20.2035年~光と闇2
リマキナがクリオネを探し出した頃、ユーリとなったジーニィは、地球を宇宙線から守る役目を果たす『地球保護システム』の完成に向けて、日々研究していた。
(甘かったかなぁ……)
ジーニィでさえついため息をついてしまうくらい、ユーリの仕事はたくさんあった。
『アース』は順調に動いているが、アバターが正常に動いているか、新たにアバターを追加するか随時チェックしてカスタマイズする必要がある。
監修だけだと思っていた文献の仕事も、実は翻訳したり、わかりやすくまとめたりなど、地味に時間がかかる。
地球外科学を地球科学に変換して新しい技術を作り出す、それこそユーリのメイン的研究なのに、ジーニィの予想を外して思ったような結果を出せないでいる。
あちこちで行われる研究会に参加して、新しい情報を仕入れ、ユーリも論文を発表する。
元々ジーニィが好きで作っていた新技術の応用品は数限りなく発表しているが、評判はそこそこだ。
ユーリを助けられたかもしれない医療系の研究は、肝心のイエティが見つからず、始めることすらできていない。
そして今一番差し迫っている研究『地球保護システム』は、難航していた。
(やっぱり俺とユーリじゃあ初期経験値が違うからなぁ……。地球外科学がわからないと、無駄に理論を重ねてしまうし、スマートな機械にならない。地球科学だけだと大げさなモノになってしまう。あぁ、やっぱり地球外科学を理解しなくちゃいけないのか? くそぅ。こんなことなら時間のある時に翻訳機だけでも作っとくんだった。文献に時間くわれなくて良かったのに……。か――っ、もっと時間が欲しいぜ!)
ここ最近、あまり眠っていない。噂で『アース』の中で寝るといつもより疲れがとれると聞いたので試しているが、ジーニィには違いがわからなかった。わかったのはユーリがどれだけ化け物じみていたか、だけだ。
(こんなスケジュールこなしながら、『アース』で遊んでいたなんて……。そりゃアニマになりたくなるよ)
ふらふらする頭を熱いシャワーを浴びて無理やり目覚めさせると、『地球保護システム』定例会へ参加するため会場へ向かった。みんなに地球の危機を理解してもらい、保護システムの有用性を説くための会なので、なにをおしてでも出席しなくてはならない。
スーツを着て、腕につけてある小さな環をいじると、ジーニィの姿は見たことのない三十歳のユーリになった。ユーリの数少ないデータを元に作ったものだ。
(さ、行くぞ!)
気合いを入れるためユーリの部屋の『光』は使わず、外の『光』へと向かい廊下を歩いていく。
「ジーニィ!」
振り返ったのは何故だったか。
もう呼ばれなくなって長い、懐かしい名前だったからかもしれない。なにより、その響きは日本語だった。
「!」
ジーニィが振り返った先には懐かしい地味な顔をした黒髪の青年がいた。まさかまさか、と思いながらもジーニィは名前を呼んだ。
「……ユーリ?」
黒髪の青年はにっこりと見覚えのある顔で笑った。
「そうだよジーニィ。長い間頑張ったね、お疲れ様。後は僕が引き受けるから」
ジーニィはすぐに自分のアダマスをチェックしていた。
(記憶操作……はされてない。ユーリ本人? まさか……だって姿が変わっていない。人形か?)
最後に病院で見た時と変わらないユーリを、ジーニィは眉をひそめて見つめる。
「あぁ。僕はね、しばらく眠っていたんだよ。だからあまり老けてないんだ。眠っている途中から、イエティと思考の交換をしていたんだ。あんなにじっくり話せるなんてね。おかげで治療法が見つかって、復活できたんだよ」
ユーリはなんでもないように言ったけれど、ジーニィにはそれがけっこうな奇跡だとわかった。
「ごめん! ごめん、ユーリ。俺が研究をしてなかったから……」
「それは違う。ジーニィはジーニィのできることをやってた。それでいいんだよ」
あたたかで穏やかなユーリにジーニィは首を傾げる。
「……ユーリ、以前と少し感じが変わった?」
「あぁ……そうかもね。やっと自分を見つけたんだ。なにが好きで、なにが嫌いか。得意なことはなにか、不得意なのはなにか……。変な話だけど、眠りにつくまで、そんなこと考えたこともなかったんだ。ただ、両親に望まれるまま、周りに望まれるまま、反射的に物事をしていただけから」
「じゃあ、ここに来たのは……」
「もちろん僕の意志だよ。ジーニィに直接会って言いたかったんだ」
ユーリは一息ついた。
「ジーニィ、君は君の生き方に戻っていいんだよ」
「いいの……?」
「いいよ。さ、本当の姿を見せて?」
ユーリの言葉に、ジーニィは記憶を操作している腕輪のスイッチを切った。
うねる金髪、背はユーリよりも高くなり、すっかり男らしくなった整った顔が現れた。
「ジーニィ……会いたかったよ」
「ユーリ……!」
広げた腕の中にジーニィは飛び込んだ。
ユーリになってから、父親、ましてやアンジュに連絡も取れず、ジーニィは長いながい孤独な時間だったのだ。一人でいる時以外は他人を演じていただけに、ずっと張っていた気がゆるみ、涙がぼろぼろとこぼれた。
「……ったく。生きてたなら生きてるって言えよな!」
「ごめんごめん」
すっかりらしくなったジーニィにユーリは苦笑する。
「どんだけ一人で仕事かかえてたんだよ! 俺たちに言えばもっと手伝ったんだぞ」
「そうだね」
思いつくまま文句を言い続けるジーニィをユーリは優しく抱きしめている。
「でも、良かった……本当に良かった……」
不満を出し切ってやっと落ち着いたジーニィはユーリから離れた。
「アンジュは?」
「事故の時に即死だったそうだよ。双子だからジーニィにショックだろうって、ああいうことにしたらしい」
「そっか……。そうだ! ユーリが生きてたことクリオネにも知らせないと……って連絡とれないんだよなぁ。リマキナに連絡してみよう。そうだ、マリアにも」
「マリアにはさっきも会ったんだ。Y博士やアンジュやマリアに協力してもらっていたからね」
「そうなんだ。俺、みんなとはさっぱり会ってなくってさ」
「きっとすぐ会えるよ」
「そうだな」
「じゃあ、僕は行くね」
定例会の時刻がせまっている。
「そうそう。ジーニィ、それ貸してよ」
ジーニィの腕輪をさしたユーリにジーニィは手渡した。ユーリがスイッチを入れると、老けた姿になる。
「本人が本人のフリするって変~」
「ホントだよね」
二人で昔のように笑いあう。
ユーリが『光』へ歩きかけた瞬間、ジーニィが呼び止めた。
「ユーリ!」
なに、とユーリが振り返る。
「また……会えるよね?」
「もちろん。またね」
「またね」
ジーニィとユーリは笑顔で別れた。




