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14.2024年のマリア2

 情報収集機をセットして数ヶ月も経つと、マリアは男たちの予定を空で言えるくらいになっていた。

 男たちはみなノース出身者で、学校を卒業してから『望めばなんでも手に入る』という状況に戸惑っているらしかった。それなりの成績で卒業しているので、知識や理解力は標準以上とも言える。一般的な進路としては、学者や研究者といったところだ。

(どうして素直にその道に進まないのかしら)

 平日の昼間はいつものアジトね……と、マリアはモニターを切り替える。


「どういうことだよ!」

「最近、ついてないよなぁ」

「まったくだ! くそぅ余計にいらいらするぜ」

 男たちが計画するのを片っ端から邪魔しているのは、もちろんマリアだ。数ヶ月の間に立てた計画数は二十件ほど。他の仕事もあるので、邪魔するマリアの方も疲れてきていた。マリアとしては、こんな男たちよりも憎い男をどうするか考えたいだけに、次の手を考えあぐねていた。

「計画が甘かったか?」

「そうだな……もう少しキチンと詰めよう」

「こんな計画を真剣に考えるなんて笑えるよなぁ」

 本当よ! とマリアもモニターを見ながら大きく頷く。

「次のターゲットは誰にする?」

「一回失敗すると警戒されるから、また別のヤツになるな……」

「もーかまやしねえよ。このさい、『上』の子供じゃなくてもいいぜ」

「そうそう。楽しませてくれれば、な」

 嫌な笑い声が響く。

(いっそコイツら殺した方が早いんじゃないかしら? あぁ次の依頼人が『ブラウン・マリア』に頼んでくれないかな……)

 ぼんやりと安易な考えにひたっていると、男たちの次のターゲットがモニターに映った。

「!」

 それはマリアの憎む男の一人であるサイの子供のキリエだった。

「『上』のヤツじゃないから、警戒されてない。失敗することはまずないと思う」

「いいじゃん」

「それでいこう」

「じゃあ、くわしい計画としては……」

 男たちの計画が練られるのを、マリアは複雑な気持ちで見ていた。

(どうしよう……? 今まで通り途中で失敗するように介入するべきよね。でも、それももう限界だわ。ここらで成功しないと、彼らの気持ちが収まらない。そうなると、もっとひどいことになるかも)

「……違うわね。私が、私自身が、この計画の成功を望んでいるのよ」

 マリアは歪んだ微笑みを浮かべると、情報収集機からの出力をすべて切った。


 二週間後、傍観を決め込んでいたマリアの元に『ブラウン・マリア』への依頼が来た。

 依頼者はサイ。用件は『娘キリエについて』だった。

「…………」

 マリアの気持ちとしては無視したいのだが、『ブラウン・マリア』への依頼はY博士とアンジュにも同時に知られている。地球人のデータを集めるという目的からも、未依頼者からの依頼を断るわけにはいかない。

 仕方なしにマリアは、サイに「すぐ伺います」とメッセージを送り、今回訪れる時の格好を伝える。念入りに用意をすると、モニターで見知ったサイの家へと向かった。

「どうぞお入り下さい」

 丁寧に作業服のマリアを迎えたのは、サイの妻キミコだった。質素な服を着ているが整った顔が美しい。

(この人、サイの過去を知っているのかしら?)

 マリアはにっこり微笑みながら、すすめられるまま応接室に入った。荷物を置いてソファに座るマリア。向かいにサイ、その隣にキミコが座る。待ちかねたようにサイが話し出した。

「今回のことはだいたいご存じでしょうが、説明させていただきますと、うちの娘キリエが何者かに乱暴されました」

「キリエは今、私たちにすら怯えて部屋に閉じこもったままです。ご飯も食べず、もう一週間が経とうとしています。どうかキリエを助けてください」

「わかりました。では、契約の印にアダマスを接続します」

 マリアは薄いスチールカバンのような機械を机に置いて開くと、コードを伸ばして二人に渡した。二人がアダマスにコードを近づけるとカチリと接続音がした。機械からアダマスへデータ要求の命令を送る。素直にアダマスは個人データを送ってきた。しかしそれはまだ暗号化されていて読むことはできない。機械が微かにうなりを上げて解析を始める。ややあって、『正常データ』の印である緑の文字で二人のデータがモニターに表示された。

 マリアがキーボードを操ると機械に登録される。『正常終了』の表示にマリアはばくんとふたを閉める。

「契約は結ばれました。では、キリエさんの部屋に連れていって下さい」

 マリアは荷物を持つとキミコの案内でキリエの部屋の前に行く。扉は押しても引いても開かない。

「鍵はないのですが、中から何かで塞いでいるようなのです」

「わかりました。下がってください」

 キミコを下がらせると、マリアはヒップバッグからゴーグルを取り出した。

「……」

 扉の向こうの中の様子が見える。部屋の中では物が散乱し、確かに扉の前に山ほど荷物が積まれている。本人は奥のベッドにいるようだ。ふくらみが見える。

 マリアは1メートル程のひもを取り出し、扉に沿うように横に置いた。そしてひもについているダイアル式メモリを回しスイッチを押した。

 ヴゥ……ン

 かすかな空気の振動が伝わる。マリアのゴーグルを通した視界には、部屋の中の荷物が奥へ動いたのがわかった。連続壁を作って荷物を押したのだ。扉が少し開くくらいに荷物が奥に移動した。扉に手をかけると難なく開く。マリアは扉の細い隙間に滑り込み、荷物も引き寄せた。

 部屋にはどこからか異臭が漂い、じっとりとした空気で澱んでいる。

 持ち込んだ荷物から消臭機を取り出しスイッチを入れる。目に見えて匂いが無くなっていくようだ。マリアはベッドに近づいた。キリエからの反応はない。掛け布団をのけると、そこにはやせて傷だらけの少女が身体を小さくしていた。目は閉じられていて、頬には幾筋も涙が通った後がある。眠っているのか気絶しているのか、キリエは無反応だった。

(まだこんなに幼いのに……)

 マリアはヒップバッグから注射を取り出すと、慣れた手つきで刺した。栄養剤と睡眠剤だ。そして機械からコードを引くと、キリエのアダマスに接続した。

(情報収集モード……事件時の記憶……それに少し前後する記憶……)

 キーボードから機械に送るように指示する。記憶がすべて送られると『仮封印』の命令をアダマスに送った。事件の記憶とその近辺の記憶を一時的に忘れさせるのだ。顔を上げると心配そうな顔のサイとキミコがいた。いつの間にか部屋の扉は先ほどより広げられていた。マリアはコードを引き抜くと説明を始めた。

「今日の直接的な対応はこれで終了です。くれぐれも発言には気をつけてください。今から目覚めるキリエさんは、事件にあっていないのです。記憶の封印は軽いものなので、ふとしたきっかけで解けることがあります。学校はしばらく休んで下さい。明日からは本格的に記憶を消去していきます。今から三時間ほど傷を治すために眠ってもらいます。その間に、この部屋を掃除しましょう」

 三人で協力して物が散乱している部屋の外にキリエを運び出すと、応接室に置いていた大きなカバンから取り出した繭のようなもので包み込む。淡い光があふれる中で、キリエの傷が目に見えて癒されていくのがわかった。

 マリアはサイとキミコと一緒に、手際よく部屋をなにもなかった時の状態に戻していった。

 黙々と作業を続けるサイが口を開いた。

「あの……『ブラウン・マリア』は秘密厳守なんですよね?」

「もちろんです。どんなことでも、決して漏らしません。それが契約ですから」

 『ブラウン・マリア』としてマリアは答えた。

「そうですか……。あの……。実は、私の依頼というのは、娘を回復してもらうことが第一なのですが、もう一つあるのです」

 マリアは手を止めてサイの目を見つめた。

「娘を襲った男を見つけて……」

(殺して欲しい?)

 マリアの目が細まる。

「助けて欲しいのです」

「!」

 しばらくマリアは理解できなかった。

「……あの、サイさん? あなたは、その男たちになにかしたのですか?」

「いいえ。おそらくなにもしていないと思います。誰だかすらわからないので、絶対ではありませんが」

「そうでしたね。では、ブラウン・マリア以外の他の始末屋を頼みましたか?」

 『ブラウン・マリア』の評判の良さに、似た業者がちらほら出始めていた。ただ評判が良くないので超一流とは言えないが、それなりに活動は活発だ。

「いいえ」

「では、なにから助けろと?」

「……なに、と具体的には言えません。彼らをそういう行動に走らせるもの、とでも言いますか。その……いえ、もちろん、娘にしたことは許されることではありません! そういう意味では、八つ裂きにしても足りない気持ちです! ですが」

 サイは少し言葉を切った。

「正直に話します。私自身が、昔、彼らと同じことをしたのです。名も知らぬ少女を、同じ目に」

 そばにいたキミコの反応は特になかった。サイはすでに妻にも話していたらしい。

「だから、今回のことは、自業自得だと言われているような気がします。因果ですね。今、私は彼らを憎む気持ちでいっぱいです。なぜ私の娘をこんな目に! できることなら時間を戻したい! 無かったことにしたい! それができないのなら、彼らを見つけ、この手で制裁を加えたい! しかし、この気持ちはおそらく、自分の妻や娘がいなかったら、私にはわからなかった……」

 キミコを見るサイ。

「まったく同じではないのでしょうが、彼らの気持ちがわかるのです。あの、どうしようもない、苛立った、行き場のない想い……。持て余した宙ぶらりんな自分、生きていることが薄っぺらい現実に感じて、死のうか、いやいっそこの世界を壊そうか、幸せな誰かなんて許さない……と、少なくとも昔の自分はそんな気持ちでした。そんな気持ちのはけ口に、私は……」

 サイは息をついた。

「気持ちがわかっても、私にはどうしたらそんな自分を救えるのか、検討もつかないのです」

「……今のあなたは、ごく普通の家庭を築かれているように見えますが?」

 マリアの言葉にサイは少し笑った。

「そうですね。普通の家庭、家族……。私にとって、妻に出会ってからが本当の人間らしい時間になったと思います。だから昔の自分の事が、他人事のように思える時すらあるのです。私の罪は消えないのに……。ああ、キリエ、すまない。父さんがあんな事をしなければ、おまえがこんな目にあうこともなかっただろうに。キリエ……」

 涙を流すサイの背中をさすりながら、キミコが口を開いた。

「すみません、『ブラウン・マリア』。後は私たちでできます。また明日お会いしましょう」

「……わかりました。繭は後で捨てて下さい。では、また明日」

 泣き崩れるサイとそれを支えるキミコを残して、マリアは部屋に戻った。

 マリアの姿に戻ると、キリエのデータを持って研究室へ行く。明日からキリエの事件の記憶を消すのだが、消すとは言っても本当に消すのではない。思い出さないように事件の記憶につながる他の記憶との道を断つのだ。

 アダマスから引き出した記憶を映像として表示する。そこにノイズとして現れる他の記憶との道を、マリアは一つひとつチェックしていく。これを元に明日からキリエの記憶を封印するのだ。

 マリアの慣れた手が止まった。

「『助けて欲しい』ですって? こんな男たちを? 『気持ちがわかる』ですって? だったらなに? 私やミライ、キミコの気持ちはどうなるというの? 勝手なこと言わないでよ!」

 キリエに残された生々しい記憶からは相手を『殺したい』という感想しか持てない。相手を許す、ましてや助けるなんて……。マリアは奥歯をかみしめた。

「でも、キリエは助けたい。あの子にはなんの罪もないわ。なのに、なのに私はあの子を助けなかった。どうなるか知っていたのに……」

 マリアは今更ながら自分のしたことに気がついた。

「私もこの男たちと同じだわ……」

 呆然とするマリア。アンジュに言われた言葉が頭をよぎる。


「あなたは『あなたが望むこと』をしたのよ」


(……確かに、私はあの事さえなければ良かったのにと思っていた。あんな事さえなければ、私は今の私じゃなくて、なにも知らない私でいられたのにって……。でも、それは、絶対不可能なことだわ。だってもう起こったんだもの。無かったことにはできない。記憶を消したって無かったことになるわけじゃない。じゃあどうすればいいの? どうすれば本当に『苦しみから解放』されるの?)

 マリアはじっとキーボードの上の手を見た。

(サイは『妻のおかげ』だと言った。なら私は? 私が今こうしてここにいるのは……?)

 マリアはキリエの記憶の映像を消した。

 そして新しい『夢の国』のプログラムを組み始めた。

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