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竜殺しは静かに暮らしたい  作者: アールグレイ
一章 愚者の遺産 編
11/13

11.異形1

 だらりと重そうに腕を下げながら周囲を取り囲む異形たちは、威嚇するようにカチカチと嘴を打ち鳴らしている。その化け物じみた容貌が不快感と恐怖を煽っていた。

 スカーレットは厄介な能力を持っているものを見抜く力を持っている。スカーレットの暢気な言葉に竜殺したちはますます警戒を強めた。


「リディアちゃん、なんか見える?」


「う、うむ……よく見えない……何か靄がかかったみたいになっている」


「そっか。まあいいや」


 スカーレットはぐいと伸びをした。


「一人一体ね!まさか負けるなんてことはないとは思うけど」


 スカーレットがそんなことを言いながら抜いた剣をくるりと回した。手に持つのは飾り気のないごくありふれた剣で、お守りのようなものだと言っていた剣は抜かれていない。

 久し振りに抜いたといった様子で馴染ませるように剣を振り回しているスカーレットは、最早異形のことなど見ていなかった。

 そんなスカーレット様子を挑発と感じたのか、彼女に相対していた異形が甲高い奇声をあげる。そして、思い出したように目を向けたスカーレットに、勢いよく飛びかかった。

 高速でスカーレットの元へと飛び込んだ異形はその巨腕を勢いよく叩き込む。太く逞しい腕が唸りを上げながら迫り、スカーレットの華奢な身体はその腕に叩き潰される。

 はずだった。

 既にそこにスカーレットはおらず、地面をえぐり土を巻き上げたのみだ。

 当たるはずだった攻撃の手応えのなさに異形がわずかに動きを止めた。

 スカーレットはその隙を見逃さない。

 ふわりと身体を後ろにずらして回避をしていた彼女は、硬直している異形に向かって半歩踏み込みその剣を振るった。

 硬い筋肉に覆われているであろう腕がやすやすと斬られ、前腕の中程から先がボトリと落ちる。うっすら赤みを帯びた透明の液体がドロリと流れ出した。

 断面から流れるその液体はネトリと粘性を感じさせる動きで滴り、地に落ちて行く。斬り落とされ地に落ちた腕も溶けるようにドロリと崩れ、その液体となって混じり合った。


「……?」


「な、なんだ……あれ」


 騎士たちの中からも疑問の声が上がる。はなから期待はしてはいなかったが、どうやら誰もこの異形のことは知らないらしいとスカーレットが考えていると、液体がひとりでに動き始めた。


「えっ……」


 驚愕に声を漏らすエルフィンをよそに、地に落ちた液体はうぞうぞと蠢き、吸い寄せられるように異形の斬り落とされた腕へと飛ぶ。そして切断面を覆い、やがて傷ひとつない腕へと変化していった。

 どうやら、再生能力を持っているらしい。


「もしかしてスライム……?」


 異形はスカーレットから距離を取るように後退する。

 他の異形たちは様子を見るように眺めているだけで動く様子はない。まるで自分たちの持つ能力を見せびらかしているかのようだ。


「そもそも()()()にスライムなんていなかったと思うけど……ま、いいか」


 スカーレットは首を傾げながらし小さく呟くと、剣を持たない左手を突き出し、手のひらを異形へと向けた。異形はそれに反応を示さず、スカーレットを見つめている。

 それを気にせず、彼女は自身の魔力を操った。

 魔力が流れ、収束し、それに気づいた時にはすでに左手から炎の塊が放たれていた。撃ち出された炎弾は異形に迫り、跡形もなく焼き尽くすかと思われた。


「あら?」


「魔力を吸収している!?」


 リディアが目の前の光景に驚きの声を上げた。

 確かに異形に命中したはずの炎弾は、しかし急速にその火勢を弱め、そして消えてしまったのだ。生半可な攻撃ではダメージを与えることができず、魔法もどうやら効果は薄いようだ。


「面白いじゃん」


 楽しげにスカーレットは笑い、舌なめずりをした。濡れた赤い唇が艶めかしく輝く。満面の笑みを浮かべた彼女は、爆発的なスピードで異形へと跳んだ。

 スカーレットは恐るべき速さで異形へと迫り、その剣で身体を切り刻んでゆく。陽光を反射して銀の閃きが踊るが、その剣を捉える事は非常に困難だ。

 ボトボトと薄赤の粘性の液体が次々に地に落ちて行く。粘液はすぐさま身体へと戻ろうと蠢き始めるが、スカーレットはそれを許さず、攻撃の手を緩めない。

 彼女の速さについていけず体を切り刻まれている異形には対抗手段がないようで、すでに半分は粘液となって地を這っていた。


「なんという……」


 リディアが思わずそんな声を漏らす。

 リディアにはスカーレットの攻撃がかろうじて見える程度だが、もはやついていくなどという事もはばかられるほどの領域であると感じていた。ましてや彼女の顔には笑みが浮かび、余裕が垣間見える。

 もはや原型を残していない異形と、未だ実力の一端しか見せていないようなスカーレット。もはや勝負は決した。


「んー?やっぱまだ死んでない感じ?」


 細切れにされ、もはや粘液のみとなった異形だが、未だその粘液は蠢いていた。一つの場所に集まり、どうやら再生しようとしているらしい。


「こういのってさ、大抵は……!」


 言葉とともに彼女がとった行動に周囲はギョッとする。

 スカーレットはその粘液が集中している場所へと無造作に手を突っ込み掻き回し始めたのだ。まるで何かを探しているかのような動きで手を動かしている。


「おっ、これかな?」


 何かを見つけたのか彼女が手を引き抜いた。その手には小さな透き通った赤い玉が掴まれている。粘液はその赤い玉に惹かれるようにスカーレットの手へと向かって動き始めた。

 ざわりと、今まで静観していた異形たちがざわめく。

 それを見たスカーレットはニヤリと笑い、確信を深めた。グッと指に力を込め、宝石のようなその玉を砕いた。


「やっぱりねえ。みんな、そいつら、身体のどっかに今私が潰した核みたいなのがあるから、それ潰しちゃって」


 彼女の言葉通り、核をつぶされた粘液はすでに動きを止め、大地にへばりついたままだ。不死身ではないらしい。

 異形たちは仲間を殺されたことに怒りを覚えたか、殺気を放ち始めている。今にも飛びかからんと、ライル達の隙を伺っているようだ。

 ライル達もスカーレットが核を掴んだあたりから異形達に変化があったことを察しており、警戒は緩めていない。


「おっと?」


 スカーレットを脅威と判断したのか、騎士たちに相対していた三体の異形がスカーレットに向かって動いた。彼女は三方からの攻撃をなんのこともなく軽やかにかわす。

 もともと十人に対して三体で相対していたあたり、騎士たちのことは眼中にはなかったのだろうが、今は完全にそれを無視し、スカーレットの排除に全力を注ぐようだ。

 騎士たちは呆気にとられており、そもそも動きについていけないのもあって使い物にならないだろう。離れていてもらった方が安全だ。

 リディアはそう判断した。


「皆は離れていろ!ここは私と竜殺し殿たちで相手をする!」


 声を上げるリディアに向かい、異形が飛びかかるのがライルの視界の端にうつる。半身になってかわした彼女はそれをリディエルネで迎えうち、異形の脚を切り落としていた。

 ライルとしては、怪我でもされて面倒でも起きるのはごめんなのでリディアにも離れていてほしいが、リディアは譲らないだろうし、下がったとしても彼女の誇りを傷つけやはり遺恨を残すだろう。

 深々とため息をつくと意識を切り替え、自分を小さな目で自分を睨みつける異形を睨み返した。

 異形たちは先程のスカーレットの動きを見て警戒を強めたのか、不用意には飛びかかってこないようだ。


「面倒だなぁ……」


 言葉とともにライルの姿が消えた。


「……!?」


 異形が耳障りな奇声をあげて驚きを示す。キョロキョロと小さな頭を回し、ライルの姿を探すが見つからない。

 しかし、何かを感じ取ったか、カッと目を見開くと慌てたように飛び退った。

 刹那、先程まで異形のいた空間を上から切り裂くように銀の輝きが閃き、ライルの姿が現れる。


「へぇ……。直感ってやつかな」


 自身の奇襲を回避した異形にライルはわずかに賞賛の視線を向けた。

 彼は高速で地を蹴り、宙へと跳び上がっていた。そこから足の裏に展開した魔法障壁を蹴り、高速で異形へと切りかかっていたのだ。

 その奇襲をかろうじてとはいえかわしたのは、彼の評価に値するらしい。


「まあ、だからって長引かせる気はないけど」


 ライルはそのまま体勢の整っていない異形を蹴りつけた。体が後ろに流れていた異形は体勢を崩してよろめく。

 そこへライルは間合いを詰め、先程のスカーレットのように異形を切り刻んで行った。ボトボトと粘性の液体が地に落ちる音を聞きながらライルはただ剣を振るう。

 異形がもはや全て粘性の液体と成り果てた時、ライルはようやくその剣を鞘へと納めた。

 とりあえずどういう生物なのかはわからないが、敵対的であるしとりあえず滅ぼしておくに越した事はない。

 うぞうぞと粘液が一箇所に集まっている。


「そこか」


 よくわからない粘液に腕を突っ込むことに嫌悪をわずかに抱きながら、ライルは腕を粘液へと押し込んだ。どうやら先程のスカーレットの行動を覚えていたようで、粘液はライルの腕を押し出そうと蠢いている。

 だが、それは虚しい抵抗だ。

 核を見つけたライルはもはや取り出すこともせずその核を砕いた。ライルにまとわりついていた粘液は力を失い、地に落ちて行く。彼は立ち上がると、まとわりつかれていたせいでベトベトになった腕を煩わしそうに振った。


「あ、剣で切ればよかったのか」


 そんなことに気づいて彼は小さくため息をついた。



☆☆☆☆☆



 ライルが異形に攻撃を仕掛けていた頃、エルフの二人も異形との戦いに入っていた。

 二人は互いに連携を取りながら二体の異形を相手にしているが苦戦を強いられている。


「やっぱり効かないみたいだ、ねっ!」


 軽やかにバックステップで距離を取りながら、ツィークが魔力の矢をつがえ放つ。しかし、魔力でできた矢は異形に当たるも吸収され、傷を負わせることはない。

 魔力を吸収するなどこれまでで初めてのことであり、今までは魔力の矢でなんとかなっていたために他の矢は持ってきていない。魔法も得意とはしているが、やはり異形には効果はなくツィークには攻撃手段が無いように思えた。


「くっ……厄介ね」


 それはスィージアでも同じだ。

 彼女は魔法がメインであり、それ以外の戦いは不得手だ。

 仲間に助けを求める事もできるが、それは彼女たちの矜持を傷つけるうえ、スカーレットにしばらくからかわれる事になるだろう。

 相性という面だけで見れば最悪ではあるが、この異形たちは能力こそ特殊なものの強さ自体は秀でているわけでもないのだ。それが余計に二人に重圧を与える。


「まったく!これなら少しは剣も握っとけばよかったかな!」


 ツィークは愚痴を漏らしながら異形の攻撃を軽い身のこなしで受け流し、反対に流れた身体に力を加え体勢を崩させる。よろめいた異形は勢い余って膝をついた。

 その間に再び距離を取り、牽制の矢を放つ。矢は吸収されてしまうが、矢に意識が向いている間にさらに距離をとった。


「魔力を吸収なんて私の出る幕ないじゃない」


 スィージアは険しい顔で魔力の弾を放ち、土煙を巻き上げた。目くらましにするためだ。

 土煙の中走り、数少ない木の裏へと身を隠した。


「あれ……魔力を吸収……?」


 ツィークが小さく呟いた。スィージアもはっとした表情を浮かべる。


「試してみる価値はあるかも」


 スィージアが不敵に笑い、二人は同時に精霊へと喚びかけた。

 土煙が晴れ、二体の異形がキョロキョロと周囲を見回す。スィージアの姿は見つけられないが、ツィークを見つけることは簡単だ。

 異形たちはスィージアはひとまず置いておき、煩わしい矢を放つ男を先に狩る事にした。

 二体が同時にツィークへと飛びかかる。

 しかし、二体の手はツィークへと届かなかった。

 ツィークは回避をしなかった。届いたとしても一応回避をしてみせたが、その必要はなかったからだ。


「やっぱり、マナの攻撃は効くみたいね」


 スィージアが木の裏から姿をあらわす。

 二体の異形はすでに局所的に発生した竜巻に飲み込まれていた。竜巻はわずかに赤く染まり、周囲に粘液を飛び散らせている。

 マナは世界樹の生み出す世界に満ちた力だが、魔力は魂から湧き出る力だ。この二つはまったく別物といってもいい。

 つまり、魔力によって生み出されたものを吸収することはできてもマナによって生み出されたものを吸収することはできない。

 ツィークの生み出した竜巻の中でスィージアの生み出した風の刃が舞い、異形を引き裂いていく。吹き荒れた風が収まる頃には核さえも残さず異形は消えていた。


「なんか、拍子抜けだね」


 ツィークの言葉にスィージアも頷く。

 そして、二人は他の仲間はどうしたのかと周囲を見回すのだった。

いろいろあって遅くなりました

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