16.2027年~十二年ぶりの再会
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「いよっしゃ。クリオネ、スイッチ入れて!」
「うん……いれるよ!」
クリオネに走り寄りながらのジーニィの合図に、高鳴る胸を押さえながらクリオネは小さなスイッチを押した。
いつもの赤道地下の研究室。床からはえた、人が入れそうな透明の円筒にアンジュの姿が浮かび上がった。まるで手品の大道具にアンジュが現れたようだ。
「クリオネ、誰が見える?」
「赤い服を着たアンジュ」
一瞬の沈黙後、ジーニィとクリオネは飛び上がった。
「やったぁ!」
「完成だ!」
ジーニィとクリオネは両手をたたき合い喜んだ。クリオネの前にあるモニターにジーニィが見る景色とクリオネが見る景色が半々で表示される。二つは色も形もまったく同じだった。
「やっと『無線記憶投影装置』の完成だ! 思えばけっこう長かったよな~。記憶の人物の詳細が記憶者の気持ちで変化したり、同じ部屋にいる他の人の記憶が混ざったり。それはものっすごく苦労したけど、ついに完成したんだな~」
しみじみ言うジーニィにクリオネは苦笑する。
「もっとカッコイイ名前がいいよ」
「なに言ってんだよ、クリオネ。おまえが最初に『ユーリが使う漢字がいい』って言ったんじゃないか」
「それはそうなんだけど」
そう、二年前のあの日、この場所で、確かにクリオネは言ったのだ。「機械の名前を決めさせてやるよ」といったジーニィの言葉に、
『ユーリって日本語使ってるんだよね? じゃあ日本語の名前がいい』と。
(あの時はだって、もう、ユーリ一筋だったからな~。誰もがあこがれる天才科学者ユークリッド博士に会えて舞い上がってたんだよ)
今この部屋にはジーニィとクリオネしかいない。
マリアは『ブラウン・マリア』の仕事が増えたらしく、仕事の依頼をよこすだけで、マリア本人は去年からちっとも来ない。アンジュも『アース』の調整が忙しいのか最近あまり出てこない。リマキナはサウスでの研究があるらしく、ここにはたまにしか来なくなった。そしてユーリも……。
「ユーリ、今なにしてるのかな?」
円筒を見つめながらクリオネはつぶやいた。
「研究の大詰めだろ」
円筒の中にユーリが現れる。白衣を着ている長髪のアジア人。優しげな少したれ目の若い青年は天才科学者には見えない。
「ユーリの関わってる研究数えたら、50はくだらねーもん。今までこっちに出てこれたのが不思議なくらいさ」
かろうじて出現していた『アース』にも、最近はさっぱりだった。ジーニィの『ユーリ』とクリオネ、二人でのプレイ時間の方が三人のプレイ時間を上回るくらいになっていた。
「ユーリってほんとに天才科学者なんだね……」
「地球の言語すべて読み書きできるから、文献の監修も頼まれるみたいだし。そんなことするくらいなら早く高性能な翻訳機開発しろっての!」
「え? すべてって」
聞き返すクリオネにジーニィは真顔で言った。
「だからすべてだよ。ユーリのひいきな日本語はもちろん、英語、ドイツ語、フランス語、中国語、韓国語、ラテン語、イタリア語、ギリシャ語、アラビア語、ヘブライ語……って、俺が今思いつくのこんだけだけど」
「えええ! ほんとに?」
目を丸くするクリオネ。そんなクリオネを心外だなぁとジーニィはにらむ。
「嘘ついてどうすんだよ。アダマスだって発達してるから、日常会話やちょっとした専門用語なんかは簡単に翻訳してくれる。だから気づかなかったんだろうけど、ユーリはずっと日本語を話しているわけじゃないよ。専門的な話をする時はその専門に一番あった言語を使ってる」
「自動翻訳されてるのに、なんでそんなことジーニィにわかるんだよ!」
「俺、翻訳機能、通常は切ってるもん」
「それって」
「俺もユーリほどじゃないけど、ほとんどの言語は理解できるのさ! さすがに書くのは主要五カ国語くらいしか無理だけどな」
「……」
悔しそうなジーニィをクリオネはぽかんと見つめる。ジーニィはにやにや笑いかけた。
「どうした? クリオネ、感動してるのか?」
「天才の名前は伊達じゃないんだな」
「そりゃね。そうじゃなかったら単なるバカだろ。まぁ天才ったってユーリにはかなわないけど」
「そんなことないよ!」
「へ?」
「そうだよ、やっぱりユーリが一番!」というクリオネの答えを期待していただけに、ジーニィは面食らった。
「だってジーニィ、オレと同い年だろ? なのにすごいよ! ユーリはオレたちより八歳も年上だから、すごくて当然だよ!」
ジーニィは真顔になった。
「まぁ、クリオネの言うとおり、言語に関しては年月のアドバンテージがあるかもな。俺は八年後すべての言語を読み書きできるようになる自信がある。でもさ、全然違うんだ。ユーリのすごさはそんなことじゃないんだよ」
(ここは……?)
同じ頃、ユーリは仮眠から目が覚めたところだった。
ぼんやりした意識がはっきりしてくると、完成間近の『アース』の微調整で研究室に籠もっていたことを思い出した。そばの机に積まれた文献はチェックを頼まれたもので、仕事の息抜きに片づけた割に半分以上が終わっていた。
(今、何時だ? あー、身体がだるい。やっぱりソファで寝るのは良くないな。でも研究室にベッドを持ち込むのもどうかと思うし)
んーっと伸びをすると、身体のあちこちがバキバキと鳴る。頬にかかる黒髪を束ねるために机の上のゴムを取る。目はカレンダーを探し当て、これからの予定を思い出す。
「彼に会うのは何年ぶりだっけ……?」
長い間頼み込んで、やっと今日、彼に会う約束を取り付けたのだ。
(まったく。いい加減会わせてくれないと、研究しないぞっていうおどしを僕に使わせるなって)
目覚めの効果も狙ってユーリは熱いシャワーを浴びた。さっぱりした身体を乾かすと、ずるっとした白い服を被るように着た。彼の所へ行くには身体チェックが厳しいのだ。
まさかこの僕が彼に危害を加えるとでも思ってるのかなぁ? とユーリは苦笑するしかない。
「『光』」
ユーリの言葉に反応して、部屋の中央に『光』へ乗る時と同じ光るコンソールが現れた。
「『移動先コードナンバー、A101531』」
すぅっと部屋の照明が落とされる。ユーリとコンソールだけが淡い照明に浮かび上がる。
「宇宙人区域に侵入しようとしています。進む場合はOK、引き返す場合はNOを選択して下さい」
天井から響くアナウンスと共に目の前に文字が現れた。コンソールからのコードをアダマスにつなぐと、ためらうことなくOKを選ぶユーリ。
「身分を照合します…………確認。身体チェックを行います…………………」
ユーリの身体を光が輪切りに調べていく。
「異常なし。樹璃・A・ユークリッド。入室を許可します」
ぐぅっとあの独特な重力がかかる。ユーリは目を開けたままで移動した。
「到着。現在エリア、宇宙人区域101531。帰るときはお呼び下さい」
アナウンスが終了すると、コンソールが消え、薄く照明が灯る。
そこはもう、ユーリの研究室ではなかった。つるつるとした印象を受ける壁と床、そしてユーリの数歩先一面に透明な厚い壁があった。だが、その奥までは光が届かず、見えない。
と、ユーリの頭に色が浮かんだ。その色は一色ではなく、数色でマス目をきれいに埋めた絵のようだ。
ユーリは久しぶりにその思考を翻訳した。
『誰だね? こんな所に来るのは』
同じようなマス目の絵を思い浮かべ答えるユーリ。
『僕です。覚えていますか? 何年ぶりでしょうね、イエティ』
しばらく後、驚いたような思考がはじけた。
『……ユーリ? ユーリか。久しぶりだね。3ラクスぶりじゃないかね?』
『ええ。地球人風に言えば、十二年ぶりです。お元気でしたか?』
『何も変わらないよ……おまえさんが出ていった時のことを昨日のように思い出せるくらいだ。……おまえさんの方が変わったのではないかね? 熱量が変わっている』
『そうですか?』
『ああ。あぁ地球人は生き急ぐ者だったな……。忘れていたよ』
厚い壁を通しても少しも途切れず届くイエティの思考は、ユーリにとって懐かしいものだった。穏やかな微笑みが知らずユーリに浮かんでいた。まるで会えなかった十二年間などなかったかのような気持ちになった。
昔と同じ調子でユーリは聞いた。
『今日は何を考えていたのです?』
『そうだな……もう色々考え尽くしてしまって、画期的なことはなにもない』
『見てもいいですか?』
『もちろんかまわんよ。好きなだけ見るがいい』
ユーリは目を閉じた。頭の中にイエティの思考がするすると滑り込んでくる。それはすべてマス目の絵だった。カラフルに彩られた絵。それが宇宙人イエティの思考そのものなのだ。
『へぇ……地球本体についての考察ですね』
『ああ。いい加減、方程式をいじくるのにも飽きてね。実際にあるモノを考えたくなったんだよ。おまえさんがいた時にも少し考えていただろう? それをさらに突き詰めてみたんだよ』
『……』
イエティの思考に気づかないくらい、ユーリは集中してイエティの考察を見ていた。
戦争で壊された地球。
壊れた南極・北極の氷で増えた海、バランスを崩して天候は荒れた。
今は穏やかだが、徐々に海は干上がり始めている。
水の循環はすでにおかしくなっている。
やがて目に見えて海の異常がわかるだろう。
そのせいで緑が急速に失われる。
すると空気が地球から無くなっていくだろう。
その予想される出来事、時間をユーリは地球の単位に置き換えていく。
『……今のままで生活できる最終の予想年、二〇四〇年……?』
イエティと一緒に生活していた時にもちらっと聞いたような気がするが、こんなに早かったか? とユーリは疑問に思う。
『早まったのさ。地球人が激減したからね。地球のエネルギーが不安定なんだよ』
『…………』
ユーリは地球の考察を見つつ、地球人についての考察を探した。それを感じたイエティが思考した。
『地球人の寿命は一度とても短くなる。それはもう、すぐにね。そして今以上に親を知らない子供が増える』
『なぜ……?』
『しょうがない。戦争の後、宇宙線を浴び、さらに今も微力だが宇宙線を浴び続けているのだから』
『解決策としては、大気ですね?』
『できればもう少し強いほうがいい。森がなく、さらに海が干上がりつつある今の地球では、大気だけでは心許ない。もっと確実に遮るものが必要だ』
『……確かに』
ユーリはイエティの思考をいくつも平行して見ながら頭をフル回転して考えていた。
(大気を増やすことはもちろん必要だ。緑を植え、海を普遍のものにして……。でもそれには何年も何十年もかかってしまう。それでは遅すぎる。もっと早く、もっと効果が期待できるものは……?)
『……リ。ユーリ、聞いていいかね?』
『はい。なんでしょう?』
思考に沈んでいたユーリは顔を上げる。
『他の子はどうしたのかね? わたしはここから動けない。その間、会いに来てくれたのは、ユーリ、今日のおまえさんだけだよ』
『……みんな死んだのです。僕以外の人間には、適合しなかったようです』
『……』
しばらくイエティの思考が止まった。
『最強と言われても、あまり役にたたなかったようだ』
『無理をしたのは地球人です。あなたが気にすることはなにもありません。それにあなたはここから出ることができない。地球人のせいで……すみません』
『おまえさんが謝ることではないよ』
『でも! 僕はあなたをここから自由にしたいんです! 僕が外に出てから、会うこともままならないなんて! 地球人はあなたを怖がっている。だからこんな所に幽閉して』
イエティは戦争平定前に地球人に捕らえられた宇宙人だった。数々の実験、研究の結果、『凄まじく強い生き物』という判断が下された。はたして殺すこともできないまま、厳重に管理されている。
『幽閉ではないよ。私は自らここにいるんだ』
『イエティ?』
『わたしはもともと思考するだけの存在だからね。どこにいたって、なにをされたって、大した問題じゃないんだよ』
ユーリは昔見た、イエティと呼ばれる生物の姿を思い出した。鈍い輝きを放つ、液体鉱物のような塊。自ら動くことはほとんどなかった。様々なことを思考していることも、ユーリが現れてから始めてわかったのだ。
『それにしたって……勝手に自分の一部を地球人に移植されるなんて、不愉快でしょう?』
イエティは少し笑ったようだった。
『地球人は色々思いつく。あきなくていいよ。むしろその姿勢は尊敬するね。思考の活性化にも繋がるし。……ただ、もう少し成功率が高いと思っていたんだよ』
『成功したのは、あの年の親子すべてで僕と僕の両親だけですからね……。しかも僕の両親は命を取り留めただけにすぎない』
肌がイエティと同じような鉱物に変わり隠遁生活を余儀なくされた両親を思い、沈むユーリの思考にイエティは明るく思考した。
『おまえさんはすばらしい成功者だ。こんな風に思考を交換できるようになるなんて、思ってもいなかったよ』
『そう言っていただけると、嬉しいです。あなたには色々と教えてもらって感謝しています。でも、初めはみんなこういう思考をするのだと思っていたので、地球人の言葉が不思議でしたけどね』
『声や文字は不思議だね。わたしには未だに理解できないよ』
宇宙人イエティとユーリの会話(意志の疎通)はすべてマス目の絵を思い描くことで進められている。イエティの一部を移植された幼いユーリは、イエティのそばで育つことで、イエティと同じ思考ができるようになったのだ。
『あなたには言葉は必要ないことですからね。僕としても、あなたの思考の方がラクだと思います。正しい式は寸分の狂いのないきれいな絵で表され、一目でそれとわかる……。どれだけわかりやすいか』
『絵とはなんだね?』
『あなたの思考、そのものです。僕には美しく見えます』
『美しいとは?』
『ずっと見ていたいものです』
『……さっきの言葉を取り消そう。おまえさんと毎日でも話したい。わたしにその決定権がないのが残念だよ』
『僕もです』
と、ユーリのアダマスに緊急連絡が入った。
「ユーリ! 急いで部屋に戻って!」
(アンジュ?……なんだ? 研究所でなにかあったのか?)
『すみません、イエティ。なにかあったようです。戻ります』
『ああ。また会える日を楽しみにしているよ』
『僕もです。今度はこんなに間を空けずに来ますよ』
思考を止め、ユーリは鋭く言った。
「『光』! 僕の部屋へ!」




