第二十七走「仲間の冒険者達は、とても優秀でした」
〇前回までのあらすじ
パーティと共に外界での調査任務を終えたコニーは、パーティの指揮者であるヒリアを自宅に招き入れる事になった。コニーの母リーズが快く迎え入れる中、コニー達は食事を共にする。その後コニーとヒリアは今後の調査任務の方針を話し合い、その中でコニーは重要な役割を担う事になる。
「ふあぁ……」
まだ日が地平線から顔を出し切らない頃、僕は寝床から重い身体を起こしながら深く息を吸い込む。昨日はパーティの皆を外界の森に案内する所から始まり、調査対象の基地周辺の探索をしたり、突然魔物との戦闘があったりと盛り沢山な一日だった。さらにはパーティの指揮者であるヒリアさんを家に上げたりと、様々な経験をしたせいでまだ疲れが残っている。
「おはよう……」
眠気と疲労でだるい身体を引きずる様にしながら、ゆったりと自室を出て居間に顔を出す。
「おはよう、今日も早いわね」
僕のか細い挨拶が聞こえたのか、台所にいるお母さんが出て来た。どうやら丁度朝食の準備を終えたらしく、両手一杯に皿を抱えている。
「うん……今日も早く出ないと……」
眠気眼でぼーっとしたまま僕が席に着くと、お母さんが僕の前に持っていた朝食を並べてくれる。
「……頂きます」
僕はその様子を茫然と見て、食事が全て並び終わってから少し間を置いてから食事に手を付け始める。
「随分ギリギリの時間に起きましたね。昨日の疲れが残っている様ですが、ちゃんと休養は取れていますか?」
「はい……大丈夫です……」
すでに食卓に付いていたヒリアさんから、こちらを心配する声が掛かる。ヒリアさんは僕よりも早くに朝食を食べ始めたらしく、すでにヒリアさんの前に並べられた食事が半分ほどなくなっていた。
「しかし昨日も夕食を頂きましたが、まさか今日もこうして食事を共にするとは思いませんでした。リーズさんに宿泊を勧められた時は驚きましたが、こうして朝食を共にするのも良いものですね」
ヒリアさんはまるで新しい発見をしたかの様に感慨深く頷いた。本当ならヒリアさんは昨日の内に宿に戻る予定だったけど、お母さんがまた強引にヒリアさんを引き留めて家に泊まらせる事になったのだ。ヒリアさんも初めは断ったけど、夕食の件ですでにお母さんの粘り強さを経験したからか、お母さんが押し通すとあっさり折れて承諾した。
「そう言ってくれると、私も泊めた甲斐があるわ。しばらく使ってない部屋に泊めちゃったけど、ちゃんと眠れたかしら?」
いつの間にか自分の分の食事を持って戻って来ていたお母さんが、ヒリアさんの方に乗り出して聞く。ヒリアさんを泊めたのは元々妹が使っていた部屋で、妹が家を出てからほとんど使われてない。いつ帰って来てもいい様にお母さんが定期的に掃除はしていたから、埃や目立った汚れはないと思うけど、それでもお母さんは少し気にしているみたいだ。
「えぇ、十分休めました。宿とは少し勝手が違いましたが、安心して床に就けました」
「それなら良かったわ!」
ヒリアさんの申し分なさそうな様子に、お母さんは機嫌良く笑った。ヒリアさんには気を遣わせてしまったけど、お母さんがこれだけ喜ぶ姿を見られたのは良かった。
「……では食事も済みましたので、そろそろ出発しましょうか」
「は、はい!」
いつの間にか先に朝食を済ませたヒリアさんが、立ち上がって妹の部屋に戻って行く。僕も急いで残りの朝食を平らげると、自分の部屋に戻って支度をする。
「……では、お世話になりました」
「またいつでもいらっしゃいね!」
支度して居間に出ると、丁度ヒリアさんがお母さんと別れの挨拶を済ませていた。
「ではコニー君、行きましょうか。集合時間まであまり猶予はありませんが、焦らず速やかに向かいますよ」
ヒリアさんがこちらに振り返って僕に呼び掛けると、手にある時刻魔石をこちらに差し向ける。僕には時刻魔石の読み方が分からないから、見せられても正確な時間は分からないけど、自分の中での時間感覚では待ち合わせにはまだ間に合うはずだ。
「はいっ!」
そのまま真っ先に家を出ようとするヒリアさんの後を追い、僕とヒリアさんは待ち合わせ場所へと歩いて行った。
◇◇◇◇◇◇
僕達が待ち合わせ場所に到着すると、すでに待っているサヴィエさんとガットツさんが何やら話しているのが見えた。
「……うむ、来たか」
僕が遠くからガットツさん達の様子を見ながら歩み寄ると、視線に気付いたガットツさんと目があった。
「おはよう」
ガットツさんの反応を見て、サヴィエさんもこちらに振り返って挨拶する。
「おはようございます……」
サヴィエさんとの会話がまだ慣れないのか、僕はつい委縮して小さく挨拶を返す。どうしてもサヴィエさんと言葉を交わすのは、何処かむず痒い感じがする。
「おはようございます。……そろそろ集合時間が迫っていますが、まだ全員揃っていませんね」
ヒリアさんも二人に挨拶しながら辺りを見回す。ヒリアさんの言う通り、まだレリダさんとジビターさんの姿が見えない。
「何だ、今日はちゃんと時間通りに来てんじゃねぇか」
「は、はい……」
姿が見えないと思ったのも束の間、直ぐ後ろからジビターさんに声を掛けられる。それほど高圧的に迫っていないはずなのに、ジビターさんの昨日までの僕への対応からか、ただ声を掛けられただけで少し怯えた態度を取ってしまう。
「おっ、皆もう集まってんじゃん」
「レリダ君、また時間ギリギリですか……冒険者なら、多少は猶予を持った行動を心掛けて下さい」
「いいじゃんか、間に合ったんだし」
ほどなくしてレリダさんも来て、これでパーティの仲間が全員が揃った。昨日は遅れて来たから知らなかったけど、どうやら昨日もレリダさんは集合時間丁度に来たらしく、ヒリアさんが呆れながら注意を促す。しかしレリダさんの反応を見る限り、あまり態度を直す気はなさそうだ。
「……では全員集合しましたので、早速出発しましょう」
反省の色がないレリダさんにため息をつきながら、ヒリアさんは僕達を連れて外界へと出発した。
◇◇◇◇◇◇
「……この辺りでいいでしょうか」
外界へ出てしばらく森を歩いた僕達は、街道と兵団基地を挟んだ森の中ほどで足を止めた。
「今日は主に暗い森の中に慣らす訓練をしながら、周辺の魔物の生態調査をします。私とコニー君でここを中心に索敵をして、発見した魔物の群れを何度か討伐しますので、各々暗い森の環境でも動ける様にして下さい」
ヒリアさんが今日の目的を一通り説明し終えると、皆はそれぞれ無言で頷くなり目線を送るなりで了承する。昨日ヒリアさんと話し合っているから内容についてはあらかじめ知っているけど、改めて聞くと何だか各々の能力に任せ過ぎている気もする。
「ではコニー君、始めましょうか」
「は、はいっ!」
ヒリアさんは僕に話しかけながら、杖を掲げて索敵の魔術を発動させる。僕もそれに続く様に、危険察知の索敵範囲を拡げていく。普段から外界に出る時は危険察知で周囲を索敵しているけど、ここまで集中して索敵をするのは訓練でスキルの練習をする時以来だ。静かに心を研ぎ澄まして周囲の気配の機微を感じ取ろうとすると、遠くにいるはずの魔物の息遣いや鼓動まで聞こえる気がする。
「……少し離れた位置に魔物の群れが三つ、さらに離れた位置に五つの群れがいます。何処から行きましょうか?」
「まずは手頃な魔物の相手が望ましいですが、近い方の気配に適当な魔物はいますか?」
「後方にいる群れがタールラットの群れで、近い気配では一番群れの規模が小さいです」
「分かりました、ではそちらへ行きましょう。私が索敵で目標まで誘導しますので、ガットツさんが私の前で目標の群れと前方の警戒、レリダ君は右、ジビター君は左、サヴィエさんは後方の警戒をお願いします。コニー君は私の後ろに付いて、引き続き索敵をして目標の群れ以外の周辺の魔物を警戒して下さい」
僕とヒリアさんで討伐目標を相談して、目標を定めた上でヒリアさんの指示で陣形を組んで目標の群れへと接近を開始した。昨日は適当に並んで森の中を歩くだけだったけど、今日はパーティでの行動を意識して移動の際も陣形を組んで進む。陣形をあらかじめ練習しておく事で、この先何かあった時でも素早く陣形を組める様にするためだ。
「……目標のタールラット群れまで、視認出来る距離まで来ました。レリダ君とジビター君はそのまま横に広がって、タールラットを二人で挟撃出来る位置まで移動して下さい」
特に問題なく目標の前まで来ると、ヒリアさんが辛うじて聞き取れる声で指示を出す。指示を受けた二人は目で合図を送ると、群れのラット達に気取られない様に音を殺して速やかに移動する。
「うおぁ!」
「おいよっ!」
そしてヒリアさんが手を上げて二人に奇襲の指示を出すと、二人は一斉に飛び出して武具を振り下ろす。
「ピギイィィ!」
「ガアァァ!」
突然襲撃された二匹のラットは身を護る事も出来ず、けたたましい鳴き声と共にその場に倒れる。
「クアアァァ!」
奇襲を受けて残りのラット達は臨戦態勢を取り、散開して素早く物陰や茂みに身を隠す。戦闘力こそ大した事のないタールラットだけど、厄介なのは森の暗闇を利用して周囲に擬態しての隠密と奇襲だ。さらには普段から群れているので、数で攪乱されて細かい位置を把握しづらい。まだ暗闇に慣れていないレリダさんとジビターさんには、この状況は辛いはずだ。
「レリダ君、左後方から来ます!」
「ほいよっ!」
「ジビター君、正面の木陰に潜んでいます!」
「おらぁ!」
しかし索敵しながら的確に指示を送るヒリアさんの補助で、二人とも危なげなくラット達を狩っている。しかもヒリアさんの指示はただラットの位置を伝えるだけじゃなく、ラットの行動を予測して二人の動きが間に合う様に指示を先出ししている。そのおかげか不利な状況のはずなのに、ラット達と戦っている二人には表情に余裕が見える。
「よっと! ……これで最後か?」
「はい。お二人とも、お疲れ様でした」
レリダさんが最後のラットを倒すと、ヒリアさんから二人に労いの言葉が贈られる。
「今回は群れの規模が小さかったので、攻撃に向いたお二人に任せましたが、もう少し規模が大きい群れの場合はパーティ全員で臨むつもりです」
「それなら、もう少し進んだ先にタールラットの大きな群れがありますよ。数はさっきの倍くらいです」
「成程……それは丁度いいですね。では、次はそちらの群れに向かいましょう」
ヒリアさんの方針から次の目標に良さそうな群れを僕が伝えると、ヒリアさんは僕の意見を聞き入れて次の討伐目標が決まった。
「次の群れは規模が大きいので、移動時の陣形のまま群れに切り込みましょう。ガットツさんは突破が可能と判断しましたら、そのまま群れの中央まで突き進んで下さい。その場合は前衛三人で私達後衛を囲んで全方位警戒の陣形で戦います。突破が困難だった場合、ひとまずはその場で陣形を変えずに戦いながら様子を見ます」
ラットの群れを一つ討伐してから間もなく、僕達は次のラットの群れの前まで来ていた。さらに今度は先ほどとは違った方法でラット達の討伐に臨む事になりそうだ。
「ではガットツさん、お願いします」
「了解した。……では、いざ出陣!」
ガットツさんが掛け声と共に群れへと一直線に立ち向かう。一見無謀に見える突撃だけど、大楯を前に構えて突っ込むガットツさんからは、後ろから見ても一切隙が見当たらなかった。
「ガアアァァ!」
今回は奇襲ではないので、ラット達も正面から迎え撃つ形で僕達へと突っ込んで来る。ガットツさんの隙のない突進に構わず正面衝突したラットが、何匹か跳ね飛ばされて宙を舞う。最初はラットを物ともしなかったけど、流石のガットツさんも無数のラットの突進を受け続けて、次第に突撃の勢いを失っていった。
「うむ……これ以上切り込むのは難儀」
絶え間なく続くラット達の猛攻に完全に足止めされたガットツさんは、その場でラット達の突撃をせき止める事に専念せざるを得なかった。しかし十分群れの中に切り込めた僕達は、予定通り全方位警戒の陣形を取る事が出来た。
「全然見えない……これじゃ、援護も厳しい……」
前衛に守られながら弓を引くサヴィエさんが、暗闇を動く黒い物体を目で追って狙いを定めようとする。しかし目を凝らしてもうまく照準が合わないみたいで、中々弓を構えられずにいる。
「今は相手が低ランクのタールラットですので、前衛の三人だけでも討伐は十分可能ではありますが、今回の目的はあくまで暗闇に慣れる事です。私も索敵を続けながら攻撃魔術を打つ事は難しいので、少々難儀している所です」
ヒリアさんも同じく振り上げた杖を構えたまま攻めあぐねているみたいだ。タールラットのランクは決して高くない魔物だから、ヒリアさん達が本来の実力を発揮出来れば何て事のない相手のはずだ。それが暗闇というだけでここまで苦労させられているのだから、環境一つで討伐難易度もガラッと変わってしまうものなのか。
「よく言うぜ、こっちも視界が悪くて防戦一方だってのに……」
ヒリアさんの会話を聞いていたジビターさんが、ラット達の突進を捌きながら会話に割って入る。確かに前衛の三人は大して消耗はしていないけど、逆にラット達の攻撃を防いでいるだけで、攻勢に全く出られていない。後衛の僕達を守るために迂闊に前に出れないのもあるけど、ラット達が仕掛けて来る距離にならないと視界に姿が捉えられず、攻撃に入る隙が少なくて決定打が打てないのが厳しいみたいだ。
「とは言っても、向こうの方がちょっとずつ削れてるから、片が付くのは時間の問題だろ……っと!」
レリダさんがギリギリの間合いでラットを斬りつけながら、一歩下がって会話に混ざって来る。盾を使わずにラットの攻撃をいなしているレリダさんは、致命傷までは至らないも確実にラット達に傷を負わせている。他の二人も僅かずつだけどラット達を消耗させているから、このままいけばいずれはこちらから攻める切っ掛けが出来そうな雰囲気はある。
「時間が掛かる分には、こちらとしては有難いですね。今回の目的は討伐そのものではなく、環境に慣れるための訓練ですから……」
ヒリアさんは会話を続けながら、なおも杖を振り上げたまま集中してラット達を狙い澄ましている。
「風圧弾!」
そしておもむろに杖の先に風を集めて圧縮させると、掛け声と共に奥から飛び掛かって来るラットに風の砲弾を撃ち込む。
「ギャウッ!?」
暗闇でどう当たったかは詳しく見えなかったけど、ヒリアさんの風魔術を受けたラットは後方へと吹き飛んでいった。
「す、凄い……!」
ついさっきまで攻撃に移る事も出来なかったのに、初撃でいきなり魔術を当ててしまうとは思わなかった。流石はCランク冒険者だ。
「ふぅ……索敵と攻撃の魔術を併用するのは大変ですが、思った以上にうまくいきましたね」
しかしうまく当てたとはいえ、まだ慣れないみたいでヒリアさんも少し疲れたのか深く息をついた。
「えっ? ま、まさか……索敵魔術と攻撃魔術を同時に!?」
「いえ、正確には同時ではありません。索敵魔術で目標の動きを捉えて先読みしてから、間髪入れずに攻撃魔術を索敵で予測した場所に打ち込みました。連続で魔術を使うためかなり集中力が必要で消耗も激しい上、相手によっては成功率も低い方法だと思いますので、あまり実用的ではなさそうですね」
どうやらヒリアさんも試しにやった事がたまたまうまくいっただけの方法だったみたいで、折角ラットを倒したにも関わらず浮かない顔で考え込んでいる。それでも素早く二つの魔術を切り替える技術とか、攻撃に移るラットの動きを先読みする洞察力は凄いし、それらを活用してしっかりラットを仕留めてしまうのだから、それだけの事をやってのけるヒリアさんの実行力は凄まじいの一言に尽きる。
「ギィイッ!?」
ヒリアさんの腕に感心していると、再び離れた位置からラットの呻き声が聞こえる。何事かと思って振り返ると、横っ腹に矢が突き刺さったラットが苦しそうに悶えている。
「ま、まさか……!」
この場で矢を使えるのは一人しかいない。さらに僕が振り返った先では、サヴィエさんが次の矢をつがえて追撃の準備を済ませていた。
「ガウゥ……」
サヴィエさんによって静かに放たれた矢は、弱り切って動きの鈍ったラットへの止めの一撃となった。
「……うん、当たった」
目を伏せてラットの鳴き声だけで絶命を確認したサヴィエさんは、次の獲物を探して心を研ぎ澄ませる。
「次は……そっち」
また矢を取って弓を構えたサヴィエさんは、目を伏せたまま別のラットに照準をピタリと合わせている。僕は目視で狙いが合っているのが分かるけど、サヴィエさんはどうやってラットの位置を把握しているのだろう。
「これは……感覚で周囲の気配を読み取っているのですね。普段から狩りで獲物の気配に敏感になっている、サヴィエさんならではの索敵方法といった所でしょう。目を使わない分、急所を狙う正確な射撃は難しそうですが、元々の射撃精度なら胴を狙えば十分当てられていますね」
「そ、そんな事が出来るんですか……!」
ヒリアさんの解説を聞いて、あまりに常軌を逸した能力にうまく言葉が見つからなかった。一体どれだけの経験を積めば、目を使わずに気配だけで魔物の位置を捉えられるのだろう。
「当てるだけなら問題ない……けど、ちゃんと狙えないのはあまり良くない」
十分凄い事をしているけど、サヴィエさんとしては納得がいっていない戦い方みたいだ。やはりちゃんと急所を狙って当てられないと、サヴィエさんからしたら不十分なのだろうか。
「そうですね……狙撃は狙いが正確であるのが望ましいですから、ゆくゆくは暗闇にも目を慣らす必要はあるでしょう」
ヒリアさんもサヴィエさんと同じ心境みたいで、二人して悩ましくため息をつく。僕からすればほんの二、三日で暗闇での対応が出来ているのに驚きだけど、それ以上に二人の意識はより高いみたいだ。
「そんな細かい事、気にしなくてもいいんじゃねぇか? 結局倒せれば、何だって……よっ!」
「ギャウッ!」
こちらが話しているのを聞いていたのか、レリダさんがラットを斬り捨てながら下がって来る。
「……レリダ君はまた順調に適応していますね。どうしてDランクのあなたにそこまでの余裕があるのか、私にも分かりませんよ……」
暗闇をものともしないレリダさんを見て、ヒリアさんは安心する反面、その意外なほど高い能力に呆れて舌を巻く。
「別に特別な事はしてねぇんだけどな。相手は殺気がダダ洩れだから、ちょっと気配を探れば襲って来るのは簡単に察知出来っから」
「そんな上級技術をDランクの冒険者が事もなげにこなしているのが、おかしいと言っているのですが……」
レリダさんが何やら凄い事を何気なくしているみたいで、ヒリアさんは悩ましそうに眉間に手を当ててため息をついた。サヴィエさんの気配で位置を読み取る技術に似ているみたいだけど、それが凄い方法なのかも僕には分からなかった。
「おらぁ!」
「グギャッ!」
「うっしゃ、大分戦える様になって来たな!」
景気よく声を上げているのが聞こえて視線を移すと、丁度ジビターさんがラットを斬り落としている所だった。盾で防いで動きを止めてから剣で斬るという、基本的ながらも洗練された戦い方で、確実に対応出来る様になっていた。
「ふんっ!」
「グァアッ!?」
「ふむ……こちらの立ち回りの方が素早く対処可能」
ガットツさんの方もうまく戦闘の対処法を見つけ出したみたいで、素早く突き出された槍の一撃でラットを貫いていた。盾でラットの攻撃を弾く際に、前ではなく横に盾を振る事で、必要以上にラットを吹き飛ばさずに攻撃の射程範囲に留めつつ、攻撃の軌道にある盾を移動させて攻撃に移るまでの時間を短縮させている。
「……時間が掛かるかと思いましたが、この様子なら直ぐにでも次の段階まで進めそうですね」
いつの間にかラットの群れを殲滅しているのを見て、ヒリアさんは予想以上の結果に少し驚きながらも、順調な状況に何処か嬉しそうだ。
「今は各々工夫しての戦闘で対応していますが、これを工夫なしでも乗り切れる様になるまで続けましょう。全員が十二分に実力を発揮出来る状態になってから、本格的な調査に入ります」
こうして僕を除いたパーティ全員が暗闇の森に完全に慣れるまで、ひたすら低級の魔物を探しては討伐を繰り返し、僅か数日で全員が補助なしでも森を不自由なく動き回れる様になった。
◇◇◇◇◇◇
「あの……どうして僕もギルドに?」
パーティ全員が森での活動に慣れ始めた翌日、僕とヒリアさんはそれまでの調査状況と討伐内容をまとめて報告するためにギルドに来ていた。でも報告をするだけなら、パーティの指揮者であるヒリアさん一人で十分なはずなのに、何故か今日はヒリアさんに言われて一緒にギルドに赴く事になった。
「まぁ……調査報告だけでしたら、そのまま内容を伝えるだけで十分ですが、今回は討伐報告がありますからね。周辺の生態に詳しい君がいた方が、私も色々と説明の手間が省けると思いまして」
「そ、そうですか……」
若干歯切れが悪そうに返すヒリアさんを見て、何か別の理由がある様な気がした。でもヒリアさんの言い分も何となく分かるし、何か悪い事を企んでいる様子もないので、ここは素直に聞き入れる事にした。
「ほら、そろそろ順番が回って来ましたよ」
ヒリアさんと話している内に、受付に並んでいる列が進んでいた。普段は受付に列が出来る方が珍しいのだけど、今は任務で外からの冒険者がいる上に、通常の依頼と任務の報告が重なって一人一人の受付での対応時間も長くなっていて、今までとは比べ物にならないくらいにギルドは忙しそうにしている。
「おっ、久しぶりじゃん」
「どうも……」
受付窓口の前まで来ると、いつもと変わらない様子で受付嬢のクルシャさんが出迎えてくれる。激務に追われているはずだけど、この人は何があってもこの調子なのだろうか。
「コニーが中々来ないから、最近はずっとつまらない奴らの相手で飽き飽きしてたんだよねー」
「あ、あの……待っている人もいますから、直ぐに終わらせましょう!」
クルシャさんがとんでもない事を口走ってしまうものだから、強烈な視線が至る所から僕へと向けられる。特に直ぐ横に立っているヒリアさんの視線に、僕は緊張で声が上ずってしまいそうになる。隠す気がないほどに恐ろしいくらいの視線に、恐怖で首が回らない僕はヒリアさんの表情を確認する事が出来ないけど、明らかに僕への印象は良いものではなさそうだ。
「ちぇっ……はいはい、分かったよ」
僕の焦りと祈りが通じたのか、クルシャさんはつまらなそうにしながらも受付の仕事に戻ってくれた。
「それじゃ……二人とも通常の依頼は受けてないし、今日は調査任務での報告かな?」
「は、はい……!」
周りからの視線に緊張が抜けないまま、僕はヒリアさん達から預かっていた、魔物の討伐証明部位の入った袋をカウンターに置いた。
「……ふーん、随分と倒したんだねぇ」
クルシャさんが袋の中身をカウンターに広げて確認しながら、少し面倒そうに小さく呟いた。確かにこれだけの数の魔物をたった数日で討伐するのは、特別な討伐依頼がなければそうそうないと思う。
「……うん、全部問題ないね。ほとんどタールラットだから、討伐の報奨は大して出ないけど。でもわざわざこんな狙って報奨の低い魔物を狩るなんて、あんた達ちょっと変わってるわね」
「肩慣らしですよ。普段とは違う慣れない環境では、任務の遂行に懸念がありましたので」
「ふぅん……そっか」
クルシャさんの何気ない疑問に、ヒリアさんは淀みなく答える。クルシャさんの方もそれだけの説明で納得したのか、深く追及せずに黙々と討伐証明部位を袋に戻す。
「それじゃ、討伐報酬は後日精査したものを渡すわね」
「はい、よろしくお願いします」
クルシャさんが袋を片付けると、ヒリアさんは軽くお辞儀をする。これでひとまずここに来た用は済んだ事になる。
「それと、コニーに通達」
「…………えっ?」
そのまま受付を後にする気だった僕は、完全に不意を付かれた感じでクルシャさんに呼び止められる。ギルドから僕に通達なんて、全く身に覚えがない。
「ほい、昇格おめでとう。これ、つい昨日届いた昇格通知書」
「し、しょうか……く?」
クルシャさんから耳を疑う様な報告を聞かされて、今までこの場にあったはずの現実味が消え失せた。フワフワと思考が追い付かず、まるで化かされているみたいな気分になる。
「ほらほら、ちゃんと見なよ。間違いなく、コニーの昇格通知書だよ。これでコニーもEランクの仲間入り」
「……」
僕はクルシャさんに誘われるまま、カウンターに置かれた紙切れに目を通す。そこには僕の名前と、Eランクへの昇格を認める旨が記されていた。
「……な、何でええぇぇ!?」
目の前の現実に引き戻された僕は、思いの丈を解放するかの如くギルド中に声を響かせる。受付の順番待ちをしている冒険者だけじゃなく、周りで談笑していた人達までもがこちらに一瞬視線を向けたけど、今の僕はそんな事を気にしている余裕はなかった。
「おや、お気に召しませんでしたか?」
「ま、まさか……ヒリアさんが……!?」
わざとらしい台詞を掛けるヒリアさんを見て、察しの悪い僕でもこの原因がヒリアさんだと分かってしまった。
「で、でも僕はまだ昇格出来ないはず……」
僕がFランクから昇格するには、魔物の討伐依頼を達成するのが必要になるはずだ。だけど僕はまだ魔物を倒せる実力はないし、討伐依頼を受けた憶えもない。
「分かりませんか? ギルド規則のパーティに関する事項、『パーティにおける成果物及び報酬の共有』によれば、パーティの成果はパーティ全員のものとなります。ですので今日まで私達が魔物を討伐した成果も、当然コニー君に共有されています。そこでコニー君にも魔物討伐の功績があると、私がギルドの方に掛け合った所、昇格する事になりました」
ヒリアさんはパーティの指揮者だから、任務の調査報告でギルドに毎日出入りしていても、別段なにも不思議には思わなかった。しかし僕の知らない所でそんな事をしていたなんて、思いもよらなかった。
「で、でもどうしてそんな事を……それに、僕はまだ魔物を倒せないから、Eランクになるのはまだ早いと思いますよ!?」
昇格する事自体は喜ばしいけど、今の僕には身に余る昇格だと思う。Eランク領域で危険な目に遭うかもしれないし、その時に自分で対処出来る自信がない。折角ヒリアさんが進言してくれたけど、ここは昇格を取り下げてもらおう。
「すいませんが、今回の昇格はなかった事に……」
「あ、残念だけど……昇格の取り消しは出来ないよ」
「……えっ?」
昇格の取り下げを口にし終えるよりも先に、クルシャさんから信じられない返事が出て、僕は一瞬にして言葉を失った。
「……ど、どうしてですか!?」
「そりゃ……何のためにランクを分けてるかって話よ。実力に見合わないランクっていうのは、高すぎるのも低すぎるのも良くないからね。だからギルドから昇格が認められた以上、間違いでしたって事で取り消しにはならないよ」
「そ、そんな……」
クルシャさんの言う事は最もだけど、僕はまだ自分が昇格するに値すると信じ切れない。
「……全く、自分の事は案外見えないんだねぇ……」
「……え?」
クルシャさんが呆れた様子で何かを呟いたけど、昇格が決まった事に呆然としていて聞き逃してしまった。
「とにかくそういう事だから、頑張ってね~」
「そんな事言われても……」
気楽に話すクルシャさんに対して、僕は唐突な事に気が滅入るばかりだった。クルシャさんはギルドの職員だから、冒険者が昇格するのは日常茶飯事だと思うけど、今までEランクへの昇格に思い悩んでいた僕にとってはただ事じゃない。それに僕としてはあまり納得のいく形じゃないので、素直に喜ぶのも少し違う気もする。
「事前にお伝えしなかった事は申し訳ありません。ですが私から見れば、コニー君は十分昇格に値する実力を有していますよ」
「で、でも……僕はまだ討伐の経験が……」
ヒリアさんが僕の事を買ってくれているのは嬉しいけど、やはり昇格に必要な本来の条件が満たせてない内に昇格するのは、あまりいい事じゃない気がする。
「その事でしたら問題ありませんよ。特例ではありますが、コニー君の様に討伐経験等の昇格条件を満たさない冒険者が昇格する事はいくつかあります。今回の私達の様に、パーティで行動する時に役割分担をしていると、個人での討伐等の経歴に差が出てしまいます。そのためパーティ内で不当なランク差が生まれない様、パーティ内で共有される功績でも昇格は認められているのです」
「で、でもそれは僕が戦えなかったからですよ! やっぱり、僕にはまだ早い気が……」
「そんな事はないですよ。コニー君は索敵という役割を十分に全うしているじゃないですか。それにコニー君の様に、戦闘に関わらない役割を持つ冒険者も少なからずいますよ。回復や運搬、調査や索敵といった、直接討伐に関わらずとも重要な役割を持つ冒険者は、パーティには重宝される存在です。コニー君にはそれだけの役割を担える能力が備わっているからこそ、ギルドでも昇格に値すると評価されたはずです」
「そ、そうでしょうか……」
確かにギルドが僕を昇格させたのだったら、僕が討伐していない事を承知で昇格させたのだから、僕ならEランクでも問題ないと判断出来る要素があったんだと思う。でも僕にそんな実力があるのか、自分ではよく分からないから、本当にこのまま昇格を受け入れていいのか悩んでしまう。
「それにコニー君の昇格は、パーティとしても重要な事なんです」
「ど、どういう事ですか?」
僕が思い悩んでいるのを見かねてか、ヒリアさんがさらに話を続ける。しかし僕の昇格がパーティのためとは、一体どういう事なのだろう。
「ご存じの通り、冒険者はランクに応じて外界での行動範囲が異なります。より高いランクであるほど行動可能な範囲が広がるのですが、コニー君がFランクの状態だとパーティでの行動範囲を制限されてしまいます。現在調査任務で指定されている基地周辺の範囲では問題ありませんが、今後より調査範囲を広げる事を踏まえると、Fランクの行動範囲では任務に支障が出る可能性があります。ですので私の独断ではありますが、前もってコニー君には昇格してもらうのが良いと判断しました」
「そうだったんですか……」
ヒリアさんにしては随分頑なに僕の昇格を通していたけど、僕だけじゃなくてパーティのためでもあったんだ。それなら僕もパーティのために、この昇格を受け止めるべきだろうか。
「……分かりました。正直、今の僕にEランクの実力があるなんて自信はないですけど、僕を昇格させた事を後悔させない様に頑張ります!」
気持ちの整理が追いつかない中、僕はただ心ではっきりと思った言葉で感謝を伝えた。昇格が決まった以上、これからはEランクとして恥ずかしくない冒険者でいよう。
「そうですか……受け入れてもらえた様で良かったです。ただ伝えただけでは納得してもらえないと思い、こうして同行してもらって正解でした」
僕の覚悟を見てヒリアさんも安堵した様に息をつく。確かにヒリアさんの言葉がなかったら、昇格を受け入れられずに気持ちが落ち着かなかったかもしれない。
「今日は休養の予定にしていたのに、付いて来てくれて有難うございました。心の整理もまだ残っているでしょうから、後は自由に過ごして下さい」
さらにヒリアさんは申し訳なさそうに頭を下げる。ヒリアさんの言う通り、今日はヒリアさんが調査の段階を上げる前の準備期間として、パーティ全員に休養をする様に指示を出していた。僕はそれほどやる事もなかったからヒリアさんに連れられてギルドに来たけど、何もせずにいるよりもずっと良かったと思った。
「はい、それでは!」
ヒリアさんに言われるまま、僕はヒリアさんを別れてギルドを後にした。思わぬ形で昇格して、まだ頭が現実に追いついてないし、これからどうしたらいいのか分からない。それでも一歩前進した以上、この調子で進んで行こう。
〇おまけ「昇格報告のその後」
「……有難うございました。国属ではないこの街では、ギルドの手もうまく回らなかったでしょう」
コニーを見送った後、ヒリアはクルシャへ振り返って顔を伏せる。
「いや、そんな大した事をしたつもりはないって。あたしもコニーがずっとFランクで燻ってて、早く上がってくれないかなーと思ってたし。そこに丁度、『コニーを昇格させたい』ってパーティからの申請があったってだけだよ」
まるでそれまでにあった手続きの苦労を感じさせない様に、クルシャは軽口で笑いながら言った。
「そう言ってくれると助かります」
強がりを見せていると分かったヒリアだが、わざわざ暴くのは無粋だと思ったヒリアはただ感謝した。
「それにあたしなんかより、リアの方が大変だったんじゃない? ここ数日の討伐の記録とか、コニーの能力に関してまとめた報告書とか、コニーが昇格するのに使える材料を沢山揃えてたし」
今度はお返しとばかりに、クルシャの方から切り返す。
「それは当然の事ですよ。パーティにいる仲間が評価されていないのは、あまり気分のいいものではないですから。ただ過小評価しているのは、主に当人の様ですが……。それに彼の昇格を進言したのは、恩返しの意味もありますから」
ヒリアはそう言いながら、コニーが去った後を目で追った。すでにその先にコニーの姿はなかったが、ギルドの扉の先で走るコニーがぼんやりと想像された。
「……それにしても、『パーティのために昇格させた』なんて、随分大胆な嘘をついたもんね」
さらに追い打ちの様に、クルシャは怪しげな笑みを浮かべながらヒリアに突っかかる。
「私は嘘をついたつもりはありませんが……」
「『低ランクだと行動範囲が制限される』だなんて言ってたけど……適切なランクの同行者がいれば、低ランクでも高難度領域には入れるって、ギルドの規則にあるはずなんだけどなー?」
「……そんな規則もありましたね」
まるで今聞かされたかの様に、ヒリアは涼しい顔でクルシャから視線を逸らす。
「全く……さっき規則の事を話に出しておいて、知らない訳ないじゃん」
素知らぬ顔で白を切るヒリアに、クルシャはニヤニヤとはしたなく笑う。
「……万が一のためですよ。彼はどうも自分に自信がない所がありますから、この昇格を受け入れてもらって、自分の実力に少しでも自信をつけてもらわないと」
「それはそうかもねー。あたしがわざわざ心配するくらいだし」
クルシャも思い当たる節があるかの様に、ヒリアの懸念に同意する。
「……それと、あなたも人の事は言えないんじゃないですか? 昇格が取り消せないなんて、私は初めて聞きましたが?」
「いやいやいや、実際降格処理って結構大変なんだよ~?」
痛い所を突かれたのか、クルシャは焦りながら両手を振って否定する。
「そう難しい事はないはずですよ。コニー君の場合、当人の討伐経歴がない事を挙げれば、降格処理はそう難しくないはずですから」
「あ、あはは……まぁ、こちらの事情に詳しい事で」
ヒリアをはぐらかすのは難しいと悟ったのか、クルシャは観念した様に手を上げる。
「さっきも言ったけど、あたしもコニーがずっとFランクだったのを見てられなかったのよ。でもあたしはギルドの一職員だから、コニーを贔屓する訳にはいかない訳で……」
「十分贔屓目で見ていると思いますが」
「うっ……」
さらにヒリアから揚げ足を取られて、クルシャは返す言葉を失った。
「……だってさ、今時あんないい子そうそういないよ? そりゃ多少は応援したくなるじゃん?」
結局開き直るしかなくなったクルシャは、カウンターに伏せてぶつくさと呟いた。
「あなたの場合、それが応援になっているのか疑問ですが……」
「いいじゃない、可愛いんだから」
クルシャの対応を疑問視するヒリアだったが、クルシャは改める気はないといった様子で笑みを浮かべる。
「……っと、随分長い事お邪魔してしまいましたね」
背後が騒がしいのに気付いたヒリアが振り返ると、受付の順番待ちの列が長蛇の列になっていた。
「こんな忙しい時じゃなきゃ、もっとゆっくり話したかったけどね」
「では、それはまた次の機会にでも……」
別れるのが惜しいクルシャを振り切る様に、ヒリアは受付を去りながら別れの挨拶を告げた。




