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竜殺しは静かに暮らしたい  作者: アールグレイ
一章 愚者の遺産 編
2/13

2.厄介の予感

二話目です。

「お金、どんくらいになるんだろ」


 大通りを跳ねるように歩く、燃え盛るような紅蓮の髪をなびかせた少女が、隣を歩くライルに尋ねた。

 両の瞳は髪と同じ紅蓮の色をたたえ、期待に爛々と輝いている。十四、五ほどであろう顔立ちは、多少幼さは残るもののあと二、三年もすればさぞ美しくなるだろう。ハーフアップにした前髪を留める花の髪留めがよく似合っている。

 楽しげな表情を浮かべるその顔は輝いて見えた。

 彼女の輝く艶やかな紅い髪は非常に人目を惹き、美しい顔も相まって見惚れる人々も多かった。本人にその気は無いだろうが、周囲に華を振りまき非常に目立っている。

 ライルにとって隣を歩く自分より少し背の低い少女が目立っているのは、非常に居心地が悪かった。

 彼は、流石にフードを被るなど不審者チックな格好は選択していないものの、自分自身はあまり目立たないようにと地味目な服装を選んでいる。暖かい季節にもかかわらず紅いマフラーは巻いているが、それを気に留める者はいないようだ。

 彼女もライルに合わせ服装自体に華はないが、いかんせん見た目が見た目である。どうしようもなく目立っていた。

 幸い、二人とも帯剣はしているものの、少女は普段の真紅のフルプレートと身の丈はあろうかという大剣ではないため、ライルが竜殺しだと気づく者はいないようだが。


「どうだろうなあ。とりあえず多くなる事を見越して背負い袋は持ってきたけど」


 ライルは居心地の悪さをおくびにも出さず、背中に背負った潰れた袋にちらりと視線をやりながら少女に応える。

 二人は先日の幼竜討伐における追加報酬を、組合へと受け取りに行くところである。今朝、彼らの元へ査定などが終わったことを知らせる手紙が届いたのだ。

 幼竜といえど竜の素材である。竜の素材はどれも超高級品であり、高値がつくことは疑いようがなかった。


「組合次第だな。緊急の討伐依頼だったわけで、向こうと話し合ってどこをもらうか決める必要があるし」


 討伐依頼における討伐対象の素材の所有権は、基本的には依頼主に依存する。

 だが、今回の突発的な幼竜被害に対する討伐依頼のように緊急のものは依頼主は組合やその被害地域の領主となっている。領主による依頼とはなっていても領主個人の依頼とはみなされず、素材換金によって得られる金銭の多くは被害地域の復興に当てられるのだ。

 復興費用を差し引いた残りが追加報酬として支払われる仕組みになっている。

 だが、命を賭けた討伐であり、狩猟者においてもそれなりの優遇はなされる。例えば、討伐対象の希望部位を優先的に報酬として受け取るなどだ。

 今回の依頼は被害報告を受けた組合が出した依頼であり、復興費用の計算は組合が行なっている。そのため、部位毎の金額を鑑みどの部位をどちらが受け取るかという相談を行う必要があるのだ。


「町はボロボロになっちゃったもんね。すごくお金がかかりそうだったけど、大丈夫かなぁ」


 紅髪の少女は少し表情を曇らせる。


「エルフィンのおかげで被害はあれ以上にならずに済んだんだ。それに、多分幼竜が三頭もあればあの町が三つはできると思うぞ」


 ライルは紅髪の少女、エルフィン=サラマンデルを励ますように言った。

 エルフィンはそれを聞き、ウンウンと頷く。


「たしかに竜って高いもんねー」


「まあ、だからそれなりには貰えると思う。できればトゲとか爪あたりももらおうと思ってて」


「だから背負い袋持ってきたんだ」


「そういうこと」


 二人がそんな風に話をしているうちに、組合にたどり着いた。

 門は閉じられていない。というよりも正面入り口には門自体が存在しない。

 金属の柵で区切られた敷地は貴族の邸宅並みに広く、本棟、別棟、演習施設の三つの建物が中にはある。どの建物も華はなく実直な作りだ。ただし、どれも分厚い壁に覆われており頑強そうな印象を受ける。実際に強化魔法の刻印がなされた壁は大抵の攻撃魔法に耐えうるとも言われている。

 貴族街の建物や領主館を除いては、この地方都市エリアルの中は最も大きな建物だ。

 飾り気のない無骨な扉を二人は押し開け本棟に入った。

 相変わらず受付兼酒場は喧騒に満ちている。

 ライルたちが入ってきたことに気づいた者も何人か居たが、いつもの装備でないことや、そもそもエルフィンは自分が紅の騎士だとは公言していないため、やはり竜殺しだとはほとんど気づかれていないようだ。

エルフィンの容姿に下心丸出しの視線を投げる者も居たが、建物に入ったところから彼女は周囲に殺気を放っており、声をかける者やそもそも近づこうとする者さえ居なかった。

 何人かは竜殺しに気づいたようだが、その装いや普段の言動から目立ちたくないと思っていることを見抜き、取り立てて騒ごうとはしていなかった。

 顔をあまり覚えられていないのは有名人としてなんたることかといったところだが、ライル本人としては目立ちたいわけではないし静かな生活を望んでいるため不満はない。

 二人は騒がしい狩猟者たちの間を抜け、受付カウンターへと向かった。


「すみません」


「はい、本日はどのようなご用件でしょうか」


 薄青の髪を短く切り揃えた受付嬢がライルに応対する。どうやらエーテラは今日は非番のようで、受付内に姿は見えない。

 組合の顔となるため受付嬢は綺麗どころが集められており、彼女もまたエーテラのように美女だ。青い瞳と青い髪でクールな印象が先行するが、その笑顔は明るく暖かい。

 ライルは、このエリアル中の美女がここに集められているんじゃないかといつもと同じ事を考えながら、腰ポーチから手紙を取り出した。


「査定が終わったようなので、追加報酬の話を」


 受付嬢はライルから手紙を受け取り確認する。

 二人は受付嬢が手紙を確認している間に身分証の木板と狩猟者証のメダルを取り出した。

 この国は、生まれた後その一年以内にその地域に領主によって置かれた役場に向かい、登録する義務がある。魔法契約によって木で作られたカードに名前や身分などが刻まれるのだ。何か変更が起きた際にだけ役場へ向かい、その変更を報告し書き換えなければならない。

 木板の内容の書き換えは非常に高度な魔法技術と、そもそも契約を行なった者の意思が必要になる。簡単には書き換えなど行えようはずもない。

 同等の技術を持っていればよく似たものを作ることもできるが、これを示す事が必要な場所には必ず真眼持ちがいる為、すぐに見抜かれてしまう。

 偽装をしようという者はかつてはいたものの、今はもういないのだ。

 メダルは狩猟者としての位階を示す。

 これまでの功績に応じ、木、軽鉄、鉄、鋼、銅、銀、金と上がっていくのだ。つまり銀のメダルを持つ二人は上から二番目の位階であると言える。金のメダルは勇者と呼ばれる存在に与えられる特権のような者であり、実質的には銀位階が狩猟者の最上位と言えるだろう。

 メダルにも魔法的仕掛けが施されており、魔力を流す事で作った人物と場所がわかるようになっている。これも偽装はほぼ不可能と言っていい。

 木板とメダルを手に取り確認していた青髪の受付嬢は、問題はないと頷き二人に返した。


「では、第三演習場の方へ。そちらに素材は用意しています」


 どうやら会議室では収まらない話のようで広い場所が必要なようだ。受付嬢は近くの職員に何か言伝を頼むと立ち上がった。そして依頼書の張り出された壁と反対にあった扉を開け、二人の前に立つ。


「ご案内させていただきます」


 そう言うと振り返り歩き始めた。

 二人とも組合自体は何度も訪れ勝手知ったる場所であり、今更案内される必要などないが、第三演習場は屋内のため使う人も少なく知らない者も多い場所だ。それに、形式的なものもあるのだろう。

 いくつか廊下を通り抜け、第一、第二の演習場で何人かの狩猟者が手合わせや武器の性能チェックなどをしているのを横目に、三人は第三演習場にたどり着いた。

 受付嬢は二人が演習場に入ったのを確認すると、もう用は済んだとばかりに戻っていった。受付の仕事を途中で抜けてきたのだ、当然といえば当然であるしいつものことである。

 演習場内は大変なことになっていた。

 広げられた布の上に幼竜の素材が所狭しと並べられている。

 やはり一番多いのは鱗で、濁った黄色の大小様々な鱗がこれでもかというほどに並べられていた。竜の鱗は耐久性が高く、何より魔法との相性がいい。魔法強化を施した竜鱗の鎧や盾は需要が高いのだ。

 これだけの数があれば加工の段階でいくつか駄目になっても二十着は揃えられるだろうとライルは思っていた。おまけで竜鱗の盾もいくつか作る事ができそうだ。

 他にも竜鱗は砕いてすり潰すことで滋養強壮、身体強化の薬効を示す。竜鱗は欠けたものさえも有用性が高いのだ。

 次に多いのは牙だ。

 ライルの狩ってきたものは牙竜と呼ばれる種類のものだ。牙竜は通常の顎に並ぶ牙とは別に、何か特徴的な牙を持つ事で知られている。

 今回の獲物は細牙竜ゲリウスと呼ばれる牙竜で、大きな牙の内側に、獲物の肉を細切れにするための細かな牙が並んでいる。その細かな牙が並べられた牙の大多数を占めていた。

 ゲリウスの牙は小さいものが多く、今回は幼竜なのも相まってさらに小さい。剣に小さい牙を並べてノコギリのようにするか、棍棒などに埋め込むか。何にしても加工の手間を考えるとあまり価値は高くないと判断されただろうとライルは見ていた。

 残る素材は爪や角や棘だ。牙竜は地をかけるものが多く翼が退化したものも多い。ゲリウスもその例に漏れず翼の素材はない。

 その代わりなのか、背中に大きな棘とわずかな皮膜を残していた。皮膜には強度も面積もないため棄てられたのだろう、ここには見当たらなかった。

 ライルが目をつけたのはその背中の棘だった。

 根元は人間の太腿ほどの太さがありわずかに反りながら長さは人間の腕ほどもある。加工すれば剣などにできるだろう。この棘は本来翼となるはずだった部位の鱗が集まったものであり、それ以外にも用途はある。この中で最も価値が高いだろう。

 六本あるうちの三本もらえれば御の字かなどと考えていると、演習場の扉を開けて入ってくる者がいた。


「すまない、待たせたな」


 現れたのはいかめしい顔にわずかに罪悪感を滲ませた禿頭の大男だ。その身体はライルをふた回りも上回るだろうが、太いというわけではなく鍛え上げられたものであり、筋骨隆々という言葉がよく似合う。

 はち切れんばかりに膨らんだ筋肉にシャツが悲鳴を上げている。

 かつて、銀位階として名を馳せた英雄の姿に衰えは感じられなかった。

 その横には彼の秘書であるペティラが居た。彼女は神経質そうな細い目を動かし、広げられた素材の量を見て感嘆している。ペティラは移民であり、家名は持っていない。


「いえ、大丈夫ですよ組合長」


 ライルは曖昧な笑みで答えた。

 組合長、ゲルハルト=ダルシアはうむと鷹揚に頷いた。

 エルフィンはゲルハルトが苦手であり、ライルの後ろに隠れている。


「さて、始めるか」


 ゲルハルトはそれを歯牙にも欠けず、低く重い声でそう言った。



☆☆☆☆☆



 端的に言えば交渉などというには程遠く、ほとんどライルの希望が通る形で終わった。

 これだけの素材があれば復興費などは簡単に賄う事ができ、それでもお釣りがくるというのはライルの予想通りであり、希望通り棘を手に入れる事ができた。しかも四本もだ。

 さらには、ライルは遠慮をしたが組合からの報酬という形で余った鱗を組合が買い取るという体を通り、多額の金銭ももらったのだ。

 ライルとしては結果に文句はない。

 組合としても素材を加工して狩猟者やその他の人間にも商売などを行なっているため、余った素材はそのまま加工され販売されることになる。双方とも得をした形になった。


「うーむ、何か嫌な予感がする」


 牙竜の棘と数多の金貨、銀貨の詰まった背負い袋を見て上機嫌のエルフィンと、素材の生み出す利益を考えながら笑顔で頷き会話をしているゲルハルトとペティラを横目にライルは呟いた。

 うまい話には裏がある。

 果たして、その予感は的中しようとしていた。

 先程まで笑顔を浮かべていたゲルハルトは、急に表情を組合長としての顔に戻すと、ライルに声をかけた。ライルはやっぱりきたかと一瞬渋い顔になったが、すぐにそれを消し曖昧な笑みを浮かべる。


「ライル、実はお前に指名の依頼が入っている。依頼は貴族の護衛だが、わざわざお前を指名している。いや、正確には竜殺しを指名している、と言ったほうが正しいか」


 ゲルハルトはそこで言葉を切った。ライルの表情を伺っている。

 しかしライルの表情は変わらない。

 相変わらず読めないやつだとゲルハルトは思いながら続けた。


「どうする?指名の依頼だが断ることもできるぞ?とてもただの護衛になるとは思えん。指名されているのだ、おそらく竜が出るのだろう。どういう意図があるのか竜に関する事柄は伏せられているが」


 ゲルハルトはいたって真面目な顔だ。

 狩猟者として指名依頼を受ける事はとても名誉な事だ。それだけ実力を認められ、信頼されているという事である。

 しかし、ライルとしてはそんなものはどうでもいいと言わざるを得ない。名誉なんか必要ないし、できるなら静かに暮らしていたい。

 もともと狩猟者となったのも、自分が静かに暮らしていけるよう周囲の魔獣を片付け、資金を稼ぐためだ。おかしな理由だが、なまじ彼にはそれをできるだけの力があり、それをためらう理由はなかったのだ。

 今でこそ竜殺しなどと有名になっているが、そうでなくとも彼の実力では有名になっていた事は疑いようはない。

 それでも、彼は静かに穏やかに、誰にも何にも邪魔されず気ままに暮らしていたいのだ。

 だが、


「俺が行かなくてもどうせ何か起きますよ。それなら後々面倒になる前に俺が終わらせます」


 ライルはそう言った。

 ため息をつきたくなるのを抑え、ライルはゲルハルトを見る。

 ゲルハルトはやれやれといった様子で肩を竦めた。

 そもそも、この報酬交渉でライルの希望が通り過ぎたのも、余裕があるとはいえおそらくは彼に依頼を受けさせるためのものだったのだろう。ライルはそのようなことを気にしない事はゲルハルトは分かっているが、念には念をといったところだ。

 そもそも貴族の依頼であるため、組合としても断り辛いものである。


「詳しい話をする。ついてこい」


 それだけ言うと彼はペティルを伴い演習場を出ていった。ライルとエルフィンもそれに続き演習場を後にする。

 別棟の二階にあるため組合長室まではそれなりの距離があったが、四人は無言だった。

 エルフィンは怯えているのかライルの腕を掴んでいるし、ライルはライルで沈黙の圧力に辟易している。そうこうしているうちに組合長室にたどり着き、ペティルがそれなりに装飾の施された扉を開け三人は部屋に入った。

 どかりと大きな音を立て、ゲルハルトは応接ように設えられたソファに腰を下ろした。ペティルはその斜め後ろに静かに立つ。

 エルフィンが掴んで放さないため、そのままライルはゲルハルトの向かいにエルフィンとともに腰を下ろした。

 それを確認するやいなや、ペティルが紙をゲルハルトに手渡し、彼が口を開く。


「依頼書はこれだ。依頼者はリディア=エルネ=ティアネリア、ティアネリア家の次女だ。すでに長兄が家督を継いでいるために彼女に相続権はないが、歴としたティアネリア家の子女、依頼書にも強力な護衛としてお前を指名したと書かれてある」


 ライルは応接机に置かれた依頼書を手に取り、隅々まで目を通そうとして、そこで一つ気がついた。


「違約金や報酬額が書かれていませんね」


 ゲルハルトが頷いた。


「そうだ。どうやら先方は結果次第で報酬額を決めるようだ。依頼を断った場合の違約金も不要だと」


「ふむ……」


「俺は貴族の動きには疎いが、ティアネリア家は儀を重んずるという。報酬の心配はいらないだろう」


 報酬の話でエルフィンに力がこもっていたが、それを聞き力を抜いた。


「問題は内容だ。ティアネリア家の次女は騎士となるための稽古を受けていたと聞く。騎士となったとまでは聞いていないがな」


「そこに何かありそうですね」


 ライルが頷く。


「案外、お前の力を見たいというだけかもしれんがな」


 そんな馬鹿なとライルは苦笑いした。いくら自分が有名人といえど、狩猟者は泥臭い仕事であると見下す者の多い貴族にそんな物好きがいるとは思えなかった。


「騎士として訓練していたならいざという時も大丈夫でしょう。報酬も期待できそうですしね」


 それに断っても、しつこそうですのでとは口には出さなかった。


「助かる。正直面倒事は断るかと思っていた。それに必ず何かあるだろうしな」


 ゲルハルトがライルの身を案じているのはわかるが、これまでも竜は何度も屠ってきた。そこに不安はない。


「なるようになりますよ」


 ライルは心配をしてくれるゲルハルトに感謝しながら、そう笑った。

書き溜め分です。

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