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第二走「冒険者になる事しか、考えられませんでした」

「ただいまー……」

 酒場でガイダールさんと長話をしていたので、帰りがすっかり遅くなってしまった。僕は少しばつが悪い気持ちで静かに家の戸を開ける。

「おかえり! 遅かったね、神成式で何かあった!?」

 心配そうな表情で、家の奥から飛び出してきたお母さんが僕の肩を揺らす。

「うん、ちょっとね……」

 ひとまずお母さんには落ち着いてもらおうと、一緒にリビングまで行き向かい合って座る。

「……そう、そんなギフトをね……」

 とりあえずお母さんには授かったギフトの内容と、教会ではどの業界からも声が掛からなかった事を伝える。その後のギール君達やガイダールさんとの事は、お母さんが心配すると思って一旦伏せておいた。

「……でも、お母さん正直ほっとしたよ」

「えっ……?」

「だって……コニーはギフトで役に立ちたいと思っていたでしょう? もし戦闘職を授かったら、コニーが危険な職業になってしまうと……そう考えたら、どうしてもあの人の事を思い出してしまって……」

 お母さんが心配するのも無理はない。お母さんが言うあの人とは、僕のお父さんの事だ。お父さんは戦闘職ギフトを授かったので、成人となったその日に兵団へ入った。役職は一般的な兵隊でしかなかったけど、それでもお父さんは立派に兵団に勤めていた。そのおかげで、僕よりも優秀だった妹が大都市の学院に通う時に、一緒に大都市への異動が許された。でも大都市は税金や物価が高く、家族全員で住むのは難しかったので、僕とお母さんはこの街に残った。そして今から一年前、妹の学院生活も順調に進んで、学院内でも優秀な生徒として頑張っていた頃、お父さんが商隊の護衛任務で殉職した。大都市の周辺は、桁外れに強い魔物が稀に出現するらしいが、お父さんはそんな魔物に出くわしてしまったそうだ。商隊の護衛だった兵隊は全滅、商隊の人間と輸送していた物資もほとんどが失われ、僅かな生き残りが何とか大都市に引き返して報告。その後、出現した魔物は大都市にいた上級冒険者達によって討伐された。商隊が魔物に襲われるなんて珍しい話でもないし、それで兵隊が死ぬ事だってある。それでも、僕達家族はそう簡単に受け入れる事は出来なかった。特に妹は、商隊の生き残りが戻って来た時から、その場での事を身近で目の当たりにしていたので、かなりのショックを受けていた。僕とお母さんは、大都市の兵隊からの通達で知ったからか、最初の内は現実味がなかったが、後日遺品を抱えて帰省した妹の様子を見て、一気に現実を叩きつけられた。遺体は損傷がひどく、現地で処理されたとの事だったので、代わりに妹が持って帰って来てくれた遺品を埋めて弔った。その後妹は立ち直り、意地でも学院を卒業するんだと言って、特待生となって生活保護を受けながら通い続けた。お母さんも働きに出て、生活を支えてくれている。だからこそ僕は、今日の神成式で授かったギフトで、家族の支えになると誓ったんだ。

「……」

 過去を思い出して涙を浮かべるお母さんに、かける言葉が見つからなかった。今の僕は、すでに冒険者になると決意しているのに、そんな事を今のお母さんに打ち明けるなんて出来ない。安心させるためには、危険とは無縁な職業になると言えばいいとは思うけど、そんな嘘はつけない。

「……コニー、それで仕事はどうするの?」

 僕が言葉に迷っていると、気持ちを落ち着かせたお母さんから話を切り出された。

「コニーのギフトは私も初めて聞いたし、仕事でどう役に立つかなんて分からないけど……。でももしギフトの使い道が分からなくても、コニーはギフトの事は気にせず、好きに仕事を探しなさい」

 お母さんに先手を打たれてしまい、僕は余計に言葉を失ってしまった。これじゃ、口が裂けても冒険者になりたいだなんて言えない。だけど、ギフトに頼らない仕事を探すとなると、そう簡単ではない。専門職は基本ギフト持ちが多く、ギフトなしでは続けるのが難しい。そのためギフトに関係なく出来る仕事はそう多くはなく、稼ぎもたかが知れている。それに僕のギフトが逃げる能力だと知られれば、周りの人間からは良く思われないだろう。だからこそ、ギフトを活かして稼げる冒険者じゃないといけない。

「……分かった、考えてみるよ」

 そこまで結論が出ていても、結局お母さんには言えなかった。僕は心に重荷を背負ったまま、夕飯を食べて床に就いた。


◇◇◇◇◇◇


「ふぁ……」

 寝るまで悩み続けたが、どうすればいいか分からないまま朝を迎えた。ずっと頭を使ったせいか、心だけでなく身体もずっしりと重い。

「おはよう……」

「おはよう、どんな仕事にするか決まった?」

 お母さんはよく眠れた様で、元気よく挨拶しながら朝食の準備をしている。

「うん……まだ。今日外に出て、どうするか考える」

 半分は嘘だったが、もしかしたら冒険者以外でギフトの使い道があるかもしれない。今日はそれも含めて色々とゆっくり考える事にした。

「そうね……まだ成人したばかりだもの。ゆっくり考えて、しっかり悩んで決めなさい」

「うん……行ってきます」

 僕は出された朝食をさっさと済ませると、のしかかる重みを感じながらおもむろに家を出た。


◇◇◇◇◇◇


「……はぁ、どうしよう……」

 家を出てからしばらく、街中を歩き回ってすでに日が昇り切ったが、結局冒険者以外でギフトを活かせる仕事は見つからなかった。

「あ、お前……」

「あっ……」

 広場で突っ立って悩んでいると、偶然歩いているギール君と目が合った。

「お前……こんな所で何してんだ?」

「ちょっと悩み事……そう言うギール君は?」

「お前っ……なんで俺の名前を!? ……って、訓練長か」

「あっ、たまたまガイダールさんと話していたのを憶えてただけだよ」

「はぁ……ま、いいけどよ」

 昨日は僕のギフトの事でいきなり突っかかって来たけど、こうして普通に話せている事に少し安心と喜びを感じている。

「悩みっつーと、どうせギフトの事だろ?」

「えっ!? う、うん……」

「そんな警戒すんなよ……昨日あの後、ガイダール訓練長に厳重注意を受けたばっかだ。それでまたお前のギフトに対してどうこういう気はねぇよ」

「あ……うん、ゴメン……」

「何でお前が謝るんだよ……」

 ギール君は少しやりづらそうな苦い表情で頭を掻く。昨日は他の候補生と仲良さそうにしていたし、人との会話が苦手そうには見えないけど。

「……お前、ガイダール訓練長に俺達の減罰を要求したって?」

「よ、要求っていうか……あの時は、結局の所は別に何もなかったんだし、ただ僕のギフトが珍しいだけでギール君達が罰を受ける必要はないって思って……」

「なっ……何だ、そりゃ!?」

 突然ギール君が大きな声を上げ、僕は反射的に身体を強張らせる。

「……くっ……そりゃまた、どんな理屈だよ……」

 大声を上げたと思ったら、今度は顔を逸らして悶える様に震えている。良く見えないが、何やら堪えているみたいだ。

「……それで、お前冒険者になるのか?」

「えっ!?」

「訓練長が薦めたんだろ? しかも、訓練長はお前が冒険者になる気満々だったって言ってたよ。やるとは言ってなかったが、顔が完全にやる気だったってな」

「そ、そうなんだ……」

 確かに言わなかったけど、まさか顔に出ていたなんて思わなかった。しかし、ガイダールさんが僕の事をギール君に話していたなんて、ガイダールさんは結構おしゃべりなのかな。

「だが、その様子だと……後になって怖くなったか? 冒険者は危険な仕事だから、もっと安全な仕事にしようだとか考え直したのか、もしくは誰かにそう言われたのか……」

 昨日も思ったが、ギール君は僕の心が読めるのだろうか? まるで見透かしているみたいに、僕の考えている事を言い当ててくる。

「……まぁ、お前がどう考えてようが、俺はどうでもいいけどな……」

 黙って俯く僕を無視し、ギール君は僕の横を通り過ぎていく。

「……そういえば、名前何だっけ?」

「えっ……こ、コニーだよ」

 そのまま通り過ぎると思っていたら、ギール君は突然振り返って話しかける。

「コニーはさ、そのギフトで何がしたいんだ?」

「えっ、何って……」

「昨日訓練長が、説教の最後に『お前はギフトで何がしたいか』って聞いてきたんだ。俺は戦闘職だから、戦える兵団に入ったって言ったら、そうじゃねえって。『ギフトで何が出来るか』じゃなくて、『ギフトを使って何をしたいか』ってさ。ははっ……訓練長の説明って、どっか遠回りだよな。でも俺はそれ以上の事は、その時答えられなかった。戦闘職だからってだけで、本当に何も考えずに兵団に入ったからな。だからさ、今の俺は戦闘職のギフトで戦う事しか頭にないから、戦いながら何がしたいか考える事にした。別に兵団に入ったからって、今すぐやりたい事を決めなきゃいけない訳じゃないからな」

 ギール君の話に、僕は昨日のガイダールさんと話した時と同じ衝撃を受けた。大事なのは、ギフトの使い道じゃなく、その先にある目標なんだ。ただ逃げるんじゃなく、どうして逃げるのか、逃げた後でどうするかを考えるべきだったんだ。だからこそ、ガイダールさんは僕のギフトをただ逃げるだけじゃなく、逃げて生き残るために使うと言ったんだ。

「まさか訓練長からあんな事を言われるなんてな……それも、コニーのせいだろうけどな……って、何泣いてんだ!?」

「……えっ?」

 ギール君の言葉にはっとして顔を上げると、温かいものが頬を伝う。気付かない内に、涙が溢れていたみたいだ。

「うん……ゴメン、大丈夫」

「何だよ……別に、俺が泣かせたんじゃないからな」

 僕が袖で荒っぽく涙を拭う様子を、ギール君は呆れた様子でため息をつきながら見守る。

「……有難う、何かすっきりしたよ」

「まぁ、コニーの気が済んだなら良かったんじゃね?」

 僕の顔を見て大丈夫だと思ったのか、最後は笑いながらギール君は去って行った。僕はその背中にお礼を言いながら大きく手を振った。これで気持ちの整理はついた。後は、この気持ちをはっきりさせよう。


◇◇◇◇◇◇


「ただいま」

「おかえり、今日は早かったね」

 ギール君と別れてから、僕は日が沈みかけるまで考え抜いて、ようやく決心がついたので帰って来た。帰って来てそのまま、僕はお母さんに話があると言い昨日と同じ様に向かい合って座る。

「お母さん……僕は、冒険者になろうと思う」

 席に着いてから、しばらくの沈黙の後にどうにか僕は言葉を絞り出した。

「……そう、なのね」

「……反対しないの?」

 絶対に反対されると思っていたのに、お母さんの反応は若干煮え切らない様子で頷くだけだった。

「お母さんね、昨日コニーが悩んでいるのを見て、もしかしたら兵団や冒険者になりたいんじゃないかって思ったの。でもコニーは優しい子だから、私を心配させたくなくて言い出せなかったのよね。だから私も今日、色々と考えたのよ。もし今日コニーが兵団や冒険者になりたいって言ったら、私は何て答えようかって……。結局、答えは見つからなかったんだけどね。ゴメンね、駄目な母親で……」

「そ、そんな事ないよ! お母さんは立派に……」

 僕は反射的に立ち上がって、全身で否定しようとする。

「コニー、最後まで言わせて……」

「う、うん……ゴメン」

 あまりに落ち着いた様子のお母さんに、僕は黙って続きを聞かざるを得なかった。

「お母さん、まだあの人の事……お父さんの事を忘れられないでいる。だから兵団とか冒険者とか、命の危険がある仕事をコニーがやるなんて、どうしても認められない気持ちがあるの。でもそれ以上に、そんな私のためにコニーがやりたいと思う事を諦めさせたくない気持ちもある。だからね、私はコニーが本気で冒険者をやりたいって言うなら、私はそれを止めたいと思っているけど、止める事が出来ないの」

「……うん」

 辛い思いを押し殺して話すお母さんを見て、僕も心が苦しくなる。今にも涙が溢れしまいそうだ。

「だから……コニーの事、真っ直ぐ応援は出来ないと思うけど、それでも頑張って欲しいし、だけど無理はしないで欲しい。だからね……せめて毎日無事に帰ってきて欲しいの」

「……」

 お母さんの気持ちは分かった。色んな気持ちが矛盾して、どうにも整理がつかないんだ。僕だって、今もまだ気持ちの整理が完全に済んだ訳じゃないけど、だからこそ話してくれたお母さんには僕からも出来る限り伝えたい。

「……僕、ガイダールさんって人に言われたんだ。僕のギフトはすごいって、冒険者としてやっていけるって。今日友達になったギール君からは、ギフトは何のために使うかが大事だって教わった。だから僕は、このギフトでどんな危険からも逃げて生き延びて、必ず生きて帰れる冒険者になる。だからお母さんも、そんな僕の帰りを安心して待ってて欲しい」

「……うん、うん……」

 僕もお母さんも、お互いに思いの丈を吐き出しきって、しばらくはただ頷き合った。

「……さぁ、そうと決まったら、一日遅れだけどコニーの成人祝いをしなくちゃね!」

 お母さんは完全に吹っ切れたのか、いつにも増して元気な様子で御馳走を作ってくれた。正直多すぎて食べるのが苦しかったが、お母さんの全力の思いにぶつかる気持ちで全て平らげた。その後は疲れと満腹で倒れる様に眠りについた。

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