25.『ニュルンベルクのマイスタージンガー』 25-1
日中、ミン刑事から電話があった。
昨日、立て続けに二件の殺人事件が起きたと聞かされた。各現場を訪れたらしいミン刑事いわく「被害者は喉元を掻っ切られていた。犯人は同一人物だ。指紋が同じだからな」とのことだった。
「どうして指紋が割れたんですか?」
「一件目については窓に、二件目についてはガラス戸に赤い手形が残されていたんだよ。血が付着した手で触れたってことだ。なあ、これって、どこかで聞いたことのある手口じゃないか?」
「そうですね」
わたしはそう答えた。ヒトの首を裂くことで生じた血だまりに手を浸し、その手で窓やガラス戸に触れ、赤い手形を残す。それって、過去に、いわゆる狼がとった手段と同様のものだ。
「指紋が男性のものであるか女性のものであるか、それは見当がついているんですよね?」
「ああ。恐らく女のものだよ」
「一定の調べはついたんですか?」
「取っ掛かりとして、署に保存されているデータベースをすべて洗った。部外者、身内、分け隔てなくだ。そしたらビンゴ。当たりを引いたよ」
「犯人は部外者? それとも身内?」
「ある意味、彼女は身内だ」
「というと?」
「公安にいたシーアンって女だよ。覚えていないか?」
「覚えています。同僚を四人殺して、行方をくらました人物ですよね?」
「ああ、そうだ」
「被害者は男性ですか? 女性ですか?」
「二件とも女だ。狙ってのことなのか偶然なのかはわからんが、一人でいたところを襲われたらしい。まあ、ぱりっとしたスーツを着て公安を名乗られた日にゃ、なんの心当たりがなかろうとも、扉を開けないニンゲンはいないだろうさ」
「それで、わたしに何をしろと?」
「捜査協力を依頼したい」
「シーアンは危ない人物なのは、言わずもがなであるはずです」
「何が言いたい?」
「ミン刑事はわたしが危険にさらされることが本意ではないのでは?」
「それはそうなんだが、シーアンには興味がわかないか?」
「興味津々です」
「そのうち事件を嗅ぎ付けて、おまえは首を突っ込んでくるだろうって、俺は思っているってことだ。だったら、ことを知らせておいても知らせておかなくても、同じことだろう?」
「もっともですね。この先のことについても言っておきます。わたしはやりたいことをやります。警告は甘んじて聞き入れるつもりでいますけれど、もう大人ですから。自分の行動には責任を持ちますし、何かのっぴきならない状況に陥ったとしても、それは自業自得でしかありません。感情論で言っているわけじゃありませんよ?」
「それは強い決意か?」
「そういうことです」
わたしは何気なく窓の外を見やった。
「それにしても、昨日だけで二件ですか」
「こっちが追い付けないなると、三件目が起きるかもしれんな」
「なんとしても食い止めないといけませんね」
「現状、相手の姿は補足出来ていないわけだ。苦労することになりかねん」
「警察官のみなさんの警らが届かないような路地から当たってみます」
「了解した」
「首尾良く成果が上がることを祈って」
「まったくだ」




