第十九走「初めての長期依頼は、意外と順調でした」
〇前回までのあらすじ
冒険者を始めて二月半、コニーはついに念願の昇格を果たしてFランクとなった。その第一歩としてコニーは、初めての長期依頼となる外界にある基地跡の調査及び修繕の依頼を受けた。しかし調査した基地跡の修繕はコニーの想像以上に時間が掛かりそうだった。
「おはよう……」
「おはよう、今日も早いわね」
僕はまだ眠い目を擦りながら、先に起きて朝食の準備をしているお母さんと挨拶を交わす。まだ朝食の準備が済んでいないのを横目で見ながら、僕はゆったりとした動きで席について朝食を待つ事にした。
「ふあぁ……」
眠気が抜けないまま椅子に腰かけてぼーっと虚空を眺めていると、自然と欠伸が出てしまう。ここ最近連日で依頼で外に出ていた疲れがまだ残っているのもあってか、頭も少しぼんやりしている気がする。
「大丈夫? この所毎日眠そうにしているけど……もう少しくらい寝てたら?」
「ん……大丈夫」
お母さんが心配そうに声を掛けながら朝食を机に並べるけど、まだ顔を上げて返事をする元気がなかった僕は朧げな声で説得力のない言葉を放つ。確かにもう少し寝ておいた方がいいかもしれないけど、今は少しでも早い依頼達成のために寝る間も惜しかった。
「そう……頑張るのはいいけど、自分の体調管理もしっかりね」
「うん……」
相変わらず僕の心配をしながら、それでもお母さんは僕の事を止めないでくれている。本当なら部屋まで連れ戻して寝かしてやりたいだろうけど、僕が頑張っているのも分かっているので、僕が値を上げるまではしっかり見守ってくれるだけに留めてくれている。
「……よしっ! それじゃ、いってきます!」
しばらくぼーっとしながら朝食を少しずつ時間を掛けて食べていたけど、朝食を済ませると気合いを入れ直して立ち上がって家を出た。
◇◇◇◇◇◇
「お早うございます!」
「おぉ、お早う。今日も元気だな」
最近は毎日顔を合わせている街の見張りをしている兵団の人達と、こうして挨拶を交わすのが日課になっている。まだ少し眠気が抜け切ってないけど、体調は悪くないので問題はなさそうだ。気だるい身体を起こそうと思い切り伸びをしながら、今日も修繕作業をするために基地跡へと駆け出した。
「ふぅ……さて、始めよっか!」
基地跡へ入る道の前まで駆け抜けた僕は、生い茂る草木を切り開いた窮屈な獣道に踏み出した。
「……結構刈ったつもりだけど、意外とまだ残ってるなぁ……」
進行の邪魔になる草木を切り倒し、周囲を見回しながら基地跡への道を進んでいく。ついでに大まかに切り取った草木を回収して袋に詰める。こうして基地跡へ向かう度に道の整備をしていたお陰で、今は一人で歩くのには不自由しなくなっている。しかし基地を使う事を考えると、人一人が通れる程度の道幅ではまだ不便だと思い、道幅を拡げるために毎日端から削る感覚で草木を刈っている。あと二、三日も続ければ、集団でも問題なく通れるくらいの道幅が確保出来そうだ。
「……よし、こんなものかな」
道の整備をしつつ進んでいると、早くも基地跡まで到着していた。最初の頃は基地跡に到着するまでに半日も使っていたけど、今では整備しながらでも昼前には到着出来ている。しかしそう毎日草木を刈っては回収を繰り返していたせいで、基地跡の前に回収した草木の袋が山積みになっている。そろそろ処分の方法を考えないといけないけど、外界の森に囲まれた場所で燃やして処分は危険が多いし、持ち帰るにしても他に優先して持ち帰るものがあったりと、処分の方法が見つからず今日までここに放置している。
「……それじゃ、今日も張り切って頑張ろう!」
僕は処分に困った袋の山から目を逸らし、本題の基地跡整備を始める事にした。とは言ってもまだ基地跡の中は完全には片付いておらず、今日も主な作業は清掃がほとんどになると思う。毎日基地内を駆け巡って清掃作業をしているけど、十日かけても基地内全てを周り切れてない。それでも地道に続けていたお陰で終わりは見えていて、明日には一旦基地内を全て清掃しきれる見込みだ。
「……周辺異常なし、荒らされた形跡なし、魔物の気配なし……問題なし!」
基地に来て始めにするのは、基地内と周辺の安全確認だ。危険察知で索敵しながら基地内をざっと駆け回って、魔物が侵入したり潜んでいないかを確認して回り、作業が問題なく行えるかを入念に確認する。作業の安全確認のためでもあるけど、万が一基地を再稼働した時に問題がない様に、無人でも魔物の被害が出ないかをあらかじめ確認する意味もある。流石元々基地を建てている事もあって、僕がここに来て以降の魔物の痕跡は見当たらなかった。
「さて……今日は先に片付けからしよっか」
ようやく清掃作業に入ろうと思った僕は、まずは部屋に残った作業の邪魔になりそうな物を移動させる事にした。最初にここに来た時に基地内に様々な物が転がっているの見てから、こうして毎日の清掃作業と並行してそこら中にある物を拾い集めている。中には大事そうな物も含まれているけどどう分別したらいいか分からないので、ひとまず邪魔にならない場所にまとめて置いて、より大事そうな物から少しずつギルドへ持ち帰っている。すでにいくつかの物に関しては持ち帰ってくれた褒美として、追加報酬が出ると受付嬢のクルシャさんから聞いている。
「これと……これもかな。大分拾ったつもりだったけど、まだまだ色々残ってるなぁ……」
埃が積もった部屋を見渡しながら、目ぼしい物を拾い集めていく。清掃作業をしていない部屋は探索が甘かったらしく、目立たない場所に見逃していた物がいくつも残っていた。大事そうな物はほとんど残ってなかったけど、基地の広さを作業速度で補おうとして見落としていた事を反省しながら入念に部屋中に残った物を探した。
「……こんなものかな。まずは箒だね」
部屋の隅まで確認した僕は、最初に部屋の掃き掃除を始めた。とにかくこの部屋中を取り巻く埃を何とかしない事には、どうあっても清掃は終わらない。
「ごほっ……ここも多いなぁ」
清掃した他の部屋に移らない様に慎重に埃を捌いているはずなのに、軽く箒を一振りしただけで部屋中を埃が埋め尽くす。こんな調子で毎回箒を掃く度に身体中に埃を浴びていて、その内身体からカビでも生えてきそうだ。それでも何度も掃き掃除をして慣れたおかげで手際よく埃を集めた僕は、集めた埃を袋に詰めて奥にある清掃道具のあった用具倉庫らしき部屋に放り込む。基地内を掃除した時に集めたゴミはここに全て集めているのだけど、そろそろここもゴミの詰まった袋で窮屈になってきている。外にある草木の袋と合わせて、ここにある物もいつかまとめて処分する方法を考えておかないと。
「……これでよし!」
他の部屋をいくつか同じ様に残った物の回収と掃き掃除をして、昼頃に差し掛かった所で一度作業を区切る。持って来ていた荷物から昼食にと用意した軽食を食べながら休憩をして、一息ついた所で次の作業へと移った。
「今日は六部屋かぁ……部屋数は多いけど、その分一部屋の広さはそこまでじゃないから大丈夫かな」
午後からは掃き掃除であらかた奇麗にした部屋の仕上げに、水の入った桶と雑巾を使っての水拭き掃除をする。初日から何度か清掃作業を繰り返した感じ、午前中に片付けと掃き掃除を済ませて、午後に掃き掃除を終えた部屋を仕上げると丁度いい時間に終えられる事が分かり、今の手順で作業を進めている。
「この部屋の窓は割れてないから、ちゃんと拭いておこう……」
水で濡らした雑巾で壁や床を拭いていき、残った汚れを落としていく。窓は割れていると拭く時に怪我をするかもしれないので、奇麗に残っているものだけ拭き掃除をしている。床や壁についても大きい傷や穴がある場所は避けながら、出来る限りの範囲で拭き掃除をしている。どちらも僕には修理に必要な資材も技術もないので、これらについては僕の依頼が終わってから別の人が修復する事になるだろう。兵団の中に修復が出来る人がいたかは覚えてないけど、多分いなかったと思うから何処かに頼んで直してもらう事になるのかな。
「……この部屋はこんな感じかな」
最初に拭き掃除をした部屋はあまり荒らされてなかったので、結構な範囲を拭いて回る事になった。でも時間を掛けた分部屋は奇麗になって、部屋の仕上がりを見渡して少し満足感があって気分が良くなった。そのまま軽く気分が高揚した状態で、他の部屋も次々と拭き掃除をしていった。
「よし……これでひとまずいいかな」
拭き掃除をする部屋を全て回り終えた僕は、作業を終えた部屋を一つ一つ確認してその仕上がりに満足した。さらにまだ清掃せずに残った部屋も残りわずかとなって、依頼の達成が見えてきた事でよりこれまでの作業の達成感をひしひしと感じていた。
「……そろそろ帰ろうか」
作業状況を確認し終えた僕は、外から差し込む日差しが赤く染まり始めたのを見て帰り支度を始めた。行きでは必要最低限の装備で軽快に道を切り拓いていたのに対して、帰りは基地跡で拾った物を可能な限り抱えてギルドまで持ち帰っている。今日までに集めていた物を種類毎に分けて袋に詰めると、分けて入れた袋達をまとめて担いで持ち帰る。
「くっ……今日も重い……」
全ての荷物を抱えると、自分の身体にかかる重みに膝が曲がる。行きで切り拓いた分、帰りの道はそれほど険しくはないけど、それでも外界でこれだけの荷物を抱えての移動は相応の危険が伴う。しかし残り少ない期間の内に残りの荷物をギルドに持ち帰ろうと思ったら、多少の無理や危険は覚悟しないといけない。
「……よし、行こう!」
周囲を見回して危険がない事を確認してから、僕は重い足取りで街までの道を一歩ずつ進んでいく。
「……ん?」
街へと向かっていると、ふと直ぐ近くから何かの気配を感じて僕は立ち止まる。気配がする方向を見ると、そちらから草木をかき分けて何かがこちらに近づいて来ていた。
「……おぉ、コニーじゃないか」
「ガウンさん!」
そして道なき道から姿を現したのは、熟練冒険者のガウンさんだった。どうやらガウンさんもこちらの気配に気づいたみたいで、何事かと様子を見に来たみたいだ。
「その様子だと……今日もあの依頼か?」
「はい! ガウンさんもいつもの巡回ですか?」
「あぁ……コニーが毎日頑張ってるって聞いてるから、こっちも先輩としてしっかりしないとな」
「そんな……ガウンさんはいつも頑張ってますよ」
以前に僕がFランクに昇格してから、ガウンさんみたいな冒険者を生業とする人達との交流も増えていて、こうして外界で偶然出会ったりギルドで顔を合わせて会話をする事もちょくちょくある。ガウンさんは一人前のDランク冒険者でありながら、他のDランク冒険者の様に大きな都市へ出て行かず、この街をずっと守り続けてくれている街の数少ない実力者の一人だ。受けている依頼も街周辺の魔物討伐依頼が多く、ガウンさんがこの街にどれだけの思い入れがあるのかがよく分かる。今日もこうして周辺に異常がないかを巡回して見守ってくれいている。
「そう言ってくれるのは嬉しいが、油断していると危ないからな。コニーが見てくれている基地跡だって、想定外の魔物の襲撃を受けて使えなくなっているんだから、俺が毎日巡回してても決して安全とは言い切れないんだぞ」
「はい、それは勿論です。でもガウンさんのおかげで僕みたいな半人前の冒険者が安心して依頼を続けられるんですから、ガウンさんの働きが足りないなんて事はないですよ」
「全くコニーは……いつも嬉しい事を言ってくれるよ」
「だって本当の事ですから……」
僕達が談笑しながら街への道を進んでいる今この時だって、ガウンさんが先んじて周囲の警戒をしながら前を進んでくれている。それにガウンさんの巡回は街とは反対方向のはずなのに、僕が大荷物を抱えているから何も言わずに一緒について行ってくれているのも、僕を気遣っての事だと思う。他にも僕が依頼で外界に出ていた時に見つけた魔物の情報をギルドに報告すると、その半分以上はガウンさんが討伐してくれていると他の冒険者から何となく聞いている。
「……この辺りでいいか。それじゃ、気を付けて帰るんだぞ」
「はい、有難うございました!」
舗装された街道まで出た所で、ガウンさんは颯爽と森の中へと姿を消した。お礼を言いながら巡回へと戻るガウンさんを見送ると、僕はそのまま街道に沿って街まで歩いて行った。
◇◇◇◇◇◇
「お疲れー、今日も随分持って帰って来たね」
基地から持って帰った荷物を見て、受付嬢のクルシャさんが低い調子でねぎらいの言葉を掛けてくれる。
「お疲れ様です……それじゃ、お願いします……」
「はいはい……全く、よくこれだけ毎日持って来るわね」
疲れた様子の僕に構わず気だるそうに僕の荷物を受け取ったクルシャさんは、袋の中身を一つずつ改めていく。大体の物はギルドが一度預かって、持ち主の下へと届けてから依頼主の兵団から追加報酬が出されるけど、場合によっては現場にいた僕から事情を聞きたい事もあるらしく、僕は基地跡から物を持ち帰る度にこの検品に少しビクついている。
「……うん、今日はそこまでの物はなさそうね。ひとまず全部ギルドで預かっとくから、今日はもう帰っていいよ」
「は、はい……有難うございました……」
持ち帰った物に問題がない事による安堵と、仕事終わりの疲労感で完全に肩の力が抜けてしまった僕は、フラフラな状態でそのまま帰路につく。もうすっかり日が落ちてしまった夜空を見上げながら、おぼつかない足取りで家までの道を踏みしめる。
「……お、コニー」
「え……?」
すると何処からか僕の名を呼ぶ声が聞こえて、ゆっくりと声のした方へと視線を向ける。そこには今しがた兵団の仕事を終えたらしいガイダールさんがいた。
「何だ……ギルドの方から来ていたが、依頼終わりか?」
「は、はい!」
声の主がガイダールさんだと気付いた僕は反射的にその場で直立不動になる。兵団での訓練から離れてそこそこ経ったはずなのに、身体はまだあの時の訓練を憶えているみたいだ。
「俺もこれから飲みに行くんだが……来るか?」
「えっ、えっと……」
ガイダールさんからの飲みの誘いに、僕は返答に困ってしまう。今からガイダールさんと飲む様な事になれば、明日の依頼に差し支えてしまうかもしれない。しかしガイダールさんからの誘いを断るというのは、外界で魔物の大群と対峙するくらいの覚悟が必要だ。どちらを選ぶにしても辛い結果になりそうで、僕は答えを出せずに頭を悩ませる事しか出来なかった。
「最近はお前と話す機会がなかったからな、久しぶりにゆっくり話すか」
「そ、そういえばそうでしたね……以前は僕から兵団に来ていましたから……」
どうやらガイダールさんも最近は一人で飲む事が多いみたいで、兵団の人達にはうまく付き合いを躱されている様だ。実際ガイダールさんと飲む事になると、次の日は身体が言う事を聞かないのは当たり前で、最悪の場合起き上がる事すら困難になってしまう事もあるくらいだ。僕も何度か訓練に参加出来ない日が出来てしまって、その時は流石にガイダールさんの事を恨みそうになった。
「この前だってお前が何かよく分からん事に巻き込まれてたし、あれから何かなかったかと気になるしな」
「そういえば、あの時はガイダールさんもいましたね……」
ガイダールさんが話しているのは、おそらく僕が初めて教会での依頼を受けた日の事だろう。あの時は僕も教会の事情を知らず、修道女のグルタさんをごろつき達から守る事になるとは思わなかった。結局その日は偶然僕の様子を見に来たガイダールさんに救われて事なきを得たのだけど、あの時はガイダールさんがいなかったら本当に危なかったと思う。まだあれから一月も経ってないんだなと思い出に耽っていると、僕はとある事を思い出した。
「……そうですね、それじゃ折角ですから行きましょうか」
「おっ、行くか!」
僕が飲みの誘いに乗ると、ガイダールさんは上機嫌で僕の肩を掴んで酒場まで引っ張っていく。余程一人で飲むのが退屈になっていたのかもしれない。そう思うと、少しくらいなら付き合ってもいいんじゃ中と思い始めてきた。
◇◇◇◇◇◇
「いやぁ、コニーと飲むのも久々だからな……今日はとことん飲むか!」
「いや、ガイダールさんも兵団での仕事があるんですから、ほどほどにお願いしますよ……」
久しぶりに僕と飲むのが嬉しいのか、酒場で席に着くなりガイダールさんが景気よく声を張り上げる。あまりに調子が良すぎて、すでに酒が入っているかと勘違いしてしまいそうだ。それに僕にとっては今日はただガイダールさんの飲みに付き合うだけではなく、先ほど思い出した事について聞きたい事があったからだ。
「そういえばガイダールさん……さっき話していた事で、僕と一緒に教会にいたグルタさんの事を憶えてますか?」
「あ? あぁ、あの修道女の嬢ちゃんの事か? まぁ、憶えてない事はないが……俺はあの時会ったきりだぞ?」
「そ、それはそうだと思いますけど……グルタさんのいる教会で何か変わった話はないですか?」
あの時の事について聞きたい事もあったけど、それよりもまずは今グルタさんがどうしているかが気になる。グルタさんから今の依頼を終えるまで教会に顔を出さないでと言われてから、今まで教会へは一切足を運んでないので、グルタさんが今どうしているかがどうしても気になっていた。グルタさんはまたごろつき達に襲われない様に兵団にも頼ると口にしていたから、もしかしたらガイダールさんの方にもその動きが伝わっているかもしれない。
「あぁ……そういえば、またあの教会から護衛の申請が頻繁に来ているって聞いていたが、まさかあの嬢ちゃんが関わってたのか」
「は、はい……多分グルタさんだと思います」
まだ大して詳しい内容を話してないのに、相変わらずガイダールさんが察しがいい。でも以前言ってくれた通り、グルタさんがちゃんと自分の身を守るために動いてくれているみたいでひとまず安心した。
「……それで、あの時にいたごろつき達の事ですが、ガイダールさんはあれから何か思い出した事はありますか?」
以前ガイダールさんはごろつき達の一人が、ギルドの契約違反をした元冒険者だったと教えてくれたから、もしかしたら時間が経って他にも思い出した事があるかもしれないと思った。そうでなくても、今日までに兵団があのごろつき達についての新しい情報が出ていたら、ガイダールさんならその事について何か知っているかもしれない。
「あいつらの事か……あれから思い出した事って言われても、あの元冒険者だって昔に見た手配書くらいしか知らないし、他の取り巻きは本当に知らない顔だったからな」
「そ、そうですか……」
何か期待が持てる情報が出てこないかと思ったけど、どうやらガイダールさんは今以上の情報は持ち合わせてないみたいだ。少しでもごろつき達の情報が増えれば、護衛の時の対策や問題の根本的な解決に繋がると思ったけど、このままだとごろつき達に関してはしばらく平行線のまま過ぎていきそうだ。
「教会の事って言うなら、兵団から聞いた話だとあいつらから回収した武具があるらしいが、どうやらこの街では誰も取り扱ってない物らしくて、それなりに上等な物だから都市から来た連中なんじゃないかって話だな」
「ごろつき達の武具って……あ、あの時僕が盗った武具か」
そういえば僕が二回目のごろつき達の襲撃を受けた時、ごろつき達の戦力を削ぐために武具を取り上げて、そのまま証拠として兵団に預けていたんだった。決定的な情報源とはならなかったみたいだけど、少しは調査の手掛かりになったみたいで、僕もあの時身体を張った甲斐があった。
「お前、盗ったって……ギールが言っていた事を真に受けてたのか」
「あはは……そこまでじゃないですよ。でも、あの時咄嗟にごろつき達の武具を取り上げる事が出来たのは、ギール君のおかげだと思います」
僕と一緒に兵団で訓練をしていたギール君からは、僕が泥棒に向いているとか言われた事もあった。今はそんな事が気にならないくらいにギール君との仲は深まっているし、ギール君も親身になって僕のスキルの使い方について考えてくれた事もあった。それでもギール君は、僕には泥棒みたいなスキルの使い方がいいんじゃないかと言ってくるけど。ただ最初に言われた時みたいに馬鹿にする様な言い方ではなく、それを何か別の目的で使えばいいんじゃないかと真剣な意見をくれていた。そのおかげであの時、僕はごろつき達から武具を盗んで無力化するという方法を思いついたんだと思う。
「……まぁ、お前が気にしてないならいいけどよ」
僕が真面目に話しているのを見て、ガイダールさんは少し不服そうにしながらも納得してくれたみたいだ。その様子だと、僕の話を聞いてガイダールさんが勘違いしてギール君を締める気だったのだろう。危うく僕が切っ掛けで、ギール君がいらない罰を受ける所だった。
「そういう事だから、あの教会の問題はまだ片付きそうにないだろうな」
「そうですね……なるべく早く解決して欲しいですけど、そううまくはいきませんね」
これまで兵団も手を焼いていただけあって、事はそううまく進まないのは仕方のない事かもしれない。それでも何とか解決しないものかと思うけど、僕に出来る事はそう多くはないから、今はもう早期解決を願う他なかった。
「そんな事より……お前は明日の心配をしたらどうだ?」
「明日の……そうですね、明日もちゃんと依頼をしないと!」
明日また頑張れば長かった基地跡の依頼も一段落するのだから、今は目の前の依頼に集中しないと。僕は明日への気合を込めて残った酒を一気に煽った。
「依頼の心配をするのもいいが、その前にもっと心配する事があるだろ?」
「その前に、って……!」
僕が何の事かとガイダールさんの方へと視線を移すと、ガイダールさんがこちらに見せつける様に空になったジョッキをひっくり返していた。そこで僕は今ガイダールさんと飲んでいる事を再認識して、酒で火照っていた顔から一気に血の気が引いていく。話に夢中で忘れていたけど、このままガイダールさんと飲めば明日は確実に依頼が出来なくなる。
「そ、それじゃ話は終わりましたから、僕はこれで……」
このままではまずいと思った僕は、瞬間的に代金をテーブルに置いて席を立とうとする。すでに一杯は飲んでいるから付き合いは十分果たしていると思うし、まだ素面の内に身を引かないと取り返しのつかない事になる。
「そう急がなくていいだろ。まだ夜も更けてないんだから、これからが本番だろうが」
しかし僕が完全に腰を上げるより早く、ガイダールさんが僕の背後に回って肩を掴んで止める。そのまま立ち上がるのを止められた僕は再び席に座り直す事になり、逃げ出す機会を逃してしまう。
「い、いや……あの……」
これ以上断る口実が見つからず、この先の展開に恐れをなした僕は完全に打つ手をなくしてしまった。
「それじゃ、次からは少しずつ調子を上げていこうか!」
「は、はいぃ……」
そのまま勢いに乗ったガイダールさんを止める事が出来なかった僕は、次に来た酒を飲み干してからの記憶は一切残ってなかった。
〇おまけ「介抱」
「も……もう、駄目……」
もう何杯目なのかを数えられない程飲んだ僕は、ついに力尽きてテーブルに身体を投げ出した。
「あぁ……何だ、もう終わりか?」
ガイダールさんが僕の肩を揺すりながら、上機嫌な声色で呼び掛ける。
「う……うぅ……」
しかしもう意識も朧気だった僕は応える気力もなく、意味のないうめき声を上げる。
「これぐらいで音を上げるとは……コニーもまだまだだな」
僕が一切の反応を示さないのをつまらなそうに見下ろしながら、ガイダールさんは残った酒を一気に飲み干した。
「うぅ……」
もう完全に意識を失う直前だった僕は、ほとんど閉じかけていた目でガイダールさんの顔を見上げた。
「全く……お前も本当に世話が焼ける奴だな。こりゃ、俺が連れて行かなきゃならねぇか」
最後に僕が見たガイダールさんの表情は、酒が入っているにしてはやけに優し気に見えた気がした。そしてそれを最後に僕の意識は完全に途絶え、僕はガイダールさんの手で家まで送られたのだった。




