表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/48

第十五走「何やら厄介な事が、起きているみたいでした」

〇前回までのあらすじ

 ギルドで清掃依頼を受けたコニーは、神成式以降足を運んでいなかった教会へと来た。始めは依頼通りの清掃作業をしていたが、突然ごろつき達が現れて襲われてしまう。同じく教会にいた修道女のグルタを人質に取られて危機的状況に陥るものの、私用で偶然教会に来た兵団のガイダールに救われる。

「……それで、これは一体どういう事だ?」

 教会の座席の一つに腰かけた兵団の訓練長であるガイダールさんが、背後に山積みにしたごろつき達を指差す。ガイダールさんの手によって完膚なきまでに打ちのめされたごろつき達は完全に気を失っている様で、誰一人として身動き一つしていない。

「……僕も気になります。この人達は一体何なんですか?」

 僕とガイダールさんの視線がグルタさんに集中する。こちらの視線を受けたグルタさんの表情は明らかに沈んでいて話をするのが憚れるけど、襲われた以上このまま何も知らない振りは出来ないし、少しでも事情を知る事で何か解決策が出て来るかもしれない。

「……何から話せばいいでしょうか」

 ガイダールさんがごろつき達を片付けてからしばらく口を噤んでいたグルタさんが、ようやく口を開いてくれた。話し始めるまでに随分時間が掛かっていたから、余程話したくないのかもしれない。

「結論から話しますと、彼らの真意は私にも分かりません。度々教会に顔を出しては教会内を荒らし回るのですが、一頻り荒らすと直ぐに去ってしまいます。また定期的に現れるでもなく、まるで気まぐれに悪戯をする子供の様に暴れてはそそくさと姿を消していきます」

「……まるで愉快犯だな」

 グルタさんが淡々を話しているのを、ガイダールさんはいつも以上に真剣な顔で聞いている。確かにガイダールさんが言う通り、聞いた限りでは本当に悪戯が度を過ぎたものの様な感じだ。

「ですが気まぐれに見えて、ただ無計画に教会で暴れている訳じゃないみたいです。彼らが教会に顔を出すのは決まって人が少ない時で、特に兵団の方がいる時は絶対に現れませんでした。実際に何度か教会が荒らされてしまった時に兵団の方々に見張りを頼んだのですが、兵団の見張りがある間は全く姿を現さなくなり、兵団の見張りがなくなった途端にまた姿を現す様になりました」

「兵団……そういえば!」

 ガイダールさんが兵団の人間だと知った時、ごろつき達が異様に慌てていたのが気になっていたけど、それだけごろつき達が兵団の事を警戒していたからだったのか。確かに兵団がいない隙を狙って教会に来ていたのなら、兵団のガイダールさんが顔を出せばごろつき達も驚くだろう。

「そして彼らは教会に顔を出しては、留守を預かる聖職者や偶然居合わせた参拝客を脅したり、辺りにある祭具や装飾を壊して回ります。こちらも兵団に連絡をして助けが来るのを待ちますが、彼らは兵団が来る直前で立ち去ってしまいます。そのため中々彼らを捕らえる事が出来ずにいましたので、せめて被害を抑えようと参拝客に集団での参拝を呼び掛けたり、用がない時は教会の祭具や装飾を仕舞っておきました」

「祭具……」

 祭具や装飾と聞いて教会内を改めて見回す。一見して広々として見えていた教会内だったけど、よく見ると祭具どころか燭台すら置かれておらず、広々しているというより少し殺風景な空間に感じた。それに座席を注意して見ると何かの傷を埋めた跡がある。これもごろつき達が暴れて傷付いた座席を修復したものだろうか。それと休憩室に乱雑に置かれていた箱もただ片付けが間に合わなかったのではなく、ごろつき達に壊されない様にあらかじめ引っ込めておいた物だったのかもしれない。

「……そういえば、随分前に教会の被害届が相次いでいたとか聞いた気がするな。ここしばらくは届け出があると聞かなかったが、まさかこんな状態になってたとはな」

 グルタさんの話で思い出したかの様にガイダールさんが呟く。ガイダールさんは兵団を指導する訓練長だから詳しい事は知らないみたいだけど、兵団の中でそれなりの立場ではあるから少しくらいは耳にしていたみたいだ。

「……そうですね、兵団の方々も通報を受けて来ても見張りを付けても一向に捕まらない彼らに手を焼いていました。そこで教会も他の解決方法がないかと、今度はギルドの方に助けを求めました。それでギルドの方からも護衛として冒険者に来てもらう事になりましたが、結果は変わりませんでした。それどころか彼らは冒険者がいる時は構わず姿を現して来て、護衛の冒険者を倒して余計な被害を出してしまう事もありました」

「ギルドの護衛依頼……? それって……」

「……はい、おそらくコニーさんが受けた依頼がそれにあたるかと思います。私も依頼書を見てあなたが冒険者だと知った時に気付きました。教会では護衛の依頼とは別に一般向けで清掃依頼も出していましたが、一般向けでギルドに出したはずの清掃依頼を冒険者のコニーさんが受けているはずがないんです。それに一般向けで出していた清掃依頼とコニーさんの依頼で内容に所々違いがありましたから、教会の誰かが冒険者側に依頼内容を偽って出したのかもしれません」

 まさか教会がそんな事をしていたとは思わなかった。教会と言えば聖職者の集う場所だから、余程理不尽な内容の依頼ではないと思っていたけど、依頼内容を誤魔化しているとは考えもしなかった。

「そんな偽装依頼なら、ギルドが把握しているはずだがな。もし護衛が依頼内容に含まれるなら、清掃のついでだなんて申請は通らないだろ」

 ガイダールさんがバラバラになった依頼書の切れ端を眺めながら独り言の様に呟く。確かにギルドならちゃんと依頼内容がしっかりしたものか確認しているはずだ。依頼者が内容をある程度秘匿したりする事はあると受付嬢のクルシャさんも言っていたけど、流石に依頼書の内容に全く違った内容が含まれているのはおかしな話だ。

「私も今日は清掃依頼を受けた方が来ると聞いていましたが、来て頂いたコニーさんが冒険者だった事も先ほど知りました。そこに彼らが来てしまい、結果的にコニーさんを巻き込んでしまう事になりましたので、コニーさんの依頼自体に護衛が含まれていたかは私には分かりません。ですが以前は形式に則った依頼内容で護衛依頼を出していましたし、前回依頼を受けた冒険者の方が彼らに暴行を受けて重症を負ってからは、こちらも冒険者への依頼を打ち切ったはずです」

 グルタさんの話からすると、僕の受けた依頼は護衛が目的ではないただの清掃依頼だけど、僕が依頼を受けて来たらごろつき達と鉢合わせてしまったという事みたいだ。だから僕の受けた依頼がただの清掃依頼だったのか、護衛も含めた内容に問題のある依頼なのかは判断が難しいという事らしい。でも冒険者への依頼はもうしていないと言っていたし、ただの清掃依頼が冒険者ギルドまで回って来たと考えるには少し無理がある気もする。

「……それじゃ、教会の誰かが勝手にあやふやな内容の依頼を冒険者ギルドに出していたと」

「誰かが依頼を……」

 正体不明の依頼者という新たな疑問が生まれてしまい、余計に問題が複雑になってしまった。これでは解決策どころか、どの問題から解決したらいいのか分からなくなってしまう。

「……それと、教会を荒らした彼らにはもう一つ……いえ、二つほど疑問な点があります」

 数々の問題を前に一同が静まり返った中、再びグルタさんが重い口を開いた。ここまででも十分訳が分からないのに、さらに謎が増えるというのか。

「まず一つですが、彼らが現れるのは私が教会にいる時だけみたいです。他の修道女に聞いた所、私がいない時は教会がほとんど無人であっても目撃すらされていないそうです」

「あんたを狙ってねぇ……兵団を避けている周到さからして何か目的があるとは思ってたが、あんたには何か狙われる心当たりはないのか?」

「はい、残念ですが……」

 ガイダールさんの質問にグルタさんは申し訳なさそうに小さく返事する。グルタさんも何も分からずに襲われいるのに、狙いが自分という事で責任を感じているのかもしれない。

「それと二つ目ですが、彼らは私に直接危害を加える事がありません。今日の様に捕まって人質にされる事も珍しいくらいで、何故か目的であるはずの私には何もして来ないのです」

「そうだったんですか、だからあの時……」

 グルタさんが人質に取られて僕がごろつき達に捕まった時、グルタさんは自分が捕まってるにも関わらず僕に逃げる様に言ったのは、自分は危険な目に遭わない事が分かっていたからだったんだ。でもいくら自分が平気だと分かっていても、あんな風に自分を犠牲にする様な事が出来るものだろうか。

「何か矛盾してないか? こいつらは明らかにあんたが目的なはずなのに、肝心のあんたは被害が一切ないなんて」

「それは……」

 的を得たガイダールさんの疑問に、グルタさんは返答に困ってしまう。言われてみればごろつき達がグルタさんがいる時を狙って教会に来ているのに、グルタさんには何もしないのも不思議な話だ。しかしグルタさんがそんな支離滅裂な事を言うとは思えない。でもグルタさんが話した事が全て真実だとしても、ごろつき達の行動の意図が全く分からない。考えれば考えるほど、堂々巡りになってしまって結論が出ない。

「……あなたも、私が怪しいと思うのですか?」

 ガイダールさんが疑いの目を向けていると感じてか、グルタさんの様子が一変して険悪な雰囲気で質問を返す。グルタさんも自分がおかしな話をしている自覚はあるだろうから疑われても仕方ないと思いつつも、疑われている事を不服だと思っているのかもしれない。

「以前護衛を頼んだ際に兵団の方にお話しした時も、私が手引きしたのではないかと幾度となく聞かれましたが、私には一切身に覚えがありません」

 兵団に話した時に余程しつこく聞かれたのか、グルタさんは激昂しそうな気持ちを抑えながら話している。

「そりゃまぁ……こういう騒ぎに関わっている人間でありながら、全く被害を受けてない奴がいたら誰だって不審に思うだろうな」

「ですから、私は何の関わりもないと……!」

 続けて疑いをかけようとするガイダールさんに、抑えが利かなくなったグルタさんが声を上げそうになる。

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

「コニーさん……」

 流石にそのまま見過ごす訳にはいかないと思い、僕はガイダールさんとグルタさんの間に入ってグルタさんを制止する。グルタさんも急に目の前に出て来た僕に驚いて冷静になってくれて、どうにか会話がもつれるのを防ぐ事が出来て僕はほっと胸を撫で下ろす。

「……あの、ガイダールさん。グルタさんの事を疑ってないのなら、最初から言った方がいいですよ」

「あ~……そうだったな」

「……え?」

 僕達の一連の流れを聞いて、グルタさんが間の抜けた様な驚きの声を出す。グルタさんからしたらガイダールさんが完全に疑ってかかってると見えるのだから、意外に思ってしまうのも無理はない。

「えっと……ガイダールさんはグルタさんが怪しいなんて、最初から思ってなかったんですよ」

「そ、そうでしたか……」

 ガイダールさんとの会話に慣れてないグルタさんでは、当然の反応だから仕方ない。僕もガイダールさんとの会話に慣れない内は分からなかったけど、ガイダールさんは場の流れに任せて重要な事を後回しにする話し方をする事があるので、ガイダールさんの事を分からない人だと勘違いされてしまう事がある。しかし僕ですらグルタさんがこの騒ぎを起こしていると思えないのだから、僕もガイダールさんが最初からグルタさんを疑っているとは思ってなかったので、何とか話がもつれる前に止める事が出来て良かった。

「……それで、ガイダールさんには何か思い当たる節があるんですか?」

 一旦場が落ち着いた所で、僕からガイダールさんに話題を振った。ガイダールさんの口振りからして自信がありそうな様子だし、すでにこの騒ぎの原因か解決策が見えているのかもしれない。

「いや、これだけの情報じゃ全く見当がつかないな」

「……それなら、何か分かる事はありますか?」

 率直に否定するガイダールさんを見て、僕は聞き方を間違えたと改めて聞き直す。こうした重要な話題の時にガイダールさんに質問をする場合、本当に言葉を選ばないと大事な事を聞きそびれてしまうので気を付けないと。

「……まぁ、こいつらの目的はともかく、人目を避けながらあんたを狙っているのは確実なんだろ? それでいて兵団を明確に避けていると来たら、首謀者は兵団の動向を察知出来る奴だろうな。目的の方は確かな事は言えねぇけど、あんたに狙われる覚えがないのなら一方的な動機かもな」

「そ、そこまで分かるんですか……」

 相変わらずガイダールさんの洞察力に、僕はつい感心してしまう。ほとんど何も分からない状態からここまで情報を引き出すなんて、僕には到底出来そうにない芸当だ。

「私の事を一方的に知っている方、ですか……。参拝にいらした方でしたら可能性はあるかもしれません。参拝にいらしゃる方はまちまちですから、顔を覚えている方はそう多くはいませんので」

 グルタさんもガイダールさんの見解に納得した様で、思い当たりそうな話を上げようとしている。

「あの……神成式の時はどうしてますか? 神成式なら色んな職業の人がいますし、毎回同じ人が来ているとは限らないと思うんですが……」

「神成式ですか……私はまだ修行中の身ですから、儀式に直接携わる事はありません。ですので儀式の最中は奥に控えています」

「そうですか……」

 神成式なら様々な職業の代表者が集まるから、ガイダールさんが言っていた人に当てはまると思ったけど、誰もが注目する儀式を前に奥にいる修道女が気になるなんて事はないか。

「儀式の前後ならそうでもないだろ? 修道女なら儀式に出席する奴を出迎えたりしているはずだ」

「そうですね……ほんの一時ですが、教会の前で神成式にいらっしゃる方々と顔を合わせる事はあります」

 ガイダールさんに言われて、僕も神成式の時に教会前にいた修道女の姿を思い出す。確かに儀式を受ける僕も含めて、教会に入る人にそれぞれ修道女達が挨拶していた。ガイダールさんは兵団に引き抜く人材を求めて度々神成式に出席しているから、そういった細かい部分までよく憶えているのだろう。

「ですが、教会前で挨拶しただけで私を狙う理由が出来るものでしょうか?」

「さぁな……結局はどれも憶測の域を出ない以上、何が本当なんか分かりゃしねぇよ」

「……そうですね、あなたのおっしゃる通りです」

 ガイダールさんにすっぱり打ち切られてしまい、グルタさんは理解しつつも少し煮え切らない様子だ。結局最初にガイダールさんが言った通り、元凶の影も形も分からないという結論となってしまい、話は振出しに戻ってしまう。

「……少し話が長くなりましたので、一度休憩しましょうか。今からお茶を淹れますので……」

「あっ、そんなお構いなく……」

「おぉ、それじゃ頼むよ」

 グルタさんが颯爽と奥へと消えていきそうな所を止めようとしたけど、ガイダールさんが割って入ってしまって僕の声はグルタさんに届かなかった。

「これくらいの厚意は素直に受け取っておくもんだ」

「は、はい……」

 ガイダールさんにはよく遠慮が過ぎると言われているけど、人から良くしてもらうのがどうにも慣れなくてつい断ってしまう。僕もガイダールさんに何度も言われて度が過ぎていると気付いたけど、染み付いた癖みたいでどうしても黙っていられなくてつい言ってしまう。

「……そういえば、ガイダールさんは教会に何しに来たんですか?」

 気持ちを切り替えようと、僕はふと気になった事を聞いてみた。確かガイダールさんは私用でここに来ていたと聞いたけど、ガイダールさんの様な教会と縁のなさそうな人が何の用で来たのだろう。

「あぁ、それはお前の事だよ。久しぶりの冒険者生活で初っ端から躓いてないかと思って、ギルドにコニーの事を聞いたら教会で依頼をしているって聞いたからな。兵団の世話もあるから外界へは気軽に出て行けないが、教会なら直ぐ近くだから様子を見に来たんだ」

「そうだったんですか……」

 ガイダールさんには兵団で訓練する前から随分お世話になっていたけど、僕が兵団を離れて冒険者の道を進み始めたからそうそう出会う事はないと思っていた。それでもガイダールさんは僕の事を心配して様子を見に来てくれていたなんて。思い返せばガイダールさんは初めて会った時から、見ず知らずだった僕をしっかり見ていてくれたから、こうして僕の様子を見に来るのはそう不思議な事でもない気がする。

「あはは……それなら今日はあまり良くない所を見せてしまいましたね」

 ただそれだけ世話を焼いてくれただけに、今日は情けない姿を見せてしまったからガイダールさんの期待を裏切ってしまったと思う。外界の魔物が相手ならいざ知らず、数人のごろつきを前に手も足も出なかったのだから、教会に入った時に倒れている僕を見て落胆したんじゃないだろうか。

「まぁ、元Cランク冒険者だって事ならそう簡単な相手じゃなかっただろ。俺からすればどうって事ない相手だが、まだ経験も実績もないコニーには荷が重い相手だったろ」

「……それもそうですね、まだGランクの僕が元Cランク冒険者を相手にするなんて、無理がありますよね……」

 確かに冷静に考えてみれば僕が敵うはずもない相手だから、こうなってしまったのは当然の事ではある。でもそれを理解した上でまだグルタさんを守り切れなかった事を悔やんでしまうのは、初めての依頼で失敗した時の事を引きずっているからだろうか。

「それにしてもCランク冒険者なんてこの辺りじゃそうそう見かけないですけど、ガイダールさんはこの人の事を見た事はないんですか?」

 狙いの読めない教会の襲撃に注目していて目立っていなかったけど、ごろつきの中に腕の立つ冒険者がいる事も気になる。都市まで行けばそう珍しくないのかもしれないけど、こんな田舎街ではCランク冒険者なんて数えられる程度の人数しかいないだろうから、何故そんな凄腕の冒険者がごろつき達の中にいるのか不思議でならない。

「そりゃまぁ、()冒険者だからだろうな。俺も冒険者の頃に見たっきりですっかり忘れてたが、こいつはギルドの契約違反で指名手配されてた奴だ」

「し、指名手配!?」

 ガイダールさんからまさかの発言を聞き、僕は驚きのあまり大袈裟な声を上げてしまう。しかしガイダールさんが冒険者だった頃に指名手配されていたのなら、つい最近冒険者になった僕が知らないのも頷ける。

「まぁ、コニーが驚くのも無理はないか。犯罪者の捕縛なんてほとんどが兵団に回って来る仕事だし、冒険者でも受けられるのはDランク以上の腕がある奴だからな。コニーじゃそんな依頼がある事すら知らなかっただろう」

「いや、そういう事じゃないんですけど……」

 ガイダールさんの的外れな納得の仕方に僕はつい突っ込みを入れてしまう。ガイダールさんならその程度の相手だと思うかもしれないけど、僕なんかがそんな犯罪者を目の前にしたら普通は無事では済まないはずだ。思い返すといかに自分がどれだけ危機感がなかったのかと恐怖すると共に、ガイダールさんのおかげで五体満足でいられた奇跡に感謝した。

「そういう事だから、こいつらの身柄は俺が引き取るぞ。手配者を捕まえるのは俺の領分じゃねぇが、兵団でもこいつの指名手配はされてるだろうから、俺が持って帰ってやるよ」

「は、はい、お願いします……」

 衝撃の事実の連続で気持ちが追いついてないけど、ガイダールさんの申し出は正直とても助かる。これで少しはグルタさんも安心出来そうだ。

「お茶が入りましたよ」

 そうこう話している内に、グルタさんがお茶を持って戻って来た。そこまで長話をしていたとは思わなかったけど、どうやらそれなりに話し込んでいたみたいだ。

「……あら、あの方々は?」

「……えっ?」

 グルタさんが不思議そうな視線を僕達の背後に向けていたので、僕は悪い予感がして即座に振り返る。しかし時すでに遅く、ガイダールさんが積み上げていたごろつき達の姿が跡形もなく消えていた。

「……に、逃げられた……んですよね?」

「そうだな……まんまと逃げられたな」

 それ以外に考えられないだろうけど、あまりに信じられない事態に僕はガイダールさんに聞いてしまう。ガイダールさんに完膚なきまでに叩き伏せられたはずなのに、まさか逃げる余力があるとは思いもしなかった。とはいえ僕達も全く見張りもせずに放置していたので、完全に油断していたのが良くなかった。

「しまったな……逃げたって事は、またここに来るつもりだろうな」

「そ、そんな……今日はガイダールさんが来てくれたから助かりましたけど、元Cランク冒険者もいるのにどうしたら……」

 ごろつき達の件をすっかり解決していた気でいた僕は不測の事態に頭がこんがらがってしまう。折角兵団の人達でも捕まらなかったごろつき達を捕まえたのに、それをみすみす逃してしまった失態はとても痛い。このままではまたグルタさんがごろつき達の脅威に晒されてしまう。

「それなら、お前がついてやればいいだろ?」

「ぼ、僕に護衛なんて出来ないですよ!? さっきだって僕じゃ歯が立たなかったですし……」

 ガイダールさんからの唐突な提案を聞いた僕は反射的に拒否する。ガイダールさんの事だから何か考えがっての提案なのかもしれないけど、今日の体たらくでは僕にグルタさんの護衛が務まるとは到底思えない。

「別に断るのは構わねぇが、そういう事は雇い主に直接言いな」

「えっ? あっ……」

 ガイダールさんが指差す先にいるグルタさんは、軽く俯きがちなせいか少し陰鬱な表情に見えた。その顔からは失望というよりは最初から期待すらしていない様な、これ以上関わらないで欲しいと訴えている雰囲気さえ感じた。

「……コニーさんが気に病む事はありません。元々依頼の方に不正がありましたから、今回の事は何もなかったという事で……」

 そう言いながら顔を上げてこちらに優しく笑いかけるグルタさんを見た僕は、その取り繕った様な笑顔から何処となく危なげな儚さを感じた。これまで兵団やギルドの冒険者にいくら助けを求めても一切解決の目途が立たなかったのだから、そうした諦めの気持ちが出てしまうのも仕方がないのかもしれない。

「……あ、あのっ! 依頼の事ですが、このまま続けさせて下さい!」

 そんなグルタさんの危うい気配を感じた僕は、考えるよりも先にそう口にしていた。うまく言葉に出来ないけど、今のグルタさんを放っておくのはいけない気がした。

「えっ……?」

 僕の返答が余程意外だったのか、驚きでグルタさんの表情から陰りが薄れていく。

「あっ、えっと……さっきも言った通り、僕には護衛なんてとても勤まらないですし、ましてや犯人を見つけて捕まえる事なんて出来ないです。ただ……元々僕は清掃の依頼を受けて来ています。今の僕にはそれくらいの事しか出来ないですけど、最後までやらせて下さい!」

 グルタさんから暗い雰囲気が薄れたのを見て、そのまま勢いに任せてさらに畳み掛けていく。ここで止めてしまっては、またグルタさんが危うい表情に戻ってしまいそうな気がした。

「……あ、あの……」

 有無を言わさず頭を下げた僕を見て、グルタさんはどんな心境だろう。こんな役立たずだと宣言しながらも、依頼には縋りつく僕に失望しているかもしれない。もしそう思われてしまったとしても、踏み込み過ぎて事態を悪化させたり、突き放してグルタさんが全てを諦めてしまうよりは、自分の出来る範囲で手助けするのが最善だと思った。しかしそれは、グルタさんがこんな独りよがりな申し入れを受けてくれたらの話だ。だからこそ僕はただただ深く腰を折って、グルタさんの返事が良いものになる事を願っていた。

「……はい、お願いします」

 僕が頭を下げてからしばらく経っただろうか、ようやくグルタさんが返事をしてくれた。こんな醜態を晒した僕へどんな顔を向けているかと思いながら顔を上げると、グルタさんの表情は意外なほど穏やかだった。

「あ、有難うございます……」

 そんなグルタさんの顔を見て安心した僕は、自然と感謝の言葉を口にしていた。

「可笑しな事を言いますね、依頼をしているこちらが頼むべき立場ですのに」

 僕がグルタさんのあまりに意外な反応に呆気に取られていると、グルタさんは何故か声を抑えて笑っていた。僕が何か面白い事でも言ったのか分からないけど、とにかく諦めなかったみたいで良かった。

「それじゃ、うまく守ってやれよ!」

「あうっ!?」

 僕達の話が付いた所で、ガイダールさんが立ち上がって僕の肩を叩く。毎度の事ながらその強烈な勢いに僕の身体は有無を言わさず前のめりになる。

「い、いや……さっきも言ったんですけど、僕の腕じゃ護衛までは流石に……」

「お前なぁ……別に俺はお前に護衛が出来るとは思ってないぞ」

「そ、そうなんですけど、そんなはっきり言わなくても……」

 僕も自覚している事とはいえ、面と向かって言われると流石に傷ついてしまう。しかし否定出来ない事ではあるので、無理に否定する気にもなれなかった。

「何も正面から迎え撃たなくても、お前なら他に方法があるだろ?」

「他の方法、ですか……?」

 ガイダールさんには僕でもグルタさんを守る方法がある様な口振りだけど、今まで逃げる事を活かす方法しか考えてこなかった僕に何かあるのだろうか。

「昨日は外界で依頼をしてきたんだろ? それなら危険にまみれた外界なんかより、ほとんど安心安全な街中での依頼なんて楽勝だろ」

「いや、街中と外界を比べられても……」

「そうか? 外界で通用するお前が街中での依頼で躓くなんてねぇと思うが」

「そんな単純な話じゃないと思いますけど……」

 ガイダールさんのあまりに大雑把な例え話につい呆れてしまう。確かに常に危険が伴う外界と比べれば領内依頼は危険が少ないとは思うけど、今回の場合は腕の立つ元冒険者が相手なのだからそううまく立ち回れるとは限らない。でもガイダールさんの言葉を聞いたら、僕でもまだグルタさんの役に立つ方法があるかもしれないと思えて来た。

「そう思うなら、これが外界での依頼だと思えばいい。それなら少しは街中での依頼なんて甘い考えもなくなるだろ」

「領内依頼を外界での依頼と同じに、ですか……?」

 また無茶苦茶な方向へ話を広げるガイダールさんだけど、僕も考えが行き詰っていたので一度素直に聞き入れてみる事にした。

「……あっ」

 ガイダールさんの助言を基に自分に出来る事を考えてみると、意外にもあっさりと解決策が思い浮かんでしまった。少し考え方を変えるだけでこんなにも簡単に回答を導き出せてしまうのだから、ガイダールさんの言葉は不思議な説得力がある。

「どうだ、いけそうか?」

「……はい、有難うございます!」

 僕の様子を見てガイダールさんも察した様で、僅かな言葉だけを交わしてお互いの意思を確かめる。ガイダールさんが狙っていたのかは分からないけど、おかげで僕も少しだけ自信を持ってグルタさんの助けになれそうだ。

「あの……コニーさん?」

 勝手にこちらだけで話が進んでいた所にグルタさんが遠慮がちに話しかけて来る。つい思考に没頭していてグルタさんの事をすっかり置いてけぼりにしてしまっていた。

「グルタさん、僕もまだグルタさんの役に立てそうです!」

「えっ!? は、はい……?」

 グルタさんの役に立てると分かって少し興奮気味の僕に気圧されて、グルタさんは訳の分からないまま勢いに飲まれて中途半端に返事する。

「どうやって役に立てるかはまだ考えがまとまってないですけど、僕でもグルタさんの事を守れるかもしれません!」

「は、はぁ……」

 完全に調子に乗ったままの勢いで息巻いている僕に、グルタさんの表情が次第に驚きから心配へと寄っていく。

「あの……コニーさん、大丈夫ですか?」

「……えっ? あっ、は、はい……」

 グルタさんの心配と哀れみの入り混じった顔を見て、僕もようやく正気を取り戻した。一人で盛り上がってしまった事を思い返して、恥ずかしさに一瞬喉が窮屈になって声が消え入りそうになる。

「……えっと、僕は大丈夫です。危ない事をする気はないですし、グルタさんの迷惑になるような事もしません!」

 舞い上がった熱を抑えながら、僕は努めて真面目な姿勢で冷静なつもりで答える。まだ少し胸の高鳴りと恥ずかしさによる強張りを感じるけど、これ以上グルタさんに無用な心配はかけさせまいとどうにか動揺を隠そうと堪えた。

「そ、そうですか……それでしたら良かったです」

 僕の努力が実を結んだのか、グルタさんは安心した様子で息をつく。これまでごろつき達の件で傷付いた人達がいるから、グルタさんもこれ以上の犠牲者は出したくないのだろう。

「話はまとまったな。それじゃ、俺はもう戻るぞ」

「えっ!? もう行っちゃうんですか?」

 また唐突にガイダールさんが話を切り出すかと思ったら、いつの間にか教会の扉の前で出て行く直前だった。

「もう用は済んだからな。それにあまり長い事兵団を離れると文句を言う奴がいるんでな」

「それって……まさか、ブライアリさんに黙って来たんですか!?」

 兵団で僕の訓練に親身になって協力してくれた兵団の経理等をまとめるブライアリさんだけど、ガイダールさんの身勝手な行動によく振り回されているとたまに愚痴をこぼしているのを聞いた事がある。あの様子だと、今回もガイダールさんは勝手に兵団基地を離れてここに来たみたいで、今頃ブライアリさんは行方知れずのガイダールさんに頭を悩ませているかもしれない。

「それじゃ、またな」

「あっ、ちょっと……!」

 ガイダールさんは僕の質問に答える事なく、僕が呼び止める間もなく足早に教会を後にした。僕の様子を見に来たと言っておきながら、ブライアリさんに断りもなく基地を出て教会に足を運んだと思ったら、たまたま居合わせたごろつき達から僕達を守ってくれたり、そのままさっさと基地へと戻ってしまうなんてあまりに身勝手過ぎるけど、結果として僕達を助けてくれたのがいかにもガイダールさんらしい。

「……ガイダールさん、でしたか。何と言いますか、嵐の様な方でしたね」

 秀逸な例えを挙げたグルタさんは開け放たれた教会の扉を茫然と眺めながらも、すでにいなくなったガイダールさんに向けて礼儀として軽く手を振っていた。

「……はい、本当にガイダールさんは凄い人です」

 傍若無人な振舞いをしているガイダールさんではあるけど、結局の所ガイダールさんと関わった人は何故かガイダールさんに感謝する事になってしまう。そういう事を思うとガイダールさんはある意味英雄の様な器の人なのかもしれない。

「えっと……それじゃ、どうしましょうか。流石にガイダールさんにやられた後ですから、ごろつき達も今日はもう来ないと思いますが……」

 ガイダールさんが去ってしまい完全に場が落ち着いてしまった中、何をしたらいいのか分からず僕はグルタさんに丸投げしてしまう。

「そうですね……もう休憩は十分かと思いますので、そろそろ清掃の続きをしましょうか」

 グルタさんに言われて、僕も清掃の続きが残っている事を思い出した。ごろつき達やガイダールさんが現れて色々とあったから、元々ここに来ていた目的を忘れる所だった。

「はい、分かりました!」

 清掃依頼で来ている僕が断る理由もなく、僕はグルタさんに言われるまま清掃用具を取りに奥の部屋へと向かった。

「……ん?」

 しかし僕が足を踏み出した時に、足元で微かに何かを踏んだ違和感と何かが擦れる音がした。確かごろつき達が来る前に床の清掃は終わらせたはずだから、床には塵一つ残ってないはずだ。

「あっ……」

 何かと思って踏み出した足を引くと、そこには僕が持ってきた依頼書の写しの破片が落ちていた。そういえばごろつきにバラバラに破られて床に散ってしまったまま、そのほとんどがそこら中に残っているんだった。僕はまた床の清掃をやり直さないといけない気だるさと、クルシャさんに何と詫びればいいかと思い悩みながら、教会の残りの清掃を続ける事になった。

〇おまけ「ステンドグラスの清掃」

「グルタさん、その魔石は?」

 教会の奥から戻って来たグルタさんが、小ぶりな魔石を両手に抱えていた。

「これは送風の魔石です。これで高い場所の埃を落として清掃します」

「そんな魔石があるんですね……」

 そんな便利な魔石があるとは知らず、僕は物珍しそうにグルタさんが手にしている淡く光る魔石を眺める。

「こうして風を送る場所に向けて魔力を流すんです」

 グルタさんはそう言いながら、両手に持った魔石をステンドグラスへ向けて掲げる。どうなるのかと少し気持ちを高ぶらせながら、離れた位置からグルタさんの様子を窺った。グルタさんが手に魔力を集中させると、魔石を中心に少しずつ風が集まっていく。そして集められた風がグルタさんの込めた魔力に呼応して、ステンドグラスへと向けて大きな旋風を巻き起こした。しかし噴き出した風があまりに強すぎたのか、ステンドグラスへ向けられた風はグルタさんの周りでも渦を巻いて、グルタさんの修道服を舞い上がらせた。巻き上げられた修道服からグルタさんの肌が見え隠れして、さらにその先にある覗いてはならない領域まで垣間見えそうになる。

「……へっ?」

 あまりに突然の光景が目の前に現れて、僕は送風の魔石よりもグルタさんのあられもない姿に奇怪な声を漏らしてしまう。

「……どうかしましたか?」

 自分の身に起きた事を理解してないのか、グルタさんは何食わぬ顔でこちらの反応を不思議そうに見ている。

「い、いや……凄い魔石ですね」

 どうにか誤魔化そうとして、僕は魔石へと話題を逸らした。

「そうですか……ですが、少し加減を間違えました。本当はもう少し大人しい風を起こすはずでしたが」

「そ、そうだったんですか……道理で凄い風だと……」

 いつも送風の魔石を使う時にこうなっていると思った僕は、これが偶然の事だったと知って少し安堵する。もしこんな事が日常的に起きているのなら、誰かは黙っているはずがないと考えれば当然か。

「そ、それじゃ、このまま清掃しましょう!」

 僕は今見た純白の景色の事は忘れようと、その後の清掃はより熱心に取り組む事にした。

「は、はい……?」

 妙に気合の入った僕をおかしいと感じたグルタさんだけど、僕が真面目に清掃をする姿を見せた甲斐もあって何とかその日の清掃は平穏なまま終える事が出来た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ