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竜殺しは静かに暮らしたい  作者: アールグレイ
一章 愚者の遺産 編
6/13

6.地竜

 一行の乗る馬車は東門を出たのち、街道を走り続けていた。

 この街道はエリアルと聖都サルエストを繋ぐ街道であり、国主導で整備されている国道である。石畳に舗装されており、ただ踏みならされただけの道とは走り心地が大いに違っていた。

 ここ、サネガスト王国は主要都市それぞれは莫大な投資の元、舗装路によって繋がれているのだ。


「それで、リディア様、これはどこに向かっているんですか」


 ライルが隣に座るリディアに尋ねた。


「確かに私もそれは気になってた」


 続いて口を開いたのは、ライルの向かい側に座るスカーレットだ。エルフィンも兜を揺らして頷いている。カリスは馬車に乗り込んでからずっとだんまりであり、“眼”の話を終えてからは外の景色を睨みつけていた。


「私のことはリディアで良い。これは兄上の命なのだが、どうやら地竜がこの地に出たようなのだ」


「地竜、ですか……」


 ライルがふむ、と考え込む。

 地竜とは穴を掘り地中に巣を作る竜だ。牙竜と同じように翼は退化し、さらには目が退化しているものも多い。そのかわりに聴覚と嗅覚は優れていると言われている。

 しかし、何よりも厄介なのは群れることだ。竜という種類の生き物は基本的には群れは作らない。繁殖期には雄と雌のつがいやハーレムが形成されることもあるようだが、幼竜でもない限りは縄張りを意識し近くにいれば殺しあうほどだ。

 だが、地竜はちがう。

 その身体が土に潜りやすく小さくなったためか、群れを作り他種へと抵抗をするようになったのだ。


「しかし、地竜の生息地は、聖都の南のラファーヤ山脈からクルクジア王国に広がるサガラ荒野のあたりのはずですよね。それがなぜ、こちら側へ……」


 そう、地竜は山や荒れ地を好む竜であり、ラファーヤ山脈より北西に広がるの広大なタバサの森を抜ける事は滅多にない。

 なにより、地方都市エリアルの東側にに領をもつティアネリア家とはいえど、タバサの森は領内ではないのだ。

 しかし、そのティアネリア家が動くという事は……。


「実は、五日前、我がティアネリア家領内のとある村へ徴税官が向かったところ、その村は壊滅状態になっていたのだ。地より現れる竜に多くの村人が食われ、生き残った者も無事な者はほぼおらず、どこにも伝えることができなかったらしい」


 リディアが悲痛な面持ちで襲われた村のことを語った。


「遠話の使い手が徴税官の護衛にいたため、彼らを臨時の追跡隊として追跡させている」


 リディアは拳を握りしめた。


「ふん。泥臭ぁい狩猟者が来るまでにぃ、そんな人らを守ってあげるのがぁ騎士様のお仕事でしょぉ?何してたのぉ?」


 カリスが皮肉げに表情を歪め、吐き捨てるように言った。

 確かに近年の改革で、小さな辺境の村にさえ少ないとはいえ騎士が置かれるようになり、盗賊や魔獣に対するある程度の防衛力となっているらしい。

 村人達もこれまでは騎士なしでやってきており、ある程度は力もあるだろう。

 だが、相手は地竜だ。村人など藁の楯も同然だ。対人の訓練がメインであり、最低限の対魔獣訓練のみしかなされておらず、素人同然な彼らにも地竜は相手が悪いだろう。


「ぐっ……」


 リディアが唇を噛む。

 かつては狩猟者を廃止し、人々を守るのが騎士だという事でその訓練に対魔獣を組み込んだ国もあった。だが、強大な魔獣に立ち向かうには数で押すわけにもいかず、かといって魔獣対策のみに力を振るわけにもいかずどっちつかずのものになってしまった。

 その国は、強大な魔獣へ立ち向かって軍を動かし、国の防衛がおろそかになったところを叩かれ滅んだようだ。

 狩猟者を軍の一部と組み込んだ国も、対人の経験の少ない彼らは多くが犠牲となり、結局魔獣の対策ができなくなり滅んでしまった。

 やはり、魔獣達へ対抗するには、狩猟者という存在は欠かせず、騎士では対抗し得ない。


「まったく、面目次第ない!不甲斐ない話だが、我らの力ではどうしようもないのだ……!」


 リディアはこの通りだ、と膝に手を置き頭を下げた。

 村人達は常に危険と隣り合わせで生きている。それに騎士達も地竜と戦うことなど想定していない。この近辺ではそこまで強力な魔獣が出ることなど滅多にないのだ。

 確かに貴族の私兵であり民を守る騎士団が弱かった事は事実ではあるが、それはどこの領も変わらない。強力な魔獣が出てしまった時、犠牲は必ず出てしまうものだ。

 それがこれ以上広がらないように狩猟者がいる。

 領主の家系であるリディアが悔いる事はあっても、それを狩猟者に詫びる必要はあまりない。

 まっすぐと頭を下げたリディアに、カリスは面食らったようだ。その三白眼を見開き、呆けて口を開けていた。

 騎士は魔獣被害を許してしまったことなどでは責められる事はほとんどない。盗賊などに対抗できなかった時などはその限りではないが。

 むしろ、民に寄り添い支える騎士よりも、対抗できるはずの狩猟者がその場にいない事の方が責められる事が多い。狩猟者と騎士の溝は深い。

 騎士は民に寄り添い支えているということを誇りとし、かつ貴族に仕える、あるいは貴族自身が剣を取る高貴な仕事だと自負がある。それが狩猟者に頭を下げることなど、決してない。


「まあまあリディアちゃん、頭をあげて。カリスも言い過ぎ。騎士達が弱いのは確かだけど、それは魔獣に対してよ。彼らは彼らで人から人を守っているのよ」


 スカーレットがリディアの肩に手を置き、カリスを嗜める。

 カリスは鼻を鳴らし再び外へと視線を向けた。


「あれぇ、街道からはずれたけどぉ」


 だからといえばなのか、そのカリスが一番最初に気づいた。

 馬車は街道を外れ、舗装をされて居ない森の中のわずかな道を走っている。

 揺れの少ない馬車では気づかなかった竜殺しの面々も、言われて初めて揺れが大きくなったことに気づいた。


「うむ。この先が地竜の進行予測地点がある。そこで待ち伏せて一気に叩く」


 リディアが右の拳を固め左の手のひらに打ち付ける。ガントレットがぶつかり、派手な音を立てた。

 そこには、領民をみすみす喰われてしまったという雪辱を晴らすという決意がある。


「地竜が災害級指定されていないために緊急依頼の形は取れない上、今回は地竜がこちらへ来た原因の調査も兼ねているため準備に五日も要した。だが、奴らもここまでだ」


 魔獣のランク分けには五段階ある。低位、中位、高位、災害級、特危険災害級の五つだ。この中で、大きな被害やあるいは目撃されたというだけでも緊急依頼の形式をとることができるのは、災害級と特危険災害級の二つのみだ。

 たとえ、村一つが滅ぶような被害が出ようと、よほどの異常事態が確認された時、例えば異常繁殖が目に見えてわかる時などでもない限りは災害級指定されていない魔獣の討伐は緊急依頼にはできない。少々普段は見慣れない地に居たとしても、種族全体の大移動などではない限りはせいぜいはぐれなどと認定される程度だ。群れの移動も危険とは判断されても緊急とまではならない事が多い。

 しかし、災害級に指定されているはずの竜種である地竜が緊急依頼にできないのはなぜか。

 それは地竜が竜種の中でも例外的な存在であるからだ。

 個体ごとの能力は高いわけではなく、群れを作ることでその危険性は上がるが、そもそも彼らは人の居住域には滅多に侵入しない。高位の飛竜のように殺戮のためだけに周囲の生物に牙を剥くこともなければ、牙竜や低位の飛竜のように生態系の上位に位置するわけでもない。むしろ彼ら地竜は竜の餌となりうる。

 地竜とは竜の中でも最下位種なのである。

 その特性故、竜としては異例の高位魔獣の枠に収められているのだ。

 しかし、だからといって竜種であることには変わりなく、高位魔獣の中でもきわめて危険度の高い魔獣であることには変わりない。素人には到底手には負えないだろう。


「そうねえ。まだこっちに来るってんなら他の村も危ないかもしれないし、調査は大事よ」


 スカーレットも腕を組みながらウンウンと頷く。


「それで依頼書が来てから三日も準備期間があったのですね。リディア、様は今回の原因をどのようにお考えでしょう?」


 名前で呼べと言われたことを思い出し、様を外すかを一瞬迷ったライルだったが、相手は貴族である。面倒な事が起きないようにとそのままにした。

 その様子にリディアははにかむ。


「名前も敬語も構わないのだぞ?」


「流石に恐れ多いです」


「頭が硬いというかなんというか……」


 からかうようなリディアの言葉をライルは軽く流し、彼女は苦笑を浮かべる。

 それを見ているスカーレットはクスクスと楽しそうだ。

 リディアはわざとらしく咳払いし、元話題へと戻る。


「こほん……原因は、どうなのだろうな。魔獣どもが住処を変えるというのなら、数が増えすぎその地が狭くなるか急な環境の変化か。あるいは、何かより強い魔獣に住処を追われた時とは聞いている」


 そもそも狩猟者でもないリディアに意見を求めるのも間違いではあるが、この件に関しては最もティアネリア家が情報を持っている。

 魔獣の等級さえも知らぬ貴族もいる中では、魔獣のことをよく調べている。


「どれにしてもやっかいですね」


 ライルの言葉にリディアが頷く。


「うむ。どの原因にしろ、なんらかの手を打たなければまた新たな被害がどこかで出るだろう」


 リディアは、自領の民だけでなく見知らぬ土地の顔も知らぬ者へと思いを向ける。けしてこれ以上犠牲は出すまいとばかりに、強い決意がその目に灯った。

 増えすぎたのなら、その数を減らせばいい。

 より強い魔獣がいるなら、それを滅ぼしてしまえばいい。

 単純なことだ。そこいらの狩猟者には難しいかあるいは不可能かもしれないが、彼ら竜殺しにはそれを成せる可能性がある。

 だが、


「環境の変化なら、少し難しいですね」


「うむ。そうなってしまってるのならばもうどうしようもないだろう。周辺に報告をし任せるしかない」


 ライルの言葉にリディアも頷く。

 彼女は、どうにかしてでも食い止めてみせろなどと無理難題をふっかけそうにはない。

 貴族たちといえば、無理難題なクエストに無茶苦茶な条件をつけるものが多い。なまじ報酬が高いのもその理不尽さに拍車をかける。

 しかし、彼女はしっかりと状況を把握し、想定される事態からどうすべきかの対処を取る。他の貴族も、領地を持ち存続をしているなら、そのような慧眼もあるのだろうがどうにも狩猟者に対しては容赦がない者が多いのだ。

 ライルの中でティアネリア家の、いやリディアの評価が上がる。

 彼にとって貴族の依頼など取るに足らないものばかりだが、できるなら関わり合いを持ちたくはない。しかし、ティアネリア家、ひいてはリディアならばまた依頼を受けるのはやぶさかではない。

 あれ? とエルフィンが声を上げた。

 皆の視線がエルフィンに向く。


「あ、あの、その地竜は何頭いるんですか……?」


 エルフィンがおずおずといった調子で尋ねた。注目を受けた気恥ずかしさなのか、兜の奥から聞こえる声はくぐもっているのも相まって今にも消え入りそうだ。

 しかし、エルフィンの疑問も最もだ。

 地竜がサネガスト王国に現れた理由がどれであるにせよ、一つ以上の群れが移動していると考えるのが自然だ。

 地竜の群れは基本的に二十頭以上がまとまっている。最低でも二十頭近くを相手にすることになるという事を考えておいたほうがいいはずなのである。


「うむ。調査隊の報告では数は二十一頭となっている」


 やはり、群れが一つ移動していたようだ。

 たとえ地竜単体はそこまで強くはないとはいえ、その群れ一つとなるとさすがに全てを捌ききれない可能性もある。

 その時は騎士たちの力を見せてもらおうとライルは思った。どうやら彼らはかなり腕に自信があるようである。

 とくにリディアは、騎士たちの中で最も若いながら最も強いだろう。


「数が多いですね。討ち漏らしは任せます」


「心得た。その時が来れば我が剣、全力でふるわせてもらおう」


 リディアが一も二もなく承諾した。

 その時、馬車が静かに停止する。


「お嬢様、到着いたしました」


 ジハルトが馬車の扉を開け、リディアを先頭に五人は装備を手に取り馬車から地へと降り立った。スィージアとツィークは既に降りていたようで、その耳が周囲の音を集め警戒をしていた。

 スカーレットのみ、足取りも軽やかに近くの倒木に歩み寄って、その上に腰掛けている。彼女に戦う気はないようだ。

 後続の馬車も停車し、騎士たちが荷台から飛び降りているた。相変わらず、とくにスカーレットへ剣呑な視線を向けているが、彼らは任務に意識を向けていた。

 日は既に高く登り、六刻に迫っている事だろう。そろそろお昼時ということもあり、誰ともなく腹の虫が鳴いた。騎士の一団の中の一人が赤面し、腹に手をやった。

 その時だ。


「来た……!」


 耳をせわしなく動かしていたエルフたち二人が同時に声を上げた。

 まだ人の耳を持つ者には何も聞こえないが、エルフは人間と比べ物にならないほど耳が良い。地竜が近づいていることは間違いないだろう。


「総員!備えろ!奴らは竜だ!地を這うとて侮るな!」


 リディアの号令とともに騎士たちが杖や剣など各々武器を構える。

 竜殺しの面々も一人を除き、無言で武器を構える。

 沈黙が周囲を支配し、風の音だけが聞こえるその中に、次第に異音が混ざり始めた。

 土を掘り返しかき分け、根を折り、砕いて木々をなぎ倒す音だ。それは次第に近づいて来ていた。

 森の奥の暗がりから、向かってくる何かの姿が見え始めた。

 ゴクリ、騎士の一人が息を飲み込む。

 それは、地竜を待ち受ける彼らの視界、横いっぱいに広がる土の壁だった。

六話です。七話はできる限り早くできるよう頑張ります。

しかし再来週くらいまでは難しいかも……。

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