第十三走「本当の冒険者としての道は、ここから始まりました」
〇前回までのあらすじ
兵団の訓練を始めてから約一月、様々な訓練を乗り越えて来たコニーはついにスキルを使う事が出来る様になった。しかしコニーはまだ力不足だと思い、兵団での訓練を続ける事を決意した。
兵団で業務体験の訓練を始めてから、今日で丁度二月が経った。兵団基地での業務体験の契約終了の手続きを終えた僕は、手続き完了をギルドへ報告するために基地を出る。
「もう行くのか?」
「はい!」
兵団基地の出入り口に差し掛かると、ガイダールさんに呼び止められる。声に振り返ると、僕を見送るために僕と訓練に関わった皆が集まっていた。
「まだお前を送り出すには少し訓練が足りない気もするが……お前自身が決めた事に俺が口を出す訳にはいかないからな。まぁ、また何かあったら聞きに来てもいいんだぞ」
「は、はい……」
ガイダールさんは一見爽やかそうな笑顔で僕を見送ってくれているけど、実際は本当に僕をまだ訓練させたいと思っている気がする。何せ目の奥から微かに感じる熱量から、僕を引き留めて鍛え上げようとしたくて仕方ないと訴えているのだから。そこまで僕を買ってくれているのは嬉しいけど、あまり直視すると今からでも戻ろうかと思ってしまうほどの圧力を感じてしまいそうで、僕は何処か適当な方向へと目を逸らそうとする。
「僕もコニー君にはもう少し残ってもらっても良かったとは思うよ。以前は兵団には向いてないと思ったけど、今では少し考えを改めたくらいだからね。君みたいな人材は中々いないし、もし後から兵団に入りたいと思ったら、僕が君にピッタリな役職を斡旋してあげるよ」
「は、はいっ……!」
僕が視線を迷わせている所に、続けてブライアリさんから話しかけられて僕は慌てて話を合わせる。ガイダールさんほどではないけど、ブライアリさんも僕が兵団を離れるのを少し残念がってくれている。僕もブライアリさんから学ぶ事は沢山あったので、これからは自分で色んな事を考えなきゃと思うと少し思いやられて気が重くなる。
「コニーが訓練を始めてから今日まで、何だか思ったより短かった気がするな。また会う事もあるだろうけど、とりあえず今日で一旦お別れだな」
「結局模擬戦の決着はつかなかったな……次会った時は決着つけるぞ!」
「コニーのおかげで俺も随分成長出来ましたよ……冒険者ギルドへ行っても、お互いに頑張りましょう」
「また、ね……一緒の訓練、楽しかった……」
ギール君にダルタルマ君、カール君にミナちゃんまで、兵団での訓練を終えて離れる僕へと心からの言葉を送ってくれる。一度兵団を離れる覚悟を決めた時に別れの悲しみを吐き出したはずなのに、また心の奥底から込み上げる感情に流されそうになる。
「うん……有難う。僕も皆と過ごせて良かったよ!」
高鳴る感情を抑えつつ、僕も心からの感謝を伝えた。まだ思い残す事はあるけど、ここを離れると決めた時にもう振り返らないと決めたんだ。だからここは引かれる思いを振り切って笑顔で去ろう。
「それじゃ……皆、またね!」
最後に僕は皆に向けて手を振りながら、兵団基地を離れてギルドへと向かって行った。これで僕の兵団での訓練の日々は終わりを告げ、新たに冒険者としての第一歩を踏み出した。
◇◇◇◇◇◇
僕はギルドへと足を踏み入れると、真っ先に一般窓口へと向かった。兵団での訓練を始めてからは、決意が揺るがない様にとギルドを遠ざけて来たので、ここに来るのは二月ぶりになる。一般受付では以前来た時と変わりなく、ネーリさんがカウンターの向こうで仕事をしている。
「はい、こちら一般窓口です。今日はどういったご用件でしょうか?」
「お久しぶりです、ネーリさん!」
「えっと……よろしければギルド証を提示して頂けますか?」
「あっ……は、はい、すいません!」
僕が勢いよく挨拶をすると、ネーリさんが少し困った様子でギルド証の提示を求めて来たので、僕は少し遅れて気が付いて慌ててギルド証を探してポケットを漁る。よく考えたら僕は二月ぶりにギルドに顔を出す訳だから、仕事で多くの人と接する受付嬢のネーリさんが僕の事を憶えているはずがなかった。
「ど、どうぞ……」
ようやくギルド証を取り出してカウンターに置く。久しぶりにギルドに来て気持ちが浮ついていたと今更気付いてしまい、恥ずかしさに肩を竦める。
「コニーさん……受付でのギルド証提示は規則ですから、ちゃんと憶えてくださいね」
「は、はい……」
そういえばそんな規則があったとネーリさんに指摘されて思い出し、恥ずかしさが増した僕はさらに身体を縮めて俯く。
「……まぁ、久しぶりにギルドへいらっしゃる方にはよくある事ですから、次からは気を付けて下さい」
「はい……」
完全に委縮してしまった僕を少し呆れた様子で見ながら、ネーリさんはカウンターに置かれたギルド証を手に取った。いくら久しぶりのギルドとは言え、こんな簡単な規則も守れないと思うとさらに恥ずかしさが増して悶えそうになる。
「それでは、ギルド証を確認します……」
ネーリさんがカウンターの向こう側でギルド証を用いて何やら作業をしている。何をしているか気にはなったものの、流石にカウンターの奥を覗き込む訳にはいかなかったので、僕は作業が終わるまで待つ事にした。
「……はい、確認しました。兵団での業務体験の契約解除ですね。すでに兵団の方で手続きは済ませているとの事ですので、ギルド側では報告を受けた時点で手続きは終了となります。コニーさんの登録情報の活動内容から業務体験を解除する事になりますが、活動内容は本業の冒険者のみに変更でよろしいですか?」
「は、はい、お願いします……」
久しぶりにネーリさんの仕事ぶりを見るけど、やはり見た目の印象に違わない丁寧さと手際の良さだ。あまりに早すぎて、僕は返答が遅れて言葉を詰まらせてしまう。
「では活動内容を冒険者のみに変更します。変更後の登録情報はギルド証で確認出来ますので、登録内容を変更する場合はまたこちらにお越し下さい」
「はい、有難うございます!」
ネーリさんはさらに説明を続けながら変更手続きを速やかに済ませると、僕はカウンター越しにネーリさんからギルド証を受け取って一般受付を後にした。去り際にネーリさんがこちらを見送っている気がして振り返ったけど、すでにネーリさんは次の人の相手をしていたので、おそらく僕の気のせいだと思って気にせず冒険者窓口へと向かった。
「いらっしゃい、こちら冒険者窓口だよ」
冒険者窓口では受付嬢のクルシャさんが明後日の方向を向いて気だるそうに暇を持て余していた。クルシャさんはこちらには視線を向けず、僕が来た気配を察知して既定の挨拶を交わす。
「ど、どうも……」
僕は先ほどの失敗を繰り返さない様、慎重に挨拶しながらカウンターにギルド証を置いた。
「……あら、コニーじゃん。久しぶりね」
「えっ……あっ、はい、お久しぶりです」
僕の挨拶に反応したクルシャさんがこちらに振り向き名前を呼んだので、僕は驚いて返す言葉に一瞬迷ってしまう。
「……僕の事、憶えてくれていたんですね」
ネーリさんの時に憶えてもらってなかった事で落胆したせいか、僕はつい一言目でそんな事を聞いてしまった。別に憶えてなかったネーリさんが悪いと思っている訳じゃないけど、それだけにクルシャさんが憶えていた事が意外に思えてしまった。
「そりゃ、こんなんでも一応受付嬢だしね。ギルドに顔を出す人の事は大体憶えてるよ」
「そ、そうなんですか……」
てっきり事務的な仕事で人の顔を憶える事はあまりないと思っていたけど、僕みたいに二月も顔を出さなかった人の顔まで憶えているくらいに見ているものだったんだ。
「でもネーリさんは……」
しかしネーリさんは僕の事を憶えていた素振りは一切感じられなかったと思いながら、疑問が口をついて出ているのに気が付いて咄嗟に口を閉ざす。
「ネーリが、ねぇ……ふーん」
そんな僕の失言をクルシャさんが聞き逃すはずもなく、クルシャさんは一瞬ネーリさんへと視線を移して何やら納得した様子で、再び僕の方へ怪しい視線を送る。
「あたしから言わせてもらうと、一般受付やってるネーリの方があたしより優秀だよ。ただあの子は真面目な所があるし、頭はいいのに固いからちょっとした勘違いをする事はあるかもね。特に色んな職種の人間を相手にするから、規則に関してはかなり厳しく見てるんだよねぇ。少しくらいは大目に見てもいいのに、ちょっとした事にも目くじらを立てるんだからいつも大変そうにして。でも真面目過ぎるからこそ一般受付が出来てるって所もあるんだけどね」
「そう……なんですか……」
そうクルシャさんに言われて、僕は改めて一般受付で対応中のネーリさんを見る。冒険者受付からの遠い距離では何をしているかまでは分からないけど、丁寧な所作の一つ一つからは真面目さが伝わってくる。そういえば僕にギルド証の提示を求めた時、ギルド証を受け取る前に僕の名前を言っていた気がする。てっきり僕は名前が分からないからギルド証の提示を促したと思ったけど、あれは単にギルド証を提示する規則があると注意したかっただけだったのかもしれない。
「……すいません。クルシャさんの言う通り、僕が勘違いしていただけみたいです」
「そっか、それなら良かったよ」
同期のネーリさんに対する誤解が解けて、クルシャさんは態度には表さなかったけど声色から安堵しているのが窺えた。ネーリさんはクルシャさんをあまり良く思っていない所があるけど、クルシャさんは同じ受付嬢でギルド職員の同期としてネーリさんの事を大切に思っているのだろう。
「それで……コニーは久しぶりにここに来た訳だけど、一体どんな用なのかな?」
「え、えっと……今日から冒険者に復帰するので、依頼を受けに来ました」
不意に話題を変えてカウンターに乗り出したクルシャさんに、僕は驚いて一瞬言葉を失った。クルシャさんのこの距離感の近さには、本当にいつも悩まされる。
「依頼ねぇ……とりあえずあんたがこの二月でどれくらい成長したか、しっかりと確認させてもらおうかな」
クルシャさんはカウンターに乗ったままの体勢で、カウンターに置かれた僕のギルド証を拾い上げる。
「……ふーん、新人にしてはたった二月でよく成長したって感じね」
ギルド証を握りしめたまま、クルシャさんはぶつぶつと独り言を呟いた。
「えっ……も、もしかしてギルド証の登録情報って更新されてるんですか!?」
ギルド証は本人とギルド職員が手に取れば登録内容を閲覧出来るけど、僕がギルドでステータス情報の更新をしたのは二月前が最後のはず。しかしクルシャさんの様子からして、ギルド証から閲覧しているステータス情報は最近の僕のものみたいだ。一体いつどこで僕のステータス情報が更新されたんだろう。
「あんた、兵団で業務体験している時に鑑定したでしょ。業務体験先の管理側は体験者の情報を一部を除いてギルド側に報告する義務があるのよ。契約内容の説明にもあったはずだけど……」
「そ、そうでした……」
ネーリさんの時に引き続きここでも契約内容を忘れていた事に、申し訳なく思いながらも何故か可笑しく感じてしまう。クルシャさんを相手にしていると普段感じている対人での緊張感があまりなく、つい気持ちが緩んでしまっている気がする。
「……で、あんたのステータス見た感じだけど、とりあえず基礎能力は十分鍛えられてるわね」
「はい、ガイダールさんからもステータスは大丈夫だろうと推されてます!」
僕が最後にステータス鑑定をした時に元冒険者のガイダールさんが確認して、冒険者として十分なステータスだという評価をもらっているので、そこに関しては僕も自信を持って言える。
「戦闘スキルが一切ないのが気になる所だけど」
「は、はい……」
しかし早々にクルシャさんに痛い所を突かれてしまい、僕は返す言葉がなかった。業務体験を終える際に懸念された問題の一つとして、戦闘スキルを習得出来なかった事は色んな人から指摘されていた。いつも使っていた短剣の武具スキルは適性の問題があったかもしれないけど、適性がありそうな魔術スキルや敏捷系の身体強化スキルさえも戦闘用のスキルを習得する事はなかった。
「……まぁ、戦闘スキルがないから冒険者が出来ないって訳じゃないし、前にも言ったと思うけど好きなやり方で冒険者をやったらいいよ」
「……はい、有難うございます」
クルシャさんから掛けられた励ましの言葉を、僕は素直に感謝して受け取った。戦闘スキルがない事についてはガイダールさん達とどうするべきか相談して、実戦でスキルを習得するか戦闘自体を避けると決めている。兵団の下で二月も使っているのだから、今更こんな所で悩んで立ち止まっていられない。
「それで依頼だけど……まぁこのステータスならどれでも大丈夫かな」
カウンターに乗っていたクルシャさんが奥へと引っ込むと、カウンターの下から依頼書の束を取り出してカウンターいっぱいに広げる。
「どれでも大丈夫……?」
何やらクルシャさんが気になる事を言っていたので、僕は何気なく疑問を言葉にする。
「受付が冒険者に出す依頼ってね、ただ冒険者のランクに合った依頼を出す訳じゃないのよ。冒険者の持った実力に合わせて、受けられるランクの中から達成が見込める内容の依頼を選んで見せてるの。あんたの場合基礎ステータスだけならEランク相当だから、今のGランク依頼ならどの依頼を受けても大丈夫だと思うよ」
「そうですか、それでどれでも大丈夫って……」
僕自身あまり自分の実力を分かっていなかったけど、今の僕のランクならどの依頼でも受けられるくらいの実力はあるのか。ただ今のランクは本当に駆け出しの状態なので、まだまだ十分な実力とは限らないけど。
「そもそもGランクの依頼がそんなに数がないから、結局選べる依頼の種類は少ないのもあるけどね。特に冒険者の主な活動範囲になる外界で脅威となる魔物に関する依頼は、初心者の壁と言われているEランクからじゃないと受けられないから」
一人前の冒険者と認められるDランク、そのDランクになる前のEランクが冒険者の最初の壁で、現状僕が目指すべき大きな目標の一つだ。だからまずはGランクから昇格していきEランクまで上げるのが最初の目標となる。
「それじゃ……これと、この依頼をお願いします」
僕は広げられた依頼書に一通り目を通すと、二つの依頼書を引き抜いてクルシャさんの前に差し出す。
「この依頼は……」
クルシャさんは僕の出した依頼書を見て、珍しく動揺した表情を見せる。僕が出した依頼書は黒針樹の樹皮の採取と街道の雑草除去、二月前に僕が受けて半ば失敗してしまった依頼だ。
「別に受けるのは構わないけど、前に受けた時は危ない目に遭ったのに大丈夫なの?」
「はい……以前は失敗したからこそ、今回はちゃんと無事に成功させたいんです!」
確かに前回の失敗は今でも脳裏に残っているけど、この依頼を通して僕は成長出来ていると自信を持って言える様になりたかった。それにもし以前の様に魔物に襲われるような事があっても、この先もっと恐ろしい魔物と出会うかもしれないのなら、こんな所で怖気づいてはいられない。過去の自分との決別のためにも、ギルドに戻ったら初めにこの依頼を受けようとずっと前から決めていた。
「それならいいけど……報酬も初回の成功報酬より少なくなるよ? あんた二月も業務体験していたんだったら、相当金に困ってそうだけど」
「はは……そうですね……」
またもクルシャさんに痛い所を突かれて、僕は苦し紛れにぎこちない笑いで誤魔化す。クルシャさんが言う様に、僕は二月の間兵団の下で業務体験として訓練を受けていた訳だけど、業務体験もギルドがただ慈善事業としてやっている事ではない。業務体験を一月する毎にギルドから受講料が発生していて、僕は今ギルド側に借金を抱えている。勿論ギルドも新人や経験不足の人材を育てるためにやっている事なので、返済期限は三年とそこそこ長く待ってくれる。しかし問題は利子の発生で、契約開始から三月が経過すると一月毎に利子が一分ずつ増えていく。僕が一月目の契約をしたのが二月前で、受講料が一月分30000リールなので、残り一月の間に返済しないと利子が次の月は300リール増えている事になる。出来る事なら利子が発生する一月後までに30000リールを稼いでおきたいし、二月後にはもう一月分の支払いも控えているのでその分も踏まえてより稼げる様になっておきたい。
「それでも構いません。この依頼の達成が僕にとって必要な事だと思いますから」
僕ももう少し利口な方法があると思ったけど、初めから一歩出遅れている僕だからこそここで躓いてはいられない。だから過去の失敗を取り返して後腐れなく前へ進める様になりたかった。
「そうなの……それならあたしからこれ以上言う事はないわね。あんたからの依頼報告、今から期待しておくよ」
「そ、それはちょっと気が早いですよ……」
クルシャさんがまた僕をからかいながら、依頼書にギルド証をかざして依頼の受理をする。不意にからかわれてつい動揺しまうけど、いつも通りのクルシャさんを見て僕の事は心配ないと思ってくれているみたいで良かった。一度失敗した依頼をもう一度受けると聞いたらいらない心配をかけてしまいそうな気がしたけど、クルシャさんは僕の事を信用してくれている様だ。
「……それじゃ、行って来ます!」
「頑張ってねー」
クルシャさんからギルド証を受け取り、僕はギルドを後にする。前回は依頼にただただ心を躍らせていたけど、今回は確かな決意も持って依頼へと臨もうと気を張っていた。
◇◇◇◇◇◇
ギルドで依頼を受けた翌日、帰って十分に準備を整えた僕は予定していた依頼を行うために街の入り口へ向かった。
「こんにちは!」
「おぉ、こんにちは」
僕から勢いよく見張りの兵団の人に挨拶すると、兵団の人も快く返してくれた。そのまま僕がギルド証を兵団の人に預けて、外界への外出許可の処理をしてもらう。
「……そういえば、君は随分久しぶりに見るね」
兵団の人がギルド証を魔石にかざしながら、首だけこちらに向けて話しかける。
「は、はいっ! 憶えていてくれたんですか?」
「そりゃ、これでも見張りを任されている身だからね。冒険者も含めて、街を出入りする人の顔は憶えてるよ」
ギルドの受付嬢の二人もそうだったけど、こうして人とよく関わる職の人はそんなに人の顔を憶えるのが得意なものなんだ。あまり人と関わるのが得意じゃない僕には到底出来ない芸当だ。
「はい、依頼は確認したよ。久しぶりの外界なんだから、ちゃんと気を付けてね」
「はいっ、有難うございます!」
手続きを終えて兵団の人からギルド証を受け取ると、僕は意気揚々と外界へと飛び出した。
「……まずは黒針樹の樹皮の採取だ!」
今回は以前の失敗から学んだ事を生かして、まずは危険度の高い黒針樹の樹皮の採取から始めると決めていた。前回は先に街道を渡りながら雑草の除去から始めたけど、今思えがこれが良くなかった。あの時雑草の除去を先にしていたせいで、採った雑草が荷物になって魔物から逃げる時に邪魔になっていた。とはいえそんな事はほんの一因でしかなくて、一番の原因は警戒心が足りなかった事にあると思う。外界は常に危険と隣り合わせでいつ魔物に襲われるか分からないから、いつでも戦うなり逃げるなりの警戒をしないといけない。
「……大丈夫かな?」
颯爽と街道を駆けていき、あっという間に外界の森へと辿り着いた僕は、必要以上に周囲の状況を確認する。いくら前回の失敗を経験して万全の準備をしているとはいえ、油断しては元も子もないのでここは落ち着いてしっかりと索敵を行った。
「それじゃ、採取を始めよう」
そして十分に安全確認を終えてから、黒針樹の樹皮の採取を始めた。前回は採取の方法を考えず適当に削り取っていたけど、今回は事前に適切な採取方法を憶えておいたのでかなり早く採取が出来ている。採取に掛かる時間が短くなればそれだけ危険に晒される時間も短くなるので、事前の情報収集は大事だとブライアリさんも教えてくれた。
「……よし、まずはこれで十分だね」
手際よく採取をしながら採れた樹皮の数を確認していると、早くも依頼達成に十分な数が採取出来ていた。ここからは採取量が増える毎に追加で報酬をもらえるけど、今一度周囲の状況を確認する。いくら警戒しているとはいえ、作業中はどうしても多少警戒が緩んでしまう事がある。だからある程度作業が一段落したら改めて周囲の安全を確認する。
「……どうしようかな」
ひとまず安全な事を確認してから、僕は次にどうするかを考える。一人で作業から運搬まで行うので、採取出来る樹皮の量には限界がある。さらに街道の雑草除去の依頼もあるので、雑草除去の依頼もやるなら採取出来る樹皮の量はもっと少なくなる。森に留まる分だけ危険度も高くなる事も踏まえて、何処で折り合いを付けて樹皮の採取を切り上げるかを決めなくちゃいけない。
「……もう少しだけ取ろうかな」
散々迷った結果、走るのに邪魔にならない程度の量を取る事にした。ここで除去した雑草の分を含めてギリギリまで採取をしてしまうと、万が一魔物に襲われた時にまた逃げ切れなくなってしまうので、これが報酬と危険度を考慮した限界だと思った。
「……?」
そろそろ採取量が十分になりそうな所で、ふとほど近い場所から何かの気配を感じる。斥候の訓練で周囲の情報を察知する訓練を積んでいたおかげで、これくらいでは大して動揺する事はなかった。
「……今の感じ、危険察知が反応したみたい」
僕が訓練で習得した探知スキルの危険察知が発動した事で、おそらく魔物が直ぐ近くまで迫っているのが分かった。危険察知は自分に危険が及ぶ存在が一定範囲内にいる時に報せてくれる、逃げるのが得意な僕にとっては打ってつけのスキルだ。
「危険察知の反応からして、危険度はそう高くなさそうだけど数が多い。これは……」
危険察知では反応の強さからある程度危険度が分かるのだけど、危険察知に反応しているのは危険度が高くないけど反応の数は一つや二つではない。何処か既視感のある状況からしても、この反応が示す事はあれ以外考えられなかった。
「……やっぱり、タールラット!」
姿を現した魔物を見て、僕は咄嗟に採取に使っていたナイフを仕舞って短剣を抜く。前回失敗した時に僕を襲った群れと同じかは分からないけど、あの時と同じタールラットの群れが僕を中心に取り囲んでいた。
「……これはやっぱり、以前の失敗を取り返さないといけないかな」
タールラットの群れを前にして恐怖は微塵も感じられず、むしろこの状況に不思議と喜びを感じている気がする。前回の雪辱を晴らすためにも、前回と同じ条件でちゃんと依頼達成を出来ると思うと、こんな危機的状況にも関わらずワクワクしてしまう。
「でもこの状況、どうしようか……」
しかし恐怖は感じなくても危機的状況には変わりないので、まずはどうやってこの状況を切り抜けるか考えないといけない。ひとまず高ぶっていた気持ちを落ち着かせて、周囲を観察して情報を得ていく。タールラットは以前と同じく僕と一定の距離を保ちながら、襲う頃合いを見計らっている。こちらが一瞬でも隙を見せれば、たちまち一斉に襲い掛かってきそうだ。対する僕もまばらに散っているタールラット達を相手に、少しでも動けば隙が出来てしまうので膠着状態となっている。
「……よしっ!」
こうした群れとの会敵は、長期戦になると数的有利な方が圧倒的に優位になってしまうので、戦うにしても逃げるにしても短期決戦が望ましいとブライアリさんも言っていた。ならばと僕は敢えて正面にいるタールラットに向けて短剣を構えると、思い切り踏み込んで自分からタールラットへと突っ込んでいく。
「クルアアァァ!」
「うああぁぁっ!」
迎え撃つタールラットの叫びに呼応して、僕も声を上げながら短剣をラットへと振った。すれ違い様に短剣がラットの身体を切り裂き、ラットが痛みに身体を強張らせる。
「やっぱり駄目か……」
確かな手応えはあったものの、戦闘スキルを持たない僕の短剣では傷つける事は出来ても、一撃では致命傷にはなり得なかった。傷ついたラットも痛みに怯みはしたものの、逆上してこちらを物凄い形相で睨みつけている。
「クルルアアァァ!」
そして僕が動いたのを切っ掛けに、他のラット達もこちらに向かって一斉に襲い掛かる。
「……今だ、限界疾走!」
しかし僕も動いた事で完全に囲まれていた状況から抜け出す隙が生まれたので、すかさずスキルで一瞬にしてラットの包囲を抜け出した。ラット達の一斉突撃も躱し切って、そのまま僕はラットを振り切って全速力で森の影へと駆けて行った。
「クルルルル……」
振り切られたラットの群れは僕が逃げた後を追って来たけど、僕の姿を見失ったので周囲を探して散開する。一方で僕は隠形で気配を消しながらラットの死角に身を潜めつつ、散開したラットの群れから少しずつ離れていった。
「ふぅ……これで完全に振り切ったかな」
ラットの姿がなくなり危険察知の範囲に何もいない事を確認すると、緊張状態が解けてほっと一息ついた。
「……これでようやく、冒険者としてやっていけそうかな」
僕は採取した樹皮を手に取って眺めると、冒険者としての力量を十分に備えた事を実感しながら街道へと向かった。道中もしっかり雑草除去をこなしながら歩いて、街の入り口に着く頃には両脇に雑草が詰まった袋と束ねられた樹皮をいっぱいに抱えていた。
◇◇◇◇◇◇
「お帰りー」
依頼達成の報告のためにギルドの冒険者受付に来ると、クルシャさんが気の抜けそうな挨拶で出迎えてくれる。
「……見た感じ、今回は大成功って感じだね」
「はいっ!」
僕が抱えている成果物を見て、クルシャさんが優しく笑いかける。率直な誉め言葉に嬉しくなって、僕は思わず声を張り上げる。
「それじゃ、預からせてもらうわね」
「はい、お願いします!」
クルシャさんから差し出された手に、僕は成果物の雑草の袋と束ねた樹皮を渡す。受け取った雑草と樹皮の状態をクルシャさんが慣れた作業で次々と確認していく。
「……うん、問題なし。しかも目標数より多く採ってるから、追加報酬も出るわね。じゃあ依頼の完了手続きをするから、ギルド証を出して」
「はいっ!」
成果物をまとめてカウンターの奥へと引っ込めたクルシャさんが、今度はカウンターの下に手を伸ばして今回の依頼書を出す。僕がギルド証を手渡すと、クルシャさんがまた慣れた手捌きで依頼書にギルド証をかざして依頼完了の処理をあっという間に終わらせる。
「……はい、これで依頼は完了。これが今回の達成報酬ね」
ギルド証を僕に返したクルシャさんが再びカウンターに手を伸ばして、いつの間にか用意されていた報酬を取り出した。
「通常報酬が二つ合わせて1000リール、追加報酬が300リールで合計1300リールね」
前回の銅貨が混じった中途半端な結果の金額ではなく、きっちりと銀貨だけがまとめて積まれた報酬を見て、僕は仕事としての充実ぶりをかみしめる。
「Gランクだから一日の報酬としてはまだまだ大した事ないけどね」
「……っ! はいっ!」
クルシャさんの言う通りだ。ここで満足していては、目標のDランクなんて夢のまた夢だ。僕は心持ちを引き締めて、受け皿に乗った銀貨の束を丁寧に小袋に詰める。
「……それで、次の依頼はどうする? 今日はもう遅いから外界へは出られないけど、Gランクの依頼は常駐依頼が多いし今の内に選んどく?」
「そうですね……」
確かにもう日が落ち始めているし、今回の依頼は元々受ける気であらかじめ準備が整った状態で始めたから、他の依頼を始めようと思ったら今からだと難しい。それなら今日の内に受ける依頼を決めておいて、明日までに必要な準備を済ませておいた方がいいかもしれない。
「それじゃ、それでお願いします」
「はい、それじゃまたこっから選んで」
クルシャさんが昨日と同じくカウンターの下にある依頼書の束を取り出して、カウンターいっぱいに広げる。こうして見るとGランクの依頼でも多いと思うのだけど、これでも少ないとしたら上のランクはどれだけ依頼があるのだろう。
「……これは?」
どの依頼を受けようかと僕がカウンターに視線を彷徨わせていると、広げられた依頼書の中に見慣れない種類のものが目に入った。少し気になったので手に取ってみると、他の依頼書とは明らかに違った部分があった。
「あの……この依頼書、ランク指定がないんですけど」
僕が依頼書をクルシャさんに見せながら、本来依頼に指定されているはずのランクが記されている箇所を指差す。
「あー、その依頼は領内依頼っていうちょっと特別な依頼なのよ。本来冒険者がする外界での仕事とは別で、人手不足やら現場での問題が原因で生活圏で起こっている仕事がこっちにまで回ってきてるのよね。外界の脅威と比べると大した事ないし、受けたがる人も稀だから誰でも受けられる様にランク指定がされていないのよ」
「そんな依頼もあるんですね……」
クルシャさんの説明を受けて、僕はまた冒険者の仕事の振れ幅の大きさに驚かされる。一体冒険者はどれだけの仕事があるのだろう。
「……誰も受けたがらない依頼、ですか……」
再び依頼書に視線を落とした僕は、何気なく聞いたクルシャさんの説明を反芻する。確かに依頼内容からして冒険者がやる様なものではないし、報酬もGランクの依頼よりも少ないので、ランク指定がないにしても誰もやりたがらないのは分かる。でもそうなると、この誰も受けない依頼はどうなってしまうのだろうか。
「……まさか、その依頼を受けるの?」
僕がじっと依頼書を眺めていると、クルシャさんが依頼書の横から顔を出す。
「うわっ!? え、えっと……その……」
急に目の前にクルシャさんの顔が来たのと思い切り図星をつかれたので、僕は声を上げながら身体を仰け反って倒れそうになったけど、どうにか踏み留まって体勢を立て直す。
「領内依頼は割りの悪い仕事が多いし、ギルドの評価にはほとんど影響がないから、あたしからはあまりお薦めしないけど」
「……」
クルシャさんから釘を打たれるけど、僕はまだ依頼書を手放せずにいた。僕も時間的にも金銭的にも余裕がある訳でもないし、少しでも早くランクを上げて稼いでおきたい。でもこの依頼を出した人の事を考えると、どうしてもこのまま捨て置くという決断が出来ずにいた。
「……受けます」
悩んだ結果、どうしても捨て切れなかったので受ける事にした。もし受けなかったら、きっと受けなかった事を気にして他の依頼が手につかなそうな気がした。
「そう……あたしは忠告したんだから、後で文句言わないでよね」
「はい……」
言う事を聞かなった僕にむくれるクルシャさんだけど、僕としても本意ではないのでクルシャさんの顔を見て余計に落ち込んでしまう。結局罪悪感を抱える結果になってしまったまま、僕は次の依頼のために早く休もうと足早に帰路につくのだった。
〇おまけ「通貨(単位:リール)について」
この大陸では通貨としてリールが使われている。流通している貨幣は全て硬貨で、それぞれ銅貨、銀貨、金貨等が主に使われている。貨幣は複製や偽造防止のため、特殊な魔術を用いた製法で造られている。
貨幣の金額はそれぞれ銅貨が1リール、銀貨が50リール、金貨が2000リールとなっている。製造工程の複雑さや貨幣以外の鉱石の需要から量産が厳しいため、製造数を最小限にするために中途半端な金額設定となった。
ちなみに貨幣価値は現代の日本円に換算すると、1リールが平均で約5円ほどとなっているが、外界によって各地域が隔離されているため、場所によって貨幣価値に若干ズレがある。




