第二十走「長期依頼から、ようやく解放されました」
○前回までのあらすじ
ギルドへの借金支払いまで残り半月となったコニーは、返済のために頑張って依頼をこなした事でFランク冒険者となった。昇格したコニーはさらに返済へ向けて新たにFランクの依頼として、外界にある荒らされた基地跡の修繕作業を続けていた。返済の目標期日が残り数日に迫る中、コニーは順調に修繕作業を進めていた。
「兵団からの報告……某日、基地跡にて修繕の状態を確認。基地の破損状態は軽微なため、修繕により再利用は十分に可能と判断。入口がどーだかで、後で扉をどうにかする必要があり。それで……あー、床が開いてるからこれも修繕。あ、壁もだった……。それでもって……これがうんぬんかんぬん……」
ギルドへの借金返済の目標期日まで残り二日。つい二日ほど前に基地跡での作業を完了させた僕は、兵団が確認した依頼の達成状況と現地の詳細情報の報告内容を、ギルドの冒険者窓口の受付嬢であるクルシャさんから受けていた。報告書の文章を眺めるクルシャさんの表情があまりにつまらなそうで、読み上げている声も心なしか普段より低く聞こえる。しかも途中から読む気がなくなったのか、所々読み飛ばしたり口ごもってよく分からない言語になっている。
「……まぁつまり、現地で確認した兵団の調査報告も問題なし。ちゃんとした修繕をすれば、以前と同じ様に基地として機能するって」
ついに読み上げるのが嫌になったのか、報告書を乱雑にカウンターの隅へと投げやりながら、簡潔に報告を済ませてしまう。
「そ、それじゃあ……」
「うん、これでこの依頼は晴れて達成って事だね」
クルシャさんから依頼達成と聞いた僕は、どれだけの時間その場に立ち尽くしていたか分からないくらい、意識が何処か別の所へと飛んでしまっていた。
「い、依頼達成……」
そしてようやく現実に帰って来た僕は、カウンターに置かれた完了済みの依頼書を見て、先ほど聞いた言葉に間違いはないと再認識する。
「や……やったぁ! ついに終わったんだ!」
僕は嬉しさのあまり、初めての依頼達成の時以上のはしゃぎ様を見せる。これで何とか今月のギルドへの支払いは間に合いそうだ。
「追加報酬に関してはまだ清算中だから全額は渡せないけど、直ぐにでもギルドへの支払いを済ませたいでしょ? だから兵団からすでに預かってる基本報酬だけ先に渡しとくよ」
「あ……有難うございます!」
僕の借金の支払いが迫っているのを知っていたクルシャさんが、気を利かせて今回の達成報酬を用意してくれたみたいだ。僕はクルシャさんの気遣いに感謝しながら、僕はカウンターに置かれた報酬の袋を受け取った。今までその日に終わる簡単な依頼しかしてなかった僕にとって、ここ半月ほどの成果が詰まった報酬は重みが段違いに感じた。しかもこれがまだ基本報酬だけで、後から別で支払われる追加報酬があると思うと、さらに達成感が沸き起こって来る。
「そいじゃ、早速行って来なよ」
「はい! 有難うございました!」
僕がその場で嬉しそうに報酬を眺めていると、クルシャさんから支払いの催促を受けてしまう。僕はクルシャさんに言われるまま、借金の返済をするためにギルドの一般受付へと向かった。
「はい、こちら一般窓口です。今日はどういったご用件でしょうか?」
冒険者窓口で受け取った報酬をその手に一般窓口へ行くと、いつもの決まり文句で丁寧にお辞儀をする一般窓口の受付嬢のネーリさんが迎えてくれる。
「ギルドへの返済に来ました!」
依頼の報酬をもらって気分が高揚していた僕は、自慢げに声を張りながらギルド証をカウンターに置く。
「はい、返済ですね。確認しますので、少々お待ちください」
そんな僕の様子に一切乱れる事なく、ネーリさんはカウンターに置かれたギルド証を受け取ると、淡々と受付の業務をこなしていく。始めの頃はこの対応に少し寂しさを感じていたけど、慣れるとこの淡白な対応の仕方がネーリさんなりの心遣いなのだと思う様になった。
「……はい、確認が終了しました。現在コニーさんには、業務体験での受講料の支払いが40000リール残っています。支払いは1000リール単位で受け付けていますが、本日はいくらの支払いになりますか?」
「はい……こちらでお願いします」
僕は袋から慎重に金貨を少しずつ取り出して、ネーリさんがカウンターに置いた受け皿に重ねていく。昨日も今回の修繕依頼の報告を待っている間に、すでに稼いでいた分の貯蓄を使って20000リールの支払いを済ませていたけど、その時も今もこれだけの大金を抱えていると意識するだけで身体が震えてしまいそうになる。それに今回の支払いで今月の目標だった返済が終わると思うと、金貨を差し出す手が余計に震えて手元が狂ってしまいそうだ。
「……はい、10000リール確認しました。支払いは以上でよろしいですか?」
「は、はい……」
受け皿に金貨を積むだけで息が上がりそうになった僕は、疲弊した精神状態のまま返事をする。ネーリさんは相変わらずの手際でギルドへの支払い手続きを手早く済ませると、ギルド証をカウンターに置いた。
「はい、支払いの手続きは完了しました。他にご用件はありますか?」
「だ、大丈夫です……」
僕は支払いを一段落終わらせた安堵から、一気に緊張感が抜けて肩を落とす。これで長かった借金返済の道もようやく一段落ついた。
「有難うございました、またご利用下さい」
どうにか力を振り絞ってギルド証を手にして礼をすると、ネーリさんも笑顔で軽く会釈する。幾度となく向けられたその笑顔に他意がないと分かっていた僕は、ただ感謝しながら震える身体を抑えながらギルドを後にした。
「……やっ……たぁ~! 終わったぁ~!」
ギルドの扉が閉まり切り、僕はようやくといった感じで喜びを全身で現す様に飛び上がる。まだもう一月分の支払いは残っているけど、しっかりと一月で完済出来た事に浮き足立つのが抑えられない。今日一日で長期依頼の達成に借金返済が一区切りと、充実感が溢れ過ぎて気が緩みっぱなしだ。
「……グルタさん、どうしてるかな……」
ひとしきり喜びを爆発させて我に返った僕は、ふとグルタさんの事が気にかかった。ここしばらくはグルタさんに教会に来ない様に言われていたから、今日まで顔を合わせる機会がなかった。人伝に無事だとは聞いているけど、今頃どうしているだろうか。
「……行ってみよう」
一度考えてしまうと気になって仕方なくなってきた。考えても埒が明かないし、折角約束通り依頼は終わったから、今から少し様子を見に行こう。
◇◇◇◇◇◇
急にグルタさんの様子が気になった僕は、思い立ったその足で教会の前まで来た。今日はどうしているだろうと思いながら教会の扉を開けると、いつもの様に祭壇の下で掃除をしているグルタさんの姿が見えた。
「……あら」
「グルタさん、お久しぶりです!」
グルタさんがこちらに気付くと同時に、僕から扉から祭壇に向けて大きく挨拶をする。僕の顔を見たグルタさんは遠目で分かりにくいけど、何処か安堵した様に見える気がする。
「コニーさん、お久しぶりです。そろそろいらっしゃる頃だと思っていましたが、まさか本当にいらっしゃるとは……」
「そうなんですか……?」
「そうですよ……今月中にギルドへ返済する必要があるって、コニーさんが言ったんですよ? それに基地跡の修繕なんて長期依頼をして、返済までに間に合うのかと……」
「あっ……そういえば、そうでした……」
グルタさんに言われて、僕からギルドの借金の事や今回受けていた長期依頼について話していた事を思い出す。だから僕の顔を見た時に安堵した表情をしていたのだろうけど、まさかそんなに心配してもらえただなんて思わなかった。僕の事で心配を掛けてしまったのは申し訳ないと思うけど、それだけ心配してもらえる事が少し嬉しくもある。
「……ですがその様子ですと、依頼の方はちゃんと出来た様ですね」
「はい、先ほど依頼完了をギルドで確認しました! 今月中に済ませる予定だった返済の方も、しっかり支払い終えました!」
「そうですか……それは安心しました」
僕の報告を聞いて、グルタさんは自分の事の様に胸を撫で下ろす。その姿を見て僕もまた安堵感が沸き起こる。
「それで……これからはどうしますか? 長期依頼を完遂したコニーさんなら、他のFランク依頼も問題ないと思いますが」
「そうですね……ひとまず残りの借金返済をしながら、Eランクを目指そうと思います」
グルタさんから次の目標を聞かれて、僕は無難な答えを返してしまう。まだ戦闘スキルを習得していない僕では、Eランクへの昇格条件の討伐依頼をこなすのは厳しいだろうから、本当は昇格についてそこまで前向きに考えられていない。でもずっとFランクのままでいる気もないから、いずれは討伐依頼をこなせる様になるために、しばらくはFランク依頼をしながら解決策を模索しようと思う。
「そう、ですか……簡単ではないと思いますが、頑張って下さい」
僕の自信のなさが伝わったのか、グルタさんは神妙な面持ちで応援の言葉を掛けてくれる。グルタさんは僕が戦闘スキルを持っていない事を知っているし、それがどれだけ大変な事かも理解しているからこそ、軽率に背中を押す事が出来ないのかもしれない。それでも励ましの言葉をくれたのは、僕なら出来るのだと信じてくれているからだろうか。
「……はい、頑張ります!」
そんなグルタさんの思いに応えるためにも、僕は心の曇りを振り払って元気よく返事した。これはまたこれまで以上に頑張らないといけないかもしれない。
「……あっ、そういえば……グルタさんは最近どうでした? あのごろつき達はまた来ませんでしたか?」
話が一段落した所で、僕はここに来た本来の目的を思い出す。以前兵団のガイダールさんから、教会が兵団に護衛を頼んだと聞いていたけど、結局僕が教会から離れていた間に何かあったのだろうか。
「その事ですか……。コニーさんが長期依頼に専念してからは、コニーさんに伝えた通り兵団やギルドへ積極的に協力を仰ぎまして、彼らが現れそうな日に合わせて護衛を頼みました。その甲斐あってかは分かりませんが、今日まで一度も姿を現す事はありませんでした」
「そ、そうですか……」
落ち着いた様子で話すグルタさんを見て、何事もなかったと今度は僕が胸を撫で下ろす。知らない間に何かあったらと思うと気になってしまうから、長期依頼の間はなるべくグルタさんや教会の事は考えない様にしていたけど、グルタさんの報告を聞いてまた一つ重い荷を下ろした気分だ。
「それじゃあ長期依頼も終わりましたから、またグルタさんの護衛をしましょう! 次はいつ来ればいいですか?」
「いいんですか? まだ返済が終わってないですが……」
「はい! Fランクに昇格して受けられる依頼も増えていますから、以前よりは早く稼げると思います」
また僕の事を心配してくれるグルタさんに、今度は自信を持って胸を張る。新しく受けられる様になったFランクの依頼なら、以前まで受けていたGランクの依頼よりも難易度が高い分報酬も高いから、今まで通りに依頼をこなしていけば十分返済は間に合うはずだ。
「それならいいんですが……」
出来るだけ安心させる様にしたけど、グルタさんはまだ僕に対する不安が拭い切れないみたいだ。今まで頼りない姿の僕を見てきたのだから不安に思うのも当然の事だけど、少しでもグルタさんに安心してもらいたい。
「それに僕もグルタさんの事が心配ですから、また守らせて下さい!」
「そ、そう……ですか……」
どうにか安心させようと自信を込めて強気に前に出ながら宣言したけど、あまりに勢いが強すぎたのかグルタさんは少したじろいでしまった。どうにも僕は人を安心させる様な器の大きい人間には向いてないみたいだ。
「……そうですね、分かりました。そこまでおっしゃるなら、是非またお願いします」
「は……はいっ!」
しかし引いていたと思っていたグルタさんが、微笑みながら僕の申し出を受け入れてくれた。何処かでグルタさんの気が変わったのか分からないけど、これでまたグルタさんを守る事が出来る。
◇◇◇◇◇◇
グルタさんとの相談で次に受ける護衛依頼の日取りを決めた僕は、再びギルドへと足を運んでいた。用件は勿論依頼を受けるためだけど、受ける依頼はグルタさんの護衛依頼だけではなかった。というのも、いつもなら依頼を終えてギルドに報告した時に、次に受ける依頼を続けて登録していたのだけど、今日は長期依頼の成果報告を受けてから次の依頼をする前に、借金返済の手続きやらその時の喜びですっかり次の依頼を受けるのを忘れていた。なので今僕は受け忘れていた次の依頼と、グルタさんの護衛依頼の予定を伝えるためにギルドの冒険者窓口に来ていた。
「……お、戻って来た」
「あっ……た、ただいま戻りました~……」
借金の支払いを終えたら直ぐ戻って来ると思っていたのか、クルシャさんがつまらなそうに組んだ足をカウンターの横に放り出してだらけた格好をして待っていた。こちらと目が合った瞬間、クルシャさんが待ってましたと言った様子でこちらを見て来たので、僕は申し訳なさに及び腰で受付の前まで歩く。
「それで~、次の依頼はどうするの~?」
「は、はい……受けます……」
僕が弱気になっているのを見逃さなかったクルシャさんが、追い打ちを掛ける様に煽る口調で問い掛ける。いつもながらクルシャさんは人を追い詰めるのがうますぎて、こうして受付嬢をしているが不思議でならない。
「……それじゃ、こっから選んでねー」
こちらが一切の抵抗の意思がないのを見て、クルシャさんはまたつまらなそうな顔に戻ってカウンターに依頼書を放り投げる様に広げる。クルシャさんも軽く煽るだけでそれ以上の事はしないから、人をいじめるのが好きじゃないみたいだ。
「えっと……じゃあこれと、この依頼にします」
「はいはい……香草の採取と、鳴鈴樹の枝の採取ね。それじゃ、受理するよ」
「お願いします!」
僕が選んだ依頼書をクルシャさんが引き抜くと、僕もギルド証をカウンターに置いてクルシャさんに渡す。残りの依頼書を回収しながら見事な手捌きであっという間に作業を終わらせて、ギルド証をカウンターに置き直す。
「はい、終わったよ」
「有難うございます!」
カウンターに置かれたギルド証を受け取った僕は、いつもの様にクルシャさんへ深く礼をする。
「そいじゃ、頑張ってねー」
「はい、有難うございました!」
そして帰る僕に軽く手を振って見送るクルシャさんに、僕も大きく手を振り返す。明日は初めて受ける依頼だけど、普段からやり慣れた採取依頼だからいつも通りしっかり準備しよう。
◇◇◇◇◇◇
「さて……今日も頑張ろう!」
翌日、早速依頼目標となる香草と鳴鈴樹を目指して、外界の森でいつもより深い位置まで来た。香草の採取は対象が複数種あるから、森の中を回っている内に問題なく見つけられると思うので、重要になりそうなのは鳴鈴樹の採取になるだろう。鳴鈴樹は生えている数が多くなく、そこそこ奥地に行かないとないらしいので、最初からなるべく鳴鈴樹を探して回るのを意識しよう。
「鳴鈴樹……何処かな……」
周辺の木々を見上げながら、時たま視線を下に落として香草も探し回る。鳴鈴樹は葉の形が特徴的なので、鳴鈴樹を探す時は上に目を凝らし、香草を探す時は地面に視線を落とさないといけない。さらに周囲の魔物への注意もしないといけないので、色々と周辺への注意が忙しい。受けた後で気付いたけど、絶対に香草の採取と鳴鈴樹の採取を一緒に受けるべきじゃなかった。
「……これからは、受ける依頼の組み合わせもちゃんと考えよう……」
忙しなく周囲に視線を散らして、首の疲れを感じながら心の底からそう誓った。昇格して依頼の難易度が上がると、今までとは違った視点で気を付ける必要のある要素があると、身をもって気付かされた気分だ。
「……あっ、甘美草だ」
そんな事を考えている内に、早速香草を見つける事が出来た。この調子なら、香草の依頼は早々に達成出来そうだ。
「甘美草は腐りやすいから、根ごと取って……」
見つけた香草をしっかり採取して袋に詰めると、再び採取目標を探して周囲に視線を向ける。その度に香草を見つけては採取を繰り返していき、次第に香草を詰めるための袋に重みを感じて来た。
「あっ……切針子」
たまに香草じゃないけど危険な草も見つけたので、それらはナイフで刈り取っておいて、他の人が誤って触れたりしない様にしておく。これは別に依頼でやっている訳じゃないけど、こうした危険な物を放っておいて誰かが怪我でもしたらと思うと、そのまま放置しておく事が出来なかった。
「……ふぅ、中々見つからないなぁ」
そろそろ香草が目標の量を超えて来たけど、まだ鳴鈴樹は見つけられていない。Gランクの依頼なら、初見の採取依頼でもそろそろ見つけて採取出来ているのだけど、今回はFランクの採取依頼だ。FランクだとGランクの時よりも行動範囲が広がる分、今までよりも捜索範囲が何倍にも広がっている上に、採取する物の希少性も今まで以上だから、思ったより難易度が上がっているのかもしれない。
「……まだまだ!」
森の隙間から差し込む日の光を見上げて、まだ日が暮れるまで時間があるのを確認すると、今一度気合を入れ直して鳴鈴樹の捜索をする。今度は依頼の水準に達した香草の採取を一旦止めて、鳴鈴樹の採取に集中する事にした。これで先ほどまでよりも捜索に必要な労力を抑えて、その分歩き回る速度も上がるのでより効率よく捜索が出来る様になった。
「……あ、あった!」
鳴鈴樹の捜索に集中してからしばらくして、木々の隙間から見える奇妙な樹木を視界に捉えた。周りの木々と比べて異彩を放つその樹に向かって、僕は気持ちを抑えきれずに走り出す。
「こ、これが鳴鈴樹……」
やっとの事で見つけた鳴鈴樹は、肉厚で丸い形の特徴的な葉を細い枝がぶら下げた、何とも奇妙な格好の樹だった。確かに特徴的な見た目で遠目でも見つけられたけど、これだけ探すのに苦労したから本当に希少な樹なのだろう。
「それじゃ、今回は必要な分だけ取っておこう」
いつもなら追加報酬を得るために可能な限り採取するけど、希少な物ならあまり大量に採取してしまうのも良くないと思って、ひとまず依頼に必要な分だけ採取する事にした。
「うわっ、簡単に切れた!」
僕が採取しようと枝を掴んでナイフを当てると、枝は呆気なく切れてしまった。どうやらその細身な枝は見た目通り、肉厚な葉を支えるには頼りないくらいに貧弱な様だ。
「リィーーーーン!」
「えっ……な、何!?」
そんな枝の弱さに驚くのも束の間、今度は突然森中に不思議と奇麗な音色が響き渡る。何処から鳴っているのかと周りを見渡すけど、近くには何も見当たらなかった。
「リィーーーーン!」
「えっ……?」
さらに重ねて音を響かせるのを聞いて、音のする方へと視線を移す。まさかと思いながら手元へ視線を落とすと、音の主は葉を揺らしながら軽快に踊っていた。
「ま、まさかこの鳴鈴樹が!?」
「リィーーーーン!」
鳴鈴樹は僕が葉を揺らす度に、お互いをぶつけ合いながら鈴の様な音色を響かせる。どういう理屈なのかは分からないけど、どうやら鳴鈴樹がこの音を鳴らしているのは確かだ。
「リィーーーーン!」
「はっ!?」
そうして何度も音を響かせていると、案の定周囲から音を聞きつけて何かが近づいている。念のため危険察知で索敵すると、近くにいた魔物がこちらに気付いて迫って来ていた。
「ま、まずい……この数は……」
危険察知の反応は四方から来ていて、直ぐにでもこの場を離れないとあっという間に囲まれてしまう。でも魔物が鳴鈴樹の音を頼りにこちらに来ている以上、鳴鈴樹を持ったままでは逃げ切れるか分からない。さらに危険察知から伝わる反応では、Gランクの時に遭遇した魔物と比べて明らかに狂暴だ。こんな森の奥地で見つかれば、無事に帰れる保証はない。
「う……うわあぁ!」
僕は鬼気迫る中、決死の思いで手にした鳴鈴樹を森の闇へと投げ込んだ。闇の中であの奇麗な音が響き渡り、危険察知に反応している魔物の軌道が僅かにずれた。
「くっ……!」
僕は森の奥を目指す魔物の動向を確認すると、素早くその場を離れて隠形で気配を消しながら木陰に身を潜めた。僕の存在に気付かず少し離れた場所を横切る魔物を、僕は振り返って見る事が出来ずに通り過ぎるのを待つしかなかった。そして魔物の気配が落ち着いたのを見計らって、背後から感じる魔物の気配に後押しされながらその場を静かに去った。
◇◇◇◇◇◇
「はぁ~~……」
森を出て街まで続く街道へと出た僕は、緊張が解けたのと喪失感で大きくため息をついた。鳴鈴樹の採取を諦めてしまった事もだけど、何より鳴鈴樹の事を事前に調べておかなかった準備不足による後悔が大きかった。鳴鈴樹が希少な物だと知っておきながら、音を鳴らすという重要な情報を知らなかった事が、どうしても後ろ髪を引かれる。不幸中の幸い、香草の採取は依頼分取れているので収穫はあるものの、久しぶりの依頼失敗に意気消沈してしまう。しかもGランクですっかり慣れていた採取依頼を、Fランクになった途端に失敗してしまったのが余計に深く心を抉る。
「……ひとまず、報告しよう」
しかしここでずっと塞ぎ込んでいても仕方ないと思い、ギルドへ戻って正直に報告する事にした。失敗して戻って来た僕を見て、クルシャさんがなんて言うだろうか。
「戻りました……」
「お、お帰り~」
僕が沈み切った心を戻しきれないまま冒険者窓口まで来ると、クルシャさんはいつもの軽い調子で出迎えてくれた。まだ依頼失敗の報告を聞いてないから分からないけど、僕の様子を見てもクルシャさんの態度に変化はなさそうに見える。
「どうだった……って、聞くまでもないか?」
クルシャさんが依頼の報告を聞こうとした所で、僕の様子がいつもと違う事に気付いた。明らかに落ち込んでいる様子から、何があったかおおよそ検討がついているみたいだ。
「すいません……香草は採れたんですが、鳴鈴樹は途中で諦めてしまいました……」
僕は香草が詰まった袋をカウンターに乗せて、その横に鳴鈴樹を入れるはずだった袋を添える。あれだ息巻いて外界に出ておきながら、こんな体たらくで帰って来た事を再認識して、塞ぎ込んでいた顔を上げる事が出来なかった。
「そっか……まぁ、あれは持ち帰るのが大変だからね。香草の採取だけでも出来たんだから、そんながっかりする事ないでしょ」
「そ、そうですか……?」
「そそ、依頼で失敗なんて珍しい事じゃないし、全部無駄だった訳じゃないっしょ」
クルシャさんからの励ましの言葉を受けて、僕も少し思い直してみる。確かに以前失敗した時と比べれば、無傷で帰って来れたし依頼も一つは成功している。そう考えてみたら、失敗は失敗でも以前よりは成長していると言えるかもしれない。
「……そうですね、有難うございます!」
クルシャさんのお陰で、沈み切っていた調子を取り戻した。そうだ、ここでまた失敗を引きずっていたら、今までの努力を不意にしてしまう。この失敗も今後の糧にして、次からはより依頼に慎重かつ丁寧に向き合っていこう。
「それじゃ、こっちは見ておくねー」
僕が立ち直ったのを見たクルシャさんが、香草の入った袋を取り上げる。香草の採取依頼の成果確認をしてくれるみたいだ。
「……ふーん、色々採ったのね」
「鳴鈴樹を探して、あちこち歩き周りましたから……」
クルシャさんは依頼書の内容を確認しながら、僕が採った香草が依頼内容に合ったものか、そして香草の採取状態を手際よく確認していく。
「……うん、採取内容も状態も問題なし。それじゃ、清算するよ」
「お願いします……!」
Fランクでの初めての採取依頼という事で、クルシャさんがさらに香草を一つ一つ精査するのを、僕は緊張の中で見守る。一体どんな結果が出るだろうか。
「……基本報酬が1600リールで、追加報酬として300リール。締めて、1900リールだね」
「1900リール……」
クルシャから査定が出て、金額を聞いた僕は反応に困ってしまった。依頼を一つ失敗してしまったし、採取量もいつもより少なかったから、多少の減額は覚悟していた。しかし普段からGランク依頼で一日2000リール近く稼いでいた僕としては、残念な結果と言わざるを得ない。これはGランク依頼を受けていたと同じくらいの要領でFランク依頼こなせる様にならないと、いつまで経っても稼ぎが上がらない。一日でも早く借金返済するためにも、明日からの依頼はこれまで以上に頑張らないと。
「それじゃ、まずは今日の報酬ね」
「有難うございます」
いつの間に用意していたのか、清算済みの報酬が受け皿に乗せられていた。報酬額は以前と大して変わらないけど、これも返済には必要な資金の一部だ。僕は受け皿から1900リールをかき集めて、財布代わりの袋に詰める。
「……あれ、まずは……?」
袋に詰められた重みを感じながら、ふとクルシャさんの発言に気になる部分がある事に気付いた。まずはと言う事は、何か他の用件があるのだろうか。
「実はついさっき、兵団からあんたへ長期依頼の追加報酬が届いてね。色々と計算があって時間が掛かったらしくて、大分遅れてしまってすまないってさ」
「そ、そうだったんですか……」
確かに長期依頼では道の整備、遺留品の回収に基地内全域の清掃と、意外とやった事は多かったから、それで追加報酬をどれだけの金額にするかで悩んでいたのかもしれない。
「そういう事で……これが兵団からの追加報酬だよ」
クルシャさんはカウンターの下に手を伸ばし、重そうな袋を勢いよくカウンターの上に引き上げる。長期依頼の追加報酬だけあって、先ほどもらった香草の報酬よりも多いのが、袋の膨らみを見ただけで分かる。今僕が手にしている袋の倍くらいはあるから、4000リールくらいはありそうだ。
「結構丁寧な整備をしてくれたって事で、全部で36000リールだってさ」
「……」
クルシャさんから耳を疑う金額が聞こえて来て、僕の思考が完全に停止する。何かの間違いだろうと聞き返した方がいいのか。いや絶対に間違いだからわざわざ聞き直す事もないんじゃ……。というかもう袋を開けて見た方が早いのでは。でもここで開くのは失礼かもだし、もし開けて検討違いの額だったら……。
「……へ?」
あらゆる思考が一瞬にして頭を駆け巡った結果、僕から発せられたのは間の抜けた返事だった。
「いや、だから36000リールだって……」
クルシャさんに聞き間違いじゃないと現実を突き付けられ、今度は頭の中が弾け飛んだかの様にあらゆる感情で一杯になる。36000リールの追加報酬だなんて、冗談でもなければあり得ない数値としか思えない。
「……っ!」
また何処かへ意識が飛んでいきそうになるのを辛うじて持ち直した僕は、最後の抵抗に袋の中を改める。万が一クルシャさんが僕をからかっているだけなら、袋の中身は銅貨や銀貨だらけで大した金額は入ってないはずだ。
「あ……あぁ……」
袋を開いた中から見えたのは、そんな淡い期待とは裏腹に輝かしい金貨の数々だった。パッと見えているだけでも20000リールは下らない額の金貨が見えるから、クルシャさんの言った額が入っていてもおかしくはない。
「ちょっとー……どうしたの?」
あからさまに取り乱している僕の様子を心配して、クルシャさんが堪らず声を掛けてくる。
「は……はは……」
しかし突如として舞い込んだ多額の報酬を前に、僕はクルシャさんの呼び掛けに応える余裕はなかった。そしてそのまま僕はその場で呆然と立ち尽くし、気を失ったかの様に天井を見上げた。
「おーい、しっかりしろー……」
茫然自失した僕へ、クルシャさんがまた呼び掛ける声が遠く聞こえる。これで残り30000リールの支払いが出来る様になったのは喜ぶべき事だけど、まさかこんなにも早く支払いの目途が立つなんて思ってもみなかった。
〇おまけ「その後、完済しました」
膨大な額を受け取って頭が真面に働かないまま、僕は支払いを終わらせる一心で一般窓口へ向かった。
「はい、こちら一般窓口です。今日はどういったご用件でしょうか?」
完全に意識がどうかしている僕を前に、ネーリさんは全く動揺した姿を見せずにいつも通りに受付の仕事を全うしていた。
「……へんさい、おねがいします」
呂律が回らないまま、おもむろにギルド証と先ほどもらったばかりの追加報酬をそのままカウンターに置く。
「はい、返済ですね。確認しますので、少々お待ちください」
ギルド証だけ受け取ったネーリさんは、相変わらずいつもの調子で手際よく支払いの状態を確認する。
「……はい、確認が終了しました。現在コニーさんには、業務体験での受講料の支払いが30000リール残っています。支払いは1000リール単位で受け付けていますが、本日はいくらの支払いになりますか?」
「ぜんぶ……」
「……はい、30000リール全額の支払いですね。それでは失礼して、支払額を改めさせて頂きます」
流石のネーリさんも僕の異常な受け答えに困惑したのか、表情に微かだが歪みが出る。それでも仕事の姿勢は崩さず、今度は僕がもらった追加報酬の袋の中身を確認する。
「……大変申し訳ないですが、お出し頂いた金額が支払額を超えています。こちらで支払い分だけお引きしまして、差額分はコニーさんにお返ししますがよろしいですか?」
「はいぇ……」
「で、では失礼して……」
最早受け答えなのか怪しくなってきた僕の反応に、ネーリさんも手を焼いてきている。しかしネーリさんもここで折れる事なく、しっかり支払い分の30000リールを袋から受け皿に移して、残ったお金を袋ごと僕の方へと押し返した。
「では30000リール全額のお支払いで、お間違いないですか?」
「へぃえ……」
「っ……で、ではお手続します……」
あまりに情けない僕の様子を見て、ネーリさんももう誤魔化しきれないくらい反応してしまっている。
「……はい、支払いが完了しました。他に用件はありますか?」
「いぇ……」
「有難うございました、またご利用下さい」
終始調子を乱されっぱなしだったネーリさんだけど、最後には慣れたのか落ち着いて別れの挨拶をしていた。僕もまた支払いを終えて、残った報酬を握りしめてふらふらとギルドを後にする。
「……」
そしていつも僕を見送ってくれるネーリさんは、いつもと違って少し不安げな表情を浮かべていた。




