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一字一円で恋をする  作者: ドーナツ
1/13

一万字のデーティングッ!

私は一字一円で暮らしている作家である。

「お茶が入ったぞ、憂塚」

「ああ、ありがとう」

「また、煮詰まっているのか?」

「そうだな、日常に埋もれそうだよ」

「それなら、外出してみたらどうだ?」

「それもいいが、何分一人は億劫でな」

「相変わらず、人がお嫌いと見えます」

「嫌いという訳じゃないよ、ただ好みの問題だよ」

「わかりました、私がついていきます」

「ありがとう白瀬」

まだ日の出前の静かな町へでた。

「新しい喫茶店ができたらしいですよ」

「肝心のダージリンはあるのか?」

「わかりません、今から行ってみますか?」

「案内は任せた」

「はい」

朝もやのかかる、秋の並木道を、くしゃりくしゃりと音を立てながら歩く。

「なー白瀬、最近はどうしてる?」

「私は先生の原稿が上がるまで、付き添いの毎日ですよ」

「そうだったな、いつもありがとうな」

「は、はぃ。どうしたんですか急に?」

「なんだかな、果てにいるようで、振り向きたくなったんだ」

「そうですか、私はいつもいるのでご心配なく」

小さな路地を抜けると、屋根がお花畑の喫茶についた。

「この看板はなんて読むんだ?」

「これはですね...しばしお待ちを」

アンティークの木に"壱語壱会"と愛らしいフォントで書かれていた。

「白瀬何をしているんだ?」

「ええ、その、携帯で調べようとしているんです」

「君は、前々から言いたかったのだが、今言ってもいいか?」

「ええ、どうぞ」

「考えなし」

「え?今なんと」

「気にしなくていい、行くぞ」

森の妖精が住まいそうな木の扉を開けた。

「いらっしゃいませ」

そこには、黒髪のまとまった華奢な成人少女がいた。

「あ、あ失礼する」

「あの、憂塚さん、気づいてます?」

「気づいてるって、なんだね、こっほん」

「あの子は、確か...」

「い、言わんでいい、それより席につこう」

「はい」

私は千鳥足になりながら、席と呼べる席に座った。

「慌てないでください、憂塚先生」

「き、君」

「お客様、ご注文が決まりましたら、お申し付けください」

私は動揺していた、今目の前にいるこの子が、私を一字一円作家とした発端だったからだ。

「メニューはどこにある?」

「憂塚“先生”、気を取り直してください」

「君、こういう時だけ先生を主張しないでくれよ」

「すいません、あまりにも自身を忘れているように見えまして」

「うまいことを言っても書くのは私なんだからな、敬意を忘れるなよ」

「はい、心より先生を寵愛しています」

「も、いい。ダージリンはどこだ」

私は助手の可愛げのない助け舟を横目に見ながら、メニューを開く。

「憂塚さん、なんでちらちらこちらを伺うのですか?」

「このメニューを見てから、ものを言いたまえ助手君」

「メニューですね、どれどれ」

そこにはふわふわとした名前が愛嬌ぐるしくびっしりと書かれていた。

「この、ふわんぼわーずってなんだ」

「それは、古代中世のお菓子ですよ、ミルクラテルマッカーニと相性抜群のパンケーキですね」

「そ、そうか。まったくをもってわからないな」

「安心してください、私は先生の好みを知っているので、オーダーしておきますよ」

「そうか、助かるよ」

助手はベルをチリリンと鳴らすと、噛むこと間違いなしの名をなんなく言ってのけた。

「フワンボワーズとミルクラテルマッカーニをお願いします」

「君、さっきと変わってないじゃないか?」

「いいんです、これは絶品ですから」

「なら、いいんだが」

助手のにんまりとした表情が、ひっかっかったが、そこは長年の付き合いから流すことにした。

「お待たせしました憂塚”せんせ"」

私はその屈託のない言動から悟ったのである、これは彼女の手作りだと。

「おい、白瀬耳を貸せ」

「なんです?」

「いいから早く」

「仕方ありませんね」

「どういうことだ、このパンケーキに書かれているハートは」

「知らないんですか、これがフワンボワーズですよ」

「そ、そんな訳あるか。こういうのは....そう秋葉で、よくみるやつではないか」

「何をおっしゃいます?これは代々受け継がれた古代中世よりの睦まじいお菓子ですよ」

「あのお客様、どちらに置きましょうか?」

「え?あ?え?」

私は動転していた、この屈託のない言動と、屈託のないほほえみ、これはただならぬ決断だと察した。

「私に下さいマドモアゼル」

手間取る間に助手と店員の、あらぬ会話にこのシュチエーションが、すでに仕込み済みだとさらに察した。

「はい、ごゆっくりとお召し上がりください」

「おい、助手...」

「なんです?」

「私の分はどこだ」

「最近面白いこと知ったのですが、聞きます?」

「いやそれより、まぁいい聞かせてくれ」

「主張と視聴は音は同じでも違うみたいです」

「言わんとすることはわかるが、飯をくれないか?」

「ではフワンボワーズの代金、1000円分書いたらいいでしょう」

「この空腹を前に1000文字かけというのか、君は鬼かね」

私は自前のエルミスのカバンから原稿用紙を取り出した。

「やはりあの方法で書き上げるかな」

私は再びエルミスのカバンを開き、パソコンを取り出した。

「憂塚先生、それはだめです」

「いや、まて、まだ何もいってないじゃないか」

「それだけはいただけません」

私は長年の経験から、誰もが文をボタン一つで書ける方法を知っていた。

「いいではないか、かの偉人も言っていたよ、文明は発見とともに訪れると」

「自分で考えてください」

「了承した...」

私はパソコンを閉じ、作家特有の”マイノリティー正義”を信じ、原稿用紙へ向かった。

「書き終えたぞ、白瀬」

「やれば、できるじゃないですか」

「君ね、作家だからといって、書かせればいいというわけじゃないんだよ」

「一字一円で契約を結んだのは先生なんですから、頑張ってください」

「わ、わかったよ」

私は店員のあの方をちらりと見ると、相手もこちらに気づき、厨房のほうへ行ってしまった。

「な....」

「どうぞ、フワンボワーズです」

「ん!?」

彼女だった。

「せんせ、まだです、その原稿用紙と交換です」

「飯のためにやるが、決してラブレターなどと思わないようにな」

「そんなありふれたものをお思いになるほど、私はもう若くありませんから」

「そうか、ならよかった」

”彼女は小中高と学生時代を共にした古き良き馴染みでいたく気に入っている”これが本文だが。ただ私から言わせれば健気すぎてつらい。

「とりあえず、泣くのはなしだからな」

「先生のそういう弱さ、やっぱりずるいですね、早くフワンボワーズ食べてください。さ!っさ!」

「ああ、ありがたく、いただくとする」

苦楽を共にした、いとし子が、ここまで節操を持ち得、ここまで素顔をみせてくれることにいたく感動しつつ、一口ほうばると。まだ涙をぬぐえなかった頃のしょっぱさや、まだあどけなかった甘さがフワンボワーズからした。

「お前はやっぱり、いい子に育ったな」

「そういうこと言わないの」

そのほおをついて出た声は涙よりも透明で、綺麗だった。 

「あのーお二人さん、そろそろいいかな」

「え?」

「え?」

「意気投合しているところすまないんだが、先生は今締め切りが迫っているんだ」

「助手よ、おまえさんは感動の渦中で明日をも知れぬことを言うのか」

「ええ、言いますとも、身持ちが少ないのでね」

私はそのまま、助手の猪口才な理由で扉前までおわれた。

「またねー」

「ああ」

帰り際に見た、グラスに落ちた光は寂しく揺れていた。


ーーーー翌日

締め切りまで残り17日の頃、大変な事態に陥っていた。

「白瀬よ、書き直しとはどういうことだ」

「そのですね、先生の文はユーモアラスなことは認めます、ただ設定が一字一円なので、いきなり用もなしに二万字もかかれると、事実二万円を提示しなければいけないので、すぐさま了承できませんでした」

「つまり君は私に、方針のない財源は与えられないというのか」

「そうですね、向上心のある一円を期待します」

「なるほど、それは確かだ、それで方針はなんだね」

「ずばり恋です、恋してください」

「確かに想うところある子はいる」

「では恋してください」

「だがね、君、そう、恥ずかしいじゃないか」

「恥ずかしくない恋などありませんよ」

「わかった100歩譲って恋まではしよう、がだフォローはしてくれよ」

「今の文言、少し気になりますが、いいでしょう恋してください」

助手は落ち着いた風合いでアールグレイをぽそりと置くと、その熱熱の蒸気で眼鏡が曇っていた。

「ではまず恋の方針第一ですが、ずばり先生の今ある立場からどう向かうかを考えます」

「その前に眼鏡を拭いたらどうだ」

「え?あ?はい。失礼しました」

助手は眼鏡を拭き終えると、ぽそりと反省していて何故か可愛かった。

「えーでは本題ですが」

「なー助手、まだ曇ってるぞ」

「え?あ?え?そんな・・・」

助手の眼鏡拭きにはクマのワンポインマークがあって、なんだか和んだ。

「では今度こそ本題ですが」

「ああ、始めるとするか」

「先生の状況を一言で言うと、売れない作家です」

「君ね、もっと紳士らしくオブラートに言えないものかね」

「重々紳士的ですよ、先生の身なりと違って」

「君、このシンプルな服がそんなにお気に召さないか?」

私は群青色のジーパンに白のポロシャツをふんわり着こなしていた。

「いえ、髪型の話です」

「髪型か、わかったよ整えてくる」

私はサーフィンができそうなほど波だった髪をアイロンとくしで20代全盛期のように整えた。

「ほれ、整えたぞ」

「あの、その・・・先生は日常のコメディー的、立ち位置を目指しているんですか」

助手のなんともいがたい発言に、私は戸惑ったが、素直にもう一度くしをとって髪を整えた。

「今度はどうだね」

「そうですね、さながら風来坊ですね」

「それは及第点ということでいいかな」

「はい、では恋の方針を練りますよ」

「実を言うとは私はいつだって恋ができるのだよ、故に心配ご無用だ」

「それは本当ですか?」

「ああ、今用意してやるからまっとれい」

私はそういって、意中の相手を呼び出した。

「ほれー」

「あの?」

「なんだね」

「それ人形ですよね」

私は思い出のクマの人形をとりだしていた。

「君ね、これを誰だと思っている」

「誰って誰なんですか、まさか」

「そうだよ、私の一番の思い人だよ」

「なんか悲しい人になってますよ」

「いいのだよ、私は君がどう思おうとね」

「そうですか、では私は先生の落ちぶれ行きを応援します」

「すまない、今のところ、私の意中の相手はクマの人形のだよ、これは紛れもなくほんとだ」

「そうですか、先生はよほど重症ですね、これでは恋どころか相手にもなりませんよ」

「その君に一ついいことを教えようと思う」

「なんですか?」

「恋は多様化している」

「なんですか、その器が広いみたいな名セリフは」

「いいんだよ、助手、恋は恋であって恋でなくてもいい」

「なんですか、その旧姓してほしい捨てセリフは」

「実のところ言うとね、すでに私結婚しているのだよ」

「あの先生、そういった、うまいこと言って私を試さなくていいので」

「君ね、そういうけど、実のところ確かめるすべがあるから今行ってみよう」

「わかりました、そうでるなら。先生の婚姻届けがあるか区役所で確かめてきます」

「え?おー・・・じゃ頼んだぞ」

「先生、あなたも来てください」

「なんだと・・・・」

私は助手に連れられ区役所へ

「着きましたよ、名前教えてください婚姻者の」

「君は何本気にしているんだ、嘘に決まっているだろ」

「そうはいきませんよ」

「先生が本当のことを言う時は決まって笑顔ですから」

「私笑ってなんていなかったぞ、むしろ内心泣いてたぞ」

「先生が性格上嘘をつかない人だって知っているので、絶対婚姻してますよね」

「だからそのあれはだな、場の乗りで言っただけだ」

「先生がそこまではぐらかすなら、私いい案を思いつきました」

「なんだね・・・まさか名もわからず確かめる方法があるというのか」

「ええ、あるんですよ」

「君、それは憲法に抵触してそうな発言に見受けられるのだが」

「大丈夫です、ここは私が懲役になってでも確かめます」

「なんだね、その熱意は。心配になるからやめてくれよ」

「いえ、私もそこまで無勉強ではありませんから、いい方法があるんですよ」

「おお、ぜひ聞きたいな」

「いいでしょう、実践してきます」

助手は熱意だけで区役所のカウンターへ行った。

「あの?このクマのDNA鑑定お願いします」

「あの・・・」

「先生の恋路がかかっているんです、お願いします」

「区役所ではDNA鑑定できません」

「そうですか、失礼しました」

助手は無事帰還した。

「君はあれか、やはり無勉強なのか」

「何をおっしゃいます、わかったでしょうに」

「え?いやDNA鑑定でわかるものなのか」

「ええ、わかりますよ、わかるんですよ」

「なー助手よ、君は少し平静を知るべきだ」

「そうですかね、先生の恋路にもうはらはらで、もうはらはらで」

「そうか、そうか、とにかく落ち着くんだ」

助手の思わぬ一面を見たようで、やはりこの私にしてこの助手ありと言いたくなった。


――――翌日

涼しい常夏のテラス際にて

「先生起きてください!」

「君はね、まだ締め切りは16日後じゃないか、そうとわかったら寝かせてくれ」

「了承しかねます、先生には今日縁談にいってもらうので」

「なんだと・・・」

「目覚めました?」

私はハッと起き上がっていた。

「そんな起こし方があるとは君もやるようになったじゃないか」

「いえ、冗談ではなく、本気です」

「そうか、では身支度を済ませなければな」

「またどこか軽んじていますね」

「いいかい助手、君が持ち掛けた話だ、私はあくまでもイベント感覚で参加するからな」

「なぜ、そこまでちゃらんぽらんなんですか」

「それはだね、思春期の男であるからだよ」

「いえ、その、素直に女性に免疫ないんですよね」

そういい終えると助手は加湿器でいい香りのするクローゼットへ案内してくれた。

「私に何を求めている助手」

「いえ、縁談ですのでそれ相応の身なりになってほしく」

「わかった、1000歩譲って行くとしよう、だがファッションはしない」

「先生はいざとなると逃げだすタイプですよね、そこは改善の余地ありですね」

「君?話を聞いているか?」

「仕方ありません、先生は聞き訳がないので私も同席します」

それから助手は私をパジャマのまま、東京の真っただ中へ連れ出した。

「君、君???」

「先生、店で買い込みますよ」

「何を言っているんだ」

「先生には、立派な方になってほしいんです」

「立派って、君がいるから私は将来安寧なのだが」

「安寧だけで満足されてはドラマがありません」

「いやドラマなど求めていないんだ」

「思春期男児がそんなんでどうします、若さは今だけの特権ですよ、乱用してください」

「わかった、だが、その、パジャマで連れ出すとはどうゆうことだー」

私はそのまま空を仰ぎながら、通勤ラッシュで闘志を燃やすサラリーマンを横目に助手の手にひかれ店へと着いた。

「着きました。ここです」

「君・・・」

「このフワンドールフラパンで買い物していただきます」

「そうか、なんか、店名が物語っているのだが気のせいだよな」

店の看板にクマの人形のマークがさりげなくあった。

「はい、気のせいです」

そして自動ドアが開く。

「いらっしゃいませ」

「って君は・・・」

「あ!せんせ!」

「なぜここにいるんだ君が・・・」

そこにはあのハートのフワンボワーズを出してくれた成人少女がいた。

「先生の一世一代の危機と知って、馳せ参じました!」

「そうか、今回の縁談は私の一世一代の危機だったのか・・・」

「そうですよ、これを逃したら本当にぼっち確定ですからね」

「それほんとか?」

「ええ、私が保証してもいいです」

「そうか、なら一つ頼まれてくれないか」 

「なんです、またハリウッドバリのことでも言うんですか?」

「ああ、そうだ、今日だけ私についてこい」

「そのセリフ知ってます、Eさんですよね」

「君も相変わらずだな」

「ええミッション大好きなので」

「では一日私はEさんとして生きるから、好きになるなよ」

「先生、なんで世界のすべての子が先生に恋してるみたいに言うんですか?」

「ビバハリウッドだからな」

「そうですか、先生もついにハリウッド化ですか」

「ああ、そうみたいだ、だが普通の恋してる」

「なるほどハリウッド級で恋ですか、焼けますね」

「なぜもっと食いつかん」

「いえ、その、食いついていいんですか?」

「そうだ食いつくところだろ」

「なんで私を落とそうとしているんですか?」

「今から縁談なんだよ・・・だから彼女がいることにして帰ろうと思ってな」

「私をそんな風に使おうなんて、あの頃もまさか」

「違う違うあの頃は本気だった」

「へーそうなんですか、やはり食えない男でしたか」

「ともかくだ、いい服と君をくれ」

「なんですか、そのハリウッドでも流行らなそうな粋な言葉は」

「何を言っている、これがこれからの新たなナンパテクだよ」

「そうですか、ナンパ者がナンパって言うなんて、それもテクの一環ですか」

「気づいてしまうか、君もどうやら食えない女ではないか」

「あの・・・そういう俗物的な言い回しされると軽く私がヤバイ子に見えるのでやめてください」

「安心したまえ、その時はもらってやる」

「ホントですか?」

「ああ、唯一無二を探している最中なんでな」

「クマが好きなのではなかったんですか?」

「クマよりは君がいい」

「なんか発言がもはや何でも屋のセリフですね」

「ああ、実はそろそろ転職しようと思ってる」

「冗談はいいので、早くレジ開けてください、後ろがつっかえています」

”後ろを振り向くと、何百いや何千、いや何万いやいや何億という子がいた”

「勝手に家の店を特大エデンスーパーみたいに例えて遊ばないでください」

「すまん情景描写は勉強中なんだ」

「いつも勉強しているあなたがそれをいいます?」

「知っていたか」

「忘れたんですか、先生が作家になったきっかけは私です、その時いったじゃないですか」

「なんて言ったんだっけ君は」

「理由を教えてって」

「そんなこともあったな、確かにあれから随分と理由を探して恋ができなくなったよ」

「私の存在そんなに大きかったんですね、ま付き合って三日で別れるのはこっちも拍子抜けでしたけど」

「本当にすまないと思っている」

「いいですよ、私はこれでも大人になったので」

「そうなのか?」

「はい、もういたるところ大人です」

「そうか、なんか縁遠い話だな」

「先生は子供が好きなんでしたよね」

「知ってたか、若さには勝てんからな」

「その弱いところにほれ込むところが相変わらず変わってなくて安心しました」

「君ね、どうも言い方が酷ってもんじゃないか」

「勘違いしないでください、これは褒め言葉ですよ」

「そうか、な、服を一緒に選んではくれないか」

「服ですね、わかりました」

それから私たちはレジに並んでいた子たちを助手にほっぽりなげ、いつか話した電気街を歩き出した。

「どんな相手なんですか?」

「そうだねそれがクマということ以外わかっていなんだよ」

「なんですかそれ、笑ってしまいます」

「私だって困っているのだよ、どうも恋するのは性に合わなくてな」

「いえ、先生は素敵な方ですよ」

「そうかな」

「ええ、とっても」

「あ、あの店行ってみないか?」

私は無性に恥ずかしくなり、目を背けた先の店に目が留まり一声かけた。

「あ、逃げましたね」

「違うんだよ、これは健全な反応だよ」

「相変わらずですね」

店へと入った。

しかし。。。そこはラグジュアリーショップだった。

「あ・・・」

「これのどこが健全な反応なんですか?」

「すまない、間違えた、気が動転していたんだ」

私はすぐさま立ち去った。

「あの、私といるときにそんなわかりやすい反応されると、可愛がりますよ」

「いやいいっこなしだろそれは・・・」

「意味深反応も禁句ですから、先生が意味深されると嘘でも誠になるので」

「すまない、なんだかなこうな、わかるだろ」

「いえわかりません先生がおっさんずらぶだったことなんて」

「いや君も意味深反応はやめてくれよ、むしろこちらのほうが部は悪いんだぞ」

「先生の立場っていったいなんなんです、教えてください」

「たぶんだけど、絶妙なカオスによって秘匿されているんだよ」

「そうなんですね、手出しご無用ってことでいいですか」

「それで頼むよ」

「それでおっさんらぶについて話しましょう」

「そこ掘り返すのか」

「はい、最近みたので」

「そうか、タイトルからしていけない一線を感じるよ」

「見てないんですか、流行りを」

「私だって男だよ、見たいものと見たくないものはある」

「つまりボーイズラブはなしだというのですか」

「ああ、完膚なきまでに言ってのけるぞ」

「そうですか、先生にはがっかりです」

「がっかりせんでくれよ、これでもアニメでなら見れるから」

「そうですか、やはりショタコンでしたか」

「いや君、見れるということであって、ショタコンでもない」

「先生っていつか御厄介になりそうですよね」

「君ね・・・ホントに大人びてしまったんだな」

「はい、いつか話した先生のおかげで」

「いやそこは、喜ぶところなのか・・・むしろ非のあるのは私か・・・」

「喫茶店に入りません?」

「そうだな」

私たちはそれから喫茶店に入り、たわいなくも手放せない、そんなかけがえのない話をした。

「それでは行ってらっしゃい!」

「ああ行ってくるよ」

私は今更自身がパジャマであることを思い出しながら、その場を去っていった。

「憂塚先生、おかえりなさい」

「あー助手か、今は近づかないでくれ」

「なんですか、そのかの有名なドラマを見てきた後のような反応は」

「なぜわかる、まさか君も狙っているのか私を」

「そんなわけないでしょう」

「そうか安心したよ」

「その身なりどうします?」

「そうだね、このまま行こうと思う」

「わかりました、正気とは思えませんが、そこがグッとくるのでしょう」

「ああ、間違えなしだ」

それから私たちは勝機を捨て縁談へと赴いた。

「こんにちは」

そこには目を疑う光景があった。そう人ほどの大きなクマがしゃべっていた。

「あの・・・?」

「こんにちは!」

「こんにちは」

私はありえぬことに思わず一瞬戸惑ったが、続行した。

「憂塚先生ですね、私はクマ子です」

そのままのそのままのそのままのなんのひねりのない名に驚いた。だが続行した。

「あ、そのこんにちは」

動揺した、私はクマ相手に、もといしゃべるくまのぬいぐるみ相手に何をしているのかと迷いつつ。続行した。

「先生のことがラブユーです」

私は純然たる思いでこの不可思議を受け止めたとき、私は正気ではないと気付いた。だが続行した。

「私もだ」

これは完全なるハニートラップだった。だが続行した。

「先生、私どう思います?」

クマの悠長な会話におののきつつ、問題点はそこではくともわかった上で、それでも続行した。

「そうだね、最高だよ」

「私もです!」

完全にハニートラップで完全に可愛いしゃべり方なので、私はこれがクマのなせるクマった発言だと思いつつ。だが続行した。

「その。聞いてもいいか?」

「なんです!?」

「君、人だろ」

「違いますよ!私はクマ子です!」

後ろに回ればきっとジッパーがあるのだと思いたち、私はその正体を明かしてやろうと、即座に立ち上がる。

「先生?どうしました」

クマ子も立ち上がり、臨戦態勢に入った。じりじりととした緊張感が流れる。

「なんでもないよ、そうだね、少しのどが渇いてな」

私の狙いは完全にジッパー一択だったが、ここはあえて遠回しのことを言い、相手の油断を待った。

「そうですか、わかりました、私が汲んできましょう」

なぜか彼女の警戒心が解けていないことに気づき、私はさらにたたみかける。

「そうか、なら共に行くか」

私はあえて、共に行くことで、水をくむ一瞬の、背を見せる瞬間にジッパーを探そうと思った。

「いいですよ」

彼女は私に向かい合ったまま、私が先に行くのを待っていた。

「なー君?お先にどうぞ」

クマ子は驚いたように、急にシュワッチのウルトラマンセブンのポーズをした。

「シュワッチ」

その一瞬空気が凍り付きそうになる、場に則さぬ行動をとるクマ子に私もシュワッチで応戦した。

「シュワッチ」

一瞬にして沈黙が支配した。この完膚なきまでの時間に一秒がまるで永遠に思えるほどのリスクを感じた。

「そのだ、ここは話し合いといこう、本当の君と話がしたいんだ」

「これが本当の私です」

「そうか、なら、背を見せろ」

「背ですね、それはできません」

「なんでだ、まさかだとは思うが、ジッパーがついているんじゃないよな」

「ジッパーなんてありませんよ、これはありのままの私です」

どうやら彼女の秘密は背にあるらしいと、確信した。

「わかった、では、これから私とその格好で買い物に行ってもらう、いいか?」

私はクマ子が、その格好で外に出るには恥ずかしいだろうと踏んで、持ち掛けた。

「いいですよ」

案の定了承されてしまった。一瞬町ぐるみではなければそんな場違いな格好で出歩く提案はのめないと、直感したが、やはり続行した。いやされた。

「そうか、それで何を買う?」

「サバがいいですね」

「そうかサバか、わかった、では行くぞ、行くからな?」

「ええ、いいですよ」

結論として買い物に行くことになった。場違い甚だしいクマ子を連れて。

「外だぞ」

「外ですね」

「そのクマ子正気か?」

「正気ですよ」

右側にはどこかのカップル、左側にはクマ子。

周りの睦まじく動じない目が気になりながら、そこはグッとこらえて両手に花と言い放ちながら進んだ。

「先生、サバ好きですか?」

「サバか、そうだなサバの涼風和えは好きだぞ」

「なんですかそれ、料亭ででるものとかですか?」

「そうだな、良くわかったな実に絶品だよ」

「そうなんだ、今日作れる?」

「わかった助手に頼んでみよう」

「ダメ、一緒に作って」

「その格好で作れるのか?」

「作れるよ」

私は気づけばクマ子がぬいぐるみだということも忘れ忘れ和気あいあいとしていた。

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