第三十七走「思わぬ事態に、素直に喜べませんでした」
○前回までのあらすじ
定期報告会を目前にギルドから受けた緊急招集。そこで報されたのは、任務の調査対象である魔獣に関する新たな情報だった。新たに得られた情報を基に、コニー達魔獣調査パーティ第四班は魔獣の痕跡の探索を開始した。
魔獣の爪痕探索が始まってから数日。対象区域の探索を半分ほどまで終わらせた僕達は、目ぼしい成果を得られないまま、今日の探索を終えて街まで帰って来た。
「皆さん、お疲れ様でした。調査方針を切り替えてから、未だにこれといった成果は上がりませんが、根気強く探索を続けましょう」
疲れているはずのヒリアさんから出た精一杯の励ましは、パーティの皆にそれほど効果はなさそうだった。
「それはいいけどさー、俺の配置は何とかならねーのか? ここ最近、ほとんど魔物の顔を拝めてねーんだぞ?」
特に個人的な不満を持っているレリダさんが、我慢の限界に達したのか文句を申し立てる。レリダさんは探索用に組まれた陣形の配置が一番接敵しにくい位置なので、ここ数日ずっと魔物と遭遇できていない。魔物と遭遇する機会が多いのは僕とガットツさんだけど、それもレリダさんが僕達から一番遠い位置にいるから、レリダさんが応援に来る頃には戦いが終わっている事が多く、レリダさんが活躍する機会がない。ここまで戦う機会がないと、戦いが生きがいになっているレリダさんにとって、探索がつまらないと思うのは仕方ない事なのかもしれない。
「配置に関しては、私も各々の能力を考慮して最適な配置にしています。特に接敵する機会が多い位置にレリダさんを置かないのは、今回の探索において重要なのが戦闘力よりも探索効率にあるからです。そのため索敵能力の高いコニー君を順路の外側に配置して、なるべく接敵する回数を減らしています。そして戦闘力のないコニー君の弱点を、防衛能力の高いガットツさんが補填する形にしています。それとガットツさんは重量装備で機動力がないので、戦闘が起きやすい位置にあらかじめ置いておきたいのもあります」
ちょっとした愚痴みたいなレリダさんの呟きに対して、ヒリアさんはこれでもかというくらいの理論武装で返していく。
「いや、別にそこまで気にしてねーけどさ……俺にも少しくらい戦らせてくれよ」
レリダさんもそこまで言われると思わなかったのか、若干引き気味になりながら気持ち程度に抵抗の言葉を口にする。レリダさんが初めてパーティになった頃は、あまりの傍若無人っぷりに困った事になったりもしたけど、今はヒリアさんの言う事は素直に聞いている。一月以上ヒリアさんと二人で組んでいた時、余程ヒリアさんに絞られたのかもしれない。
「……あの、それなら一度僕達と配置を入れ替えませんか?」
「コニー君……?」
まさか僕から提案が出てくると思わなかったのか、ヒリアさんが驚きと困惑の表情でこちらに振り返る。
「ヒリアさんの話だと、探索を早く進めるのが大事なんですよね? それならレリダさんとガウンさんの組だったら、戦えない僕がいるこっちの組よりも戦力は二倍ですよね。戦力が二倍になれば戦闘もその分楽でしょうし、戦えない僕がいるより安全だと思います」
「……成程、一理ありますね。戦力が上がれば応援が必要な機会も減りますから、その分探索に回せる時間も増える。それに私とコニー君はお互いの位置を探知できますから、レリダ君達が戦闘で長く足を止めていても、私達がレリダ君の動向を感知して同じく足を止めて、それを感知したコニー君達も合わせて足を止められるから、魔石での連絡なしで問題ない……」
僕がヒリアさんの話を聞いて何とか絞り出した提案の理由を、ヒリアさんはさらに高度な内容で解釈していた。そこまで考えて言ってなかったのに、本当にヒリアさんの思考はどこまでも先を見据えている。
「……試してみる価値はありそうですね。それなら明日は、一度配置を入れ替えて探索をしてみましょう」
僕から始まった配置入れ替えの話は、思ったよりもすんなり受け入れられて早速取り入れる事になった。その後は特に話す事もなくなり、そのまま解散の流れとなった。
「……ありがとな、おかげで明日から退屈しなくて済みそうだぜ」
「は、はい!」
帰り際、すれ違いざまにレリダさんから小声でお礼を言われて、僕は驚きと嬉しさに声を上げる。今まで自分勝手な言動ばかりが目について、少し怖い印象のあったレリダさんだったけど、思ってたより良い人なのかもしれない。
◇◇◇◇◇◇
翌日、再び魔獣の痕跡探索へと出る僕達は、いつも通り南門の前に集まっていた。
「今日は昨日話した通り、陣形の配置を変更して探索を行います。今後この配置で継続するかは、今日の進捗次第で判断するつもりです」
「はいはい、分かってるよ」
ヒリアさんがくれぐれも勝手な行動はしない様にと、レリダさんに執拗なくらい釘を刺す。レリダさんも面倒そうな反応はしつつも、これ以上戦う機会がなくなるのは嫌だからか、普段よりも聞き分けがいい。
「……では、出発しましょうか」
レリダさんの様子を見て問題ないと確認してから、ヒリアさんを先頭に南門をくぐって行く。
「これは一体……?」
しかし探索に乗り出そうとした所で、僕達は目の前の光景に足を止めた。
「こいつら……兵団の連中じゃねぇか!?」
「こんなに外界の前線に配置するなんて、何かあったのかな?」
「この配備、防衛部隊の編成。この様な事態は何とも不穏」
「何だ何だ、戦争でもやんのか!?」
兵団の人達が往来する現場を見て、各々が思い思いの感想を口にする中、レリダさんの少し不謹慎というか物騒な発言が異色を放つ。
「……あっ!」
見慣れない光景に辺りを見回していると、ふと見覚えのある人影が目に入った。
「ギール君!」
「おっ、コニーじゃん!」
僕がギール君の下へ駆け寄ると、こちらに気づいたギール君も手を挙げる。
「ギール君、この集まりって一体……?」
「あぁ、これか? この前、俺達が仕掛けた魔力探知機あったろ。何でもあれが魔力を探知したとかで、こうして防衛線を張ってるんだと。……つっても、今まで探知した事がない魔力を探知しただけで、どんな魔物がいたかはまだ分からないらしいけど」
「そ、そうだったんだ……」
一瞬、魔獣が見つかったのかと驚きそうになったけど、どうやら正体不明の魔物がいるという事らしい。それでも魔獣の件があるからか、正体不明の魔物がいるかもしれないというだけにしては、過剰だと思えるくらいの数の兵団が来ている気がする。
「俺も防衛部隊じゃないのに、手が空いてるからって、実地訓練がてら連れて来られたんだ。俺までわざわざ来る必要があるのか知らねえけど、こんな時でもないと防衛線の現場なんて来ないだろうし、少しは意味のある防衛線にしてぇな」
ギール君も同じ様な事を思ってたらしく、畑違いの仕事に不満を持っているみたいだけど、それはそれとして現状を前向きに見直すのはギール君らしい。
「……んで、コニーは何しに来たんだ?」
「僕達はいつもの調査任務だよ」
「あー、そういやあったな。……一応言っとくけど、今は南側を中心に部隊を展開させてる途中で、魔物の正体を確認するのは展開が終わって防衛線が完成してからだ。展開にはもう少し時間が掛かるけど、始まればその魔物が見つかるのも、時間の問題らしいぞ」
「そうなんだ……」
「まぁ、そういう事だから……今から外界に出るかは、そっちの判断に任せるぞ」
「うん、色々教えてくれて有難う!」
「……」
僕が礼を言ってパーティの下に戻ろうとするけど、ギール君は何やら思いつめた表情で軽く俯いている。
「……ギール君?」
「……コニー、こいつを持っとけ」
ギール君の様子が気になって見ていると、ギール君はおもむろに何かを取り出して僕に手渡した。
「これは……?」
手に握られた物を見てみると、それは薄紙を張り合わせて作られた小さな球だった。兵団で訓練していた時に使っていた、手製の煙玉に作りが似ている。
「御守りみてーなもんだ。もし万が一の事があった時のためにな」
「そっか……有難う、大事にするね!」
ギール君から御守り代わりの道具を受け取り、僕はヒリアさん達の下へと戻って行く。去り際に見たギール君の表情が、何故だか僕の不安を煽っている様な気がした。
「……コニー君、どうかしましたか?」
僕が戻って来ると、突然離れて行った事を心配したヒリアさんから話を聞かれる。
「あ、あのですね……」
僕は友達のギール君を見つけた所から、兵団が集まっている理由までの話を皆に伝えた。
「兵団基地で魔力反応、ですか……」
話を聞き終わったヒリアさんは、少しの間顔に手を当てて考え込む。この話を聞いて、ヒリアさんはどう判断するのだろう。
「……話は分かりました。でしたら今日の探索は、前日に共有していた順路より、兵団基地側へ変更します」
「そ、それは……兵団が探知した魔物のいる場所を探すって事ですか……?」
「はい、その通りです」
探索を続けるという判断はまだ理解できるけど、わざわざ兵団が捜索する予定の場所へ行くなんて。まさか、兵団が探している魔物まで探すつもりだろうか。
「確定とは言えませんが、兵団が確認した魔物が件の魔獣である可能性は十分あると思っています」
「ほ、本当ですか……?」
僕ももしかしたらと少しは考えたけど、こんなにも都合よく見つかっただなんて、とても信じられなかった。
「私もそこまで信憑性のある確率でない事は承知です。しかし現状、爪痕の探索以上の事ができないのであれば、より可能性のある情報に頼る他ありません。それに、これから兵団が大規模な捜索に出たとしたら、その後は周辺に棲む魔物ですら警戒してしまいます。そうなれば、フロンの南側で魔獣と遭遇する事は望めないでしょう。だからこそ、もし魔獣が南側に潜伏しているとしたら、今日の探索が最後の機会になるのです」
「そういう事ですか……」
ヒリアさんの説明に、僕は納得せざるを得なかった。それならまだ見つける可能性のある内に、より可能性の高い方法を取るのは当然だ。謎の多い魔獣と遭遇するのは怖いけど、それが任務の最終目標である以上、僕も覚悟を決めて危険な道を進むしかない。
「それでは向かいましょう」
僕が探索の意図を理解したのを見て、ヒリアさんは早々に探索へ乗り出した。やはり時間が限られてると分かっているからか、行動に移るのも早い。
「……おっ、コニーじゃねぇか!」
僕も急いで付いて行こうとすると、僕の名前を呼ぶ声が聞こえて振り返る。
「が、ガイダールさん!?」
視線の先には、珍しく武装したガイダールさんの姿があった。
「ガイダールさんも魔物の捜索に……?」
「何だ、知ってんのか? 誰から聞いたんだか……まぁ、コニーならいいか」
たった一言だけで僕がギール君から話を聞いた事を察するなんて、相変わらずガイダールさんは視野が広い。後でギール君から聞いた事がバレて怒られないかと心配になったけど、この様子ならそこまで問題はなさそうだ。
「俺は他の奴らの監督役だ。今回は人手が足りないってんで、新人まで引っ張って来てるからな」
「そうなんですね……」
普段は領内の兵団基地で兵団の人達や候補生の訓練を見ているガイダールさんだけど、他の手が回らない時はこうして見守ってくれるんだ。訓練長で実力もあるガイダールさんがいるなら、他の兵団の人達も安心しているだろう。
「それに今日はただ魔物の捜索をするだけだから、俺が出るまでもないだろうよ」
「そ、それもそうですね……」
一瞬、ガイダールさんが魔物を探して森を駆け回る姿を想像したけど、どう転んでも悲惨な結果になりそうで途中から考えるのをやめた。
「……あっ、それじゃガイダールさん、また後で!」
ヒリアさん達の気配が遠のいていくのに気づいて、僕は慌てて走りながらガイダールさんへ手を振って別れる。
「おう、気をつけろよ」
小さくなっていくガイダールさんが手を振り返してくれるのを見てから、僕は急いで離れてしまったヒリアさん達と合流する。
◇◇◇◇◇◇
兵団基地周辺の森に入った僕達は、早速陣形を展開して探索を開始した。展開する前に、陣形についてどうするか話題が上がったけど、昨日予定した通り僕とガウンさんの組を入れ替えての陣形で行く事になった。
「……暇」
「ですね……」
探索を始めてしばらく経つけど、昨日まで頻繁に接敵していたのが嘘の様に、周囲から魔物の気配が一切感じられなかった。昨日までレリダさんも同じ状況だった事を考えると、レリダさんが文句を言うのも少し分かる気がする。戦えない僕ですら、何もする事がなくて退屈と感じてしまいそうだ。
「……あっ。ガットツさん、止まって下さい」
「承知」
魔獣の爪痕がありそうな場所がないかと周囲に目を向けていると、ヒリアさん達の気配が足を止めているのを確認したので、ガットツさんを呼び止める。ヒリアさん達には大きな動きがないから、おそらくまたガウンさん達が足止めを食らっていて、それに合わせてヒリアさん達も足を止めているのだろう。
「……大丈夫そうですね」
念のため持っている通信魔石の状態を確認するけど、どの魔石も反応していない。やはり普段から魔物の討伐をしているガウンさんと、戦闘狂いで剣術に長けたレリダさんが揃っていると、そうそう助けが必要な事態にならないみたいだ。始めの内は足を止める度に少し心配していたけど、もう何度も同じ事を繰り返したからか、今はレリダさんが嬉々として魔物を討伐する姿を想像して寧ろ安心している。
「……終わったみたいです。行きましょう」
間もなくヒリアさんが歩き出すのを感知して、僕達も探索を再開する。直ぐに終わったから、今回レリダさん達が遭遇したのは、魔物の群れじゃなかったみたいだ。
「……」
僕が先に歩き始めるのを、ガットツさんがついて来ているけど、ガットツさんが何も言わずについて来るのが少し気になった。
「……ガットツさん?」
ふとガットツさんを横目で見てみると、何だか浮かない表情をしていた。
「……うむ、杞憂であれば良いが……」
あまり話す気はなかったみたいだけど、話しかけられてまで隠す事でもなかったみたいだからか、ガットツさんからすんなり話し始めてくれた。
「前日までの探索より、接敵の頻度が過剰」
「そう言われてみれば、確かに……」
今までガウンさん達の戦闘が早過ぎて気にならなかったけど、魔物と遭遇した回数で考えると、昨日までの僕達より明らかに多い。
「私達の場合、君の広域索敵で接敵を回避する分、戦闘も必要最低限」
「そ、そうですね……」
僕は危険察知で広範囲の索敵ができるから、魔物が気づく前にこちらが存在に気づけるので、隠形で気配を消して遭遇しない様にできた。でも広範囲索敵も隠密もできないガウンさん達だと、気付かれない様に通り過ぎるのは難しいのかもしれない。それなら、多少接敵が多くなるのも仕方ない。
「しかし以上を加味しても、接敵の回数が異常」
「そうですか……?」
僕にはあまり分かんないけど、ガットツさんの感覚では接敵の回数がおかしいと感じたみたいだ。
「状況からして、レリダ君が魔物を誘引していると推察」
「えっ!? わ、わざわざ呼び寄せてるんですか!?」
そんな事はないだろうと思いたいけど、レリダさんの事だと思うと否定しきれない部分もある。でも流石にガウンさんも一緒にいる中で、見境なく派手に暴れまわっている事はないと思いたい。でもガウンさんが魔物を見つけたと伝える度に、魔物へ向かって行くレリダさんの姿は容易に想像できる。
「……まぁ、探索はちゃんと進んでますから、大丈夫じゃないですか……?」
「……うむ、ここは無難に進行が最良」
結局僕とガットツさんの想像でしかないから、向こうで何があるにしても、探索が問題なく進むのならいいと思う事にした。ガットツさんも同じ様に考えていて、何があったとしても僕達ではどうしようもない事だから、話題にするのを躊躇っていたんだろう。
「……あっ」
その後しばらく探索を進めていると、青の魔石から信号が送られる。何があったのかと思いながら、魔石の標を頼りに向かうと、すでに合流していたガウンさん達と待っているヒリアさん達がいた。
「皆さん、集まりましたね。それなりに探索が進みましたので、互いの安否と状況確認を含めて招集を掛けましたが……あまり良い成果はなさそうですね」
ヒリアさんが僕達の様子を見ながら、その場の雰囲気だけでおおよその状況を把握する。戦闘続きだったガウンさん達はともかく、まるで成果のなかった僕達はただ歩き回って疲弊しただけだったから、相当分かりやすかったんだと思う。
「日も上り切って、そろそろ兵団の態勢も整いつつある頃でしょう。そう間もない内に、兵団の捜索が始まるでしょうから、ここから探索を折り返して、街へ戻りながら探索しましょう」
淡々と次の方針を話してるけど、これが魔獣を見つけられる最後の探索になるという事が、ヒリアさんの残念そうな声色から嫌でも感じられる。魔獣と遭遇する危険がなくなるのはいいけど、これからの調査で僕達が魔獣を見つける事がない思うと、少しやるせない気持ちになりそうだ。皆もそれぞれ思う所があるのか、誰も口を開く事はなかった。
「……では、陣形を再展開して行きましょう」
しばらく沈黙が続いたけど、ヒリアさんが出発の声掛けをすると、各々ゆっくりと陣形を作り直そうと動き出した。
◇◇◇◇◇◇
「……ガットツさん」
街へ向かい始めてから黙ったままだった僕は、街まで半分進んだ所でやっと声を出した。
「もしこのまま今日の探索が終わったら、僕達はどうなるんですか……?」
「……探索は継続。しかし成果は希薄の可能性が濃厚。おそらく現状以上の進展は皆無だと予想」
僕からの質問に、ガットツさんは少し間を置いてから話し始めた。
「そう、ですよね……。そしたら、その後はどうなるんですか?」
「特段何もなく、魔獣の発見報告が挙がれば調査は終了。新規で討伐部隊が編成され、本格的に討伐が開始」
「そう、ですか……」
何となく分かっていた事だけど、改めてガットツさんから言葉にしてもらって、僕達の調査任務が実質的に終わったと理解する。実際はまだ未探索の区域を全て探索してから終わりだけど、この先僕達が魔獣と直接関わる事はないだろうから、残りの探索はほぼ消化作業みたいなものだ。例え僕達が魔獣に関する新しい情報を得たとしても、ギルドに報告するだけになるし、魔獣と接触する以上に有意義な情報にはならないだろう。だからもう、僕達がこれ以上任務に貢献できる事はなくなるんだ。
「……少し、寂しいです」
色んな気持ちが溢れて来て、つい心の声が漏れてしまう。このパーティを組んでから、目まぐるしい毎日だったけど、僕にとっては思い出深い毎日だったと思う。でもそれだけに、任務としての成果はあまり残せなかったのが、空しく思えて仕方なかった。始めにパーティを組む事になった頃じゃ、こんな気持ちになるなんて思わなかったかもしれない。
「……っ!?」
物思いに耽っていると、突然魔物の反応が近づいてくるのを感知する。まだ心の整理がついてないけど、今は自分の仕事を全うしないと。
「ガットツさん、右やや後方から魔物が急接近! 速度から見て、ウルフかペローの可能性が高いです! 数は一匹で、真っ直ぐこっちに向かってます!」
「了解、迎撃に備えて待機!」
僕が魔物の情報を伝えると、ガットツさんは即座に迎え撃つ体勢を取る。
「……もうすぐ来ます!」
魔物の感知に集中しながら、僕はふと謎の違和感がある事に気がつく。しかし何か変だと思いながらも、魔物が目の前まで迫っていて思考に意識が向かなかった。
「……あれは……?」
姿を現した魔物は、予想通りウルフ種の様な見た目をしていた。でもこのウルフは、僕が今まで見た事のない色の毛並みだった。
「ウウゥゥ……」
ウルフは小さく唸りながら、軽く距離を取ってこちらの様子を窺っている。こんな落ち着いて警戒する態度も、今まで見た事がない。
「……奇怪。コニー、警戒の通達」
「は、はいっ!」
ガットツさんもウルフの異様な立ち振舞いに何かを察したのか、相手がウルフ一匹にも関わらず僕に警戒信号を送る様に指示をする。
「ウガァッ!」
僕が黄の魔石に魔力を流すと同時に、ウルフの方から仕掛けてきた。まるで僕達の動向に反応して襲い掛かったみたいで、余計に気味悪さが増す。
「その程度……無駄っ!」
しかし正面からの攻撃に対して、態勢の整ったガットツさんは完璧に攻撃をいなす。さらにウルフが下がろうと飛び退くより早く、反撃の槍が突き立てられる。
「グゥッ!?」
ウルフはガットツさんの刺突を食らいながらも、警戒していただけあって致命傷は避けていた。大した傷にはならなかったものの、あれだけ警戒心の強いウルフなら、しばらくは迂闊に飛び込んでこないはずだ。
「ウウゥゥ~~……」
予想通りウルフはこちらとの距離を取ったけど、何だか様子がおかしい。傷つけられた事が相当勘に触ったのか、危険察知で感じられる脅威度がどんどん膨れ上がっていく。
「えっ……?」
しかもそれだけでなく、見た目も徐々に大きくなっていき、それに応じて感じられる魔力も強くなっていく。まるで怒りを糧に成長しているみたいだ。
「が、ガットツさん、これって……!」
「うむ、特異種と見て相違なし。この様な生態、私も初見。状況からして、兵団の目標だと推察」
特異種は魔物が生まれる中で、稀に出現する特殊な性質を持つ個体だ。魔力性質も通常の個体と大きく変わるから、兵団が探知した未知の魔物はこのウルフで間違いなさそうだ。
「原因は不確定だが、明白な能力の向上を確認。場合によっては、早急な対応が……っ!?」
予想だにしない状況にも、ガットツさんは冷静に判断しようとする中、そんな事お構いなしにウルフが突如として仕掛けてくる。さっきは余裕で弾き返していたガットツさんだけど、成長したウルフの攻撃では受け止めるのも精一杯の様子だった。
「グアァッ!」
「ぐっ……!?」
立て続けに振り下ろされたウルフの爪を受け切れず、高い防御力を誇るガットツさんの身体がよろめく。
「うおぉ、堅牢っ!」
「グガアァァ!」
ガットツさんもギフトで応戦するけど、完全に防御態勢に入ったにも関わらず、ウルフは怒号を上げながらガットツさんを踏み潰す様に爪を突き立てる。
「ガッ、ガッ、ガアアァァッ!」
「ぐ、おおおぉぉっ!」
ウルフの止まらない猛攻に、ガットツさんはただ堪え忍ぶ事しかできず、次第に膝を付き始める。しかもウルフは激しい猛攻の最中も、その身体を大きくしていった。
「うぅ……っ!」
どうにかしないと、今にもガットツさんが危ない状況なのに、戦う力のない僕にできる事はなく、ただ一刻も早く応援が来るのを祈っていた。
「ぐぅ、はぁっ……くっ!」
「ガッ!」
「ぐはっ……!」
やがてガットツさんが構えを完全に崩した所で、ウルフは勢いよく爪を横に振り抜いた。踏ん張りの効かなくなったガットツさんの身体は投げ飛ばされ、近くの木に叩きつけられる。
「グアァッ!」
「がっ……!」
最後にウルフは止めと言わんばかりに、大きく振り上げた前足をガットツさんへと振り下ろす。無防備なガットツさんは突き立てられた爪を真面に食らい、身を護るはずの鎧は歪にひしゃげていた。
「あ……あぁ……!」
「ウゥ……」
これまでどんな魔物相手でも無傷だったガットツさんの凄惨な姿に、僕は絶望と悲壮感で今にも膝から崩れ落ちそうになる。さらにウルフがこちらの存在に気付いて振り返り、僕の心は崩壊寸前まで追い詰められる。
「……あっ!?」
こちらへと歩みを進めるウルフの背後で倒れるガットツさんへ視線を移すと、その頭上の木の幹にある光景に衝撃を受ける。そこは先ほどウルフの一撃で抉られたであろう傷跡があるのだけど、その跡には見覚えがあった。僕が兵団基地で見た、僕達が南西の森で見た、あの爪痕と瓜二つなのだから。
「ま、まさか……この魔物が……!?」
大型魔獣並の爪痕を残し、丈夫な木々が所狭く生い茂るフロンの森を移動する事が可能な魔獣。矛盾した特徴を併せ持つはずだった魔獣の条件を、このウルフの特異性は満たしている。見た事もないほどに成長したウルフを見上げながら、このウルフこそ僕達が探していた魔獣だったと思い知らされた。
〇おまけ「人物ファイル:レリダ」
種族:人間
職業:Dランク冒険者
出身:武闘都市エクスラビ(中央大国グランダル属)
戦う事が常な武闘都市で生まれ、戦いこそ生きがいとなった戦闘狂。生まれながらの環境以上に、自身の性格が好戦的だった事もあり、物心ついて直ぐに戦いが至極という思考になる。元はエクスラビ闘技場の専属剣士で、当時は闘技場で最高峰の一角とまで言われるほどの実力者だった。
魔物の方が戦いがいがあると知ってからはギルドの冒険者となり、以降は闘技場に顔を出さずに魔物狩りをしている。だがエクスラビ周辺の魔物をあらかた狩り尽くしてしまい、最近は魔物狩りがつまらないと感じていた。そんな時に任務の話が持ち出されて、今まで聞いた事のない場所なら新しい魔物と戦えるかもと思い、任務を受ける事に。




