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第二十六走「初めて家に人を上げて、楽しく過ごしました」

○前回までのあらすじ

 外界の森を探索中に魔物と遭遇するも、見事討伐して無事に調査初日を終えた魔獣調査パーティ第四班。多くの経験を得て充実した日を過ごしたコニーは、パーティと別れて帰宅しようとした所で、パーティを指揮するヒリアに家に招待する様に言われる。うまく断る事が出来なかったコニーは、流される形でヒリアを自宅に招き入れる。

「ここがコニー君の家ですか」

 ヒリアさんと共に家の前まで来た所で、ヒリアさんが僕の家を見上げながら呟く様に言葉を漏らす。ヒリアさんの反応を見るに、多分これといった感想が浮かばない感じだ。特段変わった所のないただの平屋だから、そうなるのも無理はない。

「……それじゃ、入りましょうか」

 まだヒリアさんを家に上げるのに抵抗はあるけど、待っていても心苦しいだけなので早々と扉に手を掛ける。

「ただいまー」

 僕は玄関の扉を開け放つと、なるべくいつも通りの調子で家に入る。

「あら、お帰りコニー」

 僕の声を聞いたお母さんが、家の奥からおもむろに顔を出す。煙が立っている台所から来たので、夕飯の支度の途中みたいだ。

「何だか疲れてない? 帰りもいつもより少し遅かったし、何かあったの?」

「えっ……そ、そんな大した事は何も……」

 玄関先で突っ立っている僕を見て、お母さんが心配そうにこちらへ歩み寄る。実際は色々と大した事があったし、それに加えて直ぐ後ろにはヒリアさんもいる。でもあまりお母さんに心配掛けたくなかったから黙っているつもりだったけど、僕の顔を見るなり直ぐに見破られてしまった。あまり表に出さない様にしたつもりだけど、そんなに顔に出ていただろうか。

「あら……そちらは?」

「こんばんわ、夜分に失礼します」

 僕がどうにか誤魔化せないかと思っている内に、お母さんがヒリアさんの存在に気付いてしまう。ヒリアさんも普通に挨拶しているし、こうなってしまってはもうどう取り繕っても仕方ない。

「えっと……こちらはヒリアさん。昨日から僕と一緒にパーティを組んでいる冒険者で、Cランク冒険者の凄い魔術師なんだ」

「へぇ~……それはまた、凄い人を連れて来たわね。しかもそんな人とパーティを組んでるなんて、私始めて聞いたわよ」

「あ、あはは……そ、そうだね……」

 お母さんが感心した様にヒリアさんを見上げる中、僕は気まずくなって苦笑いする。お母さんにはその日にあった事を毎日話していて、昨日も普段ならパーティを組んだ事も話すつもりだった。でも昨日はパーティがお互いに険悪な雰囲気で、何となく話題に挙げられなかったから、お母さんにパーティの話をするのは今が初めてになる。結局今日の外界調査で初日の印象ほど悪くないパーティだと気付いたから、昨日の内に話さなかったのが少し悔やまれる事になってしまったけど。

「そんな褒め称えられるほどではありませんが、称賛の言葉は有難く受け取らせて頂きます」

 僕達の発言に対してヒリアさんは、礼儀正しく紳士的な振舞いで返す。どうしてこの対応がパーティの皆に出来ないのが不思議でならない。でも冒険者相手に紳士的な振舞いをするのも変な感じがするのも分かるから、あまり言及する気にはならなかった。

「改めまして、先日よりコニー君とパーティを組ませて頂いている、冒険者のヒリアです。現在は立場上冒険者と名乗らせて頂きましたが、本職は魔術の研究をしています」

「コニーの母のリーズです。こちらこそ、コニーがお世話になってます」

 少し遅くなったけど、お母さんとヒリアさんがお互いに自己紹介をする。お互いに頭を下げているのを見ると、まるでご近所同士の挨拶みたいだ。

「それで……今日はどんな御用でこちらに?」

「はい。現在、私達のパーティはコニー君の案内で外界の調査をしているのですが、今日はパーティの指揮者として私も今後の予定をコニー君と詰めようかと思いまして……」

「そうなの……そういう事なら、上がっちゃいなさい!」

 ヒリアさんが家に上がると聞くと、お母さんは嬉しそうにしながらそそくさとヒリアさんの背中を押して家に無理矢理上げる。

「夕食もまだでしょう? 丁度支度してる途中だから、今からあなたの分も準備するわよ」

「い、いえ、お構いなく……」

 さらにお母さんがヒリアさんの腕を引いて席に座らせようとすると、ヒリアさんは遠慮してお母さんの手から逃れようとする。

「そう言わずに! 私もコニーがうちに人を上げるなんて初めてなんだから、しっかりもてなさないと!」

 しかし粘着質なお母さんがその程度でヒリアさんを諦めるはずもなく、自分の手から離れようとするヒリアさんを強引に引き戻して席に着かせた。

「それじゃ、直ぐ作るから待ってて!」

 ヒリアさんを座らせてたお母さんは、そのまま奥の台所へと忙しなく引っ込んでいった。まるで嵐の様な騒がしい光景だけど、家族が全員揃っていた時みたいだと思い返して少し懐かしい気持ちになる。

「い、いえ、ですが……」

「ヒリアさん、ここは一つお願いします。お母さんがああやって言い始めたら、僕の話も聞かないので……」

 ヒリアさんも負けじと台所に声を掛けながら席を立とうとするけど、僕がすかさずヒリアさんの傍まで寄って小声で制止する。正直僕としてもヒリアさんを巻き込むのは不本意だけど、あんなに嬉しそうにヒリアさんを迎え入れたお母さんを見て、あの雰囲気を壊したくないと思った。もしヒリアさんが迷惑でなければ、このままお母さんのもてなしを受けて欲しい。

「……まぁ、仕方ないですね。お邪魔しているのはこちらですから、ここは有難くもてなされましょう。私もお邪魔した家でこんな受け入れてもらえるのは初めてですから、少し嬉しくもあります」

「そうですか……それは良かったです!」

 ヒリアさんが笑顔を見せてくれたので、僕もお母さんが疎ましく思われてなくて良かったと思った。あれだけ唐突にもてなしを押し付けられたら、嫌がる人もいるんじゃないかと不安に思っていたけど、ヒリアさんがそういう人じゃなくて良かった。

「それにしてもびっくりしたわよ! まさかコニーが人を……しかも女の子を家に上げるなんて!」

「リーズさんそんな……私なんてもう24ですから、子供扱いされる様な年じゃないですよ」

「24なんて、私からしたらまだまだ子供よ! 私なんてもうすぐ40超えちゃうから、すっかりおばさんの仲間入りよ!」

「そんな……まだまだ若く見えますよ」

「こんなおばさん捕まえて、何言ってんのよ!」

 お母さんの雰囲気に釣られてか、ヒリアさんも饒舌になって壁越しにお母さんと楽しそうに何て事のない会話を繰り返す。そして僕からは切り出しづらい女の人同士の話題に、僕はひたすら横で聞き入るしかなかった。

「……あれ? ヒリアさんって、女の人だったんですか!?」

 しかしふと会話の中でさりげなく明かされていた事実に、僕は遅ればせながら目を丸くして驚いた。

「おや……気付いていると思いましたが、まさか知らなかったのですか?」

「え、えっと……」

 ヒリアさんが僕の言葉を聞いて、椅子に座ったままこちらに身体を向ける。別にヒリアさんの性別についてはあまり気にしていなかったけど、今までの振舞いから何となく男の人かと思っていた。確かにヒリアさんは他のパーティの人達と比べると、男にしては若干小柄な体格だと思っていたけど、僕自身も14にしては小さい方だったからそこまで気になるほどじゃなかった。それにヒリアさんが着ている魔術師のローブで身体つきがはっきり分からないし、顔も声も男女どちらとも取れる雰囲気の骨格と口調で、パッと見た印象では性別が判断出来ない感じだった。結局パーティで色々と口論に参加していた時の印象が強すぎて、どちらかと言うと男の人っぽいと感じたので、今までヒリアさんは男の人だという印象でいた。

「す、すいません……」

 そこまで気にしていなかった事ではあったけど、勘違いしていたのは間違いないので、僕はわだかまりが起こらない様に素直に謝罪した。

「……」

「ひ、ヒリアさん……?」

 僕は頭を下げたままヒリアさんの返事を待つけど、ヒリアさんはこちらを見ているだけで何も言ってくれない。しばらく待っても何も黙ったままだったので、様子が気になった僕は頭は下げたまま顔を上げてヒリアさんの顔を見る。

「ぶっ……!?」

 そして何を思ったのか、ヒリアさんは僕の頭を勢いよく抱き寄せて、自分の胸の中へと(うず)めて来た。いきなり衝撃と共に視界を奪われた僕は、一瞬何が起きたのか分からなかった。

「……な、何してるんですか!?」

 少し遅れて顔から伝わる柔らかさを厚手のローブ越しに感じて、状況を理解した僕は慌てて身を引こうとしてもがく。しかしヒリアさんは僕の頭を完全に抱き留めていて、体勢も前屈みで踏ん張りが利かない僕には抜け出す事が出来なかった。

「どうです? これで私が女性だと認識しましたか?」

 冷静にこちらの様子を窺いながら、何処か楽しそうな声色でヒリアさんが僕に問い掛ける。まさか自分が女の人だと教えるために、こんな事をしているのか。

「は、はい、分かりました! 分かりましたから、早く放して下さい!」

 僕は奥にいるお母さんに気付かれない様、必死ながらも声は抑えてヒリアさんに訴えかける。こんな場面をお母さんが見たら、一体何を言われてしまうのか分かったもんじゃない。

「……そうですね、戯れはこのくらいにしておきましょう」

 ヒリアさんはそう言うと、僕の頭を抑えていた手を離して僕を開放する。すかさず僕はヒリアさんから身を引いて、二歩ほど後退りする。ギルドでよく受付嬢のクルシャさんにこの手の悪戯をされる事はあるけど、家にいる時だとまた別の緊張があってか久しぶりに物凄く焦ってしまった。それにまさかヒリアさんがこんな事をしてくるとは思わなかったので、不意を突かれた感じで余計に慌ててしまった。

「ど、どうしたんですか急に!?」

 ヒリアさんの拘束から解き放たれた僕は、あまりにヒリアさんの人物像からかけ離れた行動に、息を荒げながら質問する。

「いや……コニー君が私の事を女性だと聞いた時、随分と信じられない様子でしたので。こうして身を以て証明すれば、君も疑いの余地がないでしょう?」

 きょとんとした様子で事もなげに言うヒリアさんを見ると、恥ずかしがっていた自分の方がおかしかったんじゃないかと錯覚してしまう。ヒリアさんからすれば、僕に触れられる事は本当に何でもない事だったのだろうか。もしくは研究者のヒリアさんの性分から、中途半端な疑問ははっきりとさせておきたかったのかもしれない。

「そ……そんな事しなくても、口で説明してくれればいいですから!」

 しかしまだ女の人に触れるのに抵抗がある僕にとっては、そうした過度な触れ合いは遠慮願いたかった。とはいえそれをここで伝える勇気が僕にある訳もなく、何とか別の理由で本心を隠す事にした。

「そうですか……まぁ、理解して頂いたのなら良かったです」

「は、はぁ……」

 性別の疑念が解消されたのに満足したのか、ヒリアさんもそれ以上は言及してこなかった。ヒリアさんの唐突な行動に、僕は今日の分の疲労がどっと押し寄せて来た気がした。今まで気分が高揚していたからあまり感じていなかったけど、今日はパーティの道案内や魔物との戦闘と、精神的にも身体的にも疲労の重なる経験をしているから、本来なら今直ぐにでもその場に倒れてしまうくらいに疲れていたんだ。

「お待たせ、準備出来たわよ!」

 そんな僕達のやり取りを知らないお母さんが、夕食の準備を終えて台所から出て来る。ヒリアさんがいるからか、お母さんの手にはいつもより大きい鍋が抱えられている。

「……あら、どうしたの?」

 僕が肩を落として疲れた様子を見て、お母さんが何事かと首を傾げる。

「あー……ちょっと、今日の疲れが……」

 あまり無用な心配を掛けたくなかった僕は、曖昧な内容だけ伝えて誤魔化す事にした。

「そう……これからご飯だから、しっかり食べて休みなさいよ」

「は、はーい……」

 お母さんは少し気に掛かるみたいだったけど、僕が大丈夫だと分かるとあまり深くは聞いて来なかった。

「それじゃコニーも早く席について。ヒリアちゃんもそのまま待っててね、直ぐ持って来るから!」

「ですから、子ども扱いしないで下さいと言ってるじゃないですか……」

 再び台所へと消えていくお母さんに、ヒリアさんが勘弁して欲しいと言わんばかりに投げかける。しかしお母さんがヒリアさんの言葉を聞く事はなく、結局ヒリアさんが折れる形でお母さんのヒリアちゃん呼びが定着してしまうのだった。


◇◇◇◇◇◇


「それじゃ、頂きましょうか!」

「はい、頂きます」

「頂きます!」

 お母さんが夕食を全てテーブルに並べ終えて、全員が席に着くとお母さんが食事の音頭を取る。何だかいつもよりも賑やかな食卓に、僕はまたちょっとした嬉しさを噛み締める。

「ヒリアちゃんは何処から来たの?」

「中央大国にあるマグナリアという魔術都市です」

「あら、それは奇遇ね! うちの娘が今そこの学院にお世話になってるわよ!」

「そうでしたか! マグナリア学院に入っているのでしたら、相当な素質の子でしたでしょう?」

「えぇ、そうらしいわよ。私は魔術の事はさっぱりだけど、何でも今在籍している子達の中じゃ指折りの素質があるって……」

 食事が始まると、お母さんの方からヒリアさんに色々と話を振り始めた。話題が魔術に関する方向になったおかげか、ヒリアさんも嬉々としてお母さんとの話に乗っている。僕はそんな二人の様子を眺めながら、話の邪魔をしない様に静かに食事を口に運んでいく。

「……所で、ヒリアちゃんはコニーの事をどう想ってるの?」

「ぐぼっ……!?」

 しばらく会話を楽しみながら食事をしていると、突然お母さんがあらぬ方向の質問をし始めて、横で聞いていた僕は飲み込もうとしていたスープを吹き零す。今日知り合ったばかりのヒリアさんを相手に、お母さんは何て質問をしているんだ。

「そうですね……初めて会った時はFランクの冒険者という事で気にも留めていませんでしたが、思った以上に優秀で正直驚きましたよ。今ではこれほどの逸材がまだFランクでいるのか、不思議でならないくらいです」

「そ、そう……」

 お母さんからの質問に真面目に答えるヒリアさんに対して、お母さんは僕の高い評価に喜ぶ反面、斜め上の返しを食らって微妙な反応をする。さっきも少し思ったけど、ヒリアさんは意外と天然と言うか、妙に無頓着な所があるみたいだ。もしかしたらヒリアさんはお母さんの質問に、色恋に関する意図があるなんて微塵も思ってないかもしれない。

「そ、そんな有望だと思うなら、コニーの事が少しは気になるんじゃないの?」

 しかしお母さんも簡単には引き下がらず、さらに突き詰めた質問でヒリアさんを追い詰める。

「気になる、ですか……」

 ヒリアさんも流石に質問の意図を理解したのか、顎に手を当てて深く考え込む。ヒリアさんが僕をどう想っているかは気にならない事もないけど、僕も昨日からパーティを組んだ仲なのでそんな淡い期待はせずに静観する。

「確かに私も冒険者の端くれですから、コニー君の今後には期待出来るものがあるとは思います。しかし私自身は冒険者としての実績にはあまり興味がないので、コニー君に対して特に焦燥感が生まれる事はないかと思います」

 しかしヒリアさんから返って来たのは、またもやお母さんの期待を裏切る内容だった。ここまで核心に触れずに受け答えする辺り、ヒリアさんは本当にこの手の話に疎いのか、はたまた触れられたくなくて巧みに躱しているのか僕には分からない。

「そ、そう……」

 お母さんも再び想定していた返しがもらえず、若干心が折れそうになっている。

「そ、それならヒリアちゃんもコニーと同じ冒険者同士、分かり合える部分があるんじゃない? うちの娘が魔術を勉強している関係で、コニーも多少魔術の事は知っているから、今後もお付き合いする上では悪くない相性だと思うわよ?」

「お、お母さん!?」

 まだまだ諦めきれないのか、お母さんはついに誤魔化しが利かない直接的な聞き方で、さらに僕とヒリアさんの関係を誇張してまで強引に話の軌道を修正した。僕もそこで黙っていられるほど肝が据わっておらず、たまらず立ち上がって叫ぶ。

「いえいえ……私はギルドの任務で一時的にこちらに来ている身ですので、任務が終われば直ぐにマグナリアに帰って、残してある研究の続きをするつもりです。今は冒険者としてここにいますが、本分はあくまで魔術研究ですから、冒険者が生業のコニー君とはこれ以降深く関わる事はないでしょう」

 一方のヒリアさんは終始変わらない態度で、最終的にはお母さんの期待を正面から打ち砕いた。結局ヒリアさんには、こうした浮ついた話は色んな意味で全く気にも留めない話だったみたいだ。

「そう、なの……」

 お母さんもヒリアさんが完全に脈なしだと理解したのか、気分を落として俯いてしまった。お母さんのしつこいくらいの言及はあまり良くなかったけど、こんな様子のお母さんを見るとどうしても少し居たたまれない気持ちになる。ただ僕も話題が話題だっただけに、お母さんに掛けられる言葉がなかった。

「……所で、マグナリアに残して来た研究って何ですか?」

 仕方ないので、僕は話の間で気になった事をヒリアさんに聞いてみた。実際魔術師の研究がどんなものかは気になったし、ヒリアさんが魔術に関してどんな事を話すのかも興味があった。

「私が今進めている研究は、魔術と親和性の高い物質に関する研究ですね。例えば私が使っている杖の様に、使用する魔術の能力を向上させる物がありますが……」

 僕が魔術の話を切り出すと、ヒリアさんはまた嬉々として語り出した。そのままヒリアさんと僕は食事をゆっくり進めながら、魔術に関する話をヒリアさんが次々と出してくれた。お母さんは最初の内は寂しそうに僕達が話している様子を見ていたけど、途中で元気を取り戻してからは一緒に話に参加してきた。その後は三人で楽しく様々な話を食事が終わるまでずっと続けた。


◇◇◇◇◇◇


「それじゃ、しばらくは二人でゆっくり話すといいわ」

「うん、有難う」

 食事が終わって一息つくと、お母さんは食器を器用に全て持って台所に引っ込んで行った。すっかり楽しくなって夢中で話し込んでしまったけど、今日ヒリアさんがここに来たのは世間話をするためじゃない。

「それでは、今後の予定について話そうか」

「……っ、はい!」

 ヒリアさんが一呼吸置いてから本題を切り出すと、僕も緊張で背筋がしゃんとする。ついにヒリアさんとパーティ全体の方針について話す時が来た。とはいえ、僕と話し合う事なんてたかが知れているだろうけど。

「まずは私達が担当している調査区域とその周辺の環境、特に魔物の生態系について教えて下さい」

「は、はい……!」

 最初にヒリアさんから聞かれたのは、任務に関わるであろう調査環境の情報だった。僕はフロン周辺の簡単な立地からに生息する魔物や採取出来る素材、それぞれの生息域や大まかな特徴等、知り得る限りの情報をなるべく理解してもらえる様に分かりやすく説明する。

「……有難うございます、おかげで周辺の状況については概ね把握しました」

「い、いえ……お役に立てたなら良かったです」

 フロン周辺の外界に関する情報を伝える終えると、ヒリアさんからお礼を言われてしまった。こんなに沢山喋ったのは初めてだったので、正直拙い説明で不十分な所もあったと思うけど、それでもヒリアさんは礼儀正しく返してくれた。

「ではコニー君の情報を踏まえて、明日以降の方針を決めようかと思います」

「は、はい……」

 いよいよヒリアさんが本格的に話を進め始め、僕は緊張が最高潮に達する。ここから先の話は一言たりも聞き逃せないと思うと、顔を伝う汗すら鬱陶しく感じる。

「ひとまず現在優先されるのは、パーティの連携の調整と暗い森での活動に慣れさせる事です。そのために今回は、多少強引な方法でパーティの連携を高めようかと思います」

「ご、強引な方法ですか!?」

 ヒリアさんから物騒な物言いを聞いて、僕はつい驚いた声を出してしまう。お母さんに聞かれてしまったかと思って台所に目を移すと、お母さんはこちらを気にする事なく後片付けを続けていた。

「強引な方法と言いましたが、あくまで手段そのものが強引という話で、パーティの傾向を考慮すればむしろ正攻法とも言えます」

「ど、どんな事をするんですか……?」

 ヒリアさんの言い回しがちょっと気になったけど、考えても分からないので僕は話の続きを促した。

「今日のシルバーウルフ討伐で改めて実感しましたが、私達のパーティはまだ全体的な連携の練度が不足しています。それに加えてパーティのほぼ全員が暗闇の森という慣れない環境で、十分な実力を発揮出来ていないのも問題です。そこで明日からはパーティ全体の連携と暗い森の環境に慣れるために、担当区域で積極的に魔物との戦闘を行う事にします」

「えっ……? で、でも、まだ慣れないのに魔物と戦闘をするのは大変じゃ……」

 あれだけ動けているのに暗闇に慣れてないとか、即席にも関わらず十分連携出来ていたとか、色々と気になる部分はある。でも何より、不慣れな環境と未熟な連携という重荷を背負った状態で、危険な魔物との戦闘をするという判断が理解出来なかった。訓練とかで安全に連携や環境に適応する方法があるのに、どうしてわざわざそんな事をする必要があるのだろう。

「私もそう思いますが、このパーティであれば寧ろこの強引な方法が適していると思うのです。調査任務は状況次第でいつ終わるか分かりませんので、時間を掛けて環境に慣れさせる暇はありません。そこであえて魔物との戦闘という実戦経験によって、より素早く環境に適応させるのがこの方法の目的です。特にこのパーティは、実際に身体を動かした方が理解の早い人間が多いみたいですから、あれこれ作戦を練るよりこの方法が断然早いでしょう」

「そ、そうですか……」

 ヒリアさんの気に掛かる言い方に突っ込みたかったけど、僕も少し思い当たる節があったので言葉が出て来なかった。確かにあの人とかにはパーティの重要性を説くよりも、実戦で経験させる方が理解が早そうだ。

「で、でもそうなると魔物を探して戦う事になりますけど、大丈夫なんですか? Cランクのヒリアさんがいるので、余程の事がなければ大丈夫だとは思いますけど……」

 ただいくら有効な方法とは言え、まだ不安要素がない訳でもなかった。フロンの周辺にはCランク冒険者が苦戦する様な魔物は生息してないけど、それでも外界では万が一という事は十分にあり得る。そんな危険を引き換えにしてまで、この方法に頼るつもりなのだろうか。

「それなら、コニー君がいるじゃないですか」

「えっ?」

 そこにヒリアさんから僕の名前が挙がって、僕は意味が分からずつい聞き返す。

「君には魔物の索敵スキルがあり、さらには対象の危険度まで判別出来る。私はそんな君がいるからこそ、この一見無謀にも思える方法が可能だと思ったんですよ。君が都度適切な魔物を探し出して、私達がその魔物と戦い経験を得る。これを繰り返して手早くパーティ全体の連携を高めつつ、暗い森の環境に慣れさせます。ですからこの方法の要は、他ならぬ君なんですよ」

「えっ……えぇっ!?」

 まさか僕に白羽の矢が立つなんて思わず、僕はまた驚きの声を上げてしまう。確かに僕は今回パーティの案内役で、フロン周辺の事情に関してはある程度熟知しているし、魔物を探知出来るからその役目に適しているのは分かるけど、まだFランクの僕にそんな重要な事を任せるなんて思いもしなかった。

「それにコニー君には隠密スキルもある。それらを駆使すれば、余計な魔物を避けて必要な戦闘だけに集中出来ます。それに今日君がやって見せた様に、後衛は隠密スキルで安全に戦闘に参加出来るので、不測の事態も起きにくくなります」

「い、いや、そんなに僕に期待されても困ります!」

 さらにヒリアさんに説き伏せられて、僕はたまらずヒリアさんの言葉を遮ろうと声を上げる。どうして僕を褒めてくれる人は、こんなにも僕を過大評価してくるのだろう。

「そうですか……少し、君には荷が重すぎましたか。ですが、安心して下さい。別に君が何でも出来るなんて思っていませんよ。ただでさえまだ戦闘経験のないコニー君に、最初から私の期待通りの事が出来るとは思っていません」

「そ、そうですよね……」

 先ほどの期待とは真逆の言葉をもらい、僕は少し安堵すると共に、やっぱり僕はまだまだ実力不足なんだと自覚する。ヒリアさんも同じパーティの仲間だからこそ、Fランクの僕に期待し過ぎない様にしているのだろうけど、そんな期待に応えられない自分の実力が少し歯痒く思えてしまう。

「ですから最初の内は、私がコニー君の補助に回りますので、失敗は気にせずやってみて下さい。君も冒険者を志す以上、ずっと出来ないままではいられないでしょう?」

「あ……」

 しかしヒリアさんに思いもよらない言葉をもらい、僕は言葉を失ってしまう。そうだ、僕がFランクだからと言って、身の丈に合った事しかしていなかったら、ずっと前に進めないままだ。少しでも早く一人前になりたいのなら、今の自分が出来ない事も出来る様にならないと、どんどん成長していかないといけない。でも慣れない内から出来ない事をすれば、簡単に躓いて前に進めない。ヒリアさんもそれが分かっていて、僕の成長に期待しているからこそ、補助という後ろ盾で僕を安心させながら、ちゃんと可能な範囲の仕事で成長させようとしてくれている。

「……どうですか、やってくれますか?」

「は……はいっ!」

 そこまで期待されてしまったら、僕も首を縦に振る事しか考えられなかった。それに僕にとっては、自分の可能性を広げるまたとない機会だろうから、寧ろ有難い提案でもあった。

「では、明日以降の巡回路を決めましょう。詳細は現地の状況次第で変わりますが、魔物の生息域からおおよそ回る場所を限定しましょう」

「はい!」

 パーティの行動方針が決まると、次はさらに細かい行動内容を詰めていった。明日からは道案内の時よりも大変な仕事が待っているだろうけど、それ以上に僕の胸の高鳴りは期待と喜びで満ち溢れていた。

〇おまけ「人物ファイル:リーズ」

種族:人間

職業:一般ギルド労働者(土木建築業)

出身:辺境の街フロン(国属なし)

 主人公コニーの母で、主人を亡くしてから一年以上一人で家庭を支えている逞しい母。

 成人してから直ぐに独り立ちのために、一般ギルドの土木建築業に登録して働いていた血気盛んな女性で、そこらの軟弱な男は腕っぷしでねじ伏せるくらいの剛腕の持ち主。

 その後独り立ちしてからしばらくした後、主人からの告白を受けて結婚する。

 コニーが生まれてからは労働を控える様になり、娘を生んだのをきっかけに仕事を辞める。その後は育児に専念するが、娘が主人と共に都市へと引っ越すのを機に再び働き始める。

 主人を亡くしてからはさらに仕事に精を出し、コニーが成人するまでの家庭を一人で切り盛りした。コニーが成人してからも家庭を支える意識は変わらず、コニーが冒険者をしている間もずっと働き続けている。ただし労働は必ず日中に終わらせて、コニーと過ごす時間を大事にしている。

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