第十七走「冒険者の苦労は、底が知れませんでした」
○前回までのあらすじ
グルタの護衛依頼を受ける決意をしたコニーは、再び教会へと足を運ぶ。そして現れたごろつき達の目を掻い潜り逃げ延びれるかと思った束の間、立て続けに起きる不測の事態にコニーは翻弄される。ついにはごろつき達を前になす術なしという所まで追い詰められるが、連絡を受けた兵団達の到着により事態は収束する。
ごろつき達を何とか退けた後、僕はグルタさんに言われて休憩を多く取りながら清掃の続きをグルタさんと行った。そして依頼の契約時間が迫り、清掃も一段落した所で僕達は教会の奥にある休憩室に腰を落ち着けていた。
「今日は本当にお疲れ様でした」
雑多に置かれた椅子にお互い向かい合って座ると、先にグルタさんから労いの言葉を掛けてくれた。
「グルタさんこそお疲れ様です。昼からはほとんどグルタさんに任せっきりでしたから……」
ごろつき達が消えてからも僕はまだあの時の緊張と興奮が身体に染み付いているみたいで、まだ少しだけ身体の震えが残っている。今もこうして自分の手をよく見てみると、微かに震えてしまって腕を上げているのが辛く感じる。
「コニーさん、その腕……」
「えっ?」
グルタさんが心配そうな顔でこちらに声を掛けたので、気になってグルタさんの視線の先を追ってみる。どうやら僕の腕を見ているみたいなので、何か付いているのかと思って腕を返してみる。すると裏返した腕の方が赤く腫れ上がっていた。そういえばごろつきの蹴りを腕で受け流した時に、老人達をかばうために正面からの衝撃をほとんど腕で受けてしまったんだった。全身がずっと震えていたせいで痛みに全く気付かなかった。
「あ、あはは……すっかり腫れちゃってますね」
まだ痛みが鈍くて現実感がなかった僕は、腫れた腕をグルタさんに見せながら気の抜けた笑いで誤魔化した。兵団で訓練していた時もこれくらいの怪我は珍しくなかったし、そこまで急を要する負傷でもなかったので、僕としては割と気楽な感じで腕の怪我を見ていた。
「そんな悠長な事を言ってないで、直ぐに治療をしないと!」
「は、はい……」
しかしグルタさんはすっかり血相を変えて僕の下へと駆け寄って来る。そこまで心配される様な怪我ではないと思っていたけど、グルタさんがあまりに必死な形相でこちらに迫って来たので、僕は断る隙もないままグルタさんに腫れた腕を差し出した。
「回復……」
グルタさんは赤く腫れ上がった僕の腕に優しく手をあてがうと、手に魔力を集中させて僕の腕へゆっくりと魔力を流し込む。暖かな魔力を腕から感じていると、見る見るうちに腕から痛々しい赤みが引いていき、腫れて膨らんだ腕も奇麗な曲線に矯正されていく。
「……はい、これで大丈夫ですか?」
グルタさんの見事な魔術に見惚れていると、いつの間にか僕の腕はさっきまでの怪我が跡形もなく消え去っていた。鈍く感じていた痛みもすっかり消えて、重かった腕が軽々と上がる。
「す、すごいです! すっかり良くなりました!」
腫れあがった腕を完治させる回復効果もさることながら、それほどの回復をこんな一瞬で出来てしまうグルタさんの魔術に僕は驚きのあまり立ち上がる。
「それは良かったです……」
グルタさんも僕の様子を見て安心したのか、ほっと一息ついて胸を撫で下ろす。
「グルタさん、どうやってこんな凄い回復魔術を習得したんですか!?」
完治された腕に興奮したまま、今度は僕からグルタさんの手を取って迫った。兵団でも回復魔術を扱える人間はそう多くないと聞いていたし、そんな回復魔術をこれほど高水準で扱えるなんて、グルタさんにはそれだけの素質があるのかもしれない。
「え、えぇっと……」
「あっ……す、すいません……」
突然迫られて困惑するグルタさんを見て、僕も冷静になってグルタさんの手を離す。つい興奮した勢いで迫ってしまった事を思い返して、次第に恥ずかしさにグルタさんの顔を直視出来なくなった。
「ですが……いくら老人の方々を守るためとはいえ、自分の身を犠牲にするのは良くありませんよ?」
「は、はい……すいません……」
しかしグルタさんが動揺した姿を見せたのも束の間、今度は厳しい説教を受けてしまった。僕の方はまだ恥ずかしさも抜けない上に叱られてしまい、余計にグルタさんと顔を合わづらくなってしまった。
「しかし……あの時彼らから武具を取り上げたはずですが、使おうとはしなかったのですか?」
「あ、あぁ……ははは、僕じゃ武具があってもごろつき達には敵いませんから……」
僕は不甲斐なさに少し申し訳ないと思いながらも、事実を隠す訳にもいかないので苦笑いしながら正直に話した。本当は他にも理由はあるけど、ここであえて言う必要はないと思って伏せておく。
「そ、それで……グルタさんは何処で回復魔術を……?」
僕は何とか誤魔化せないかと思いながら視線を明後日の方に向けて、再びグルタさんの回復魔術の話題に戻した。
「そうですね……実は回復魔術については特に誰から教わって身に着けた訳ではありません。神成式でギフトを授かった日を境に、次第に少しずつ身に着けていきました」
「そうなんですか……それはまた凄いですね」
あれほどの回復魔術を自然と習得したのなら自慢出来そうな事のはずなのに、何故かその事を話すグルタさんの表情は少し悲しげに見えて、僕は手放しに凄いと誉める事が出来なかった。
「でもそれで回復魔術が上達するなんて……余程普段から回復魔術を使っていたんですか?」
グルタさんがどんな半生を送って来たかは定かではなかったので、僕は半分冗談のつもりでそんな事を聞いてみた。実際スキルや魔術は使い続ける事で成長する事もあるので、意外とグルタさんも日常的に治療が必要な事情があったのかもしれないと、そんな思考が何となく頭をよぎった。
「……コニーさんも意外と察しが良いですね」
「……えっ?」
グルタさんが観念した様子でため息をつく。あまり踏み込んだ話をするつもりはなかったけど、まさか冗談のつもりで言った事が当たってしまったのだろうか。
「今はこうして教会の修道女をしていますが、それ以前は私も冒険者だったんですよ」
「……えっ……ぼ、冒険者!? グルタさんが!?」
グルタさんの衝撃の告白に、僕は一瞬反応が遅れてしまう。まさかグルタさんが冒険者だったなんて、今の姿からは想像も出来ない。しかし思い返してみれば、自分よりも一回り大きいごろつき達を前にしても怯えた様子を見せないし、むしろ腕利きのごろつき達を相手に対等なくらいの応対をしていた姿は、修道女というよりも冒険者らしい一面だったのかもしれない。
「私みたいにギフトで回復スキルを授かった人が冒険者になるのはそう珍しくないですよ。道具に頼らず回復が出来るのは勿論、回復道具を節約出来ますから金銭的にも役立ちます。冒険者のコニーさんならご存じかと思いますが、初心の内はどれだけ依頼を達成しても報酬は振るわないので、依頼に必要な経費を差し引くと収入はほとんどありません。特に冒険者にとって生命線となる回復道具はそれなりに高額な上に消耗品ですから、初心の冒険者は依頼の最中に怪我をしただけで挫折される方も少なくありません」
「そ、そうなんですか……」
僕も依頼で相当酷い目に遭った事はあるけど、それだけ冒険者を続けるのは大変な事なのか。僕はまだそこまで危険な区域まで立ち入れるランクではないので、そうした心配をする段階にいないだけかもしれない。
「そうですよ、コニーさんの様に回復手段も持たずに外界へ出てしまう人の方が珍しいんです」
「そうですか……」
僕があまり関心がなさそうな返事をしていると、グルタさんが追い打ちをかける様に補足してくる。確かに僕みたいな底辺冒険者が入る場所でも魔物は現れるんだから、それくらいの準備は常識だったかもしれない。やはり僕はまだ冒険者として必要な知識が欠如しているみたいだ。
「……あれ? どうして僕が回復道具を持ってないのを知ってるんですか?」
あまりに自然に話していて気付くのが遅れてしまった。グルタさんとは教会以外で会った事はないから、僕が外界に出て行く時の装備を知らないはずだ。それなのにどうして僕の装備に回復道具がない事を知っているんだろう。
「その事ですが……実はコニーさんが教会で依頼を受けるより前に一度だけ、コニーさんとはお会いした事があるんですよ」
「えっ!? そ、そうなんですか!?」
身に覚えのない事に僕は衝撃を受ける。僕も人の顔を憶えるのが得意という訳ではないけど、グルタさんほど奇麗な人なら憶えていないはずがない。しかしどれだけ記憶を辿っても思い出せず、頭を抱えてどうにか記憶を絞り出そうとする。
「コニーさんは憶えてないのも仕方ありませんよ。私がコニーさんの姿を見た時、コニーさんは意識がありませんでしたから……」
「えっ……い、意識が……?」
「はい……その時兵団の方からは聞いた話ですと、コニーさんは外界の森から魔物に追い掛けられて逃げて来たとか」
「……あっ!」
最初は何の話かと思って聞いていたけど、グルタさんから決定的な発言を聞いてようやく合点がいった。僕が冒険者として始めての依頼を受けて、そして魔物に襲われて失敗してしまったあの日の事だ。
「教会には私も含めて回復の心得を持った方が多数在籍していて、街の入り口まで出張して冒険者や兵団の方々を回復する事前活動をしています。その日は丁度私が出張担当で、兵団から冒険者の回復をして欲しいと連絡を受けて出向きました所、そこにいたのがコニーさんでした」
「そ、それじゃあ……あの時僕を直してくれたのは……」
「はい、私がコニーさんを治癒させて頂きました」
あの時は兵団の人が応急処置をしてくれたとばかり思っていたけど、まさかそこにグルタさんもいたとは。しかし思い返してみれば、あの時魔物に襲われた僕は相当な怪我を負っていたはずなのに、気が付いた時には手当てが終わっていて傷も思ったほど酷くなかった。その時は魔物に受けた傷が思ったほど酷く
なかったのか、兵団の人達の処置が良かったのかと思っていたけど、グルタさんの回復魔術のおかげだと思うと納得だ。
「連絡を受けて来てコニーさんを始めて見た時は、魔物に襲われた傷が深く危険な状態でした。私が駆け付けるのが遅れていたら、傷跡や後遺症が残って取り返しのつかない事態になっていたかもしれなかったんですよ」
「そ、そんなに酷かったんですか……」
その時の事を思い出しながら話すグルタさんの深刻な表情から、僕がどれだけ危険な状況にいたのかが容易に想像出来る。そんな僕を救ってくれたグルタさんに僕は感謝の念に堪えられなかった。
「……本当に、有難うございます」
「い、いいんですよ……もう過ぎた事ですし、こうして無事でいられていますから……」
僕が深々と頭を下げて声を震わせながら礼を言うと、グルタさんは慌てた様子で僕の肩を掴んで身体を起こそうとする。僕の感謝の念が収まるまでの間ずっと礼は崩れず、しばらくして気持ちが落ち着いた僕はグルタさんに身体を起こされてそのまま椅子に座り直す。
「ですが……コニーさんも冒険者を志すのでしたら、例えお金がなくても装備には気を遣って下さいね!」
「は、はい……」
お互いに落ち着いた所で、グルタさんが念を押す様に忠告をする。グルタさんが珍しく語気を強めて来たので僕は流されるように承諾してしまう。それだけ僕に危機感も事前知識も足りなかったと反省すると共に、そんな事を言わせてしまうくらいグルタさんに心配をかけてしまった事を後悔した。ただ一つ弁明をするなら、僕はそこまでの装備が必要だった事を知らなかっただけで、金銭的に余裕がなくて回復道具を揃えてなかった訳ではなかったのだけど、僕が準備不足なのは変わりないしそれをここで言っても仕方がないと思った。
「……そ、そういえば……グルタさんって冒険者だったんですね!」
空気が重く感じた僕はどうにか話題を変えようと、先ほど気になっていた話題を振り直した。修道女をしているグルタさんが以前は冒険者だったなんて、一体どんな冒険者だったのだろう。
「は、はい……とは言いましても、私が冒険者だったのはそれほど長い期間ではありませんが……」
グルタさんは歯切れが悪い感じに沈んだ表情で話していた。グルタさんにとって冒険者だった頃はあまりいい思い出がないのだろうか。
「……先ほどは回復スキルがあると冒険者として役に立つと言いましたが、それはあくまで冒険者を始めて直ぐの話です。冒険者を続けてランクが上がっていきますと、自然と報酬の額も上がりますから装備も充実しますし、回復道具等の消耗品の購入も無理のない範囲になります。そうなりますと、回復しか取り柄のない冒険者は必要とされなくなっていきます」
「そ、それって……」
僕はその話の続きを何となく察してしまい、つい言葉が口から漏れ出してしまう。そのまま僕の様子に構わず話を続けようとするグルタさんの苦しそうな顔が、とても印象的で一生頭から離れそうにないくらいに痛々しく見えた。
「回復しか出来ない私が一人で冒険者なんて出来るはずもありませんから、私は同じ新人冒険者とパーティ組んで冒険者をしていました。最初の頃こそ回復役として重宝されていましたが、他の方々が冒険を続けていく内に成長するのに対して、私は相変わらず回復以外の事はまるで駄目でした。全員が一人前の冒険者になると、自分の身も守れない私は足手まといにしかならなくなり、これ以上迷惑はかけられないと私からパーティを抜けました」
「……」
静かに訥々と話を進めるグルタさんの姿を、僕は一切口を挟まない様にと口を噤んで聞き入っていた。一言一言を聞く度に当時のグルタさんの思いが伝わって来る感じがして、いたたまれない感情が今にも溢れ出しそうだった。ギルドでは冒険者同士がパーティを組むのはよくある事らしいし、グルタさんの様にパーティを抜ける事も十分考えられる事だから、その方がお互いにとって良い事だったとも理解は出来る。でもその話をしているグルタさんを見ていると、今にもそんな事しなければ良かったんじゃないかと言い出してしまいそうになる。
「ギルドに登録した正規パーティを抜けてからも、後輩の新人達と臨時パーティを組んで冒険を続けていましたが、私とは異なるランクで組んでいて受けられる依頼も限られてしまい、冒険者の稼ぎでは生活もままならなくなりました。結局冒険者を続けるのを諦めて、教会から勧められてギルドに登録していた聖職者に転職して、教会の修道女となりました」
そう話しながらグルタさんは懐から何かを取り出して、懐かしむ様に眺めている。それは一人前の証とも言える、銀製のギルド証だった。まだ未熟な冒険者の僕が持つ銅製のギルド証とは違い、微かに傷があるものの銀製のギルド証は輝き方が違って見えた。
「ですがまだ今も未練がましくギルドの登録情報は残したまま、私には見合わないこのギルド証を手放す事が出来ていません。今更冒険者に戻る勇気も能力もないのに、教会への正式所属もしないままギルドの派遣員としてこの教会に勤めて……。こんな中途半端な状況で、長い事ずっと見習い修道女のままただ何もない時間を過ごして……」
そう話を続けるグルタさんからは、これまでに経験してきた苦しいほどの後悔と、それでもまだ僅かに捨てきれない思いが伝わって来る。それほどにグルタさんは冒険者を続けていたかったのかもしれないけど、それ以上に自分ではそれが叶わない現実とのせめぎ合いで、今も悩み続けているのだろう。今は兵団にいるガイダールさんも、昔は心を通わせた親友の願いで共に冒険者をしていたけど、その親友を失った事で冒険者を続ける意味も一緒に失って、冒険者への未練を断ち切っていた。ガイダールさんも未だに冒険者ギルドの登録を残したままではあるけど、親友がいないのに冒険者を続ける理由はないと、形見替わりに登録を残したままだと酒の席で聞いた事がある。でもグルタさんはガイダールさんとは違い、まだ冒険者の夢を捨てきれない理由があるのかもしれない。
「……グルタさんは、どうして冒険者になったんですか?」
気になった僕は無粋にもさらに深く切り込んでしまう。口にしてから僕も流石に踏み込み過ぎたと思い、詫びを入れて訂正しようかと次の言葉を考える。
「……笑いませんか?」
しかし僕が訂正を入れるよりも先に、グルタさんの方から逆に質問を返される。何故そんな事を聞くのか気にはなったけど、僕が思うような理由じゃないのだろうか。
「そ、そんな……笑いませんよ!」
どんな理由か分からないけど、僕がグルタさんの夢を笑うなんて想像もつかなかった。しかしそんな前置きをするなんて、一体どんな理由なのだろう。
「そ、そうですか……」
僕の答えを聞いたグルタさんは少し気恥ずかしそうにしながら、少し声をどもらせてそっぽを向いた。そこまで人に話すのを憚れる内容なのだろうか。
「……私、ずっと自由になりたいと思っていました」
「自由、ですか……?」
「はい……何処へ行くのも何をするのも、何のしがらみのないくらいに……そんな生き方がしたい。それを叶えるには、冒険者になるのが一番だと思いました。冒険者になれば外界への出入りも問題ありませんし、他国への入国も比較的容易です。この街を出て、見た事もない場所では一体何が待っているのか……そんな事を考えるだけで、想像するだけで今にも飛び出したくなる……」
グルタさんは胸の内をさらけ出す様に語りながら、自然と立ち上がると楽しそうに語り続けながらその場を舞う様に回る。その姿はまるで嬉しそうに自分の夢を語る様な、無邪気で可愛らしい夢見る少女に見えた。
「……ふふっ」
そのあまりに可愛らしくて無邪気な姿に、僕は釣られて嬉しくなって自然と笑みがこぼれてしまう。
「あっ! 今、笑いましたね!? 笑わないって言ったのに!」
僕が笑ったのを見逃さなかったグルタさんが、こちらを指差して腹を立てる。その姿すら可愛らしくて、僕は余計に笑いを堪えられなくなる。ついさっきまではあんなに凛としていたグルタさんだけど、普段は修道女として厳格でいるだけで、実はこちらの姿が素のなのかもしれない。
「あはは……すいません。でもグルタさんがあまりに楽しそうに話してい姿が可愛かったのでつい……」
「……っ!」
僕が手を振って謝りながら言い訳をすると、グルタさんも自分が何をしていたのかを理解して、声にならない声を上げながら頬を赤らめる。そのまま押し黙ってしまったグルタさんは顔を伏せたまま、ゆっくりと椅子に戻って座り直す。
「申し訳ありません、お見苦しい所を……」
「い、いえ、いいんですよ! 別に変な事じゃないですから!」
グルタさんは恥ずかしさのあまり顔を上げる事が出来ず、辛うじて聞き取れるくらいに小さい声で謝った。消え入りそうなグルタさんに僕は罪悪感を憶え、どうにか立ち直ってもらおうと必死に励ましの言葉を掛ける。
「それに……正直グルタさんの話を聞いて、少し羨ましいと思いました」
「……う、羨ましい、ですか……?」
僕の言葉に反応したグルタさんが、少しだけ顔を上げて上目遣いでこちらの様子を窺って来る。まだ恥ずかしさが抜けないのか、完全にこちらに目を合わせてはくれない。
「僕が冒険者になると決めたのは、僕のギフトを活かす方法が他に思いつかなかったからなんです。冒険者という職業に夢や野望を抱いていた訳じゃなく、ただ自分の能力を活かせる場所を求めた結果、冒険者の道を選んだんです。でもグルタさんは自分の夢を追い求めて冒険者を選んだと聞いて、自分の夢のために冒険者をしていたグルタさんが羨ましいと思ったんです」
「そ、そうですか……ですが、コニーさんも自分の能力を活かす場として冒険者を選んだのでしたら、それも立派な事だと思いますよ」
「あ、有難うございます……」
「取り柄を活かしきれなかった私と違って、今日も立派に冒険者としての職務を全うしていますから、コニーさんはもっと自信を持っていいんですよ」
「そ、そうでしょうか……」
僕がグルタさんを励まそうとしていたら、いつの間にか立場が逆転してグルタさんが僕を励ましてくれていた。やはり僕ではグルタさんを元気付けるには役不足なのだろうか。
「で、でもグルタさんだってもし冒険者を続けていたら、今の僕よりも立派な冒険者になっていたかもしれませんよ?」
「そう思いますか……? 冒険者を一年間続けて、回復以外のスキルを一切身につけられなかった私でも?」
「一年間も……」
グルタさんの衝撃的な告白を聞いて、僕は驚きよりもグルタさんの苦悩を感じて他人事とは思えないくらい共感していた。一年間という僕とは比べ物にならないほどの期間ではあるけど、逃げスキルしかない僕ならグルタさんか感じて来た苦悩を少しは分かる気がする。
「コニーさんが驚くのも無理もありませんね。冒険で使えるスキルはいくらでもあるのに、回復以外は全く使えないのですから。戦闘スキルが使えないだけならまだしも、こんな事では冒険者にはふさわしくありませんよね……」
僕が特に反論せずにいると、グルタさんはさらにこれまでの苦悩を噛み締める様に話し続ける。
「……そんな事はないと思います。さっき僕の腕を直してくれたみたいな事が出来るグルタさんが、全く役に立てないなんてあるはずがないですよ」
「コニーさん……いいんです、私のそんな気を遣う必要はありませんよ」
どう励ましたらいいかと思いながら、とりあえず自分なりに思った事を伝えてみたけど、グルタさんには逆効果だったみたいで余計に沈んだ表情になってしまった。それだけグルタさんは自分が冒険者を続ける事が出来なかった事を後悔しながらも、冒険者の自分を捨てきれない気持ちに苦しんでいるのだろう。それなら僕も苦しみながら話してくれたグルタさんのために、僕なりに出来る事をしよう。
「……さっき、僕がごろつき達に敵わないから武具を使わなかったって言いましたけど、実はもう一つ理由があるんです」
「……理由、ですか?」
僕が突然話題を変えた事に疑問を持ちながらも、グルタさんは素直にそのまま僕の話を聞いてくれる。グルタさんはこれから僕が何を話すか分からないと思うけど、多分さっきグルタさんが僕に話してくれた時と同じくらいの衝撃を受けるだろう。
「実は……僕も戦闘スキルを一つも習得してないんですよ。だから僕が武具を持っていたとしても、あのごろつき達の相手は到底出来なかったと思います」
「えっ……?」
僕からの衝撃の告白に、今度はグルタさんの方が驚きのあまり両手で顔を覆う。手で隠れてグルタさんの感情が読み取れないけど、目の色からは哀れみだとか蔑んだ様な悪い感情は見られなかった。
「グルタさんが話してくれた時は、まさか僕以外にもそんな人がいるとは思いませんでした。でもグルタさんが冒険者をしていた一年間に比べたら、僕がスキル習得のために兵団で訓練していた二月なんて大した苦労じゃないと思いますけど……」
「そ、そんな事は……」
流石のグルタさんも僕の言葉を率直に否定し切る事が出来なかった。まさか自分と同じような境遇の人間がいるなんて思わず、かなりの衝撃を受けているのだろう。
「……ですが、兵団の訓練で戦闘スキルを習得出来なくても、僕は冒険者を諦めようとは思いませんでした。そもそもギフトが戦闘向けじゃなかったから、当然の結果だったのかもしれないです」
「……」
ついにグルタさんも一切口を挟む事がなくなり、茫然と僕が語る姿を見つめていた。僕自身もグルタさんの様子に気を配る事はせず、思いの丈をグルタさんにぶつける事にした。
「それでも僕は冒険者だけが自分が唯一生きる道だと思って、自分なりに立派な冒険者になるために必要な事を学びました」
ふとグルタさんが手にしている銀製のギルド証が目に入り、僕は咄嗟にポケットに仕舞っていた自分の銅製のギルド証を取り出して見せた。
「二月前に冒険者を始めて、最初の一歩で躓いてから時間が掛かってしまいましたけど、これからは自分が冒険者だと胸を張って言えるくらいになるつもりです。その立派に輝くギルド証に追いつける様に、これから頑張ろうって……そう思ってます」
僕はグルタさんに挑戦状を突き付ける様に、ギルド証を握りしめてグルタさんの目の前へ突き出す。
「……有難うございます。ですが、このギルド証は今の私にふさわしくないのは変わりないんです。このギルド証は、私一人の力で手に入れた物ではありませんから……」
グルタさんは僕の励ましに感謝しつつも、やはりまだ自分の力を認める事が出来ないみたいだ。確かに冒険者がパーティを組んでいれば、ランクの昇格もパーティで揃って上げる事が出来るから、自分がパーティに貢献出来てないと思えば自分がランクに見合ってないと思うかもしれない。
「……僕はそうは思いませんよ。グルタさんのいたパーティは、グルタさんがいたからこそ立派な冒険者パーティだったんだと思います」
だけど僕はそんな謙虚故に思い悩んでしまうグルタさんが、冒険者として未熟だったとは思えない。グルタさんがどんなパーティにいたのか知らないけど、銀製ギルド証も持つまでに昇格するまで一緒にパーティを組んでいたグルタさんが全くの役立たずだったなんて思えなかった。
「それに……ギフトも使えない僕なんかより、グルタさんの方がずっと冒険者として役に立てますよ」
「……え……えっ?」
僕がさらっとこれまでとは比にならないくらいの衝撃的な告白をすると、グルタさんは何かの聞き間違いかと繰り返しこちらの様子を窺った。
「……こ、コニーさん……今、何と……?」
僕が特に反応を示さないでいると、まだ信じられないと言った様子で今度ははっきりと聞き返して来た。
「ですから……ギフトが使えない僕よりも、グルタさんの方がずっとりっぱん冒険者になれると……」
「えっ……ええぇぇっ!?」
あまりの衝撃だったのか、グルタさんは座ったまま後退りしようとしてひっくり返りそうになる。突然の出来事にお互いに慌ててしまい、グルタさんは倒れない様に手をばたつかせながらどうにか体勢を維持して、僕もそれを見て即座に手を伸ばして何とかグルタさんの身体を引き戻した。
「だ、大丈夫ですか!?」
「は、はい……」
どうにかグルタさんは無傷で済んで、お互いに椅子に座り直して落ち着いて息を整える。
「すいません、またお見苦しい所を……」
「いえ、いいんです……ギフトが使えないなんて、誰でも驚きますよね……」
また恥ずかしそうに俯いて謝罪するグルタさんに、僕も申し訳ないと思いながら謝り返す。今もこうして普通に話してしまっているけど、戦闘スキルが使えないだとかギルドに借金があるだとか、そんな問題がちっぽけに見えてしまうくらいの重大な問題だ。元々兵団での訓練を決意する切っ掛けになったのが、このギフトが使えないという問題だったのだけど、実は兵団での訓練を終えた今でもまだギフトは使えないでいる。スキルが使えないという問題点はすでに解決しているので、後はどうやったらギフトが使えるかという問題だけなのだけど、未だにどうやったらギフトが使えるのか分からない。兵団にいる間も色々と試してみたのだけど、結局何の糸口もつかめずぶっつけ本番で使えるのを願うばかりだとガイダールさんですら匙を投げてしまった。つまり今の所一切の解決策はなく、今もなお僕は使えないギフトに思い悩んでいる。
「ですが……いいんですか? ギフトが使えないまま冒険者を続けるなんて……」
「多分……大丈夫ではないと思います。それにギフトが使えない事はあまり人に話さない方がいいって、ガイダールさんにも言われてますね」
自分で言いながら、つい勢いに任せて告白してしまった事を内心ほんの少しだけ後悔した。もしこの事をガイダールさんが知ったら、どんな目に遭うのだろうと考えるだけで恐ろしくなってしまい、これ以上の考えるのは危険だと条件反射的に思考を停止させた。
「それでは、どうしてそんな事を私に……?」
「……グルタさんに伝えたかったんです。戦闘スキルもギフトも使えない僕でも、冒険者でいられる事を。そしてそれを証明するために、僕は立派な冒険者になってグルタさんに追いついて見せます!」
僕は再び自分のギルド証をグルタさんに向けて掲げながら力強く宣言した。グルタさんに自分の意思を示すためにも、これからの自分に言い聞かせるためにも、決死の覚悟を持って言い放った。
「……そう、ですか……」
グルタさんはしばらくの間口を閉ざすと、何かを悟った様に顔を伏せてそっと呟いた。僕の宣言に呆れたのか納得したのかは分からなかったけど、ひとまず僕の思いは伝わったみたいだ。
「……コニーさんがこれからどうなるか、私も少し興味が湧いてきました。そこまで言うのでしたら、是非とも行く末を見守らせて下さい」
また言葉を途切れさせて考え込んでいたグルタさんが、今度は何か覚悟を決めた様な真剣な表情でそう言った。どんな覚悟をしたのか分からないけど、少なからず僕に対して何か期待しているのが伝わってきた気がする。
「……分かりました、しっかりと見ていて下さい!」
グルタさんからの期待に応えるためにも、これからさらに頑張らないと。グルタさんを狙うごろつき達、冒険者のランク昇格、期限が迫っているギルドの借金、未だに使えないギフトと、今でさえ抱えている問題は山積みだけど、これらを全て解決出来ないと立派な冒険者なんて夢のまた夢だ。どれだけ目標が高くても、僕は僕なりに冒険者としてこれから先の道を進んでいこう。
〇おまけ「ギルド証の種類について」
ギルド証は外観からある程度の実力が判別出来る様、本業として登録した職業で挙げられた功績や当人の能力等によって銅、銀、金で分類されている。冒険者が本業の場合、基本的には冒険者のランクによって分けられている。銅のギルド証はEランクからGランク、銀のギルド証はCランクからDランク、金のギルド証はAランクからBランクとなっている。
ちなみにガイダールの場合、冒険者のランクはBだが現在の本業は兵団で登録されているため、兵団での役職である地方の訓練長を基準としているためギルド証は銀製である。




