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下りのエレベーターには巨漢のボスと一緒に乗った。
「貴方、名前は?」
「ああ、失礼した。名乗ってもらっておきながら、名乗っていなかったな。わしは、マ・ワンロンという」
「ワンロンさんね。了解」
「時に、お嬢さんは何を生業としているのかね?」
「探偵よ」
「珍しい職だな」
「そうかもしれないわね」
「ペイジという男について話しておこう。やっこさんは、わし直属の護衛の一人でな。頭は悪いが腕力だけはピカイチだ」
「何をやるの?」
「米国ではプロのレスラーだった。向こうではぱっとしなかったが、この界隈でならかなり使えると思ってね。得意技は怪力に物を言わせたベアハッグ。相手の背骨を折る感触がたまらんらしい」
「悪趣味だこと」
「さて、お嬢さんの背骨はどんな音を立てて壊れるのかな?」
地下に到着。あまり使われることはないのだろうか。通路の隅に埃が溜まっている。奥の突き当たりにねずみ色の鉄扉が見える。その前にユアンが立っていた。わたしが近付くと、心配そうな顔を向けてきた。
「なあ、メイヤ。やめるなら今のうちだぜ?」
「何よ。オファーしてきたのはアンタじゃない」
「で、でもよぅ、ペイジの兄貴はハンパねーんだよ。笑いながらヒトを殺すんだぜ?」
「だから何?」
「だから何って、おまえなあ……」
「戸を開けろ、ユアン」
「で、ですが、ボス」
「ここまで来た以上、お嬢さんに回れ右はゆるされない」
「……わかりました」
渋々といった様子で、ユアンは分厚い鉄扉を重そうに両手で引いて開けた。ワンロンが先を行き、わたしも続いて中へと入った。
広い一室。大振りのハンマーや青龍刀、それに鎌やのこぎり等、危なっかしい物が壁のフックに掛けられている。部屋の隅の天井からは鎖が吊るされており、ギロチンもあれば、審問椅子なんかもある。床には黒く変色した血の痕が散っていて、拷問部屋なのだろうと見当がついた。
奥の壁の前に黒スーツの男が四人、いずれも後ろで手を組み、整列している。みな、黒いサングラスをかけている。
しかし、何よりも目を引くのは、部屋の真ん中に立っている男である。ワンロンよりさらに一回り大きい巨躯。優に二メートルはあるだろう。とにかくがっちりしている。筋骨隆々といった印象。体重は百二十キロ程度あるのではないか。赤茶けた髪はツンツンで、瞳はグリーン。歯を剥き出しにしてにやついている。
「お嬢さんがペイジをのしたら合格だ。だが、負ければ、ここにいる男ども全員に輪姦させる」
「輪姦?」
「それくらいのプレッシャーはかけさせてもらうさ。ペイジ、聞いての通りだ。殺さない程度にやれよ」
「わかりました。親父」
へっへっへとペイジが薄笑いする。
「いいの? 始めて」
「いつでもかかってきな」
「あら、そ」
地を蹴ってジャンプ一番、間合いに入った。「へ?」とペイジが間抜けな顔をしたのがわかった。自分でもそれとわかるくらいサディスティックな笑みを浮かべながら、わたしはその顎先に右の肘を叩き込んだ。彼は膝から崩れ落ち、どっと横たわった。ユアンが後ろで「やりぃっ!」と歓喜の声を上げた。
黒服の男の一人が「ふ、不意打ちじゃねーかっ! 卑怯だぞ、テメー!」と訴えたのに対し、わたしは「いつでもかかってこいって聞こえたけど?」と微笑み答えた。「隙だらけのペイジ君が悪いのよ。残念ね。わたしをマワせなくて」と続けると、男は「ぐっ……」と歯噛みした様子だった。
前に歩み出たワンロンが、目下、気絶中のペイジの横っ面をを革靴の底でゴッと踏み付けた。
「まさかペイジが一撃でやられるとはな。それなりに買ってはいたんだが、この調子だと、いざという時には弾よけくらいにしかならん」
「見掛け倒しもいいところね」
「納得したよ、お嬢さん。しかし、せがれの警護を真摯に勤め上げてもらわんことには、取り引きのしようがない」
わたしはワンロンの目を見つめる。威厳のある目だ。だからこそ、説得力がある。
「わかった。信じることにするわ。やれるだけのことはやりましょう」
「ユアンから聞かされているとは思うが一週間でいい。七日間、お嬢さんがしっかり働いてくれたら報酬は払うし、ガキにクスリをさばくのもやめてやろう」
「その言葉、確かに聞いたわよ」
「わしは生まれてこのかた嘘を言ったことがない。それだけが美徳だ。約束は守るさ」