4.出発の時
なんか筆が乗って四話はすぐできました。
時刻は三刻の少し前、暖月の今でも日が昇ってすぐでは少し寒い。
都市エリアルの東門には幾台かの荷馬車と六人の人影があった。
人影は“竜殺し”の面々だ。
五人にあまり緊張感は見られない。白いローブにくるまったカリスは欠伸を噛み殺しているし、紅い外套に身を包むスカーレットに至っては大きな欠伸をしている。ライルはそれを見て苦笑いを浮かべ、エルフの二人は耳を澄まし、周囲を漂う精霊の声に耳を傾けている。
二人は薄緑のローブに革鎧のおそろいの格好だ。スィージアは杖を、ツィークは弓を背負っている。
エルフたち妖精族は、精霊と対話しその力を借りる原始魔法を得意としている。大気に満ちるマナが集まり、わずかな意思をもつエネルギーの塊となったものが精霊だ。原始魔法は己の内なる魔力を使う通常の魔法とは違う。精霊と対話できる者たちのみに許された力だ。
ツィークとスィージアはいつでも魔法を使えるようにと、精霊たちの様子を伺っている。
「ライル」
ツィークがふとライルを呼んだ。
「なんだ?」
「精霊たちが東にある山から何かが来たと騒いでいる。多分、今日それとぶつかることになると思う」
ツィークが精霊から聞いた内容をライルに伝えた。
精霊の言葉は要領を得ず、あまり言いたいことは伝わってこないようだが、その断片的な情報から伝えたい事を読み解くのも原始魔法の使い手として求められる能力である。
「わかった」
ライルは頷いた。
そして、隣で緊張でガチガチに固まった真紅のフルプレートに目を向けた。
「エルフィン、緊張しすぎだぞ」
「だ、だって……」
エルフィンは人見知りのけがあり、どうにも初めての人物とはうまく話せない。彼女が顔まで隠すフルプレートを纏っているのもあまり初対面の人物と話したくはないからだ。幸いにも、彼女のその姿に恐れおののき、おいそれと声をかける者は少ないため功を奏しているともいえる。
しかし、相手は貴族だ。ティアネリア家の次女がどのような気質かは知らないが、地方都市エリアルでも上位に数えられる貴族である。エルフィンにその鎧を脱げとは言わずとも、兜は外せと言うかもしれない。エルフィンはそれが怖いのだ。
「あ、来たみたいよ」
スィージアが街の方へ目をやり、こちらへと向かってくる馬車に気付いた。
三刻は開門の時刻のため、すでに開門を待つ行商の馬車などが周囲にはあったが、向かってくる馬車はひときわ目立つ。華やかな装飾が施された、車体は周囲の馬車に比べても相当な金額がかけられていることがわかる。馬の方もよく手入れされており、毛並みは艶やかで力強い。
その後ろからは、先のものほどではないものの、装飾の施された荷馬車が続いていた。その荷馬車には十人ほどの騎士が腰掛けている。
門番の衛兵たちは慌ただしく居住まいを正していた。
それを見たライルはぼやいた。
「やっぱお嬢様一人ってのを貴族様は許すはずないよな。面倒が起きそうだ」
嫌な気分を顔に出さないようにしつつ、近寄ってくる馬車に向かって一歩前に出た。
周囲の行商人たちはこんな時間に貴族が現れたことに驚きを隠せないようで、何事かとライルたちに目を向けていた。
華やかな馬車はライルの少し手前で足を止め、中から一人の女性が姿を現した。
それに続き、荷馬車の騎士たちも次々と地に降り立つ。
「お初にお目にかかる。私はティアネリア家が次女、リディア=エルネ=ティアネリアだ。竜殺し殿とお見受けする。此度の我が依頼を受諾していただき感謝する」
そこまでは大きくはないがよく通る声であり、行商人たちはあれが噂の竜殺しかとライルをしげしげと見つめている。少しの居心地の悪さをライルは感じた。
現れたのは齢十八であろうかという青い少女だった。透き通るような青いセミロングの髪に、強い意志を感じさせる青い瞳をもつ。極め付けには美しい銀色の鎧までもわずかに青みを帯び、輝いていた。
腰には細い剣を下げていた。細剣というには幅が広く、剣というには細い。そんな不思議な剣だ。
きりりと引き締まった表情に、右眼を覆う眼帯が彼女を名のある武人だと錯覚させる。
「こちらこそ、ご指名ありがとうございます。俺はライル=ベルトルト。どうか俺のことは竜殺しではなくライルとお呼びください」
彼女に続き彼女の付き人であろう白髪の老人が姿をあらわす中、ライルは恭しく頭を下げた。貴族の礼儀作法などは知らないが、自分ができる限りの礼を尽くす。
「そこまでかしこまらなくとも構わない、竜…ライル殿。我らこれより共に向かうのだ。一時とはいえそのままでは苦しいだろう」
「ありがとうございます」
再びライルが頭を下げた。リディアはそれに苦笑したが、すぐに元のきりりとした顔に戻る。
「それで、そちらは?」
リディアはライルの後ろにいる五人に目を向けた。
自分たちに注意が向き、エルフィンだけ騒がしくが居住まいを正す。エルフとして人間の貴族は財産と人間での立場を持つだけの存在であり、別段敬うものでもない。人里で暮らすにおいて、最低限の礼儀を持つだけだ。カリスは言わずもがな、スカーレットはそもそも貴族などというものには全く興味がないので礼儀などは考えていない。
誰も口を開かないので仕方なくライルが紹介をしようかと考えていると、金属同士の擦れる騒がしい音を立てながらエルフィンが前に出た。
「エ、エ、エルフィン=サラマンデルです! よ、よろしくお願いします!」
兜越しで少しくぐもった声で言いながら、勢いよく頭を下げた。背負った大剣が飛びだすかともライルは思ったが、杞憂に終わった。
その勢いにリディアは少し目を丸くしていたが、すぐに微笑みを浮かべた。
「よろしく頼む。それにしても、君がかの紅騎士か。よもや女性とは。私もそう強くありたいものだ」
片方の瞳にわずかな羨望を滲ませながらリディアがエルフィンに応えた。エルフィンはリディアの返しに拍子抜けしたようで、少し力が抜けたようである。
続くようにスィージアとツィークが前に出た。
「私はスィージア=セラ=ナタトリア。セラの守護者、ナタトリアの長女」
「僕はツィーク=セラ=ナタトリア。同じくセラの守護者、ナタトリアの長男」
エルフたちは世界樹の根が露出した場所を聖域に定め、その地を守護している。スィージアとツィークはセラと呼ばれる領域を守護する集落の出身だ。
世界樹の根本はハイエルフと銀竜王が守護していると言われているが、そこにたどり着いたものがいないため定かではない。
「私はエルフという種族を初めて見た。失礼は承知だが、エルフは気位が高いと聞く。なぜ竜殺し……、あ、いや、ライル殿に共に?」
リディアは二人のエルフを見ながら純粋に気になるという表情で尋ねた。
どうにもこの少女、素直に表情に感情が出ている。
エルフ二人も邪気は感じないその質問に顔を見合わせた。
「私達は私達の仕事があり、人と関わる必要がないだけです」
「僕達は僕達の意思で、自分たちの知らないものを知るために人里に来ました。そして彼に出会い、彼と共にいれば新たなことを知ることができるだろうと思い共にいます」
ほぅ、とリディアは嘆息を漏らし満足そうに頷いていた。
エルフ二人は、やはり人間はエルフに見下されていると思ってるのだろうかと考えるのであった。
考え込むエルフ二人を横目に見ながら、カリスが嫌々といった様子で口を開いた。礼を欠いた仕草に、背後の騎士たちが色めき立つのを感じたリディアは、手でそれを制した。
「私はぁカリス=スティークぅ」
真っ白なローブに身を包んだカリスは、ボサボサの緑髪をローブのフードに隠している。フードの影がの下で特徴的な三白眼だけがのぞいており、リディアを睨みつけているようだ。
いや、実際に睨みつけているのかもしれない。
ライルはめまいを覚えた。仲良くしろとは言わないが、どうにか敵対的な行動はしないでほしいと願うばかりである。
「スティーク……? スティークとはあのスティークか? ふむ……いや、この話は私などがするべきではないのだろうな。よろしく頼む」
リディアは少し何かを悲しむような顔を見せたが、先程と同じ微笑みをすぐに宿した。
カリスはふんと鼻を鳴らすように目線をそらした。
最後は、今までじっとリディアの眼帯を見つめていたスカーレットだった。
「私はスカーレット。家名はなし。よろしくね」
愛らしい顔に満面の笑みを浮かべ、紅い外套に身を包んだスカーレットは手を振った。
今度も騎士たちは色めき立つが、やはりリディアがそれを制す。
「スカーレット、ふむ……覚えたぞ。この中で……いや、貴女はとても強いようだな」
リディアは今までと違い、値踏みをするようにスカーレットを見ている。
スカーレットは小首を傾げた。まるで自分の全てが見透かされているような感覚をスカーレットは感じた。
「スカーレット……殿、どうやら剣を二本も持っているようだが、双剣の使い手なのだろうか?」
リディアはスカーレットの腰に目をやり、質問をした。その瞬間に先ほどの感覚は消え失せる。
“殿”と呼ぶまでに少しの間が感じられたが、その迷いがなんなのかはスカーレットにはわからない。
「ううん、これはお守りみたいなもの」
スカーレットは腰に下げた二本の剣のうち、紅い布の巻かれた銀色の柄の剣をポンポンと叩いた。
リディアはなるほどと頷き再びスカーレットを見る。
再び、さっきの感覚が戻ってきた。
「それよりも」
スカーレットはそんなリディアを見てにこやかに問いかけた。
「リディアちゃん、その眼帯の裏、何?」
はっとリディアが驚愕をその顔に浮かべた。
貴族であるリディアにちゃん付けなどと不敬にもほどがあると控えた騎士たちは憤る。ライルも勘弁してくれと思いつつ、二人を見守った。
今まではすぐに元の表情に戻っていたはずが、いまは目に見えて動揺を浮かべ隠せていない。
「知られたくないなら別にいいよ」
スカーレットがあっけらかんといった。その動揺を見抜いてなのか、単に興味がないのかはわからない。
リディアは少し逡巡した。
「いや、話すべきだろう。ここは人目も多いので続きは馬車で」
リディアは意を決した表情でそういうと、六人に馬車に乗るよう促す。
あまりの不遜な態度にいまにもスカーレットにとびかからんとしていた騎士たちは、リディアの行動に鼻白む。視線でそのままでいいのかとリディアに問いかけているが、リディアに気にしているそぶりはない。
主の、今は仮初であってもその意向に背くことは騎士である自分たちの恥だと己を律し、彼らは踏みとどまった。
「その前にいいですか?」
そんな騎士たちを見ながらライルがリディアに尋ねた。
リディアはなんだろうかとライルに振り返る。
ぶつくさと文句を言いながら荷馬車に再び乗り込んでいる騎士たちは、竜殺しの面々をにらみつけている。
「あれはやっぱり……?」
「ああ……父上が私一人では絶対ダメだと……。いらないと言ったのだが……すまない」
リディアはうんざりしているようである。
ライルはそれを聞きながら神妙に頷いた。
「竜が出るのでしょう? 竜が出たらすぐに逃げるように言っておいてください。貴女一人ならともかく俺達だけでは全員を守りきれません」
リディアは先程よりは小さいが、再び驚きの顔になった。そしてやれやれといった呆れとも感心ともつかぬ表情になる。
「竜殺し殿には全てお見通しなのだな。それにしてもお優しい。彼らはすでに死地に赴く覚悟はある。護られるよりも誰かを護り死ぬことを選ぶような者たちだ」
リディアが力を込めてそう言った。ライルとしては、竜と戦うならば足手まといになるかもしれない彼らには早々に逃げてほしい。だが、彼らの覚悟に水を指すわけにもいかないだろう。
「わかりました。ただやはり危なくなったら貴女たちは逃げてください。これは護衛の仕事なので」
ライルは念を押すようにそう言った。
「善処しよう」
馬車に乗り込みながら彼女はそう言った。
☆☆☆☆☆
流石に貴族の馬車とはいえど、装備をつけた二人と六人全員は乗ることができなかった。
ジハルトと名乗ったリディアのお付きの老人は、自身が御者台に移ることを提案したが、それでも結局入りきらなかった。
そこでエルフの二人も外に出ることにしたのだ。
逆に御者台が少し窮屈になったのだが、もともとここに馬車を持ってきた御者を帰らせ、ジハルトが手綱を握り、屋根にツィークが乗ることでスペースを確保した。
「私達は精霊たちの風を感じながら行かせていただきます。耳は良いので中の声は外でも聞こえますよ」
「それに護衛なら何人かは外にいないとね」
とは二人の言である。
ライルは、窮屈が嫌いな二人だから多分外に出たんだろうと思っていた。
車内に残った五人は向かい合うように座っていた。リディアとライルが隣同士に座り、その向かいには鎧を着込んだエルフィン、そして彼女がスペースを取るため左右に小柄なスカーレットとカリスを配置している。
こんな定員オーバー、重量オーバーの馬車で馬は大丈夫なんだろうかと何人かは不安を抱きながら、開門とともに馬車は滑るように走り出した。貴族の手前、行商人たちは先を譲ったのだ。
走り出し、これは流石に貴族の馬車だと竜殺しの面々は感嘆する。
これまでに何度か馬車に乗る機会はあったが、贅を尽くしたこの馬車は様々な技術が盛り込まれているため、今までで最も揺れが少ない。それらに感心していると、リディアは少し自慢げになっていた。
そんな中、スカーレットが口火を切った。
「じゃあリディアちゃん、聞かせてもらえる?その眼帯の話」
それを聞き、リディアは表情を改めた。
「まずは見てもらう方が早いだろう」
そういうと彼女は黒い眼帯をゆっくりと外してゆく。静まり返った車内で、エルフィンのつばを飲み込む音がわずかに聞こえた。
そこには、左眼の青とは違う、真紅の瞳が輝いていた。
今度こそ続きは未定です。(今年中には更新します)
一刻は二時間で、初刻(十二刻)が午前零時です。暖月は春、あとは暑月、落月、寒月があります。