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竜殺しは静かに暮らしたい  作者: アールグレイ
一章 愚者の遺産 編
12/13

12.異形2

「皆は離れていろ!ここは私と竜殺し殿たちで相手をする!」


 そう声を上げた彼女に向かい異形が跳んだ。太く逞しい腕を振りかぶり、リディアの身体を叩き潰さんと迫る。

 リディアはわずかに瞠目したが、すぐさま対応をしてみせた。

 しなやかな動きでその身体を動かし、攻撃をかわす。かわしながら剣を抜いた彼女は、通り過ぎる異形の脚を切りつけた。


「ふむ……」


 脚を切り落とされたことで姿勢を崩し、背中から地に倒れこむ異形を振り返ったリディアは、剣を構えながら考える。

 彼女の剣、リディエルネは希少な魔法金属、グラシダイトで作られている。魔力の伝達能力もさる事ながら、その魔力伝導性を活かして魔法による加工がなされていた。分厚い鉄の板さえも切り裂くこの剣ならば、人の身体を細切れにすることも容易い。

 並の鎧さえもやすやすと切り裂くその剣をもってしても、切った手応えは───


「あまりに軽い……。攻撃を受ける直前に自らその身をあの粘液へと変えているのか」


 リディアは小さく呟き、地の上で蠢く粘液に目をやった。

 粘液は吸い込まれるように切断された脚へとまとわりつき、切断されている脚を治そうとしているが、リディアはそれを許すほど甘くはない。

 核の位置はわからないが、スカーレットのように細切れにすればいいだろうと彼女は踏み込み切りかかった。


「何!?」


 しかし、リディアのその剣は異形には届かなかった。異形の太い手に剣は受け止められ、その刃を握り締められている。

 異形は強化魔法をまとい彼女の攻撃を防いだのだ。

 リディアの攻撃速度はスカーレットに比べはるかに遅い。どうやら、見切られてしまったようだ。


「くっ……」


 なんとか剣を引こうと力を込めるが、その太さに見合った膂力を見せる異形の腕は剣を掴んで離さない。その間にも異形の脚は再生し、ゆっくりと立ち上がった。

 剣を掴んだままの異形はギチギチと嘴を打ち鳴らして嘲笑うかのようにリディアを見下ろした。

 たしかに彼女はまだ未熟ではあるが、エリアルを中心としたサネガスト王国西方の騎士の中ではそれなりの実力者だ。いずれは王下十傑と呼ばれる王直属の騎士隊にも選ばれるのではないかと目されている。

 騎士たち全体の実力は狩猟者たちに比べて低いと言わざるを得ないが、実力あるものがいないわけではない。狩猟者あがりの者も騎士の中にはいるうえ、ただ騎士として己を鍛え上げ、上位狩猟者にも負けず劣らずの実力者もたしかに存在しているのだ。

 しかし、そんな彼女の攻撃が見切られるということは、この異形はそれに匹敵かあるいはそれ以上の力はあるということだろう。

 そして、その異形をたやすく屠る彼らはいったい───リディアは余計な考えを振り払い、目の前の異形を睨みつけた。鶏の顔に表情などないが、たしかにこの異形は自分を嘲笑しているように感じる。

 どうにも腹立たしいが、たしかに剣はビクともしない。

 だが、彼女は諦めていない。


「私がこの程度で諦めると?舐められたものだな」


 リディアは剣をもっていない左手を使い、右目を覆っていた眼帯をむしり取った。


「ぐっ……!」


 魔封じの眼帯に抑えられていたその眼の力が解き放たれる。

 真実を見通すと言われる真眼のそのさらに上、一部では竜眼とも呼ばれるその力は、彼女の頭にさまざまな情報を流し込む。

 頭痛がリディアの頭を苛むが、それを強引にねじ伏せ、その力を一点に集中させた。

 解放された竜眼は、先程まで靄がかかっていたような異形の情報を鮮明に捉える。色々な、それこそ先程スカーレットが求めたような事まで分かるが、今はそれはいい。

 ───狙うは核。


「そこか!」


 リディアは自由な左手に全ての力を込める。自身の魔力全てをつぎ込み、左手のみに強化魔法をまとった。強化魔法は魔力を外に放つわけではないため、異形に魔力を吸収される心配はない。

 様子の変化したリディアに異形は警戒の声を上げるが、最早遅い。

 リディアの渾身の手刀による突きが、竜眼の捉えた力の集まる点、異形の胸へと打ち込まれた。

 強烈な一撃は、咄嗟にその身を粘液へと変質させようとした異形の胸部を粉砕し、粘液を周囲へと飛散させる。

 リディアの攻撃を受けた異形は胸に大穴を開けながらも、平然としており、最早手も足も出ないだろうとリディアを嘲笑しようとして、そして気付いた。


「本当はさっきの一撃で核ごと貫くつもりだったのだが、な!」


 言葉とともにリディアが左手に掴んでいた核を握りつぶし、異形は断末魔の悲鳴をあげることもなくどろりと崩れ去った。

 リディアは鼻を鳴らし、左腕と剣にまとわりついた粘液をおとすと、眼帯を拾い再びその眼を覆った。


「うっ……ぐ……」


 こみ上げる吐き気と頭痛に、彼女はよろめく。未だ、竜眼の負荷に耐えられる身体にはなっていない。

 肩で息をしながら彼女は、ほかの戦いはどうなっているのかと視線を向けた。

 ライルと目が合う。

 早々にかたを付けた彼はエルフの二人と話をしていた。


「もうすぐ他も終わるでしょう」


 近付くリディアへとライルはそう声をかけたのだった。



☆☆☆☆☆



 エルフィンはその兜の下から油断なく異形を見つめていた。

 スカーレットの予想した通り、只者ではなかった。自分よりもずっと強い彼女やライル達にとっては苦戦するほどでもないだろうが、エルフィンにとってはそうではなさそうだ。

 特に魔法を吸収してしまうというのは、自分の戦い方とはあまり相性が良いとは言えない。かといって大剣を言い訳にせずとも、スカーレット達のようなスピードは自分には出すことはできない。

 どうしたものかと考えながら、その剣を構えた。

 異形も異形で、何を考えているのかはわからないが、威圧感ある鎧の姿に警戒をしているかのように他と違い突っ込んではこなかった。ただカチカチと嘴を打ち鳴らし、エルフィンを見つめる。

 お互いにらみ合ったまま、動かない。

 ライルが異形を切り刻み、エルフの二人が異形を翻弄しているのがエルフィンの視界の端に見えた。

 エルフィンは始まらない戦いにわずかに苛立ちを感じる。


「もう、じれったいなあ!」


 もともとあまり我慢ができない質の彼女は、ついに我慢の限界となり、力強く地を蹴り異形との距離を詰めた。

 彼女の立っていた地面が爆ぜ、爆発的な勢いで異形へと迫る。

 背負った大剣は抜いていない。

 武器を抜いていない事に異形は戸惑ったのか、反応が遅れる。それが致命的な隙となった。


「せやぁ!」


 バコンと大きな音ともに、咄嗟に腕でかばったはずの異形の上半身が爆ぜ、それだけではとどまらず無事なら下半身までもが勢いに押されて吹き飛んだ。

 エルフィンはただ力任せに異形を殴りつけただけだ。全身を鎧で纏いながらも軽やかに動ける事からも分かる通り、彼女の身体能力は凄まじい。

 その身体能力を存分に活かし、かつそこへ強化魔法を纏う事でさらに力を底上げし異形へと拳を放ったのだ。そして、異形の身体はそれに耐える事ができず、弾け飛ぶ結果となった。

 しかし、粘液となってもなお蠢いているために、まだ核は破壊できていないのだろう。原型をとどめいた下半身も、どろりと粘液となってどこかへ向かい始めた。

 なまじ弾け飛んでしまったために遠くへ核が吹き飛んでしまったようだ。エルフィンは思わずため息をつき、後悔したが後の祭りだ。


「うー、失敗した……」


 ぼやきながら蠢く粘液の後を追いかける。思ったよりもスピードが速い。

 エルフィンが追いかけた先では、まばらな木々と茂みに隠れるように粘液は集まっていた。既に大半が核の周りに集まっているようで、かなり大きな塊となっている。

 そこに下半身だった粘液が交わろうとしていた。


「させるかぁ!」


 エルフィンは大剣を抜き、その腹で上から粘液の塊を地面へと叩きつけた。

 地面は陥没し、叩きつけられた粘液は再び周囲に飛び散る。

 エルフィンが剣をあげると、陥没した地面に張り付くようになった粘液の中に、砕けた透き通る赤い石のようなものがあった。

 今の一撃で核ごと叩き潰す事ができたようだ。


「もう生き返らないかなあ?」


 エルフィンは用心深く粘液を見つめる。

 とりあえずその核のかけらを踏みつけ粉々にし、粘液が一切動かないことを確認してそしてようやく安心した。

 彼女は一息つくと、元いた場所へと駆け戻った。



☆☆☆☆☆



 カリスは困惑していた。

 自分に相対している異形は、自分へ殺意どころか敵意さえ向けていないように感じられる。

 それどころか───


「私とおんなじ魔力の波長……?」


 カリスは生まれつき強大な魔力を持っていた。そして、それを操ることのできる才能も。

 こと魔力と魔法に関しては彼女は王国随一の知識と技術を持っていると自負している。そして、彼女ほどに魔法を極めれば、魔力の流れとその質を感じることもできるようになる。

 その彼女の結論からすれば、「魔力は持つものそれぞれに波長に違いがあり、同じものは一つとして存在しない」。

 それは双子であろうとも同じだ。魔力は魂由来の力であり、魂が別である限り同じ波長を持つことはあり得ない。

 しかし、目の前の異形は自身に似た、同じ波長を持っているように、いや()()()()()()であるかのように感じられた。

 自分と同じ魔力を持つものを作り出すことは可能だ。使い魔や魔力を込めて動く人形などがそれに当たる。

 だが、カリスはこんなものを作り出した覚えはない。


「どういうことなのぉ……?」


 何故この異形が自分と同じ波長を持つのか分からず、思わずそんなつぶやきが漏れるほどに彼女の頭は困惑で満たされていた。

 自分が作った覚えがないはずなのに、自分と同じ魔力波長を持つ存在。そんなものがどうして存在しているのか。

 心当たりはある。幼い自分と全く同じ顔をした少女と、それを連れた


「まさかこんなの作るなんてぇ、ないと思うんだけどぉ……」


 ないとも言い切れないのが厄介だった。


「どうしたの」


「うあっ!?」


 スカーレットが彼女の横に立ち、肩に手を置いた。驚いてびくりと体を跳ねさせたカリスは、スカーレットを伺うように見る。

 スカーレットは「ん?」とカリスを見つめ返す。

 カリスほどではないものの魔法に秀でたスカーレットならあるいはとカリスは思ったが、どうやら彼女には波長のことは気づかれていないらしいと思い、カリスは安堵した。

 スカーレットがにこりと笑う。


「まあ、波長が同じだからって私はカリスが何かしたとはおもってないよ?」


「気付いたんだぁ」


「まあねー」


 敵わないなと思いながらカリスはため息をついた。

 二人がそんなやりとりをしている間にほかの戦いは終わり、カリスと相対していた異形もライルが片付けたようだ。

 エルフィンが戻ってくるのが見え、離れていた騎士たちも集まる。全員無傷であり、被害はない。

 リディアが考え込むようにカリスを見つめていた。


「さて、戦いは終わったわけだけど」


 全員集まったことを確認したスカーレットが口火を切る。少し真面目な表情だ。


「さっきのバケモノ、あれが今回の異変に関わりあるかはさておき、まだ飛竜らしきものは倒せていないわけだ。という事で、まだ探索しようと思うんだけど異論はないよね」


 スカーレットの言葉に一同は頷く。

 今回のそもそもの目的は異変の調査であり、飛竜がいると分かった時点で引き返し準備を整えて然るべきではある。あるのだが、竜殺しがいる時点でそれは不要だと皆考えているようだ。


「まあもう日暮れも近いし、今日はもう休もうかなって思うんだけど」


 そもそも野営の準備も済ませているため、やることはもう無い。そのことに皆も異論はなかった。


「という事でご飯にしよう!」


 スカーレットが満面の笑みで手を叩いた。

 先程までの真面目な雰囲気を脱ぎ捨てた彼女に周囲は思わず脱力し、苦笑したが各々食事の準備を始めようとした。

 しかし、リディアが険しい顔でそれを制する。


「待ってほしい。私としては、カリス殿に話しを伺いたいのだが」


 それを聞いたカリスは苦い顔を浮かべた。


「さっきの異形は───」


「リディアちゃん」


 スカーレットが静かな声でリディアに視線を向けた。威圧をしているわけでもないが、リディアは思わず黙ってしまう。


「そのことはさ、後で話を聞こうと思ってるから、ね?」


 有無を言わさないその勢いに飲まれ、リディアは頷くことしかできなかった。

次は説明回です。

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