23.融合の代償
家族と一緒の久しぶりの食事は楽しかった。4人そろっていた頃の懐かしい思い出話や、ジーニィがいなかった時の話で時間は過ぎていった。ユーリが目覚めて動けるようになってから、リハビリを兼ねて、しばらくここで一緒に暮らしていたらしい。ジーニィが育ったのがよくわかる、とユーリは笑っていたそうだ。
「で、ユーリ、どうするね?」
父親の問いにジーニィは即答した。
「移植するよ」
「もう決めていいの? もっと考えてからでもいいのよ?」
母親の言葉に、ジーニィは首を横に振る。
「これでもいっぱい考えたよ。確かに、前みたいに自分のしたいこと続けていくのもいいと思った。でも、俺がここに戻れたのはユーリとイエティのおかげだ。ユーリの代わりを演じていた時は、ずっと俺の小ささを感じてた。だから、変わりたいんだ。もっともっと大きな人間になりたい! だから、移植するよ」
「そうか。決めたんだな。大丈夫だ。きっと成功するよ」
「う~ん。それが一番心配なんだけど」
(でもユーリもマリアも成功したんだ。きっと大丈夫!)
「手術の日取りはイエティに聞いてからになる。イエティのリズムがあるらしいからね」
「へぇ」
「今日明日ではないから、それまではゆっくり過ごすといい」
「うん」
デザートまで食べてお腹いっぱいになったジーニィは、研究室に戻った。メッセージも出したことだし、クリオネが来ているかと思ったのだ。
「まだいない……そうだよな」
からっぽの研究室に戻り、息をつくジーニィ。
その晩は研究室で寝た。
翌日、『北半球総合学校へ行ってきます』と書き置きを研究室の目立つ場所に貼って、ジーニィは久しぶりの学校を訪れた。
「変わってないなぁ」
あふれる学生、色とりどりの柱、広い校舎……。少し汚れているのは、雨が降らないせいだろう。黒ずんできた屋根を見ながら、ジーニィはあてもなく歩く。
(そうだ! ウッディとリーフはどうしてるんだろ?)
調べると、二人とも結婚しているようだ。
(会いに行ってもいいけど、またのろけ話されるのがオチだし……。いっか)
リマキナの話で懲りたジーニィは、ただ思い出の場所を一人で巡って一日を過ごした。
研究室に戻ると人はおらず、誰かがメモを見た形跡もなかった。
「クリオネ……メッセージに気づいてないのか?」
前回ばらまいた範囲を大幅に広げて、同じメッセージを流した。そして夕飯を食べに部屋に戻った。
そんな風にして一週間が過ぎた。もはやメッセージはネットのあらゆる所に流し、目に入らないようにする方が難しいくらいになっていた。それでもクリオネは研究室に来なかった。
その晩、父親がジーニィに手術の日を告げた。
「イエティから連絡が入ったよ。急で申し訳ないが明日がいいそうだ。明日を逃すと十年後になるらしい。どうする?」
「明日でいいよ」
「本当に、いいの?」
母親の問いにジーニィはうなずく。
(だってさ。ここまでクリオネから連絡もこないのって、すっごく怒ってるか、もしかして死んでるかだもんな……)
ジーニィの脳裏に、最後に見たクリオネの傷ついた顔がよぎる。
(謝りたいんだけどなぁ)
そう思いつつ、会ったらあったでケンカになりそうで不安だ。
(あー、もう! ほんともっと人間でっかくなりたいぜ!)
ジーニィはこの日も研究室で眠った。
翌朝、早くに目が覚めたジーニィは、メッセージを追加した。
『今日、俺はすごいことをするんだ! 朝8時までに研究室に来てくれ! ジーニィより』
メッセージを流した後で、ジーニィは苦笑した。
「なんだかんだ言って、俺、移植が怖いのかな?」
クリオネを研究室で待っていたジーニィは、父親に呼ばれて別の部屋に向かった。
時間になったのだ。
クリオネからは連絡もなかったし、研究室にも現れなかった。
「応援しているぞ!」
「祈っているからね!」
父親と母親に見守られる中、ジーニィは手術台で横になった。朝の8時半から夕方までかかる大手術だ。すぐに麻酔がきいて、ジーニィは眠りの世界へと落ちていった。
「ここは……?」
ジーニィはどこか懐かしい森に来ていた。
「現実にこんな森なんてないのに……そうか、『アース』だ。試作品の頃の『アース』だ。なつかし~。そうだ、ここで亡霊が出て、妖精が竜になったんだ」
しかし今歩く森には亡霊もいない。なのにあの暗い雰囲気ではないが嫌な感じが漂っていた。
「なにか来る?」
ジーニィはそっと木陰に隠れた。
近くの道を、銃を持った男が走ってきた。
「どこだ? どこにいやがる! さぁ、出てこい! 勝負しようぜ!」
男の足取りは怪しく、目もとろんとしている。
(なんだ……? これはただの夢じゃない。アダマスを経由して、なにかを受信しているのか?)
ジーニィが考えていると、男の後ろに音もなく、もう一人男が現れた。
「!」
派手な銃声が響き、初めの男が倒れる。
男の周りに血がどくどくと流れていく。
撃った男はそれを見届けると、何事もなかったかのように去っていった。
(あの後ろ姿……まさかクリオネ?)
クリオネは赤道上の研究室の一室で、卵形の接続器を外した。
「どうだい師匠? 良かっただろ?」
そばにいた男が勢いこんで話しかける。
「う~ん。ちょっとなぁ……って、まだ夕方か。時間はそれほどかかってないないのが救いか」
「違うよ。七日目の夕方だよ」
「はぁ?」
聞いた途端、クリオネのお腹がなった。
「なんだよそれ! 時間かかりすぎ! これでもオレ、早くプレイしたつもりだぜ?」
「うん。早かった。普通なら二週間くらいかかるもん」
「はああ?」
クリオネはポケットから携帯食料を出し、それを飲みながら話しだした。
「全然ダメだよ! だからテンポが悪かったのか……。長くても期限は丸一日まで。それ以上はダメだ。肉体に負担がかかりすぎる。だからか? 相手の男かなり弱ってたぞ?」
「あ~、最後の男は三週間ほどいるんじゃないかな? 見つけるのに苦労したでしょ? あいつ途中から空腹で動けなくて、ずっとベッドで寝てたもん」
クリオネは大きなため息をついた。
「おまえの随時参加可能プレイもいいけど、やっぱり参加者は最初に決めた方がいい。初めからいる人にとっちゃたまんないからな。あと、最初っからメンツが割れてるのもどうかと思うよ。ねらい打ちしたら終わりだと緊張感がない。参加人数と役割は決めて、後は本人同士で探した方が面白いかもな」
男は感心したようにクリオネを見つめる。
「なんだよ。気持ち悪いなぁ」
「いや。変わったなぁと思って。師匠はお子様向けのゲームばっか作ってたからさ。こんな殺伐としたゲーム、作りたくないんだと思ってた」
「別に。どこまで技術が通用するか試したいだけ。特に気持ちの変化はないよ。おまえが作るんなら、師匠のオレがチェックするのは当然だろ? そうだ、一週間の間になにかあったか?」
携帯食料の容器をつぶしながらクリオネ。
「あ、そうそう。しつこくメッセージが来てたけど」
「なんて?」
「『落魄の天才帰還。研究室で待つ』」
「! ……他には?」
「『今日、俺はすごいことをするんだ! 朝8時までに研究室に来てくれ! ジーニィ』」
「!!」
「なんかいかにも胡散臭いから、師匠を起こさなかったんだけど」
「いつだ?」
「え?」
「二つ目のメッセージが入った日はいつかって聞いてるんだよ!」
クリオネににらまれて、男は縮こまった。
「きょ、今日だよ」
「今何時だ?」
「え……もうすぐ午後5時」
「このバカっ!」
クリオネは男を殴ると急いで出かける用意を始めた。アダマスがないことがわからないように、疑似耳を付ける。
「それはオレの昔のダチなんだよ! ったく。出かけるから、留守番しっかりな!」
「はぁい」
感情にまかせてドアを閉めると大きな音がしたが、気にしていられない。
『光』のコンソールに向かうと、コードを疑似耳にさした。
(ジーニィに会える!)
一瞬後、久しぶりの赤道地下の研究室に現れた。
(懐かしいな)
『光』用の広めの部屋に出たクリオネは、その奥のジーニィの研究室へと進んだ。
(これでこの疑似耳はパーか。まぁ、いい。ジーニィに会えるんなら安いもんだ)
ゆっくりと歩き、扉の前にくる。
クリオネはそっと扉を開いた。
「ジーニィ?」
研究室には白いベッドが運び込まれていた。
(なんだ……? 寝てるのか?)
入った所からは誰が寝ているのかも見えないので、クリオネはベッドを回り込む。枕元に見覚えのある金髪が見え、ほっとする。
「ジーニィ……」
やっと顔が見えた。老けてはいるが、懐かしい顔だった。
(相変わらずきれいな顔だな)
クリオネは思わず手を伸ばし、ジーニィの額にかかる巻き毛を払った。
と、ジーニィの目が開いた。
「……」
「……」
二人はしばらく見つめ合った。
「ジーニィ……おかえり!」
本当は、会っていっぱい文句を言ってやるつもりだったのに、クリオネはジーニィにしがみついていた。
「良かった! ジーニィが戻って本当に良かった! また一緒に研究しようよ。オレに今、弟子ができてるんだぜ? 笑えるだろ? そいつと『アース』みたいに夢の世界のゲームを作ってるんだ。ジーニィも一回見に」
「そのアダマスは偽物ですね」
ジーニィの目線はクリオネの片耳から離れない。
「え? ああ、そうさ。あちこち移動するのに邪魔だったから、耳ごと切ってやったんだ。それより」
「あなたにはこの研究室に入る権限がありません」
「……ジーニィ?」
違和感を覚えてクリオネが体を離すとジーニィはベッドの上で体を起こした。クリオネはジーニィをよく見る。薬品の匂いがすることから、どうもただの寝起きではないようだ。
「ジーニィ……今日、なにをしたんだ?」
「私は今日、イエティと融合しました」
「はぁ? イエティってなんだよ? おまえはジーニィじゃないのか?」
「イエティは私です。融合したので、今の私はジーニィでありイエティです」
「…………」
(いったいどうしちゃったんだ? ジーニィはおかしくなったのか?)
「いいえ。私は正常です」
「!」
(こいつ、オレの考えがわかるのか?)
「はい。能力は、イエティとジーニィ両方が残っているようです。ただ、意識がありません。博士が言ったような最悪の事態ではありませんが、二人の意識は私の中のどこにもありません」
「……つまり、おまえはジーニィじゃないってことか?」
「いいえ、私はジーニィです」
「そんなわけあるか! だいたいジーニィはそんな話し方じゃない!」
「クリオネ、あなたは話し方だけで個人を判断するのですか?」
クリオネは悪い冗談だと思いたかった。遅れてきたクリオネをジーニィがからかっているのだと思いたかった。だが……。
「……おまえはジーニィじゃない。それだけでオレには充分だよ」
「何故です? 私はジーニィの記憶も持っています。クリオネ、あなたに対する記憶も」
「そんなもんなんになる? くそっ。なんだってジーニィはこんなことを……」
しばらく考えてジーニィは口を開いた。
「私がユーリの役から解放されたのは、イエティとユーリのおかげなのです。ユーリが生きていて、今ユークリッド博士として活動しています」
「まさか」
「本当です。ユーリはイエティと一緒にいて、永い眠りから目覚めることができました。だから私は、イエティと融合することにしたのです」
「ユーリ……またユーリか」
クリオネはベッドから離れた。
「クリオネ? どこに行くのですか?」
「同じ声でオレを呼ぶな! どこだっていいだろ。あんたにゃ関係ない。それと、ジーニィを名乗るのはやめろ。おまえはジーニィじゃない!」
「では……なんと名乗ればよいのでしょう?」
「知るか! オレはもう帰る」
「クリオネ、待ってくださ」
「さよなら!」
ジーニィの呼びかけに答えないまま、クリオネは部屋を出ていった。
「……あなたに謝るつもりだったのに……」
ジーニィのつぶやきは誰にも届かないまま消えていった。
(なんだってんだ、なんだってんだ、なんだってんだー!!)
クリオネは怒りにまかせてノースの地上を足早に歩いていた。
「ジーニィ? 笑わせるな! あんなのがジーニィなわけない! ジーニィはあんなやつじゃない!」
(くそっユーリ!! あんたはなんで余計なことばっかりジーニィにさせるんだ? 地球を守るってお題目のためか? そのためにはジーニィを犠牲にしてもいいっていうのか?)
怒りに震える拳を握りしめ、クリオネは道ばたに立ちつくしていたが、視線を感じて顔を上げる。
「じろじろ見てんじゃねーよ!」
(そうだ。ユーリが地球を守ろうというなら、オレが壊してやる!!)
クリオネは『光』へ向かうと別の疑似耳を使って赤道付近まで行き、足がつかないように歩いて自分の研究室へと戻った。
「師匠!」
「おい! さっきのソースよこせ!」
「え?」
「さっきのやたら時間かかるヤツだよ!」
「あ、はいはい」
男からデータを受け取ると、クリオネは猛スピードで手直しを始めた。
(そうだな……時間は24時間まで。クリア条件はターゲットの殲滅。同時参加人数は6人。チームは2組だ。初めの一時間で仲間を作り、2組にわかれる。チームに入れなかったら、どちらのチームからも追われる。ここらへんは駆け引きだな。その後からサバイバルが始まる……賞品もつけた方がいいか? いや、まずはこれだけでいってみよう)
憑かれたように動く手を見て、弟子の男は感嘆のため息をついた。




