21.宇宙人からのお願い
ユーリを見送った後、ジーニィはユーリの部屋に戻った。資料をわかりやすく整頓すると、自分の部屋へと向かった。
「久しぶりだな。何年ぶりだろう?」
ジーニィは自分の部屋の扉を開いた。
「な……?」
部屋には大きな雪男がいた。
「……イエティ?」
目を見開き、固まってしまったジーニィの頭に、いくつもの色が浮かんだ。
(なんだ……? 絵? いや、この感じは思考か?)
とりあえず、同じ絵を思い浮かべるジーニィ。
するとまた違う絵が浮かんできた。
(また……。ま、いっか。同じようにっと)
そんなやりとりをしばらく続けると、今度は文字が浮かんできた。
(なんだ……ジーニアス……ジーニィって、俺のことか?)
目の前にいるイエティの姿が溶けだした。白くて大きな雪男だったのが、今は溶けかけて固まった金属塊のようだ。
(記憶操作?)
『そうだよ。君のイエティのイメージを借りたんだよ』
ジーニィの意識に直接言葉が入ってきた。ジーニィは考えた。
(あなたは……?)
『イエティと呼ばれるモノ。そう、君の目の前にある金属塊のようなモノだ。初めまして、ジーニィ』
(初めまして、イエティ。……何故ここにいるのですか?)
イエティの存在感に圧倒され、めずらしく丁寧になるジーニィ。
『君がユーリの代わりをつとめている間、わたしはずっとここでユーリと一緒にいたんだ。わたしは彼に言葉を習い、彼はわたしから思考と地球外科学を学んだ』
(思考……。さっきの絵みたいなものですね?)
『そう。絵だね。あれはユーリの中にあった君のことなんだよ。言葉を習い初めて、ユーリの思考を思い返すようになった。そこでよく見かけたのが、あの絵だ。ユーリはよほど君を気に入っていたのだろう』
(俺にとっても特別な存在です。もしかしたらユーリに父親を重ねているのかもしれない)
『父親……Y博士のことかな?』
(ええ)
『Y博士は研究室で君を待っているよ。直接出迎える勇気がないと言って、わたしを間にはさんだのだよ』
ジーニィは苦笑いした。
『また後で会おう、ジーニィ。色好い返事を待っているよ』
(? また後で)
イエティに促されたこともあり、以前は避けていて、この前までは怖くて扉を開けることもできなかった父親の研究室へジーニィは向かった。
ユーリとして動いている間も両親と仕事上のつきあいは続いていたので、お互い元気なことはわかっている。ただ、ユーリやアンジュのことがあったので、ジーニィとして会いに行く勇気が持てなかったのだ。
扉の前で思わず深呼吸した。この奥にはいったいどんな風になった父親がいるのだろう? 力を入れて扉を開く。
「ユーリ」
「ユーリ!」
ジーニィは大きな腕で抱きしめられた。
「ユーリ! 会いたかった!」
「と、父さん?」
父親は事故に遭った遠い記憶そのままの姿をしていた。
「ユーリ、ごめんね」
小さな身体がぶつかってくる。
「ア……母さん?」
母親は病院で別れたアンジュの姿のままだった。
「父さん、母さん。いったいどういうことなのか、しっかり説明してくれるんだよなぁ?」
まだまだ抱きしめ足りなさそうな両親をひきはがし、ジーニィはにらんだ。
「まぁそんな怖い顔しないで、ホラ、座って座って」
「そうよ、ユーリ。久しぶりの対面なんだから」
そうだった、こんな両親だったよと、ため息をつきながらジーニィはイスに座った。
「で?」
誤魔化されないぞ、と睨むジーニィに、父親は頭をかきながら話し出す。
「あー、ユーリも予想していただろうけど、あの交通事故でアンゲルスが脳死状態になった。ママはアンゲルスをかばったので身体がはさまれてひどい状態だったけど、脳は生きてた。私自身は、片腕と頭が残ってはいたけど、はさまれていたので、もう、どうしようもなかったんだ。でも、考える時間があったからね。マリアを呼んで、すぐに手術してもらった」
(マリア~~。知っていたのか。さすがに演技うまいじゃん!)
「ママと二人で考えたんだが、私とママが残るよりも、アンゲルスが残った方がいいだろう、という結論になった。双子の片割れとしての方がお前と一緒にいられるだろう、とね。それでママの脳をアンゲルスに移植した。もちろん機械も入れているけどね」
こんなこともできるのよ、と母親は髪をうねらした。
「で、私はさすがに目の高い息子の前に人形の姿で出るとバレるだろうと思い、お前には直接、顔を見せなかったんだよ」
確かに今の姿は限りなく本物に見えるのだが、やはりどこか人間とは違う。
「はぁ。まぁだいたい予想通りだったよ。それはいいとして、イエティは? いったいアレはなんなの?」
それはいいのか、と父親は残念そうだったが、気を取り直した。
「イエティは宇宙人なんだよ」
「宇宙鉱物とかじゃなく?」
「確かに『人』と呼ぶには無理があるけどね。我々の知識を遙かに上回る思考をしているからね、分類上は『宇宙人』」
「『分類上は』ということは、地球を平定した宇宙人とは別ということだな。それにしても、宇宙人が俺の部屋なんかに気軽にいていいのか?」
「イエティはあんな姿だから特に弱点がないのよ。だから地球人には害せない。そのせいでずっと幽閉されていたんだけど」
「偶然そこへのパスを見つけちゃってね、こっちに連れて来たんだよ」
ちゃめっ気たっぷりの父親の言葉だが、偶然見つけられるものではないことを、一時期ユーリの治療法確立のために手を尽くして探したものの手がかりさえ見つけられなかったジーニィには、身にしみてわかっていた。
「偶然なわけないだろ。どうやったんだよ?」
「あは~。ちょっとね、確率の実験。樹璃くんの名前、ミドルネームのAってエイリアンの略だからね、きっとコードにもAって入っているんだろうなぁと思って……」
「片っ端から調べたのかよ?」
地味な作業にジーニィは気が遠くなる。
「……父さんって、昔からそういう地道な作業好きだったよね」
「地道な作業は楽しいじゃないか」
胸を張って言う父親に、ジーニィは両親に会って何度目かのため息をついた。
(しかも父さんは運がいいんだよな)
「樹璃くんを回復させるにはイエティの存在が必要だったからね。でもようやくイエティに会えたのは良かったんだけど、私たちでは会話もできなくてね。イエティの思考パターンを覚えるのもこの歳じゃつらいし。それで樹璃くんならできるかなと思って、毎日一緒にいてもらったんだよ。そうしたらなんと……」
「その辺はユーリから聞いたからいいよ。で? イエティの色好い返事ってのは、なにについての返事なんだ?」
父親と母親は顔を見合わせた。
「……実は、イエティがわたしたちにお願いをしてきたんだよ」
「動ける身体が欲しいって」
「いいじゃん。そのくらい作ってあげたら? イエティは合意かはともかく自分の体を切り取られてる。今までの地球人の仕打ちを考えたら安いものでしょ。なんだったら俺がお望み通りの人形を作るけど?」
「それが……」
「イエティは生きているから、有機体にしか移れないのよ」
(有機体って言ったら人間……?)
「過去の移植の成功確率はすごく低かったのに?」
「今はだいぶ改善されてね、前ほどではないよ」
「それに今回は移植じゃなくて『融合』ね。本体ごとくっつくから。それについての前例はないのよ」
「まさか、それを俺にやれってんじゃあ……」
「その通り」
「よくわかったわね」
にっこり笑う両親に、ジーニィはつっこむ元気も出ない。
「っていうかさ、心配はしてくれないのかな? 俺の心配」
「まぁ、大丈夫よ。きっと」
「そうだね、まぁ、最悪の場合、どっちの意識も消えるけどね」
父親のさらっと言った言葉にジーニィは眉をしかめる。
「すげー最悪じゃん」
「ちなみに大成功だと、どっちの意識も残りつつ、半無敵」
「それは……いいな」
一瞬で心が動くジーニィ。ジャンケンみたいなものだ。
負けたらジーニィもイエティもいなくなる、あいこならどちらかが残る、勝てばジーニィもイエティも残る。あいこ以上でいいなら勝率は高いと言える。
「ま、ユーリは久しぶりに戻ってきたところだし、もう少しゆっくり考えたらいい」
「そうね。今日は久しぶりに三人でご飯にしましょう」
「うん。じゃあ、夜にまた来るよ」
ジーニィは久しぶりに赤道地下の研究室に戻った。
(懐かしいな)
もしかしたらクリオネやマリアがいるかも、と思って来たのだが、誰もいなかった。
「まずは……リマキナに連絡してみるか」
アダマスでリマキナの現在地を確認する。一緒にクリオネも探すが、やはりクリオネは見つけられなかった。
(クリオネどうしたんだろ?)
確認できたリマキナに聞くとぜひ会いたいと返ってきたので、今すぐ行くと伝えた。




