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 日曜日の午後。


 喪服姿の女性が事務所を訪れた。先日、息子の薬物乱用に触れ、嘆き節を聞かせてくれた彼女である。


 ソファの上の女性は紅茶のカップを品良くソーサーに戻すと、「息子は死にました」と平べったい口調で述べた。自嘲的な笑みすら浮かべている。


 どういうことだろうと訝しみ、眉をひそめて見せたわたしである。すると、女性は困ったような笑みを寄越してきた。


「木曜日の早朝に警察から電話を受けたんです。路地で横たわっている少年を街のヒトが見つけたとのことでした。どうやって手掛かりを得たのかはわかりませんけれど、とにかくウチに連絡があったんです」

「察するに、遺体をあらためてほしいと?」

「ええ。そしたら、息子のもので間違いありませんでした」

「薬物による不慮の中毒死で行き倒れになっていた?」

「そうみたいです」

「ご愁傷様です」

「いえ。正直なところ、亡くなって良かったとすら考えているんです。ほっとしています。薬物に依存している息子にはそれを克服するだけの意志も気力もなかったですし、何より私達夫婦に危害が加えられることもなくなったわけですから」

「お気持ちは理解できます」

「でも、母親としては失格ですよね」

「かも、しれませんね」

「もう子をもうけようとは思いません。息子のことがありますし。トラウマになっているんです」

「それもまた、理解できる話です。それで、その旨をどうしてわたしに伝えようと?」

「探偵さんにはお世話になりましたから」

「わたしは何もしていません」

「話を聞いていただけたことに、本当に感謝しているんです。でなければ、わざわざお葬式のあとにここを訪れようとは考えません」

「律儀なんですね」

「結果だけはお伝えしようと思いました」


 女性はソファから腰を上げると、「本当にお世話になりました」とこうべれ、事務所をあとにした。


 なんともやりきれない思いに駆られたのは事実だ。だけど、引き返すことができないほどにまで狂ってしまった息子が逝ったことについては、女性が言った通り、安堵すべきなのかもしれない。


 午前中の外回りは取り止めにしようと考えた。代わりに刷ってあったビラを配ろうと思う。『青少年を麻薬から守ろう!』というタイトルのビラだ。子供が麻薬に手を出さないようにするためには、大人の助力が必要だと思うから。


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