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Let There Be Light 3

「ないなぁ……」

 エリタは下の階を調べていた。下の階、と言えどもとても広い。ちなみに床にはぴっちりとタイルがはまっていて、とてもなにかを隠せそうにない。ためしにと床を蹴ってみたりもするのだが、どこもまったく反応は同じだった。壁のボタンを探っても、あやしいものはなにひとつなかった。

 ふぅっと息をついた時、上のほうでばたばたするのが聞こえてきた。人々の叫び声も混じっている。

「なんだ?」

 いぶかしげにエリタは眉をひそめる。こんな時に騒ぎだなんて。上には先輩がいるはずだ。

「まさか……」

 嫌な予感にエリタはくるりと方向転換した。

 節電中のおかげで動いていない歩道を走る。磁気入りの靴があたるたびに、硬い音が響く。エスカレーターも動かない今、一段一段が大きくてのぼりにくい。それでもエリタは、一度も止まらずにのぼった。最後の方はさすがに走っているとは言えなかった。

 呼吸は乱れ息も切れぎれなのだが、途切れない上からの喧噪にせかされて足を運ぶ。彼がいるはずの階から、悲鳴とも、叫び声ともつかない奇声がもれ聞こえてくる。異様な熱気。そしてかすかな振動が伝わってきていた。

 はやく、はやく……。

 なかばひきずるように足を動かし、ようやくエリタは目的の階についた。

「早く開けよ……」

荒い息を整えながらドアの前で立っていたが、どうやらドアの電気も切れたことに思い至り、非常回路を切断した。こうすると手動でドアを開けられる。

やっとのことでドアが開いた。

「っ」

 思わずエリタは息をのんだ。そこはまるで地獄のようだった。

 人間が人間を襲っている。手に手にメスやナイフ、フォークまで持って、殺しあいをしている。そうして傷ついた身体から飛び散った血が、白い床を奇妙に染めていた。ひたひたと、血の臭いが充満していく。

 一番人が群がっているところに彼がいた。

「おまえがあんなことを提案しなければ良かったんだ」

「そうだ! そうすれば確実に生き残れたのに!」

「おまえのせいだ!」

 しゃべったのか……。

 エリタは愕然とした。あと二時間しかないことはともかく、彼が提案したことを話すなんて! 先輩を助けなきゃ。

 来るな!

 びくり、とエリタは踏み出したまま止まった。駆け寄ろうとしたエリタを、彼はものすごい目で睨んでいる。彼の目が語る。

 避難しとけ。ここは俺にまかせろ。

 しかし、ふるふるとエリタは首を横に振った。そんなことできない。できるわけがない。

 そっとしゃがむと、近くに倒れていた人の手からナイフを抜き取った。そして、彼を助けに人の中へ飛び込んだ。

 嫌な感触、嫌な音……返り血のかかった自分の手が、なんだかすごく汚いような気がする。生涯落ちない汚れをつけたようだ。でも今、考えている時間はない。

仕方ない、仕方ないんだ。生きるためだ!

――自分が生きるために他人を殺すの?

俺が生きていないと船を探せない!

――そこまでして自分が乗るための船を探すの?

「あっ」

 乾いた音をたてて、防戦していた彼の手からナイフが滑り落ちた。

 今だ、とばかりに相手はメスを大きく振りかぶる。

 思わず目を閉じた彼を襲ったのは、鋭い刃が刺さる痛みではなくて、硬いけれどやわらかな感触だった。ゆっくりと目を開けるとオレンジ色の髪がゆれた。

「エリタ!」

「先輩……」

 わずかばかりの微笑。その顔が苦痛に大きくゆがもうとしている。

 メスはエリタに刺さっていた。深く。見ている間に服が赤く染まっていく。反対に、エリタの顔は、みるみる青ざめていった。

「エリタ……」

 呆然とエリタを見下ろす彼には、周囲の声も音もなにも聞こえなかった。

 目の前に誰かの手がスローモーションの様ににゅうっと突き出され、エリタに刺さっていたメスを抜き取った。その手はもう一度振りかざされる。

「……あああああぁぁぁぁあああ!」

 叫んだのは彼だった。メスを持った男につかみかかる。

 メスを持った男の顔は正気ではなかったし、彼もまたなにも考えられなかった。

 男を倒すと、彼はエリタを抱きおこした。

「せ……ぱい……」

「ん?」

「ち……う。かえっ……。おねが……」

「わかった。帰るよ、エリタ」

「…………」

 ほんの少し唇を上げたエリタはもう動かなかった。彼は無言でエリタの手に握られていたナイフを外してやった。

 帰るよ、必ず!

 彼は走り出した。もう悩まなかった。向かってくる者など、障害物程度にしか見えない。彼の頭には隠された船のことしかなかった。

 金属の音が響く。走り出した彼を乗組員が邪魔しにかかる。かつては仲間だった者が、目の色を変えて彼を襲う。もう彼は手加減しなかった。手加減していたら足止めされてしまう。

 しかしとにかく分が悪い。相手が多すぎる。これでは宇宙船を探すどころではない。

 苦しくなってきた彼は上をめざした。通路を走り抜け、突き当たると階段がある。

彼はそこをためらわずに駆けのぼった。普段は使われない手すりのない螺旋階段。後ろから追いかけてくる人数は、まだ多い。

振り返らずにのぼっていた彼だが、疲れたのか、足取りが重くなってきた。速度がゆるくなる。と、少しずつだが、追手との間が縮まりだした。不気味な笑みを浮かべながら追手は、われ先にと勢いを増す。

 差がなくなっていって、もう少しで追手の手が彼に届く……。

「悪いな」

 振り返ると、彼はすぐ後ろまでせまっていた人を思い切り押した。追手はバランスを失ってのけぞる。そこもう一押し。

「ああぁ……」

 エスカレーターよりも段差の少ない階段を、追手はドミノ倒しのように倒れて落ちていく。階段を選んだのはこのためだ。彼は先を急ぐ。このくらいであきらめるとは思えない。

 予想通り、すぐに無事だった追手は立ち上がったらしく足音が響き出した。

 その頃、彼は距離を稼いだ先で立ち止まっていた。罠を仕掛けて待っているのではない。行き止まりなのだ。

「……くそっ」

 壁に張り付いたような絵のようなドアだった。非常回路を切断しようにも回路自体がなく、いくら力を入れても動かない。

 なんだこのドアは……!

 そうこうしている間にも足音は近づいてきていた。彼はますます焦った。このままでは殺される!

 ドアが、音も無くいきなり消えた。

 つんのめるように彼はドアのあった部分をくぐって向こう側へ抜けた。そこで道は終わりだった。

「ばかな……」

 彼の後ろで消えたドアが現れ、足音が聞こえなくなった。彼は小さな正方形の部屋に閉じこめられた形になった。彼が三人も入ればいっぱいになるほどの狭さなので、部屋というより小さな物置のようだ。

 彼は壁に視線をはしらせた。なにもない。

 床を見る。やはりなにもない。

 上を見ると、彼の頭よりまだ少し高い位置に金属製のハシゴが壁にくっついていた。

 見つけた!

 彼はハシゴに飛びつくとのぼり始めた。ハシゴには埃が積もっていて手がざらついたが、それにかまっている暇はない。煙突のように長い立方体の中を、彼はただのぼった。

 追手がいつ来るかと焦っていたが、一人として来なかった。

 ハシゴが途切れた。縦長の立方体の終わりらしい。数十メートルはあったハシゴをのぼって疲れた腕を、ハッキリとは見えない天井へと伸ばす。

 彼は手探りでなにかないか探す。

 もう空気が残っている時間は一時間もないはずだ。急がなければ!

 彼の手に突起物を感じた。

「金網……?」

 一回り小さな正方形の金網がある。手で揺すってみるが、意外と頑丈らしく少しも動かない。力を入れた拍子に、バランスが崩れてはしごから落ちそうになった。

「痛っ」

 体を曲げた瞬間、ポケットに入れていたメスとナイフが彼を刺した。

 体勢を整え、その二本の凶器を手に握りしめた。ネジを手探りで探し当てると、ナイフの先を使って外した。それでも開かず、メスで金網のまわりを少しずつこさいでいった。それから再びナイフを使い、てこの原理で金網を持ち上げていく。

 ようやく金網が外れ、何度か派手な音を立ててぶつかりながら下に落ちていった。

 手を上に伸ばすと、もう邪魔をするものはない。ちょうど人が通れるくらいの穴が空いていた。

 少しもためらわずに彼は穴をくぐった。

 ぼんやりと薄暗い明かりが灯る。

「え……」

 彼は目をみはった。

 そこはもうすでに、探していた宇宙船の内部だった。

「これが宇宙船?」

 すぐには信じられないが、探し求めていた宇宙船に違いなかった。いくら専門外でも、宇宙船の特徴くらいは彼も知っている。宇宙船になくてはならない物、ワープ航行に耐えるためのスリープ装置が彼の目の前にどっしりと横たわっていた。

 向かって左側にある小さなモニターが交信を知らせた。少し乱れる画面に、額に組紐を巻いた女性博士がうつった。

『私のこと覚えてる?』

「もちろん」

 ピリカに食料をやっていた彼女だ。

『たどり着いたのね……良かったわ』

「君が途中のドアを開けて助けてくれたのか? ここに宇宙船があることを知っていたのか? なぜ君がここにいない?」

いっぺんに言われても……、と博士はくすりと笑った。

『そうね。ドアを開けたのはわたし。他の人たちはまだ螺旋階段にいるわ。防災シャッターを閉じてしまったから、もう出ることは不可能だけどね。まあ、どこにいたってあと少しだし、許してくれるわよね?』

 どうだろう、と真剣に考え込む彼に女性博士はくすくすと笑った。

『優しいのね』

 こちらの様子も女性博士側のモニターに映っているらしい。

「そこはどこなんだ?」

『ここ? ここは広間よ。こことそこはモニターでつながっているの。昔、ここの設計図を見たことがあって……』

 女性博士の表情がくもったのに、彼は気づかなかった。

「君がここに来れば良かったのに。そうすれば地球に帰れ」

『帰りたくなかったの!』

 博士は目をふせたまま強く言葉をつむいだ。

『戻りたくなかった。消えてしまいたかった……。わたしは、地球(あそこ)にいるべき者ではないから』

 きっと地球でなにかあったのだろう、と彼は思った。

 モニターを見ていて気づいたのだが、博士に見覚えがあるのだ。当然この宇宙船で何度かすれ違ってはいるのだが、そうじゃない。こんな風に画面で見たことがある……?

 記憶を探る彼を女性博士が呼んだ。

『すみません。あの、お願いがあるの』

「あ、ああ」

『この船の製造者に会ってほしいんです』

「製造者?」

『はい』

 製造者は宇宙船開発で有名な博士だ。

『その博士に会って文句を言ってほしいの。だって、メインエンジンのトラブルは博士のせいだもの』

 彼は承諾した。彼もまた会ってみたかった。どうしてもっと非常用設備を用意しておかなかったのか、聞きたかった。

「会うよ。約束する」

『お願いね』

 彼と女性博士がモニター越しに目を合わせていると、彼は同じようにまっすぐな目をしていたエリタを思い出した。彼はたまらず視線を外した。

「俺もお願いしていいか? 眠るまでの少しの間だけ、歌をうたっていてほしい」

 スリープに入る瞬間は、再び目覚めるとわかっていても怖いものだ。

 通常なら、誰かと話していたり、自分で用意した音楽などを流してもらったりする。でも、彼は女性博士と話すことが思い浮かばなかったので、歌をねだった。

 スリープに入る時の心境で覚醒時の気分が大幅に変わることを知っている女性博士は快く了解した。

『希望の曲はあるの?』

「なんでもいい」

『それが一番困るわ』

「じゃあ得意な歌」

『承りました』

 彼は小さな宇宙船のメインスイッチを入れた。彼が入ってきた正方形の穴がふさがる。

 航行先を地球にセットする。しばらく待つと正常に航行できると表示された。

 スリープ装置の透明な蓋を開け、彼は大きな卵のようなスリープ装置に入り込んだ。女性博士が咳払いをして喉の調子を整えているのが聞こえた。スリープ装置内のモニターを博士がうつるように切り替えると、彼は蓋を閉めた。

 スリープ装置が冷風を出し始めた頃、博士がうたいだした。テンポの速い、場違いのように明るい曲。

「『おぉスザンナ』?」

『そうよ。わたしの名前はスザンナなの』

 早くも眠りかけた彼に、博士は笑顔で答える。

 スザンナの曲は彼も知っているのだが、彼には理解できない言葉でうたわれているので、意味はわからない。もしその言葉がわかれば、その歌詞のなんでもないことに気づいただろう。何気ない日常が、スザンナの早いテンポに乗せてうたわれていた。


陽が昇り新しい朝が来る

大好きなあなたを起こしましょう

「おはよう」の一言で

知らなかった世界がまた広がる


ま昼間の太陽は明るくて

なにもかも明確に照らし出す

良い香りのお茶を飲めば

生きていることを実感できる


夜のとばりがおりたなら

灯りある所がステージになる

新しい歌をうたいましょう

今日一日の締めくくりに


 スリープ完了の時間になった。彼の乗った宇宙船が暗い海へと流れ出す。遠い陸地をめざして、船はゆるゆると離れていく。

 女性博士は宇宙船が見える窓辺に座って、じっとその様子を見ていた。

 彼はあるはずのない意識の中で、誰かの、おそらく女性博士の歌を聞いた。


暗いそらから落ちてきて

長い旅を終えた今

そらへ帰る

おかえりなさい

眠りにつくその前に

大切なものはなにか私に教えて


 俺は、今まで、なにをしていたのだろう…………。

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