1.竜殺しの帰還
いろいろ迷っての初めての投稿です。
至らぬところもあると思いますがよろしくお願いします。
いつもと変わらず、狩猟者組合の受付は喧騒で満たされていた。
受付のカウンターには見目麗しい三人の受付嬢が静かに座り、その横の壁には所狭しと大小様々な紙が張り出されている。それらを見ながら云々と唸り何かを相談する集団がいくつも見られ、あるいは張り出された紙をいくつか手に取り受付に向かう者、席に着き仲間と相談する者もいる。
酒場も併設されているこの場所は、毎日何者かが昼間にもかかわらず酔い潰れている光景が見られ、今も酒が入った集団のいる一角が周囲に比べてもひときわ賑やかだ。
酒を飲まずとも自慢話に花を咲かせる者、失敗談を笑い話にしている者、装備の自慢をしている者など様々にいるがやはり皆一様にして騒がしい。
彼らは“狩猟者”と呼ばれる存在だ。
さまざまな依頼を受けあるときは未開の地を探索し、あるときは稀少な素材を探して地の底をさまよい、あるときは人々を襲う凶悪な魔獣たちを狩る。
命を賭け様々な仕事をこなすのが彼ら狩猟者だ。
もともとは対魔獣の専門家として、災いをもたらす魔獣を狩る存在として狩猟者という職業があった。
軍という存在がありそこに力はあれど、その力は害獣駆除のみに向けているわけにはいかない。いかな国なれども魔獣による被害は必ずといっていいほど存在し、それがある国には必ずそれを狩る専門家が必要だ。そうして生まれたのが狩猟者であり、長い歴史を経て今は命を賭けた何でも屋といった存在となっている。
狩猟者を目指すものは多い。
狩猟者たちは命がけだが、それ故に報酬も多い。大いなる力を持つ魔獣は人にとって災厄をもたらすが、それを狩ることができれば巨万の富と名声を得ることも不可能ではない。
軍人となり騎士となることも誉であるが、夢見る者たちにとっては狩猟者こそが最も誉高い職業である。
人類共通の敵である魔獣と戦うため、国によっては義務とされている軍役に着かなくていいという利点があり、また大きな力はあるが災厄を止めるための存在として戦争が起きても徴用されないという面も狩猟者という職業を目指すものが多い一因であろう。人を殺すことはできないが獣ならば、というあるいは傲慢な考えともいえるが。
それはともかく、狩猟者というものはまさに浪漫を求める存在なのだ。
そんな狩猟者組合の受付に、扉を開けて入ってくる三人の人影があった。
物音に気付いた一人が、酒の入った木のカップをテーブルに戻しながら扉の方に目をやる。そして驚きに目を見開いた。
真ん中は逆立った紅みかかった黒髪の十代後半にみえる少年だ。
鋭い眼に紅黒い瞳持ち、それなりに整った顔立ちではあるがどこか尖った印象を抱かせる。身につけた鎧は胸から肩にかけてを覆う簡素なものとガントレットのみで、これといった凝った意匠などもなく色も金属の色地そのままである。腰に下げた長剣は柄や鞘にはほどほどの細工はなされているものの、派手さはない。派手さを好む傾向のある狩猟者には珍しい地味な装いだ。
ただ、首元に巻いた真紅のマフラーは目立っていた。
少年の右側に立つ者は大いに存在感があった。
少年よりは拳一つほど小さいであろう体を見事な真紅の兜とフルプレートに収め、自身の身の丈もあろうかというこれまた紅い大剣を斜めに背負う姿は、その顔はおろか年齢や性別さえもわからない。兜の後ろから流れる、燃え盛るような紅蓮の髪が辛うじて女性であるかもしれないと思わせるのみだ。
紅い騎士の反対側には十代中頃に見える金髪の少年がいた。
長く尖った耳は彼の種族が何であるかを主張しており、非常に美しい顔立ちに輝くような金の髪、透き通った翡翠の瞳は彼を美術品か何かと思わせる。薄緑のローブの下は最低限の革鎧で身を包み、腰からは紅色をした空の矢筒を下げていた。
三人の首から下げた小さなメダルが銀に輝いている。
三人ともいくらか汚れや傷が見え、どうやら狩猟者としての仕事を終え戻ってきたようだ。
「り、竜殺し……」
驚きに動きを止めていた男が、絞り出すように呟く。
その声が引き金となったかのように、騒がしかった受付兼酒場が波が引くように静かになる。
ほぼ全ての視線が三人へと釘付けになり、みな動きを止めた。
その様子に真ん中の少年がため息をついた。しかし残りの二人は、固まる周囲を一瞥しただけで受付へと向歩き始め、少年もそれに続く。
依頼を受けようと、あるいは報酬の相談、下心などともかく、受付嬢と会話していた者たちはそれを中断し、そそくさと左右に分かれ三人に道を譲った。
これからどのような話が行われるのだろうと何人かが固唾を飲んで見守り、彼らが出かけていた理由を知っていた者たちは、果たしてどのような結果なのかと期待に目を輝かせている。
受付嬢はその美しい顔に満面の笑みを浮かべ三人を出迎えた。
「おかえりないませ、竜殺しと愉快な仲間たちの皆さん!」
「エーテラ……いつも言ってるがそう呼ぶのは勘弁してくれ……」
黒髪の少年は、受付嬢、エーテラ=セントリアに力なく応える。エーテラはくすくすと笑いながらちろりと舌を出し謝った。あざとい仕草がどこか様になるが、周囲の視線が痛いからやめてほしいと少年は再びため息をつく。
「今回も竜殺しさんには無事帰ってきてもらえて嬉しいです」
にこやかにエーテラは言った。だがすぐに目つきを鋭くする。
「でも!正直いくら竜殺しさんとはいえ、幼竜を三頭も同時なんて無謀です!これを言うのはもう何度目かわからないですけど、次からはもっと人を揃えて行ってくださいね!優秀な人を失うわけではいかないんです!わかってますか!」
いかにも怒っていますという顔で金の髪を揺らしながら、エーテラは竜殺しと呼ばれた少年に指を突きつけた。
幼竜を三頭のあたりで静まり返っていた周囲がざわりと一瞬沸き立ったが、彼らの話を邪魔するわけにはいかないとすぐに静かになる。
「ハ、ハイ……キヲツケマス……」
竜殺しの少年はたじたじといった様子で片言で返事をした。その様子にエルフの少年は堪えきれず笑い出す。
「あはは、ライルも竜には勝てるのにエーテラさんには勝てないか!」
紅い騎士も兜の下で笑っているのか微かに金属同士が擦れる音を漏らしながら震えていた。
「うるせぇやい」
竜殺しの少年、ライル=ベルトルトは不機嫌にそっぽを向く。竜殺しなどとと大仰な二つ名で呼ばれているが、その仕草は年相応に見えた。
その姿にエーテラも破顔した。
「まあ言っても意味がないことはわかっていますけどね……」
処置無しといった呆れも見える笑みでエーテラは言うと、おもむろに書類を取り出した。
それを見た三人は、腰のポーチから身分を証明する木板と首から下げた狩猟者の位階を示すメダルを取り出す。そのまま受付カウンターの上によく見えるように並べた。
エーテラはそれぞれ手に取って確認し、問題ないことを告げる。
三人は自分のもの手に取り、元の場所へとしまった。
「それで、依頼はどうでしたか?」
エーテラは書類へと書き込みをしながら、三人に問いかける。
ライルがそれに歯切れ悪く答えた。
「えー、まあ、いつも通りだ」
「ほとんどライルが片付けちゃったよ」
エルフの少年がにこやかに言った。
幼竜三頭、竜という種族自体が危険度の高いの災害級として指定されているが、成竜になっていないとはいえその竜を三頭も同時に討伐した。それもほとんどは黒髪の少年がやってのけたことだという。なるほど竜殺しというのもあながち間違いではないといったところであった。
「また無茶を……。まあ、ある程度予測はできていましたが。それで幼竜の死体は……」
話しているエーテラに、後ろからやってきた女性職員が何かを耳打ちする。
「……はいつもの組合管理の解体場に届けられたそうですね。今連絡が入りました」
エーテラはそう言いながらさらに書類に何かを書き込んでいく。
そして一通り書類を書き終わった彼女は振り返り、後ろで棚の整理などをしていた男性職員に声をかけた。エーテラはその男性職員に手元の書類を手渡して何かを告げ、彼は頷き奥へと引っ込む。
「素材の査定などもありますので、追加報酬につきましては今回も後日こちらに受け取りに来ていただければお渡しいたします。とりあえずはこちらを」
彼女はそう言いながら、戻ってきた男性職員から受け取ったずしりとした麻袋をカウンターに置いた。
ライルは中身も確認せずそれを受け取り、腰のポーチへとしまい込んだ。
その様子を見ながらエーテラが言う。
「本来の報酬である聖金貨五枚と金貨十枚の五百十デシオンです。聖金貨はこちらで金貨に交換できますがどうしますか?」
「今回はなしで。流石に疲れたから金貨を五百枚も持って帰る気にはならない」
ライルがエーテラの問いに答え、それに紅い騎士が頷く。エルフの少年は、ここで交換しておいたほうが楽じゃないかと呟いていたが二人は取り合わなかった。
「わかりました」
エーテラは後ろに控えていた男性職員に振り返り元の業務に戻るように告げ、男性職員は頷いて棚の方へと戻る。
それを見送ったエーテラはふぅと一息つくと、今までの半分は営業混じりであった表情を私的なものへと変えた。
彼女は長く彼を、ライルたちを見てきている。自分も新人であった頃に彼が新人狩猟者として登録を担当し、それ以来の付き合いだ。弟分のような気分で彼のことを見てきていた。
「改めて、おかえりなさい、ライルくん。そして依頼の達成おめでとうございます!」
彼女が輝くような笑みを浮かべる。その美しい顔立ちも相まってそこだけが実際に輝いているようにさえ見えた。
それを聞き、今まで静まり返り三人と一人の様子を眺めていたギャラリーもにわかに騒がしくなった。
「竜を三頭も同時討伐なんてやっぱお前はすげえよ!」
「さすが竜殺し!いつか俺も……!」
「バーカ、おめえに竜は無理だって」
「何をぅ!?」
「竜殺し万歳!無事帰還おめでとう!」
などと口々にライルたちを褒め、あるいはねぎらう言葉をかける。
ライルは苦笑いを浮かべながらそれらに答えた。
たちまちライルたちは周囲を囲まれ、もみくちゃにされながら酒の席へと運ばれていく。
皆口々に言葉を投げかけるせいで、誰が何を言っているのかもはやわからない。なんとなく聞き取れた声に苦笑いと言葉を返していく。
ほとんどはどんな戦いだったかといったものだったが、中には報酬の使い道など変わった質問もあった。返答を得られた者は大いに喜び、竜殺しと会話がしたいと我先にと声を出して周囲は混沌の坩堝と化した。
いい加減うんざりしてきたライルは助けを求め視線を彷徨わせるが、結局手を差し伸べる者はいなかった。
となりの紅い騎士はかけられた言葉を全て無視し、一言も喋らず我関せずといった様子で立っているだけであり、エルフの少年は早々に場を離れ隅にいた静かな集団と談笑をしている。ライルは裏切られたと恨めしげな視線を向けるが、彼はそれを知ってか知らずか一切振り返らなかった。
「おう!竜殺し!これは俺の奢りだ!」
荒々しくライルの手を引いた男が無理やり彼を席に着かせ、その前に酒の入った木のジョッキを乱暴に置いた。
おそらくはこの酒場の標準的なエールであろうが、ライルはあまりこれが好きではない。どうしようかと迷っていると、彼を囲んでいた男の一人がそれを手に取り一気に飲み干す。
「なんだァ?そいつは俺が竜殺しにやった酒だぞテメェ」
「いいじゃねェかこまけェこたァよォ」
男たちはにらみ合い一触即発だ。
もともと酒が入っていた周囲の男たちは祝いだなんだとさらに飲み始め、すでに手がつけられない状態だ。二人を煽り、さらには賭けなども始める始末である。
受付嬢たちは素知らぬ様子で業務をこなし、酒の入っていない、あるいは比較的理性を残した者たちは我関せずと自分の仕事に取りかかった。
やんややんやと騒ぐ周囲に流され、男二人はついに取っ組み合いを始める。
ジョッキが飛び、皿が飛び、そして乱入者が現れ、男が飛び、机が飛び二人の喧嘩はもはや乱闘騒ぎと成り果てた。
いつのまにか紅い騎士さえそばから居なくなっていた。
ライルはもうどうにでもなれとヤケになり、天井を見上げる。
「たすけてくれぇ……俺は静かにいたいだけなんだ……」
おおよそ、竜殺しなどと名声を得ているような男の言葉ではない小さな悲鳴は、男たちの喧騒と怒号にかき消され誰にも届くことはなかった。
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