉の先から現れたのは、壁に肩を預けたギール君だった。
「彼が瀕死の重傷だったあなたを連れて来たんです」
「そうだったん……ですか……」
グルタさんの説明を受けて改めてギール君の様子を見ると、ギール君は脇の棚に手を掛けてふらついている様に見える。ギール君が訓練の時、雷魔術を使った身体強化に失敗した時と似た様な状態だ。おそらく急いで僕を運ぼうとして、無茶な身体強化をしたんだ。
「……有難うね、ギール君」
「別にいいって。それより、お前の方が大丈夫かよ?」
「今はギール君の方が大変そうだよ」
「さっきまで意識すらなかった奴が、よく言うぜ……」
お互いに相手の身を気遣いながら、一緒に力なく笑い合った。さっきまで瀕死で倒れていた僕と比べたら、ギール君の後遺症なんて大した事ないのかもしれないけど、自分の身を顧みずに僕を助けてくれたギール君には、これ以上ないくらいの感謝でいっぱいだった。
「……それでグルタさん、コニーの様子はどうなんだ?」
「はい……意識もはっきりしていますし、会話もできていますから、後はゆっくり傷を癒して身体を休めれば、直ぐにでも元気になりますよ」
「そっか……」
さらに改めてグルタさんから僕の容体を聞いて、ギール君は心の底から安心した様子でほっと息をつく。
「……あの、グルタさん、ギール君。僕が起きるまでの間、何があったか教えてくれないですか?」
「あー……そうだな。それじゃ、お前を追ってた魔物の事から話そうか」
すっかり安心して気持ちが落ち着いたからか、気を失っている間の事が気になったので話を聞くと、まずギール君の方から話が始まった。
「俺がコニーを見つけたのは……って、その前にコニーをどうやって見つけたかの方が先か。コニーがいた場所が分かったのは、お前に渡しておいた『雷光球』のおかげだ。あれは俺の魔力で作った特殊な閃光弾で、発光と同時に周囲の生物に俺の雷を帯電させるんだ。始めの雷光球の閃光を見た時にその場所へ向かって、細かい位置は帯電してる雷の後を追って見つけたんだ」
「そうだったんだ……」
結構無茶苦茶な方向に逃げていたのに、ギール君が僕を見つける事ができたのは、そういうカラクリがあったからなんだ。それにしても、僕と別れる直前に雷光球を渡してくれるなんて、まるでこうなる事が分かっていたみたいだ。
「それにしても、コニーがわざわざ得体のしれない魔物のいる場所に向かうっぽいから、念のためと思って渡した雷光球が早速役に立つとは……。コニーが冒険者を始めて直ぐ、魔物の群れに襲われて逃げ帰った話を聞いてなかったら、そこまで気を回さなかったんだが……これも怪我の功名か?」
「い、今はそんな事あんまりないけどね……」
ギール君から恥ずかしい話を持ち出されて、何とも言えない気持ちになる。もしかしたら僕も知らないだけで、僕の中に魔物を引き寄せる何かがあるのかもしれないと思えてきた。
「……んで、どうにかコニーが魔物に止めを刺される直前で間に合った訳だが、それでも俺が来た時にはすでにコニーの意識はなかった。流石の俺も、コニーを抱えたまま巨大な魔物を相手にするのは厳しかったし、俺でも分かるくらいコニーがかなり危ない状態だったんで、ひとまず街の方へ逃げる事にしたんだ。ただ逃げるにしても、狂暴な魔物をそのまま街中まで引き連れる訳にはいかなかったから、戦力が十分残ってる南門の方へ向かったんだ」
「南の方って……あっ!」
ギール君が向かった先を聞いて、僕はその時のギール君が考えていた事を即座に察した。
「そこって、ガイダールさんが待機してる……!」
「何だ、知ってたのか。コニーが察した通り、とりあえず訓練長がいれば何とかしてくれるだろうと思ってな。それで魔物の事は訓練長に任せてから、南門で待機してた支援部隊に応急処置をしてもらって、そのまま南門を通ってここまで来たんだ」
ここに運ばれるまでの顛末を聞いて、僕は一安心して大きく息をつく。あのウルフをどうするか、逃げながらずっと迷っていたけど、ガイダールさんが相手をしてくれるなら、これ以上頼もしい事はない。
「そ、それで、ガイダールさんは……?」
それでもガイダールさんの事が心配になって、駄目元でギール君に聞いてみる。話を聞いた感じ、ギール君も直ぐにその場を離れただろうから、ウルフとガイダールさんがどうなっているかはそこまで分からなさそうだけど。
「あぁ、訓練長ならコニーの応急処置をしてる間に魔物を刻んでたよ。俺がコニーを抱えて門をくぐる頃には、ほとんど決着がついてたな」
「え……えぇ……?」
あまりにあっけない回答が返って来て、僕は思わず困惑の声を漏らしてしまう。身体能力も感じられる魔力も、フロンに生息するどの魔物とも比べ物にならないほどの脅威だったはずなのに、そんなウルフを応急処置をしている間に倒してしまうなんて、ガイダールさんのあまりの強さに呆れてしまいそうだ。
「……まぁ、訓練長の事は気にしなくていいだろ」
ギール君もガイダールさんの強さを僕以上に知っているからか、それ以上話す事はないと言った様子で話を戻す。
「一応、南門にいる支援部隊もある程度治療の心得があるし、基地に戻ればそれなりの治療も可能だったんだが、コニーの負傷があまりにも酷くてな。兵団の治療だけだと対処しきれないって判断で、回復職を多く抱える教会に治療を頼む事になったんだ」
「そうだったんだ……」
様々な奉仕活動をする教会は、神官等の聖職者は勿論、グルタさんみたいな回復能力に優れた人も多くいる。怪我人も含めて、何か困った事があれば頼りにされるくらい、教会は奉仕精神が高い。そのため治療に関しては、ギルドや兵団を超える知識、技術、人材が揃っているから、緊急時は僕みたいに頼りにされる事が多い。
「はい。それで運ばれて来たコニーさんを見て、かなり危険な状態だと判断しましたので、こちらの療養室まで移動させました」
その時の状態がいかに深刻だったか、グルタさんが語る表情から嫌でも伝わる。僕が起きた時も涙を浮かべてたし、相当心配させてしまったみたいだ。
「……それで、グルタさんが治療してくれたんですね。有難うございます……」
「はい……」
「……グルタさん?」
僕がお礼を言うと、グルタさんは何故か浮かない表情をしていた。そんなにその時の僕は、危険な状態だったのだろうか。
「……」
「……あぁ、そっか」
少しの間黙ったままのグルタさんが、ギール君へ視線を向けて何かを訴える。その様子に何かを察したギール君は、振り返って療養室を出ようとする。
「……じゃ、元気でな」
「……?」
それだけ言い残して、ギール君は療養室の扉を閉める。何が何やら分からず、僕は扉の奥に消えたギール君を目で追った。
「……コニーさん」
「は、はいっ!?」
ギール君がいなくなったのを確認して、グルタさんが改まって話しかける。今まで以上に真剣な表情で話しかけられた僕は緊張して、さらに二人きりでいる事に遅れて気が付いて余計に緊張してしまう。
「……コニーさん、本当に危なかったんですよ? もう一歩遅れていたら、一生残る傷ができていたか、最悪死んでいたかもしれなかったんですから!」
「は、はい……すいません……」
悲痛な表情で当時の僕の容態を話すグルタさんに、僕は謝る事しかできなかった。ずっと冷静に話してくれいたけど、さっきまではギール君がいた手前、あまり感情を表に出してなかっただけだったんだ。
「一体どんな事をしたらこんなにっ……! ……いけませんね、これ以上コニーさんを責めるのは。コニーさんはただ、冒険者としての仕事を全うしようとしたんですから……」
どんなお叱りも受け入れようと覚悟していると、グルタさんは途中で思い至って冷静になる。それでもグルタさんの表情は晴れず、寧ろ掃き出そうとした感情を抑えてしまって苦しそうに見える。
「……でも、今後はこの様な事はしないで下さいね。もしまたコニーさんが非道い目にあったらと思うと……」
グルタさんが何かを言いかけた所で、思い詰めた顔で口を噤んだ。
「……どうかしましたか?」
「い、いえ、何でもありません……」
何を言いかけたのか気になったけど、グルタさんはそれ以上言及されたくなさそうだった。
「えっと……話は分かりました。グルタさんがそんなに言うくらい、僕は酷い状態だったんですね。でもそんな怪我をしていた僕を、グルタさんは直してくれたんですよね?」
「……はい、そうです」
ただもう一度感謝を伝えるだけのつもりで話したのに、グルタさんは何やら神妙な面持ちだった。
「……コニーさんの怪我ですが、一つ一つの怪我は大した事はありませんでしたが、数が異常なほど多過ぎました。しかもコニーさんは意識がありませんでしたので、怪我に対する抵抗力がかなり低い状態でした。当時の状況としては、私の回復では治療が間に合わない非常事態です」
「えっ……? でも、グルタさんのお陰で助かったんじゃ……」
「はい……。なので、今回は私のギフトを使わせてもらいました」
グルタさんはそう言いながら、軽く背中を丸めて身体を前に倒す。するとグルタさんの背中から、立派な純白の翼が生えてきた。
「癒羽……癒しの力を持つ羽根を作り出すスキルです」
思いもよらない光景を目の当たりにして、僕は言葉を失ってしまう。グルタさんのギフトは初めて聞いたけど、その見た目はまるで神話に聞く神の使いみたいだ。
「……あの、グルタさん。もしかして、この羽根って……」
美しく輝くグルタさんの癒羽を見ると、その引き付けられる様な魅力を感じて目が離せなくなる。しかもただ目を離せないだけじゃなく、その翼からとても力強いものを感じる。
「分かりますか……? この癒羽は、その羽根一つ一つに膨大な魔力を蓄えているんです。たった一枚の羽根が、常人の魔力一人分に相当します」
「そ、そんなに!?」
魔力を感知せずとも肌で感じるほどの魔力だけど、まさかそこまで高い魔力を持っているとは思わなかった。それだけ強い魔力を持つ翼があるなら、グルタさんの回復魔術が協力なのも納得だ。
「私の回復にこの癒羽の魔力を直接乗せる事で、飛躍的な回復力を発揮する事ができます。但し癒羽の魔力はとても強力ですので、この方法での治療は命に関わるほどの重傷でなければ使う事はありません」
「そうなんですか……」
グルタさんの説明を聞いて、僕がどれだけ危険な状態だったのかを改めて理解する。グルタさんが癒羽での治療をしたって事は、僕が死にかけていたという事なんだから。
「……でも、どうしてその事を僕に話したんですか?」
グルタさんがわざわざギフトの話を持ち出した事が気になって、僕は直球でグルタさんに質問した。僕から聞いた訳でもないのに、自分からギフトの内容を打ち明けたから、話しておかないといけない理由があるはずだ。
「……」
僕の質問を受けたグルタさんは、辛そうな表情で口を閉ざす。そこまで打ち明けるのに悩むだなんて、それだけグルタさんにとって口に出すのが相当嫌な事情なのだろうか。
「……そうですね。その事を話す前に、まずは癒羽についてもう少し詳しく話しましょうか」
やっと口を開いたグルタさんの目はとても真っ直ぐで力強く、その覚悟の大きさが伝わってきた。
「癒羽は魔力が強すぎて、瀕死の患者にしか使わないと話しましたが、癒羽の危険性はそれだけに留まりません。そもそも羽根一枚で一人分の魔力を持つ癒羽の翼は、それだけで数百人から数千人分の魔力の塊です。私は回復魔術しか使えませんが、もしこの膨大な魔力を他の魔術に使えるとしたら、私一人で数百人もの魔術師軍団に匹敵します。さらにこれほどの魔力を全て使い、強力な攻撃魔術を使えたとしたら、都市一つを軽く滅ぼせる兵器と言えるでしょう」
「……っ!」
グルタさんの話を聞いて、僕はそのあまりの恐ろしさに声を出せなかった。
「当然、そんな爆弾の様な魔力を抱えた私の存在が知られれば、大国は勿論あらゆる都市で私を引き込もうとして、最悪の場合戦争にまで発展しかねません。そうした事情から、ギフトの危険性が明らかになってから直ぐに、私はギルドから極秘重要人物として扱われ、ギフトの詳細を公にする事を禁じられました。今でも私のギフトの存在を知っているのは、私の神成式に立ち会ったフロンの人達か、ギルドや教会で高い権限を持つ一握りの人間くらいです」
ギフトに関わる壮絶な過去を聞いて、僕がいかに小さな事で悩んでいたのかを痛感した。ただ使えないだけの僕のギフトに比べたら、持っているだけで危険人物にされるギフトを持つグルタさんは、僕なんかじゃ想像できないほど大変な毎日を送っていたはずだ。
「そ、それなら……どうして僕に教えたんですか!?」
あまりに壮絶な話を聞いた僕は、興奮のあまり声を荒げる。もし今の話が本当なら、部外者の僕に軽々しく話していいはずがない。
「それは……コニーさんに、これ以上危険な目に遭って欲しくないからです」
「ど、どういう事ですか……?」
グルタさんの言葉の意味を理解できず、僕はさらに混乱する。
「私を狙う連中の目的が、私の癒羽の可能性が高いからです。今までは事情が事情だけに、癒羽の事を伏せるしかありませんでしたが、コニーさんがここへ運ばれた時の姿を見て、癒羽の事を打ち明ける決心をしました。私の事情を知ってもらえば、私がいかに危険な存在か理解してもらえば、コニーさんも私と関わろうとしないと思いましたので……」
自分を腫れ物みたいな言い方をするグルタさんに、僕は何となく違和感を覚えた。自分と一緒にいると危険だから、自分に構わず離れてくれと主張しているけど、何故か本心を言っている様に見えなかった。
「今後もコニーさんが私の護衛を続けたら、いつか今日みたいに倒れる日が来るかもしれない……。もしそんな事になったら、私は二度とコニーさんに顔向けできません」
僕が倒れていた時の事を思い返したのか、グルタさんは苦しそうにしながら話を続ける。今日僕が倒れたのは僕の責任なのに、こんなにも辛そうにしているんだから、自分を守るために僕が倒れる様な事になれば、グルタさんは一生自分を許せないだろう。だから僕を突き離そうと、ギフトの話をしてくれたとも思えるけど、やっぱりそれだけじゃない気がする。
「……ですからコニーさん、もう私の事は気にしないで下さい。この先、癒羽の存在を知って狙う人達が現れるかもしれませんし、そうなったら私の護衛もさらに難しくなります。今はまだ守れたとしても、いずれ私を狙う人達が痺れを切らして、より過激な方法を取るかもしれません。私の事なら万が一の事があっても、教会やギルドから保護してもらう事もできますから、私の身を案じる必要もありません」
頑なに僕を突き離そうとするグルタさんの姿勢に、やはり何かが違うと感じてしまう。でも僕の身を案じているのは本心に見えて、何を隠しているのか分からなかった。
「コニーさんも冒険者なら、目指しているものがあるでしょう? それなら私の心配をするより、目標のために頑張るべきです。コニーさんが前に進む方が、私としても……」
「……っ!」
ようやく自分の中の違和感に気が付いた僕は、勢いよく上半身だけ身体を起こす。
「ひゃっ! こ、コニーさん!?」
突然飛び起きた僕に、グルタさんが珍しく悲鳴を上げて驚いた。
「……こ、コニーさん、まだ寝てないと……」
「グルタさんっ!」
グルタさんがまた寝かせようと僕の肩を掴もうとするのを、僕は振り返る勢いで跳ね除ける。
「な、何ですか……!?」
また僕に驚かされたグルタさんは、目を見開いてこちらを見る。
「僕、グルタさんの護衛は続けさせてもらいます!」
「えっ……えっ!?」
僕の宣言を聞いて、グルタさんは理解が追いつかず困惑の表情を浮かべる。
「あ、あの、私の話を聞いて……」
「グルタさん、僕に話してくれましたよね。いつか自由に色んな場所を見て周りたいって!」
「は、はい……」
グルタさんが話を遮ろうとするのに構わず、僕は勢いに任せて話を進める。
「グルタさんがギルドや教会の保護を受ける様になったら、その夢が叶わなくなっちゃいます! でも僕がグルタさんを守る事ができれば、僕と一緒ならどんな場所も自由に見て周れるんじゃないですか!?」
「えっ……!?」
グルタさんも全く想像していなかった話を持ち出されたからか、驚きのあまり感情が迷子になっている。
「僕には逃げる事しかできませんけど……逃げるだけなら僕にもできます。もしグルタさんが危ない人達に狙われても、僕と一緒なら何処まででも逃げてみせます。そしていずれは僕も立派な冒険者になって、グルタさんを何処へでも連れて行ける様になります。だからこれからも、グルタさんの事を守らせて下さい! だからギフトを重荷に感じないで……ギフトのせいで夢を諦めないで下さい!」
「……」
僕の精一杯の気持ちを込めた言葉を聞いたグルタさんは、しばらく茫然とした顔で放心していた。
「……グルタさん?」
「は、はいっ!?」
心配になって声を掛けると、グルタさんは肩を大きく跳ねさせて我に返る。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「えっ? えっと……」
続けて声を掛けてみるけど、グルタさんはまだ心ここにあらずで、受け答えがはっきりしない。
「……っ! ……だ、大丈夫です! 大丈夫ですからっ……!」
ようやく完全に意識を取り戻したグルタさんは、慌てて僕に背を向けて顔を何度も拭った。大丈夫だと言うグルタさんの声が震えて聞こえて心配になったけど、必死そうな背中を見て声を掛けられなかった。
「……本当にいいんですか? こんな私を守りたいだなんて……」
落ち着いたグルタさんが僕へ向き直ると、その顔が少し萎れて見えた。
「だって……グルタさんは僕がギフトを使えないと知っても、諦めないでと冒険者を続けるのを応援してくれるのに、グルタさんは自分の夢を諦めるなんて嫌なんです!」
「そうですか……。有難うございます、コニーさんそんな事を言ってもらえるなんて……」
僕の言葉で気が晴れたのか、グルタさんが今日初めて心の底から安堵した顔を見せる。
「……それで、ここまでの発言は全て、コニーさんからの愛の告白と解釈してもいいのでしょうか?」
「……えぇっ!!?」
突然グルタさんから受けた質問に、僕は冷静に今までの発言を振り返って、次第に身体の奥から熱を帯びていくのを感じる。
「い、いや! その、これはっ!? えっと、あの……っ!」
どう返したらいいものかと、僕はしどろもどろになりがら沸騰しそうな頭で考える。そうした意味で言った訳じゃないのに、聞き方次第ではそう聞こえてもおかしくない言葉だっただけに、どうにか訂正できないかと言葉を選ぼうとする。でも全て本心から出た言葉だけに否定しづらいし、どの言葉もグルタさんを思っての事だから、いくら考えても撤回できそうになかった。
「……ふふっ、冗談ですよ。あれが愛の告白じゃないって、私でも分かりますよ」
僕の慌てふためく様子を見ていたグルタさんが、笑いを堪え切れずに吹き出す。
「えっ……? あっ……は、はい……そ、そうですよね!?」
「勿論です。怪我人なのに、私の心配をした罰ですよ」
「そ、そんな……」
グルタさんの悪戯だと分かり、勘違いしてなくて良かったという安堵と共に、冗談も言えるくらいに心の余裕があるみたいで安心した。
「それじゃ、もう一度横になって下さい。まだしばらくは休んでおかないと……」
「えっ!? そ、その……えっと……」
またグルタさんが自分の膝を差し出して誘うのを見て、僕は再び反射的に抵抗しようとする。いくらそのつもりがなかったとはいえ、愛の告白だと勘違いさせてしまったと思うくらいの発言をした後で、その相手の膝を借りようだなんて恥ずかし過ぎる。
「おう、コニー! やっと起きたか!」
僕が躊躇っていると、大声を張り上げながら扉を開け放つ音が聞こえる。何事かと振り返ると、ガイダールさんが療養室へと入って来ていた。
「お前には色々と聞いておきたい事があってな。早速だが、今から兵団基地まで来てもらうぞ!」
「い、今からですか!?」
いきなり療養室に入るなり、ガイダールさんは詳細を説明せず僕について来る様に言う。
「待って下さい!」
僕を行かせまいと、グルタさんが後ろから僕の両肩を掴む。ガイダールさんが入る前に仕舞ったのか、いつの間にか背中の癒羽が消えていた。
「コニーさんは重傷の状態から回復して、先ほど目覚めたばかりです。せめて今日はゆっくり身体を休めて、明日からお願いできませんか?」
「そうなのか……。少しは俺が鍛えってやったんだが、そんなにやばかったのか……」
厳格な態度で断りを入れるグルタさんの言葉を、ガイダールさんは素直に聞き入れる。割と自分の意思を押し通すガイダールさんが折れるなんて、余程グルタさんの気迫に押されたのか、それとも僕を心配して配慮してくれたからだろうか。
「コニー、身体の方はどうだ?」
それでもまだ連れて行くのを諦めきれないのか、僕に容体を直接聞いてきた。
「えっと……グルタさんのおかげで、怪我の方は大丈夫そうです。まだ起きたばかりで、他の事はよく分からないですけど……」
「そっか……それなら大丈夫そうだな!」
僕から直接様子を聞いたガイダールさんは、結局僕を連れて行くつもりらしい。そんなに連れて行きたいなんて、何か急ぎの用件だろうか。
「あの、ですからまだコニーさんは……」
「グルタさん、僕なら平気ですよ」
「コニーさん……!?」
グルタさんがまた止めようとするのを、肩を押さえる手をゆっくり下ろして制止する。
「魔獣の事とか兵団の事とか、ガットツさんや他のパーティの皆の事とか……気になる事が色々とあるんです。それに何だか、今はじっとしていられない感じがして……」
「で、でもコニーさん、流石に今からは早過ぎます……」
悶々とした僕の気持ちを聞いても、グルタさんは変わらず行ってはいけないと訴える。でも僕のざわつく気持ちも分かるのか、ガイダールさんの時ほど強く止めに入ろうとしない。
「……もしグルタさんがよければ、一緒に来てくれませんか?」
「えっ……!?」
僕からの提案を聞いて、グルタさんは驚きと困惑の声を上げる。
「グルタさんがいてくれれば、何かあった時に助かりますし、僕も安心してガイダールさんについていけます。それとガイダールさんの事なんで、一人で行くのは正直怖かったりするので……」
最後の方はなるべくガイダールさんに聞こえない様に、グルタさんに近づいて小さな声で伝える。
「……はぁ、仕方ないですね。助けたばかりでまた倒れられたら、困りますしね」
やれやれとため息をつきながら、グルタさんは寝台から足を下ろして立ち上がる。
「くれぐれも、無茶はしないで下さいね?」
「は、はいっ……!」
口調は優しいグルタさんだったけど、その視線からは必ず従って下さいという威圧感があった。
「ガイダールさんもですよ」
「あぁ、分かってるよ」
ガイダールさんに対しては厳しい口調で言い聞かせるけど、ガイダールさんは怯む様子がなかった。
「話がまとまったんなら、早速行こうか。こっちも魔物の件で、色々と詰まってるんでな」
僕が付いて来るのが決まると、ガイダールさんは先に療養室を後にした。
「……すまないな、グルタさん。訓練長はいつもあんな感じだから……」
脇から僕達のやり取りを見ていたギール君が、申し訳なさそうに頭をかく。
「私は大丈夫ですよ。ガイダールさんとは、以前にもお会いした事がありますから」
「そっか……それなら良かった」
全く気にしない様子のグルタさんに、ギール君も安心して胸を撫で下ろす。
「それじゃ、行きましょうか」
グルタさんがこちらに振り返り、僕へ向けて手を差し伸べる。
「はいっ!」
僕はグルタさんの手を受け取り、寝起きで重苦しい身体で立ち上がった。
〇おまけ「人物ファイル:グルタ」
種族:人間
職業:見習い修道女(元Dランク冒険者)
出身:辺境の街フロン(国属なし)
回復魔術を得意とし、人並み外れた魔力を有する教会の見習い修道女。夢は様々な場所を自由に見て回る事で、見た事のない場所での真新しい体験に憧れている。
ギフトを授かり、自分に回復魔術の才能がある事を知ってから、冒険者になり外界へ出る様になる。しかし魔物との戦闘中は回復魔術以外で役に立てず、Dランクまでの昇格が精一杯だった。その後は足を引っ張るまいと、自ら正規パーティから外れるも、しばらくは諦めきれず臨時パーティの助っ人として度々外界に出る。
冒険者として外界に出る事を諦めてからは、回復魔術の才能を活かすため、教会で見習いになり修行を始める。しばらく教会での修行に身を費やすが、それでも外への夢を完全に諦めきれず、ギルド所属から教会への正式所属の件を先延ばしにしている。




