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竜殺しは静かに暮らしたい  作者: アールグレイ
一章 愚者の遺産 編
5/13

5.リディア=エルネ=ティアネリア

 リディア=エルネ=ティアネリアはティアネリア家の次女として生まれた。

 貴族は生まれた子に自身たちが名付けた名と神殿より授かった名ををつけるならわしがある。

 人口管理で一般市民にも家名が広がるにつれ、貴族の持つ家名という特権が薄れつつあるのを危惧したある貴族が最初に始めたことだ。瞬く間にそれは他の貴族にも広がり、リディアにも神殿よりエルネという名を授かった。

 聖職者たちはリディアのことをエルネと呼ぶのである。

 そんなリディアには上にすでに二人の兄と一人の姉がおり、そもそも女子であるリディアに家督を継ぐ権利はなかった。

 そうなると、彼女は騎士として身を立てるか、どこかの貴族へ嫁ぎ子を成すことになる。

 父であるレルダ=ストラリス=ティアネリアは騎士として西部戦争で武勲をたてた猛勇であり、母であるヘレア=ネレ=ティアネリアの美貌は貴族たちの間でも有名だ。どちらの血を引いたとしても困る事はないだろうと言われていた。

 異変が起きたのはリディアが六歳の時のことだ。

 ある朝目覚めると彼女は右目に痛烈な痛みを感じた。

 目を開けることもためらわれるほどの痛みに思わずうめき、手を添える。使用人を呼び、なんとかしてもらおうとベルに手をかけようとしてはたと気づいた。


「あ、れ……みえる……」


 瞼を閉じているはずの右目は、なぜか部屋の景色を写していた。左眼を閉じても見える。見えてしまう。

 その事実にリディアは思わず小さな悲鳴をあげていた。

 自分の目はどうしたというのか。

 なぜ見えるのか。

 恐怖によって一時的に痛みを感じなくなり、恐る恐る右の瞼を開く。そして鏡を見た。


「ヒッ……!」


 息が詰まったように声が出なかった。

 鏡に映った自分の右目は、真紅に染まっていたのだ。

 髪と同じ色をしていたはずの右目にはその青の面影はない。あるのは竜神の色、真紅のみだった。


「い、いやっ、いやぁああ!!」


 リディアは思わず叫び、手についたものを鏡に投げつけた。

 鏡が割れる音が響き、使用人が慌ててかけてくる音がする。


「どうかなさいましたか!?お嬢様!?」


 ドアの向こうから使用人の声が聞こえるが、リディアに声を返す余裕はなかった。

 どうやら何か大変なことが起きたらしいと感じた使用人は、ほかの使用人にリディアに異常があったと当主に伝えるよう命じ、部屋に踏み込んだ。


「あ……」


「お嬢さ……っ」


 床にへたり込んだリディアは、部屋に入ってきた使用人に顔を向けた。

 使用人はそのリディアの目を見て足を止める。

 全てを見透かすような紅い瞳に射止められ、使用人は動けない。

 リディアもまた動けなかった。


「うっうぐっ……!」


 こみ上げる吐き気を抑え、喘ぐように息を吸う。

 使用人の感じる恐怖が右目を通し、リディア中へと流れ込んできたのだ。

 他にも色々なものが視えた。彼の持つ力、考えていること……。

 本来、リディアには知り得ないこと。他人の持つ、誰かには知られたくないこと。そんな情報の奔流が右目を通し、彼女の頭の中を駆け巡る。

 だが、目線を逸らすことはできない。

 リディアは激しい頭痛に苛まれ、意識を手放した。



☆☆☆☆☆



「父上!行きます!」


「よし!いつでもこい!」


 リディアは勢いよく踏み込み、土煙を上げながら父、レルダに向かって駆ける。強化魔法によっておおよそ人間には出せないようなスピードで駆けるリディアは、槍よりも遠い間合いを一瞬のうちに詰めた。

 眼帯により視野が狭められているとは思えない思い切りの良さだ。

 空気を切り裂く音とともに、リディアの細剣がレルダの胸元へと迫る。

 レルダは素早く身を捻らせた。刃を落としてあるとはいえ、相当な威力のある突きである。当たればタダでは済まないだろう。

 当たるのならば。


「リディア、そのような見え見えの攻撃では相手を殺す事は出来ないぞ!」


 レルダの皮の胸当てには傷ひとつ付いていない。かすりさえもしていないのだ。

 お返しとばかりにがら空きとなったリディアの背中へ、レルダは木剣を振り下ろした。

 鈍い音が響き、リディアは地面に叩きつけられた。背中を打たれ、地面に叩きつけられたことで無理やり肺から押し出された空気を、再びかき集めるように喘ぐ。

 ぜぇぜぇと荒い息をしながら、リディアは座り込んだ。


「さあ、これでリディアはもう五回死んだぞ。まだ私は一度も攻撃を受けていない」


「ち、父上は、お強い、ですね」


 かつて、西部戦争において銀の剣鬼と恐れられた男は、歳をとった今も衰えてはいない。

 数日前に家督を長男に譲り、隠居の身となった今、騎士を目指すリディアに彼は毎日のように稽古をつけているのだった。今日も今日とてリディアは軽くあしらわれている。

 レルダは二つ名の由来となった銀の髪をかきあげる。


「お前もなかなかのものだ。十四とは思えない剣筋、私の血を引いたのだろう。髪や顔はヘレアのものだが、その力間違いなく私譲りだ」


「私など、まだまだ」


 リディアは拳を握りしめ俯いた。

 十五で成人となり、騎士団への入団条件である年齢は満たせるが、まだまだ技術は半人前にも及ばないとリディアは思っている。このままでは入団試験で落とされてしまう可能性がある。

 そんな娘を見たレルダは髭に覆われた顎に手をやり、頬の傷を指でなぞった。


「お前にはもう一つ力がある。それを上手く使いこなせば、戦いは有利に進められるだろう」


 リディアはハッとして眼帯に手をやった。

 こうして眼帯をしていても彼女の視界は遮られていない。彼女の右眼は紅く、全てを見通すままだ。

 あの日、突然この眼に目覚めた時には恐怖した。

 神殿から何やらと治療のために様々な者が手を尽くしたが、その瞳が青く戻ることはなかった。

 周囲の人間達も、彼女の瞳に恐怖した。最初こそ、竜神の紅だともてはやされたものだが、次第にこの眼の力が知られるにつれ反応は変わっていった。

 恐怖と嫌悪。

 なまじ見えるだけによりリディアを苛むそれは、今にもリディアの心を砕かんとしていた。

 だが、それを救ったのは家族だった。

 彼らはリディアを恐れず、嫌わず、変わらず愛を注ぎ続けた。そんな家族の甲斐あって、リディアは歪まずここまで育って来れたのだ。

 今は魔封じの眼帯によって見えるものは抑えられ、自分自身もある程度はコントロールできるようになってきていた。

 これは紛れもなく天が己に与えた力だ。使いこなすことができれば、役に立つことも多いだろう。

 それでもまだ恐怖はあった。


「リディア、よく聞きなさい」


 レルダがリディアの肩に優しく手を置く。

 リディアはゆっくりと顔を上げた。

 リディアの前にレルダの顔がある。その顔はいつにも増して真剣だ。


「その力は、今はまだお前に余るものかもしれない。だが、いずれ使いこなし、それはお前の大いなる助けになるだろう。しかし、これだけは忘れてはならない」


 レルダはそこで一度言葉を切った。

 リディアはゴクリと唾を飲み込む。父の言葉を何一つとして聴き逃すまいと耳に意識を集中させた。

 この瞳を使えば視ることもできるのだろうが、それはしなかった。それこそ、今父の言わんとしていることに他ならない事のような気がしたからだ。


「その力への恐れは忘れるな。力はお前を助けるだけでなく、お前を喰らうものでもある。決して飲まれるな、溺れるな。お前のものとして飼い慣らすのだ」


 リディアはレルダの言葉を、噛みしめるように心に刻む。

 レルダは娘の姿を静かに見つめていた。


「父上」


「なんだ」


「どのような使い方ができるでしょう?」


 リディアが真面目な表情でレルダに尋ねた。

 レルダは思わず嘆息した。

 この娘はあまりにも実直すぎる。もう少し柔軟性を持って欲しいとは、彼のいつもの悩みだ。そうすれば突撃ばかりしてくるものでもないだろう。

 レルダは頭を掻きながら呆れた声を出す。


「それは己で答えを出せ、リディア。私はお前に稽古をつけてはいるが、それはお前の力だ。私にわかろうはずもない」


 リディアは神妙な顔で頷く。

 たしかに、全てを父に頼りすぎていたとリディアは思った。そこで考え、ふと一つ思いついた。


「父上、もう一度お願いします」


「うむ、良いだろう」


 レルダは頷き、木剣を構えた。

 リディアも先ほどと同じ位置まで戻り、細剣を構える。

 レルダはリディアの突進に備え、いつでも回避をできるようにと構えていたが、いつまでたってもリディアに動きはない。訝しみつつ、彼は木剣を握りしめた。


「来ないならこちらから行くぞ!」


 派手な音を響かせ、先ほどのリディアよりも速くレルダが踏み込む。

 レルダの本気の加速ではないが、まだリディアには捉えるのが難しいスピードだ。見えなければここで決まるだろう。

 剣を低く構えリディアへと踏み込む。

 リディアは突きを予測し、先ほどのレルダと同じように身を翻してかわす。

 だが、レルダの攻撃は終わっていなかった。

 レルダはそのまま木剣を片手を離し横へと薙いだ。吸い寄せられるようにリディアの腹へと木剣が向かう。

 突きはフェイクであり、本命はこの胴への横薙ぎだ。剣を突き出した姿勢からの横薙ぎではあるが、その膂力にものを言わせ痛打の威力を持っている。

 レルダはリディアを傷つけぬようにといくらか手加減をしつつ、木剣を振り抜いた。


「なに!?」


 しかし、なにも手応えはなかった。その木剣はなににも当たることはなく空を切ったのだ。

 視界に捉えて居たはずのリディアの身体は、わずかに前方へと移動している。

 一瞬、レルダの思考を空白が埋める。さっきのさっきまで突撃しか能のなかった娘が、この攻撃を回避できるとは考えて居なかったのだ。

 その空白が致命的な隙となる。

 レルダの胸元へと迫る細剣。先ほどの突きほどスピードはないが、真剣であれば鎧をも貫くであろうスピードと力。

 いやな汗が背筋を伝う。這い寄る死の感覚。

 実戦で鍛えられた危機感知能力がここで功を奏し、すんでのところで後ろに飛びずさる。

 剣を振り抜いた体勢からの無理な移動のため、スピードは出ず着地はおぼつかない。リディアが動くのが見えた。だが対応は間に合わない。

 首に細剣が当てられた。


「これで、一本です、父上」


 息の上がった娘の声がレルダの耳に聞こえてきた。

 油断があったのは事実だ。

 捉えたと思っていたその体は、思い込みによるものだった。娘だと手加減し、見くびっていたのもあるだろう。

 しかしそれだけではない。おそらくリディアは横なぎの攻撃に合わせ、ぎりぎりで回避して見せたのだ。剣の触れる紙一重まで動くのを耐え、回避は不可能だと錯覚させる。

 だが、まるで自分がやる事が全て読まれているかのような……。

 そこで気づいた。


「まさか、これほどとは……」


 リディアはレルダの思考をその眼で読み取り、まだ自分が見ることも難しいであろうスピードを捉え、相手を誘い先を行く。

 それは才能のなせるわざであろうか。


「さっきの一言でここまでとは。なかなか、どうして……。やはり私の娘ということか」


 レルダは豪快に笑った。

 リディアも剣を下ろし鞘に納め笑みを浮かべる。

 レルダは娘の成長を誇らしく感じていた。そんな娘が不意に笑みを消す。


「やはり、この力は怖いです」


 リディアがポツリと言った。

 レルダは静かに彼女の言葉を待つ。


「今も、見ようとしたもの以外のものが見えました。まだ、私には上手く扱えないようです」


 リディアはぐっと拳を握りしめた。

 そんなリディアの頭にレルダは硬い手を置き、ワシワシと豪快に撫でた。リディアは突然の行動に驚き、なすがままになる。


「ち、父上っ!?」


「そんなもの、最初から力を扱えるものなど勇者くらいだろう。お前は勇者か?そうではないだろう?なら修行を重ねろ!訓練を積め!お前自身で自分を磨くのだ!」


 レルダの言葉にリディアは再びハッとした。


「それに、お前はそれでも私から一本奪ってみせた。それは紛れもなくお前の実力だ」


 確かにそうだとリディアは力強く頷いた。

 父の言葉にリディアは決意を固める。

 この力を使いこなし、この父に恥じぬように強くあろうと。

 この日から、二人の特訓はより苛烈さを増していくのだった。



☆☆☆☆☆




「これが私の眼が持つ力だ」


 リディアが説明を終え、一息ついた。

 すでに眼帯はその右眼を覆い隠している。

 あまりジロジロ見ないで欲しいと、その眼を晒してすぐに眼帯はつけてしまったのだ。

 様々なものを見通すもの、と説明をされても、竜殺しの面々はあまり理解できていないようで、不思議そうな顔をしている。

 ただ一人を除いて。


「つまり、よく見える真眼みたいなものでしょ」


 スカーレットがそんな風に言った。

 リディアは思わず苦笑する。


「真眼とは比べ物にならないほど色々なものが見えるのだが、そんな風に言われたのは初めてだ」


「だからリディアちゃんは私を見てあんな反応だったのね」


 スカーレットが意地悪げな笑顔でリディアを見る。

 リディアはうっと黙り込んだ。

 カリスとエルフィンは二人の会話をあまり理解できていないようだが、スカーレットの事をよく知るライルは会話の意味を理解できる。彼女の秘密はとても複雑だ。


「大丈夫よ。私のことを誰にも話さずにいてくれたらそれで。あとみんなと同じように扱ってくれたらね」


 スカーレットが身を折り、リディアの鼻先に指を当てた。

 あざとくウィンクまでしているが、いかんせん愛らしい顔と相まってどうにも似合っている。

 リディアが気圧されたように頷いた。


「う、うむ。確かに承った、スカーレット……殿」


 彼女にはどうにかそう返すのが精一杯であった。

女騎士さんの眼の話。くっころはしません。多分。

書くのは今ある勢いが大事。ちょっと忙しくなるので六話は近日公開しますが七話以降は未定です。

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