3.出発準備開始
ライルとエルフィンの二人はゲルハルトとの話を終えるとすぐに自宅へと帰った。
自宅といっても“竜殺しと愉快な仲間たち”などというふざけた名前のパーティ共有の邸宅だ。
ライルとしては質素な家で良かったのだが、組合長が銀位階にそんな暮らしはさせられるか!と、もはや豪邸とも言えるような家を無理やり押し付けてきたのだ。ライル、エルフィン含め六人で暮らすにはあまりに広いためある程度使用人などを雇ってい、費用は全員で割り勘である。
「あ!エルフィン姉ちゃんだ! おかえり!」
「ライルにぃ! おかえりなさーい!」
「コラッ! ガキども! 目ぇはなすな! 指切るぞ!」
二人がそんな邸宅の門をくぐると、元気な二つの声と、それを叱る年老いた怒鳴り声が聞こえてきた。
声のした方を見ると二人の子供が老人とともに庭木の剪定をしていた。
「ただいまー!ちゃんと仕事してる?」
「うん!」
エルフィンはぱっと笑顔を浮かべ駆け寄ってきた女の子の頭を撫でる。遅れてやってきた男の子の方は羨ましそうに見ていたが、すぐに後ろからやってきた老人に女の子もろとも首根っこを掴まれた。
老人がライルに頭を下げた。
「すみません、ライルさん」
「いえ、構いませんよ。子供ですし、仕事は退屈なものでしょう」
ライルは微笑む。
彼はライルたちが雇っている使用人の一人であり、二人の子供たちにこの家の庭の手入れの仕方を教えているのだ。子供たちは孤児であり、ライルが依頼の際に村から焼け出されたのを助け世話をしているのである。
しょんぼりした様子で老人に捕まった二人は、いまが仕事中だったことを思い出したようだ。
二人は特にエルフィンに懐いているため、エルフィンが帰ってくるとよくこういうことがある。
「二人とも、ちゃんと仕事はするんだよ」
ライルが笑いながらそういうと、二人ははーいと返事をしながら老人と仕事に戻っていった。
「元気になってきたね」
「最初の頃は大変だったな」
エルフィンとライルは泣き叫ぶ彼らを連れ帰ったときのことを思い出し、二人は子供達の成長を喜んだ。
邸宅の玄関を開けると大広間だ。
ライルが華美な装飾は嫌ったため広さの割には華やかさはあまりないが、綺麗に掃除されている。雇っている使用人たちは毎日しっかりと仕事をこなしているらしい。
最低限の数しか雇っていないしそんなことは望んでもいないので、出迎えなどはない。
「おかえりぃ」
だが、そんな大広間に一人の人物がうつ伏せに寝そべり、二人を出迎えていた。
ライルは思わず声をかけていた。
「お前何してんだ……」
「そろそろかなぁって帰ってくるの待ってたぁ。お腹すいたぁ」
ライルの声を聞き、甘ったるい声で答えながら立ち上がって向き直ったのは少女だった。
ボサボサの深緑の髪はあまり手入れされていないようで、短い髪には枝毛がある。背はエルフィンよりも少し低く、目の下には濃いクマが刻まれ、病的に白い肌と相まって非常に不健康な印象を抱かせる。緑の瞳の三白眼は、眠そうに細められているせいで誰彼構わず睨みつけているように見えるが、これは彼女の普段の表情だ。
それよりも
「おまえ、もう何度目かわからんがあえて聞くぞ。服はどこだ」
彼女は全裸であった。
エルフィンがその姿を見てあわあわと赤くなり、チラチラとライルの視線を伺っている。ライルは極力貧相な体を直視しないように努めながらため息をついた。
あいにく、この少女が服を着ていないことは日常茶飯事であり、いい加減慣れてほしいともライルは思う。不摂生のせいか育たない体と平坦な胸を見ても興奮はあまりしないし、なにより少し浮き出た肋骨がやはり不健康に感じてしまう。
「カリス!? またなの!? なんでいつもそのまま出てくるの!?」
いつも通りエルフィンが怒った。
んー、と緑髪の少女、カリス=スティークは首を傾げる。
「なんでだろぉ。いっつも忘れるんだよねぇ」
カリスは大抵、邸宅に彼女専用に作られた研究室で魔術や錬金術の研究を行っている。しかし、何故かいつも全裸で行なっている。彼女いわく、全身で魔力流れを掴むためだとか。ただ昔から家では服を着ていなかったそうなので、後付けの理由だろう。
そして、部屋を出るときには大抵服を着忘れそのまま出てくるということだ。
見つかれば必ずタダではすまないであろうに、今まで使用人の誰にも見られず大広間に寝そべり続けたのは奇跡とも言える。あるいはいつものことだと見放されていたのかもしれないが。
ライルはそんなことを考えながら、二人が言い争っているうちにとりあえず彼女の研究室に行き、彼女の服を取ってきた。言い争っているといってもエルフィンが一方的にまくし立てているだけである。カリスは適当に返事を返し、よりエルフィンが怒るという構図だ。
特に悪びれた様子もないカリスに、ライルは服を投げわたした。
「ほれ、いっても意味ないかもしれんが次は着て出てこいよ」
「んー、次はねぇ」
「次じゃなくてこれかもずっと!!」
「善処しまぁす」
カリスに反省した様子はなく、のそのそと服を着ていく。そして最後に真っ白なローブを上から羽織った。
下に着ている服はシワが寄っていたり、シミがあったりと散々だが、ローブだけはシミひとつなく輝くような白さだ。
曰くローブにはこだわりがあり、このローブは使用者の強化や防御において最高級の性能を示す自信作だとカリスは言う。
材料の値段や加工の手間を考えると量産はできない自分専用の装備らしい。
食事にこれを着ていくのかとも思うが、汚れは弾くので問題ないそうだ。
「服も着たしぃ、ご飯食べたぁい」
カリスはあくびを一つすると食堂に向かいながらそう言った。
マイペースな彼女に二人はため息をつきながら、後に続く。
「確かにそろそろお昼だな」
「そっか、今日の当番は私だったもんね」
使用人は雇っているものの、昼食と夕食は六人の当番制になっている。食事の当番制はこのパーティハウスを手に入れる前からの習慣であり、エルフィンがどうしてもというので残っているものだ。
使用人達は主人達に作らせるわけにはと、自分たちの分は自分たちで用意しているようだ。
「話す事もあるしお昼にしよう」
ライルがそう言うとエルフィンは頷いて厨房へと向かった。
「話すことぉ?」
カリスが小首を傾げる。
甘ったるい声と相まって見た目年齢の割にどこか色香を漂わせる仕草だが、クマと三白眼が見事に台無しにしていた。
ああ、とライルは頷く。
「ちょっとした大口の依頼だ。俺たちを指名のな。だから全員で行こうと思って」
それを聞き、カリスはうへぇといやな顔をして舌を出す。
彼女は非常にものぐさで気が向いた時にしか依頼には同行しない。そのため、竜殺しのパーティにカリスがいることを知らない者も多いくらいだ。
ライルは、俺も面倒なんだぞと思いながらため息をついた。
「ツィークとスィージアを呼んでくるからおまえは先に食堂に行っててくれ」
「スカーレットはぁ?」
「あれは匂いにつられてでてくるだろ」
「そだねぇ」
じゃあ、呼んでくると言い残しライルはその場を後にする。
カリスものそのそと食堂へと向かった。
☆☆☆☆☆
食堂の席にはすでに五人が席につき、他愛のない会話をしていた。
厨房からは食欲をそそる匂いが漂ってきている。先の言葉通り、呼びに行かずともスカーレットを名乗るショートカットの黒髪の少女はすぐに食堂に現れたので、食堂にはすぐに五人揃った。
長大なテーブルにはまだいくつか席が残っているが、それが全て埋まったことはこれまでに一度もない。
宝の持ち腐れともいえるが、そもそも不必要なのに自腹で用意させられたものであり、決して埋めてやるものかというライルのくだらない意地がある。
「おまたせー」
エルフィンが料理を運んできた。流石に六人分ともなると、ワゴン一台には収まりきらないため、何度か往復をする。
メニューは牙竜のステーキと野菜を使ったスープ、今朝焼いたパンである。牙竜の肉はこのあいだの幼竜のものだ。
全ての皿が並べられたところでエルフィンも席についた。
「じゃあ食べようか」
ライルの言葉に彼の対面に座るエルフたちが頷く。金の髪の少年ツィーク=セラ=ナタトリアとその姉スィージア=セラ=ナタトリアだ。
「我らが神たる竜よ、その恵みに感謝を。竜よ、我が糧となり力を与えたまえ」
二人の祈りの声が重なる。
エルフという種族は竜神への信仰が厚く、食事の前に祈りを捧げる。眷属であると言われている竜を食す時には、特に長く祈りを捧げる習慣があった。太古のエルフは竜を食すことは禁止されていたようだが、長い歴史の中で変わったらしい。
祈りを捧げるエルフ二人の隣ではカリスが今か今かと涎をたらさんばかりに料理を見つめている。人間の彼女たちも竜神を信仰はしているものの、エルフほどではなく、食事の前に祈る習慣はなかった。
ライルの左に座るスカーレットは手を合わせ、小さくいただきますと呟いた。彼女のそれを何か聞いた事があるが、故郷の習慣だとしか教えてはくれなかった。
右隣のエルフィンも、スカーレットを真似て手を合わせていた。
エルフの二人の祈りが終わった。
それを合図に六人は静かに食事を始める。カリスも食べるスピードは早いものの、騒がしくない。
牙竜の肉は筋肉質で硬い部分がほとんどだが、腹回りには脂肪の多い部分もある。その辺りの柔らかい肉を使っているようで、程よい硬さに独特の風味に合わせた香草が良い味を出していた。香草の選択はエルフィンのセンスのたまものである。
スープはいつも通りのあっさりとした味わいで、エルフィンとエルフ二人の好みで野菜は少し硬めだ。パンは焼きたてでないのが残念である。
「エルフィン、今日も美味いぞ」
「ほんとねー。竜が美味しく食べられるなんて今でも驚きなんだから」
ライルとスカーレットがエルフィン褒め、エルフィンが頬を染めながらそんなことないよとはにかんだ。
エルフの二人は黙々と食べているが、不満はないらしい。
カリスはすでに食べ終え、幸せそうな顔で席に沈んでいる。
そうこうしているうちに残りの五人も食べ終え、皆が程よい満腹感と幸福感に浸っている中ライルが口を開いた。
「みんな、俺たち指名の新しい依頼が入った」
それを聞き、スカーレットを除く四人がおのおの姿勢を正す。スカーレットは使用人を呼び、食後の紅茶を自分の分だけ淹れさせていた。
ソーサー入らないとカップだけを受け取る。
彼女はカリスに負けず劣らずマイペースである。
「指名なんて断りようがないし、そもそもライルは何かと理由をつけて依頼を断らないから私らは大忙しねえ」
ライルが考えている事を特によく知っているスカーレットは、にやにやと笑いながら紅茶を口にする。艶やかな黒い瞳は楽しげであり、愛らしい顔に蠱惑的な笑みを浮かべていた。十代中ごろに見えるはずの顔は非常に魅力的であり、不思議な色気があった。
うるさいなとライルはスカーレットを睨むが、どこ吹く風といった風に取り合ってもらえなかった。ライルは大きなため息をつく。
「ライル、どんな依頼なの?」
スィージアが見かねたようにそれ始めた話題を戻すように尋ねた。
彼女は弟のツィークにそっくりだ。いや、ツィークが彼女に似ているのだろう。
金の髪、美しい顔に翡翠の瞳は人間離れした圧倒的な輝きをたたえている。ツィークに比べいくらか女性的な顔立ちをしており、髪は長く頭の後ろで一つに束ねられていた。
ツィークと並ぶと彼女方が少し背が高く、姉と弟ということがよくわかる。歳が近いように見えるが、スィージアは百二十六歳で成人済みだが、ツィークは七十八歳でまだ成人はしておらず四十八も離れている。エルフとしては近い方だが、人間としては有り得ない歳の差だ。
エルフの成人は百歳である。
「ティアネリア家の次女の護衛だ。騎士としての訓練は受けているらしいから、もしもの時は逃げられると思う」
ライルの言うもしもの時、という言葉の意味は誰も問わなかった。そもそも、自分たちが指名されている時点で、おおよその事情は察せられる。
「貴族サマかぁ厄介ねぇ」
カリスがぼやいた。彼女はあまり貴族が好きではないのだ。
それにライルとエルフィンは苦笑する。どうにか依頼の最中は、その貴族嫌いを見せないでほしいと願うばかりだ。
「ということで、だ。何が起きるかわからない。万全の準備をしてほしい」
ライルが軽く手を叩き、皆の意識を戻す。
それを聞いて皆表情を引き締めた。竜殺しと愉快な仲間たち、などとふざけたチーム名ではあるものの、彼らは最上位の狩猟者である。仕事はしっかりとこなす。
「でも報酬はどうなってるの?」
ツィークが尋ねた。
他の面々もそれは気になっていたようだ。
「向こうが働き次第で決めるらしい。組合長の言葉を借りるなら心配はいらないって」
それを聞いて一人難しい顔をしたのはカリスだ。彼女にとって貴族は信用できない。だが他の面々は違った。組合長の言葉、というだけで納得できるあたり、彼は信頼されているのだろう。
「他に質問は?」
ライルが皆の顔を見回す。
口を開くものはいなかった。
「じゃあ出発は三日後。それまでに準備は整えて欲しい」
ライルの言葉に皆頷いた。そして席を立ち、自分の部屋へと向かう。
エルフィンだけは食器の片付けから始めた。
途端に食堂ががらんとする。
「何も起こらないのが一番いいんだけどねー」
一人食堂に残ったスカーレットが、ヘラヘラと笑いながらそんな事を呟き、カップに残った紅茶を飲み干す。
首に巻いた紅いチョーカーを彼女はそっと撫でた。
「静かに暮らしたいなんて言うけど、やっぱり中身はそれを許しちゃくれないんだろうね」
そんな事を呟きながら静かにカップを置くと、彼女はゆっくりと席を立った。
「それに、もう時間もないみたいだし」
後にはポツリと、テーブルの上に一つのティーカップだけか残された。
これも書き溜め分です、今年中には六話までは行きたい。
四話執筆中。