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第九走「大事な事は、訓練だけじゃありませんでした」

〇前回までのあらすじ

 引き続き訓練を受けるために基地へと向かったコニー。そこで待っていたのは、すでにトラウマを刻まれた走り込みと、一対一での模擬戦による過酷な訓練だった。そんな中コニーは、ダルタルマやカールとの模擬戦を通して、少しだが確かな友情と成長を噛み締めた。

「よし、走り込みはここまでとする。全員しっかり休んでおけ!」

「はぁっ……はぁっ……はいっ……!」

 僕が兵団で訓練を始めてから数日経った。毎朝行う走り込みにも慣れ始めたけど、相変わらず先を走るガイダールさんの背中が遠く感じるし、走り終えたら息も絶え絶えで体力はすっからかんだ。

「くっ……はっ……」

「ぜぇっ……はぁっ……!」

「も、もう動けません……」

「……っ……」

 兵団候補生の皆も疲れ切った様子で、一番体力のないミナちゃんに至っては地面に突っ伏して息をしているかすら怪しい。どうにか起こしてあげたいけど、今の僕にはそんな余力がなかった。

「はぁ……はぁ……コニー、お前ちょっと速くなったか?」

 何とか息を整えたギール君がおぼつかない足取りでこちらに歩み寄って来る。

「そ、そうかな……僕が速くなったというより、ギール君が遅くなった方が大きいと思うけど……」

「そうなのか……スキルを少し抑えただけなのに、そんなに違うのか……」

 僕が感じたままを伝えると、ギール君は自分の身体の調子を確かめる様に手を開いたり閉じたりする。ギール君は少し前まで普段から無意識の内にスキルを使っていたらしく、前回の鑑定で攻撃魔術を習得したのをきっかけに、スキルを意識的に使う訓練として無意識に使っていたスキルを抑える様になった。僕と最初に走っていた時は僕の前を余裕で走り抜けていたギール君だったが、スキルの制御を始めてからは少しずつ速度が落ちていき、今日は僕の横で走り込みの負荷とスキルの制御に苦しめられていた。

「何か本気を出せない感じがして気持ち悪いんだけど、スキルを使わずにいるのってこんな感じなのか?」

 ギール君はスキルが使えないのをもどかしそうにしているけど、それだけギール君にとってスキルを使う事が身近なものだったのだろう。スキルの才能に溢れたギール君だからこその悩みと言えるかもしれない。

「スキルが使えない僕にはよく分からないけどね……」

 対して僕は未だにスキルが使える兆候がなく、ひたすら訓練で能力を伸ばしてスキルの習得に励む日々。こうして見ると、僕とギール君はまるで正反対な存在だ。

「そっか……スキルが使えても使えなくても、結局はスキルに振り回されてるんだな」

「スキルに振り回される……」

 確かにギール君が言う通り、僕はどうしたらスキルが使える様になるかで、ギール君はスキルの制御を意識的に出来る様になるためにと、スキルの事で悩んでるのは変わらないんだ。

「……それなら、僕がスキルを使える様になるのが先か、ギール君がスキルの制御を覚えるのが先か、競争してみない?」

「競争か……いいな、やろう!」

 僕が思い付きで提案した勝負に、ギール久は思いの外乗り気で受けてきた。

「何か面白そうな話してるなぁ!」

「コニーとギールの勝負ですか……どちらが勝つか楽しみですね」

「二人共、頑張れ……」

 僕達が話しているのをいつから聞いていたのか、完全に元気を取り戻したダルタルマ君達が一斉に詰め寄って来る。あまり深く考えて言ったつもりがなかったのに、まさか皆の中でここまで話が広がる事になるとは思わなかった。

「お前ら、休憩は十分出来たみたいだな……」

 これから話が盛り上がろうという所で、屋内に入っていたガイダールさんが戻って来た。

「それじゃお前ら、基地内に入るぞ!」

「「「「「はいっ!」」」」」

 ガイダールさんの掛け声と共に僕達は統率された動きでガイダールさんの前に並び、直立不動のまま声を張り上げて返事する。訓練で基地内に入る事はあまりなかったけど、今日は一体どんな訓練をする事になるのだろうか。


◇◇◇◇◇◇


「それじゃ、今回はこの区画を頼むぞ」

「……えっ?」

 僕達がガイダールさんに連れて来られたのは、長い廊下に沿って部屋がいくつも連なった、書物や備品が収納された倉庫区画だった。訓練をするにはあまりに不釣り合いな場所だけど、一体ここで何をするつもりだろう。

「今日中にこの倉庫区画を綺麗にしておけよ!」

「えっ……綺麗にって、えっ!?」

 ガイダールさんはそれだけ言うと、さっさと廊下の奥へと消えてしまった。僕は状況が理解出来ず、ガイダールさんが去って行った廊下を遠い目で見つめていた。

「……えっと、どういう事?」

 とりあえず状況を把握するため、こんな状況でも一切取り乱さなかった皆に助けを求めた。

「まぁ……掃除だよな」

「今回は倉庫区画だから結構広いな!」

「ですが今回はコニーもいますから、何とかなるでしょう」

「毎月、基地の掃除……私達は、もうやってる……」

「……月に一度の掃除を、僕達が!?」

 皆の話を総合すると、どうやら訓練に参加している人は月に一度基地の一区画を全員で掃除する日があるみたいだ。

「そんな驚く事でもないだろ? こういう雑用は俺達みたいな下っ端がやるもんだし、掃除の日は厳しい訓練がないから休みみたいなもんだよ」

「そ、そういうものなの……?」

 てっきり訓練をするものだと思っていた僕は、まさか雑用する事になるとは思わず拍子抜けてしまう。しかしギール君の言い分も確かで、ここしばらくはずっと訓練の毎日で休む暇がなかった。だから今日は掃除をしながら日頃の訓練で溜まった疲れを少しでも癒せという、ガイダールさんなりの計らいなのかもしれない。

「それじゃ、始めるか。俺は備品倉庫をやるよ」

「俺は廊下をやるぞ!」

「では俺は書庫をやりますか……」

「私は床……廊下と部屋、全部回る……」

「えっ……えっと、僕は……」

 皆がそれぞれ担当となる区域を次々と決める中、僕は初めてやる基地の掃除の勝手が分からずわたわたしてしまう。

「コニーはとりあえず、俺の方を手伝ってくれないか? 備品って結構多いしごちゃごちゃしてるから、整理とかも必要だし」

「あっ……う、うん、分かったよ!」

 僕が行先に困っていると、ギール君から掃除の手伝いを頼まれる。他に選択肢もなかった僕はそのままギール君の手伝いをする事にした。


◇◇◇◇◇◇


「……何というか、すごいね」

「ここはいつもこんな感じだよ」

 初めて備品倉庫に足を踏み入れた僕は、そのあまりにも雑多に置かれている備品の数々に適切な言葉が出てこなかった。ギール君がこれといった反応をしていない所を見ると、これが備品倉庫では通常の光景らしい。

「けほっ……ここを掃除するの?」

 長い事掃除されていないらしく、僕は宙を舞う埃を吸い込んでむせてしまう。

「あぁ、とりあえず備品を整理する前に埃とかの汚れをどうにかしないとな」

「そ、そうだね……こほっ……」

 ギール君は埃まみれの空間に慣れているのか、咳払い一つせず倉庫の奥へと進んでいった。僕は宙を舞う埃に耐えきれず、掃除用具の中にあった防護用の布で顔を覆った。

「それじゃ俺が埃を集めるから、コニーは集めた埃を袋に詰めてくれ」

 ギール君は両手に叩きを一本ずつ持って振り回し、部屋中に埃を舞い上がらせる。

「うっ……うん、分かった……」

 舞い上がる埃に少し嫌悪感を持ちながらも、僕は早く終わらせようと袋を両手で持って口を大きく広げた。

「それじゃ……」

 そして先ほどまで激しく叩きを振り回していたギール君が、静かに叩きを宙へ向けて構えた。僕が何をしているのかと不思議に思っていると、ギール君が持つ叩きの先端に微かに雷が走っているのが見えた。それと同時に宙を舞っていた埃がゆっくりと、ギール君が握っている叩きの先端へと集まり始める。

「な、何が起きてるの……?」

 あまりに不思議な光景に僕は心の声を漏らす。ギール君は叩きに埃が集まり始めるのを確認すると、おもむろに身体を回転させながら叩きで空中の埃をかき集める。叩きに吸い寄せられた埃が溜まっていき、埃の塊が出来上がった所でギール君が叩きについた埃を僕が持っている袋へそっと下ろしていく。

「……ふぅ、結構片付いたな」

 ギール君が緊張を解くと、叩きについていた埃が袋の中へと落ちていった。僅かに叩きに残った埃は、叩き同士をぶつけながら振り落として袋に落としていく。

「よし、この調子ならあと三回くらいで大体終わるかな」

 ギール君は再び叩きを振り回して倉庫中の埃を舞い上がらせる。

「ぎ、ギール君!」

「ん?」

「こ、これは一体何をしているの?」

 僕は何が起きているのか気になって、つい大声でギール君の手を止めてしまう。

「あぁ、これは雷魔術で埃を集めてるんだよ。雷を通してると、加減によって埃を寄せたり弾いたりするのを、この前掃除している時に気付いたんだ。それから掃除をする時は、こうして叩きに埃を寄せる雷を通して掃除してるんだ」

「そ、そんな方法で掃除を……」

 あまりに意外なスキルの活用方法に僕は感激した。ギール君が埃の周りで平気でいられるのも、雷で埃を弾いて吸い込まない様にしているからなんだ。

「他の奴もスキルをうまく使って掃除してるよ。ミナは水魔術が使えるから床掃除がめちゃくちゃ早いし、他の所の掃除にも使えるからすごい便利だって。ダルマも軸回転(フルターン)を拭き掃除に利用してるけど、最初の内は加減を間違えて窓を割ってたな」

「へぇ……皆掃除でも工夫してるんだね」

 最初は掃除を訓練の時間でやるなんてどうかと思っていたけど、こうしてスキルの使い方の幅を増やしたり練習として利用出来ると思ったら、掃除でもやり方次第で訓練になるものなんだ。

「いや、そうでもしないと一日でこの広い区画を全部掃除なんて出来ないからな……」

「えっ……そ、そんな時間かかるの?」

「そりゃそうだよ、ここみたいな部屋があと十部屋はあるんだぞ。普通に掃除してたらこの部屋だけでも半日は掛かるだろ」

「そ、それは確かに……」

 ギール君が部屋の埃をまとめて掃除出来ているからあまり実感が湧かなかったけど、よく考えたら埃まみれの倉庫部屋をたった五人でいくつも掃除しようと思ったら、一日で終わらせるなんて到底不可能だ。そう考えると皆がスキルで工夫して掃除しているのは、ある意味必然だったのかもしれない。

「それじゃさっさと終わらせようか。コニーも今日中には帰りたいだろ?」

「えっ……それって、どういう事?」

「今日中に掃除しろって訓練長が言ってたから、終わらなかったら多分帰れないぞ」

「……えっ?」

 ギール君の発言に僕は顔から一気に血の気が引いた。それからギール君の埃集めのおかげもあって直ぐに掃除は終わり、備品の整理も僕が帰りたい一心で積極的に動いて一気にこの部屋の掃除を完了させた。


◇◇◇◇◇◇


「いやぁ、思ったより早く終わったな。やっぱ敏捷が高いとこういう作業も早いもんなんだな」

「そ、そうかな……僕はただ今日中に終わらせようと思って必死だっただけだけど……」

 掃除が早く終わって気分がいいギール君に対して、僕は今日中に掃除が終われるかと心配ですでに気持ちが沈みかけていた。

「何だ、もうその部屋終わったのか!?」

 一つ目の部屋の掃除を終わらせた僕達が部屋を出ると、雑巾を窓に当てて回転させているダルタルマ君がこちらに気付いた。

「へぇ……ギール君から聞いてはいたけど、こんな感じで掃除してるんだ……」

 改めてダルタルマ君が掃除しているのを見ると、両手に持った雑巾がそれぞれ高速で回転している光景は、まるで魔具を使って掃除しているみたいだ。

「ギール、コニー……その部屋、終わったの……?」

 僕がダルタルマ君の掃除に見入っていると、廊下の向こうからミナちゃんが歩いて来た。よく見るとミナちゃんの足元では、廊下に沿って魔術で操られた水が渦を巻いている。

「これで廊下の掃除を……って、もう向こう側の廊下は終わったの!?」

「うん……廊下の掃除は、真っ直ぐで楽……」

 僕はどうなっているのか気になって、ミナちゃんの背後を覗き込む。ミナちゃんが歩いて来た廊下には塵一つ見当たらず、それどころか濡れた跡すらなかった。ミナちゃんの魔術は自分の魔力で水を作り出しているから、こうして水の跡を一切残さず掃除が出来るのか。

「俺は次の部屋に移るつもりだけど、コニーはどうする?」

「ぼ、僕!?」

「俺の方を手伝ってもいいけど、カリーの方が手が必要かもしれないからな。あいつのスキルは槍術しかないから、掃除はスキルなしでやってるから」

「そ、そっか……」

 確かにカール君のスキルでは掃除に応用するのは難しいか。それならスキルで掃除が出来る他の皆を手伝うよりは、カール君を手伝った方がいいかもしれない。

「……分かった、じゃあ僕はカール君がいる部屋に行くよ」

「あぁ、よろしくな」

 ギール君は僕にカール君の手伝いを託して、次の部屋へと向かって行った。

「終わったら言えよ、窓は俺がやるからな!」

「床は、私がやる……」

「うん、有難う!」

 ダルタルマ君とミナちゃんも掃除の手は止めないまま、カール君の下へ向かう僕を送り出してくれた。


◇◇◇◇◇◇


 僕が書庫の扉を開けて中に入ると、カール君が本棚の前で本を開いて眺めていた。

「おや、コニーじゃないですか。ここに来たという事は、俺の手伝いですか?」

 僕が来たことに気付いたカール君が本を閉じてこちらに振り返る。

「うん、カール君は何をしているの?」

「本の整理ですよ。ギールやミナの魔術ではここの本を駄目にしてしまいそうですから、他の掃除を任せて俺はこうした繊細な扱いが必要な物がある部屋を担当しているんですよ」

「そっか……それで最初に書庫を選んだんだ」

 てっきり僕はカール君がこの中で一番頭がいいと思ったから書庫を選んだと思ってたけど、雷や水で本が傷つくかもしれないから他の皆の代わりに書庫を進んで選んだのか。

「俺は地道に手作業で掃除するしかないですし、こうした細々とした作業も俺の方が得意ですからね」

「僕なんてスキルの一つも使えないんだから、カール君よりも役に立たないよ。それにカール君ほど頭も良くないし、細かい作業も得意って訳じゃないから……」

 僕はカール君だって十分役に立てるんだと伝えたかったが、ついいつもの調子で卑下してしまう。

「コニーはこの中で一番敏捷が高いですから、スキルなしなら案外コニーが一番早いかもしれないですよ?」

「そ、そうかな……」

 つい先ほどギール君にも言われていた事だったので、僕は返す言葉がうまく見つからず困惑してしまう。

「そうですね……それなら、俺とちょっとした勝負をしませんか?」

「しょ、勝負……?」

「今俺の前にある本棚を俺が、向かい合った反対側の本棚をコニーがそれぞれ掃除と整理をするんです。どちらが早く正確に終わらせるかで勝負して、勝った方が敗けた方に一つ命令出来るというのはどうでしょう?」

「そ、そんな……勝負なんて……」

 僕はあまり勝負事に関わった経験がないので、正直どうしたらいいのか分からない。それに勝った方が敗けた方に命令するなんて、僕からしたらどっちが勝ってもいい気がしない。

「そう固く考えなくていいですよ。そんな理不尽な命令をするつもりはありませんから、そう気負わなくても失うものはないですよ」

「そう、かな……?」

 別にカール君を疑っている訳じゃないけど、わざわざ掃除でそんな勝負をする事に意味があるのかとつい疑問に思ってしまう。

「まぁ試しにやってみましょうよ、緊張感があった方が作業も捗りますから」

「そう……だね、分かった」

 勝負に関してはあまり気が乗らなかったけど、掃除が早く終わるのならそういう事もいいのかもしれない。結局カール君に押し切られる形ではあったけど、僕とカール君の本棚掃除勝負が始まった。


◇◇◇◇◇◇


「これはここで……これはこっちかな……」

 本棚の掃除と整理を始めてから、そろそろ終わりが見えてきた。僕は先に掃除を完了させてから、今は本の並びが合っているかを確認しながら間違った位置にある本を正しく並び替えている。時折背後に目を向けてカール君の作業状況を確認している感じから、カール君ももうすぐ終わりそうな雰囲気だ。

「後はこれをここに置けば……」

 僕は間違った位置に納められた本を元の位置に戻し終えて、最後に本棚全体を見渡して作業が完了したのを確認する。

「カール君、終わったよ! そっちは……」

 僕が声を掛けようと振り返ると、カール君が丁度本を棚に納めている所だった。

「……えぇ、こちらも今終わりましたよ」

「今終わった、という事は……」

 僕は状況を把握するために全力で頭を回転させる。僕が終わってから声を掛けるのと同時にカール君の作業が終わったから、ほんの一瞬の差で僕の方が早く終わった事になる。しかしそれはちょっとした誤差でしかないし、僕としてはそこまで正確に勝敗を決めようとは思っていなかった。

「……引き分け、かな?」

 僕は悩んだ末、勝敗をはっきりさせるよりも曖昧にしてしまう方がいいと思った。カール君ならこの状況で自分の勝利を訴える事もないし、僕から引き分けだと言えばわざわざ負けたと言う事もないだろう。

「……いえ、残念ですが俺の負けですね」

「えっ……ど、どうして?」

 まさかカール君が自ら負けを主張するとは思わず、僕は疑問をそのまま口にする。

「確かに終わったのはほとんど同時でしたが、私の方が随分早くから作業をしていますからね。コニーなら俺よりも早く作業が進むと思っていましたが、まさか追いつかれるとまでは思いませんでしたよ……」

「早くからって……あっ!」

 カール君の言葉を聞き、僕はこの部屋に来た時の事を思い出した。あの時カール君は丁度本棚の前で作業をしている途中だった。特に気にも留めていなかったけど、あの時すでに本棚の掃除と整理をしている所だったんだ。

「本当はその作業時間のずれを利用して引き分けにするつもりでしたが、ここまで圧倒的な差を見せつけられては素直に負けを認めるしかないでしょう」

「カール君……」

 僕が引き分けを言い出した時点で、カール君は作業開始のずれがあるのを誤魔化してそのまま引き分けにする事だって出来たはずだ。それでもカール君は正直に僕に真実を伝えてくれたのか。

「そういう事ですから、コニーは俺に何を命令しますか?」

「えっ……あっ、そ、その……えっと……」

 カール君に言われた、僕は重大な事を忘れていた事に気付いた。僕が勝ったという事は、僕がカール君に何か命令しないといけないという事だ。命令なんてした事ない僕には、一体何を言ったらいいのか全く思いつかなかった。しかしカール君が自ら負けを認めた以上、何も言わないのは引き分けにするのと変わらない。何とかカール君が納得できる形で、お互いにとって悪い事にならない様にする命令はないだろうか。

「……それじゃ、次の模擬戦の時に戦い方を教えてよ」

 結局これといった内容が思い浮かばなかったので、訓練の事を持ち出す事にした。

「それでは普段やっている事と変わらないですよ?」

「だから普段はやらない……僕なりの戦い方というか、僕が出来る戦い方を一緒に考えて欲しいんだ」

 僕は模擬戦で未だに攻撃を回避するしか能がなく、真面な攻撃手段がほとんどない状態だ。これから冒険者として活動する上では、魔物との対峙は避けて通れない問題となる。いざとなったら自分の力だけで魔物と戦い、倒せるだけの実力が必要になるはずだ。だから兵団で訓練をする中で、僕に出来る戦い方を見つけておきたい。

「コニーが出来る戦い方、ですか……確かに必要になりますね。いいでしょう、俺の知識で何か役に立つ戦術がないか考えてみます」

「うん、有難う!」

 何故か命令する側のはずの僕が感謝を伝え、どちらからともなく手を出し合って固い握手を結ぶ。

「二人共、終わった……?」

 僕達が話で盛り上がっていると、ミナちゃんがゆっくりと開けられた扉の向こうからこちらの様子を窺っている。

「あっ……う、うん……」

 ミナちゃんがこちらを覗き込む姿に内心驚いた僕は一瞬言葉を詰まらせる。

「ミナは廊下の掃除は終わったんですか?」

「うん、終わった……残りは、部屋の床だけ……」

 僕が見た時はまだ半分も終わってなかったはずなのに、もう廊下の掃除は終わってるのか。床掃除が得意とギール君が言っていたけど、まさかこれほど早く終わらせるとは。

「そうですか……では俺達は別の部屋へ行きましょう」

「うん、そうだね」

「次、終わったら……直ぐ行くから……」

「有難う、よろしくね!」

 後の掃除はミナちゃんに任せる事にして、僕達は次の部屋へと向かう事にした。

「おぉ、お前ら! やっと書庫の掃除が終わったか!」

 僕達が部屋を出ると、ダルタルマ君が手を伸ばして窓の高い位置を拭いている。

「コニーがいたので早く終わったつもりでしたが、そんなに時間が掛かりましたか?」

「数えてねぇからあんま分からねぇけど、俺もそろそろ手詰まりそうなんだよ!」

 ダルタルマ君はカール君と話している間も、背筋を伸ばして片足立ちで震えながら窓の上へと手を伸ばしている。

「そうですか……では俺も手伝いますよ」

「うおっ!?」

 カール君は必死に手を伸ばすダルタルマ君を見かねて、ダルタルマ君を担ぎ上げて肩に乗せる。

「よしっ、このまま一気に行くぞ!」

 苦しい表情で窓に手を伸ばしていたダルタルマ君が一転して、調子に乗って両手に持った雑巾を景気よく回転させて窓拭きを再開する。

「ではコニーはまたギールを手伝って下さい」

「うん、分かったよ!」

 カール君がダルタルマ君を手伝う事になったので、僕はまたギール君が掃除している部屋を探して手伝う事になった。


◇◇◇◇◇◇


「ちょっと様子を見るつもりで来たんだが、まさかもう終わってるとはな……」

 日が地平線へと落ち始めた頃、ガイダールさんが掃除の進捗を確認しようと足を運んだ時には、倉庫区画の掃除が全て完了していた。

「コニーが入った分だけ早くなるとは思っていたが、こんなに早く終わるなんてな……」

 ガイダールさんもこれは想定外だったらしく、珍しく目に見えて驚いた表情をしている。

「コニーのおかげで随分早く終わったな」

「一人増えるだけでこんなに早く終わるもんなんだな!」

「いや、コニーだからこその早さだと思いますよ」

「早く終わって……びっくり……」

「あ、いや……えっと……」

 皆が手放しで一斉に褒め称えるので、僕は勢いに飲まれて返す言葉が見つからなかった。

「しっかし、今日は掃除だけで終わるつもりだったからなぁ……それじゃ、後は自由に訓練してくれ」

 ガイダールさんはあまりに想定外な展開に一瞬だけ悩んだ素振りを見せたが、半ば投げやりな雰囲気で指示を出した。

「適当に訓練の様子を見回るから、ちゃんと訓練するんだぞ」

「「「「「はいっ!」」」」」

 ガイダールさんが訓練の合図を送ると、僕達は挨拶と共に訓練広場へ向かって歩き出した。

「……そうだ、カール君! 折角だし今から戦い方の訓練をしようよ!」

「そうですね……命令ですから従いますよ」

「そ、そんなつもりじゃ……」

 カール君は冗談めいた調子で返しているが、僕はつい不安になってしまって反射的に否定する。

「何だ、二人して……何か面白い事でもしてんのか?」

 何かを嗅ぎつけたギール君が興味津々といった様子でこちらに身を乗り出してくる。

「俺にも教えろよ!」

 ダルタルマ君も面白がって身体を寄せて迫って来る。

「私も、聞きたい……」

 二人の流れに乗じてミナちゃんも身体を傾けてこちらを覗き込む。

「え、えっと……どうしよう……」

 僕は収拾がつかなくなり、カール君に助けを求める視線を送る。

「いいんじゃないですか? 皆にもコニーがどんな戦い方がいいか、一緒に考えてもらいましょう」

「そ、それは……う~ん……」

 カール君の提案は僕にとっては願ったり叶ったりだけど、元々僕からの命令でカール君から戦い方を教わろうと思っていたから、命令でもないのに皆を巻き込んでもいいのかという考えが頭をよぎる。

「……そうだね、皆にも協力してもらおう!」

 しかしそれ以上に皆からの視線が強すぎて、突き放してしまう方が返って悪い気がしてきた。それならいっその事協力してもらって、僕からも皆へ何か出来る事を考えた方がお互いにいい影響が出ると思った。それにこうして皆で一緒に目標に向けて頑張っているのが、僕にはたまらなく嬉しい事だったりする。まだ知り合って数日しか経っていないけど、皆との間に確かな絆があるんだと実感出来るから。

〇おまけ「兵団基地の内部構造:各区画」

 兵団の基地はいくつかの区画に分かれている。各区画は基地において重要な役割を持つ者が多く、区画毎に担当者が管理している。

 訓練区画はその名の通り訓練施設がある区画で、主に訓練担当が管理をしている。

 事務区画は重要書類がある書斎や事務仕事を行う事務室、来客を迎える客室等がある区画で、主に事務経理担当が管理をしている。

 衛生区画は食堂等の水回りの施設がある区画で、衛生担当か食事担当が管理をしている。

 倉庫区画は古い記録や文書を保管する書庫や備品等を保管、管理する倉庫等がある区画で、事務経理担当か総合責任者が管理をしている。

 上記の最低限必要な区画以外にも、基地によって様々な区画が割り当てられている。

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