Let There Be Light 4
『起きてクダさい、起きてクダさい。もうスグ着きますよ。起きてクダさい』
彼だけのはずの宇宙船から彼を起こす声が響く。
『起きてって言ってルのに、この人はモー。起きてクダさい』
声とともに、宇宙船正面の大きなスクリーンの模様が様変わりする。
初めはただ一色だったのが、今はカラフルになっている。そして、しま模様、花火、こうし柄……。はてはそれらの模様がくるくると変わっていく。見ていると疲れてたまったものじゃない。
それでも彼は起きなかった。彼の頭の中では、ただ、歌がながれている。
『モ~~! エー加減に、せェェェェ――――――!!』
「……あ?」
船ごと大揺れして彼はやっと目覚めた。ここはどこだ?
目に入るモノすべてが見知らぬ物ばかり。スリープ装置のパネルを見て、やっと自分が宇宙船にいたことを思い出す。透明な蓋を開けて彼はのびをした。
『やっとお目覚めでスか? もう、地球に着きマスよ』
「……船が話しているのか?」
『アんさん、いつの時代の人でスか?』
「え?」
船の話では、今時の船は皆こんなのだそうだ。
こんなの……つまり船自体が意識を持ち自ら操縦もする、ひとつの意識体だという。
彼は宇宙船の技術を説明されれば理解できるが、流行には疎かった。
「どうして船が流行に敏感なんだ? おまえだって俺たちと一緒に辺境にいただろ?」
船が返したのは意外な答えだった。
『ココには最新の情報が入りマスからなぁ』
どういうことだ? 言葉のままなら、船は常時、情報が更新されていたということだ。交信ができない場所にも関わらず最速通信で。いったいこの船はなんなんだ?
『あ、駐船場デス。おりはりマスか?』
「……ああ」
彼らは久しぶりに地球におりた。
「いらっしゃいませー。おっやー? どこから来たんです? 珍しい船ですね」
「遠くからだ」
駐船場の男は、彼がおりるのを手伝いながらもしっかりと船を観察していた。駐船場はいわゆるガソリンスタンドと空港を足して割ったようなものだ。人々の間では、はとば、の愛称でなじんでいる。
「ああっ。こ、このマークは!」
「なにかついていたか?」
彼の間の抜けた質問に男はあきれた。なんだ知らないで乗ってたのか? 贅沢者め。
「このマークは、船では1、2をあらそう、美しく、かつ品質も良く、値段ももちろん安くない……」
まだまだ続きそうな男の言葉を彼はさえぎった。
「とどのつまりなんだ?」
「シーテウス博士が造った、というシルシだよ」
「シーテウス?」
「そうだ」
名前も知らないのか? 男は彼を怪しみだした。
どこの田舎者がこんな高価な船を手に入れたんだ? まるっきり宝の持ち腐れじゃないか。
「そういやあんたさぁ、どこから来たんだっけ?」
さりげなさを装って彼は答える。
「研究所からだ」
「研究所? じゃあ、なんだ? 博士、とか?」
「だったら?」
「ウソだろう?」
不毛な会話に彼がおれた。
「嘘だよ。俺の知り合いが博士で、船はその人にもらったんだ」
「だよなー」
納得のいく答えに男は満足したようだ。
「ははは」
「はっはっは」
乾いた笑いのあと、彼はここで船を休ませる手続きをとった。男は彼を物知らずな田舎者と思って、最近の都会の近況を親切に説明し、割引もしてくれた。
そして彼のもっとも欲しかった情報をくれた。
「シーテウス博士は今ノースで暮らしている。ひときわ大きなビルだからすぐわかるだろう」
彼は礼を言い、あの船の中を見てもいい、と付け加えると、男は笑顔で見送ってくれた。
彼はさっそく地上唯一の移動乗物『光』に乗り、南半球ドームから北半球ドームに入った。そして難なく博士のビルを見つけた。男の言葉どおり、とてつもなく高いビルだった。
「すみません。シーテウス博士に会いたいのですが」
「アダマスを拝見します」
身分証明書をチェックされる。
「確認できました。サウスの博士ですね。あちらからお上がりください。そこからは案内の者がおります」
最上階に近い部屋で、彼はソファに身を沈めて博士が来るのを待っていた。質素だが高級な部屋だ。しかしなにより彼が目を奪われたのは、四方を囲む枠の無い窓からの景色だった。
彼は久しぶりに地上を見た。
復興が進み以前よりも建物が増えた。デザインも変わっている。そして小さく見える色とりどりの人々。人は少しもじっとしていないであちらこちらへ向かっている。
ふっとあの星空を思い出した。
長い旅を終えた今
そらへ帰る
おかえりなさい
「待たせたかな?」
シーテウス博士が現れた。
四十、いや五十過ぎだろうか? なかなか整った顔立ちのしっかりとした紳士だ。
「私に御用だとか……。私は君に見覚えがないが、どこかで会いましたかね?」
口調は穏和だが、どこかとげをふくむ物言いだ。ひきつった笑いをはりつかせているが、威圧感が伝わってくる。
彼は立ち上がって頭を下げた。
「突然の非礼をお詫びします。俺は『ギザンガ観察ツアー』の者です」
博士の笑みが凍りついたのを、顔を上げた彼は見た。
「……生き残りか」
博士はややあって覚悟を決めたように口を開いた。
「それで私に何用かな?」
彼はこの時点で、博士が宇宙船に起きたトラブルを知っていること。そしてトラブルは公になっておらず、おそらく彼がそのことをネタにシーテウス博士を脅迫しにきたと思われていることを理解した。
「事故は、もう終わってしまったことです。今更どうしたって変わらない。後ろ暗い研究をしていたのです。このことを公にするつもりは、さらさらありません。ただ……。ただ、一言だけ」
彼は博士の目を見てはっきりと言った。
「あなたがみんなを殺した」
「!」
「それだけ、言いたかったんです」
地球にいたシーテウス博士が離れた宙域で起こった事故を知っていると言うことは、宇宙船からメインエンジンの増幅装置がなくなった後も、宇宙船と交信できていたということだ。
どうやって? いや、理屈はどうでもいい。交信できていることを知らせてくれれば良かったのに。地球と連絡がとれれば皆が助かる方法もあったはずだ。トラブルがわかった時点、予想できた時点で高速船で増幅物質を送ってくれていたら、いや交信できていると一言伝えてくれるだけでも、あんなことにはならなかったのに。
彼はシーテウス博士から目を離さないまま、再びソファに身を沈めた。
「人は、俺たちが勝手に事故を起こして死んだと思うでしょう。誰も、あなたのせいだとは思わない」
『……僕らのやってることって、無駄じゃないっすよね?』
エリタ、おまえはなにか予感していたのかもしれないな。
博士も向かいのソファに座ると、おもむろに口を開いた。
「君はどうして私のことを知ったのかね? あの研究船の制作者は公開されていなかったはずだが」
制作者の名前を知ったのは先ほどの駐船場の男からだが、おそらくシーテウス博士が聞きたいのはそれじゃないだろう、と彼は考えた。
「宇宙研究所にいたスザンナという博士から聞いたのです。この船の設計図を見たことがある、隠された宇宙船があるのだ、と」
「!」
くわしい名前や所属は知りませんが、と彼は続けたが博士は聞いてなかった。
「まさか……彼女では……?」
博士はうなるように言った。
「その、スザンナ、は、他になにか言っていたかね?」
「あまり話はできませんでした。俺が頼んだからですが、歌をうたってくれました」
「その、歌、は、なにを?」
「自分の名前だと言って『おぉスザンナ』を。あと、幻聴でなければ聖歌のような短い歌を」
シーテウス博士の身体から力が抜けていく。博士はそのまま背もたれに身をまかせた。
あのスザンナだ!
博士の狼狽ぶりに、彼は驚いていた。
スザンナとはどういう関係なんだ? 設計図を見るくらいだから研究仲間か?
「君は……」
博士が先に沈黙を破った。
その声は一息に十も歳をとったかのようにしわがれていた。
「君が思っている以上に貴重な情報を私にくれたのだよ。だから私も君に話さなくてはならない」
一息ついて、博士は言った。
「スザンナは生きている」
「な、なにを言うんです? 彼女はあの研究所と一緒に」
「いや、生きている。皮肉なものだ。あの娘は誰よりも死にたかっただろうに」
「どういうことです? あなたと彼女は研究仲間ではないのですか?」
「初めから話そう。少し、長くなるかもしれないが……」




