24.旅の始まり
ジーニィが叩き台を作り上げていたこともあり、ジーニィと入れ替わったユーリが休み無く進めたことで『地球保護システム』は急ピッチで組み立てられ、完成間近となっていた。
(なんとか予定年より前にできそうだ)
ほっと息をつくユーリ。
(ジーニィとイエティはどうなったんだろう? 会ってみたいけど……どこにいるのかな?)
ユーリは『地球保護システム』の中心部である、大きな透明の円筒に向かって言った。
「ジーニィはどこにいるの?」
円筒の中にひらひらした服を着た十二歳のアンジュが現れた。
「ジーニィは研究室よ。今までの研究をまとめているみたい」
「ありがとう」
「どういたしまして」
エンジェルスマイルを残し、ふっとアンジュが消える。
「重要な部分だから記憶操作を使わせてもらったけど、ジーニィだったらこの中に誰を見るんだろう?」
システムを勝手に変更できないように、普段は機械内部にはなにもないと錯覚するが、システムに接触しようとすると、見た人にとって一番大事な人物の姿をとる設定になっている。ユーリは記憶操作が行われることがわかっているので、そのとき意識した人物の姿が現れるのを楽しんでいた。
ユーリはさっそくジーニィに連絡した。
すぐに来たジーニィはどこか機械的な動作だった。
「ジーニィ、どうだい? もうほとんどできたんだよ」
「すごいですね、樹璃。さすがです」
ジーニィから無表情な褒め言葉を聞き、ユーリは冗談かとジーニィに向き直る。
「ジーニィ?」
「しかし、中心部分が剥き出しとは不用心ではありませんか?」
「中に誰も見えないの?」
「誰かいるのですか? 私には誰も見えません。ただ、機械があるだけです」
「ジーニィ……だよね?」
「はい」
ユーリはイエティの思考で『イエティ?』と送った。
「? 今、なにか浮かびました」
「色がついているだろう? きれいな色の絵が」
「いいえ。記号です」
(これは……ジーニィでもイエティでもない。二人の意識が消えて、別の意識が現れたのか?)
「父さんは『最悪の事態ではないがラッキーでもない』と言っていました」
(さすがにY博士と言えども予想がつかなかったということか。どうすれば……)
「母さんは『なんでも好きなことをしたらいいのよ』と」
(そうだな。そうするしかない。ここまで『感情』がなくなっては、他人が特定の事を勧めるのは危険だ。幸い、最低限の倫理観はありそうだし、イエティの能力もあるみたいだから安易に死ぬことはないだろうけど)
「はい。食べ物がなくても大丈夫だそうです。樹璃、教えて下さい。私にはイエティやジーニィの記憶があります。それでもジーニィではないのですか?」
淡々と話すジーニィを見て、ユーリは、ああ自分はジーニィとイエティが融合した意識とずっと一緒にいられるのだと勝手に思い込んでいたのだな、と思考の奥でつぶやいた。
「……ジーニィ、君に名前をあげるよ」
「名前、ですか?」
「うん。新しい君になったから、新しい名前。『アムブロシア』」
「アムブロシア……ギリシアの神々の食物ですね。私が不死だからですか?」
「そうだよ。君の体だけじゃなく、君が誰かの助けになって、ずっと生き続けられるようにね」
ジーニィは何度かアムブロシアとつぶやいた。
「ありがとう、樹璃」
お礼をいうジーニィの顔にはまったく表情がない。ユーリは、イエティとジーニィを失ったことを痛感した。
「……いつか、また、ここに来てくれるかな?」
「いつかっていつですか?」
「そうだね……今からアムブロシアは旅に出る」
「旅に?」
「そう。そこでたくさんの人と出会うだろう」
「地球人ですね」
「そうだよ。そのうちにね、さっきの絵がきれいに感じる時がくるはずだ。その時、もう一度ここに来てくれたらいいよ」
「わかりました。では、まずどこを旅すればいいのでしょう?」
うーん、とユーリは考え込んだ。なにしろユーリ自身が旅などしたことがない。
「『図書館』に行けばいい、と私の記憶にありますが」
「図書館……? あぁ『夢の国』の記憶か。そうだね、いいかもしれない。じゃあ、まずはノースでもサウスでも図書館があるから、そこに行こう。そこで誰かがアムブロシアに声をかけてくる。それが旅の始まりだよ」
「はい。では、行ってきます」
「うん。気をつけてね。……待ってるよ」
アムブロシアとなったジーニィは、やはり機械的な動作で部屋を出ていった。
「ジーニィ……早く帰っておいでね」
機械の中心には、得意げに笑う幼いジーニィが現れていた。
この年の終わり、『地球保護システム』が完成した。
『地球保護システム』は南極点、北極点に大きな塔、そして赤道上のたくさんの小さな塔からなっている。
人々は開発者であるユーリの名前から『機械ユークリッド』と呼んだ。
同じ頃、『アース』と似たゲームがあると噂が流れていた。
とても流行るとは思われなかったのだが、地球人として生きることに疲れた人々の支持を受け、毎日プレイヤーは増えていった。やがて犠牲者が爆発的に増えたことで、取り締まりが行われるまでになった。
『フェイク』と呼ばれるそのゲームは、プレイヤーが命をかけるので、『殺人娯楽ゲーム』とも呼ばれていた。制作者の名前はわからないが、ただそのすばらしい出来映えから、天才が作ったのだと言われた。




