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12.2014年のマリア

残酷表現というか、嫌な内容があります。

 ごぉおおぉぉ――――…………

 ごぉおおぉぉ――――…………


 西暦二〇一四年、戦争が終わったとは言っても、破壊の限りを尽くされた地球は天候も定まらず、不安定な状態だった。ほぼ毎日嵐のように風雨が荒れ狂う様子は、まるで地球が自らを洗い清めているようだった。


「地球が叫んでいるわ」

 質素な白いワンピースに長い黒髪を垂らしたミスズは広い階段に座り、壁一面の大きな窓から外を眺めていた。いつものように誰に言うともないつぶやきは、天井の高いこのホールに吸い込まれていく。薄暗い照明に浮かび上がるアジア人特有の容貌は美しく、漂う香の香りもあって神秘的だ。

「ミスズぅ。怖いから部屋に戻ろうよぉ」

 ミスズにくっついて、同じく白いワンピースのマリアは震えていた。

 空を割るような激しい雷鳴だけでもこわいのに、ホールの壁一面の大きな窓からは外の様子がよく見える。吹き荒れる風、窓に打ちつける大粒の雨、木々は逆立ち、信じられないようなモノが軽々と飛ばされていた。いつ飛ばされたモノが窓を破るか、幼いマリアは気が気じゃない。

「大丈夫よマリア。ここは安全なの。こんな天候だからこそ、この窓が壊れることはないわ」

 窓に顔を向けたままのミスズの言葉に、マリアはさらにしがみつく。

「でも……こわいよ」

「じゃあ部屋に戻る?」

「いや!」

 マリアとミスズの部屋は違う。ミスズと離れたくなくて、マリアは怖いのを我慢してここにいるのだ。

 涙目のマリアに仕方ないわねという顔を向けると、ミスズはマリアの手を握った。

「一緒に地球の声を聞きましょ……」

 目を閉じるミスズにならいマリアも目を閉じる。ミスズと手をつないで目を閉じると、不思議なことに、さっきまでの轟音が意味を持った言葉になって聞こえてくるのだ。


 洗い流せ――……

 すべては還る――……

 光球が消える、その時までに――……


 言葉がいくつも続いた後にはイメージが浮かんでくる。見たこともない場所で見たこともない人々が、生きている、死んでいる、笑っている、泣いている、戦っている……。

 マリアは目を開いた。イメージが途切れ、言葉はただの轟音に戻る。ミスズは、と見るとぴくりとも動かない。ミスズはこうなってしまうと、しばらく動かない。

 気配を感じてマリアが顔を向けると、中央のテーブルでエリーがお茶をいれていた。

 マリアはそっとミスズの手を離すと、静かに半円の観客席のような階段を下りた。

「こんな嵐だから、あなたたちがいて驚いたわ」

 やはり白いワンピースを着たエリーは、湯気の出るお茶を差し出しながらにっこり笑った。

「ミスズが窓から離れないのよ」

「相変わらずねぇ。私だったら窓にだけは近づきたくないわ」

 肩をすくめるエリーに、まったくだ、とマリアは頷く。天の怒りの音は、窓から離れた中央テーブルにも響いてくる。

「でも誰かいてくれて良かった……」

「エリー?」

 マリアがカップを置いてエリーを見つめると、そのまっすぐな瞳を見て、エリーはややあって口を開いた。

「マリア……いくつだっけ?」

「十三」

「そっか。まだミルキーだったのね。ミスズと一緒にいるから忘れてたわ」

 『館』では階級があった。ミルキー、シルバー、ゴールド、プラチナと上がっていく。十三歳までは同じミルキーだが十四歳になるとシルバーになり、それからは年齢ではなく仕事の能力で階級が変わる。ミスズはプラチナ、エリーはゴールドだ。

「来年になってから話そうかな」

「ミルキーだから話せないの?」

 ふくれるマリアにエリーは優しく微笑んだ。

「違うわよ。仕事上のことだから、ミルキーに言ってもまだわからないの」

「ちぇー。私も早く『お仕事』した~い」

「……どうして?」

「だって部屋も広くなるし、きれいな服も着られるでしょ?」

 黙ってしまったエリー。

「エリー? 私、なにか変なこと言った?」

 エリーは静かに微笑むだけだった。


 『館』が活動するのは天気の良い時だ。天気が良いとたくさんの客が訪れる。マリアたちミルキーはクリーム色の制服を着てホールに待機していた。ホールにいる客にお茶を出したり、姉さん達に手紙を届けたりといった雑用をするのだ。

 ホール囲むようにある半円幅広の階段には、姉さん達が座ってくつろいでいる。豪華な衣装をまとっているので、それはさながら大きな花がたくさん咲いているようだ。

「マリア、エリーに!」

 いつものように主から手紙を受け取る。マリアはホールにエリーがいないことを確認するとエリーの部屋に向かった。

 部屋にもいないエリーを探して、マリアは『祈りの間』に行った。

 静かな光がドーム状の天井からおりてくる。中心に小さな祭壇が備えられ、姉さんたちが熱心に祈っている。邪魔をしないよう静かに囁いた。

「エリー」

 マリアの呼び声に顔を上げたエリーの頬を涙が伝っている。

「エリー?」

「……手紙ね?」

 震える手で受け取ると、開き、目を通す途中で、エリーは叫びだした。

「あ--! 神様! もう私は耐えられません! 私は、私は……!」

 叫び続けるエリーを、マリアは目を見開いて見つめることしかできなかった。他の姉さんたちは気にかける様子もなく、ただ自分の祈りに没頭している。すぐに『館』の秩序を守る『白い者』が来るとエリーに注射を打った。静かになったエリーは『白い者』に運ばれて『祈りの間』から姿を消した。

 何事もなかったかのように、『祈りの間』には静かな時間が流れる。でも、マリアは知っていた。もう、エリーには二度と会えないのだ。そうやって何人もの姉さんがいなくなったのだから……。


 不特定多数の客が来る姉さんたちとは違い、ミスズに来る客はいつも同じだった。

 三人連れの男たちは他の客のように主と話をしたりせず、直接ミスズの部屋に行く。だからマリアはミスズに手紙を渡したことはないし、部屋に入ったこともない。ミスズは三人の客が来るのを知っているかのように、客が来る日は自分の部屋を一歩も出なかった。

 だからミスズの正装を見たのはその日が初めてだった。

 豪奢な衣装をまとったミスズは美しかった。顔に描かれた不思議な模様も真紅の衣装にはえている。

「マリア……ちょっといい?」

 初めて見る豪華なミスズに、マリアは目を丸くしながら頷いた。

「私のお客さんが忘れ物をしたのよ。届けてくれる?」

「お安いごようよ。どこにいるの?」

 ミスズの願いなのだから、なにをおいても引き受けたいマリアはすぐさまホールを見まわす。

「ここにはいないわ。もう外に出ちゃったのよ」

「それじゃあ届けられないよぅ」

 『館』の主から外に出てはいけないと強く言われていたし、実は『館』の扉は『外の者』には開くが『中の者』には開かない、と、同じミルキーの友達が話しているのを聞いたことがあった。

「私たちには開かないんでしょ? 出られないよ」

 しゅんとするマリアにミスズは小声で言った。

「もしも開いたら……届けてくれる? 私のために『外』に出てくれる?」

「もちろん!」

 扉が開くのなら、と嬉しげに顔を上げたマリアが見たのは、ミスズの本当にすまなそうな顔だった。よっぽど大切なものなんだ、とマリアは責任重大だと気を引き締める。

「大丈夫だよミスズ。私がちゃんと届けるから、心配しないで!」

 マリアはミスズに笑って欲しくて必死に言った。

「すぐ届けてすぐ戻ってくるから、ね?」

 そんなマリアをミスズはぎゅうっと抱きしめた。

 ミスズから受け取ったのは、片手に収まるほどの小さな包みだった。しっかり持つと、マリアはミスズに言われた通り、大勢の客が帰るのと同じタイミングで扉をくぐった。

 なんなく外に出られてマリアは拍子抜けする。

 そのままミスズの指示通り、森を抜け、町に入った。

「たしか、この道の先に『扉』があるのよね」

 急ぎ足で進むマリアを数人の男が囲んだ。

「?」

 すりぬけようとすると前に立ちはだかれ、横によけて通ろうとしてもその前を塞ぎに来る。にやにや笑いの男たちに、急いでいるのに、とマリアは怒って、それでも『館』で習っている通りに言った。

「どいてくださらない?」

 どっとあがる嫌な笑い声。マリアは無理やりにでもすり抜けようとした。

「待ちな!」

 ぐい、と荷物を持ってない方の手を引かれた。

「な……!」

「アンタ、『楽園』から来たんだろ?」

「えらくキレイなかっこしてさ~」

「『蝶』は外に出たらいけないって言われなかったかい?」

 マリアはあらためて男たちを見た。薄汚れた格好、ぼさぼさの髪。それは『館』に来る客とは違っていた。町の様子も『館』とは違ってほこりっぽい。そんな中マリアの存在は確かに浮いていた。質素で機能的な制服すら、ここでは上等な生地に輝くような清潔さがあった。

「『楽園』って『館』のこと? 『蝶』ってなあに?」

 素直に疑問を口にしたマリアに、男たちは一瞬後、大笑いした。

「なんだぁ? コイツ自分のことわかってないのか?」

「いや、もしかしたら、まだ『蝶』じゃないんじゃないか?」

「そうか」

 手首をつかんでいた男が、反対の手でぐいっと制服の胸元を引きちぎった。

「なにするの!?」

 震える声でマリアは叫んだ。それには答えず、男たちは露わになった左胸の上を凝視する。そこには『館』に入るときに彫られた入れ墨があった。階級が上がる毎に増やされていく入れ墨。今はなんだか冴えない模様だが、やがては姉さんたちと同じ美しい模様になる予定だった。

「『蝶』じゃない」

「これは『幼虫』だ」

「俺たちが『蛹』の儀式をしてやろうぜ!」

 押さえつけられたマリアは、その左胸にナイフを突き立てられた。

「やぁ--!!」

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