第十四走「言われた通り、普通の依頼ではなさそうでした」
〇前回までのあらすじ
兵団での訓練を終了し、改めて冒険者としての第一歩を踏み出したコニー。手始めに以前失敗していた依頼を受ける事に。意気込んで依頼に臨んだコニーは訓練で培ったスキルを活用して、見事に依頼を成功させた。
「おはよう……」
無事に依頼を成功させた翌朝、僕は次の依頼のために朝早くから朝食の席に着いた。
「おはよう、今日も早いわね」
僕よりも早く起きていたお母さんが、丁度朝食の準備を済ませて机に並べていた。いつも僕の方が早く床に就いているはずなのに、こうして僕よりも早起きなのが未だに不思議でならない。
「今日はどんな仕事をするの?」
一緒に食卓を囲みながら、お母さんの方から話題を振って来た。そういえば昨日は依頼の成功に沸き立っていたので、今日の予定に関しては全く触れていなかったっけ。
「今日は領内依頼って仕事だよ。報酬は少ないけど、外界には出ないからそんなに危ない事はしないよ」
「ふーん、そうなの……」
今回は危険がないと聞いたからか、お母さんは軽薄に頷きながら朝食の手を進める。昨日は失敗した依頼に再挑戦すると聞いて朝から不安な表情を隠しきれていなかったし、帰ったら帰ったで玄関まですっ飛んで来て僕の無事を頻りに確認したから、毎日不安にさせるくらいならたまには安全な依頼を受けるのもいいかもしれない。
「……それじゃ、行って来ます!」
「行ってらっしゃい!」
その後僕は手早く朝食を済ませると、お母さんに見送られながら依頼の場所へと向かった。
◇◇◇◇◇◇
「ここに来るも久しぶりだなぁ……」
僕は目の前から発せられる神聖な雰囲気に飲まれそうになりながら、厳かな石造りの教会を見上げていた。僕がここに足を運ぶのは神成式の時以来だけど、ギフトの事があるのであまりいい印象を持てない。とはいえ別に教会が悪い訳でもないし、今の僕はギフトの事を悪く考えたりはしていないので、依頼を受ける時に躊躇う事はなかった。
「『教会の清掃及び付随作業』……何の変哲もない内容だけど、領内依頼ってこんな感じなのかな」
依頼書の写しを改めて確認しながら、昨日依頼を受ける時に受付嬢のクルシャさんに言われた事を思い返す。依頼内容の詳細が不明な所だったり、清掃の依頼なのに報酬の金額が時間に関わらず固定だったり、常駐依頼にも関わらず常連が付いてない事だったりと、依頼に関して不審な点を色々と注意された。わざわざ依頼書の写しまで渡すくらいだし、余程この依頼に関して注意してほしいという事だろう。
「……考えても仕方ないや。失礼します!」
しかし受けると決めた以上引き下がる訳にもいかないので、とにかく僕は教会の扉を開く事にした。扉から中を覗くと、広々とした空間に並ぶ座席と奥に祭壇があり、祭壇の下で箒を掃いている修道女らしき人がいた。
「……あら、参拝ですか?」
扉を開ける音が教会に響き渡り、修道女の人がゆったりとした足取りでこちらに話しかけながら向かって来る。
「い、いえ……ギルドの依頼で来ました」
こちらに向かって来る修道女の人の清らかな所作に、僕は見惚れて一瞬返答に戸惑ってしまう。
「ギルドの……あぁ、あなたがコニーさんですか?」
修道女の人は少し考える素振りを見せた後、思い出したかの様に両手を合わせる。
「お待ちしておりました、私はこの教会の修道女見習いのグルタです。まだ修行中の身ではありますが、今日は他の方が出払っていますので私一人で留守を預かっております。今日はよろしくお願いしますね」
「よ、よろしくお願いします……」
淀みなく受け答えするグルタさんに、僕は意味もなくおどおどしながら返事する。
「では早速ですが、依頼の手続きと清掃用具の貸し出しをしますので、こちらに来て下さい」
「は、はいっ!」
今までに経験のない不思議な緊張を感じながら、僕はグルタさんの案内で教会奥にある部屋に通された。案内された部屋は倉庫兼休憩室の様な場所で、無造作に置かれている椅子や用具入れの棚がいくつかあったり、何かの祭具らしき道具が詰められた箱がちらほら見えた。
「すいません……あまり人がいないものですから、整理も追いつかなくて散らかってますが……」
「い、いえ、お構いなく!」
僕が部屋を見回すのを見てグルタさんが気恥ずかしそうに詫びを入れるので、何かいけない事をした気分になって慌てて詫びを入れる。
「……こちらがギルド用の魔石です。ではこの魔石にギルド証を近づけて下さい」
「は、はい……」
いつもは受付嬢や兵団の人にやってもらっていたので、自分で依頼の手続きをするのは新鮮な感じがする。僕がポケットから取り出したギルド証をグルタさんが抱える魔石に寄せると、魔石とギルド証の魔力が共鳴してぼんやりと光り出して、瞬く間に光が収まっていく。
「……はい、これで依頼の手続きは完了です。清掃用具はそちらの棚に仕舞ってありますので、ご自由にお使い下さい」
「は、はい、有難うございます!」
グルタさんが脇にある棚を指差したので、僕は礼をしてから誘導に従って指差された棚を開く。中には箒や塵取り、雑巾や桶といった掃除道具が所狭しと収められていた。
「……それじゃ、早速掃除を始めます!」
「はい、お願いします」
僕はひとまず手近にあった箒を取り出し、グルタさんに見送られて先に部屋を後にした。
◇◇◇◇◇◇
「……ひとまず、掃き掃除はこんなものですか?」
グルタさんと教会内の掃き掃除をしばらくして、目に見えるゴミは片付いて床には塵一つ見当たらなくなった。拭き掃除をしていないのに、ステンドグラスから差し込む光が床でぼんやり反射して少し眩しい。
「そうですね……コニーさんのおかげで随分早く奇麗になりました」
「そ、それは良かったです……」
お礼を言うグルタさんの絶妙な距離感に、僕はクルシャさんの時に感じる接しにくさを思い出す。クルシャさんほど大胆に距離を詰めている訳じゃないけど、グルタさんも結構距離感の近い接し方をしている気がする。人に寄り添う聖職者ならではの距離感なのかもしれないけど、教会に足を運ぶ習慣がない僕にはその基準すら分からなかった。
「ずっと掃き掃除をしていましたから、一度休憩しましょう。お茶くらいなら出せますので、コニーさんは少し待っていて下さい」
「そ、そんな……そこまでしなくても……」
グルタさんが僕から箒を預かってそのまま奥に引っ込もうとしたので、僕は手を伸ばして呼び止めようとする。
「おら、今日も来てやったぞ!」
しかし僕の声を遮る様に教会の扉が乱暴な音を立てて開かれる。激しい音に驚きながら振り返ると、ガタイの良い男が数人扉を蹴って教会に入って来た。
「……何だ、久しぶりに顔出してみれば見ねぇ顔がいるな……」
「え、えっと……」
先頭を切る一番身体の大きい男が目と鼻の先で僕を見下ろす。見下ろされてかなりの重圧を感じて戸惑ってしまうけど、不思議と恐怖はあまり感じなかった。
「この方はギルドから教会へ奉仕のためにお越し頂いたのです。あなた方とは何の関係もありません」
いつの間にか僕の直ぐ後ろに来ていたグルタさんが、先ほどまでの落ち着いた雰囲気からは想像出来ないほど強い口調で男達と話している。何やら怒っている様にも見えるけど、さっき男の方も久しぶりだとか言っていたし、グルタさんとこの男達は以前から顔見知りみたいだ。
「ギルドからねぇ……それなら、こっちとしても関係ないとは言わせないぜ」
「えっ……ど、どういう事ですか!?」
男から不穏な発言を聞き、僕は状況を一切理解出来ず混乱する。僕はただギルドの依頼で教会の清掃をするために来たはずなのに、見知らぬ男達と謂れのない因縁を仄めかされている。そこでようやくクルシャさんから言われていた事を思い出す。もしかしてこの依頼の怪しい部分って、この男達と関係しているのだろうか。
「そうだろ? グルタさんよぉ……」
大柄な男が怪しい笑みを浮かべながら、背後にいるグルタさんへと話を振る。グルタさんは教会の人間だから、この状況についても何か知っているはず。僕もグルタさんの方へと振り返ってどんな言葉が返って来るかを待った。
「……先ほども言いました通り、この方には教会への奉仕のために起こし頂いただけです。他には何もありません」
しかしグルタさんは嫌悪感を全面に出して男の主張を否定する。何かこの場を解決する方法が見出せるかと思ったけど、グルタさんも事情を把握しきれていないのだろうか。
「他には……何も?」
ふとグルタさんの発言に引っ掛かりを感じて、僕は依頼書の内容を思い返す。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「ど、どうされましたか?」
グルタさんの発言からある事に気付いて、僕は慌てて依頼書の写しを引っ張り出してグルタさんに見せる。
「この依頼書……『教会の清掃及び付随作業』ってあるんですけど、何か清掃以外の仕事もあるんじゃないんですか?」
先ほどのグルタさんの発言だと清掃作業だけが依頼内容になるはずだけど、依頼書の内容には『付随作業』と記載があるので、清掃作業以外にも何か仕事があると読み取れる。つまりグルタさんは僕が清掃作業だけをする依頼を受けていると思っていて、依頼者としては本来別の仕事も任せるつもりで依頼を出していて、それがこの男達と関係しているのかもしれない。依頼者が教会からとしか記載がないので、僕はてっきりグルタさんが依頼主だと思っていたけど、どうやら依頼は別の人が出していてグルタさんもそこまで詳細を知らされてないみたいだ。
「……何ですか、この依頼書は……」
グルタさんが依頼書の写しを黙って眺めていると思ったら、険しい顔をして身体を震わせ始める。依頼の詳細を把握していなかった事に憤慨しているのか、依頼内容に齟齬があって不満に思っているのかもしれない。
「……何だよ、ちゃんと依頼も出てるじゃねぇか。これでもこいつが関係ないと言い張るのか、グルタちゃん?」
僕達が依頼書を確認している上から依頼書を取り上げた男は、依頼書を読むとまたグルタさんに怪しく笑いかける。
「……依頼書の内容は何かの間違いです。例えギルドの依頼が正しいとしても、この方はあなた達とは一切関係ありません」
グルタさんの表情がさらに険しくなり、明らかに男達の事を疎ましく思っている。相変わらず状況は分からないけど、グルタさんとしてはこの男達がここにいる事をよく思っていないのは確かみたいだ。
「あの……その依頼書、返してくれませんか?」
「あぁ……?」
男が依頼書を取り上げたままなので、僕は恐る恐る手を出して依頼書を返してもらう様に言ってみる。写しとはいえ依頼書を関係者以外に見せてはいけないので、まだ依頼の関係者か分からない男に持たせておくのは良くない気がした。
「へっ……確かに、こんな物は俺達には不要だな!」
「あぁっ!」
しかし男は依頼書の写しを細かく破り捨てて、周囲に放って散らかしてしまう。依頼書が破り捨てられたのと奇麗にした床が汚された悲しみで、僕はひらひらと散っていく依頼書が落ちるのを唖然と見ている事しか出来なかった。
「ど、どうしよう……」
依頼書がこんな状態になってしまってクルシャさんにどう弁解したらいいかと困り果てながら、その場にしゃがみ込んで床に落ちた依頼書の欠片をどうにかかき集める。
「へへっ……」
すると男が屈んだ僕の顔面目掛けて大振りの蹴りを繰り出した。
「……っ! コニーさん!」
「えっ……?」
グルタさんがいち早く気付いて僕に叫び掛けるけど、依頼書集めに夢中になっていた僕は呼び掛けに反応したものの、蹴りが来ている事までは気付けなかった。
「うわっ!?」
しかし寸前で探知スキルの危険察知が反応して、僕は咄嗟に正面からの危機回避で訓練した旋回行動を取る。行き場を失った男の蹴りは空を切って、グルタさんの目の前を掠めて床に散らばっていた依頼書の欠片を巻き上げる。
「きゃっ!」
僕の回避が意外だったのか、目の前に繰り出された蹴りに驚いたのか、グルタさんが小さく悲鳴を上げて肩を竦ませる。
「てめぇ……その動き、やっぱりギルドの冒険者じゃねぇか」
「えっ……は、はい……?」
辛うじて蹴りを躱した僕を、男は先ほど以上の怒気を孕んだ眼光で見下ろす。僕の事を知っている風な口振りだったはずなのに、僕が冒険者だった事は知らなかったみたいだ。そんなに僕の事を知らないのなら、どうして僕の事をこれほど目の敵の様な扱いをするのだろう。
「そういう事なら構わねぇ、やっちまえ!」
「おぉ!」
「へへへ……」
「えっ……えっ……?」
完全に置いてけぼりの僕に構わず、先頭の男の一言で他の男達も一緒になって一斉に僕に襲い掛かる。
「うわっ……ちょっと………待ってくだ、わっ!」
事情は分からないものの僕も大人しく殴られる訳にはいかなかったので、次々に向かって来る男達の猛攻を紙一重で躱し続けながら、何とか会話が出来ないかと声を掛けようとする。しかし男達は聞く耳を持たず、間髪入れず僕へ拳を振り上げ蹴りを繰り出し続ける。
「このっ……逃げるな!」
「くそっ……てめぇ、動くんじゃねぇ!」
「はぁっ……めんどくせぇ奴だな!」
三人がかりで僕へ攻撃を仕掛けているけど、誰も当てるどころか掠りもしないので、苛立ちを露わにしながら荒々しく攻撃を繰り返す。だけど感情任せな分攻撃が単調になってしまって、僕からすれば避け易くなるだけだった。
「こいつ……いい加減にしろよ!」
先頭にいた一番大柄な男が痺れを切らして、腰に下げていた片手剣を乱暴に抜いた。それを見た他の男達もそれぞれ得物を構えて、僕へとにじり寄っていく。
「あ、あの……それは流石に危ないですよ……」
僕は向けられている武具達を見てようやく危険な状況にある事を理解して、男達を止められないものかと両手を挙げて制止しようと心掛ける。武具が出て来た以上お互いに無傷で済む事はないだろうし、ギルドの規約で一般人には手を上げてはいけないので、どう見てもこの状況は僕にとっても良くないし、男達の方も障害沙汰になるのは良しとしないはずだ。
「そうだなぁ……安心しろよ、命までは取らねぇからよ」
「えっ……い、一体何を言って……」
男からまたも不穏な発言を聞き僕が聞き返そうとしたけど、それを遮る様に男達が武具を僕へと振り下ろす。
「うわっ! あ、危ないですって……」
またも寸前の所で武具を躱した僕は、安全な距離まで下がってまた説得を試みようとする。
「大人しくしろってんだよ!」
「うわっ……そ、そんな事言われて……もわっ!」
しかし僕がどれだけ穏便に済ませようと思っても男達は一切引き下がる気はなく、僕へと武具を振り下ろす手を止めようとしない。とはいえ僕も訓練で武具の回避方法は習得しているので、いくら三人がかりでも怒りに任せた乱暴な振り方では一切傷を負う事はなかった。
「この……いつまで逃げる気だ!」
「そ、そんな事言われても……」
話し合いをしたい僕と暴力に訴える男達とで、一向に進展がないまま時間だけが過ぎ去っていく。男達も散々暴れてようやく攻撃の手が止まり、武具を収めて息を切らせながらこちらの様子を窺っている。ようやく説得に入れそうだと思ったけど、僕も男達の猛攻を躱し続けて肩で息をしていたので、落ち着いて話し合いをする余裕はなかった。
「ちっ……仕方ねぇ、おい!」
「……あぁ」
僕が息を整えながらどう説得するべきか考えていると、先に男達の方から動きがあった。大柄な男が脇にいる男に何やら指示を出すと、指示を受けた男がゆっくりと僕とは別の方へ向かって行く。
「きゃっ……や、やめて下さい!」
何をするのかと思って様子を見ていたら、男はグルタさんの肩を無理矢理捕まえて胸元辺りで短剣をちらつかせた。
「……な、何をしてるんですか!?」
一瞬何をしているのか分からなかったけど、捕らわれた肩を振り解こうとするグルタさんの様子から、捕まらない僕の代わりに人質として捕らわれていると理解する。どうにか助けてあげたいけど、僕が動けば男の短剣の方が先にグルタさんに届いてしまう。僕とグルタさんとの距離もそこそこあるので、スキルを使ったとしても間に合いそうにない。
「よーし、動くなよ……」
「うぅ……」
八方塞がりになった僕はその場で立ち尽くす事しか出来なかった。僕へにじり寄ってくる男達はかなり苛立っていた様で、拳を振り上げたまま興奮気味に息を荒げている。
「うぐっ!」
力任せに振るわれた拳は僕の横顔に直撃して、そのまま勢いに任せて僕は床へと転げる。顔が熱く腫れ上がり鈍い痛みがじんじんと沁みるけど、倒れる時にある程度受け身は取れたので致命的な損傷はなかった。
「コニーさん!」
派手に吹っ飛んだ僕を見てグルタさんが叫びに近い声を上げる。床に突っ伏したままで顔は見えないけど、グルタさんには心配かけてしまっているのかな。
「手こずらせやがって……こんなもんで済むと思うなよ!」
床に響く足音が近づいてきて、男が目前まで迫っているのが嫌でも分かる。僕はこのまま訳も分からず、男達に袋叩きにされてしまうのだろうか。
「立って下さい、コニーさん!」
僕が良くない想像をしていると、グルタさんの声が教会内に木霊する。あまりに響き渡る声に僕だけでなく、この場にいた全員がグルタさんへと視線を向ける。
「私の事なら大丈夫ですから、構わず逃げて下さい!」
「おい、それ以上喋るな!」
声を上げて主張するグルタさんに、捕まえている男が黙らせようと短剣をグルタさんの目の前に持ってくる。しかしグルタさんは臆することなく、逆にグルタさんが男に睨みを利かせて怯ませる。
「そ、そんな事出来ないですよ!」
グルタさんが全く怯えず男達に立ち向かう姿に良くない想像は吹き飛んだけど、僕もグルタさんも男達に逆らえる状況ではない。もし僕がここで逃げ出してしまえば、僕に向いていた矛先がグルタさんに向いてしまう。そんな他人を犠牲にする事な真似は僕には出来ない。
「私なら本当に大丈夫ですから。この方々は……」
「今日は随分とお喋りだな、グルタさんよぉ!」
続けてグルタさんが話そうとした所に、大柄な男がかき消す様に声を被せて強引に言葉を途切れさせる。
「グルタちゃんはそこで黙って、このガキがボロ雑巾になるのを見ているんだよ!」
間髪入れずにわざとらしく声を上げながら、男が倒れている僕を踏み潰そうと大股で足を上げる。
「……何だ、随分騒がしいな」
そこに大柄な男よりも低く、それでいて教会にいた誰もが聞き逃す事がないほど注目を集める雰囲気の声が、開きっぱなしになっていた教会の扉から聞こえて来た。
「えっ……?」
僕はその場にいた誰よりも早く、その主張の強い声に反応する。以前にも丁度こんな状況で姿を現していたけど、まさかこんな時にも来るとは思いもしなかった。
「……ガイダールさん?」
扉から姿を現したのは、兵団で僕を鍛えてくれた訓練長のガイダールさんだった。あまりに唐突なガイダールさんの登場だけど、危機的状況にいるはずの僕は不思議と冷静さを取り戻す。
「コニー……この状況、どうなってんだ?」
男達が僕を踏み潰そうとしているのと、男がグルタさんを捕まえて短剣で脅しているのを交互に見て、ガイダールさんが僕の下へ歩み寄りながら説明を求める。
「えっと……何から説明したらのやら」
僕もこの状況になった原因が分からないので、ガイダールさんが納得する様な説明が出来る自信がなかった。
「て、てめぇ、それ以上動くなよ!」
迫って来るガイダールさんに恐怖を覚えたのか、大柄な男が取り乱して剣を抜きながら怒鳴りつける。男は威嚇のつもりでガイダールさんに剣を向けていると思うけど、間合いにすら入ってない状態ではガイダールさんは微塵も揺るがない。
「まぁ……事情は分からんが、こいつらを叩き潰せばいいんだろ?」
ガイダールさんが男の間合いの手前で止まり、何気ない口調でそう言った。目の前に切っ先があるけど、間合いを見切っているガイダールさんは涼しい顔で僕との会話を続ける。
「僕の事はいいですから、グルタさんの事をお願いします!」
僕自身も危険なのには変わりないけど、何より今はグルタさんの無事が最優先だ。ここは僕の事を捨て置いてでも、一番身の危険があるグルタさんを助けてほしい。
「グルタって……あっちの子か?」
ガイダールさんがグルタさんを指差して確認を取るので、僕は黙って頷いた。
「……へっ?」
そしてガイダールさんは言葉を返す代わりに、目にも止まらぬ速さでグルタさんを捕えている男の前へと距離を詰め、グルタさんに向けられていた短剣を握られている男の手ごと掴んだ。
「ぎゃふ!?」
そのままガイダールさんは無力化した短剣と男の手を引っ張り上げ、男をグルタさんから引き剝がしながら宙返りさせて床に投げ飛ばす。男の手に握られていた短剣は宙を舞う瞬間に緩んだ手から、ガイダールさんが取り上げて指の上で回して弄んでいる。
「随分軽い奴だな……軽く捻っただけで十回は回転したぞ」
ガイダールさんは剣の素振りをする様に軽々しく投げていたけど、投げられた男もそれなりに体格の良い身体なので、短剣を取り上げながら片手で投げ飛ばすなんて芸当が出来るはずがない。しかしそれを軽々しくやってしまうのだから、相変わらずガイダールさんの能力は底が知れない。
「てめぇ……ギルドの回し者か!」
仲間がやられて逆上した大柄な男が武具を振り回して怒号を浴びせる。ようやく気付いたけど、この男達に恐怖を感じないのはガイダールさんが原因かもしれない。ガイダールさんを前にした時と、この程度の男達に囲まれるのでは全く比にならないくらい感じる恐怖の差がある。
「あぁ……? 俺はただの兵隊だ、ギルドは関係ねぇよ」
ガイダールさんは何の事かといった様子で答える。僕としてはただの兵隊というのもあまり適切とは思えないけど、ここでそんな事を言っても余計話が拗れるだけなので心の内に留める。
「兵隊……何で兵団の連中がここに!?」
ガイダールさんの口から兵隊という言葉を聞いた男が、明らかに動揺した姿を見せる。治安維持が仕事の兵団にこんな暴力沙汰を目撃されたのだから、そういった反応を見せるのは当たり前ではある。
「まぁ、ちょっと私用で寄っただけだ」
「私用……だと?」
ガイダールさんの事情を聞いた男はきょとんとした顔で、開け放たれた教会の扉に目を移す。
「……確かに、一人で来ているみたいだな。それなら何の問題もねぇな!」
ガイダールさんが一人で来たと知った男は一変して、再び攻勢的な態度に戻る。
「たかが兵隊一人なら、Cランク冒険者だった俺の実力があればどうって事ねぇな!」
「し、Cランク!?」
男が自慢げに剣を振りかざしながら衝撃の発言をする。まさか一人前とされるDランクより一つ高いCランクの冒険者だったなんて。
「Cランクねぇ……こんな田舎街ではあまりいないランクだな。大体の奴はDランクになったら都市に出て行っちまうからな」
Cランク冒険者と聞いてもガイダールさんは一切動じなかった。ガイダールさんも元冒険者だからCランク冒険者がどれだけの実力かは分かるはずだけど、それくらいは問題ないという事だろうか。
「そうさ……つまり俺はこの街じゃ最強の冒険者だって事だぜ!」
そんなガイダールさんの様子も気にせず、Cランクの男はさらに鼻を高くする。
「だから有象無象の兵隊が、俺に敵うはずがねぇんだよ!」
Cランクの男が最後に啖呵を切ってガイダールさんへと襲い掛かる。大きく振りかぶった隙だらけの剣筋がガイダールさんに降りかかるが、切っ先が頭上に届くよりも早くガイダールさんの拳が男のみぞおちへと抉る様に突き立てられる。
「ぐぼっ!?」
何が起きたのかを理解する間もなく、Cランクの男は拳の余波で祭壇の下まで吹き飛ばされる。
「がっ……な、なに、がっ……?」
思い切り背中から床に激突して悶絶している男は、身体を痙攣させながら残された力で声を絞り出す。しかしガイダールさんの拳を真面に受けているので、立ち上がる事は出来ずそのまま気を失った。
「この程度の腕でCランク冒険者とはな……いつからギルドの査定はこんなに緩くなったんだ?」
「ガイダールさんが規格外なだけだと思いますけど……」
鮮やかな反撃を決めておきながら嘆くガイダールさんに、僕は我慢出来ずついいつもの調子で突っ込んでしまう。しかし元冒険者で実力者だったガイダールさんがそう言うのなら、自分をCランクだと言っていたこの男の実力がランクに見合わないという感想も、あながち間違いではないのかもしれない。
「ガイダール……ま、まさか……『閃撃』のガイダール!?」
最後に一人残された男が今までで一番驚いた表情でガイダールさんの顔を見る。閃撃なんて初めて聞く呼び名だけど、ガイダールさんの二つ名だろうか。
「『閃撃』か……随分懐かしい響きだな、冒険者を辞めて以来か」
冒険者時代の事を思い出したのか、ガイダールさんは少し思いを馳せてステンドグラスを見上げる。どうやら閃撃はガイダールさんが冒険者時代の時の呼び名みたいだ。
「類稀な剣術で数々の魔物を打倒した功績でBランクまで上り詰め、腕っぷしだけならAランクにも匹敵すると噂されたほどのとんでもない怪物……。依頼で相棒を亡くして引退したと聞いたが、まさかこんな田舎街の兵団にいたなんて……!」
「よく知ってるな……Cランクに上がってからは都市での活動がほとんどだったはずだが」
「あ……いや、その……」
仲間の二人が倒されて一人になった男はガイダールさんの気迫に押されて後ずさりする。ガイダールさんがBランクだった事は初耳だったけど、これまでの超人的な振舞いからすれば今更驚く事でもなかった。
「残ったのはお前だけだが、俺みたいな兵隊一人くらいどうって事ないんだろ?」
「ひっ……!」
完全に心が折れて逃げ腰になった男を見て、ガイダールさんの悪い癖が出る。いつも訓練で弱っている人を見かけるとさらに追い詰めようとしていたけど、今回は訓練ではない分より迫真の勢いで詰め寄っている。
「ひぎゃああぁぁっ!」
そして男の凄惨な断末魔を最後に、この教会で起きていた騒動は一旦幕を閉じた。
〇おまけ「領内依頼について」
領内依頼とはギルドの一般向けに設けられた依頼の総称である。通常領内依頼を受ける場合一般受付で受領するため、本来であれば冒険者が介入する事はない。しかし人材が足りない場合や通常とは異なる問題がある場合、緊急性の高い依頼の場合など、通常の範囲では処理が出来ない依頼は冒険者窓口まで流れる事がある。
領内依頼は冒険者が通常行う外界の依頼よりも報酬が低く、冒険者として求められる技量とは別の能力が求められる事もあり、一般では解決出来ない厄介事に関わる場合も少なくないので、受けようとする冒険者が少ない傾向にある。しかし外界と比べれば危険性の低い場合も多いため、駆け出しの冒険者には一定の需要がある。また様々な職業の依頼があるため、冒険者とは別方向ではあるものの人によっては特殊な需要がある依頼もある。




