第二十三走「初めての道案内は、まずまずの進行となりました」
○前回までのあらすじ
ギルドから討伐任務が発令され、冒険者の一人として参加する事になったコニー。初めての任務で不安の中、さらに他の街や都市から来た冒険者と初めてのパーティを組む事に。しかもパーティの一員は皆個性が強く、初対面の内から険悪な雰囲気が漂う。様々な不安を抱え、コニーの初めての任務が始まるのだった。
「はぁ~……」
ギルドから任務を受けた翌日、僕はパーティの指揮者であるヒリアさんの指示で、朝からパーティ全員で集合する事になった。目的は任務の担当区域への視察という事で、いきなり案内役の僕の出番となってしまった。昨日の険悪な雰囲気がまだ残ってないか、道案内がしっかり出来るか、任務中に足を引っ張らないか、気掛かりな事が頭を支配して向かう足並みが重くなる。
「……うん、よしっ!」
しかしいつまでも不安を抱えていては、出来るはずの事まで出来なくなってしまう。僕は気合いを入れ直し、集合場所へ早足で向かった。
「田舎モン、遅刻だぞ!」
集合場所に到着すると、すでに僕以外の五人は集まっていた。僕が来たのに一番に気付いたジビターさんが、大声で怒鳴りつける。
「えっ……す、すいません……」
あまり遅れた自覚はないけど、周りを見るとどうやら僕が一番最後みたいだ。他の皆も同じだと言わんばかりの空気だし、とりあえずその場の流れで謝る事にした。
「遅刻って、そんなに遅れてました?」
「五分も遅刻してんだよ!」
「ご、五分!? そんな細かく分かるんですか!?」
ジビターさんの指摘を聞いて、遅刻した事以上の驚きを表す。分単位で時間が把握出来ているなんて、時計がないと難しいはずだ。時計なんて精密機械は値も張るし、ましてや携帯出来る様な精巧な物は都市に住む上流階級でないと買えないはずだ。
「そういえばコニー君はまだFランクでしたね。ではこちらの存在を知らなくても無理はないでしょう」
「それは……」
ジビターさんの背後から会話に入って来たヒリアさんが、ローブの袖から小さい魔石を取り出した。その魔石はさほど強い魔力は感じないけど、蓄えられた魔力が魔石の周囲を様々な軌道を描いて回転している。
「『時刻魔石』だよ。魔石に込められた魔力が一定の周期で巡っていて、魔力が魔石を一周するのにそれぞれ一秒、一分、一時間、一日と、決まった時間で周り続けているんだ。この魔力の回転数や位置を見て、現在時刻を正確に割り出す事が出来るんだ」
「そ、そうなんですね……」
今までにも色んな魔石を見て来たけど、時計の代わりになる魔石は初めて見た。まさか時計の代わりになる魔石があったなんて、僕もまだまだ勉強不足だと痛感する。
「君は時間の重要性を軽視していたみたいだけど、一人前の冒険者なら一分一秒の時間の大切さを理解しているものだよ」
「は、はい……」
ヒリアさんの注意を受けて、時間をもっと大切にしないといけないと思い知らさせた。一人で依頼をしている時は時間はそこまで細かく気にしなかったけど、パーティで行動する時はこうした事にも気を配らなくちゃいけないんだ。
「魔石は高いから、初めの内は仕方ないよね……」
「俺も冒険者になってからは、少しは時間を気にする様になったしな」
「一人が時間を合わせなければ、他の者も振り回させるのが道理」
「へっ、俺達はお前みたいな田舎モンと違って、無駄な時間を過ごしてる暇はねぇんだよ!」
「わぁ……」
ヒリアさん以外の人達も、それぞれ手持ちの時刻魔石を出してこちらに見せつける。やはり一人前の冒険者は時間を大事にするのが常識なんだ。これからは僕も時間を正確に把握出来る様にしないと。
「この時刻魔石って、僕も買えますか?」
「そうだね……出来ればより高額で性能が高いものが望ましいけど、君には秒数周期がない比較的安い物でもいいと思うよ。それでも50000リールはするけどね」
「そ、そんなにするんですか……」
元々魔石が高価なのは知っていたけど、やはり僕には中々手を伸ばすのが躊躇われる金額だ。僕の一月分の貯蓄をほとんど使い切ってしまうけど、時計を買うよりは現実的な金額だし、今後の事を考えて購入を検討するのもいいかもしれない。
「フン……たかがFランクの田舎モンの稼ぎじゃ、逆立ちしたって払える額じゃないだろうよ!」
「う……」
本当は払えない事もないんだけど、もし時刻魔石を買った後に他にも必要な物が出てきた時の事を考えると、安易に手を出せないので言い出せなかった。
「……あれ?」
手が届きそうで迂闊に手を出せない魔石を恨めしく眺めていると、ちょっとした違和感がある事に気がついた。
「あの……皆の魔石、よく見たら魔力の回転速度がちょっとずつ違いますね」
「えっ……」
「まじ?」
「真か……?」
「はぁ?」
僕から別方向の話が出て、各々が驚きの反応を示す。僕も凝視して初めて気づいたけど、同じ時刻魔石でどうしてこんな差が出ているのだろう。
「よく気がつきましたね」
「ヒリアさん……」
ただ一人、僕の言葉に驚かなかったヒリアさんが、感心した様な口振りで微笑む。
「魔石は込められた魔力の質や量に応じて、その機能に差が出るものです。この時刻魔石も魔力の量を少しでも間違えると、回転の周期が早くなったり遅くなったりします。さらに時刻魔石は常に魔石の周りを魔力が渦巻くので、しばらく放置していると魔力を消費して、回転が僅かずつ遅くなってしまいます。そのため定期的に魔力を調整する必要があるんです」
「そうなんですか……」
時計よりも安くて携帯出来るなんて便利だと思ったけど、管理や扱いに注意しないといけないんだ。そう思うと時計より時刻魔石の方が良いという訳でもないのかもしれない。
「折角ですから、ここで全員の時刻魔石を調整してしまいましょう。魔術研究で魔力調整はよくやっていますし、自分の時刻魔石も何度か調整していますから、寸分狂わず調整出来ますよ」
ヒリアさんは言うが早いか、早速一番近くにいたサヴィエさんの時刻魔石を手に取る。
「ふむ……定期的に調整はしているみたいですが、魔石自体が古くなっていますね。魔力を無駄に消費している分、回転が早くなっている上に周期のズレを起こしやすくなってます。今すぐに壊れる事はないでしょうが、新しい物に買い換えるのをお薦めします」
「そう……分かった、考えとく」
魔石に少し触れただけで、サヴィエさんの時刻魔石の状態を見抜くなんて、流石は大陸屈指の魔術都市の魔術師だ。サヴィエさんも素直に聞き入れたみたいだけど、その手に握る魔石を見る目が少し寂しげに見えた。長いこと使っていて思い入れがあるから、手放すのが忍びないのかもしれない。
「では次はガットツさん」
ヒリアんさんはサヴィエさんの魔石に軽く魔力を流して調整を終えると、次は隣にいたガットツさんの元に歩み寄る。
「……粗悪とまでは言いませんが、あまり良い魔石ではないですね。量産されているタイプの魔石みたいですが、兵団の支給品でしょうか?」
「博識だな……その通りだ」
さらにガットツさんの魔石の調整を始めたヒリアさんは、ガットツさんの魔石の出所まで言い当ててしまう。魔石からそこまで分かってしまう所を見ると、最早魔術師の領域を超えている感じがする。
「ここまで言い当てちまうと、流石に少し怖ぇな……」
「そ、そうですね……」
隣で同じくその様子を見ていたレリダさんも、僕と同じ事を思ったみたいだ。心なしかヒリアさんと距離を置く様に一歩引いて、魔石を手に持ったまま身体で隠そうとしている。
「……では、次はレリダ君の魔石を見ましょうか」
「お、おう……」
レリダさんの心境を知ってか知らずか、ヒリアさんは軽く笑顔を浮かべながらこちらに迫って来る。魔石を見せる訳でもないのに、僕も少し恐怖を感じてしまう。
「調整しますので、魔石を見せて下さい」
「あぁ……」
目の前でヒリアさんに促され、レリダさんも諦めがついたのか、覚悟を決めた様に背中に引っ込めた魔石を差し出す。
「ふむ……」
レリダさんが持つ魔石にヒリアさんが触れて集中する。左手に持つ自分の魔石と右手で触れているレリダさんの魔石を比較して、魔力量や魔石の状態を確認しているみたいだ。こうして近くで見ると、レリダさんの魔石とヒリアさんの魔石の違いがはっきりと分かる。
「……何か、レリダさんの魔石だけ回転が早いですね」
「げっ、そんな見て分かるのか……」
僕がついこぼしてしまった独り言を聞いて、レリダさんが少しがっかりした表情を露にする。
「す、すいません!」
よく考えたらレリダさんの魔石管理が杜撰だと指摘している言い方だと気付き、慌ててレリダさんに向き直って頭を下げる。
「いやいや、そんな謝る事じゃねーだろ」
頭を下げたままの僕に、レリダさんは気にするなと言わんばかりの軽口で返す。
「レリダ君……これ、自分で魔力調整をしましたね?」
「そ、そこも分かるのかよ……」
まるで隠し事が見つかった子供みたいに、レリダさんが気まずそうに苦い顔をする。
「たまにいるんですよね、魔力が使えるからと自分で調整をする人。魔石の魔力調整は微細な技術が必要ですから、私の様に専門の知識と経験がないと、機能不全を起こしたり魔石が破損したり、最悪の場合魔力暴走で魔石ごと爆発する事もあるんですよ。金に余裕がないだとか、ただ専門家に見せるのが面倒だからと、魔石の管理をないがしろにして冒険者人生を絶った人間は沢山いますからね」
「そ、そうなのか……」
さりげなく恐ろしい話が出て、レリダさんの顔から余裕が感じられなくなった。ヒリアさんの脅しじみた話の前では、レリダさんも心が穏やかではいられないのだろう。
「まぁ……魔力暴走の爆発による死亡事故はごく稀ですが、肝心な時に魔石が誤作動を起こして、それが原因で死に繋がる事は十分あり得ます。ですから魔石の管理は時間と金を惜しまず、専門家に任せる事をお薦めします」
「あぁ、分かったよ……」
最後まで恐怖たっぷりの話が続いて、レリダさんの表情が固まってしまった。気分も大分落ち込んでいるみたいで、声色も若干暗くなっている。ヒリアさんもレリダさんの事を思っての忠告だと思うけど、ここまで言わなくても良かったんじゃないだろうか。
「さて……後はジビター君ですね。君は確認するまでもないですが、この中で一番問題ですね」
ヒリアさんが最後の魔石調整をしようと、やれやれとため息をつきながらジビターさんの下へ歩み寄る。
「……あぁ?」
明らかにヒリアさんの言葉に触発されたジビターさんが、いきなり喧嘩腰でヒリアさんを睨みつける。昨日も似た様な光景を見たけど、この二人は昨日会ったばかりなのに、どうしてここまで相容れない仲なのだろう。
「触れなくても分かるくらい、他の魔石より魔力が少な過ぎるんですよ。随分長い事調整はおろか、魔力の補充すらしてなければこうはならないはずです。魔石が永久機関だと勘違いしているのでしょうが、どんな物も使い続ければ消耗するんですよ。ましてや魔石は冒険者にとって生命線の一つですから、魔石の魔力補充や調整といった基本的な扱いは心得ているものですが……」
先ほどレリダさんに忠告した時以上に、ヒリアさんは辛辣な言葉をジビターさんに投げ掛ける。やはりヒリアさんはジビターさんの事を、何処か目の敵にしている気がする。
「……チッ!」
ジビターさんもヒリアさんの態度が気に入らないみたいだけど、指摘自体は間違いじゃなかったみたいで、言い返す事はせずにただ目を反らしただけだった。
「……この様子ですと、他の魔具も心配ですね」
全員の時刻魔石の調整を終えて、ヒリアさんは疲労と苦悩に目を押さえながら再びため息をついた。
「任務中に何かあっては私の責任問題になりかねませんし、これから任務が終わるまでは私がパーティ全体の魔具を管理しますか」
「それは有難い……」
「そいつは助かる! これでしばらくは、魔具に頭を悩ませなくて済むぜ!」
「うむ、専門家に見て貰えるのなら僥倖」
ヒリアさんの提案に、皆が一様に感謝の言葉を並べる。余程専門家に直に見て貰える事が嬉しいのかな。それだけ魔具の管理は手間が掛かるという事だろうか。
「全く……あなた達は自分が扱う物に対して、もう少し気を回すべきなんですよ」
面倒そうに吐き捨てるヒリアさんだけど、その表情は少し喜んでいる様にも見える。他の魔具に触れられるのが楽しみなのか、魔術師として頼られるのが嬉しいのか分からないけど、悪い気はしていないみたいで良かった。
「チッ……」
ただ一人、ジビターさんだけは少し離れた所でつまらなそうに視線を反らす。ヒリアさんが気に入らないから賛同出来ないのかもしれないけど、反対する気はないみたいだから魔具の管理をしてもらうのは良いと思っているみたいだ。
◇◇◇◇◇◇
「……では、準備も済ませた所で、早速向かいましょうか」
ヒリアさんが全員の魔具を点検し終えると、ついに外界での任務活動が始まった。指揮者のヒリアさんが先頭となり、僕達は街の南門を通過する。南門の前には、僕がいつも挨拶をしている見張りの兵団の人達が立っていた。門の手前で見張りの兵団に呼び止められるけど、ヒリアさんが見張りの兵団といくつかやり取りをすると、見張りの兵団は快く僕達を通してくれた。
「頑張れよ」
「っ……! はい!」
通り掛けに見張りの兵団から声を掛けられて一瞬驚いたけど、頼もしい激励を貰った僕はそれに応える様に元気良く返事した。
「さて、ここからはコニー君に案内してもらいましょうか」
「えっ……は、はい!」
門を出て外界に出た所で、ヒリアさんから早速道案内を頼まれた。あまりに唐突で理解が遅れてしまったけど、落ち着いて一呼吸置いてからヒリアさんの前へ出た。これからが僕にとって任務の始まりであり、一番大事な場面になるだろう。初めてのパーティに初めての任務に加え、余所の冒険者を案内するのも初めてだ。妙な高揚感と高まる緊張感に、不安も相まって身体が硬直していくのを実感する。しかしここで根を上げる訳にはいかないと、心の中で自分を奮い立たせる。
「……それじゃ、まずは兵団基地へ向かいましょう!」
落ち着くまでにどれだけの間があっただろうか、しばらく沈黙していた僕は勢い良く振り返り、手を挙げて皆を先導する意思を露にする。
「兵団基地へ向かうには、この街道を使います。兵団基地は資材や人の出入りが頻繁にあるので、基地までの道のりは途中まで整備された道を通る事になります」
僕は先頭を歩きながら、兵団基地へ向かうまでの時間を使って、兵団基地に関する情報を説明していっ
た。どこまで任務の役に立つか分からないけど、分からないからこそ伝えられる事は伝えるべきだと思った。
「その辺りは心得ている。兵団は外界に出る際は団を組むのが定石。集団で行動するのに、悪路を使うは外界では至極危険」
流石兵団出身だけあって、ガットツさんは兵団の事情をよく知っている。僕も兵団にいた時期があったから話せた事だったけど、兵団にいた期間を考えたら兵団に関する話はガットツさんの方が詳しいと思うから、僕よりもガットツさんに説明を任せた方が良かっただろうか。
「しかし地図を見た限り、街との距離はさほど遠くない様に感じたが、その基地はこの様な街道まで要するほど広大か?」
「えっと……多分ガットツさんが思っているほど大きい基地じゃないと思います。ただ基地が森の奥にあって、基地までの道が街道を外れると道幅が狭くなるんです。すれ違うのがやっとの道幅なので、一度に運べる資材や移動出来る人数に限りがあるので、一度で通らない分は往復する回数で補っているんです」
「成程……場所が違えば基地の運用も異なるのだな。冒険者として街の外に出なければ知る事の出来なかった情報だ」
僕の説明を聞いているガットツさんは、感心した様子で頷いた。見聞を広げるために冒険者になったと話していたけど、僕の話もその役に立てただろうか。
「……丁度着きましたね。ここから街道を外れてこの細道を通って行けば、兵団基地があります」
ガットツさんと会話をしている内に、兵団基地へ繋がる細道の前まで来ていた。まだ大して兵団基地についての説明が終わってないのに、時間が過ぎるのが思った以上に早く感じる。
「見ての通り道幅が狭いので、僕の後に続いて一人ずつ来て下さい」
左右が草木によって出来た壁で人一人が通れる程度の道幅しかない細道を、僕を先頭に一列になって進んでいく。
「……随分暗いな。まだ昼にすらなってねぇってのに……」
僕の後ろから付いて来ているレリダさんが、頻りに周囲を見回しながら小言を呟く。レリダさんが文句を言うのも無理はない。さっきまでの開けた街道と違い、森に囲まれたこの細道は微かに差し込む日差しで辛うじて視界が確保出来ているけど、森の中はまるで闇夜の様に先がほとんど見えない。慣れるまでは足元の確認が疎かになって、ちょっとした事で怪我をしてしまうくらいだ。
「っと、危ねっ!」
「あっ、気をつけて下さい!」
僕が忠告しようかと思っている間に、早速レリダさんが道に埋まっている石ころに躓いて体勢を大きく崩す。何とか身体を立て直して転ぶ事はなかったけど、危うく茂みに頭から突っ込む所だった。
「ある程度整備された道ですけど、木の根や石ころは少し残っていると思うので」
「そういうのは早く言ってくれよなー」
「す、すいません!」
いきなりの出来事にレリダさんは深くため息をついて肩を落としている。こんな事なら、細道に入る前に忠告するべきだったかもしれない。
「いや、そんな気にする事じゃねぇよ。暗い道で足元注意すんのは普通の事だろ?」
僕がしまったとすかさず頭を下げていると、レリダさんは思いの外あっさり許してくれた。どうやら怒っていると思ったのは僕の勘違いで、レリダさんは全く気にしていない様子だった。
「そ、それもそうですね……」
言われてみればその通りだと、僕とレリダさんは顔を見合わせて笑い合った。いつもなら始めて会った人と話す時は凄く緊張するのだけど、レリダさんと話す時は何故かそれほど緊張する事なく話せている気がする。レリダさんの明るい雰囲気がそう感じさせてくれるのか、ほぼ初対面のはずなのに何処となく親近感があって接しやすい。
「街に来る時も思いましたが、この周辺は森に囲まれていて随分暗いですね」
レリダさんの直ぐ後ろにいるヒリアさんも暗がりを歩くのは慣れないのか、辺りをつぶさに観察しながら歩いている。
「はい、フロンは大きな森の中心にある街で、特にこの森で最も群生している黒針樹という巨大で頑丈な樹が影を作って、森の中のほとんどが夜みたいに暗くなっています。そのせいでこの森には夜行性の魔物が多い上に、夜は目の前すら見えない完全な暗闇になるので、夜は外界に出る事はありません」
「それはまた随分と融通が利きませんね。冒険者であれば、昼夜問わず活動するものだと思いましたが」
「実際そうだぞ。俺も外界で夜を明かすなんて事も結構あったし、ここが特殊なんだと思うぜ」
「そ、そうなんですか……」
ヒリアさんとレリダさんの話を聞いて、フロンの冒険者の習慣が他とは違うと知って驚いた。さっきもガットツさんが兵団基地の話でフロンとの違いに驚いていたけど、もしかしたらフロンが他の街や都市とはかけ離れた生活だったり習慣を持っているのだろうか。
「わざわざ森の中心という不便極まりない立地に街を作るのですから、何かしたの事情があるとは思いますが……」
「あっ、それはこの森に群生している黒針樹が魔物にも倒されないくらい頑丈で、大型の魔物が森の中を通りづらくて棲みつかないかららしいです。街が出来たのが百年以上前で、フロンに関する歴史的文献が少ないので、諸説あるみたいですが……」
「成程、自然を利用した防壁という訳だね。下手に人工的な防壁を作るよりも、製作コストもかからなくて合理的だ」
僕の聞きかじりの歴史話に、ヒリアさんは研究者らしく目を輝かせて頻りに頷いた。こうして見ると、ヒリアさんは冒険者というよりも研究者の方が性に合っているんだなと思った。
「……あっ、着きました! ここが僕が以前修繕依頼で来ていた兵団基地です!」
あれこれ話している内に、早くも目的地に到着してしまった。久しぶりに見た兵団基地は、最後に見た時よりもさらに奇麗になって、壁や扉等の傷付いていた場所が完璧に修復されていた。
「これが兵団基地かぁ……初めて見るが、外界の施設にしてはでけぇな」
「ふむ……確かに、私が想像していたほどではない規模だ」
「こんな大きな基地が、魔獣に襲われたんだ……」
「この基地にいた兵団が手に負えなかったと考えたら、件の魔獣は相当厄介ですね」
パーティ全員が兵団基地を見上げながら、口々に感想を述べていく。レリダさんとガットツさんが基地に関する感想を口にしているのに対して、サヴィエさんとヒリアさんがこの兵団基地を襲った魔獣に関する話題を口にしているのを聞くと、何となく冒険者としての経験年数の差を感じた。
「ヘッ……兵団が揃いも揃って、魔獣一匹に手も足も出ないなんて、田舎のレベルはたかが知れてんじゃねぇか?」
唯一感想もなく基地を眺めていたジビターさんが、ヒリアさんの話題に乗っかって来た。特に誰かに聞いた訳でもなさそうな独り言だと思うけど、何か言いたげにジビターさんの視線はこちらに向いていた。
「えっ、えっと……」
ジビターさんの意図が読めず、僕はただ困惑するしかなかった。僕も兵団で訓練していたから、兵団の話題とは無関係と言い切れないけど、ジビターさんの物言いに対して返せる言葉がある訳じゃない。それに例え僕がこの基地にいた兵団と関わりがあったとしても、僕自身は兵団基地が魔獣に壊された事に関わっていないから、当事者じゃない僕が言える事なんてなかった。
「全く……君はどうしてそうコニー君を目の敵にするのか、理解に苦しみますよ」
「あぁ……?」
僕が反応に困っていると、ヒリアさんがジビターさんの背後から話に割って入る。明らかに喧嘩腰で振り返るジビターさんを見て、既視感のある光景に僕は昨日見たヒリアさんとジビターさんのやり取りを思い出す。
「フロンの兵団が軟弱と言いましたが、フロンの冒険者を見ていれば自ずと理由は推察出来ると思いますがね。任務に参加する際にフロンに在籍している冒険者の年齢層を見ましたが、中年齢層以上の年齢の冒険者が異様に少なく感じました。フロンの様に辺境にある街に見られる特徴ですが、一定以上のランクに達した冒険者、特に外界での活動域が隣街まであるDランク以上の冒険者は、より大きな街や都市に移住する事が多いものです。それとフロンにある依頼書を拝見した所、Cランク以上の依頼が存在しませんでした。ですからフロンにいる冒険者はより高いランクを目指す場合、Cランク以上の依頼のある街に出る必要があります。その結果、この街にいる冒険者のほとんどは若年の新米冒険者かDランク以下の冒険者ばかりなんですよ」
「それが何だってんだよ! 俺は兵団の話をしてんだぞ!? それにお前の言い方じゃ、結局この街のレベルは低いんじゃねぇか!」
長々としたヒリアさんの推論に我慢がならなかったのか、ジビターさんが怒号を上げる。あまりの声の大きさに僕は驚きながらも、周囲の魔物が寄って来ないか気になって咄嗟に危険察知で索敵する。周囲から魔物が迫って来る気配がないのを確認して、僕はひとまず心の中で安堵する。
「それはあくまでフロンに在籍している冒険者の話でしょう。話が少し逸れましたが、先ほどの話で重要なのはフロンにはCランク以上の依頼がないという点です。外界で活動する冒険者に求められるレベルがCランク未満の街であれば、その街を守る兵団もそれと同等のレベルで十分という事になります。そうなれば、それ以上のレベルの兵団がどうなるかですが、兵団も冒険者と同じくより高い能力を求められる街や都市へ、遠征や派遣といった形で出て行くはずです。つまり魔獣に対応出来なかったのはフロンのレベルが低かったからではなく、普段対応しているレベルを超えた魔獣が不運にも出現してしまった結果でしょう」
「ハッ……だったら結局、この街のレベルが低いって話に……」
「全く……私の話をどう解釈したらそんな結論になるんでしょうか……」
「……」
話を全て聞いたジビターさんの反応に、ヒリアさんはやれやれと呆れた様子で首を振る。ヒリアさんと話し始めた頃からすでに苛立ちが表立っていたジビターさんだったけど、今はさらに爆発寸前といった様子で顔をひくつかせている。放っておいたら今にも殴り合いが始まりそうな雰囲気だったけど、あまりに険悪な空気が両者の間に流れていて、止めようと二人の間に入ろうとしても中々踏み出せない。
「フロンの失態を上げるとしたら、今回現れた規格外の脅威への対策を怠ったくらいで、通常の運用においては特に問題はなかったはずです。でなければ、森に隔離された小さな街が今まで機能している訳がありません。それと先ほど、フロンにはCランク未満の実力の冒険者や兵団ばかりだと言いましたが、何もCランク以上の実力者が全くいない訳でもないですよ。おそらく数える程度でしょうが、こんな辺境でもサイダラ支部長の様な私以上の実績を持つ人間もいますから、万が一の対策がないという事もないのでしょう」
ヒリアさんの口から何気ない感じでフロンギルド支部長のサイダラさんの名前が挙がる。ギルドを統括する立場だから只者ではないとは思っていたけど、Cランク冒険者のヒリアさんに自分以上だと断言させてしまうほど凄い人だったんだ。
「だから何だってんだ!? そんなド偉い支部長サマがいた所で、魔獣一匹相手に随分と手を焼いてるじゃねぇか!?」
「……冒険者だからと多少の暴言は聞き流していましたが、君はもう少し言葉を選ぶべきですね。我々冒険者を纏め上げるギルドの責任者である支部長に刃を向ける真似は、冒険者人生を著しく縮める事になりますよ」
ずっと冷静に話していたヒリアさんも今のジビターさんの発言は鶏冠に来たのか、嫌悪感を露わにしながら微かに顔を歪める。
「それに彼が支部長の様に一線を退いた立場でなければ、わざわざ魔獣の一匹や二匹で任務を要請する事もなかったでしょう。私も昨日、兵団基地に向かう前に事前調査で兵団から話を聞いて、この街にいると知った時は驚きましたが……」
「あぁ……? 一体誰の話だ?」
突然誰かも知らない人が話題に出て、横で聞いていた僕と同じくジビターさんも首を傾げる。ヒリアさんが事前にそんな事をしていた事にも驚きだけど、ヒリアさんが驚く様な人物なんてどんな人だろう。
「君も中央大国の人間なら、ガイダールという名前に聞き憶えはありませんか?」
「っ……!」
「えぇっ!?」
ヒリアさんから予想だにしな名前を挙げられて、僕はついジビターさんの驚きの声をかき消すくらいの大声を上げてしまう。確かにガイダールさんがフロンの兵団で訓練長をする前は冒険者として活躍していた事は知っていたけど、まさかヒリアさんからガイダールさんの話が出て来るなんて思いもしなかった。
「コニー君も知っていましたか。まぁ、知っていても不思議はないですね。ガイダールと言えば中央大国でも名の知れた冒険者で、大陸全土でも有数の最高実力者と名高いAランクに最も近い冒険者だと噂されていましたから。冒険者の栄誉とも言える二つ名『閃撃』の名を冠し、まさに冒険者の夢を体現した存在とまで言われていて、語られる伝説的な逸話もあるらしいですよ」
「が、ガイダールさんって、そんなに凄い人だったんだ……」
僕もガイダールさんを間近で見ていたから、常人離れした人だとは思っていたけど、改めてヒリアさんからガイダールさんに関する話を聞くと、僕の想像の域を軽く超えている存在だと思い知らされた。
「一年ほど前に魔術都市マグナリアでの活動を最後に、風の便りで冒険者を引退したと聞きましたが、こんな辺境の街で兵団に就いていたとは思いませんでしたよ。フロンが彼の故郷で、冒険を共にしていたパーティを失って帰郷していたと聞いて、ようやく合点がいきましたが……」
「く、詳しいですね……」
まるでガイダールさんの事情を事細かに知っているかの様に話すヒリアさんに、僕は驚きを隠せなかった。僕もガイダールさんの過去の話は、本人から直接話を聞いていて知った事だったけど、どうしてヒリアさんはそこまで詳しく知っているのだろう。
「それはまぁ……本人から直接聞きましたからね。私も聞く相手は選んだつもりでしたが、とんだ大物を引き当てたものですよ。しかも酒の席だった事もあってか、聞いてもいない話を随分と長い事話していましたよ」
「そ、そうでしたか……」
ヒリアさんの話を聞いて、僕も合点がいった。普段から飲み相手を求めているガイダールさんの事だから、ヒリアさんに声を掛けられて飲み相手を見つけたと思い、さぞ上機嫌だったに違いない。それも相手が大国の冒険者と来たら、話も弾んで仕方なかっただろう。しかしその時の様子を思い返すヒリアさんを見ていると、ガイダールさんが調子に乗ってヒリアさんに迷惑を掛けていたのは想像に難くない。
「……どうやらコニー君は、ただガイダールさんの事を知っているだけじゃないみたいだね」
「えっ? あ、はい……」
ガイダールさんが酒の席で迷惑を掛けている所を想像していると、ヒリアさんから的を得た指摘を受けて、僕は半ばその場の流れで同意する。
「ほんの二月ほどではあるんですけど、ギルドの業務体験で兵団の訓練に参加した時にガイダールさんには随分世話になったんです。その事もあって、今でもたまに話を聞いてもらったり、色々と助けてもらってます」
「そうですか、道理で……」
「……?」
僕がガイダールさんと知り合ったいきさつを聞いて、ヒリアさんは妙に納得した様子でこちらを見ている。そんな事はないと思うけど、もしかしてガイダールさんから僕の話を聞いたりしたのではないだろうか。
「さて……分かりましたか? もしガイダールさんが兵団の教官として一線を退いていなければ、件の魔獣程度は何の問題もなかったでしょう」
僕が質問を挟む暇もなく、ヒリアさんがジビターさんに向き直り話を戻す。僕と話している時は嫌味とかは感じないのに、相変わらずジビターさんに対しては意識的に棘のある話し方をしている様に感じる。
「チッ……戦えないんじゃ、いねぇのと同じじゃねぇか……」
ジビターさんも変わらずヒリアさんに対して悪態をつくけど、引き合いに出されたガイダールさんの事が気にかかるのか、先ほどまでよりも言葉に勢いが感じられない。
「ガイダールさんも戦えないという訳ではないでしょう。一線から退いたとはいえ、彼も兵団の一員には変わりありませんから、いざとなれば戦場に立つ事もあるでしょう。ですが教官という立場上、冒険者の様に自由に動く事は許されないはずです。そうでなければ、外界を駆け抜ける『閃撃』と称されたガイダールさんが、魔獣の被害に遭った兵団やその基地を捨て置くとは思えませんから」
「ヘッ……そうかよ」
立て続けにヒリアさんがガイダールさんの話題を広げていき、ついにジビターさんも反対の言葉が出て来なくなった。それだけガイダールさんの存在は、中央大国の冒険者にとって大きいものだという事だろうか。
「……随分と時間を無駄にしました。ではコニー君、引き続き案内をお願いします」
「は、はい……」
ジビターさんが大人しくなったのを見て、ヒリアさんが僕の方に再び振り返る。基地に来るまでに色々と気が紛れていたのに、また街中にいた時みたいな淀んだ空気に逆戻りしてしまった。昨日の顔合わせから今日の初任務の集合、そしてこの兵団基地に至るまで問題がなかった事がない。果たしてこの調子で、任務が終わるまでこのパーティはうまくやっていけるのだろうか。
〇おまけ「辺境の街 フロン」
中央大国グランダルと西の大国ディソンプの間に位置する、黒針樹の群生地である通称『黒の森』の中にある街。
街から四方に伸びた街道を除けば、その周囲がほとんど黒針樹による自然の防壁によって守られた、自然の要塞を持つ珍しい立地の街でもある。街道自体も黒針樹による防壁を活かすため、森を半分ほど抜けた所までしか整備されておらず、交易の不便さと引き換えに魔物による被害を徹底的に抑えている。そのため文化的発展は近隣の街と比べても低く、また森の中に位置する街という独自環境のため独特な習慣を持つ。
魔物の生態系は主に夜行性の生物が多く、また常に暗い環境に適応するため、闇に紛れる黒い身体を持つ生物や夜目の利く生物も多い。他の環境であればそれほど脅威でもない魔物でも、一つ間違えば危険極まりない特殊な環境でもある。




