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竜殺しは静かに暮らしたい  作者: アールグレイ
一章 愚者の遺産 編
10/13

10.異変の地

 タバサの森に入り地竜の痕跡を辿り始めて三日目の五刻半ごろ、地面に傾斜がつくようになり始めた。おそらくラファーヤ山脈に連なる一峰に差し掛かったのだろう。

 ラファーヤ山脈の西と東で国が分かれているため、まだクルクジア王国の領内には入っていない。

 このあたりに残った痕跡は息継ぎの穴だけでなく、木々はなぎ倒され、地面を掘り返し無理やり何かを引きずり出したかのようなものもあった。おそらくその何かを引きずり出した者が、地竜を追い立てタバサの森を渡らせた元凶だろう。

 それが何なのかはまだわからない。

 少なくともその元凶は、地面に潜った地竜を正確に見つけ掘り返すことのできるだけの力を持っている、という事はわかった。


「なんて酷い……」


 世界樹の根を守るため森に暮らし、森とともに生きるエルフにとって、この森の惨状は見るに耐えないのだろう。小さく呟いたスィージアの言葉はわずかに震えており、ツィークも拳を握りしめている。


「精霊たちもざわめいてる。みんな何かに怯えてる。山に何かが、怖い何かがって」


 ツィークの耳がピクピクと動き、精霊たちの声に耳を傾けている。精霊の意思は薄いが、恐怖などは感じているのだ。

 あたりは静まり返り、生物の気配は感じられない。皆怯えてこの辺りを避けているのだろう。

 周囲の惨状と、ツィークの言葉によって騎士たちはさらに周囲への警戒を強める。

 もうここからは異変の領域だ。何が起きるか、どこから何が現れるのか何もわからない。だが、決して警戒を解くことはできない。

 山に入ったならばすでに地竜の領域だ。しかし、地竜による歓迎はない。

 地竜が荒地を好む理由は木がないからだが、山を好む理由は不明だ。一説にはかつて空を飛ぶ竜だった名残で高いところが好きだと言われているが、その説を唱えた者がそれを竜から聞いたと言い張るため、眉唾ものだと言われている。

 それはともかく、おそらくはこの辺りから山の中腹ほどまでを縄張りとしていた地竜たちがティアネリア領に現れた地竜だったのだろう。

 あの地竜たちはここで戦い、数を減らしていたからこそあの戦闘の時に回り込んだのは四頭しかいなかったのだ。地竜の中で、回り込む役は力の強いものが選ばれていると言われている。ここで異変に立ち向かい、その力の強い個体の大半を失ったのだ。

 そして彼らには、その欠員を補うという知恵はなかった。リディアを含む騎士たちは、地竜の知能の低さと異変を起こした者にその点においてだけは感謝した。


「ここからは気をつけて行くぞ」


 リディアに言われずとも皆警戒をしているが、それを敢えて口に出すものはいない。

 一行は静まり返った森を注意深く周囲を観察しながら、痕跡を辿り山を登り始めた。

 縄張りから根こそぎ追い出されたのならば、おそらく痕跡は山の中腹ほどまで続いているはずだ。その痕跡の始点を中心に探索をすれば何かが見つかるだろう。

 半刻ほど登ったところで、昼食を摂った。持参した食糧による食事だ。すでに狩りのできる環境でも状況でもない。

 緊張感に満たされた中の昼食は、実戦経験のほとんどない騎士たちは初めても同然であり、どこか重く口数もほとんどない。竜殺しは慣れたものであり、会話は少ないものの重苦しい空気はなかった。

 食事を終え、皆は再び山を登り始めた。竜殺しはともかく、騎士たちも普段から鍛えているために、山を登ること自体は苦ではない。今回は奈落袋のおかげで装備以外に持つものもほとんどないため、山越えの訓練ほど辛いものでもない。

 それから一刻もしないうちに、地竜たちの慌ただしい痕跡は途絶え山の中腹にたどり着いた。この辺りは木々もまばらで、地竜達の暮らしには最適だろう。狩りの時のものであろう古い痕跡も見られる。

 そして、いくつかの巨大な足跡があった。


「ここが全ての始まりのようだな」


 リディアはしゃがみこみ、巨大な足跡を睨みつけている。

 その足跡から、四本の太く長い指と一本の短い指があることがわかる。獲物を掴みやすい形になっているのだろう。一部には長い鉤爪が付いていることもその足跡の形状から予測できた。

 足跡の大きさからこの生物が巨大なことがわかる。


「大きいですね、これは……」


 ライルも別の足跡のそばでしゃがみこんでいる。

 これまで竜殺しとしてさまざまな依頼を受けてきたが、これほどの足跡の持ち主は片手で数えられるくらいしかない。


「そして四足歩行でしょうね、コイツは」


 おそらく前足であろう、少し小さい足跡がある。小さいといっても後ろ足に比べてであり、そばにある地竜のそれよりも大きい。

 そして、二人は森に入ったあたりでの会話を思い浮かべる。

 この足跡の持ち主が何なのか、いくらか予想できた。


「飛竜、ですかね、これは……」


「私も飛竜ではないかと考えている」


 ライルの予想にリディアも頷いた。

 飛竜は大きな翼を持つ竜種だ。

 その巨体を翼と膨大な魔力によって自在に空を舞い、強靭な身体とそれに見合った膂力を備える。種類によって様々なブレスを吐き、空の王者であると言われている。

 飛竜の巣は山にあることが多く、確認されている飛竜のほとんどは山に暮らしていた。

 ラファーヤ山脈にも、飛竜は住んでいた。


「しかし、ここの飛竜は討伐されたはずでは……」


 騎士の一人が声を上げた。

 そう、この地に住んでいた飛竜はすでに討伐されている。

 十五年前に聖都サルエスト近辺に現れ討伐された飛竜は、この山脈に住まう飛竜であった。ラファーヤ山脈で確認されていた飛竜はその一頭のみであり、それ以降住み着いた報告もないため現在ラファーヤ山脈に飛竜はいないとされている。


「新たな飛竜が住み着いたという報告はなかったが……。ここ最近現れたのか?」


 もし飛竜が新たに住み着いたというのならば、至急国王に対して報告をせねばならない。竜の出現はそれだけ大きなことだ。

 まだ確認できていない以上なんとも言えないが、どんな飛竜がいるにせよ一大事であるのは確かだ。


「でも、どこから来たんでしょうか?」


 エルフィンが首をかしげる。たしかに、と皆も頷いた。

 ここ数日でサネガスト王国南東部に、飛竜が飛んでいたという報告はない。クルクジア王国方面から来た可能性も捨てきれないが、他国で目撃された竜種の報告も届く組合にそのような情報はなかった。

 まるで、山にいきなり現れたかのような不気味さがある。


「妙だな……。それに、我々が縄張りに入ったにもかかわらず飛竜の歓迎がない」


 リディアが空を見上げるが、あるのは青い空と眩しい太陽だけだ。空を飛ぶ影は見当たらない。

 竜種の感知能力は特殊であり、縄張り内のマナの流れを読み取り、縄張りに入り込んだものを素早く見つけ迎撃に向かう。縄張りを侵すものには容赦せず、たとえそれが小さな獣であろうと見逃すことはない。

 本来ならば、既に現れても良いはずだが、影も形もなかった。

 今は縄張りの外か、あるいは縄張り内の別の場所に向かっているのかもしれない。

 飛竜の縄張りと知らずに侵入し、本来ならばそれが命取りとなっていたわけだが、今回は救われた形だ。


「変なことばっかりねぇ……」


 カリスが溜息をつきながら周囲を見回す。

 誰にもなにか普通とは違うことが起きているのだ、ということしかこの場では分からなかった。


「ここを拠点にしよう」


「そうだな、それがいい」


 ツィークの提案にライルが頷いた。

 それを騎士たちがざわめいた。竜殺しの面々は特に疑問に思ったことはないようだが、彼らはそうではないらしい。


「ラ、ライル殿?ここは飛竜の縄張りかもしれないのではなかったか……?」


 騎士たちを代表してリディアが尋ねた。

 彼女の言う通り、飛竜の可能性が高いものが居ることがわかっており、飛竜であるならば既にここは縄張りだ。今は別の場所にいるのかもしれないが、こんなところに居座り続ければやがて戻ってきた飛竜に見つかるだろう。

 そんな場所に拠点を構えるなど正気の沙汰とは言えないと騎士たちは考えているのだ。


「ああ、なるほど。いや、もし居るなら居るで探す手間が省けますし、居ないなら居ないでちょうどいいとは思いませんか?」


 それは、縄張りに入っても竜が襲ってこない時に彼ら狩猟者がとるいつもの手だ。

 討伐依頼対象の縄張り内にわざと居座り、刺激して呼び寄せて狩る。自分からやって来てくれるためわざわざ探すために歩き回る必要はないうえ、自分たちの好きな場所で戦うことができる。

 しかし、狩猟者でない騎士たちには馴染みはなく、自殺行為としか思えないのだ。


「な、なるほど……」


「狩猟者なら常識よぉ」


 カリスが嘲笑するように鼻を鳴らし、侮蔑の視線を騎士たちに向ける。一部の騎士たちは怒りで顔を真っ赤にしているが、感情に任せて怒鳴るなどはしなかった。

 彼らはこれでも大人なのだ。

 面白くないというようにカリスはそっぽを向く。ライルは呆れて肩をすくめた。


「カリス、そういうのはやめろ。騎士の方々もすみません、本当に」


 自分たちよりもはるかに強い竜殺しが軽くだが頭を下げるのを見て、騎士たちはわずかに溜飲を下げた。

 リディアも微妙な顔をしていたが、すぐに表情を引き締める。


「よし、ライル殿に従うぞ。まずはテントからだ」


 リディアが声を上げ、リディアが持たされていた奈落袋を受け取った騎士たちはそこからテントの骨組みと布を取り出して行く。どれも食糧とともに奈落袋に詰め込まれていたものだ。

 騎士たちが手早く準備を進める傍ら、竜殺しの面々は周囲の軽快に当たっていた。どのタイミングで飛竜が現れるかは予測できないからだ。


「まだ来ないみたいね」


 スィージアが呟く。

 結局何事もなくテントの組み立ては完了し、全ての物資を奈落袋から取り出して拠点を完成させることができた。騎士たちはいつ襲われるかと気が気ではなかったが、杞憂に終わり一息ついている。

 ライルたちも周囲への警戒は解いていないが、いくらか気を抜いていた。

 今ならば現れてもすぐに戦いに移ることが可能だ。


「ん?」


 精霊の声を聞いていたツィークがわずかに眉をひそめた。それを見たスィージアとライルが警戒を強め、さらにそれに気づいたエルフィンとカリスはすぐに戦いに移れるように得物に手をかけた。スカーレットは相変わらずのんびりとしているが、しかし隙は無いようにも見える。

 騎士たちはそもそも気づいていない者や、気づいてはいるが理解できていない者などとにかく戦いにはあまり備えていない。

 リディアのみ、剣の柄に手を添えている。


「精霊たちがざわめいてる。何か、来る!」


 ツィークの視線が鋭くなり、周囲を走る。スィージアとともに耳に意識を集中させ、音を探り始めた。

 エルフィンとライルが剣を抜き、カリスがダガーを宙に浮かべた。

 ツィークの言葉とただならぬ竜殺しの様子に騎士たちも慌てて戦闘態勢を取り始めた。リディアも素早く剣を抜き、油断なく周囲を見回した。


「下!」


「皆下からだ!避けろ!」


 スィージアの鋭い声と、リディアの叫び声が同時に響き、竜殺したちは勢いよく飛びのく。騎士たちもわずかに遅れて自らのいた場所から逃げるように離れた。

 その直後、地面を突き破るようにして十の影が勢いよく飛び出した。

 それらは宙でくるりと一回転を決めると、軽やかに地に降り立つ。騎士と竜殺しを取り囲むように降り立った十体の何かは、まさしく異形の姿をしていた。


「なんだ……コイツらは……!」


「人間……なのか?」


 騎士たちが思わず声を上げた。

 リディアもその異形の姿を見て、顔をしかめている。

 それは、人の形をした何かだった。

 脚と胴体はたしかに人のようにも見えるが、特徴的なのはその腕と顔だ。腕まるで地竜のようであり太く鱗に覆われ、土を掘りやすそうな幅広の手に短い指と爪が付いている。顔は鶏のようであり、鶏の頭を無理やり首のない人に取り付けたかのようなおぞましさを感じさせた。

 異形としか言いようのない不気味な怪物が、十体、彼らを取り囲んでいる。

 実力はわからないが、どうにも地竜より手強そうに見えた。

 竜殺しの面々はそれぞれ一体ずつ相対している。彼らの目は警戒と期待とわずかの好奇心が見え隠れしていた。

 リディアも油断なく正面の敵を見つめており、その視線は鋭い。その眼に何を視ているのかはわからないが、どうやら決して油断できる相手ではなさそうだ。

 騎士たちも、戸惑いながらも残りの三体を相手取るように位置を変え、武器を構えた。


「どうやら、飛竜とは違う厄介ごとみたいね」


 スカーレットがにやりと笑いながら、暢気な声を上げた。


「でも、ちょっと楽しめそうだよね」


 そして、舌なめずりをしながら剣を引き抜く。

 そんなスカーレットの様子を見て、この異形が只者ではないことを悟り、面倒だなとライルは小さくため息をつくのだった。

この世界では国境線というものは曖昧で、地形をもとに国境を定めている場合が多いです。しかし、明確に線引きの難しい平野などの場合、軍事的な睨み合いが起きている場合があります。

大抵は国境線のあたりは人間の住まない空白地帯が多く、魔獣の住処となっているのでおいそれと手出しはできませんが。

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