はじめに、馬という生き物について
◆序文◆
はじめまして、こんにちは。
現在もふもふ系VR小説「神獣郷オンライン」がコミカライズ化している漫画原作作家となります、時雨オオカミと申します。
今回は、Twitterでたまにつぶやいている「馬の知識」についてをエッセイにて連載し、細々と語っていこうと思っています。
ただの作家が馬のなにを知ってるんだっていうんだ! って思いますよね?
誰に話してもわりと驚かれますが、私は「現役乗馬クラブのスタッフ」をしている作家です。
スタッフを始めてから365日、ほぼ馬と一緒の生活を続けて5年ほど。
もっと言うなら、父が大学馬術部にいたことをきっかけにして、小学生の頃から馬に乗り、高校生で馬術部に入り、馬術の専門学校に通い、乗馬クラブに就職した身です。
ただのお客さんだったときは、毎日とはいかなかったので、それを差し引いてもトータルで10年くらい馬と共に過ごしていることになるでしょうか。
そんな経歴があるうえで、自分が創作をしているときこういう馬の豆知識を知っていたら便利だろうと日々思っていることなどをTwitterで時々発信しておりました。
このたび、需要があるとおっしゃってくださるかたがたくさんいたので、こうしてエッセイの筆を執っています。
学生時代の板書や馬術の専門書なども複数有しているため、それらを参考にしながら、ときおり引用する場合は出典を明らかにして語っていこうと思います。
以上のことを念頭において、「まあ見てやらんこともないな」と思っていただけたら嬉しいです。
私の相棒↓
◆馬という生き物について◆
古来より、馬は人間の生活のパートナーとして常に重要な地位を有してきました。
家畜馬は主に人間にとっては二種類の役割を課せられています。
ひとつ。荷物の運搬。
ふたつ。高速移動の手段。
これらの役割を担うのは馬以外にも、海外ではロバやラクダなど、さまざまな種類の家畜が利用されてきましたが、「馬」という生き物はより広く普及しました。
これらの役割についても、馬の種類により向き不向きが存在し、大別すると荷物の運搬を任されるのは「森林に住む」大型の「冷血種」と呼ばれる馬。
高速移動の手段として用いられるのは、「草原に住む」中くらいの「温血種」、もしくは「熱血種」と呼ばれる馬です。
これらについての掘り下げはのちのちということにしまして……馬にはそれぞれ、人間と同じように種類により得意なもの、不得意なものが存在し、古来より人間はその性質を見極め、馬と生活していました。
今日では、もう馬を戦争に連れ出すことはありません。農業においても、その多くがトラクターなどの重機が代わりに利用され、移動手段としては自動車や電車など、便利なものが溢れる世の中となっています。
しかし、それでも馬は現在でも人と共に生活しています。
人は馬を尊重して扱いながらも必要性に駆られて馬の品種改良を重ね、国際的に認められる特定品種など、さまざまなタイプの馬が存在します。
古来よりそうであったように、馬は現在でもそれぞれ適した役割を与えられて人々の生活の中に生き続けています。
◆馬の管理とコミュニケーション◆
人間は馬を管理し、コミュニケーションをとり、その性質を利用しますが、馬を飼育するということは、「馬が必要とする全てを与える」という責任を負うことと同義です。
馬を扱う人間が、馬と築く関係性には「恐怖」や「苦痛」ではなく、「敬意」に基づいていなければなりません。
しかし、その関係がしっかりと確立されるまでは「人の管理下にある」ということを、馬に上手く教えてあげなければなりません。
もし、私達があやふやな態度をとれば、馬は悪知恵を働かせて、人間を試す行為をするでしょう。
一般的に、馬の知能は5歳児程度と言われています。本能と欲求に素直で、そのためには悪知恵も働かせることもできるという賢さです。
たとえば、これは実体験の馬の賢さエピソードですが。
馬を試合場へ連れていくためには「馬運車」というものに乗せなければなりません。
とある馬はこの大きな車が「試合場」へ行くものだと理解しているため、乗せるときにごねにごねて「ヤダヤダ行きたくないもーーーん!!」と1時間くらいごねました。
車が怖いのではないか? と思いますよね。違うんです。
この馬、試合が終わって帰るときの乗車は秒で終わりました。
行きはごねて、帰りは元の場所に帰ることが分かっているのですぐに乗る。
人間の子供でも似たようなことはあるでしょう。これくらいの賢さは有しているのです。
なんなら仮病も使いますよ。
閑話休題。
こうして、馬は嫌なら嫌で意思表示をしますし、人間に自分が扱えるかどうか、従ってもいいかどうか、馬は常に試しています。
馬の体重はサラブレッドでも500kgはあります。いくら力自慢の男性だったとしても、馬が本気で抗えば人間はひとたまりもありません。
力任せに馬を扱おうとするだけでは決して御せない。それが乗馬というものです。あちらにも意思があるので、子供に言い聞かせるように、人間が上手に馬の意思を転がして「まあ従ってもいいかな?」「やってやってもいいよ?」という状況にすることが大事です。
多くの馬は、よくしてくれる人間には気を許し、好きな人間には従って役に立ちたい、要求に応じたい、応えたいと思ってくれます。
故に、馬を褒めながら、敬意を持って付き合っていくことが大事なのです。
◆馬とのコミュニケーション◆
馬に対して、人間の要求することを一度で理解しろと求めてはいけません。けれど、なにか正しいことをしたときに、人間が喜んでいることは馬も理解できます。
人間側は馬が理解しやすいよう、ボディランゲージを使用してなるべく伝わりやすいように「言葉のいらないコミュニケーション」を行う必要があります。
たとえば、褒めるときに馬の首をぺしぺしと叩く行為を「愛撫」と呼び、これを物語の登場人物にさせるだけでも、ぐっと乗り物として登場している馬への愛情が伝わるはずです。
また、5歳児の子供が悪さをすぐに覚えるように、馬も同様に物覚えが早いので、注意をしていなければなりません。
馬には道徳という概念は分かりません。
これは人間の都合の良い特有のものだからです。
一度許してしまうと、良い動作を覚えたときと同じくらい、いやそれ以上に早く人間にとって都合の悪い動作を覚えます。
言葉は通じないので、悪いことをしたときにはしっかりと叱ってやらなければなりません。
ただし、言葉で責め立てるだけでは馬は容赦なく人間を舐めます。
「こいつはなにか言うだけで俺に手を出すことなんてできないんだへへーん!」という学習をしてしまうため、本気で叱る際には、その鼻面を叩く、腹を叩くなどしっかりとした意思表示をしなければなりません。
しかし、叱る際は必ず一発で決めなければなりません。何度も似たようなことをやったり、時間差があるとただの虐待です。
叩くのが虐待にならないか?
それは犬猫と同じく、しっかりと叱らず馬を増長させるだけでは、500kgが暴れ回るわがままっぷりを発揮させることとなります。
ただでさえ犬猫が躾を受けていないと危険でバカ犬だのなんだのとレッテルを貼られてしまうように、馬も同様です。
手をつけられないモンスターに成長してしまうようなことがあれば、それこそ「優しい虐待」に該当します。
叱るときは叱り、褒めるときはめいっぱい褒めてあげる。人と生活するうえでの上下関係や、上手い付き合いかたはこちらが教えてあげなければ馬は「人との生活ができない不適合者」になり、手をつけられないやばい馬の末路は端的に言って、ほぼ肉です。
馬の世界では追放=死です。
しかも肉といっても人が食べるやつではありません。食用として育てられていない馬の行き着く先はペットの餌やおやつです。
ただし、肉の一歩手前。手がつけられない状態でよその場所に売られていった子が、良い調教師と出会い、試合でバンバン活躍するような「成り上がり」はときどきあるので、良い人間と出会えるかどうかが馬生の別れ道と言えるでしょう。
これだけでも、馬に転生した人の追放ざまぁみたいな物語ができそうな感じがしますね。
◆物語の馬達◆
こうして序文として馬と人間の関係性について語ってきましたが、基本的には他の動物と飼うときとそれほど対応自体は変わりません。
ただ大きさが違うだけ。
人にちゃんと懐きますし、躾をしないと体が大きい分モンスターができあがります。
しかしとっても懐いた子は、自分の命の危機であっても人の心配をする。健気で人を大好きになってくれる可愛い動物です。
たとえば「キーストン」という競走馬。
この子はその最期のレースで脚を故障し、転倒。その際に落馬した騎手は脳震盪を起こしていました。
キーストンは、転倒したあと立ち上がり、昏倒していた騎手にゆっくりと歩み寄って心配する素振りを見せたそうです。
このとき一時的に意識を取り戻していた騎手によると、キーストンは騎手の前で膝をおり、彼の胸元に鼻面を押しつけて騎手も夢中で抱きしめたのだとか。
キーストンは自身が致命傷を受けているのにもかかわらず、乗っていた人間の無事を確かめに来たのです。
この出来事はかなり有名ですが、馬が人を好きになってくれる健気な生き物であることを伝えるのに、一番いいエピソードだと思います。ウマ娘に実装したら多分泣いて喜びます。
馬という生き物は身近ではないので、その魅力を知る人は限られますが、こうして私が筆を執ることで、少しでも皆様に馬の魅力が伝わればいいなと思っています。
さて、ここからは物語上に登場する「馬」についてです。
その多くはモブキャラクターのひとつかもしれません。
しかし、ほんの少しリアルの性質、性格、古来からの野生環境、人間との関係性などを知って描けば、それだけで「リアリティある描写」が実現可能になると思っています。
ちょっと私情が挟まりますが、このエッセイは、私自身がリアリティある馬の物語を、よりたくさん読みたいから書くといっても過言ではありません。
知ってるんだから書け?
知っているからこそ、綿密に書きすぎてくどくなるので無理なんです。そこは本当に申し訳ない。
なので、私は皆様の「馬」の描写を応援します。
いっぱい知っているより、要点を知っているだけのほうがより良いテンポで物語が書けると思うからです。
このエッセイは短編ではなく、のんびりと連載として書いていくつもりです。
Twitterで募集した質問などの回答なども行っていきますので、馬のここについて知りたい!といったようなことがあればいつでも受け付けております。
私はあくまで「乗馬」に詳しいだけで、競馬のほうは正直専門外なのであまり語れることはありませんが、乗馬についてなら、回答し、書いていきたいと思います。
ひとまず第1回のお話はここまでとさせていただきます。
次回は、「馬の品種・毛色・体温・健康管理」などについてです。
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