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11.天才の横顔

 人工の白い清潔な光が廊下を照らしている。

(いつ来てもよそよそしい感じがするのは僕だけかな?)

 ユーリは人気のない廊下に足音を響かせて、病院内のVIPルームに向かっていた。

 昼過ぎに研究室を出たというのに、自室で細々した用事を済ませていたので、夕方にさしかかる時間になっていた。

(僕も往生際が悪いよね……)

 目的の部屋の前についている青いプレートに右手を当てると、カチャリと鍵があいた。

 硬いノックを響かせて、ゆっくりとドアを開く。

「失礼します」

 広い、まるで応接室のような部屋には、五十を過ぎたくらいの夫婦がいた。並んでソファに座っていた二人は顔を上げた。その肌は金属のような光沢を帯びている。

「まぁユーリ」

「久しぶりだなユーリ」

「お久しぶりですお父さんお母さん。お元気でしたか?」

 微笑みを浮かべ、ユーリは二人に向かい合うようソファに腰を下ろした。

「ええ、ええ、元気ですとも」

「ただ、ここは退屈だ。なんの変化もなく一日が終わる」

「それは幸せなことですよ」

 突然、父親は立ち上がり激昂した。

「なにを言うユーリ! おまえはそんなつまらない人生をおくるつもりか? 戦って、勝ち取って、日々変化していかなければ、人として生きているとは言えん!」

「まぁまぁお父さん。ユーリは私たち、病気の身体を気遣って言ったんですよ」

「そうか……そうだな」

 なだめる母親に、ふぅ、と息をつきソファに落ち着いた父親は、横柄に続けた。

「しかしおまえはまだ若い。今は戦争もない。おまえは運命にすら勝ったのだから、なんだってできるはずだ。期待している」

「そうね。ユーリ、あなたは神様に愛されている子。あなたもその愛に応えなければね。頑張ってね、病気の私たちの分も、死んでしまった他の子たちの分も」

「ええ、お父さんお母さん………」


 それから何を話したのか、ユーリははっきりとは覚えていない。

 いつもの通り、両親がこぼす、病院の外へ出られない苛立ちや、宇宙人への愚痴を聞き、昔は良かったというもう何度聞いたかわからない昔話を聞いていたはずだ。

 気がつくとユーリは、鍵がかかった扉を背に、ぼんやりと立ちつくしていた。

(……いつものこと、いつものことだ。奇跡的に生き延びてる僕、宇宙人移植の適応検査のために犠牲になった両親、移植で助からなかった友達……。わかってる。だから僕は走り続けている。親の分も、みんなの分も。僕しかいないから、僕が頑張らなきゃって。僕が生きてるのはすごいことだからって)

 うつろな黒い瞳が、虚空を見る。

(でも……いつまで頑張ればいいんだろう? 地球外科学を地球科学に変換し、天才ユークリッド博士と言われても、まだ足りないのか? まだまだ頑張らなくちゃいけないのか? いったいどうしたらお父さんとお母さんは喜んでくれるんだ?)

「……カラッポだ…………」

 こぼれた言葉にすら気づかないで、ユーリはしばらく動けないでいた。


 体が覚えているのか、ようやく動けるようになると、自然と足が赤道地下の研究室に向かっていた。ユーリ個人の部屋は別にあるのだが、そっちへは資料や着替えを取りに帰るくらいだった。

「ユーリ」

 研究室の前でユーリを呼び止めたのはアンジュだった。

「あれ、まだいたのアンジュ?」

「ふふ。これを渡そうと思って待っていたのよ」

 アンジュはお菓子を詰めた缶を渡した。

「ユーリもあまり食べられなかったでしょ? ユーリの好きなのだけ入れておいたから、良かったら食べてね」

 あたたかな笑顔にユーリの固まっていた表情が柔らかくなる。

「ありがとう……。アンジュって僕よりお姉さんみたいだ」

「ユーリ。それって褒めてないわよ」

「あはは。ごめんごめん」

 六つもさばを読まれてふくれるアンジュに、ユーリは自然に笑えた。

「ユーリ、いつもありがとう。明日もよろしくね」

「もちろん、お姫様」

「っれー? 二人ともまだいたの?」

 大きな荷物を抱えたジーニィにユーリが聞き返す。

「ジーニィこそ。まだ研究していたのかい?」

「そう。ちょうど良かった。ユーリ手伝ってよ~」

「ええ? 今から?」

「ジーニィ明日にしたら?」

 もう午後七時を過ぎている。

「う~。俺としては早くやっちゃいたいんだけど」

 うずうずしているジーニィに、ユーリは目を細めた。

「いいよ。どうせ僕もまだ研究室にいるつもりだったし、ジーニィからの『お願い』なんて珍しいからね」

「今回は特別!」

 ジーニィは悔しそうだ。

「わかったわ。でもひとまず夕飯を食べましょうよ。ユーリも一緒にどう?」

「嬉しいな。一度部屋に戻って用意してくるよ」

「家で待ってるわ」

「腹ぺこだから急いで来てよ」

 笑って頷くとユーリは部屋へと急ぎ、ジーニィは断熱布に包んだ『白馬の王子様』を研究室に入れた。

 身軽になったジーニィとアンジュは二人の家に向かう。

「アンジュ……父さんは?」

「今日も研究室で食べるって」

「そっか……。忙しいもんな、今の仕事。最近ぜんぜん一緒にご飯食べてないような気がする」

「そうね。でも、ほら、通信やメールはよく来るじゃない」

 メールだけじゃん、とジーニィはふくれた。

「俺が『アース』に関わってないせいか、なかなか直接会えないからな~。父さん元気?」

「元気よ。ジーニィが寂しがってるって伝えとこうか?」

「いい。忙しいのわかってるから、ムリは言いたくない。元気なら、いいんだ」

 うつむいて話すジーニィは、いつもの自信満々な天才少年とは別の顔をしていた。

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